2008年7月 3日 (木)

レコファンのオーム

真夏日のような一日でした。

今日はたまたま有給休暇をとっていたので、ユックリ朝寝をしてからスイミングプールへ。ウイークデイのプールは平均年齢60歳超ジジババのオールスター。皆さんまぁ元気なこって!私もジジババにまじってふだんよりユックリ目に1000m泳いで30分ほどの水中ウォーキング。体力気力ともに異常なし。こうして元気で泳げることに感謝感謝また感謝。

その後渋谷へ行きサミット警備のオマワリがヤケに目につく中を公園通りのMac渋谷店へ向っているとき我がメル友にバッタリ。

彼女とはたまたま今朝、

「ワシ、、きょうは有給とっていてこれからプールだもんね」

「アラマ〜ウラヤマシー!ワタシは仕事です」

などとメールのヤリトリしたばっかりだったので、こんなふうに遭遇したことにビックリ。昼休みを終えて仕事場に戻るところだという彼女。足止めしては悪いから「詳細はメールにて」と手を振ってのお別れ。

Mac渋谷店では2階のソフト売り場を物色し本を1冊買って帰ろうとしたら呼び止められた。ヤー!ヤー!ヤー!。彼は以前Mac銀座店にいた青年で渋谷店に転勤になったといいます。そうだったのか、彼が銀座店にいたときに彼からMacパソコンを2台買ったことがあって、操作方法などわからないことがあると直接教えてもらっていたのだ。iPhoneの情報など仕入れて、それじゃまた来るから!

今日は顔見知りに2度も会ってしまった。

世間は広いようで狭いもの、ウッカリできません。

公園通りから東急ハンズ向いの「レコファン」という中古屋へ。

ジャンゴ・ラインハルトの後継者といわれるチャボロ・シュミットを聴いて以来マヌーシュ・スイングの『チャッ!チャッ!チャッ!チャッ!』のリズムに凝っていて適当なCDを探しにきたもの。

やっぱりマヌーシュ・スイングといえばジャンゴ・ラインハルトというわけで、お手軽にベスト盤をゲット!

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さらに、チャボロ・シュミットのリズムギターとして知られるマンディーノ・ラインハルトの『ノート・マヌーシュ』も一緒にゲット!

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このギタリストは映画『僕のスウイング』にもチャボロと一緒に骨董品屋の役で出ていた人。

マヌーシュ・スイングのCDを2枚ゲットしたところで帰ろうとしたところ。

エッ!

ナニッ!

マサカッ!

レジに向っているとこんなCDが目についてしまった。

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渋谷レコファンというのは各ジャンル、CDからLPレコードと大量の中古在庫を誇る店。そんな大型店でですよ、、、。ジャンルからいうとヘビーメタル系(らしい)の、私の趣味からいっても絶対にチェックしないコーナーのその最前列で、私が通るのを知っていたかのようにオームマーク入りCDが、ちあきなおみさんの『♪夜へ急ぐ人』風に“オイデオイデ”と手招きしているワケですよ。

  マイッタナァ!

たぶん聴くことはないと思うけれど“オームハンター”としては、思いがけずも見てしまったものは仕方ないからこのCDも併せてゲット!!!

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渋谷ロフト前からセンター街に抜ける路地に、値段が安いせいでいつも行列のできている回転寿司屋があって、その前を通りかかったら今日は行列もない。店内もだいぶ空席がある。以前の100円の時代を知っているけれど現在は120円になっていて、もしかすると値上げでお客が減ったのかな。

適当な席に座ると右隣りの4人組は若い韓国人旅行者。彼らと「アンニョンハシムニカ」しながら目の前を回る皿の領有権を主張したり譲り合ったりして面白がっていると、15人くらいのグループがドヤドヤと入ってきて、彼らもまたハングル語。

「このお店は韓国では有名なのか?」と4人組に訊けば、『地球の歩き方』のようなガイドブックに載っている店らしい。4人組には後から入ってきた15人の同国人による大声のハングルが気になるようでチラチラ見ている。

私にも経験があるけれど、外国で日本人は自分だけだと思っていたら、日本語の会話が聞こえてきてシラケたなどということはよくあること。たぶん彼らもそんな気分だったんではないかな。

「写真を撮ってくれるか?」とカメラを出してきたので彼らを撮ってやり、ついでに私のカメラでももう一枚。

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「竹島は竹島だ!独島ではない!」まさか彼らにこんなことは言いません。

「アンニョンヒカセヨ〜ハブ・ア・ナイス・トリップ〜日本を楽しんでいってくれよ』

空席があった店内もいつのまにか満席になっていた。ネタは薄くなり、シャリも小さくなり、その上値段は高くなったけれど相変わらず繁昌している。それにしてもこの回転寿司屋は、ハングルや中国語や英語が飛び交いヤケにインターナショナルだぜ。

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イヤハヤ、、、
有給休暇の今日は
知人2人に連続して遭遇するし
オームマークにもご対面するし
カムサハムニダもするし
笑える一日だったと寿司屋の外に出れば
渋谷センター街は
西日に照らされた新種の人類が
グツグツと煮立って
陽炎状に揺れていた。

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2008年6月26日 (木)

神田三省堂のオーム

毎日毎日ツユ空のウットーシー日が続いています。

そんな日々の中で、朝からこんなものを新聞広告だの電車の車内吊りなどで見せられた日にはウットーシさも5割増!!

労働意欲も減退しようというものです。

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そんな優れない気分を吹き飛ばそうと、本日の昼飯は神田神保町すずらん通りの『きっちん南海』のカツカレー。

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黒カレーで体内のイヤな気分を中和させながら、すずらん通りをそのまま三省堂本店まで歩き新刊コーナーを見れば、こんな新刊が平積みになっています。

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チベット問題
ダライ・ラマ 14世と亡命者の証言
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山際素男

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光文社新書
2008年6月20日初版発行

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中国からの
「開放」と
「自由」への
闘いの記録。

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中国側に即した反論は山ほどあるだろう。だが一言いっておこう。それらの反論を真実なものとして証明したいなら、チベットを自由に歩かせ、自由に人々に会わせ話させるがいい。それを拒絶する体制の吐く言葉など一言たりとも私は信用しない。

著者あとがきのこの部分に共感を覚えて購入。

そういうことだよ!チベット国内の旅行が徐々に解禁されつつあるという報道はあるけれど、どうせそんなの、監視つきの制限された旅行だとは誰にも想像できること。

まずチベット国内を何の制限もなく自由に旅行できるようになることが、初めの一歩なのです。

三省堂を出ようとすると、、、オー!オームだ!!!

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店内出入り口のちょっとしたスペースでチベット小物のワゴンが店開きです。

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オームマークをあしらったCDなどもちゃんとワタクシを出迎えてくれます。

ムカシはこういった民芸品も物珍しくって丹念に見てた時代もあったけれど、最近では興味も薄れましたネ〜。

でも写真を撮らせてくれたお礼に

この催しは

6月30日まで神田三省堂本店1階ロビーで開催中

どうぞお立ちよりください

と宣伝しておきましょう。

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最近お気に入りの動画を紹介しましょう。

オモシロキこともない世の中だからこんな動画の力を借りて心を鎮めなければなりません。

村治香織さんのパーフェクトな演奏です。

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さて
大急ぎでこの章をアップして
それから
日銭稼ぎに出かけましょう。

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2008年6月24日 (火)

アレ〜、オームが逃げてく

すっかり忘れていたけれど中国では“聖火”リレーをやっていたんだ。

2008.06.22(日) 産經新聞

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ラサ厳戒の聖火リレー
北京聖火リレーが21日、中国チベット自治区ラサで行われ
ポタラ宮前広場では、記念セレモニーが催された。

こんなことで本番は大丈夫なのか?と言いたくなるような相変わらず隔離された中でのイベントで、いったい「何から何を守らなければならない」ということなのでしょうか?オリンピック本番が楽しみなようでもあり怖いようでもあります。

さて、

土曜日にチャボロ・シュミット・コンサートへ行く前に中野に寄り道してからのハナシです。

中野ブロードウェイ入り口にはサイババの写真を使った占い屋さんの案内板がいまだに残っています。サイババブームが去って随分たつけれどサイババのご利益はまだ続いているんでしょうか。

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中野ブロードウェイで私が行きたかったのは4階の『大予言』という古本屋。

しかし、、、、、。

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どうやら昨年の秋に閉店の模様。

この店は精神世界関係専門で一般の古本屋にはない品揃えで魅力だったお店。ここで貴重な資料をずいぶん手にいれたものです。ユニークなポリシーを持ったお店がまた一店減ってしまったのは寂しいことです。

『まんだらけ』の賑わいもかつてほどではないみたいで、オタクのナガレは秋葉原へと移ってしまったのかな?

そんなことを思いながら中野ブロードウェイを出てから中野サンプラザ前の中古レコード屋『RARE』へ。最近は欲しいと思えるブツもないけれど、中野に来れば一応覗いてみたくなるのだ。

民族音楽のコーナーで1962年にアメリカで発売されたチベット音楽のレコードを購入。

1260円なり。

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中央線中野駅から高円寺に向おうと下り電車に乗り込んだとき、

アッ!オームがいる。

大きなオーム マークの入ったハンドバックを持った女性がプラットホームを歩いています。

「写真を撮ろうか、、、、」

躊躇した一瞬の間に電車のドアが閉まって、

アレ〜、オームが逃げてく。

カメラを取り出す間もなく、目の前をオームマークがこれみよがしに通り過ぎていきます。そこらのエスニックショップで見かけるズタ袋風なザツなバックとは違う、作りのかなりシッカリしたハンドバックでしたね〜。

初めて見るオームだっただけに逃がしたオームは残念。

しかたないから、本日は高円寺仲屋むげん堂店頭のオーム画像をアップしてお茶を濁しましょう。

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こんなふうに
街のオームを求めて
目ん玉キョロキョロさせて
歩いているワケですよ。
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でも
探し物というのは
その気になって探しても
なかなか見つかるものでもありません。
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ホントの出会いというのは
偶然にこそあるようにも思えます。

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2008年6月11日 (水)

ダイワハウスのオーム

かなりのインド通の友人に言わせると、「自分はこれまで街を歩いていてオームマークを見かけたことなどないのに、オマエはどうしてそんなにオームに遭遇するのだ?」と不思議に思うらしい。それほど私は街のアッチコッチでオームが飛び込んでくることがあります。

ソレの何がオモシロイの?とツッコマレルと答えようがないけれど、“街のオームハンター”を自称している私としては、街を歩いていてオームマーク入りのバッグなどを持った人とすれ違ったとき、、、。そんなときに限ってデジカメを持っていなくて悔しい思いをすることもあるワケです。

街を歩いてる設定でなくとも、ときには茶の間にいてオームマークを見かけることもあります。

『狛江のオーム』をアップしたところで、もう一発こんなオームはどうかな。

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6月7日(土)夜、12チャンネルでJAYWALKの番組を見ていたら、ダイワハウスのコマーシャルにオームを発見。番組内でもう一度流されるだろうとビデオをセットして待機していたところに出てきたオームです。

このインド人(と思われる)ウエイターの

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画像ではハッキリしませんが
背中の丸いヤツがオームマークになっているのです。

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神聖なるオームを「丸いヤツ」などと書いたら
バチがあたりそうだけど
オームハンターのワタクシとしては
敏感に反応してしまうワケです。

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2008年6月 9日 (月)

街のオーム(狛江編)

まず最初に業務連絡です。

ひるどらさ〜〜〜ん<<<

昨日(6月8日)の産經新聞にこんな全面広告が出てましたよ〜。

チェック済みですか?

2008.06.08 産經新聞より

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もうひとつ業務連絡。

昨日狛江の『亜細亜食堂 SAIGON』でフォーを食べてきましたが、壁には45回転EPレコードのジャケットが貼ってあって、こんな懐かしいヤツも見ましたよ〜。

『亜細亜食堂 SAIGON』は狛江に2軒あって狛江市役所近くの店ですから、こんどチェックに行ってくださいね〜。

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業務連絡終わりです。

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私もスポンサーには結構気を遣う方なのです。

さて、

『50人のチベット展』が行われたのは狛江駅近くの『泉の森会館』というこじんまりとした会場でした。

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会場入り口にはチベットの人たちの祈りのタルチョがひらめいてて、いい感じ。

会場にはチベット関連の案内チラシが置いてあって、中にはチベット旅行のチラシもあります。

自転車で行く

「チベット・ラサ 7日間」

「ヒマラヤ縦断15日間」

等々。

その内容はフツーの旅行会社のツアーと異なりユニークなもので、年甲斐もなくソソラレルものばかり。でも気になることがあって、近くにいたチベット服を着て「STAFF」のカード首から吊るした女性に質問。

つまり、これらの日程表では年内の催行となっているけれど、それまでチベットに入境できる保証はあるのか?たぶん無理ではないか?という疑問があったワケ。チベットでの四川地震の情報がまったく伝わってきていないということは、それだけ被害が甚大で、北京政府にとって、外国人旅行社を受け入れるだけの態勢は整えられないと想像してるワケです。

その女性も会場ボランティアだからツアーのことまでは把握してない様子で、お互いに「早くチベットを自由に旅行できるようになるといいネ」という程度でハナシを切り上げて、別れしな、、、。

そのチベット服を見事に着こなしている女性に、

「ところであなたはチベットの人なの?」と訊けば

・・・ハイそうです。・・・・前世ですけど・・・

・・・日本人なのは今世だけで

来世もチベット人になると思います。

とのアリガタキお答え。

「それならば、ボクも来世はチベット人ですから、来世にまたお会いしましょう」とエールを交換してチベット服女性と別れたのよ。

外に出てタルチョが風にそよぐのを見てるとこんな男性も現れましたね〜。

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上半身をフリーチベットで固めたこの男性の左腕のマークは
チベットのオームなのです。
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しばらく
『街のオーム』ネタから離れていたら
狛江に突如出現したリトルラサで
オームにご対面という日曜日でした。
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2008年4月30日 (水)

長野のオーム

呪われし“聖火”も日本を離れて世間も静かになり、メディアも「北京オリンピックまであと100日」などとすでにオリンピックモード。

いま中国大使館では、今回の長野騒動に対する各メディアの報道姿勢を分析査定してますよ。その評価によっては北京での扱いに差が出ようというものです。

それにしても『欽ちゃん』は生涯あの「オモシロイおじさん」キャラクターを演じなければならないのかと思うと辛いな〜。ハッキリいうけど『欽ちゃん』は相方の『二郎さん』がいたからこそ面白かったので、ピンになってからの『欽ちゃん』は、、、アザトさばかりが鼻につく哀れな芸人でしかないよ。

さて、4月26日の長野にハナシを戻すと。

“聖火”リレー最終地点の長野若里公園雨中の雪山獅子旗側集会も散会して、予約してあるバスまで時間はタップリある。さっきまで降っていた雨も“聖火”が長野を去ると同時に上がったみたい。長野に来たからはやはり善光寺さんに挨拶しないワケにはいきません。

整備された参道を歩いていると、家の中から鉢植えを出して表に並べる人もいます。まるほど、何かあったら困るということでイベント中は片付けてたワケだ。参道には長野に来たからにはついでに善光寺さんに参拝していこうという雪山獅子旗もチラホラ。どちらからともなく「フリーチベット!」と声をかけてスレ違う。

前を歩く若い二人連れのデイバッグからは赤い布切れがはみ出しています。

 「オツカレさん!!!」

デカイ声で呼びかけると、振り向いて一瞬キョトンとした表情の二人連れ。私のバッグに縫い付けた雪山獅子旗を見て、それから自分たちのバッグからはみ出した赤い布に気がつくと、複雑な笑顔を見せて道ばたに寄って五星紅旗をバッグに押し込んでいたぜ。

アッハッハッハッハハー!

いいのよいいのよ、セッションはもう終わったんだから。

考えてみれば、彼らだって世界の情報がたやすく得られる環境の中で生活し、今回の騒動の原因はどこにあるのか把握し、祖国への国際社会の厳しい視線も充分に理解しているはず。「中国の常識」が「世界のヒンシュク」になっている状況を把握しながらも、それでも中国人コミュニティの中で生きるためには、他国の街を真っ赤に染め上げる企てに加担しなければならないのだ。

参道を上りながら左に入る小道に目をやると、奥のお寺の門前に見えるのはこんな言葉。お寺の名前を確認すると浄土真宗本願寺派とあります。

殺してはならぬ、
殺さしめてはならぬ。

ダンマパダ
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お釈迦さまは、
「すべての者は暴力におびえ、すべてのものは死をおそれる。
己が身にひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ。」
(『ダンマパダ』)
と説かれています。


善光寺にはムカシムカシ社員旅行で一回来たことがあるけれど、そのときの印象はまったく残っていない。

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人並みにお参りをして500円の入場券を買って「お戒壇めぐり」へ。

ご本尊の安置されている瑠璃壇下の真っ暗闇を壁を伝わってソロリソロリと進み、回廊中程にあたる「極楽の錠前」を探りあててガチャガチャならしてから「オームシャンティ」を唱える。

見事な真っ暗闇から解放されて外に出ようとすると、入場券モギリ係の寺男に呼び止められた。

「コレ、ここに置いていかれても仕方ないから持ってってヨ」

寺男の手には折り畳まれた雪山獅子旗。誰かが忘れたものらしく、処置に困って私に声をかけてきたもの。ありがたく預かってきたけれど、じつは本日2枚目の雪山獅子旗入手ということになります。

1枚目は、“聖火”リレーを待って道ばたに立っていたとき、空中から雪山獅子旗が飛んできたのです。拾い上げて「これ誰の〜」と叫んだけれど周囲の反応が無く、隣りでA4サイズにプリントアウトしたお手製の雪山獅子旗かざしていた娘さんに進呈。

そして、2枚目が寺男から渡されたこの雪山獅子旗ということになります。

東京では雪山獅子旗を手に入れるのに苦労したけれど、こんなふうに向こうから飛び込んでくることもあるんだなぁ。

そんなことを思いながら本堂をあとにして帰りかけると・・・。

オー!オームだ!

梵字Tシャツ着た青年とスレ違った。

大喜びで彼に声をかけて撮らせてもらったのがこの画像。

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このように
“ナニモノ”かは
私がネタに困らないように
長野に行ってまでも
オームを提供してくれるのです。
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大したコトにもならず終わったと思った“聖火”リレーが
ケッコーな騒動だったことを知ったのは
バスの中で読むつもりで買った地元新聞夕刊でのこと。
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でもさ〜
我々の世代にとって
この程度のことは
どっちゅうことないゼッ!!!
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to airegin

まあ中国も分裂の憂き目にあうでしょうから、冷やかに
見てあげてください。

今晩私も長野行きですが立山アルペンルート方面です。

ところで、

善光寺の面白い写真があるので添付します。
お線香の煙で七福神が現れました。

中央に大黒天(シヴァ)
その下に弁財天、
左端が恵比寿
左上が寿老人か?

ちょっと人数が足りませんが(笑

それでは

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2008年4月20日 (日)

引き寄せの法則・・・かな?

“呪われし聖火”も、タイでは大きなトラブルもなくセレモニーはつつがなく終了したとのこと。

ところが、タイでは無事だったけれど、本国中国では大変なことが起きていたらしい。つまり、フランスでの聖火リレー事件に不満を抱く中国人が、仏系ショッピングセンターを狙い撃ちしたデモを行ったというもの。中国にとっては今回の欧米諸国での抗議活動が起きた原因が理解できず、たんなる“中国敵視”にしか見えないらしい。こんな騒動を見るにつけ、いつぞやの日中サッカー試合の様子を思い出します。いまからコレじゃぁ、本番のときはいったいどうなるんだ。

“呪われし聖火”が灯された北京オリンピックは、“呪われたオリンピック”として永遠に語られることになりそうな予感がします。

さて、

これまで何回かに分けてアップした『神話の力』シリーズ、の中に、チベット僧の唱えるオームのシーンがあります。

この『神話の力 Vol.6 永遠の仮面』こそ私の精神的支えになっている章でもあり、いまチベット問題が注目を集めている時期だからこそ、自分自身の再確認の意味もこめてアップしようと改めて加工し直しました。そして本日日曜日にアップすべくファイルを保存しておいたところ、こんなコメントが寄せられることになります。

名前:           有香
メールアドレス: frigid_heights@*********
URL:            http://serra.blog8.fc2.com/

内容:
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ニフティのビデオ共有ページから来ました。貴重な日本語の「神話の力」のビデオをご紹介くださり、どうもありがとうございました。私のブログで紹介させて頂きました。英語版のDVDを所有していますが、やはり日本人とシェアするには日本語が一番。NHKが保存していないというのはほんとうに残念でなりません。

この投稿者のサイトを見てみると、いわゆる「精神世界」に関心をお持ちの方のサイトのようで、なんと・・・私がかつてニフティ動画にアップした『神話の力 Vol.6永遠の仮面』が貼り付けてあります。

昨日再加工しておいたファイルを「早く公開しろ!」と催促されたような、偶然の一致にしてはオモシロイこともあるものです。

ということで、

有香さま、貴サイトでご紹介いただいた『神話の力』ファイルをアップいたします。これはチベット僧の唱えるオームが入っているロングバージョンですのでご覧下さい。

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これも
やはり
引き寄せの法則
なのかな。

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Tibet

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2008年4月 6日 (日)

馬弩(マヌ)のオーム

毎日新聞が力道山の試合結果をスポーツ欄の記事にしていた時代からの一貫した読者だったけど、チベット紛争を伝える記事の歯切れの悪さに、この4月から産經新聞に換えた。

というワケで、産經新聞読み始めた印象では、ハナシに聞いていたとおり中国に対してはかなり厳しい視線を向けていますね。他紙ではすでに過去の出来事になって扱いも小さくなりがちなチベット問題にいまだに大きなスペースを割いています。

「餃子問題」もウヤムヤに済まされそうな気配で、その上に起こった「チベット問題」では、5月に予定されている主席来日やオリンピック開会式政府首脳出席など、人権無視中国を利するような日本政府の姿勢に疑問を投げかけているのが産經新聞のだいたいの論調。購読間もない読者だけど、このナガレには大いに満足というところです。それに他紙より1000円ほど安くなっているのも嬉しい。

ところで、主席閣下を迎える側の福田さん!マジで危なくなっていますネ〜。

内政問題の失点をかの国の主席を招いてアジア外交でポイント上げる腹づもりも、餃子・チベット問題に足下すくわれ、主席閣下を迎えることなくサヨナラしそうなアンバイです。

2008年4月5日(土) 産經新聞

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あんがい「主席訪日」を花道にして退陣する態勢だったりして。

まぁ、こちらとしては、主席閣下がいつ来ても良いように、閣下の好きそうな雪山獅子旗を仕入れて準備態勢整えようと、渋谷のエスニック雑貨ショップへ行ったワケです。

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まず、渋谷東急ハンズ向かい側の中屋むげん堂で訊いたところ「置いてない」との返事。

簡単に入手できるものと思っていたけれど、渋谷のエスニック雑貨ショップ9店を回っても成果ゼロ。1店の「前は扱ってましたが売り切れました」の返事以外は、店員とのヤリトリから最近のチベット紛争に特に関心持っていない様子が伺われます。

雪山獅子旗を発見できなかったけれど『街のオームシリーズ』として、こんなオーム画像をアップいたしましょう。

渋谷・馬弩(マヌ)というエスニック雑貨店で見つけたオームです。

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店番の年配女性に
「チベット国旗ある?」
と訊いてもハナシが噛み合ないので帰ろうとしたら
店内の壁に描かれたオームマークの写真を発見。

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こういう店ですから
Tシャツやスカーフ類のオームマークはフツーだけれど
壁に描いたオームマークとなると珍しい。
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「コレ写真撮っていい?」
「どうぞどうぞ、、、前にブラ下がっているもの、外しましょうか?」
「カマヘンカマヘン・・そのマンマが良いのヨ」

馬弩の店番の女性
チベット国旗は知らなかったけれど
人柄は良いようだ。

ネット世界で盛り上がっている気配のある「チベット問題」も
所詮一般的に関心を呼ぶことでなないんだなぁ。

ヨシ!!!
こうなったら
なにがなんでも雪山獅子旗探し出して
主席閣下訪日に備えるゾ!!!
と決意した日曜日の午後でした。

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2008年3月20日 (木)

ラワットさんのオーム

小田急線と井の頭線が交差する下北沢駅には戦後からのミニアメ横ともいえるマーケットが生き残っていて、2−3坪の商店や飲み屋がひしめいていました。

小田急線全線では“開かずの踏切解消作戦”で線路を高架にする工事が行われていて、その最終目標が下北沢駅。大規模な線路拡幅工事と駅ビル建設で下北沢駅周辺は見事に掘り起こされています。

こうなると、バラック作りのマーケットが目障りということになって、この場所にモダンなショッピングモールを建ててテナントを募集したいという、開発業者の欲求もとうぜんあるワケで、再開発推進派と現状維持派との論争も起きます。

推進派の主な理由は防災上危険ということになるようで、たしかに小規模商店密集のこの場所では、万が一火災発生の際には一挙に大事故になるという主張も理解できるし、維持派の「下北名物マーケット存続を!!!」という愛着にも心情的に共感できるものがあります。

20年くらい前、友人がこのマーケット内で2坪ほどの飲み屋をやっていました。ションベン臭漂う通路での立ち飲みスタイルというそんな店で、毎夜朝方までソドムとゴモラの様相を呈していたほどですから、素人経営ながら結構繁昌していたと思います。

戦中戦後から維持してきた古くからの店と、「小さくても自分の店を持つのが夢・・・」という私の友人のような新興勢力の経営するユニークな店とがウマくバランスとれて、外観とも相まってレトロなムードを醸し出していたのがこの一角でした。

私の友人もとっくにフェードアウトしまって、それ以来マーケット内部まで足を踏み入れることがなくなっていたけれど、久しぶりに内部を探検してみました。

あれほど百花繚乱ユニークなショップで賑わっていたマーケットも、すでに廃業してシャッターが閉まったままの店が大勢を占めていて全体が死に体モード。地上げとはいわないまでも、新規契約を受け付けずテナントが自然消滅していくのを待っている印象で、かつての活気溢れるフリーなムードは消え去ったようです。

なるほど、もう数年もするとこの一帯は更地になって駅ビルが建つんだなッ・・・。そんなことを思いながらシャッター通りを辿ると、何やらアヤシげな電飾煌めかせている店に突き当たった。ムカシ靴屋があったはずの場所に今度はカウンター10席ほどのインドカレー屋ができていたのだ。

“オームネタ”を見つけるには格好の場所だと店に入ると、マ〜達者なイントネーションで「イラッシャイ!!!」のお出迎え。

ナマステなセッションでリサーチすれば、この男性がリシケシ出身のラワットさんで、店の名前は『ラワットさんのMoet's Curry(モエツカレー)』というそうな。

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「ところでラワットさん、この店にはオームはないの?」

そう言いかけて、目の前のガネーシャステッカーをみたら、な〜んだアッチコッチにオームがあるじゃないですか。

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これまで何回も書いてきたように、カレー屋のオームマークは“出会いの妙”としてのグレードは低いけれど、いちおう、オームはオームだから記録しておきましょう。

これが下北沢ラワットさんのMoet's Curry(モエツカレー)
ダルカレー、野菜カレー、タンドリチキンのセット

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天井からつり下げられたインドの神様オールスターのパネル。

そして伏見稲荷大社商賣繁昌御守護のお札。

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「ラワットさん?インドの神様と日本の神様とどっちが良い?」

そう尋ねれば、ラワットさん曰く

インドの神様も
日本の神様も
みんな同じ

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神様に変わりはないでしょ!

明るく笑うのでした。


なるほど

なるほど

仰る通りです。

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「ヤツはどうしているのかなぁ」

この下北沢マーケットでムカシ飲み屋をやっていた友人のことが気になって、グーグルに名前を打ち込んで検索してみたら・・・詳細は分からないけれど、沖縄に流れて行ったかすかな足跡がヒット。

彼とは25年くらいまえにセールスマンをやっていた時代に知り合ったもの。お互いに人生の敗者復活戦を賭けて就いたのがこれまたインチキ会社というアリ地獄。二人でどうにかこうにかそのインチキ会社を抜けたあとも連絡とりあっていたけれど、ヤツと会うたびに住所も商売も女も代わっていて、最後に会ったのが下北沢で飲み屋をやっていた時代だったというワケ。

地味一筋の私には「こんな男がどうして生きていられるのか?」と羨ましくなる自由さ。ワルくいえばチャランポラン。私は地味に人生の晩年を暮らしているが、彼の末路はどうなるのだろう。私の人生で出会った中での最異人種だけど、ネットから得た細かな情報をもとに、こんど沖縄に行った時はヤツの消息をたどってみようか。

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オーム シャンティ

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2008年3月 2日 (日)

祖師ケ谷大蔵のオーム

祖師ケ谷大蔵にある砧図書館で本を借りる用事があったので、プールで泳いだあと散歩がてら遠征。

きのう昼飯を食いそこなった東宝撮影所と仙川を挟んだ対面あたりにあるのが、あのウルトラマンを生み出した円谷プロダクション。

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円谷プロから祖師谷大蔵駅方面に向ってしばらく歩くと「ウルトラマン商店街」という細い商店街があります。商店街の活性化話題作りをねらって地元出身のウルトラマンのお出まし願って名前を拝領したものの、それほどパッとせず寂れる一方のようです。

駅前ではこんなウルトラマンが春の火災予防を訴えていますがどれほどの効果があるやら。

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東宝撮影所が生んだゴジラと、円谷プロの生んだ無制限一本勝負をしたらどっちが強いか?などと思いながら駅前広場で首を回せば、こんなところにまでインドレストランが進出しています。ポップアート風の看板を見れば、、、、、。

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オー!!!

ちゃんとオームマークが出迎えてくれます。

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印度レストランでの試食は次に回にして砧図書館へ。

本日の目的はこの本を借りることだったのだ。

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目撃者
近藤紘一全軌跡1971〜1986
近藤紘一
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文藝春秋
昭和62年1月30日第一刷

この数日ベトナム関係の本を何冊か読んでいて、その中でも強く魅かれたのが故近藤紘一さんの著書。ベトナム人奥さんとその娘をを引き取っての生活をユーモラスに描いた著書を読んで、人間として、また国際ジャーナリストとしてのスケールの大きさに魅かれたもの。

この『目撃者/文藝春秋』は、そんな近藤紘一さんの未刊行の原稿を沢木耕太郎さん編集で死後に発刊されたもので、戦争の最前線にいた新聞記者としての記事、エッセー、創作とジャンルごとに分類した、正に『近藤紘一全軌跡』といえる作品集。

文庫本程度だろうとタカを食って借りに行ったら、2段組み700余ページというボリュームにまずビックリ!

どこまでがホントか分からない毀誉褒貶入り交じったドタバタにゲラゲラ笑いながら読み進んだ一連の『・・・妻と娘』シリーズと違って、今回は手間がかかりそうだなぁ。そんなことを思いながら持ち重りする本をバッグに入れて図書館をあとにしたのでした。

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下記動画を再加工して
ひとりYouTubeとしてnifty動画にアップしました。
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1)  中山ラビディスクコレクション
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2)  中山ラビフォトコレクション
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3)  下地勇〜おばぁ

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2008年2月15日 (金)

フエのオーム

倉敷の町並みを思い起こさせる古都ホイアンを朝8時に出たバスは一路フエへと向う。

フエ

ベトナム最後の王朝、阮朝(1802〜1945)の都が置かれた町フエ。かつてユネスコのアマドウ・マボウ氏はフエを「賞賛すべき建築上のポエムである」と語ったが、その言葉はズバリとこの町を言い表している。ゆったりと流れるフォーン川のほとりに、王宮、寺院、皇帝廟と風格ある建物が点在する、落ち着いたたたずまいの町だ。これら古の建造物群は、1993年にベトナム初の世界遺産に登録された。

(『地球の歩き方 ベトナム編・ダイヤモンド社』より)

私の後部座席には、白人夫婦と高校生くらいの娘中学生くらいの息子の4人家族が占めました。娘は座るなり富士通のパソコンを取り出しディスプレイを見つめたまま、息子は任天堂のゲーム。その家族を特に観察していたワケでもないけれど、フエに着くまでのあいだこの家族が交わした会話は途中のトイレ休憩のときに母親が何か声をかけ、娘が「ウ〜」と応じただけという、コミュニケーションの無い家族でしたね。余計なお世話だけど。

ホイアン→フエは4時間程度のバス旅で済んだんではなかったかな。楽な移動でした。

フエのシン・カフェ前にバスがつくと、タクシードライバーやらホテルの客引きが群がってきて、その中から「1泊朝食付き20ドル」というホテルの客引きと一緒にホテルに向う。彼はホテルのフロント係だというので若干信用したワケです。ホテルはここから歩いてスグだという彼の後についていくと、、、、。

ギョッ!!!
オームのお出迎え!!!

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プノンペンのオーム
サイゴンのサイババ
フエのオームと
オームさんも
ようやるワ!!!

インドカレー屋のオーム印の看板の手前を左に入ってすぐの所にあったのが目指すホテル。「20ドルのホテルはアイニク満室で、いまは25ドルの部屋しか空いていない」というおキマリのトークに「20ドル朝食つき」と言いくるめてチェックイン。広く明るい部屋にツインのベッド、日本語対応パソコンに大きな湯船つきという20ドルにしては満足できる部屋。

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熱いお湯に入りリラックスしてから、パソコンに向いメールチェックし返事を書いたり、たしかここからブログの更新もしたんではなかったかな?優雅なひと時を過ごして、お腹も空いたところで、オームの看板かかげたインドカレー屋へ。オームに対面したからにはアイサツしないワケにはいきません。

ベジタブルカレー 5ドルなり。

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デリー出身だという若いインド人オーナーのハナシでは、この店は前に彼の兄が経営してたものを引き継いだのだといいます。

店に遊びに来ていた女の子を記念撮影。
(こういう顔の日本人もいますネ)

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インドカレー屋で出会ったオームというのも
当たり前すぎてグレードとしては低いけれど
名刺ももらってきたので
一応アップいたしましょう。

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ベトナムのフエにお出かけのときは
ぜひお立ち寄りください。
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オーム 
シャンティ

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2008年2月14日 (木)

古都フエにて

1963年6月11日、サイゴンのアメリカ大使館前で一人のベトナム僧侶がガソリンをかぶり焼身自殺を遂げた。当時の南ベトナムのゴ・ディンジェム政権による仏教徒への迫害に抗議したものだった。

強靭な精神力によるものか、それとも人智の計り知れないナニモノかの意図があったのか、全身を炎に包まれてもなお結跏趺坐を崩さず天に還ったその姿は全世界に衝撃を与えた。

RAGE AGAINST THE MACHINE
(レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン)
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『一人の坊さんがバーベキューになっただけでしょ!』

この焼身自殺に対して、当時のゴ・ディンジェム大統領の義妹マダム・ニューの放ったこの言葉は、民衆の怒りを買い反政府感情が一挙に高まり、ベトナム戦争をより複雑にしていくことになった。

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YouTube

焼身自殺した僧が、ベトナム中部の町フエのティエンムー寺の住職で、そのお寺の境内には、お坊さんがサイゴンへ行ったときに乗ったオースチンがそのままの形で保存されています。お坊さんがティック・クァン・ドックという名前だったことも初めて知った。

特にそのお坊さんのお寺を見に行ったことでもなく、たまたまフエ市内観光のバスに乗ったところ、そのお寺がコースに組み込まれていたわけです。

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そして壁にはこの写真。

車の奥の壁には「レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン」のレコードジャケットで見たことのあるショッキングな写真も飾ってあります。

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ガイドブックによれば、このお寺は1601年に建立された由緒あるお寺だとか。なるほど、本堂はその名にたがわず豪華な作りで、折しも見習い僧のお勤め中。

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日本のように丸坊主ではなく、前頭部分に髪の毛を残すのがベトナム式らしい。

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もしかするとベトナムの仏教徒は一時期を出家する義務があるのだろうか?

お坊さんといっても遊びたい盛りの子どもだから、無粋な観光客が気になってソワソワしたり、肘で隣りを突っついて先輩僧に睨まれたりする場面もあります。

マダム・ニューの暴言の背景には彼女がキリスト教徒だったこと、クーデターにより義兄の大統領と夫が殺害時もうまく国外脱出したものの、受け入れ国がなく彷徨ったというような当時の記憶が断片的によみがえってきます。最終的にどこの国に落ち着いたのか?そして、どこで死んだのか?は分からない。もしかすると、現在でもしたたかに生きているのかも知れません。

こんなことを思いながらティエンムー寺を出れば、45年前、意を決してこのお寺からサイゴンに向ったお坊さんがいたことなど、「ワシら関係ないもんね〜」という顔の肉まん売りのオヤジさん、フォーン川をバックに待ち構えるフエの夕方でした。

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2008年2月10日 (日)

サイゴンのオーム

ベトナム戦争以前の、ベトナムを舞台にした映画というと『インドシナ』『愛人・ラマン』を思い浮かべます。その映画によってベトナムはかつてフランスの植民地だったことを知ることになります。そんなフランス植民地時代のなごりというと、やはりフランスパン。固いバケットを二つに割、中に野菜やチーズを挟めば立派な食事として成立します。フランス食文化の基本が現代ベトナムの生活に欠かせないものになっているようです。

これは一見して汽車の駅のように見えるけれどベトナム中央郵便局の建物。フランス植民地時代の19世紀末に建てられたものらしい。

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内部には精緻なデコレーションが施された、正にフランス人のセンスが光る建物です。そんな歴史的建物だけど博物館などとして保存されてるだけでなく、現在も郵便局として機能していることが素晴らしいところです。

映画『インドシナ』は大ゴム園の農場主カトリーヌ・ドヌーブと養女の、オトコを廻る相克が描かれていたけれど、あの映画の中にターバン巻いたシーク教徒のお抱え運転手がチラッと出ていました。「フランス人にくっついてベトナムまで渡ったインド人もいたんだなぁ・・・」あの映画を観てそんなことを思ったワケです。

ホーチミンで、安宿、レストラン、土産物屋、旅行代理店の密集するデタムストリートを冷やかしていると、インドレストランらしいけれど、ミョーな看板の店があります。もしかするとこれはオームマークではないだろうか?

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気になって看板を見ていると、奥から若い男が出てきてニコヤカに笑いかけます。

この男、ターバンこそしていないけれど、ヒゲの濃さといい、モロにシーク顔。「これはオーム・プラナヴァ?」。私の問いにそのシーク顔は「そうです。これは私たちにとってのオームなのです」という答え。「そうか!シーク教徒のオームか!。アムリツァ!グル・ナーナク!」というと、シークは嬉しそうな顔をして店の中に戻っていったのでした。

映画『愛人・ラマン』は裕福な中国系ベトナム人と没落フランス人ゴム農園主の娘の恋物語で、「ホントに好きな人とは結ばれない・・・」という、いかにもフランス映画らしいテーマ。

あのフランス統治時代から何十年を経たホーチミンの中国人街を歩いていると、こんな結婚式の風景。これみよがしに厚化粧の嫁ハンを披露しています。

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想像するに、こういった中国人成功者が大型テレビを買い、パソコンを買い、日本製大型車を買えるクラスなんだな。『愛人・ラマン』の時代から、ベトナム戦争の時代を経て現在に至るまで、ベトナムの経済は常に中国人が握っていることが理解できます。

さらに歩いていると、向こうのレストラン入り口で若いネーちゃんが手招きしています。「ここに座れ!!」というから、安っぽいパイプイスに座ると、ネーちゃん、奥から「地球の歩き方」を持ってきやがった。それも2008年の最新版だ。


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ネーちゃんにはワルイけれどこの写真だけがなぜかピンボケ

なぜ「地球の歩き方/ベトナム編」の最新版を持ってんだ?。もしかすると撮影協力のお礼に出版元ダイヤモンド社からプレゼントされたものか。

結局ネーちゃんの術にハマって、「地球の歩き方」のベトナム料理カタログを見ながら注文しての夕飯になってしまった。

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食べ切れないほどの量。これで8ドル。

食べ切れないかな?と思っても大食いの私は完食。

腹ごなしに夜のホーチミンを歩けば、バイクタクシーの運ちゃん「マッサージ?ガール?」と耳元で囁くかと思えば、オートバイの後部座席に跨がった厚化粧お姐さんがニコヤカに笑いかける。ベトナムは一応共産主義国なんだろうが、アノ道にかけては共産主義国も資本主義国も変わりはない。

ミョーな匂いの発する建物が気になって高い塀をグル〜っと廻ってみれば、♪何だナンダ!ゴーパ〜ラ〜!ヒンズー寺院の入り口へ辿り着いた。恐る恐る内部を覗き込んでいると、中から寺男が出てきて訝しげな視線。

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異国の地で、異教徒が入り込んできたから打ち首にしたと言われても困るから、「やぁ、オレは日本から来た、サティア・サイババのディボーティだ!」などとテキトーに名乗ると、表情を和らげた寺男の指差した先には、ナッ!ナッ!ナンとチャパティ!サティア・サイババの写真が飾ってるじゃありませんか。

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おまけに
シルジのサイババの写真も。
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写真からビブーティが吹き出していたりしたら、ハナシは劇的に盛り上がるのだけど、そうはウマクいきません。思いもかけなかった両聖者との出会いに驚き、今後の旅の安全を願って丁重に礼拝して立ち去ろうとしたら、さっきの寺男が祭壇から2個の果物を取り出して持たせてくれたのでした。

ベトナム社会での
シルジ・サイババ
サティア・サイババ
の評価は分からないけれど
まさか
ホーチミンで対面するとは思わなかったぜ。
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思えば
プノンペンで鉢合わせしたオーム男といい
ホーチミンで対面した両聖者といい
オームを引き寄せているのか?
オームに引き寄せられているのか?
出会いに奇妙なものを感じたワケです。
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ホテルに戻り
さっき寺男からいただいたプラサドを
ありがたくいただいた
ホーチミン最後の夜でした。
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明朝は首都ハノイを目指してバスに乗る。
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オーム
シャンティ

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2008年1月30日 (水)

プノンペンのオーム

プノンペンの街を朝早く歩いていると僧侶が托鉢している姿をよく見かける。

お坊さんがス〜っと門前にたつと、しばらくして家人が現れて金銭や食べ物などを器に入れてやり、互いに合掌し終わるとス〜っと立ち去る。よく見てるとカラ振りのときもあるようで、留守なのか無視されたのか家の中から誰も来ずそのまま立ち去るときもあるようだ。

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こんなふうに、おばぁちゃんが孫を連れ一緒になって拝めば、坊さんに対する尊敬の念が自然に芽生えていくのでしょう。

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上の2枚の托鉢姿を見ると、坊さんのハダシは分かるけれど一般人も皆ハダシだということを今気がついた。自分たちの代わりになって修行に励む坊さんがハダシなのに、靴やサンダルを履いていたんでは失礼になるということなのかな。

これはプノンペンの国立博物館での写真だけど、観光客のざわめきが聞こえないかのように、書物を読んでいるお坊さんが、なかなか決まっています。

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この、国立博物館の向側、トンレサップ川沿いに小さなお寺があって、さっきから法要の準備中。お金持ちの行事らしくバンドが入ったり、かなり大掛かりなものです。

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参拝客お目当ての花屋やお乞食さんも準備に余念がありません。それら商人の集まる一角に大きな鳥かごを持ったグループがいて、日本では見られない行事を見ることができた。

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つまり、せめて囚われの雀を解き放つことで現世の罪滅ぼしをしようというもの。雀にも、放たれるもの、そのまま残されるものと、運不運があります。これも雀の前世の行いによるものなのか。雀の顔もよく見ると日本の雀とは顔立ちが違うみたい。

このように同じ仏教圏に住む者として、なじみある景色をみることができるけれど、中にはこんなことも・・・・・。

  オイオイ!コリャッ!!!

お寺の壁に立ちションベンじゃ、ポコチン曲がりまっせ!!!

こんなヤツもいます。

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Sikiri
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トンレサップ川に面した、シンワットキーはコロニアル調のオープンカフェや土産物屋の立ち並ぶ観光名所。CD屋などを冷やかしながら歩いていると、「日本語OK」というインターネットカフェがあって久しぶりにパソコンで遊ぶことがができた。

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メールボックスに入っていたメールをチェックしたり、このブログへのコメントを編集したり、たまに触るパソコンが嬉しい。2時間で1ドルだから安いものです。こんなふうにサハラ砂漠にいても、メコンデルタにいても通信できるのだから、まさに世界は小さい網の中に包まれているようなものです。

ネットカフェを出ると「私は乞食ではありません。仕事をしています」というボードを掲げた車イスの男がいたので、彼から絵はがきを買えば、ありがとうの一言もなかった。ホントにプライドばかり高いヤツだなぁ。

このシンワットキー通りは小さな旅行代理店も軒を連ねている地域で、ベトナム行きのバスの情報を求めて歩いていたときのことだ。

ギョッ!!!
オームと鉢合わせしてしまった。
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まさか
プノンペンの
こんなところにまで
オームを引き寄せるなどと
予想もしていなかったゼッ!!!
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(プノンペンにて)

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だけど
偶然というのは恐ろしいもの。
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オージーのオーム男と
ジャパンのオーム男が
メコンデルタの街角で
絶妙のタイミングで鉢合わせ
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互いに相手のオーム を指差して
オーム!オーム!オーム!
と大笑いするのですから。
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実は
ジャパンのオーム男である
私のディーバッグには
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が縫い付けてあったのよ!
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オームを
引き寄せたのか
オームに
引き寄せられたのか
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長生きしていると
こんなこともあるんだよッ!
 

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2007年12月 9日 (日)

浅草のオーム

マックの売れ行きが好調らしい。

iPod効果がマック本体の売り上げを伸ばして、デスクトップ型パソコンに限れば、国内シェアが、富士通、NEC、ソニーの国内メーカー上位3社の一角に食い込む勢いだと伝えるのが今朝の毎日新聞の記事。

2007.12.08(土)毎日新聞

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たしかに、銀座・渋谷のアップルストア店内はお客が増えているし、ヨドバシカメラやビックカメラなどのマック売り場は、今年初めあたりから売り場を拡張し始めていたのを見ていたから、この記事には納得できる。私はマック歴2年ほどでしかないけれど、いわゆる量販店のパソコン売り場はあくまでも普通の“電器店”で、マックコーナーは同じ店内といっても少数派による一種独特のコミュニティが形成されているようで、そんな雰囲気に魅かれて買う物がなくても覗いてみたくなるのです。

だから、好きなマックの好調を喜ぶ反面、マックがこのままシェアを伸ばして電気店並みのレベルになってしまったら、ちょっとサビシーな〜という気もします。

最近読んでいるのがこの本。


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夢をかなえるゾウ
水野啓也

飛鳥新社

2007.08.29
お前なぁ、このままやと
2000%成功でけへんで。
夢をなくしたサラリーマン、関西弁のゾウと出会う。
ベストセラー『ウケる技術』大ヒットDVD『温厚な上司の怒らせ方』を
手がけた水野啓也が送る、愛と笑いのファンタジー小説。

クスブリサラリーマンの僕の部屋に突然現れた象面のガネーシャが関西弁で説く成功の秘訣とは、「毎日靴を磨け」「僅かでも良いから寄付をしろ」とか「腹八分目にしろ」というような、生活に密着した教え。ホントに、こんな細かなことを実践することで成功を掴めるの?とオモシロ半分にこのハナシに乗ってみたサラーリーマンの物語。

ようするに、この本は古今東西の英雄偉人の伝記から引っぱり出したエピソードを散りばめ、物語り仕立てに構成したもので、作者は中谷彰広の開発した路線を踏襲したものと見た。

ガネーシャの教えを守ったサラリーマンの結末はどうなるのか?私には最後まで読み続けて見届けるだけの自信がない。

ところで、このガネーシャだけど、インドでは“富と繁栄の神”“知恵と学問の神”“障害を除去し成功をもたらす神”として広く親しまれている神様 (『インド神話入門/長谷川明/新潮社』による)。象面にメタボリック腹のこんなオッチャンが人気を得ている原因は『マハバーラタ』を口述筆記したという 神話にあるとのこと。

シヴァとパールバティの長男という位置づけのガネーシャは密教とともに日本にも渡来し、聖天(しょうでん)あるいは歓喜天となります。その聖天を祀った最大の寺は奈良の生駒山宝山寺ですから、「夢をなくしたサラリーマン」の部屋に現れたガネーシャが関西弁を話したとしても不思議はありません。そして東京では浅草の待乳山聖天(まつちやましょうでん)に祀られていることも知られているところです。

2007.12,08(土)浅草待乳山聖天へ。

その前に、やはり浅草といえば浅草寺。顔を出しておかないとどんなタタリがあるかわかりません。インターナショナルな言語飛び交う参道をかき分けかき分け、やっとの思いで本殿に辿り着き、お賽銭はずみお参りしたあと、フト空を見上げれば♪誰が歌うのか子守唄〜ワタシの城下町〜・・・太陽のかかった五重塔がシルエットになり浮き上がってみえます。

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逆光のせいでイイ感じの写真が撮れたと満足して境内に下りれば、いつもの場所でいつもの猿回し芸。

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自力で竹馬を立てて上っていくのですから大したものです。

さて、

目指す待乳山聖天はこの浅草寺から墨田川に向って10分ほど歩いたところにあり、ムカシムカシ、平地の浅草に“一夜にして出来上がった”といわれ、こんもりとした山は密教の神様を祀るに相応しい伝説です。

このあたり明治の文人墨客に愛された土地だそうで、その代表格が池波正太郎だと案内図には書いてあります。

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浅草寺の賑わいとは反対にヒッソリとした境内にはただ枯れ葉の舞うサラサラという音がするだけ。

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待乳山聖天にはこれまで何回も来ているけれど、この12月8日は特別な行事がある日になります。

日本の聖天崇拝の特色は、きわめて秘教的な色彩が強いことと、象頭の男女神が抱き合った姿の独特の双身像を礼拝することです。ほとんどの寺では、その神像を秘仏として行者以外の人間の眼にふれないようにしています。(『インド神話入門/長谷川明/新潮社』より)

このように普段は目にすることができない待乳山ご本尊を見ることのできる“ご開扉”の日が12月8日なのです。ご本尊見たからといってどうなるのか?という思いはするけれど、その“ご開扉”の日を選んで参拝したワケです。

扉は開かれているけれど奥の院は薄暗く肉眼でハッキリ確認できないから、あぁ、こんなご本尊様があの場所にあるんだなと想像力を働かせるだけ。

『インド神話入門/長谷川明/新潮社』より)

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ご開扉という特別な行事のある日でも、見かけた参拝客は10人程度といつものように静かなもの、そういった人間の少なさが待乳山聖天に魅かれる理由でもあるのです。

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我が家にも(我が家ったってそうタイソウなモンじゃないけれど)不思議な縁でムコ入りしてきたガネーシャが、このように20年愛用しているヤマハスピーカーとパソコンの間に鎮座ましましております。

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オームのナガレでこんなことばかり書いていると宗教グルイのサイトと思われそうですが、私自身はえあじん教の教祖兼信者という立場で深いモノはありません。ミーハーの立場でイロンなことに首突っ込んでオモシロがっていという、たたのヤジオ。

だから、このガネーシャが『夢をかなえるゾウ』のように関西弁でも東北弁でもよいから喋り出して、私に成功へのアドバイス与えてくれないかと願っているのですが、本のようにそうウマクはいきません。

インドのカミサマを茶化したりネタにしている不信心さが原因か?と

浅草寺の猿のように首うなだれて

反省!!!


いずれにしても

インドでは天下無敵の神様として敬われているのが

このガネーシャということになります。

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2007年12月 8日 (土)

渋谷センター街のオーム

このごろはクレジット会社と提携したポイントカードを発行しているお店が増えて、レタス1個週刊誌1冊の買い物だけでも、レジで「当店のカードはお持ちです か?」と催促される。これが案外煩わしい。「それってさぁ、客に必ず訊くように会社から言われてんの?サービスを受けたいと思うヒトが提示すればいいんじゃない の?」と、小言好兵衛なみにひとこと言ったりする。

こんなところにもトシを感じる晩秋のたそがれです。

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兄夫婦が上京するというので渋谷で待ち合わせて話を聞いた。帰省したのが姪ッ子の結婚式のときだから5年ぶりに会うことになる。「異土の乞食になるとても 帰るところにあるまじや」の心持ちで、実家のことには何も構わずこれまできたけれど、母親が住んでいる。。

ときおり電話で話すだけの88歳になる母は声もしっかりしたもので、たぶん100歳以上は大丈夫だろうというのが私の予想。そんな“たらちねの母”へのプレゼントとして、派手目のセーターを選び大げさなリボンをつけたものを兄に託す。

兄夫婦の上京の目的は、東京見物もかねて、東京に住む息子に見合い写真を持ってきてのだという。これまでにも、親類縁者から持ち込まれた見合い写真を何回か郵送したことがあったらしいけれどラチがあかず、今回は親が直接手渡してハナシをしようという算段。何とか呼び戻して後を継がせて孫も抱きたいというのが親としてのノゾミ。

「付き合っているヒトがいるから」と見合い話に関心示さない息子に、「それならそのヒトを連れて戻ってこい」という親のハナシにも気乗り薄だったらしい。息子のことは心配してもどうしようもないな〜と、もはやアキラメ顔。

メシを食べようということになって、連れていったのがセンター街のインドレストラン。普段は安めのカレー屋ばっかりだけど今回はちょっと奮発。兄夫婦は田舎にいては味わえない本場のインドカレーを珍しがって喜んでくれた様子。

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食事のあとノートパソコンを開いてチベットの写真を見せながらダライ・ラマの話などをしていると、インド人マネージャー氏が興味津々の様子で話に加わってきた。私がインド好き(?)だと気がついたマネージャー氏は「マトゥラへ行ったことがあるか?」と訊いてくる。

「マトゥラ?それはクリシュナの生まれた・・・ブリンダヴァン?」と訊き返せば、「ブリンダヴァンまで知っているのか!、マトゥラには素晴らしいお寺がある、行ったことがないのなら今度インドへ行った時には絶対に行くべきだ!」と強力にプッシュしてくる。そこでマネージャー氏にキーボード打たせてアクセスしたのがマトゥラ関係のこのサイト。

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このマネージャー氏、変な日本人に出会ったと大喜びで、「ラッシー飲むか?チャイはどうだ?ワインもあるぞ」。そして、レジ下の机の中から1枚の写真を持ってきて「この人を知ってるか?」と訊いてきやがる。

始まったぞ、始まったぞ、『引き寄せの法則』が。

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「もちろん知ってるさ
“シルジのサイババ”だろッ!
だって
ボクはサティア・サイババの
ディボーティだよ!!!」

サティア・サイババのファンを広言してオモシロがっているだけで、決してディボーティ(信者)だとは思っていない私だけど、ここはディボーティのフリをしてハナシを盛り上げよう。

ところで、、、、。

私はカバンから1枚の写真を取り出してマネージャー氏に見せた。

「このオームマークの周りのヒンディー語はどういう意味なのか教えて、、、」

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「これはヒンディー語ではありません
サンスクリット語で
読み方はこうです・・・」
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居住まい正したマネージャーは読み上げやがった。
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OM BHOOR BHUVASSUVAH
TAT SAVITURVARENYAM
BHARGO DEVASYA DHEEMAHI
DHIYO YO NAH PRACHODAYAAT

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マイッタな〜。
渋谷センター街で
ガヤトリマントラ
聞かされようとは思わなかったゼッ!!!

他に客がいないことをいいことに盛り上がるインド人マネージャー氏と私とのセッションの内容は、門外漢の兄夫婦にもおおよそ想像がついた様子。

20数年前夜逃げするように消えた弟が、どんな暮らしをしてきたのか全く知らないけれど、その弟の関心事の一端に初めて気づいたはずです。

渋谷センター街の人間動物園並珍種の雑踏に揉まれながら、息子のことを思った兄の漏らした言葉。

こういった生活に慣れてしまえば

田舎の生活に戻れと言ってもいまさら無理だろうな〜

兄にとっては、昨夜お見合い話のために会った息子のことといい、ワケのわからないカミサマ話を喜んでいる目の前の弟といい、充分に刺激的な東京滞在であったことは確かです。

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「シルジ・サイババ」についても、「ガヤトリマントラ」についてもあえて説明しないから、「関心あるヒトは自分で調べて」と、放っておいて、一応ガヤトリマントラの響きだけは感じてもらいましょうか。

音源は(プロデュース)ジョージ・ハリスン、(監修)ラビ・シャンカールになる『CHANTS OF INDIA』というCDからのパクリです。

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アニキよー
心配ないって!
人間てえのは
最後は
収まるところに収まるようにできているんだから。

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2007年12月 7日 (金)

HMVのオーム

いまどきサイババネタでは“賞味期限切れ素材”を使ったカドで告発されそうな気もするけれど、こちとら「やめられない止められない」のカッパエビセン体質でしかも粘着系。オームの呪いかけられたようにアブナ系サイトへと突き進んでいて、まだまだ止む気配がありません。

というワケで、、、、。

「山下洋輔とセシル・ティラー共演DVDは出たのかな?」。渋谷に出たついでにHMVのジャズフロアーDVDコーナー行ってみると飛び込んできたのがこのDVD。

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MAHAVISHNU ORCHESTRA
LIVE AT MONTREUX

1984
1974

また出てきやがったゼッ!オームアイコンが!!!

私が来るのを待ち構えていたかのように、オームマークが見えるように陳列してあります。

MAHAVISHNU ORCHESTRAとはジョン・マクラフリンが1970年代初めに結成した強力ユニット。

  MAHA:偉大な VISHNU=ビシュヌ神

インドグルのスリ・チンモイに帰依したギタリストのジョン・マクラフリンらしい命名のユニットで、プレイヤー個々のテクニックひけらかすよりは、グループとしてのトータルサウンドを追求するというコンセプトでした。

スリ・チンモイの思想に感化されたか、宇宙規模での「愛と平和」のメッセージがこめられた斬新なサウンドは、ジャズファンだけに止まらずで広く音楽ファンの支持を得たユニットでした。しかし、メンバーそれぞれその個性の強さゆえか、あるいはリーダーとの宗教上の確執ゆえか、バンドは短命に終わることになります。

今回DVDとして発掘された映像は、衝撃的デビューを果たした1次メンバーが空中分解したあとの、2次メンバーによる1974年、それから10年後の1984年の再々結成メンバーによるモントルー・ジャズ・フェスティバル出演時の貴重なライブ映像DVD2枚組セット。

時系列的に1974年の盤から観てみると、やはりレコードで聴いた1次メンバーのサウンドが強力に印象づけられているから、音の垂れ流しのような感は否めません。それでも、ジョン・マクラフリンがトレードマークともいえるダブルネックを弾く姿を見られるだけでもファンとしては嬉しいのです。

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ザ・ビートルスとマハリシ・マヘーシ・ヨギ。
ジョージ・ハリスンとラビ・シャンカール。
ジョン・マクラフリン/カルロス・サンタナとスリ・チンモイ。

インドグルとミュージシャンとの関係は色々取りざたされたけれど、師弟の契り終世切れなかったのはジョージ・ハリスンとラビ・シャンカール組くらいなもの。これほど深い絆で結ばれていたと思われたジョン・マクラフリンとスリ・チンモイの師弟関係も短命に終わったはずです。宗教の世界グルの世界も、中に入ってみればそうキレイゴトばかりじゃありません。

このDVD映像の1974年当時ジョン・マクラフリンはスリ・チンモイに対する帰依心があったらしく、オームコレクターの私にこんなネタを提供してくれています。


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A

ネッ?
このように
CD屋に行けば
オームマークのDVDジャケットが
私の目につくように飾ってあるし
そのDVD買って観てみれば
MAHAVISHNU ORCHESTRAで
カウベル叩いているメンバーの胸には
オームマークが燦然と輝いているワケですよ。
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私はグルでも詐話師でもないから
こんなことで教えを垂れようという気はサラサラなく
誰の筋書きか筋書きでないか
オモシロイことが続くもんだと
ニヤニヤしているワケです。

A

A

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2007年12月 5日 (水)

眉毛を描かれた犬

中島らもさんが歌う『♪いいんだぜ〜 いいんだぜ〜』というフレーズがアタマにこびりついて離れない。『♪いいんだぜ〜 いいんだぜ〜』と、身に起こるありのままを受け入れることでどれほど気持ちがラクになることか。

前回ひとりYouTubeとしてアップしたパクリ動画の撮影日は2003年10月8日となっていますから、らもさんが大麻取締法違反で逮捕された8ヶ月後、亡くなる7ヶ月前ということになります。『♪いいんだぜ〜 いいんだぜ〜』と歌う姿に、もはや最期の近いことを悟ったらもさんの姿を見る思いがします。

『水に似た感情/集英社文庫』の元となったバリ島旅行で、モンクの対談相手として登場したソト杉岡とはチチ松村のこと。チチ松村が馴染み薄かったら、ギターデュオで知られるゴンチチのチチといった方が分かりやすいか。

らもさんが「アルファ波の出るギター」と評した、そのチチ松村の最新アルバムがコレ。


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半音生活
チチ松村

ゴンザレス三上とのゴンチチとしては数多くの作品を出しているチチ松村の、個人名義としては珍しい作品です。チチの芸風としては“平成の浜口庫之介」というところか。心象風景を奇を衒うことなく自然体で歌っています。アルバムタイトルの『半音生活』は、一般社会の流れになかなか順応できない自分を“半音”になぞらえたのか。

このアルバムの4曲目、『♪眉毛を描かれた犬』というタイトルを見て私はニヤリとしました。もしかすると、チチ松村はバリ島で藤原新也と同じ犬を見たのかな?それとも藤原新也の写真集を見たダレかのイタズラで眉毛を描かれた犬を見てしまったのかな。


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藤原悪魔
藤原新也

文藝春秋
1998.10

改めて『藤原悪魔/文藝春秋』の眉毛犬を見ながら、「♪眉毛を描かれた惨めな犬のよう・・・」と歌うチチの滑稽さが伝わってきます。

藤原新也の眉毛犬の写真は自著の他に意外なところでも使われたことを思い出した。

これは元『JAPAN』というバンドのリーダー格だったデビッド・シルビアンの2枚組アルバム。


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EVERYTHING AND NOTHING
DAVID SYLVIAN


藤原新也に「デビッド・シルビアンからバリ島の写真をアルバムジャケットに使いたいという依頼があった」とのエッセーがあるけれど、それがこのバリ島で撮影した眉毛犬の写真でした。眉毛を描かれてなんとも情けなさそうな犬の顔を2枚こうして見比べてみると、同じ犬だけど構図がちょっと違うことに気がついた。

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Sikiri4_aum
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2000年から『サイババ・ブックリスト』というサイトを発信していたことがありました。

これは“サイババ”という名前が日本ではどのようにして知られていったのだろう?という興味から、“サイババ”の4文字が書かれた本や雑誌を拾い出していくという試みでした。とにかく1ヶ所でも“サイババ”の4文字があれば何でもかんでも表紙を写真に撮り、その書誌の値段と重量を累積していくというゲームでした。

この2000年という年は、サイバババブルともいってもよいくらい膨らみ過ぎたサイババブームが一瞬で萎んだ年で、それまで「ババさま・サイババさま」とサイババ礼賛の限りを尽くしたヒトが、急に口をつぐんだ年でした。私としては、サイババ