2008年6月20日 (金)

中山つながりで、、、、。

中山可穂さん→中山康樹さん、、、と中山が続いたところで、

中山つながりでもう一人、中山ラビさんネタでいきたい気分です。

ヤフーのネットオークションで『中山ラビ』を見てみると、出品物も減っていて、オマケに応札者もゼロ。コレクターが食指を動かす珍品はだいたい出払ってしまった感じがします。

私がネットオークションで手に入れた中山ラビ関連で一番の珍品と思われるのがコレ。

ラビさんの45回転EPレコードです。

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片足ジャック/エントツとけむり
中山ラビ

数年前にいちどオークションに出たことがあって、そのときはたしか2万数千円までいったところでバカらしくなって途中下車。「もう出品されることはないだろうな?」と思っていたら数ヶ月前に再出品されていて、1万円までは出すつもりで競り合ったらけっきょく7000円ていどで落札という商品。これでラビさんのレコードコレクション完了というワケ。

このシングルレコードはラビさんのファーストアルバム『私ってこんな/ポリドール』からシングルカットされたもので、かなりレアなブツのはずです。

ファーストアルバムが発表されたのが1972年ですから、ラビさんもデビュー35年になってしまうんですね〜。途中休養期間があったにしてもこれほど長い間歌い続けることになるなんて当人も思ってなかったんじゃないでしょうか。

そのラビさんが、デビュー当時のこと、経営するほんやら洞のことなどを語っているのがこの雑誌。

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analog
2008SUMMER
vol.20
20号記念号
音元出版

このanalogという雑誌は読んで字のごとく、ディジタル主流の現代にあって、あくまでもアナログレコードに執着するファンにオーディオ機器などを紹介する雑誌。

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詳しい内容については『雑誌を買って読んでくれ!』ということにして、わずか2ページの記事にすぎないけれど、これまで覆ってたこともさりげなく告白しています。

ディジタルでない、アナログという雑誌のフィーリングがラビさんの感性に合っていたのか?それとも同じくボブ・ディラン信奉者でシンガーである構成 者の和久井光司との相性が良かったのか?リラックスしている様子で、読んでるこちらも70年代にタイムスリップして懐かしい気分になりまし た。

『♪ひとは少しずつ変わる』

かつては『女ボブ・ディラン』とか『アングラ・フォークの女王』などと呼ばれたラビさんも、あれから30数余年を経て『ねんきん特別便』の届くおトシになった今、過去のできごとを淡々と語れるようになったんだとな〜と興味深く読んだ中山ラビインタビューでした。

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2008年3月 9日 (日)

いつまでもフォークライフ

  to えあじん

昨年、新宿URGAの写真でお世話になったちゃぼうずです。

すでにご承知かもしれませんが、↓多摩地区の友人が教えてくれました。
http://mytown.asahi.com/tama/news.php?k_id=14000000803030001

手ぶれ写真館をもっと充実していただけると嬉しいですね(手ぶれでないやつも見たいのですが)。

今後もよろしくお願いします

ちなみに、昨年暮れにはうちの家族(私は留守番でしたが)もシェムリアップに滞在していたのでどこかですれ違っていたかもしれませんね。

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昨年末にヤフーのオークションにこんなEPレコードが出店されていて、驚いたのはそのスタート価格が30数万円だったこと。

どうなることかと注視していたら、案の定応札者ゼロのオークション流れ。

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そうしたら、最近になってまたこのEPレコードが出品されていましたねぇ。開始価格は前回からディスカウントして258000円!

それにしても、この『おまわりさん』というEPレコード、発売枚数が少なかったとか、赤塚不二夫画伯のイラストがあるとか、出品者なりの価値基準があるんだろうけれど、これだけの高額になる理由がどうにも分かりません。

開始価格1000円でも30万円でも出品者の勝手で、その価格分だけの価値を見いだせる人が応札すればよいだけのハナシだけど、いくらなんでもEPレコードに、それも“アンタッチャブル”三上寛のレコードにこれだけの金をヤツはいないだろう。

でも、ちょっと待てよ、このところ“団塊の世代”とおだてられている中には、ヒョッとするとこのていどのお金を平気で出せるモノズキもいるのかな?

成り行きを注目していたら、やはり応札者ゼロで2008年3月8日(土)付けでまたもやオークション流れの憂き目にあっていました。

そのうち更に値を下げて再々出品するだろうから、その時は、、、三上寛信者を自称する私ですから、その時は分かりませんよッ!

Sikiri

1970年代に雨後のタケノコのように発刊されたフォーク雑誌の、かつての読者をターゲットにしたようなムック本が発売されています。

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大人のための“フォーク”マガジン
FOLK LIFE 倶楽部
オークラ出版
2008.03.18初版発行 ¥1500

内容はムカシのフォーク雑誌とかギター雑誌を踏襲しているけれど、インタビューに応えているフォークシンガーの写真がそれぞれ30数年分老けていること(当たり前か!)。栄光と挫折を乗り越え過去の自分と現在の自分を冷静に語れるほどオトナになりました。

私のアイドルである中山ラビさんも、デビュー当時から再活動にかけての心境を語っていて、かつての「アングラフォークの女王」も丸くなりました。

皆さん上手に年をおとりになって、30数年後を経た現在でも「歌いたい」というフォークシンガーと、「聴きたい!」というお客がいて、これらのフォークシンガーのスケジュールはけっこう埋まってるようで嬉しい限りです。

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それでは
本日のひとりYouTube
中山ラビさんの
「何年ぶりかで」をアップしましょう。
ラビさんが再活動まもない
2000.03.26(日) 下北沢/ラ・カーニャ
での映像です(G=萩原信義)。
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ケッコー
グッときてます。
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ひとりYouTube

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2007年10月 9日 (火)

新宿ブルースナイト!最高!二度と呼ばないでください

 2007年10月7日(日)

今年も行ってきました。

新宿ブルースナイト。

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今回の新宿ブルースナイトの会場は、新宿コマ劇場隣り、東宝会館8Fの歌舞伎町クラブハイツに移しての開催。過去の会場は一応多目的ホールで、喫煙飲酒などの制限があったけれど、今回は元々「18歳未満及び893関係者お断り」の注意書き貼ってあるキャバレーだから、煙草フリー、お酒グイグイという、近頃のライブにしては珍しい設定。クラブハイツのいつもの営業と違うのはホステスさんがいないだけ。

ボックスシート単位で(ゴールデン街)協賛店の指定席になっているから、普段店で顔を合わせている常連客同士が「やぁやぁ」と、持参の酒類をテーブルに並べてコンサートを楽しめるという、いわばゴールデン街が一夜限りで歌舞伎町に移ってきたという趣き。

この説明で、このライブの終盤がどうなるかは理解できようというものです。

まず、サウンドチェックも兼ねて前座の前座、自称“ミソジのアイドル”桃井ナントカ嬢が様子見に松田聖子を思わせる衣装をヒラヒラさせてカラオケで一発ご披露。

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“ブルースナイト”という催しには似合わないような気もするけれど、マッ、彼女がこのステージで歌うことになるのも、イロンなイキサツがあったんだろう・・・と、会場からは温かな拍手でした。

ということで、午後4時に本編がスタートです。

ザ・パーマネンツ
新宿ブルースナイト常連のバンドで、
今回は豪華ダンサー引き連れて、露払いの役目を見事に果たします

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根岸季衣&BLUES ROAD
そう、女優の根岸季衣さんです。
この新宿ブルースナイト出演は3度目になるのかな。

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初出演の@CORN'Sに続いては
辻本裕之+恭子BAND
上手のギターがこのイベントのプロデューサーになります。

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中山ラビ
ラビさんもこのイベントの常連ですね。
ピアノの高橋誠一を伴ってのステージ。

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山崎ハコ&安田裕美
婦唱夫弾の二人三脚

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LILI&YOJI
リリーさん、前回は金髪だったけど
今回は黒くなったみたい。

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それぞれに個性的なキャラクターのパフォーマンスでも、毎年同じメンツの同じ歌を聴いてると、ヤハリ飽きますね。毎年違った出演者を期待するけれど、でもまぁ、新宿ゴールデン街の年に一度の内輪の大宴会と思えば、人選も内輪からになるのもしかたないか。

この催しの常連である原田芳雄がスケジュールの都合で参加できず、原田芳雄に匹敵するミュージシャンは?ということで、トリは宇崎竜童参上!

当夜の宇崎バンドは1ホーン・3リズムの編成。竜童教祖様の登場に飲み疲れ騒ぎ疲れで寝ていたお客も一斉に起き出してステージに釘付け。

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宇崎バンドのセットリストがこれ。

1.スイート メモリー(松田聖子)
2.ブルースで死にな(原田芳雄)
3.イミテーションゴールド(山口百恵)
4.サクセス
5.ジャパニーズ バンドマン(?)

6.ROCK'N ROLL WIDOW(山口百恵)

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♪ロックンロールウイドウ!アハハーン
♪ロックンロールウイドウ!アハハーン
♪ロックンロールウイドウ!アハハーン
♪ロックンロールウイドウ!アハハーン

最後は百戦錬磨の竜童教祖様の解りやすい説教にのせて出演者全員をステージに呼び込むという演出。解っちゃいたけどハメられたアハハーン

信ずるものは救われる!
マントラ唱えるうちに桃源郷へと導かれ、5時間半に渡る大セッションはオヒラキとなったワケです。

それではその最後の阿鼻叫喚・至福の極地のシーンを見てもらいましょうか。

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「bluesnight7107.mov」をダウンロード
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竜童教祖様さいごのお言葉は

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新宿ブルースナイト
最高!!!
二度と呼ばないでください
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でした。
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アハハーン
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2007年10月 5日 (金)

佐渡山豊・HONZI・中山ラビ/風に吹かれて

この数年、なにかとテーマになっている「団塊世代」にとって、来し 方を振り返るときに外すことのできないのが「ビートルズ」であったり「70年代フォーク」ということになります。通信販売の広告では、かつて一世を風靡したフォークあるいはニューミュージックの企画ものCDも多数見ることができます。そんな流れに呼び戻されたかのように、数年前から70年代フォークシンガーの復活が盛んになっています。価値ある復活もあれば、過去のささやかな栄光いま一度とばかりにあざとい匂いプンプンさせながらの復活という玉石混淆。

私は、20代では吐ききれなかった思いの丈を、あれから30年後のいまでも模索して四苦八苦しているシンガーに深い共感をもっているのです。

佐渡山豊も中山ラビも10数年の潜伏期間を経て90年代半ばに復活した組だけど、何か吹っ切れたかのように力強い歌になっていることに驚かされます。現在の二人の活動を見ていると彼らの隠遁も“意味ある潜伏”と思えてきます。

二人とも反戦歌の洗礼を受けてきたワケだけれど、佐渡山豊のうたう『♪ノー・モア・レイン』は最近では中山ラビの重要なレパートリーとなっていて、エンディングにはこの『♪ノー・モア・レイン』から『♪風に吹かれて』に入っていく流れになっています。こういった〆かたからも、かつて“女・ボブ・ディラン”と呼ばれた片鱗を伺うことができます。

それでは、中山ラビつながりで知ることになったバイオリニストHONZIさんが亡くなったことから始まったスイートベイジル2000年シリーズ「ひとりYouTube」の最後は、同じくスイートベイジルライブでのアンコール曲、反戦歌の古典『♪風に吹かれて』をアップいたします。

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風に吹かれて
佐渡山豊 /HONZI
中山ラビ/ラビ組
2000.10.11
於:スイートベイジル
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思いがけずもHONZIさんの訃報に接し
古いビデオテープ引っぱり出し見てみました。
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バックに回ってはメーンを引き立て出しゃばらず
ソロでは自己を主張するHONZIさんの
プロとしての仕事ぶりを見て
「惜しい人を亡くしたなぁ」とつくづく思います
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改めてHONZIさんのご冥福をお祈りいたします。
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2007年10月 4日 (木)

中山ラビ/ノスタルジー

説明が遅れたけれど2000年11月の六本木・スイートベイジルライブは、フジテレビの『フォーク・デイズ〜第7章 風が吹く ラビ&ユタカ〜』で放送されたもので、前半が[佐渡山豊 with HONZI]、後半が[中山ラビ with ラビ組]というプログラムでした。

このサイトはラビさんのライブを追いかけて、かつては北海道や沖縄まで出かけたこともある管理人が発信するもので、ラビさんのライブつながりでHONZIさんを知ることになるのです。

というワケでこの番組に出演したラビさんの動画もアップしないことにはラビファンから石が飛んできそうなので、『♪ノスタルジー』を選んで加工しました。

ラビ組初期の演奏をどうぞご覧になってください。

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2000.10.11
於:六本木スイートベイジル.
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ラビさんの変貌ぶりには度肝を抜かれました。

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2007年10月 1日 (月)

HONZIさん逝く

この数日『HONJI』『HONJI バイオリン』『honji 死因』というような『HONJI』をキーワードにアクセスした方が何人かいて、「何なんだろう?」と不思議に思っていたら原因が解った。

『HONJI』というのは女流バイオリニストのことで、フォーク系ミュージシャンのライブをサポートしていた様子などをこのブログに何回か書いたことがありました。(『HONJI』だとばかり思っていたけれど、本名が本地陽子だから『HONZI』が正しいことになります)。私と同じく『HONJI』と勘違いしていたファンがHONZI情報を求めて検索したら私のサイトがヒットしたものです。情念だけが先走って表現技術が追いついていけないミュージシャンの音が、HONZIさんのバイオリンを得ることによって不思議な陰影を与えられるという、貴重なプレイヤーだったと思います。

私も『HONJI』で検索してみて

HONZIさんが9月27日に亡くなった情報を知りました。

ちょうど1ヶ月前。2007年8月30日(火)の中川五郎プロデュースによるライブに、復活した早坂義夫のバックでバイオリンを弾くHONZIさんを聴いたのが最後ということになるんだなぁ。もともと客に愛想をふりまくタイプではない人だったけれど、あのライブでのHONZIさんは青白い顔で表情も少なく、ヒッソリとした感じで早川義夫のバックに徹していました。

ステージのHONZIさんに対する温かな声援に「彼女は良いファンを持っているんだなぁ」とその時にも思っていたけれど、HONZIさんにとっては「スケジュールをキャンセルして関係者に迷惑かけられない」というプロとしての責任感から必死の覚悟で臨んだライブで、その経過を知っていたファンが会場のアチコチから見守っていたのでしょう。

次の歌はバイオリンのHONZIのことをうたった曲です。

仲間うちのことをうたうのはおかしいかも知れませんが

HONZIに対しての正直な気持ちをうたにしました。

早川義夫もそんなHONJZIさんに『I LOVE HONZI』という曲を捧げて感謝の気持ちを表したのです。

あのHONZIさんが亡くなるとはなぁ。早川義夫のMCに軽く表情を緩めて反応したHONZIさんの顔を、私は今でも思い出すことができます。

私が最初にHONJZIさんを意識したのは、2000年10月11日六本木スイートベイジルの『佐渡山豊ライブ』に参加したHONZIさんでした。もしかすると他でも聴いてたかも知れませんが、このスイートベイジルライブはフジテレビの深夜枠で放送されて、そのビデオでHONZIさんの名前を意識することになります。

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かつて、ROLLING THUNDER REVUEでディランを盛り上げたスカーレット・リヴェラの颯爽としたプレイを見るようでした。

あのHONZIさんが亡くなってしまうとはなぁ。

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それでは
本日のひとりYOUTubeは
2000.10.11
六本木スイートベイジルライブから
佐渡山豊の
『♪ドゥチュイムニ(独り言)』
をアップします。
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お元気だったころの
HONZIさんのステージをどうぞ。

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HONZIさんのご冥福をお祈りいたします。
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2007年8月31日 (金)

ラビの追いかけ渋谷編

 2007.08.28(火)

中山ラビを聴きに渋谷クロコダイルへ。

その前にディスクユニオンへちょっと寄り道。

そこで見つけたのがこのCD。

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COUNTRY DREAM
KIYOSHI SUGIMOTO QUARTETT

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Recorded  Dec.7,1969

この杉本喜代志というギタリストも渋谷オスカーでよく聴いた人です。1960年代のハナシですけどね。日野皓正グループに在籍していたこともあった人気ギタリストで、このアルバムのバックは全員当時の日野バンドのメンバーだったと思います。杉本喜代志の純ジャズのリーダーアルバムとしては他に何があったか思い出せない。

混沌の60年代を反映してか、ジャズ界にもフリージャズの嵐が吹き荒れて、その挙げ句に演る方も聴く方も皆疲れてしまって、着地点を見つけられない迷走時代。その反動のようにシンプルなメロディが、現代でいうところの“癒し系音楽”として流行した時期がありました。杉本喜代志のこのリーダーアルバムもそんな流れの延長線にあって、タイトルの『カントリー・ドリーム』は正にタイトルどおりの牧歌調メロディラインをもつ曲でした。今になって振り返ればあの頃は皆ムリしてたのかもしれません。

その70年代初期の私の愛聴盤がCDで再発されていたんだなぁ。

ムカシ、ムカシ、、、所有していた自慢のレコードコレクションも、生活のために処分してしまった履歴をもつ私ですが、かつての愛聴レコードがこんなふうにCDとして復刻されているのを見つけると、ついつい買ってしまいます。

失ってしまったかつての思い出を呼び戻そうとしてるような気がします。

ムカシは、フォークの時代があったり、ロックの時代があったり、ジャズの時代があったりと偏った音楽一辺倒だったときもあったけれど、今ではジャンルにこだわらずあらゆる音楽に無節操に首を突っ込む日々となりました。

その方が自由で楽しいということにやっと気がつきました。

ということで、本日のネタはフォークということになります。

フォークシンガー、翻訳家、音楽評論家というマルチな才能で知られる中川五郎プロデュースによる2夜連続の企画がこれ(私が行ったのは中山ラビさんの出演する2夜目)。


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福なる
音楽士たちの系譜

〜歌の果樹園〜
フォーク界の重鎖(ママ)、中川五郎とその仲間たちが集う、
渋谷クアトロで繰り広げられる真夏の二日間。
言葉を大切に歌い続けるアーティスト達、
世代を超えた今宵限りの豪華競演です。

ユニークな活動を続けるミュージシャンを同一ステージに上げることで、どんな化学反応を起こすか?起こさないか?という企画の、中川五郎のおメガネにかなったのは7グループ。それぞれ、メジャーとは言えない位置づけながら「好きな人にとっては病的にスキ!!!」という一癖も二癖もありそうな個性的メンメンのそろい踏み。

ニール・ヤングの『LIKE A HURRICANE』が突如鳴り響いたかと思ったら、トップに登場したのはマーガレット・ズロースというギター、ベース、ドラムスの3人組。こういうタイプの青年バンドって、新宿駅南口とか代々木公園あたりにゴロゴロいるなぁ、などと思いながら右から左にスルー。

2番目は謡象というグループ。このバンドでひとつビックリしたのは、チェロ奏者が楽器をギター状に抱え、手に持った電気グラインダーを楽器のエンドピンに当てて火花を飛散させるパフォーマンス。この芸当、もしかすると、どこかのバンドのコピーだったのかも知れないけれど、それまでオツに澄まし顔だったバンドの豹変ぶりには笑いました。ちなみに、謡象と書いて「うたかた」と読ませ、タイコは頭脳警察のトシだったということからも、このバンドのクセモノぶりが理解できようというものです。

3番目はピアノ弾き語りの鈴木亜紀嬢。古今東西普遍的テーマのオトコとオンナのスッタモンダ関係に、出身地の焼津ドメスティックネタをからませ、初期矢野顕子を小型にしたようなピアノで熱演。

4番目はギター弾き語りの田辺マモル。この人もまた古今東西普遍的体験ネタ。途中、停電というアクシデント(大雨が原因だったらしい)に見舞われながらも動ぜず、フテブテしく「ヤルときはヤルゾッ!」とばかりに自己主張したのはお見事。

5番目が、やっとこさ中山ラビがピアノの高橋誠一を伴って登場。

それまでの出演者とは格の違いというところをみせて、6曲歌ったのかな。

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1000人集まれば1000人の体験があり、その中にはホレたハレたのストーリーもあります。だからといって1000人が私小説作家になれるワケで もなく、フォークシンガーになれるワケでもありません。しかし、類いまれな表現者の作品に触れて、未だに昇華しきれずにいる己が貧しい失敗を慰撫することはできるワケです。

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6番目に登場は金子マリ。それまでの出演者の“疑似恋愛ソング”に苦笑するかのように、名人・森園勝敏のブルーススピリッツに満ちた鋭いギターと、北 京一(私の知らなかったヴォーカル)を伴っての「オトナのショータイム」という趣きのパフォーマンス。

そして最後の7番目に登場したのは日本フォーク界の巨人早川義夫。自らのピアノとヴァイオリンのHONJIによるコラボレーション。早川義夫は前日まで北陸ツアーをしていたらしい。紆余曲折を経ながらもこうして復活し、歌に賭ける並々ならぬ情熱を見せつけられて圧倒的ステージでした。それにしてもバイオリンのHONJIは日本のスカーレット・リヴェラと言っても良い貴重な存在です。

現代では自己表現の手段として誰でもが簡単にCDやDVDを制作できる時代です(売れる売れないはともかく)。しかし、60年代/70年代のフォークシンガーが、自分の主張をこめた1枚のレコードを世に出すのはそう簡単ではなかったことを体験しています。これら先駆者がこり固まった社会システムに抵抗し味わった屈辱、あるいは勝ち取った喜びの延長線上に現代の日本ポップス隆盛があり、彼らフォークシンガーの蒔いた種が近年になって実を結んだと断言してしまいましょう。

ということで、、、、、。

当夜のコンサートのスタートが午後6時45分。7組のグループが出演するワケだから、1グループ25分の持ち時間だったらしい。しかし、セッティングやらナニやカヤで押せ押せになるのは当然のこと。トリの早川義夫のステージが終わった時には11時を過ぎ。それからおヤクソクのアンコールに応えるため、ナビゲーター役の中川五郎が出演者全員をステージに呼び込み『グッド・ナイト・アイリーン』を歌い始めたのは11時20分ころ。聴く方としてはいい加減疲れたというところ。

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このあたり、ウイークデイのコンサートとしては進行に配慮が足りません。

私としてはナンでもカンでも詰め込まれるよりは、1-4の若手ミュージシャン(もしかすると実年齢は若手ではないのかもしれないけれど)はパスして、5中山ラビ、6金子マリ、7早川義夫の3人衆中心で、それぞれの歌をもっとジックリ聴きたかったという不満の残ったコンサートでした。

彼らの歌は、20代時の旧レパートリーといえども、50代になった今でなければ表現できない世界を展開しているのです。これは「復活」だとか「懐古」を蹴飛ばし、現代を生きる我々へのメッセージなのです。

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2007年8月29日 (水)

ラビの追いかけ四谷編

  2007.08.24(金)

中山ラビを聴きに四谷3丁目SOKEHS ROCK=ソケース・ロックへ。

開演が8時からということで、時間に余裕があったので新宿ヨドバシカメラへ寄り道し、カメラコーナーやらマックコーナーなどをヒヤカシ。マックのニューモデル、薄〜いキーボードのおシャレなことにビックリ。新商品は買えないからこんな扇風機を買ってきた。パソコンのUSBに差し込むタイプで顔面だけに微風が当たる。

買っては見たものの、、、夏も終わりです。

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四谷3丁目に向うべく地下鉄駅で電車を待っていてもなぜか電車は来ません。駅員の説明によれば、四谷三丁目駅構内で異臭騒ぎがあって丸の内全線運転見合わせ中だと言います。

どうしようかな?今夜のライブは止めようかな?。

予約はしてあったけれど、「どうも最近のラビライブはマンネリ気味になっているなぁ」という思いがあって、地下鉄不通を言い訳にライブをパスしようとしたもの。

というのも、ラビファンとして“追っかけ”をやっていると、ギターの最初の一音聴いただけでそれからの展開が即読めてしまって、ライブに対する興味が薄れつつあったのだ。私としては次に何が出てくるか?というスリルを味わいたくてライブに行ってるようなものです。

そんなことを思っている間に「運転再開!」のアナウンス。異臭騒動は収まったらしい。

けっきょく、入ってきた電車にそのまま乗り込んで、会場へと向ったのでした。

会場のSOKEHS ROCK=ソケース・ロックは四谷3丁目交差点から、四谷警察を背にして100mくらいのビル2階。キャパシティ60ほどのお店。ふだんどんなライブをやってるのか知らないけれど店の奥には立派な厨房もあり、「食事をしながら音楽を楽しめるオトナのお店・・・」というところか。そういったポリシーがライブスタート8時というところに反映されているのでしょう。

ほぼ満席の店内にすばやく席を確保し落ち着いて店内を観察すれば、平均年齢40歳超の常連らしきお客さん、それぞれが和やかにラビさんを待ち受ける雰囲気が伝わってきて、「今夜のライブはオモシロくなりそうだ!」という期待がわいてきます。

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で、開演前のそんな期待を裏切らなかったのが当夜のライブ。

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バックはラビ組の高橋誠一(P)に、「ムカシの仲間がたまたま遊びに来たので久しぶりに演ろうかということになった・・・」という鈴木茂行(perc.)の組み合わせ。

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鈴木茂行はラビさんの初期レコードに参加したことがあるらしい。結果的にこのパーカッションが一人入っただけで、これまで何回となく聴いてきた曲が別の表情を見せて、最近の中山ラビライブでのベストパフォーマンスと聴いた。

ラビさんはオリジナル曲を数十曲も持っているのに、実際の弾き語りではそのうちの10数曲を“マワシ”ているだけのステージでは、熱演は分かるけれどどうしても単調になってしまいます。「ラビ組」のような大掛かりにしなくとも、ピアノ、ベース、ドラムスのシンプルなピアノトリオ形式のバンドにするだけで、再び甦る曲の数々があるような気がします。

過去の郷愁を呼び覚ます「ラビ弾き語り」

現代を暴走するパンクな「ラビ組」

 そして、

ピアノトリオをバックの「ラビ JAZZ 」

こんな多様な表情を見せる中山ラビを聴き続けたい!

四谷ソケース・ロックで感じたことです。

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2007年8月27日 (月)

ディーヴァからの残暑見舞い9

中山ラビ

「70829nakayama_rabi.mov」をダウンロード

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中山ラビ
ええ海〜おぼくり

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2004年12月3日
初台ドアーズ

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2007年7月13日 (金)

志ん生さんからラビさんへ

で、ありますから・・・・・・・。

古今亭志ん生さんの動画ファイルを作り溜めし、しばらくブログ更新から解放されてのんびりしている間に中山ラビを聴きに恵比寿へと出張。会場へ向かう前に先ずは恵比寿駅傍の「とと兵衛」で腹ごしらえ。

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ここのオヤジは愛想はワルいが魚を見る目は確か。

というわけで、当夜食したのはコレ。

さけ盛丼
700円也

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2007年7月5日(木)

「南谷朝子・中山ラビ/ウーマンライブ」を聴きに恵比寿『天窓SWITCH』へ。

初めてのライブ会場だったけれど、テーブル外したキャパシティ60席ほどのちょうど手頃なスペース。ふだんラビさんの会場で見かける雰囲気とは違うムードで、南谷朝子さんのファンなんだな、、、、。そう思って観察してみるどうも様子が違います。

南谷朝子・中山ラビどちらかのファンということでもないようで、『“老人サークル”今月の企画はライブハウスで歌を聴く会』という雰囲気醸し出す、平均年齢65歳超のグループが客席の3割を占め、音楽とは関係ない話題で盛りあがっています。

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南谷朝子

自らギターを弾きながら、シャンソン調メロディーに私小説風歌詞をのせてうたうという芸風で、バックには鈴木ユウタロウ(ギター)HONJI(バイオリン)を伴ってのステージ。HONJIは以前ラビさんが復帰間もない時期に佐渡山豊と共演したフジテレビの番組で聴いたことがあるバイオリン。

私はもともとラビさんをお目当てに会場へ足を運ぶワケだから、どうしてもラビさんの登場を待つということになってしまいます。

ということで、、、ようやっとラビさん登場。

黒のタンクトップに裂け目の入ったスカートという出で立ちで、1曲目の『♪コーヒータイム』に始まって、まるで、前回ライブのテープを聴くようなラビ節のオンパレード。

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私としては、2人の個性が反発したり融合したりの化学反応を見られるのを期待してライブに足を運んだわけだけれど、1部と2部にそれぞれ分け合い、それぞれの持ち味を出して時間を消費。

2人の熱演の割には低空飛行のまま最後まで飛び上がれず、いつのまにかフェードアウトしたというライブでした。

中途半端な気分のまま外に出れば、件の“老人クラブ風”団体は、次の旅行はどこにするかという相談をしながらのそぞろ歩き。マッ!お年寄りが元気でこんな風にライブに行ったり、旅行に出かけたりできるのも素晴らしいことです。

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2007年6月 1日 (金)

コーヒーもう一杯

こちとら「やめられない とめられない」のカッパエビセン体質だから、ディランつながりの動画をアップするためのファイル作りで疲れてしまった。

・・・・といいながらも、もう1本アップしましょう。

前回の「ローリングサンダー・ツアー」の中から

『コーヒーもう一杯/One More Cup Of Coffee』です。

この曲は1976年に発表された
『Desire/欲望』
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というアルバムに収録されている曲で
日本ではこのようにシングル・カットされて
発売になったこともあります。
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コーヒーもう一杯/One More Cup Of Coffee
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すべての民族の心のメロディーがたった一杯のコーヒーにブレンドされた。
もはや、ディランは僕だけの幻ではない。

日本中のディラン・ファンの熱意が実った!
ディラン自身が特別OKした日本のみ、
世界初のシングル・カット!!

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このアルバム全体にスカーレット・リヴェラという
ヴァイオリンがフィーチャーされています。
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スカーレット・リヴェラは
ヴァイオリンケースを持って歩いているところを
たまたま通りかかったデュランに見初められて
そのままレコーディングセッションに加わったという
エピソードの持ち主。
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でき過ぎたエピソードのような気もするけれど
このジプシーヴァイオリンの哀調を帯びた旋律が
とても効果的です。
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今回の『ひとりYouTube』は
ディランの白塗りとともに
スカーレット・リヴェラの
不気味な容貌にご注目を。
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1975年の「ローリングサンダー・ツアー」は
強行スケジュールで知られているけれど
それから30年を経て
ボブ・ディランの公式サイト
を見ると
65歳過ぎの現在でも
コンサートツアーで歌い続けていることがわかります。
.
スケジュール表を見れば
まるで
うたうことで
バッテリーをチャージしているように思えます。
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やはり
ディランは
神様であり
バケモノでもある

としか言いようのないパワーをもった人です。
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2007年5月30日 (水)

ディランとバエズの風に吹かれて

このところの日本上空は陰惨な雲にドップリと覆われているような気がします。

そんな浮き世に背を向けて私は『ひとりYouTube』を楽しみましょう。

「ラビと五郎の風に吹かれて」から「ラビと豊の風に吹かれて」にきたところで、どうしても本家本元の「風に吹かれて」を聞きたい見たいとコレクションをヒックリ返して探し出したのがこの動画です。

1974年から1976年まで
ボブ・ディランは
THE ROLLING THUNDER REVUE
と名付けた壮大なツアーを敢行します。
このツアーの内容がどういうものだったか?
について興味のある人は勝手に調べて下さいと突き放して
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この写真はそのツアー時の写真。
ディランもバンドも顔を白塗りにして
目は完全にイッテるという感じ。
それでも演奏は実に密度の高い素晴らしいものになっているのです。
このときのライブアルバムも数種出ていますから
興味のある人は勝手に調べて聴いてください、、、、と、
こちらも突き放して。
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本日『ひとりYoutube』としてアップするのは
そのライブにゲスト出演した
ジョーン・バエズとボブ・ディランのデュエットによる
珍しい「風に吹かれて」です。
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*撮影日:1976年5月23日
*於:コロラド大学コンサート

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なぜ日本語字幕がついてるか?
種明かしすると
このコンサートの模様は同年全米で放送され
その後、東京12チャンネルでも放送されたのです。
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ひとつのマイクに顔を寄せ合って歌うふたりの姿から
ディランとバエズの
意味深な関係が見てとれる映像だと思うのですが
いかがでしたか?
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2007年5月27日 (日)

ラビと豊の風に吹かれて

数日前からアクセス数が増してるようで、リンク元をたどったらその原因が想像ついた。

私の「中川五郎/中山ラビin下北沢・ぐ」のライブ報告が、ラビさんのファンサイトで紹介されるという光栄にあずかり、そこからの訪問者がカウンターを回したらしい。イヤハヤどこでダレが読んでくれてるか分からないからうっかりできません。

そこで、ついでといってはナンですが、もうひとつラビさんの「風に吹かれて」を『ひとりYouTube』としてアップしちゃいましょうか。

この動画は2000年10月11日/フジテレビ/『フォークデイズ〜於:スイートベイジル』出演時のもの。沖縄出身のフォーク歌手佐渡山豊コンサートにゲスト出演したセットで、両者がアンコールに応えるという設定。ラビさんが復活して間もない時期のパフォーマンだということと『ラビ組』初期の興味深い記録です。

現在のラビさんのライブでは、エンディングが「♪イマジン〜♪風に吹かれて」のメドレーになりますが、その「ラビ版♪風に吹かれて」の元は、佐渡山豊の訳詞によるものだということが分かります。

それではどうぞ!
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画面が小さくって申し訳なかったですね〜。

それでも、感じはつかめたんじゃないかな?

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反戦歌の代表曲ともいわれる『♪風に吹かれて』佐渡山豊・中山ラビ版の加工をしていたら、今日の毎日新聞にこんな投句を発見。

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(2007.05.27毎日新聞より)

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ファッションでうたってたかも反戦歌
(東京 ドド子)

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スッ!
スルドイ!
東京ドド子さま!

こういうことは
皆ウスウス気がついていても
なかなか言えません。
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ファッションでうたってたかも
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じゃないんです。
ファッションでうたってたんです


作者のボブ・ディランすら意図しなかった
“反戦歌”
などという価値をつけられた歌をうたって
み〜んな
気分を味わっているんですよ。

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2007年5月20日 (日)

ラビと五郎の風に吹かれて

1992年の「ボブ・ディラン30周年記念コンサート」でひとり喜んでいて、気がついたら下北沢『ぐ』の椅子に座っていた。

2007.05.18中山ラビを聴きに下北沢『ぐ』へ。

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今回のライブは中川五郎さんのファンが企画したライブにラビさんがゲスト出演ということらしい。中川五郎さんといっても知らない人が多いかと思うけれど、“70年代関西フォーク”の主要人物で、オリジナル曲とアメリカンフォークに日本語歌詞をつけた曲をレパートリーにしているフォークシンガー。近年は音楽評論家としても知られているひと。ラビさんとはいわば“同窓生”のようなもので、ジョイントといっても、特に真新しい企画でもありません。

『ぐ』は70年代の匂い色濃く残している店で、客の入りは30というところか。五郎さんはこの店でのライブを何度か経験しているようで、リラックスしてる様子。

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五郎さんにはワルイけれど、ご本人は楽しく歌ってることは分かるけれど、聴いてるコチラはそれほど楽しいもんではありません。やはり説得力不足です。

マッ、

それも、

コチラは中山ラビさんひとりをお目当てにしてるからそんなふうに思えるのでしょう。

というワケで、

中川五郎さんのあとに登場したのが我らが中山ラビさん。

最近髪の毛を“ミルクコーヒー色”に変えたそうで、それもイメージしていた色とは違った色になったとのボヤキトーク。髪の色が変わったことで、いまやトレードマークとなったタンクトップホットパンツ破れストッキング花魁ポックリは封印したのか?今夜の衣装は「ロッキー・ホラー・ショー」装束。

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髪の色や衣装は変われども中山ラビは中山ラビ。ラビさんが登場しただけで、中川五郎一派でダレた雰囲気の会場に緊張感が走り、いつのまにか“中山ラビ世界”に染まります。いつも聴き慣れた選曲構成だったけれど、底に沈んだようなこの態勢がたまらなく好きなのです。

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アンコールは中川五郎一派を呼び込んでの「風に吹かれて・中山ラビバージョン」

アンコールは予定していなかったらしく“フォークソング愛好会”の発表会風になってしまったけれど、ここでもラビさんの圧倒的歌唱力だけが目立っています。

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この際だから
見てもらいましょうか。
2007.05.12下北沢『ぐ』
中川五郎×中山ラビライブより
『風に吹かれて」
を。

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イヤハヤ
ディランの飛ばした花粉は風に乗り乗り
いつしか東の果てジャパンにたどりつき
本人には迷惑だったかも知れないけれど
“女ディラン”とか“アングラ・フォークの女王”
と呼ばれたことのあるフォークシンガーが
『風に吹かれて』
を歌っているのです。
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2007年4月25日 (水)

ラビとしげる

泉谷しげるの『♪黒いカバン』を取り出すために中山ラビの古いライブテープを聴いていたら、2人のトークが傑作で笑ってしまった。

泉谷:ムカシはもっと、、、

  オマエ、、、

  フォークっぽかったろ!

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そう、ラビさんにもこんな時代があったのよ。
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アサヒグラフ
1976年5月14日号


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上のアサヒグラフの記事

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1976年に発行された雑誌だけど、、、、

泉谷しげるさんののたまうように、

ホント、、、

フォークっぽいですね〜。

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それでは
「中山ラビ&泉谷しげるシリーズ」
最後におふたりの爆笑トークを聴いていただきましょうか。
 (2003.10.25 吉祥寺スターパインズカフェ中山ラビライブ音源)

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この2人、
70年代のアングラフォークのころからの付き合いだから、
ムカシの同級生が30年ぶりに会ってゆんたくしているようなもの。
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2人とも元気で再会して
こうして笑い合えるんだから良かったじゃないですか。
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ライブを聴いてた私たちも楽しかったよ。

 
 
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2007年4月21日 (土)

黒いカバン/泉谷しげる

「職務質問」「職質」をキーワードにインターネットネット検索をしてみると、警察官による“職務質問”とやらに対する嫌悪記事がかなりあることに気がつきます。これは、いわれなき職質に不愉快な思いをした一般市民がこれほど多いということを物語っています。これらの記事の中で傑作なのは元代議士にして国家公安委員長経験者の弁護士白川勝彦さんの記事でした。

一般警察官が、落選中とはいえ元国家公安委員長の白川さんに気がつかなかったこと。国家公安委員長の役職が自分たちにとってどんな立場にあるものなのかの知識すらなかった警察官がいたというところからも、警察官のレベルが知れるというものです。

白川勝彦さんというと、かつての創価学会批判で信者の怒りを買い、反白川キャンペーンを受けた挙げ句落選の憂き目を見ることになった人だと記憶しています。そのリベラルな言動に私は注目していて、いつか国政への参加を果たしてほしいと思っていましたが、現在のような自公連立状態での復帰は難しいのが残念です。

な〜に「この世は すべて みちかけ くりかえす」です。

きっと浮かび上がるときがくることを信じて地道な活動を怠らずにいてほしいものです。白川さんのように普通の市民の感覚を普通の言葉で表現できる政治家が増えていくことでしか日本の政治浄化はありません。

私なんぞ社会に対する影響力を全く持っていない市民ですが、私たちの安全を維持できるならと職質にも寛容な立場をとっていた者です。しかし「カッターナイフでも凶器だ!」「ドライバー1本でもピッキング強盗できる!」などという言葉を警察官から聞いてしまうと、それだけでアンチオマワリにグググッと傾いてしまいました。

『職質Wセッション』に対する腹イセに泉谷しげるの『黒いカバン』パクリ音源をアップしたけれど、泉谷のように直接的でないにしても、井上陽水の出世作『夢の中へ』の♪探し物は何ですか?まだまだみつかりませんか・・・は警察の不法捜査への皮肉を表現したものだと言われています。

これらの曲が作られた70年代初期から、イヤ、それ以前から現在に至るまでオマワリの都合良いへ理屈がまかり通っているなんて、不愉快な社会です。

と、書いて、、、、もう1本、

泉谷しげる本人が歌った『黒いカバン』があったことを思い出した。

これは「2003.10.25吉祥寺スターパインズカフェ/中山ラビライブ/(ゲスト)泉谷しげる」でのパフォーマンス。

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いつの頃からか泉谷しげるも役者の方が有名になってしまってフォーク歌手だったことを知ってる世代も少なくなりつつあります。そこで、この際だから、泉谷しげるが音楽界に永遠に名を残すことになった名曲を紹介しておきましょう。

音源は、上の『黒いカバン』と同じ「2003.10.25吉祥寺スターパインズカフェ/中山ラビライブ/(ゲスト)泉谷しげる」からのものです。

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「ガサツで周囲に波風ばかり立てているけれど、ネは良い人なのヨッ!」

こんな役どころに安住して音楽を忘れてしまったと思っていた泉谷しげるだけど、「ヤツはやっぱりフォーク者だぜッ!」。常にギターの訓練を怠っていなかった力強さが感じられます。

彼などはもっともっと音楽の現場に露出して
客を煽り毒を撒き散らし
“団塊世代”のパワーを見せつけて欲しいものです。
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2007年4月 1日 (日)

中山ラビの♪土人形

きょうは初夏を思わせる陽気で桜の花も一挙に満開です。

千川を覆う桜の枝

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うたは暗いんですが・・・
・・・照明は明るくしてください。

(by:中山ラビ)

昨夜の中山ラビ&カルメン・マキ/新宿URGAライブの様子をアップしたら、そのセッションを見ていた方からのコメントが届く。どうやら私の近くで聴いていた様子。人生どこでどんな“袖触れ合いかた”するか分かりません。

コメントによれば以前にアップしたラビさんの古い音源を喜んでいただいたようなので、調子に乗ってもう一発古〜いヤツをお聴かせしましょう。エアチェックのデータはハッキリしませんが78年ころだと思います。

ラビさんにはサイト上で公開することの了解を得ているのですが、たぶんラビさん自身がこんな曲を作ったことなど忘れてるんじゃないかな。

この暗さが何とも言えず70年代しています。

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世の中が桜に浮かれているのを横目で見ながら
こんな暗い曲にジト〜ッと沈むのも
なかなかオツなもんです。
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2007年3月31日 (土)

中山ラビを聴きに新宿URGAへ

このブログのアクセス解析をしてみると、「新宿ゴールデン街/キヨ/唯尼庵」というキーワードでアクセスしてくれる人がときどきいます。

“ゴールデン街の名物ママ”といわれたキヨさんが経営していたのが「唯尼庵」というバーで、そのキヨさんが亡くなったことを報せる週刊誌の記事をこのブログに書いたことがあったので、ヒットするワケです(それを読みたいというモノズキな人はこのサイト内を探して下され)。

もちろん私はゴールデン街のような魔窟で酒を飲んだこともなく、したがって「唯尼庵」も「キヨ」も個人的な付き合いがあったわけではありません。“新宿ブルースナイト”でたまたま隣り合わせの席になって、彼女がステージ上のミュージシャンに声を掛けたり、ウイスキーのボトルを差し入れするところなどを間近で見て、「あぁ、この女性が有名なキヨママなんだな」と気がついたという程度のかかわりあいしかありません。

“新宿ブルースナイト”自体が、キヨママのためにあるようなもので、「この女にならナニを言われても許す!」というような雰囲気が、ミュージシャンあるいは客席全体に漂っていたイベントでした。正に新宿ゴールデン街の“女番長”という感じ。

そんな“多生の縁”があったキヨママが交通事故が原因で亡くなったあと、唯尼庵の灯を守り続けているのが、キヨママのパートナーだった人らしい。

3月30日は「唯尼庵開店36周年」にあたり、その記念ライブに中山ラビとカルメン・マキという、キヨママ好みの女性シンガー2人が出演するからには、これは行かないテはありません。

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会場は歌舞伎町新宿職安の近く、コリアンタウンにある「URGA」というライブハウス。ふだんはどんな傾向の音楽イベントをやっているのか知らないけれど、「今でもこんな店が残っているんだなぁ」と思わせる投げやりな内装で、トイレの臭気が店にまで洩れてくる薄暗い店内。70年代のアングラ時代を思わせて、中山ラビ/カルメン・マキの組み合わせに違和感はありません。

オールスタンディングで70人くらいの客入りだったろうか。客筋はゴールデン街関係のイベントらしく、店の常連らしい業界風やらアウトロー風やら、ふだん中山ラビライブで見かけるメンツとは異なる雰囲気で平均年齢40半ばというところ。

今やトレードマークになりつつある、タンクトップに破れストッキングという経費節減スタイル中山ラビの「♪眠れない夜」の弾き語りでライブスタート。

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いつもそうだけどオープニングは緊張気味のラビさんも、その後ピアノの高橋誠一が参加したあたりから弾き語りのストレスから解放されたようにリラックスしていきます。

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おぼえてる アンタ 海辺のあのこと
陽が落ちて人がいなくなり
・・・・・

ふと、隣の女性を見ると、彼女は溢れ出る涙を拭こうともしないで、中山ラビに釘付け。

   「アタシには自分のことしか歌えないの」

それぞれがそれぞれに、中山ラビのうたに自分の思い出の断片重ね合わせての野辺送り。

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いつも歌い慣れている選曲で、特に冒険はしなかったけれど、いつ聴いても中山ラビのステージには圧倒されてしまう。そしていつも思う。「今夜の中山ラビは今までの最高だなッ!」と。

1時間半の中山ラビのステージの後に登場したのがカルメン・マキ。

早坂紗知(sax.)永田利樹(b)新澤健一郎(p)というジャズ畑のミュージシャンを従えて、今夜のカルメン・マキは表情からして嬉しそう。

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早坂紗知という女流サックスは、新宿ブルースナイトでの原田芳雄バンドで何度も聴いている人。自己のバンドではアイデア溢れるスピリチュアルな演奏を聴かせ、歌判での“泣きのフレーズ”には、ワタクシ何度も泣きました。こんな言いかたすると怒られるかも知れないけれど、正にオトコ勝り。

こんな素晴らしいバンドをバックに得てカルメン・マキも気持ち良さそう。

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「♪時には母のない子のように〜サマータイム」はもちろんのこと、ジャズ指向の曲を中心に、今まで見たこともない解放されたようなカルメン・マキのうたを聴きながら、「この人の音楽活動歴ではこのユニットがいちばん合ってるんじゃないかな?」と思っていたのです。

たぶん、カルメン・マキがNHK紅白歌合戦に出場した時代を知っていて、その後のカルメン・マキが辿った履歴の断片を知っているだろうその夜のお客にとっては、彼女が今もこうして変化していることに励まされたのではないでしょうか。

アンコールに応えて最後はカルメン・マキ、中山ラビ、早坂紗知の3人で「♪砂山」を歌っての着地。老眼姿のカルメン・マキが時代を感じさせます。

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カルメン・マキにしても
中山ラビにしても
それぞれ3−40年の音楽キャリアをもつミュージシャン。
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彼女らの人生は音楽歴と同じで
起伏の激しかったものと想像するけれど
うたを捨てずに歌い続けてきて
いまやっと
それぞれの平安を掴んだように感じた夜でした。
.
そうそう
このライブの企画者である
唯尼庵(アンニュイの逆読み)のマスターが
最後にお礼の挨拶をしていたけれど
それによるとキヨママが生きていれば
今年がちょうど60歳なるのだそうです。

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2007年2月 9日 (金)

アバズレーテッド・フラワー

暖冬だそうで、スキー場は悲鳴をあげているらしい。やはり暑い季節は暑く、寒い季節は寒くないと、すべての面でリズムが狂いそうです。

そんな朝のコーヒータイムのお供は毎木曜日発行の無料小冊子R25

R25
2007 2.8 No.129
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ロングインタビュー
「加減するな、全部はき出せ」
泉谷しげる

泉谷しげるがキャラクターどおり、サービス精神タップリのご面相で迫ってます。

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「出せ!カラッカラになるまで」

泉谷しげるもどうやら映画のプロモーションのための露出のようだけれど、この人“フォークシンガー冬の時代”を役者に転身することで30年も生き続けてきたのだから立派なものです。

「2007年問題」とやらで、一応の区切りをつけた、あるいは区切りつけようとする世代をどのようにして取り込もうか、あるいは切り捨てようかというネタがメディアを通じて垂れ流されている今日この頃です。結局、いわゆる『団塊世代』当事者よりも周囲がハラハラしてる様子が伺えます。

そんな中で、『団塊世代』が若いときに耳にしたフォーク系音楽が復刻されて結構な売れ行きを収めているらしい。購買層はやはり『団塊世代』なのか。そんな動きを反映して、かつて活躍し、その後冬眠していた音楽グループの復活の兆しが数年前からありました。

そんなフォークシンガー復活組の一人が中山ラビで、私は彼女の70年代のときより、復活後の現代の中山ラビに思い入れ深く聴いているのです。

数年前、中山ラビを追いかけて北海道まで行ったことがありました。札幌の小さな店と翌日は小樽のやはり小さな店と連チャンで聴くというまるで中山ラビストーカー。

初冬の小樽はメーン道路こそ雪はなかったものの、小路に入ると除雪されなかった雪が盛り上がっていました。たしか「アジヤ」という名前の店の急ごしらえのステージに立ち、ヒョウ柄のコート脱ぎ捨てたラビさんは、短パン・タンクトップという、季節に逆らった決意の装い。

いつもながらの熱唱数曲の後、『♪その気になってるわ』で「アレッ?様子が変だな」と見ていたら、途中から涙目になりそして頬をつたわる涙。この歌に対する思い入れの深さなのか?この歌で思い出すことがらが押し寄せてきてこらえきれなかったのか?それとも北の地で歌う自分の姿に感傷的になったのか?

どうにか破綻することなく歌い終えて平常心に戻り、チェンジ・オブ・ペースで早い曲を始めたらこんどは強いストロークでの弦切れ。店のギターを借り歌おうとしたけれど、ストラップの調節ができず脇にあったビールケースに右足乗せての、まるで映画で見る酒場女が歌うの図。

か弱さとアバズレのどちらが中山ラビの本性なのか?

二つの面を見てしまった小樽での中山ラビライブは、私もまた旅の夜空という感傷的気分にあったせいか、これまでの中山ラビベストライブとなっているのです。

先日、その小樽ライブに一緒に行った札幌在住の知人から「北海道新聞」に中山ラビ関連の記事が掲載されているとのメールあり、「記事を読みたいからコピーを送ってください」と頼んでおいたら本紙が届きました。

シンガー・ソングライター
中山ラビさん
自分を見失った時を超え
また歌える時代がきた
北海道新聞
2007年1月28日(日)付
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「私は孤独でないと歌は書けない。

今は子供もいるし、仲間もいる。

昔のように自分を追い詰めて歌を書くことはできない」

「デビューは安保闘争の余韻が残る混沌とした時代。

バブルがきた時、私は時代から転げ落ちた。

今また、私が歌える時代が来たんだと思う。

誘ってくれたらどこでも行って歌います」

世相に便乗するように取り出したギターのホコリ払いながら歌われても、私にはあざとさばかり目立って、今歌わなければならない必然性どこにも見いだせない人(たち)もいます。

中山ラビの復活は、永い潜伏期間を終えた彼女がようやく新たなメッセージを発し始めたといえます。彼女の歌の世界は、今の境地だからこそ表現できるし、聴き手の側にもようやく彼女のメッセージを受け止められるだけの態勢が整ったと思えるのです。

それでは最後に30数年前の中山ラビの珍しい音源を聴いてもらいましょうか。


1973年1月3日(火)NHK・FM放送
中山ラビスタジオライブ『今様小町初音競』より

「時よおやすみ」です

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2007年2月 2日 (金)

クロコダイルの中山ラビ

モロッコから帰ってきてしばらくしてからの新聞記事で

映画『バベル』の前評判が高いことを知った。

「モロッコ、日本、米国、メキシコで起きる出来事が一つに絡んでくる」

という内容らしい。

モロッコという文字を見てしまうと、

すっかりモロッコ応援団になった私としては、

早速前売り券を買って封切りを待っているところです。

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BABEL(バベル)
アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督
神は、人を、分けた。

さて、モロッコネタのブログを作るために、早く家を出て職場近くのファミレスでパソコン開き写真を選択し文章を入れてアップ(無料で無線LANが使えるのが嬉しい)。そして慌てて出社してタイムカードを押すという日々。

自分ではけっこう楽しんだけれど、他人にはそれほど面白いものではないかも知れないなと思いつつも、一升分くらいの目薬を消費してしつつ、とりあえずモロッコネタを終了。通常の日常雑記ブログへと戻ることにいたしましょう。

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「猫」のすべて
新しい音楽は“猫”というグループに始まった
不朽の“猫”サウンド、僕らは誇りにしたい。

CBSソニー38AH 19~20
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『猫』という名前のフォークグループの2枚組LPレコードを持っている。

これは数年前にヤフーオークションで無競争で落札したもの。落札はしたものの未だに聴いたことのないレコードだ。じつは「落札者には中山ラビのビデオをプレゼントします」という条件に惹かれて応札したもので、最初っから『猫』なんかどうでも良かったのだ。

肝心のビデオだけど、これは2000年10月11日(水)にスイートベイジルというクラブに出演したときの貴重な記録で、たしかフジテレビの深夜に放送されたものだ。この当時のラビさんは復帰した直後で、そんなラビさんにジョイントライブの声をかけたのが、同じく70年代フォーク者の沖縄在住佐渡山豊。

佐渡山豊もまた復帰組で、両者ともに、これから音楽活動を継続していけるのか?との不安や迷いはあったはずで、その後の『ラビ組』に発展するメンバーをバックにした中山ラビバンドはまだまだまとまっていません。

「これがアタシの歌だ!」と自信たっぷりな現在のラビさんのステージに接している私には、本体の『猫』のレコードは聴かなくても良いけれど、このラビさん復帰後の記録だけは何回も観たお宝映像になります。

このビデオを入手した数日後、たまたまラビさんと話しをする機会があって、「スイートベイジルのビデオが欲しくって『猫』のアルバム買っちゃったよ〜」と言ったら、「言ってくれればダビングしてあげたのに」と笑われたっけ。

そして、、、、、、、。

ラビさん今年最初のライブは、その『猫』とのジョイントというのだから不思議な縁です。

2007年1月27日(土)
「猫+中山ラビ」を聴きに原宿クロコダイルへ。

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『猫』もまた70年代前半に活動した後に“フォークシンガー冬の時代”に遭遇して解散。30年の冬眠から覚めて、数年前に再活動を開始したものらしい。『猫』とラビさんには70年代に接点があって今回の共演ということになったのかと思ったら、これが最初の共演だとのこと。確かに「70年代フォーク」と一括りにされるけれど、『猫』とラビさんの音楽では方向性が全く別の次元にあったのだ。

まぁ、70年代にはフィールド違いだった両者が、紆余曲折を経てお互いオトナになった現在、あまり細かいこといわずにオトナの知恵でもって歌を楽しもうというコンセプションと理解して、こちらも久しぶりのラビさんライブを楽しむことにいたしましょう。

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ライブはまず『猫』のステージで始まる。彼らは吉田拓郎のバックバンドをしていた時代もあって、吉田拓郎作品の「♪雪」というチョッとしたヒット曲もあることを私は知っている。オープニングはこの「♪雪」で、彼らが歌いだすと嬉しそうに顔見合わせる50代カップルがいたり、拍手が起きたりするところを見ると、それぞれに、それぞれのファンはついているものです。

バンド結成時のオリジナルメンバーではないらしいけれど、かまやつひろし、ジャックス、フランク・シナトラナンバーまで繰り出し、本人たちは楽しそうでも、プロのステージとしては全体に低空飛行。サラリーマンが馴染みのスナックで気持ちよく歌っているというレベル。

私は「ラビさまイノチ」だから他の人にはどうしても辛くなってしまうのです。

飯高、、、、(モトイ!)言いたかないけれどダレちゃった。

猫さん!解った!もういいよ!と言いたくなる頃にやっとラビさん登場。

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胸をかきむしられるような「♪眠れない夜」からスタート。

ここクロコダイルは初めてのステージだそうで、『猫』との共演も初めて。今夜の客筋を計るかのようなMCも緊張気味。

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地下店舗の柱が総ガラス張りになっていて、ステージのラビさんが妖しい姿で映し出されています。本人もまた鏡に映る自分の姿に見とれてマンザラでもなさそな目つき。

途中から『ラビ組』のピアニスト高橋誠一が参加して、弾き語りのストレスから解放されたラビさんも絶好調。

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ところで、ラビさんの今夜の服装。破れたストッキングにタンクトップ。真っ赤なロングTシャツがスカート代わりにして、袖で腰を縛っています。

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結び目がギターに当たって弾きにくいわ〜(by:中山ラビ)

当夜の50人ほどのお客さんは多分6:4くらいで『猫』お目当てか?。どんな設定でもラビさんが歌い始めれば、「中山ラビって誰ッ???」だったお客も、一挙に“ラビ世界”へと引き込まれていくのが解る。たしかに20年前ー30年前のレパートリーだけれど、懐メロフォークなどではなく、今このときの心情を歌い上げているのです。これほどの説得力をもった歌い手はそういません。

最後には再び『猫』が登場してラビレパートリーのセッション。

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これとて、ピアノの高橋誠一が支えていたからどうにかもったようなもので、それでなかったら、やっぱりヤバかったなぁという感じ。このセッション、ラビさんにはな〜んにももたらさなかったんじゃないかな。


私がいつも思うのは、
“アングラフォーク”と“カレッジフォーク”じゃ
所詮ハラの括り方が違うのです
.
これからも『猫』のアルバムは
聴くこと無くレコード棚の奥で
カビが生えていくことになりそうです。
.

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2006年12月13日 (水)

YOUTUBEバンザイ

YouTubeという面白いサイトがあります。

これは動画の一般投稿サイトで、音楽関係を例にとれば市販ビデオのダビングものだったり、ライブコンサートの隠し撮り、自作自演の下手くそな動画だったりの内容の無秩序状態。ただし、いまのところセックスとかヴァイオレンス関係には対面していないから、厳重にチェックは入っているのでしょう。

最近、このサイトが私のお気に入りで、キーワードを打ち込んでは意外な動画を発見してニヤニヤ。そこで最近特に気に入って繰り返し見ている楽しい動画を紹介いたしましょう。

これは『bob dylan』で検索していきあたったもの。

ディランが『THE TIMES THEY ARE A CHANGIN'(邦題:時代は変わる)』のイントロを弾き始めたとき、黒装束に帽子で“魔法使いのオバさん風”女性がス~ッと現れてマイクの前に立ちます。ビックリしたような顔でのけぞるディランに、コンサートスタッフが彼女をヤンワリと連れ去ろうとしますが、ディランが押しとどめて一緒に歌い始めると会場からはヤンヤの喝采。

ディランはよほど機嫌が良かったのか?オモシロそうに彼女にソロまでとらせて、「ギターを弾くか?」と自分のギターを渡すそぶりを見せるほどのサービスぶり。間奏の間にスタッフが再び彼女を連れ出そうとするけれど、またしてもディランは押しとどめて、結局最後までデュエットをするという楽しいビデオです。

撮影の時期はハッキリしないけれどディランの表情やアレンジからしてそうムカシの動画ではなさそう。9.11以降はセキュリティ強化で世の中全体がピリピリしてしまって、スター相手のこんなハプニングが起きる余地は無くなったと想像できるから2001年以前の動画かな?と思えるのです。

たとえ、目立ちたがりグルーピーの“一発勝負”だったにしても、気持ち良さそうに歌う彼女と、そんなパフォーマンスをオモシロがって許したディランに会場は一挙に和やかな雰囲気になっていったのが分かります。気難しいだけだという神話だけが伝えられるディランの意外な一面を観てコチラも嬉しくなりました。

そのディランが初来日したのが1978年で、「フォークの神様」の来日は、ビートルズ初来日のほどではなかったにしても、「来日していない最後の大物ミュージシャン」としてかなり話題になったものです。当時発売されたアサヒグラフの表紙からもその話題性が伺われます。