2010年8月20日 (金)

富士山に登ってきた

富士山に登ってきた。

夏休みの間に見た『富士登山募集』の新聞広告に、以前富士山に登ったのは、、、アレはいつだったか?と調べてみると2001年の夏休みで、ちょうど10年前のことになる。

富士山に登らぬバカ

二度も登るバカ

という言葉があるそうだがバカになってみようか。

10年前のあの初登山でさえ体力的にかなりキツイ体験だったが、10年老いたいま登ったらどんな感じがするだろうか?そんな興味から「ヨシッ!最後の富士山だッ!」と即決で参加申し込みしたのが今回の登山のイキサツだ。

そして、

富士山は見た目の優雅さと反対に、征服しようとする人間どもに対して厳しい試練を与えることを実感したのだ。

Sikiri

朝8時に西新宿を出たバスに乗り込んだ客は総勢18人。

意外にも初老の客が多く平均年齢は40歳超というところか。あとでわかったのだが最高齢は現役塗装職人だという74歳のジーさんで、このジーさんだってもちろん登頂成功。普通、2−3000メートル級の山に登るためには、ある程度の登山経験とそれなりの装備を要求されると思うのだが、日本最高峰富士山は軽いリュックに衣類と雨具を詰め、足許はスニーカーという重めのハイキング気分で登ることができるのだ。

富士登山に要求されるのは気力と体力ということになるかもしれない。

自分の限界を感じて登頂をあきらめるのも自由だし

自分の限界を意識しつつ挑戦するのも自由だ

まるで人生みたい。

さて、

首都高から中央高速へと渋滞も無く、富士スバルラインを経て富士山五合目に着いたのは11時

その11時の時点でレストハウス前の広場はこんな混雑具合だ。目指す富士山は生憎の空模様で山頂はガスに隠れている。

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昼どきの広場は、登頂を終えて下山し疲労困憊仮死状態のグループや、これからの登山を前にハイテンションのグループまでチャンポンになっている。

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この5合目ですでに標高2300メートルだから、高地順応を兼ねてしばしの休養。麓からバスで一挙に登ってくるから、ここで体調の変化を覚えるひともいるらしい。その後出発を前にエイエイオー!と皆で気合いを入れたものの、平均年齢が高く、しかも数時間前に顔合わせしたばかりのグループだから、他のグループに比してシマリがないなぁ〜と内心ニヤリ。

そして、12時30分に頂上目指して出陣だ。

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最初のアップダウンを経て、登山道全体が見える地点まで到達したころには、それまでメンバー同士で軽口を叩いて余裕を見せていたひとも無口になってしまった。先導するガイドは30分ほどユックリ歩くとしばし足を止めて休憩。トイレの心配したり、ときにはリュックサックを降ろさせたりしてメンバーのペースに配慮しているいるようだ。

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天気が定まらず暑くなったり寒くなったりだから、雨具を着たり脱いだりのタイミングが難しい。汗をかいた肌が冷えていくのがわかる。この冷えた汗が体調を崩す原因になることもあるようだ。

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ジグザグな登山道はカラフルな雨具の行列が途切れない。

出発地5合目から約5時間歩いた17時30分に仮眠場所の7合目山小屋に到着。標高約2800メートルのこの地点で早くも高山病を訴えるメンバーが出てきた。60代後半の男性だったがその後彼は嘔吐し、けっきょく頂上はあきらめて山小屋で休養して夜が明けたら一人で下山することになる。

高山病になると激しい頭痛と嘔吐に見舞われるそうで、下山するしか対処方法はないといわれている。こまめに水分を摂り、深呼吸をして体内に酸素を入れるのがなによりの高山病予防になるらしい。私は前回の登山経験でそのことを知っていたから、<ソー>で深く息を吸い<ハム>で息を吐く『ソーハム呼吸法』を意識して繰り返す。そのせいか高山病の兆候も表れなかったのが何よりだ。

山小屋で一息入れた後に夕食の時間。たぶんどこの山小屋でも同じようなものだろうが定番のカレーライスだ。

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不足のひとは1回お代わりができるというので、もちろんお代わりする。10年前の前回のときの山小屋とは異なるが、コレより少なめのカレー一杯で「ハイ、夕ご飯終了!」と素っ気ないモノだったが今回は満足だ。

10年前の山小屋との大きな違いはもう一つあって、それは仮眠ベットのこと。三層の蚕棚状スペースにビッシリ詰めて休むのだが、前回の山小屋は登山客が互い違いに横になる、、、つまり私の頭の両隣に他人の足があり、私の足は誰かの頭の脇にあるというオイルサーディーンの缶詰式だったが、今回は一方方向の天日干しシシャモ方式だ。

2ヵ月だけのシーズンで1年分の儲けを上げなければならない事情は充分理解できるから、平地並みの快適さを求めるワケではないが、これじゃぁ、まるでタコ部屋以下だと内心憤ったものだ。

その10年前の経験を山小屋従業員に話すと、、、。

 「あ〜、アレね〜、、、、モンダイになってね〜・・・・」

と言葉を濁したから、もしかすると、クレーム続発に山小屋組合(?)内で、お客に対してあまりにも非人間的な扱いをしていると反省改善したのかもしれない。

このように、10年前に泊まった8合目の山小屋で受けた待遇から比べれば、カレーのお代わりとか仮眠方法とか利用客へのサービスが格段に向上したようだ。

飲んで食べれば当然出るものも出るワケだが、登山道途中の山小屋にはトイレが整備されているから、通過のタイミングによっては混雑することを除けば、トイレのことはそう心配することはない。ただし維持費として200円の寄付だけは気分よく負担することにしよう。

山小屋で横になったものの、初めのうちは寒くそして暑くなり、人の出入りが気になったりして寝付かれるものでもない。誰かの豪快なイビキをBGMにヒツジの数を数えたりしているうちに出発の合図があって、22時30分に7合目の山小屋を出発して頂上を目指す

5合目から7合目までは比較的整備された登山道だったが、7合目以降は溶岩が剥き出したままの自然道だった。そんなデコボコの道を岩につかまりながら『親知らず子知らず』。自分のことだけに集中して必死になって食らいつく。だから、もし恋愛中の相手の信頼度がもうひとつ理解できなかったら富士登山をお勧めしたい。困難な環境下で相手がとる態度によって自分への思いやりの濃淡が出ようというものだ。もちろん下山後別行動で帰宅ということになっても当方は責任を負わない。

さて、

ときどき上がる歓声は流れ星。オリオンの三ツ星が現れたり隠れたり、雨こそ降らないものの天候が定まらない。ゼイゼイしながら足下を見ると登山客の灯す光がジグザグに続いている。たぶん麓から富士山を見上げても頂上へ伸びる光の帯が見えることだろう。

「オレは何でこんなことをしてるんだろう」

7合目以降の登山道である岩山から、本来下山専用道路として整備された道へと入る。足下は平になったが登山の厳しさは変わらない。アッチコッチにグッタリとして休憩しているグループも多い。皆不眠の徹夜状態で歩いてきているからこのあたりが疲れのピークなのかも知れない。

 「アノ赤いのが頂上の灯りだよ」

その赤い灯りまで、距離にすれば大したことないんだろうが

遠いこと

遠いこと。

頂上に着いたのは5時だった。

7合目の山小屋を出てから6時間半も歩いたことになる。

着いてからがまた大騒動で、、、、。

頂上の僅かな平地は人ひとヒトHITOもうひとつ人。

私たちのように今やっと頂上までたどり着いた者の行列と、これから下山しようとする者の行列で身動きできなくなっている。ガイドによればお盆休みのこの土日がピークで、1万人の登山客が頂上を目指しているということだ。牛歩で僅かづつ歩いているうちに少しは混雑も緩和されてきたようだ。

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山頂東側にはご来光を待つ人々が何重にも座り込んで場所を確保している。下山に入った人たちは、途中の7合目8合目でご来光を仰ごうという計画のようだ。富士山になぜ登るのか?と問われれば、登頂の達成感を味わいご来光を仰ぎたいということになるのだろうが、この天気ではご来光はムリのようだ。

時おり東の空に太陽がボンヤリ見えることもあるがご来光とは言い難い。

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グループでお鉢めぐりの計画もあったのだが、ガスのためルートもお鉢の底も見えないということで中止。しばらく山頂茶屋で休憩したあと長居は無用と下山を開始したのが7時30分だった。

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登山は4:6で下りが困難だと言われるが、正にそのとおり。

家を出るときに1眼レフカメラをリュックに入れたのだが、その重さにビビってしまい、カメラは置いてきたのが大正解。あのまま担いで登ってきたら悲惨なことになっていただろう。

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整備された下山道だが、小石を敷いた急な坂道だから滑りやすい。転倒して捻挫したのだろう、仲間の肩を借りてユックリユックリ下る人、靴を脱いで裸足になる人etc.皆必死だ。ナイキの靴底全部が剥がれてしまって靴ひもでくくりつけている人までいる。

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5合目のレストハウスの屋根が見えてきて、もうすぐ到着だなと思ってから、いや〜遠いこと遠いこと。昨日の登山時には楽しかったゆるやかなアップダウンのキツかったこと。膝が大分疲れているのだろう、柔道でいうところの『ワザあり!』状の転倒を何回かしながら、どうにかこうにか下りて来た。

こうして出発点の5合目に辿り着いたのが10時30分。

7時30分に下山を開始したワケだから3時間を要したことになる。

頂上はまだガスがかかっている。

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実は、頂上までの上り道は、10年前よりラクな気がして「オレもまだまだ耐用年数があるぜッ!次はキリマンジャロかチョモランマだぜ〜い」などと、苦しいながらも余裕を感じていたのだが、下り道になって「ヤハリ、、、トシだなぁ、、、」とスッカリ打ちひしがれてしまった。「膝が笑う」とはこういうことをいうのだろう。ガクガクだ。

最近、私のようないわゆる“団塊の世代”に登山ブームが起きているそうだ。それを証明するように、今回の「富士登山」参加者18人のうち、(調べたワケではないが)55歳以上が10人はいると見た。その18人の内17人が登頂に成功し怪我もなく下山できた。途中でリタイアした1人も独力で下山し、高度が下がったらスッカリ平常に戻ったそうだから主催した旅行社も先ずは安心というところだろう。

新宿を出発当初はよそよそしかった雰囲気も、帰るときには苦労を共にしたという連帯感から和気あいあい。「お疲れサマでした」などと酌をする間柄になっていたのだ。皆さん登山中にはおくびにも出さなかったが高山病の兆候が表れてケッコー苦しんだようだ。その苦しさがあったからビールがまた美味い!

そして、

とにかく、富士山に登れる体力気力のあったことが嬉しい。

富士山に登らぬバカ

二度も登るバカ

三度登るのはどう言うのだろう?

こんど10年後に3度目を挑戦してみようか。

Sikiri

今回、富士山頂はガスがかかって生憎の天気だったが、10年前に山頂で印象的な雲を見た。

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(2001年8月富士山頂)
もちろん
ただの雲なのだが
私は龍神様が現れたと今でも思っている。
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2010年8月18日 (水)

残暑残暑そうザンショ!(その2)

前回に続き夏枯れネタ切れ補充の写真公開。

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朝、出かけようとした時点でこの空だもの。

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こういう絵ヅラはなにやらカリフォルニア〜。
(行ったことはないけれど)

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これもまたカリフォルニア〜。
原宿表参道のラルフローレン。

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表参道ヒルズへ。

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ファンである梅佳世さんの写真展を観にきたのだ。

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この写真を表紙に使った写真集もあるのだが、
「この子たちは何故泣いてるのだッ?」と気になっていたので
写真展会場の受付嬢に訊いてみた。
どうやら
お化け屋敷から出てきた恐怖醒めやらぬ子供たちのショットらしい。

カメラブームと言われるこの頃だ。

老いも若きも首からカメラぶら下げて街歩きする人も多い。

私なんぞもその一人。

そんなカメラブームのキッカケになったのも、梅佳世さんの出現と成功にあるのではないか?と見ている。写真編集ソフトの力で、ありえない世界を捏造してしまう写真家が多い中で、梅佳世さんの写真は、たんにその場に居合わせてシャッターを押したというシンプルなもの。誰にでも撮れそうだが、どうしてどうしてこんな瞬間を切り取れるというのも梅佳世さんの才能だ。

私も梅佳世さんのようなユーモアを含んだ写真を撮りたいと思うのだが、なかなか撮れない。興味の対象なんかは似通ってると思うのだが感性の差なのだろう。

「どうだスゴイだろう」的雰囲気の写真展が多いけれど、学園祭の延長のようなじつにユッタリした写真展だった。

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表参道ヒルズから明治通りに出て渋谷方面へ。
ファッションの街とはミスマッチなお寺のお地蔵さん。

炎天下、ブ〜ラブラと渋谷まで歩く。

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ジム・ジャームッシュ監督の『イヤー・オブ・ザ・ホース』のビデオを観てから、『ハリケーン/ニール・ヤング』を聴きたくなって、レコファンでニール・ヤングの中古ベストアルバム購入。

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今春、身の回りの整理をしたいと、レコードCD類を殆ど処分したから手許にはボサノバのCD数枚しか残っていないのだ。久しぶりに骨太なサウンドを聴いて過ぎさりし70年代をしのびたい。

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黒人と白いバイク(渋谷センター街)。
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この暑さを乗り切るにはやはりシッカリと食べることが第一です。

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西新宿小田急ハルク裏『満来』のチャーシューラーメン。
これで1400円也。

ついでに、

もうひとつ。

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上野御徒町昇竜の餃子ライス。
650円也。

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こんなふうに
チャンジー浮遊層は
きょうも行く行く
明日も行く。

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2010年8月17日 (火)

残暑残暑そうザンショ!

たぶん、

昨年のブログでも書いていたと思うのだが、

残暑残暑そうザンショ!

こんなことを書きながら、なんとか暑さをヤリ過ごそうとしている仮死状態のワタクシです。

本日は「残暑見舞い」替わりに、この夏の間に撮った写真を何枚か紹介いたしましょう。

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新宿都庁展望台から見たスカイツリー。

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浅草寺の屋根修復工事も終了。本堂を覆っていたテントも取れてスッキリ。

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浅草仲店通りに突如鳴り響いたサンバのリズム。
浅草名物サンバカーニバルの前宣伝のようだ。

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そのサンバ嬢の腰のタトゥーを狙ったのだが。

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上野御徒町のオモチャ屋。
蓮舫女史も「2番ではダメなんですか?」の発言が
生涯ついてまわるのが不運です。
「2番で良い!」と言ったワケでもないのに。

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“大山参り”で知られる伊勢原市阿夫利神社の本堂。

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その阿夫利神社境内で雨にぬれるクモの巣。

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伊勢原駅前少女と猫。

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阿夫利神社の茶屋で食べた山菜そば。

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2010年8月 6日 (金)

写真がもっと好きになる/菅原一剛

猛暑の休日。

地下鉄に乗っていると、重そうなリュックサックを背負い、手にはトートバック持った70代くらいの男性が乗り込んできた。年季の入ったリュックの脇に太い三脚が括りつけられているところを見ると撮影帰りのようだ。休日の午後の地下鉄車内はほぼ満席で、その老人はリュック背負ったまま入り口のところに立っていたのだが、しばらくすると隣りのシルバーシートに座っていた若いカップルが席を立った。老人にさりげなく席を譲った格好だ。

ジロリッと席を立ったカップルに一瞥をくれたジーさん。

「あのジーさん、、、座るかな?」

私はジーさんを観察していたのだが、席を譲ってくれたカップルの好意を受け入れる気配もなく、空いた席の隣のポールに寄りかかったまま。「余計なお世話だ、オレはそんな年寄りじゃね〜ゼ!」オーラを発している。

カップルはバツが悪そうな顔をして次の車両に移っていった。

カメラマンは丈夫だといいます。飽くなき探究心と重い機材背負って歩くから自然と体力気力が鍛えられるのだそうだ。たぶんあのジーさんも同年代のヤツと比べれば“若い”と自負していて、席を譲られたりするのは不本意なんだろう。

でもなぁ、ジジーはジジーでババーはババーだぜ。特別な礼を言わなくとも、ニコッと笑顔を見せて若いヤツの好意を素直に受け入れるのも年寄りの知恵だと思うんだがね〜。

見るからに強情そうなツラ構えした老カメラマンの横顔を見ながらそんなことを思った。

カップルが空けた席には次の駅で乗り込んだガキが走り込んできて座った。

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日曜日の『新宿エイサーまつり』がスタートする前に、まずは腹ごしらえと三越裏のインドカレー屋『グランドダージリン』へ。

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ナンをお代わりしてお腹いっぱいになったあと、「カレー屋が多くなってタイヘンですよ〜」というネパール人社長としばらくトークしてから、隣のdukanというエスニックショップを覗いてみる。

この店には私がファンの女性スタッフがいるのだ。

なぜファンなのかというと、この女性の左腕には見事なガネーシャのタトゥーがしてあって、しかもそのガネーシャの右掌にはオームマークまで彫ってあるのだ。派手なエスニック衣装に身をつつんでいるからちょっと見た目は近寄りがたい雰囲気なのだが、話しかけるとじつに気さくな女性でタトゥーの撮影もアッサリOKしてくれ、それ以来の信者になっている。

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この暑さだから彼女の肩口も剥き出しになっているだろうから、ガネーシャを拝んで久しぶりに写真も撮らせてもらおうと思ったワケ。

  「あの娘、、、いる」

訊いたら、本日は遅番だそうで夕方からの出社だそうで、、、残念。

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彼女には会えなかったけれど店前に吊るしてあったセール品のオームマークを『街のオーム』ネタとして写真に撮ってきた。

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『新宿エイサー』のスタートまで時間があったので紀伊国屋書店を探検。

カメラコーナーでこの本を買う。

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写真がもっと好きになる。
菅原一剛

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ソフトバンククリエイティブ
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なんども見たくなる写真。
人に欲しがられる写真。
飾っておきたくなる写真。

そういう写真を撮るために、
知っておいたほうがいいことがある。

糸井重里

「あまり難しいことにこだわらずに、もっともっと気楽に写真を楽しもうよ!」

というような内容に共感を覚えたのだ。

Sikiri

浮遊層ヤジオ今週の1枚は『新宿エイサー祭り2010』からこの1枚です。

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こういう後継者いるかぎり“エイサーは不滅だッ!”と思わせるほど、元気いっぱいの子供でした。

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というワケで
明日から待望の夏休みのため
その気になるまで更新は休みます。
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2010年7月27日 (火)

東京麺通団の団長

先日、『新宿ブルースナイト2010』に行く前、腹ごしらえしておこうと新宿小滝橋通りからちょっと入った讃岐うどんの店『東京麺通団』に立ち寄ってみた。7−8年くらい前になるが中古レコードを探してフラついていた途中この店のオープンという日に出くわして、冷やかしに寄ってみたら、これがなかなかの味でそれ以来のファンだ。今でこそ東京でも讃岐うどんの店は数多くあるが、その中でも古株ではないだろうか。

たまたま店の前に社長がいたので記念撮影。

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開店時からお客さんが定着していき、本日もケッコーな賑わいぶりだ。

「吉祥寺にもお店があったね〜」と私。

社長は、「おかげさまで」と、吉祥寺以外にも赤坂だのどこそこだのと数件の地名を挙げ「よろしくおねがいします」と謙虚な姿勢。

そこで、私が食したのがコレ。

ねばたまうどん
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お店の立地条件としてはそれほど有利とはいえないが
味値段雰囲気次第でお客は寄ってくるということだ。
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繁盛している店の社長のハナシを聞くのは楽しいものだ。

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2010年7月19日 (月)

祝・コロンビア独立記念日2010〜ラテンのひとよ

去年のちょうどいまごろのことだ。『山下洋輔トリオ4結成40周年記念コンサート』を聴きに日比谷野音へ向っていると、公園入り口近くの小音楽堂から聞こえるラテン音楽。「今日は何があるの?」と訊けばコロンビアの独立記念日を祝うお祭りだといいます。なるほど、このラテンな顏はコロンビアの人々だったのかと納得。興味あるイベントだったけれど「今日は山下トリオを聴きにきたのだから」とパスしたことがありました。

そのとき、来年のお祭りには来ようと決めていたのだが、そんなこともスッカリ忘れて1年が経過。7月になってから、このブログに『コロンビア独立記念日/日比谷公園』をキーワードにするアクセスが増えて、昨年のことを思い出したワケだ。

2010年7月18日(日)

コロンビア独立記念日のお祭りを見に日比谷公園へ。

関東地方は昨日ツユ明けした“模様”で、ウダルような暑さとはこういうことを言うのだろう。頭頂部のお皿も乾ききってヘロヘロになりながら日比谷公園へ行けば、名物の噴水は子供たちの格好の遊び場となっている。

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日本人の子供たちはここまでやらないから、ラテンの子供には敵わんぜ。

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そんなラテンのガキどもが元気に遊ぶ姿を見ながら、「豆の煮込みかけご飯+ソーセージ+コロンビア餃子」で腹ごしらえ。

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そうこうしている間にバンドの準備も終わった雰囲気で会場に入ってみれば、とにかくラテンラテンラテン。ラテンのひとよ。日本にコロンビア人てこんなにいたの?と思えるほどのラテン顔だ。

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アルコールと軽快なリズムに煽られて、すでに、気分だしています。

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老いたりといえども、そこはソレ、ムカシとったキネヅカ、若いモンには負けはせん。東洋のセニョリータにステップ指導だ。

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バンドとダンサー入れ替わるたびにリズムも段々激しくなっていく。

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昼酒に手元が震えたか、それとも「シャッタースピード優先モード」に設定するのを忘れたからか?こんな写真ができあがった。

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でもこのブレの雰囲気ケッコー気にいってるのだ。

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ステージ脇でズ〜ッと踊り続けたセニョリータ。

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「オレを写してくれ」のリクエストで撮った写真。アー・ユー・ハッピー!

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ラテンのパワーには圧倒されるぜ。

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昼の12時から夜6時30分までサルサのリズムに全身を揺すられ、そのナガレでケツ振りながら地下鉄で帰ってくれば、駅前の空き地では盆踊りの最中だもの。

♪木曽のナ〜なかのりさん

♪木曽のおんたけさんはなんじゃらホイ

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サルサと盆踊りという、異質なリズムに身体を揺すられ、体内の毒素も汗と一緒に蒸発したのではないか?そんな爽快感を味わえた猛暑の一日だった。

来年の夏もまた日比谷公園に遊びに来よう。

というワケで、

本日の最後は、

狂乱の『祝・コロンビア独立記念日2010』日比谷公園編の動画を見てみましょうか。

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早速ネットの『地球の歩き方/コロンビア編』で
コロンビア情報を収集した
浮遊層のワタクシでした。
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2010年7月 1日 (木)

B級グルメから

え〜・・・、

ひとまずサッカーW杯の波もヤマが過ぎて、

ネタ切れのときにはおヤクソクどおりのB級グルメ写真でございます。

世田谷通り
『サイゴン』の(名前は忘れた)ビーフン

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神田神保町交差点近く
『いもや』の天丼
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神田駅
『宇奈とと』のうな丼
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世田谷通り東京農大付属高校前
『陸』の豚ましラーメン
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西新宿ヨドバシカメラ近く
『楽釜』の讃岐うどん
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神田猿楽町
『丸香』の肉うどん
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有楽町銀座ファイブ地下
『シジャン』のチゲ鍋定食
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さて、

偶然見つけた『麺ジャラスK』の肝心のラーメン画像をアップできないのが気になって、“日本めんくい党”総裁としては再び行きましたよ。ワシは責任感が強いオトコなのです。

前回は日曜日の夕方で6時の開店を待つ行列ができていたが、今回はウイークデーの夕方というせいか?それともモノ珍しさも落ち着いたということなのか行列は無しだった。

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それでも店内には10人ほどのお客がいたから立派なもの。厨房ではやはり川田利明が動き回っていて、オーダーの間違いに奥から顔をのぞかせて「スイマセ〜ン、慣れないモンですから」とくぐもった声で謝ったりしている。


世田谷喜多見6丁目
『麺ジャラスK』の醤油K麺
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前回と同じものを頼んだのだが味が変わったみたいだ。それと、注文の出来上がりに時間がかかりすぎるから、私の隣の夫婦はそのことに明らかな不満顔を見せているのが解った。このあたりに“プロレスラーのラーメン屋”という物珍しさを克服して、“美味しいラーメン屋”として定着できるかのカギがありそうだ。

いずれにしても、川田利明が厨房で汗かいて動き回る姿を見ると、芸能人やスポーツ選手の店にありがちなただの名義貸しなどではない、「川田!本気だぜッ」という意気込みが感じられるワケだ。

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じつは、前回このブログで『麺ジャラスK』をアップしたとき、このラーメン屋を紹介したのは私が最初だろうと思ったのだが、『麺ジャラスK』をキーワードに検索してみると・・・な〜んだ関連記事がヤマほどヒットするじゃあ〜りませんか。プロレス業界やファンの間ではケッコー知れわたっていた開店だったらしい。

店舗の詳しい住所などはネットで調べてもらうことにして、私からは『麺じゃらすK』の周辺情報を1件案内しておきましょう。

この『麺ジャラスK』の近くには東宝撮影所があるのだが、

この撮影所正門の『七人の侍』は必見です。

ゴジラとともに日本人の創造力の源泉ともいえる映画です。

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食べてから見るか!
見てから食べるか!

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ぜひ
『麺ジャラスK』のラーメンとともに
セットで楽しんでもらいたいものです。

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2010年6月21日 (月)

『麺ジャラスK』は川田利明だった

前回紹介した映画『クレイジー・ハート』を観ながら、「この展開はミッキー・ロークの『ザ・レスラー』と同じだなぁ」と思っていた。

『クレイジー・ハート』がかつて一世を風靡したカントリー・シンガー、『ザ・レスラー』はかつてメーンイベンターを張ったプロレスラーという、両方とも「かつて・・・」がつく男の再生物語だった。ただし『ザ・レスラー』のミッキー・ロークは、娘との確執も解けてようやく再生への一歩を踏み出せたと思った矢先に、日頃の不摂生がたたりリング上で憤死してしまう結末だった。

アメリカ人というのは「人生はやり直しがきくんだ!」というテーマがホントに好きなんだ。

日曜日のことだ。

夕方6時前、世田谷通りの成城交差点を過ぎて玉堤通り方面に向っていると、ちょうどネパールレストランMt.Fishtailの隣りのビル前に10人くらいの人が並んでいる。

ここは以前博多ラーメンの店があった場所だ。その店が閉店して3ヵ月くらいになるが、新規にラーメン店が開店したようなのだ。派手なディスプレイもなく『麺ジャラスK』という奇妙な名前の控えめな看板が見てとれる。並んでいる人に訊くと1週間前に開店したばかりだそうで、6時の開店を待っているのだという。

私は『日本めんくい党』の総裁でもあるから、いちおう市場調査をしなければならないだろうと思い立ち列に並んだのだが、世田谷通りを通る車も「何の列なの?」と訝しげな顏で減速するのが解る。

列の中から店内の様子を見ると厨房の奥で開店前の準備をしているヒゲ面の男に見覚えがある。

「エッ?マサカ〜、、、、そんなワケないだろう?」

総勢30人くらいの列ができたころに開店の6時になり、店内に入りヒゲ面を正面から見て驚いた。

「川田だ!川田利明だ!」

『麺ジャラスK』の店名由来はデンジャラスKAWADAをもじったものとナットク。

スポーツ選手の店というと、本人の現役時代のパネルだとか仲間からの花輪などが景気付けに壁を飾っているものだが、前の店から居抜きの20席ほどの店内にはそれらの派手な飾りは一切無し。川田利明のことを知らないお客だったら、厨房で汗だくになって働いているあのヒゲ面が、有名なプロレスラーだったとは想像つかないだろう。

プロレスに縁のない人のために若干説明すると、川田利明はジャイアント馬場率いる全日本プロレスを経て、高校の先輩三沢光晴の『ノア』に参加。彼のファイトはプロレスではありがちな派手なパフォーマンスを拒否し、肉と肉がゴツゴツとぶつかりあう、正に肉弾戦の音が聞こえるような激しさだった。それほど肉体を酷使し妥協しないファイトは多くのファンを得ていたプロレスラーなのだ。とにかく真面目な正確がファイトに表れていたと思う。

その川田利明が目の前にいる。

川田利明のファンと思える女性グループが「写真撮っていいですか?」とコトワリを入れ、厨房の川田にケータイを向けてもイヤな顔せず、「お好きにどうぞ」という感じで応じている。私も写真を撮りたかったが、そ ういう日に限って手ブラだったのが残念。

それで、

私は「醤油K麺750円」というラーメンを食したのだが、一般的に醤油ラーメンといわれる醤油をもっと濃くした味だが、濃い割りには意外とアッサリしている。私にとっての初体験の味は、かなりの研究によって作りだした味だということは理解できた。

外にはまだ行列ができている様子なので、次のお客に席を譲らなければと早々に食い終えた帰り際、レジの女性に「いつ引退したの?」と小声で訊くと、その女性は

「エッ?川田ですか?まだ引退してませんヨ」

「アッ!そうなの!

プロレスもやって、ラーメン屋もやってというワケ?」

私は子供のころからのプロレスファンで、力道山×デストロイヤーの試合だってリアルタイムで見ている世代だが、馬場・猪木後のプロレス界については興味が薄れて東京スポーツを読むこともなかった。しかし、プロレス団体の乱立、総合格闘技の台頭などプロレス弱体のナガレは知っていた。さらに三沢さんの事件でプロレス界も窮地にあるだろうことは想像していたが、川田利明の消息について思いをめぐらすこともなかったのだが、その川田利明の店に偶然に入って、川田利明の作ったラーメンを喰ったワケだ。

たまたま『クレイジー・ハート』の映画を観て、ミッキー・ローク演じる『ザ・レスラー』のことを思い出したものだから、満身創痍でプロレスを引退した川田利明が、ラーメン屋に第二の人生を賭けてると勝手にストーリーを描いたのだが、川田利明はまだまだ現役プロレスラーだったのだ。

川田さん失礼しました。

ラーメン美味しかったですよ。

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店を出ると
まだ20人ほどの行列ができていた。
この行列が
プロレスラーのラーメン屋という物珍しさだけでなく
美味しいラーメンの店として
永遠に続くことを祈りたい。
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間がワルイことに
今回は麺ジャラスKのラーメン画像はアップできないが
日本めんくい党総裁としては
次回はカメラを持ってリターンマッチだ。
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2010年6月 5日 (土)

コルカッタの野菜カレー

小沢さんという人はけっきょく最後には失敗する人のようだ。

2010.06.04(金) 
地下鉄駅の新聞スタンド
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さて、

夏日のようなこのところの気候。

プールで泳いだ後、世田谷通りのカレー屋『コルカッタ』へ。

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社長ソックリの青年がウエイターをしている。

「アレッ?社長はどうした?アンタは社長の弟か?」

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青年のハナシでは小田急祖師ケ谷大蔵駅近くにもう一軒店を出すことになって、自分はインドから呼び寄せられたということらしい。

この店の社長はモスレムだからオームアイコンはない。

世田谷通り生育センター前
『コルカッタ』の野菜カレー
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それにしても
東京にはカレー屋が異常増殖中
カレー臭が街を覆っているようだぜ。

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2010年5月23日 (日)

ラオスフェスティバルのオーム

2010年5月22日(日)

真夏日の東京。

代々木公園のラオス・フェスティバルへ行ってきた。

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ラオス・フェスティバルの隣りの代々木体育館の広場には、ジャパン・ブルーの着物着せられた竜馬さんが相変わらずの懐手でニラミを効かせている。

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後で解ったことだが、ワールドカップ出場日本チームの壮行会が行われていたらしい。どうりで、、、時折洩れて来たあの歓声は選手紹介などがあったのだろう。

ネットの記事から転載
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あまり期待のできない日本サッカーは放っておいて、ラオス・フェスティバルに目を戻せば、ラオス関係のブースよりもタイ関係のブースが目立つ。これもタイとラオスの国力の差を物語っているようだ。

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とりあえず、ラオス料理だかタイ料理だか解らないが“チキンそぼろかけご飯”と“チキンもも焼き”で昼飯。

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満腹にして、同時開催のフリーマーケットにオーム・マークの採取に出かける。

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チョコチョコッと廻っただけで、こういうオーム・マークを見つけたけれど、フリマのオームというのもあまり面白くないと思ったら、オームバッグを肩にかけた青年が歩いてきたので呼び止めて記念写真。インド旅行中に現地で買ったバッグだそうだ。
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さらに、5人くらいのグループで缶ビール片手に歩いてきた白人青年の胸元にもオーム・マークを発見。

「あなたのオームを撮らせてくれるか?」

そう声をかけると、連れの仲間たちから囃し立てられて、テレながらポーズをとってくれた。

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今回のオームはグレード的にはちょっと落ちるけれど、いちおう、オームはオームだということにしよう。

ラオス・フェスティバルのステージでは、ラオス人男女による歌が披露されていたが、世間ズレしていない素朴なものだった。この種のフェスティバルは、日本との交流の密度(つまりお金のかけ方)によって、盛り上がり方にもかなりの差があることを感じるが、こういう質素なお祭りも国民性を表現してるようで、それはそれで結構。

観光地としてもまだまだ未開拓のようだから、、、。
「こんどはラオスに行こうかな」
そんなことを思いながら代々木公園を引き上げてきた。

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