2008年7月 3日 (木)

レコファンのオーム

真夏日のような一日でした。

今日はたまたま有給休暇をとっていたので、ユックリ朝寝をしてからスイミングプールへ。ウイークデイのプールは平均年齢60歳超ジジババのオールスター。皆さんまぁ元気なこって!私もジジババにまじってふだんよりユックリ目に1000m泳いで30分ほどの水中ウォーキング。体力気力ともに異常なし。こうして元気で泳げることに感謝感謝また感謝。

その後渋谷へ行きサミット警備のオマワリがヤケに目につく中を公園通りのMac渋谷店へ向っているとき我がメル友にバッタリ。

彼女とはたまたま今朝、

「ワシ、、きょうは有給とっていてこれからプールだもんね」

「アラマ〜ウラヤマシー!ワタシは仕事です」

などとメールのヤリトリしたばっかりだったので、こんなふうに遭遇したことにビックリ。昼休みを終えて仕事場に戻るところだという彼女。足止めしては悪いから「詳細はメールにて」と手を振ってのお別れ。

Mac渋谷店では2階のソフト売り場を物色し本を1冊買って帰ろうとしたら呼び止められた。ヤー!ヤー!ヤー!。彼は以前Mac銀座店にいた青年で渋谷店に転勤になったといいます。そうだったのか、彼が銀座店にいたときに彼からMacパソコンを2台買ったことがあって、操作方法などわからないことがあると直接教えてもらっていたのだ。iPhoneの情報など仕入れて、それじゃまた来るから!

今日は顔見知りに2度も会ってしまった。

世間は広いようで狭いもの、ウッカリできません。

公園通りから東急ハンズ向いの「レコファン」という中古屋へ。

ジャンゴ・ラインハルトの後継者といわれるチャボロ・シュミットを聴いて以来マヌーシュ・スイングの『チャッ!チャッ!チャッ!チャッ!』のリズムに凝っていて適当なCDを探しにきたもの。

やっぱりマヌーシュ・スイングといえばジャンゴ・ラインハルトというわけで、お手軽にベスト盤をゲット!

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さらに、チャボロ・シュミットのリズムギターとして知られるマンディーノ・ラインハルトの『ノート・マヌーシュ』も一緒にゲット!

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このギタリストは映画『僕のスウイング』にもチャボロと一緒に骨董品屋の役で出ていた人。

マヌーシュ・スイングのCDを2枚ゲットしたところで帰ろうとしたところ。

エッ!

ナニッ!

マサカッ!

レジに向っているとこんなCDが目についてしまった。

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渋谷レコファンというのは各ジャンル、CDからLPレコードと大量の中古在庫を誇る店。そんな大型店でですよ、、、。ジャンルからいうとヘビーメタル系(らしい)の、私の趣味からいっても絶対にチェックしないコーナーのその最前列で、私が通るのを知っていたかのようにオームマーク入りCDが、ちあきなおみさんの『♪夜へ急ぐ人』風に“オイデオイデ”と手招きしているワケですよ。

  マイッタナァ!

たぶん聴くことはないと思うけれど“オームハンター”としては、思いがけずも見てしまったものは仕方ないからこのCDも併せてゲット!!!

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渋谷ロフト前からセンター街に抜ける路地に、値段が安いせいでいつも行列のできている回転寿司屋があって、その前を通りかかったら今日は行列もない。店内もだいぶ空席がある。以前の100円の時代を知っているけれど現在は120円になっていて、もしかすると値上げでお客が減ったのかな。

適当な席に座ると右隣りの4人組は若い韓国人旅行者。彼らと「アンニョンハシムニカ」しながら目の前を回る皿の領有権を主張したり譲り合ったりして面白がっていると、15人くらいのグループがドヤドヤと入ってきて、彼らもまたハングル語。

「このお店は韓国では有名なのか?」と4人組に訊けば、『地球の歩き方』のようなガイドブックに載っている店らしい。4人組には後から入ってきた15人の同国人による大声のハングルが気になるようでチラチラ見ている。

私にも経験があるけれど、外国で日本人は自分だけだと思っていたら、日本語の会話が聞こえてきてシラケたなどということはよくあること。たぶん彼らもそんな気分だったんではないかな。

「写真を撮ってくれるか?」とカメラを出してきたので彼らを撮ってやり、ついでに私のカメラでももう一枚。

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「竹島は竹島だ!独島ではない!」まさか彼らにこんなことは言いません。

「アンニョンヒカセヨ〜ハブ・ア・ナイス・トリップ〜日本を楽しんでいってくれよ』

空席があった店内もいつのまにか満席になっていた。ネタは薄くなり、シャリも小さくなり、その上値段は高くなったけれど相変わらず繁昌している。それにしてもこの回転寿司屋は、ハングルや中国語や英語が飛び交いヤケにインターナショナルだぜ。

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イヤハヤ、、、
有給休暇の今日は
知人2人に連続して遭遇するし
オームマークにもご対面するし
カムサハムニダもするし
笑える一日だったと寿司屋の外に出れば
渋谷センター街は
西日に照らされた新種の人類が
グツグツと煮立って
陽炎状に揺れていた。

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2008年6月26日 (木)

神田三省堂のオーム

毎日毎日ツユ空のウットーシー日が続いています。

そんな日々の中で、朝からこんなものを新聞広告だの電車の車内吊りなどで見せられた日にはウットーシさも5割増!!

労働意欲も減退しようというものです。

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そんな優れない気分を吹き飛ばそうと、本日の昼飯は神田神保町すずらん通りの『きっちん南海』のカツカレー。

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黒カレーで体内のイヤな気分を中和させながら、すずらん通りをそのまま三省堂本店まで歩き新刊コーナーを見れば、こんな新刊が平積みになっています。

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チベット問題
ダライ・ラマ 14世と亡命者の証言
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山際素男

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光文社新書
2008年6月20日初版発行

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中国からの
「開放」と
「自由」への
闘いの記録。

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中国側に即した反論は山ほどあるだろう。だが一言いっておこう。それらの反論を真実なものとして証明したいなら、チベットを自由に歩かせ、自由に人々に会わせ話させるがいい。それを拒絶する体制の吐く言葉など一言たりとも私は信用しない。

著者あとがきのこの部分に共感を覚えて購入。

そういうことだよ!チベット国内の旅行が徐々に解禁されつつあるという報道はあるけれど、どうせそんなの、監視つきの制限された旅行だとは誰にも想像できること。

まずチベット国内を何の制限もなく自由に旅行できるようになることが、初めの一歩なのです。

三省堂を出ようとすると、、、オー!オームだ!!!

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店内出入り口のちょっとしたスペースでチベット小物のワゴンが店開きです。

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オームマークをあしらったCDなどもちゃんとワタクシを出迎えてくれます。

ムカシはこういった民芸品も物珍しくって丹念に見てた時代もあったけれど、最近では興味も薄れましたネ〜。

でも写真を撮らせてくれたお礼に

この催しは

6月30日まで神田三省堂本店1階ロビーで開催中

どうぞお立ちよりください

と宣伝しておきましょう。

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最近お気に入りの動画を紹介しましょう。

オモシロキこともない世の中だからこんな動画の力を借りて心を鎮めなければなりません。

村治香織さんのパーフェクトな演奏です。

 ひとりYouTube

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さて
大急ぎでこの章をアップして
それから
日銭稼ぎに出かけましょう。

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2008年6月13日 (金)

神保町中古レコード店情報

朝から降ってた雨も午後にはやんで、仕事を終えて帰る頃には「良くぞ日本に生まれけり」の爽やかな気分。ネコさんも雨上がりのデートを楽しんでいるというところです。

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え〜、、、相も変わらず神田神保町周辺の小ネタで迫ろうというワケでして、お茶の水駅から「芯が明治です」の星野のセンちゃんの作り笑いを右に見て明大通りの坂道を下り、「向こう三軒カレー屋」のカレー屋から、文庫本専門の古本屋「川村文庫」まで辿りついたところで、今回は中古レコード屋を紹介しようか・というネライでして、、、。

亡夫の遺志を受け継ぐ“世界文化遺産”川村文庫並びのビル2階にある中古レコード屋がこのTHA'TS。クラシックとジャズを中心にオリジナルの貴重盤も豊富なお店。ファンにとっては主人との会話もまた楽しみなお店です。

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THA'TSから駿河台交差点を渡り、神田三省堂本店前を右折したところにあるのがレコード社という小さなお店。「SALL 50%OFF」と派手に貼ってあるから訊いてみたら、ビル建設の取り壊しで休業のためのセール中だとのこと。50%OFFなら!とチェックいれたら、、、貴重盤はやはり他店に移動したみたい。

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靖国道りの旧住友銀行、「三省堂自遊時間」内にあるのが、やはりレコード社。このレコード社は「レコード文化を守ろう」というポリシーのもと、神田近辺を中心に数店を構える中古レコード・CDの由緒あるお店。ジャンル的にはクラシックから歌謡曲まであらゆる分野に渡っていて、45回転EPレコードやレーザーディスクの在庫も豊富。

いまどきの若い人には“EPレコード”などといっても馴染みないかも知れないけれ、1枚270円のドーナツ盤が、欲しくてもお金がなくて買えない経験をしている私には、このお店の品揃えは郷愁を誘うものがあり、見ていて飽きません。まさにレコード博物館ですね〜。

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昔ムカシ、一心太助が“天下のご意見番”大久保彦左衛門をタライに乗せて闊歩したというのが、自遊時間と靴屋の間の細い富士見坂で、この坂の入り口ビル2階にあるのが「マーブルディスク」。

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狭い店内はレコードCDでビッシリ!クラシックからポップスまであらゆるジャンルの品揃え。ゆっくり探せばオタカラが埋もれているような気がするけど、なにしろお客同士がスレ違うのにも苦労するくらいの狭さだから、品物選びも落ち着かない。以前、ここで三遊亭円生全集のDVD(たしか20枚組)を見つけて、ボーナスが出たら買おうと楽しみにしていたら、チキショー!数日後には先を越されて「売約済み!」の札。教訓、欲しいと思ったモノは即買いましょう。

「マーブルディスク」向いの小路を入ったところにあるのが、いまだにキーワード「とんかつ 駿河」でのアクセスが絶えないとんかつ屋の駿河だけど、きょうはトンカツ屋に寄らず、そのまま富士見坂の緩やかな坂を上り左折。

ジャニス」という中古屋を冷やかしてみようか。

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このジャニスは、やはり駿河台交差点近くにあるカルトな品揃えで知られるレンタルビデオ屋のジャニスと同系列。Jポップスからパンクまで多ジャンルにわたる品揃えだがジャズは少ない。

ジャニスから再び自遊時間前に出て猿楽町方面に行くと左側にあるのが、私のオススメの中古屋「ターンテーブル」。ムカシはアナログレコードとサブカル系の書籍類だけだったが、2年前くらいからCDも並べるようになっているのが嬉しい。

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店主の好みをモロに反映している店で、ありきたりの中古屋では絶対にお目にかかれないようなアイテムも豊富。壁に飾られる珍しいアナログジャケットを眺めながらしばしの目の保養。

再び靖国通りに出て、神保町方面に向えばまだまだ中古レコード屋はあるけれど、ちょっと腹が空いてきたので、神保町エリアの紹介は次回にしてとりあえず何か食べよう。

“一日一麺・めんくい党”としては、リサーチも兼ねてやはり讃岐うどんの丸香へ。この店のお昼はこのように行列ができるほどの繁昌店。

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釜揚げうどんと野菜天ぷらなんぞを
生姜をたっぷり入れたタレで食す。

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腰の強さとツルツルのうどんは、これまで食べた讃岐うどんではベストの部類に入るほどの感動モンです。

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大学の郊外移転で学生さんが絶対的に少なくなったとはいえ、やはり神田は永遠の学生街。古本屋と中古レコード屋、それに安い飯屋と、かつての伝統は今でも残っているのです。

初夏の一日、神田神保町にぜひいらっしゃい!

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2008年6月 9日 (月)

街のオーム(狛江編)

まず最初に業務連絡です。

ひるどらさ〜〜〜ん<<<

昨日(6月8日)の産經新聞にこんな全面広告が出てましたよ〜。

チェック済みですか?

2008.06.08 産經新聞より

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もうひとつ業務連絡。

昨日狛江の『亜細亜食堂 SAIGON』でフォーを食べてきましたが、壁には45回転EPレコードのジャケットが貼ってあって、こんな懐かしいヤツも見ましたよ〜。

『亜細亜食堂 SAIGON』は狛江に2軒あって狛江市役所近くの店ですから、こんどチェックに行ってくださいね〜。

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業務連絡終わりです。

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私もスポンサーには結構気を遣う方なのです。

さて、

『50人のチベット展』が行われたのは狛江駅近くの『泉の森会館』というこじんまりとした会場でした。

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会場入り口にはチベットの人たちの祈りのタルチョがひらめいてて、いい感じ。

会場にはチベット関連の案内チラシが置いてあって、中にはチベット旅行のチラシもあります。

自転車で行く

「チベット・ラサ 7日間」

「ヒマラヤ縦断15日間」

等々。

その内容はフツーの旅行会社のツアーと異なりユニークなもので、年甲斐もなくソソラレルものばかり。でも気になることがあって、近くにいたチベット服を着て「STAFF」のカード首から吊るした女性に質問。

つまり、これらの日程表では年内の催行となっているけれど、それまでチベットに入境できる保証はあるのか?たぶん無理ではないか?という疑問があったワケ。チベットでの四川地震の情報がまったく伝わってきていないということは、それだけ被害が甚大で、北京政府にとって、外国人旅行社を受け入れるだけの態勢は整えられないと想像してるワケです。

その女性も会場ボランティアだからツアーのことまでは把握してない様子で、お互いに「早くチベットを自由に旅行できるようになるといいネ」という程度でハナシを切り上げて、別れしな、、、。

そのチベット服を見事に着こなしている女性に、

「ところであなたはチベットの人なの?」と訊けば

・・・ハイそうです。・・・・前世ですけど・・・

・・・日本人なのは今世だけで

来世もチベット人になると思います。

とのアリガタキお答え。

「それならば、ボクも来世はチベット人ですから、来世にまたお会いしましょう」とエールを交換してチベット服女性と別れたのよ。

外に出てタルチョが風にそよぐのを見てるとこんな男性も現れましたね〜。

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上半身をフリーチベットで固めたこの男性の左腕のマークは
チベットのオームなのです。
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しばらく
『街のオーム』ネタから離れていたら
狛江に突如出現したリトルラサで
オームにご対面という日曜日でした。
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2008年6月 8日 (日)

サイゴン・タンゴ・カフェ/中山可穂

古本屋の壁にディスプレイ代わりに飾ってあったのがこの本。

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サイゴン・タンゴ・カフェ
中山可穂

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角川書店
2008.02.09

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現実との三分間
フーガと神秘
ドブレAの悲しみ
バンドネオンを弾く女
サイゴン・タンゴ・カフェ

『サイゴン・タンゴ・カフェ』はベトナムの首都ハノイの旧市街、迷路の奥の奥にヒッソリと存在するカフェ。タンゴをBGMに語り、ときには踊ることもできるこの小さな店のオーナーは謎の日本人女性。やがて明らかになっていくこの女性の素性は、、、。

「ダンスはセックスみたいでしょう?
相手を信頼してからだを預けていれば、
めくるめく快感が得られるのよ」

     (サイゴン・タンゴ・カフェより)

女流作家と編集者のただならぬ関係を描いた表題作をはじめ、全5編はいずれもタンゴからインスパイアーされた“女の情念”を描いた作品で、作者のタンゴへの深い思い入れが感じられます。

どうやらダンスには人間を狂わす魔物が住んでるようで、それがタンゴとなると、あのバンドネオンの弾けるような一瞬が消えることなく永遠に憑依するものらしい。

そういえば、これまで何回か取り上げた『SHALL WE DANCE』にもこんなシーンがありました。

中途半端な踊りをするリチャード・ギアにジェニファー・ロペス様が自らルンバを踊りながら諭します。

ルンバは相手への熱い想いを体の動きで表現するの。

”彼女の太ももが生きがい”というように抱きしめるの。

そしてハートがもぎ取られるように彼女を放す。

そして

“この場で抱きたい”というように引き戻す。

そして最後は

彼女に屈するの。

『サイゴン・タンゴ・カフェ』が『サイゴン・ジャズ・カフェ』というタイトルだったら、描かれる女性の背景もまた異なったものになりそうな気もいたします。

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さて、

旧南ベトナムの首都の名前を冠した『サイゴン・タンゴ・カフェ』が、旧北ベトナムの首都ハノイにあるなら、日本の首都東京に『サイゴン』があっても良いだろう?というワケでもないだろうが、世田谷近辺に『亜細亜食堂 SAIGON』という名を冠した店が4軒あるのを私は知っている。

本日はそのうちの一軒、狛江市いちょう通りのSAIGONで昼飯。

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チェーン店になっているのか、どの店も無国籍居酒屋風なインテリアで、メニューはベトナム料理からインドカレーまで豊富なもの。こういった雑然とした雰囲気では気を遣う必要もなくミョーに落ち着くものがあります。

その『SAIGON狛江店』で食したのはベトナムのフォーという麺。

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アッサリスープにレモンを絞り、香草をたっぷり入れて食すれば、気分はサイゴンの下町をウロつくバックパッカー。小説の舞台になった『サイゴン・タンゴ・カフェ』が、ハノイに実在するような気になってきて、また行きたくなるのよ!ベトナムへ。

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狛江に来たのは『SAIGON』のフォーを食べるためではなく、じつは狛江駅近くでのチベット関連の催しを見に来たもの。

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50人のチベット展
チベットって、知ってますか?
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日:2008年6月7-8日
会場:泉の森会館
入場:無料
主催:「チベット大好き」の会

今年になってから、これまで馴染みの薄かったチベットの情報は突如日本に溢れ、チベットに関心を持つ人々も急激に増したようです。しかし、熱しやすく冷めやすいのは日本人の常、メディアの取り上げかたが縮小するにつれてチベットへの関心の持続度も薄れていってるような不安も感じます。

この『50人のチベット展』はチベット旅行などを通じて知り合った人々が、いわば同窓会的にチベットへの思い入れを表現したイベントで、展示されている写真や絵画はチベットの人々への温かな愛情に満ちています。

声高に『フリーチベット!』を叫ぶことだけでなく、こんな任意の一般市民による手作りのアピールが、人々の共感をより深く醸成するのかも知れません。

そんなほのぼのとしたイベントでした。

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2008年5月31日 (土)

神田うお幸のサバ塩焼き定食

前回はお茶の水駅から明大通りを下って3軒のカレー屋と中古文庫本の川村まで紹介したので、今回は駿河台交差点靖国通りを左折するコースに行ってみましょう。

このあたりはスポーツ用品街で、同種の店がこんなに並んで商売になるのかな?と思えるほどの乱立ぶり。そんな中でも一番のステータスを誇るのは、なんといってもMIZUNO本店。スポーツ選手らしき外人さんの団体もよく見かけます。

MIZUNO本店から靖国通りを神田駅方面に向い、スターバックスから三菱UFJを越えた右側にあるのがユニーク品揃えで知られる『時代屋』という本屋。今は本屋の経営も難しく「書店冬の時代」とも呼ばれています。そんな中でこの『時代屋』は時代物専門というふれ込みで頑張っています。

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ジャンルを限定することで、他店との差別化を図ろうという試みが共感を得たか店内にはけっこうお客さんの姿が見えます。

『時代屋』からさらに神田駅方面へ。スポーツ用品屋や最近出来たサイクルショップを見ながら進むと、右側にあるのが『ロンドンスポーツ』というお店。

道路まではみ出した商品と雑然とした店内のいわゆるバッタ屋。

スニーカー980円だのTシャツ200円、さらにレジで2割引の貼り紙にごまかされないように。ワンポイントは有名なブランドだけど、ホントのところは「???」。一回洗濯したらエリ首垂れ下がりのTシャツ、1ヶ月履いたらいつのまにか底が抜け素足で歩いてたスニーカーなどということになる、、、というハナシだ。

でも、全てが「悪かろう安かろう」の商品でもなく、やはり良いものは それなりの値づけがされているみたい。

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『ロンドンスポーツ』の角を右折したところにあるのが、あの有名な『パタゴニア』。

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インチキではありませんモノホンの直営店です。ロンドンスポーツの熱気をはらんだ店内と違い、こっちは実におっとりとした佇まい。

欲しいものはいっぱいあるんだけれど、、、ちょっと高いんだよなぁ。だから今日のところはミルダケミルダケよ。

『パタゴニア』から再び靖国通りに戻った小川町交差点にあるのが、例の『たいやき・達磨』。何が“例の”かというと、このブログで何回か紹介したところ、「たいやき達磨」の検索キーワードでアクセスする人がいたワケです。

このところ、そのキーワードでのアクセスが少なくなったと思っていたら、かつてあれほどお客さんが並んでいた店の客足も落ち着いたようで、待ち時間ゼロという状態。

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季節がたいやきの季節じゃないのか?もの珍しさが失せたのか?

開店当初の繁昌ぶりを見て、私も弟子入りして修行しようかと思ったほどだけれど、商売も難しいものです。

小川町交差点から春日通りを大手町方面に向いデニーズ角を左折。向った先は今日の昼飯を食べる美土代町の『神田・うお幸」という定食屋。

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その『神田・うお幸』で食べたのが、ごくごく普通のサバ塩焼き定食。でも、味はそこいらのサバ塩焼きとは段違い平行棒の美味しさ。やはりオヤジさんのネタ選びの段階から違います。

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サバ塩にインゲンのゴマ和え、キャベツの漬け物、それにわかめのみそ汁という、これぞ正しい日本人の食事。

これまで何回かこのブログで紹介したことのある定食屋だけど、こんな場末の席数8席の小さな店なんて、ネットで紹介するのはオレくらいなものだろうと思っていたら、「うお幸」で検索すると数件ヒットするくらいだから世の中にはモノ好きなヤツはオレひとりじゃなかったということ。検索氏はいったい『うお幸』に何を求めているのか興味のあるところです。

ところで、、、。
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家庭も仕事も何ひとつ不自由なく満たされている
ジョンに芽生えた空白感。
そんなジョンの心に入り込んだ
ダンス教室の窓から外を眺める女性のモノ憂げな姿。
その女性に魅かれたジョンは・・・・。
映画SHALL WE DANCE?
リチャード・ギアが「社交ダンス」をキーワードに
検索したときに使ってたパソコンは
Power Macで
Macファンとしてはニヤリとしたシーンでした。
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このように
神田の外れの小さな定食屋の情報も
シカゴのダンス教室の情報も
インターネットでつぶさに調べられる世の中です。
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そして
そんなインターネットの疑似世界のヤリトリを世論として
政治を行わなければならない時代になってしまったんだなぁ。
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オリンピック“聖火”リレーから
四川地震までの中国の動きを見てると
こんなことを思い知らされます。

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2008年5月20日 (火)

カレー3軒両どなり/神保町界隈昼飯事情

「ン?、、、ワシは群馬だから、前橋だから、、、」

ときどき昼飯を喰う『四川一貫』を看板に掲げた中華屋でのこと、麻婆豆腐定食を食べながら「オタクは四川省に縁のある方なの?」と話しかけた私に、そのオヤジはこんなふうに応えやがった。

その顔つきといい変わった味の麻婆豆腐といい、私はてっきり中国出身のオヤジさんだと思っていたワケよ。オヤジによればやはり勘違いしたヤツがいたそうで、「四川省出身者の取材をしたい」というテレビ局からの問い合わせがあったといいます。

さて、

久しぶりの『神保町界隈昼飯事情』です。

今回は四川省の辛さとは違う辛さを売りもののカレー屋を紹介をいたしましょう。

中央線お茶の水駅から明大通りの坂をディスクユニオンや楽器屋のウインドウ眺めながら下ると、左側に見えるのがユニークなペイントで目立つ『ユニーク』という名前の床屋さん。その後ろ側が古書会館になります。

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ポップなペイントの対面を見ると・・・。

ここにあるのが本日のテーマ、向こう3軒両隣ならぬ「カレー3軒両どなり」のカレー屋3軒になります。

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まず初っ端は「エチオピア」という名前のカレー屋。

「エチオピア」
インド風カリーのビーフカリー

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インド風カリーと銘打ち、店名がエチオピアというのもポップなこのお店。近辺では老舗になる有名なお店です。店内にはマービン・ゲイだのジェームス・ブラウンなどのアナログレコードのジャケットがディスプレイされて、BGMはジョン・コルトレーンという、これまたポップな感覚。

辛さが好みに応じて選べる仕組みだそうで、最高70倍!希望によってはそれ以上!といますから尋常ではありません。普通の辛さでも充分辛いのに70倍など食したらケツから火を吹いて明大リバティタワーを飛び越えてしまいそうです。

食後に出るシャーベットが火照った口中を鎮めてくれてウレシー。

次がエチオピアの左隣「鴻(オオドリー)」

「鴻(オオドリー)」
野菜カレー

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スープカレー屋を謳うこのお店の「鴻(オオドリー)」のオオドリーは、もしかするとオードリー・ヘプバーンからいただいたものなのか?

スープは黒(野菜豚骨ベース)赤(野菜国産鶏)と2種類あるそうで、辛さも70倍とまではいかず1〜4倍と常識的な線。店内はカフェバーのようなお洒落な作りです。

そして最後は明大通りと富士見通りの三角地にできた「SPICE KITCHEN 3」。以前ここには薬のヒグチがあった場所。改装工事が始まったからどうせラーメン屋だろうと思っていたらカレー屋オープンというワケです。

「SPICE KITCHEN 3」
日替わりBランチ ナスとポテトのカレー

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インド人コックのいる店だから本格的ナンがあるのも嬉しい。これまでの日本式カレー屋の単純な辛さと異なり、何種類ものスパイスをブレンドすることで醸し出す辛さが絶妙。

『古本の街』『学生の街』『中古レコード屋の街』『とんかつ屋の街』にもうひとつ『カレーの街』といってもよいくらい、和風カレー/インドカレーそれぞれに趣向をこらしたカレー屋が増えている神田神保町です。

古本探索はもちろん
カレー探索にも
どうぞ
神田神保町へ
いらっしゃ〜い!!!

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2008年4月25日 (金)

デ ニーロから雪山獅子旗へ

お昼休みの街の散策も楽しい、春らしい穏やかな気候。

これまでに何回か紹介した神田小川町交差点のたいやき屋『達磨』は相変わらず行列が途切れず、他人の店とはいえウラヤマシー。

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ダルマに両目が入るのも間近のようです。

そんな商売繁昌のお店の反面、以前紹介した沖縄料理の店『四季彩』が、いつのまにか『きじむなー』という名前に変えて再出発の様子。この商売もなかなか厳しいものがあるようです。

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神田小川町『沖縄ダイニング・きじむなー』の
ゴーヤチャンプルー定食

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いまやスポーツ用品街となった靖国通り。ミズノ本店の裏あたりにあるのが、欧風カレーと銘打った『ボンディ』という、雑誌のカレー特集などの常連にもなってる有名なお店。本場インド人コックの作るカレーも、それはそれで好きだけど、日本人向けにアレンジした、あまりインドインドしていないカレーも嬉しい。

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神田小川町3丁目『ボンディ』の
チキンカレー

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『ボンディ』の斜め向いにあるのが『デ ニーロ』というイタリアンレストラン。

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神田錦町3丁目
デ ニーロのスパゲティ

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前回ひとりYouTubeで紹介したロバート・デ・ニーロと関係あるのかないのか?

イタリアの下町食堂を模したインテリアで食べる「粗挽きソーセージ・インゲン・大根・じゃがいも・トマトソーセージスパゲティ」は具沢山の大盛りで大満足。

いつもいつも言ってるけれど、本の街/スポーツ用品の街/グルメの街/中古レコードの街、神田神保町へ皆さんおいでください。

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さて、風邪気味なのにロバート・デ・ニーロの『ワンス・アポン・ア・タイム』をついつい夜更かしして見てしまって体調を落としたけれど、そうひどくもなさそうです。


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やっとこさ見つけたチベット国旗雪山獅子旗も到着して
これで準備万端整いました。

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徒党を組む気はないけれど
個人として何か意思表示しておかないと
気が済まないと思っているのです。

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2008年4月 3日 (木)

雪山獅子旗からブリあら煮

中国というのは自分たちは大国だとのたまうわりには、いつまでもいつまでもワケのわからないことを言ってますネ〜。

「いかなる名目や身分であれ、ダライ・ラマの分裂行動を容認し支持することに反対する」


ダライ・ラマ14世が日本で誰に会おうがあんたにとやかく言われることはないゼッ!!!

2008.03.02(水) 産經新聞

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余計なお世話だッ!

2008.04.02(水)産經新聞の『湯浅博の世界読解』というコラムにこんなことが書いてあります。

全体主義国家は五輪後10年前後で崩壊するという原則がある。1945年に崩壊したナチスドイツは36年にベルリン五輪を開催した。91年に崩壊したソ連は80年にモスクワ五輪を開催している。では2008年の北京五輪の10年後はどうなるだろう

筆者の湯浅さんは北京五輪に引っかけた「きついジョーク」として紹介しているけれど、ジョークどころか真実を突いてるような予感がします。あんがい10年も保たないんじゃない?堤防決壊はちょっとしたキッカケで簡単に起きます。

数日前、下北沢駅線路傍で思いがけずもチベットの象徴である「雪山獅子旗」数点を発見し、かの国の主席が訪日の折には日本中で「雪山獅子旗」を掲げて歓迎の意を表そうなどと思いつきを書いたら、どうやらこのアイデアを思いついた人が他にもいたようで、ネット上では「雪山獅子旗掲揚」問題がケッコー話題になっているらしい。

行く先々で「雪山獅子旗」振られる歓迎を受ける主席閣下というのもネタになりそうです。

Tibet

雪山獅子旗

私もネットショップあたりでこの旗を手に入れて主席来日に備えようと思っているが、迎える側の福田さん・・・その日まで首がつながっているんかいな。小泉のジュンちゃんが再登板してたりしたら笑っちゃいます。

さて、

下北沢駅の「雪山獅子旗」前を通ってディスクユニオンへ向かっていると、北沢タウンホール前に建設中だったビル1階に『ほん吉』という古本屋が新規開店したのを発見。

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古本屋業界も、ブックオフの出現で商売がキツくなっているだろうけれど、そんな中での新規開店ですから、ほん吉→本キチ→本狂・・・ホントの本好きが開店したお店なんでしょう。ささやかながら何か売り上げ協力しようと店内をチェックしたけれど、きょうのところはめぼしい本を探し出せずにスルー。そのうちまた来ます。

その後茶沢通りのディスクユニオンで買ったのがこのCD。

CD2枚にDVD1枚という、最近よく見かける組み合わせ。

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Duet
Chick & Hiromi
チック・コリア&上原ひろみ
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2007年9月24日〜26日
ブルーノート東京にてライヴ収録

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夢のアルバムがついに実現。
ジャズ・ジャイアント、チック・コリアと
今をときめく若手ナンバー・ワン・ピアニスト
上原ひろみが送る夢のデュエット・アルバム。

録音された2007年9月24日〜26日というと、たしか新百合ケ丘で行われたチック・コリア・ソロの行われた前後だったのかな。このところ毎日桑田佳祐の石垣島ライブばかり聴いているからジャズも聴かなくっちゃ。

そして、駅前の定食屋『千草』食したのがコレ。

下北沢『千草』のブリあら煮定食。

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さかなの目玉だとか骨に残った少しの肉をチューチューすするなんて、若い人にはなかなかできない食べ方でしょうが、トシとるとこんなオカズが懐かしくなるのです。

雪山獅子旗
チック・コリア/上原ひろみ
ブリあら煮定食
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我ながら支離滅裂な
桜満開下北沢の夜でした。

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Sikiri2hana

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2008年3月20日 (木)

ラワットさんのオーム

小田急線と井の頭線が交差する下北沢駅には戦後からのミニアメ横ともいえるマーケットが生き残っていて、2−3坪の商店や飲み屋がひしめいていました。

小田急線全線では“開かずの踏切解消作戦”で線路を高架にする工事が行われていて、その最終目標が下北沢駅。大規模な線路拡幅工事と駅ビル建設で下北沢駅周辺は見事に掘り起こされています。

こうなると、バラック作りのマーケットが目障りということになって、この場所にモダンなショッピングモールを建ててテナントを募集したいという、開発業者の欲求もとうぜんあるワケで、再開発推進派と現状維持派との論争も起きます。

推進派の主な理由は防災上危険ということになるようで、たしかに小規模商店密集のこの場所では、万が一火災発生の際には一挙に大事故になるという主張も理解できるし、維持派の「下北名物マーケット存続を!!!」という愛着にも心情的に共感できるものがあります。

20年くらい前、友人がこのマーケット内で2坪ほどの飲み屋をやっていました。ションベン臭漂う通路での立ち飲みスタイルというそんな店で、毎夜朝方までソドムとゴモラの様相を呈していたほどですから、素人経営ながら結構繁昌していたと思います。

戦中戦後から維持してきた古くからの店と、「小さくても自分の店を持つのが夢・・・」という私の友人のような新興勢力の経営するユニークな店とがウマくバランスとれて、外観とも相まってレトロなムードを醸し出していたのがこの一角でした。

私の友人もとっくにフェードアウトしまって、それ以来マーケット内部まで足を踏み入れることがなくなっていたけれど、久しぶりに内部を探検してみました。

あれほど百花繚乱ユニークなショップで賑わっていたマーケットも、すでに廃業してシャッターが閉まったままの店が大勢を占めていて全体が死に体モード。地上げとはいわないまでも、新規契約を受け付けずテナントが自然消滅していくのを待っている印象で、かつての活気溢れるフリーなムードは消え去ったようです。

なるほど、もう数年もするとこの一帯は更地になって駅ビルが建つんだなッ・・・。そんなことを思いながらシャッター通りを辿ると、何やらアヤシげな電飾煌めかせている店に突き当たった。ムカシ靴屋があったはずの場所に今度はカウンター10席ほどのインドカレー屋ができていたのだ。

“オームネタ”を見つけるには格好の場所だと店に入ると、マ〜達者なイントネーションで「イラッシャイ!!!」のお出迎え。

ナマステなセッションでリサーチすれば、この男性がリシケシ出身のラワットさんで、店の名前は『ラワットさんのMoet's Curry(モエツカレー)』というそうな。

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「ところでラワットさん、この店にはオームはないの?」

そう言いかけて、目の前のガネーシャステッカーをみたら、な〜んだアッチコッチにオームがあるじゃないですか。

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これまで何回も書いてきたように、カレー屋のオームマークは“出会いの妙”としてのグレードは低いけれど、いちおう、オームはオームだから記録しておきましょう。

これが下北沢ラワットさんのMoet's Curry(モエツカレー)
ダルカレー、野菜カレー、タンドリチキンのセット

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天井からつり下げられたインドの神様オールスターのパネル。

そして伏見稲荷大社商賣繁昌御守護のお札。

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「ラワットさん?インドの神様と日本の神様とどっちが良い?」

そう尋ねれば、ラワットさん曰く

インドの神様も
日本の神様も
みんな同じ

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神様に変わりはないでしょ!

明るく笑うのでした。


なるほど

なるほど

仰る通りです。

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「ヤツはどうしているのかなぁ」

この下北沢マーケットでムカシ飲み屋をやっていた友人のことが気になって、グーグルに名前を打ち込んで検索してみたら・・・詳細は分からないけれど、沖縄に流れて行ったかすかな足跡がヒット。

彼とは25年くらいまえにセールスマンをやっていた時代に知り合ったもの。お互いに人生の敗者復活戦を賭けて就いたのがこれまたインチキ会社というアリ地獄。二人でどうにかこうにかそのインチキ会社を抜けたあとも連絡とりあっていたけれど、ヤツと会うたびに住所も商売も女も代わっていて、最後に会ったのが下北沢で飲み屋をやっていた時代だったというワケ。

地味一筋の私には「こんな男がどうして生きていられるのか?」と羨ましくなる自由さ。ワルくいえばチャランポラン。私は地味に人生の晩年を暮らしているが、彼の末路はどうなるのだろう。私の人生で出会った中での最異人種だけど、ネットから得た細かな情報をもとに、こんど沖縄に行った時はヤツの消息をたどってみようか。

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オーム シャンティ

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2008年3月 2日 (日)

祖師ケ谷大蔵のオーム

祖師ケ谷大蔵にある砧図書館で本を借りる用事があったので、プールで泳いだあと散歩がてら遠征。

きのう昼飯を食いそこなった東宝撮影所と仙川を挟んだ対面あたりにあるのが、あのウルトラマンを生み出した円谷プロダクション。

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円谷プロから祖師谷大蔵駅方面に向ってしばらく歩くと「ウルトラマン商店街」という細い商店街があります。商店街の活性化話題作りをねらって地元出身のウルトラマンのお出まし願って名前を拝領したものの、それほどパッとせず寂れる一方のようです。

駅前ではこんなウルトラマンが春の火災予防を訴えていますがどれほどの効果があるやら。

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東宝撮影所が生んだゴジラと、円谷プロの生んだ無制限一本勝負をしたらどっちが強いか?などと思いながら駅前広場で首を回せば、こんなところにまでインドレストランが進出しています。ポップアート風の看板を見れば、、、、、。

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オー!!!

ちゃんとオームマークが出迎えてくれます。

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印度レストランでの試食は次に回にして砧図書館へ。

本日の目的はこの本を借りることだったのだ。

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目撃者
近藤紘一全軌跡1971〜1986
近藤紘一
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文藝春秋
昭和62年1月30日第一刷

この数日ベトナム関係の本を何冊か読んでいて、その中でも強く魅かれたのが故近藤紘一さんの著書。ベトナム人奥さんとその娘をを引き取っての生活をユーモラスに描いた著書を読んで、人間として、また国際ジャーナリストとしてのスケールの大きさに魅かれたもの。

この『目撃者/文藝春秋』は、そんな近藤紘一さんの未刊行の原稿を沢木耕太郎さん編集で死後に発刊されたもので、戦争の最前線にいた新聞記者としての記事、エッセー、創作とジャンルごとに分類した、正に『近藤紘一全軌跡』といえる作品集。

文庫本程度だろうとタカを食って借りに行ったら、2段組み700余ページというボリュームにまずビックリ!

どこまでがホントか分からない毀誉褒貶入り交じったドタバタにゲラゲラ笑いながら読み進んだ一連の『・・・妻と娘』シリーズと違って、今回は手間がかかりそうだなぁ。そんなことを思いながら持ち重りする本をバッグに入れて図書館をあとにしたのでした。

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下記動画を再加工して
ひとりYouTubeとしてnifty動画にアップしました。
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1)  中山ラビディスクコレクション
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2)  中山ラビフォトコレクション
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3)  下地勇〜おばぁ

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2008年3月 1日 (土)

こじまの子持ちカレイ

きょうから3月。

このところ眼の周りがムズ痒いと思ったらもうすでに花粉症の時期になってしまった。

きょう当たりは暖かな天気で、こういう日に出かけるにはジャンパー一枚ではウスラ寒そうだし、かといってはダウンジャケットを着たんでは汗をかきそうだという微妙な陽気でした。

スイミングプールで1000mヤッツケて体調に異常ないのを確認してから東宝撮影所へ。

ひさしぶりにここのカフェテリアで昼飯を食べようと思ったもの。

行ってみたら・・・・。

入り口近くにガードマンが立っていやがる。

ここがオープン当時は、もちろん部外者立ち入り禁止を承知の上でもぐり込んで昼飯を食べて、そのときのメニューなどをこのブログにも書いたりしたから、撮影所の管理者の目に止まり入場者のチェックをするようになったのかな?

このブログがそれほど影響力あるわけないか、、、、。

社員食堂は社員食堂だから、特に美味しいとか格別安いということもなかったけれど、人気スター、監督、裏方スタッフ、工事現場の作業員等々がチャンポンになって昼飯を食べている図なんて、ア〜タ・・・どこでもカニでも見れるもんじゃありませんから、気に入ってたスペースでしたよ。

まぁ、ガードマンの目に怯えながら昼飯食う必要もないから、そのまま仙川沿いにスルーして、駅前の居酒屋で昼飯。

居酒屋こじまの
子持ちカレイ煮付け定食。

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やはり
給食会社の運営する社員食堂よりは
手作りの味という感じで美味しい煮魚でしたね。
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トシのせいか最近ではこんな昔ながらの味に
郷愁を覚えるようになったみたい。

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2008年2月24日 (日)

世田谷でこんなものを食ってきた

渋谷から246を厚木方面を目指し、池尻三宿から左に昭和女子大を見てしばらく行き、カラオケビルを挟んだ三叉路なのか四叉路になるのかの首都高下をそのまま左に走れば厚木方面、右に別れるのが世田谷通り。

この三軒茶屋交差点を通るたびに気になる看板があって

ベトナム汁そばフォー
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の提灯文字。
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やはり
これまでのカンボジア/ベトナムのナガレからして
リサーチしておかなけりゃならんだろうと、、、、。
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あじあやたい
屋台
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並んでる人たちは隣りのマクドナルドの行列。
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店内は9席ほど
看板に偽りなしで屋台に毛が生えたていどの規模のお店。
狭いキッチンでは日本人男性がお腹をぶっつけながら調理作業中。
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鶏肉野菜フォー
525円也
このフォーはビーフン。

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南北に細長いベトナムではその地方で生産される穀物も異なり
肥沃なメコンデルタの圧倒的恩恵を受けるベトナム南部では
米を原料にした麺(ビーフン)が多いみたい。
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オヤジの愛想は悪いけれど味はイケる。
あっさりした味付けで2杯はOK。
僅かに紛れ込んでいる香草の舌触りがベトナムを思い出させます。
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世田谷通りついでにもう一本。

三軒茶屋から世田谷通りを町田方面に向い環七を越えて右に世田谷区役所入り口、さらに進みボロ市通りの案内が見えるようになると三菱UFJ銀行を挟んでの二叉路。この二叉路手前にも押さえておきたい店があります。

その名もズバリ
SAIGON

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バラック風建物と看板
それに昔ながらの木立がウマく合致して
エスニックな雰囲気が漂う一角が旅ゴコロをソソリます。
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ベトナム風ビーフン
720円也
野菜タップリビーフンに揚げ小エビ春巻きが乗っていたりの豪華メニュー。

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店内はレゲエをBGMに店員もドレッドヘアーがいたりして
ベトナム料理店というよりはいわゆる無国籍食堂風。
チラチラ見えるキッチン内ではベトナム印度系が働いている様子。
夜になると酒場になるらしく焼酎のビンの列。
世田谷線の電車が通るたびに揺れる店内も思わぬ演出効果を上げています。
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こんなふうに
これまでインドカレー屋ばかり目立った世田谷通りにも
インドシナの風をどん欲に飲み込んで
無国籍状態になってきてます。
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そんな世田谷通りのブックオフで見つけたのがこの本。

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ベトナムの何カ所か歩いてみても
かつてこの地で戦争があったことを伺い知ることはできなかったし
ベトナム戦争題材にしたアメリカ映画を振り返っても
あんな悲惨な戦争が本当にこの地であったのだろうか?
と思えるほど見事に上書きされています。
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もはや記憶も薄れかけていくベトナム戦争だが
古典的名著といわれるこの本を読んで
30数年前の戦争を振り返ってみようと思うのです。

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2008年2月23日 (土)

ベトナムでこんなものを食っていた

2007年年末から2008年初めにかけておこなったカンボジア/ベトナム旅行記もそろそろ着陸態勢に入りました。今回は例によってベトナムで食べていたものを紹介いたしましょう。

朝食つき安ホテルの
バケットにオムレツにお茶という
基本的メニュー。

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これは美味しかった。
ホーチミン市のドンコイ通りあたりだと思うけれど
創作ベトナム料理という感じのオシャレな店。
具沢山ご飯をバナナのハッパで蒸した(?)日本風おこわ。

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ベトナムといえば当然春巻き。

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メコンツアーの昼食。
何の肉かわからない噛み切るのに一苦労。

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テーブル脇に貼り付いて
ひたすらおコボレを待つワンちゃん。
上の固い肉はもしかすると犬の肉だったりして。

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ホーチミンのファーストフード風のお店。
かつてクリントン大統領も立ち寄ったことがあるそうで
店内にはその写真も飾ってあった。

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ホーチミンから国道一号線をハノイに向っている途中の
ムイネーというリゾート地のホテルで食べたチキン焼そば。

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フエで食べた白身サカナをバナナの葉で包み蒸したもの。
隣席の白人旅行者が食べていたので
「ソレ・・ウマイか?」と訊いたら
「ビューティフル!」との答えだったので
「コレをくれ」と注文。
「ビューティフル!!!」

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フエのそば。
ベトナムのそばは何を食べても美味しい。

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フエのカフェで一休み。
ネスカフェとアップルパイで1ドル。
ちなみにベトナムでは
紅茶を「ティー」といわずに「リプトン」という。

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ハノイ裏町の大衆食堂の様子。
大皿に並べてある料理を指差して注文。

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バックパッカーらしいメニュー。
これだけ食べてもお金は2ドルとかそんなモノです。

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ハノイのホアンキエム湖畔
オシャレなフレンチ風レストランの焼き肉丼。

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ハノイ裏通りで食べるベトナムそば。
隣りのオヤジさんが食べているものを指差してのボディランゲージ注文。
付け合わせのモヤシを入れスダチを絞って食べる。

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裏通りを歩けば小路にはこんな屋台が開業していて
日本の風呂場にあるような小さなイスに座って
思い思いのそばを食べる。

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たぶん
B52が上空を飛び交っていたムカシの時代も
空襲警報が鳴るとドンブリ持ったまま地下壕に潜ったんじゃないかな。
そして
今だって
支配階級層の権力争いなどにも関心なく
ただひたすらそばをツルツルいわせて
ノラリクラリと生を全うしていくんじゃないかな。

というワケで、

「にっぽんめんくい党」としては、ベトナムそばに庶民のしたたかさをみているうちに、年末から年始にかけての“インドシナひとり旅”もエンディング。

ホーチミンからハノイまでバスで縦断したあと、こんどはハノイからホーチミンまで飛行機で戻る(約2時間=約100ドル)という、チョッと非効率的ルートでホーチミン市ノイバイ国際空港に到着。

大韓航空カウンターに行けば、ソウルの大雪のせいでソウル発の到着便が遅れているため、午前0時発ソウル行き大幅に遅れるとの案内。ということは、当然予約してあるソウル→成田便にも間に合わなくなることは確実。「それはどうなるアルカ?!」とKAL係員に質問しても「それはソウルのカウンターで確認してほしい」との返事が返ってくるだけ。

心配しても仕方がないと免税店など覗いているうちに日本食レストランの看板を発見。

店前ウインドウには“にぎり寿司”や“てんぷら”の見本に混じって“サッポロみそラーメン”もある。連日ベトナムそばを食べてきて、これから日本に向う飛行機に乗ろうというこの期に及んでもなお、ベトナムで食べる“サッポロみそラーメン”という図柄にひかれた仕事熱心な「にっぽんめんくい党」。

ホーチミン市ノイバイ国際空港で深夜に食べた
サッポロみそラーメン7ドルなり。

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結局午前0時発予定のKAL機がノイバイ空港を離陸したのは午前3時頃。
約5時間のフライトでソウル(仁川)空港到着。
当然予約してあった成田行きの便は出た後だったので直近の便に変更。
ソウル空港でも「にっぽんめんくい党」と思ったけれど
ベトナムの空港で深夜に食べた「サッポロみそラーメン」のせいか
旅の疲れが出たせいか胃がもたれるのでパス。
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約2時間のあっけないフライトで成田到着。
便を変更したことで荷物がうまく着くか心配したけれどトラブルなく
見慣れたバックパックがベルトコンベアーを流れてきて
老いらくのバックパッカー
17日間インドシナひとり旅を
無理矢理着陸させたのでした。

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旅行案内なのか
グルメ案内なのか
書いてる本人もよく分からない
カンボジア/ベトナムシリーズ
おつきあいいただいた方には感謝いたします。

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2008年2月11日 (月)

ホイアンへの夜行バスはキツかった

『地球の歩き方〜ベトナム編』によれば、ベトナムの面積は日本の約90%とのこと。南シナ海に沿うように南から北へ細長く伸びているベトナムをホーチミンから首都ハノイに至るバスルートは、ちょうど日本の本州を山口から青森まで縦断するような距離に思える。

シン・カフェの「オープンツアーバス」というコースはホーチミン←→ハノイ間のチケットを買えば、一挙に始発地から終点地まで行くのも可能だし、途中下車して観光後、次の目的地目指して後発のバスに乗り継げるという便利なシステム。もちろん同一ルートをバックは出来ず前進あるのみ。

私が選んだのはホーチミン→ホイアン→フエ→ハノイというルートで27ドルだから、ホーチミン→ハノイ航空便の約3分の1の料金になります。長時間の窮屈なバス移動さえ厭わなかったら、ベトナム中部北部のローカルな景色に接するという点でお薦めルートです。

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朝7時30分にホーチミン・デタムストリートを出発したバスは、整備された国道1号線を北上。昼ごろになって海が見えたと思ったらここがムイネ(MUI NE)。メコン川の茶色い流れとは異なり、海の青さ波の白さがまぶしく、なによりも無限に広がる水平線が気分を解放してくれる。

ムイネのシン・カフェオフィス

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このあたり、リゾート地として開発が急ピッチで進んでいるらしく、リゾートホテルがビーチサイドに沿って並んでいる。豪華リゾートホテルだけでなく、経済的旅行をしようというお客には、それなりにランクを下げたミニホテルやレストランなども多く見える。

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バスの乗客は予約してあるホテルを事前に申告しておけば、そのホテルまで送ってくれるらしく、ホーチミンを出たとき満席だったバスは、ここムイネーのホテル前でアッチに止まりコッチに止まりと乗客の半分が下車。こんなところからも、ムイネーが欧米人にはすでに知られたリゾート地だということが想像できる。今でこそ純朴さを残している感じだけれど、たぶん数年後にはバリ島のクタビーチ並に俗化される予感がします。

右に南シナ海、左にハノイ/ホーチミン間の鉄道線路を見ながら更に北上すると、こんなガチョウがのどかに出迎えてくれる海辺のドライブインでトイレ休憩したり、快適なドライブが続きます。

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夕方5時に着いたのがニャチャン(NHA TRANG)の町。バスはこの町でホイアン行きに乗り換えなければならない。実は目的地ホイアンまで何時間かかるのかも確認しないでこのバスに乗ったもので、ここからさらに12時間バスは走り続けると聞いて、ゲンナリとしたところ。

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シン・カフェのオフィスに荷物を預けて、次のバスが来るまでの間ニャチャンの町を探検。町には由緒ある風情のホテル・レストランや骨董品屋が並び、どうやらベトナムのリゾート地としてはこの町が先発らしいことが理解できる。そんな観光地にもかかわらず、ホーチミンと比べてここの住人はスレていないのが分かる。ホーチミンを出てから12時間しかたっていないけれど、細長いベトナム国土の北から南まで、地域性が人情に影響を与えてるみたい。

そんな繁華街の一角に、OH!ニャチャンのブックオフ!土産物屋の片隅に日本人旅行者が置いていった文庫本が並んでいます。

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やがてホイアン行きバスが到着。乗客が増えることもなく座席がガラガラなのが嬉しい。

バスのクーラーが悪かったのかちょっと風邪気味。眠れないにしても眠ったフリをしてごまかそうと厚着に頬かむりで窓際に寄りかかっていたら、それでもいつのまにか眠ったようだ。ひっきりなしのギヤチェンジとブレーキの音で目が覚め真っ暗な窓外をうかがえば、バスは峠越えの最中。ヘッドライトに映される道路は日光いろは坂並みの難所のよう。

活発な経済活動を象徴するように貨物満載の大型トラックとスレ違うたび、「このまま崖から転落したらオワリだなぁ」などと思っているうちにいつのまにかまた眠ってしまい、次に眼が覚めたときは夜も明けて、無事ホイアンに着いていた。

バスが停まったのはホイアン郊外の小さなホテルの前で、バスに乗り込んできたホテルスタッフの「1泊朝食付き20ドル」のアナウンスを聞き、さらに町の中心地まで行くのも面倒くさくなって即決。他の乗客は全員町の中心まで行くという。たぶん安いホテルのリストを持っているのでしょう。

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左の女性がバスに乗り込んできたフロント係

私はホーチミンから24時間のバス旅で疲れてしまい、とにかく熱いシャワーを浴びてしばらく横になりたい気分だったのだ。

ここで突然出てくるのがカン君。

彼はホーチミンからのバスで隣同士になった青年。ホーチミンの学校へ行っていて、新年の休暇で故郷のホイアンへ里帰りするのだといいます。お互い拙い英語でコミュニケーションを計り仲良くなったもの。彼に「ホイアンは以前北ベトナムだったのか?南ベトナムだったのか?」と訊いても、私の質問の意味が理解できない様子。ベトナムがムカシ北と南に分断されて、アメリカと戦争して・・・というようなことは彼らの世代では関係ないのかも知れないなぁ。もはや、大方のベトナム人自体がベトナム戦争など、これまであったイザコザの歴史のひとつていどのこととして忘れ去られたのかも知れないと勝手に解釈。

「ホイアンで何か困ったことが起きたら・・・」と電話番号書いたメモを別れ際に渡してくれた好青年でした。

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バスタブに熱いお湯を満たし
身体をクラゲにして揺られ
あまりの気持ち良さに
これだったら1泊50ドルの価値があるなぁ
かつての妥協しなかったバックパッカーも
35年を経てヒヨッてしまったゼッ!
そんなことを思った
ベトナム中部の町ホイアンの朝でした。

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2008年2月10日 (日)

サイゴンのオーム

ベトナム戦争以前の、ベトナムを舞台にした映画というと『インドシナ』『愛人・ラマン』を思い浮かべます。その映画によってベトナムはかつてフランスの植民地だったことを知ることになります。そんなフランス植民地時代のなごりというと、やはりフランスパン。固いバケットを二つに割、中に野菜やチーズを挟めば立派な食事として成立します。フランス食文化の基本が現代ベトナムの生活に欠かせないものになっているようです。

これは一見して汽車の駅のように見えるけれどベトナム中央郵便局の建物。フランス植民地時代の19世紀末に建てられたものらしい。

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内部には精緻なデコレーションが施された、正にフランス人のセンスが光る建物です。そんな歴史的建物だけど博物館などとして保存されてるだけでなく、現在も郵便局として機能していることが素晴らしいところです。

映画『インドシナ』は大ゴム園の農場主カトリーヌ・ドヌーブと養女の、オトコを廻る相克が描かれていたけれど、あの映画の中にターバン巻いたシーク教徒のお抱え運転手がチラッと出ていました。「フランス人にくっついてベトナムまで渡ったインド人もいたんだなぁ・・・」あの映画を観てそんなことを思ったワケです。

ホーチミンで、安宿、レストラン、土産物屋、旅行代理店の密集するデタムストリートを冷やかしていると、インドレストランらしいけれど、ミョーな看板の店があります。もしかするとこれはオームマークではないだろうか?

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気になって看板を見ていると、奥から若い男が出てきてニコヤカに笑いかけます。

この男、ターバンこそしていないけれど、ヒゲの濃さといい、モロにシーク顔。「これはオーム・プラナヴァ?」。私の問いにそのシーク顔は「そうです。これは私たちにとってのオームなのです」という答え。「そうか!シーク教徒のオームか!。アムリツァ!グル・ナーナク!」というと、シークは嬉しそうな顔をして店の中に戻っていったのでした。

映画『愛人・ラマン』は裕福な中国系ベトナム人と没落フランス人ゴム農園主の娘の恋物語で、「ホントに好きな人とは結ばれない・・・」という、いかにもフランス映画らしいテーマ。

あのフランス統治時代から何十年を経たホーチミンの中国人街を歩いていると、こんな結婚式の風景。これみよがしに厚化粧の嫁ハンを披露しています。

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想像するに、こういった中国人成功者が大型テレビを買い、パソコンを買い、日本製大型車を買えるクラスなんだな。『愛人・ラマン』の時代から、ベトナム戦争の時代を経て現在に至るまで、ベトナムの経済は常に中国人が握っていることが理解できます。

さらに歩いていると、向こうのレストラン入り口で若いネーちゃんが手招きしています。「ここに座れ!!」というから、安っぽいパイプイスに座ると、ネーちゃん、奥から「地球の歩き方」を持ってきやがった。それも2008年の最新版だ。


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ネーちゃんにはワルイけれどこの写真だけがなぜかピンボケ

なぜ「地球の歩き方/ベトナム編」の最新版を持ってんだ?。もしかすると撮影協力のお礼に出版元ダイヤモンド社からプレゼントされたものか。

結局ネーちゃんの術にハマって、「地球の歩き方」のベトナム料理カタログを見ながら注文しての夕飯になってしまった。

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食べ切れないほどの量。これで8ドル。

食べ切れないかな?と思っても大食いの私は完食。

腹ごなしに夜のホーチミンを歩けば、バイクタクシーの運ちゃん「マッサージ?ガール?」と耳元で囁くかと思えば、オートバイの後部座席に跨がった厚化粧お姐さんがニコヤカに笑いかける。ベトナムは一応共産主義国なんだろうが、アノ道にかけては共産主義国も資本主義国も変わりはない。

ミョーな匂いの発する建物が気になって高い塀をグル〜っと廻ってみれば、♪何だナンダ!ゴーパ〜ラ〜!ヒンズー寺院の入り口へ辿り着いた。恐る恐る内部を覗き込んでいると、中から寺男が出てきて訝しげな視線。

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異国の地で、異教徒が入り込んできたから打ち首にしたと言われても困るから、「やぁ、オレは日本から来た、サティア・サイババのディボーティだ!」などとテキトーに名乗ると、表情を和らげた寺男の指差した先には、ナッ!ナッ!ナンとチャパティ!サティア・サイババの写真が飾ってるじゃありませんか。

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おまけに
シルジのサイババの写真も。
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写真からビブーティが吹き出していたりしたら、ハナシは劇的に盛り上がるのだけど、そうはウマクいきません。思いもかけなかった両聖者との出会いに驚き、今後の旅の安全を願って丁重に礼拝して立ち去ろうとしたら、さっきの寺男が祭壇から2個の果物を取り出して持たせてくれたのでした。

ベトナム社会での
シルジ・サイババ
サティア・サイババ
の評価は分からないけれど
まさか
ホーチミンで対面するとは思わなかったぜ。
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思えば
プノンペンで鉢合わせしたオーム男といい
ホーチミンで対面した両聖者といい
オームを引き寄せているのか?
オームに引き寄せられているのか?
出会いに奇妙なものを感じたワケです。
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ホテルに戻り
さっき寺男からいただいたプラサドを
ありがたくいただいた
ホーチミン最後の夜でした。
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明朝は首都ハノイを目指してバスに乗る。
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オーム
シャンティ

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2008年2月 1日 (金)

目指すはサイゴン

昨年末から今年正月にかけてのカンボジア/ベトナム旅行の、あ〜でもないコ〜デモナイをグダグダ書き続けてきたら、いつのまにか2月になってしまった。

昨日の新聞にこんなパック旅行の広告がありました。カンボジアの首都プノンペンにも、アンコール遺跡群のシェムリアップにも日本からの定期便は運行していないけれど、この広告にあるように関空からチャーター便が飛ぶことはあるらしい。

2008.01.31 毎日新聞朝刊

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このスケジュールを見るとアンコール遺跡群の名所は効率よく網羅してあって、価格もあんがい割安。無理にバックパッカーにならなくても、こんなパック旅行を利用するのも良い方法かもしれません。毎日新聞旅行に義理はないけれど、アンコール遺跡への行き方として紹介しておきましょう。

Sikiri

昨夜カンボジアの餃子屋で食べた「鶏唐ニンニク煮込み」は、字のごとく鶏肉とニンニクを土鍋で煮込んだもので、鍋の底にはニンニクの塊10個くらいがゴロゴロしているという、“ニンニクスタミナ神話”の刷り込まれているチャンジー世代には嬉しい料理。そのせいかどうか朝からパワー全開で朝立ち・・・はムリだけど、朝発ちというワケで急いでバックパックをまとめてバス停へ。ベトナムのホーチミン(旧サイゴン)行きのバスに乗るのだ。

ようやく明るくなりかけたバス停前の飯屋は開店準備中。

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少し待っていると出てきたのが、プノンペンでいつも食べていたこんな朝飯。

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プノンペンからホーチミン行きのバスには8ドル10ドル12ドルと何段階かあるようで、この値段の差はエアコンがついてるとかバスが豪華だとかによるらしい。私が予約したのは12ドルのこのバス。

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日本のリムジンバスのように車体が高く乗り心地が良い。女性バスガイドが乗り込んできて、カンボジア語と英語のガイドを始めるところなど、まるで飛行機のスチュワーデス並。

満員のバスは工事中でこんな土ぼこりの舞う道路をベトナム国境へと向かう。

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途中、メナカ(だったかな?)で川をフェリーで渡り更に国境を目指す。

朝7時にプノンペンを出たバスが国境の街に到着したのが10時30分ころ。ここのドライブインでご飯を食べたりトイレ休憩をしたり。

私はこの果物屋のオカミさんに余ったカンボジアリエルを全部渡してイチゴを買う。

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「ちょっと〜!ママ!もっとくれよ!」と言うと、

「これだけのお金じゃダメだっペッ!!!」と怒られたりして。

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こうしてそれぞれが思い思いに過ごしている間に、スチュワーデス風バスガイドは乗客のパスポートを集めて先に出入国手続きを済ませるという段取り。

カンボジア側国境には豪華カジノホテルがやたらと多く、これってあんがい経済好調成金ギャンブル好きベトナム人を呼び込もうという戦略だな。ドルはドル!ドルに共産主義も自由主義も無い!!!

カンボジア側ベトナム側双方の税関イミグレも特に難しいチェックもなく、約30分ほどで簡単に通過してしまった。国境越えの緊張感を味わうこともなく拍子抜けするほど。

ベトナムから見たカンボジア

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整備された道路がベトナム・カンボジアの国力の違いを感じさせる。のどかな田園風景からだんだんと都市に近づいていくのがオートバイの数からも感じられる。ここベトナムのオートバイはカンボジアと違いヘルメット着用の義務があるようだ。そうこうしているうちにバスは一瞬にしてホーチミンの迷路ののような道路と自動車ラッシュの中に紛れ込む。バスも車もオートバイも人間も牛もイヌもちょっとの隙間をみつけては突入。

「終点です!」でバスから放り出されてはみたものの、地図もないから立ち位置が掴めない。声をかけてきたタクシー運転手に「サイゴン川近く!30ドル!」と注文つければ「OK!OK!タウンセントラル!グッドホテル」の調子良い返事。けっきょく最後には50ドルくらいのホテルに連れて行くんだろう?と見ていたら、サイゴン川近くのミニホテルに到着。

フロント女性はすまなそうに「本日満室なんです」の返事。そのあと「少し待ってください」とどこかに電話して空き部屋があるかどうかを確認している様子。そして「ニューホテルの部屋が空いてるけれど、ここより少し高くて1泊45ドル朝食なしになります」。

私はこのニューホテルをホテルの名前だと思ったら、確かにNEW HOTELという名前だけど、なんと本日開店の新しいホテルで、「あなたが最初のお客だ」と言うじゃありませんか。なるほど入り口の豪華な花輪類は開店を祝うものだったんだ。フロントの準備も終わってないのが分かります。

最初のお客になるかどうか分からないけれど、とにかく部屋を見せてくれるか?とエレベーターで4階の部屋に上がってみると、フロアーでは職人がまだ工事中という有様。日本式に言えば、保健所や消防署の営業許可も得ていないというところだろう。

ワンフロアー3室の小規模なホテルで、窓からはサイゴン川も見える。これからホテル探しも面倒だから、もうイイヤ、決めちゃおう!

1泊40ドル朝食付き!
それと、ここまでのタクシー代はそっち持ちでどうだ!

相手は躊躇したようだったけれど「いいか!オレは日本ではラッキーマンと呼ばれているオトコだ!オレが最初のお客ということは、このホテルがこれから毎夜フルハウスということだ!」。私のメチャクチャ英語で相手にどのように通じたか分からないけれど、一応こちらの主張どおりに妥結。

ツインのベッド、貝殻風バスタブつき、そして、まだペンキの匂いの抜け切らない部屋。バックパッカーにしては不釣り合いのホテルにチェックインしたわけです。

開店準備中のホテルスタッフ
(日本人ではありません。ベトナム人です)

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これが、その本日開店のNEW HOTELの外観で、4階が私が泊まっていた部屋になります。


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マッ
相手は世界の超大国であるアメリカでさえも
「もう勘弁してくれ!」と音を上げたベトナム人民。
旅慣れたつもりの日本人が
値切った!ウマクやった!と思っていても
テキさんはもっと上手を行っていたかも知れません。
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でも
たまたま本日開店のホテルに
一番目の客として泊まったというストーリーは
けっこうオモシロイものがありました。

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