富士山に登ってきた
富士山に登ってきた。
夏休みの間に見た『富士登山募集』の新聞広告に、以前富士山に登ったのは、、、アレはいつだったか?と調べてみると2001年の夏休みで、ちょうど10年前のことになる。
富士山に登らぬバカ
二度も登るバカ
という言葉があるそうだがバカになってみようか。
10年前のあの初登山でさえ体力的にかなりキツイ体験だったが、10年老いたいま登ったらどんな感じがするだろうか?そんな興味から「ヨシッ!最後の富士山だッ!」と即決で参加申し込みしたのが今回の登山のイキサツだ。
そして、
富士山は見た目の優雅さと反対に、征服しようとする人間どもに対して厳しい試練を与えることを実感したのだ。
朝8時に西新宿を出たバスに乗り込んだ客は総勢18人。
意外にも初老の客が多く平均年齢は40歳超というところか。あとでわかったのだが最高齢は現役塗装職人だという74歳のジーさんで、このジーさんだってもちろん登頂成功。普通、2−3000メートル級の山に登るためには、ある程度の登山経験とそれなりの装備を要求されると思うのだが、日本最高峰富士山は軽いリュックに衣類と雨具を詰め、足許はスニーカーという重めのハイキング気分で登ることができるのだ。
富士登山に要求されるのは気力と体力ということになるかもしれない。
自分の限界を感じて登頂をあきらめるのも自由だし
自分の限界を意識しつつ挑戦するのも自由だ
まるで人生みたい。
さて、
首都高から中央高速へと渋滞も無く、富士スバルラインを経て富士山五合目に着いたのは11時。
その11時の時点でレストハウス前の広場はこんな混雑具合だ。目指す富士山は生憎の空模様で山頂はガスに隠れている。
昼どきの広場は、登頂を終えて下山し疲労困憊仮死状態のグループや、これからの登山を前にハイテンションのグループまでチャンポンになっている。
この5合目ですでに標高2300メートルだから、高地順応を兼ねてしばしの休養。麓からバスで一挙に登ってくるから、ここで体調の変化を覚えるひともいるらしい。その後出発を前にエイエイオー!と皆で気合いを入れたものの、平均年齢が高く、しかも数時間前に顔合わせしたばかりのグループだから、他のグループに比してシマリがないなぁ〜と内心ニヤリ。
そして、12時30分に頂上目指して出陣だ。
最初のアップダウンを経て、登山道全体が見える地点まで到達したころには、それまでメンバー同士で軽口を叩いて余裕を見せていたひとも無口になってしまった。先導するガイドは30分ほどユックリ歩くとしばし足を止めて休憩。トイレの心配したり、ときにはリュックサックを降ろさせたりしてメンバーのペースに配慮しているいるようだ。
天気が定まらず暑くなったり寒くなったりだから、雨具を着たり脱いだりのタイミングが難しい。汗をかいた肌が冷えていくのがわかる。この冷えた汗が体調を崩す原因になることもあるようだ。
ジグザグな登山道はカラフルな雨具の行列が途切れない。
出発地5合目から約5時間歩いた17時30分に仮眠場所の7合目山小屋に到着。標高約2800メートルのこの地点で早くも高山病を訴えるメンバーが出てきた。60代後半の男性だったがその後彼は嘔吐し、けっきょく頂上はあきらめて山小屋で休養して夜が明けたら一人で下山することになる。
高山病になると激しい頭痛と嘔吐に見舞われるそうで、下山するしか対処方法はないといわれている。こまめに水分を摂り、深呼吸をして体内に酸素を入れるのがなによりの高山病予防になるらしい。私は前回の登山経験でそのことを知っていたから、<ソー>で深く息を吸い<ハム>で息を吐く『ソーハム呼吸法』を意識して繰り返す。そのせいか高山病の兆候も表れなかったのが何よりだ。
山小屋で一息入れた後に夕食の時間。たぶんどこの山小屋でも同じようなものだろうが定番のカレーライスだ。
不足のひとは1回お代わりができるというので、もちろんお代わりする。10年前の前回のときの山小屋とは異なるが、コレより少なめのカレー一杯で「ハイ、夕ご飯終了!」と素っ気ないモノだったが今回は満足だ。
10年前の山小屋との大きな違いはもう一つあって、それは仮眠ベットのこと。三層の蚕棚状スペースにビッシリ詰めて休むのだが、前回の山小屋は登山客が互い違いに横になる、、、つまり私の頭の両隣に他人の足があり、私の足は誰かの頭の脇にあるというオイルサーディーンの缶詰式だったが、今回は一方方向の天日干しシシャモ方式だ。
2ヵ月だけのシーズンで1年分の儲けを上げなければならない事情は充分理解できるから、平地並みの快適さを求めるワケではないが、これじゃぁ、まるでタコ部屋以下だと内心憤ったものだ。
その10年前の経験を山小屋従業員に話すと、、、。
「あ〜、アレね〜、、、、モンダイになってね〜・・・・」
と言葉を濁したから、もしかすると、クレーム続発に山小屋組合(?)内で、お客に対してあまりにも非人間的な扱いをしていると反省改善したのかもしれない。
このように、10年前に泊まった8合目の山小屋で受けた待遇から比べれば、カレーのお代わりとか仮眠方法とか利用客へのサービスが格段に向上したようだ。
飲んで食べれば当然出るものも出るワケだが、登山道途中の山小屋にはトイレが整備されているから、通過のタイミングによっては混雑することを除けば、トイレのことはそう心配することはない。ただし維持費として200円の寄付だけは気分よく負担することにしよう。
山小屋で横になったものの、初めのうちは寒くそして暑くなり、人の出入りが気になったりして寝付かれるものでもない。誰かの豪快なイビキをBGMにヒツジの数を数えたりしているうちに出発の合図があって、22時30分に7合目の山小屋を出発して頂上を目指す。
5合目から7合目までは比較的整備された登山道だったが、7合目以降は溶岩が剥き出したままの自然道だった。そんなデコボコの道を岩につかまりながら『親知らず子知らず』。自分のことだけに集中して必死になって食らいつく。だから、もし恋愛中の相手の信頼度がもうひとつ理解できなかったら富士登山をお勧めしたい。困難な環境下で相手がとる態度によって自分への思いやりの濃淡が出ようというものだ。もちろん下山後別行動で帰宅ということになっても当方は責任を負わない。
さて、
ときどき上がる歓声は流れ星。オリオンの三ツ星が現れたり隠れたり、雨こそ降らないものの天候が定まらない。ゼイゼイしながら足下を見ると登山客の灯す光がジグザグに続いている。たぶん麓から富士山を見上げても頂上へ伸びる光の帯が見えることだろう。
「オレは何でこんなことをしてるんだろう」
7合目以降の登山道である岩山から、本来下山専用道路として整備された道へと入る。足下は平になったが登山の厳しさは変わらない。アッチコッチにグッタリとして休憩しているグループも多い。皆不眠の徹夜状態で歩いてきているからこのあたりが疲れのピークなのかも知れない。
「アノ赤いのが頂上の灯りだよ」
その赤い灯りまで、距離にすれば大したことないんだろうが
遠いこと
遠いこと。
頂上に着いたのは5時だった。
7合目の山小屋を出てから6時間半も歩いたことになる。
着いてからがまた大騒動で、、、、。
頂上の僅かな平地は人ひとヒトHITOもうひとつ人。
私たちのように今やっと頂上までたどり着いた者の行列と、これから下山しようとする者の行列で身動きできなくなっている。ガイドによればお盆休みのこの土日がピークで、1万人の登山客が頂上を目指しているということだ。牛歩で僅かづつ歩いているうちに少しは混雑も緩和されてきたようだ。
山頂東側にはご来光を待つ人々が何重にも座り込んで場所を確保している。下山に入った人たちは、途中の7合目8合目でご来光を仰ごうという計画のようだ。富士山になぜ登るのか?と問われれば、登頂の達成感を味わいご来光を仰ぎたいということになるのだろうが、この天気ではご来光はムリのようだ。
時おり東の空に太陽がボンヤリ見えることもあるがご来光とは言い難い。
グループでお鉢めぐりの計画もあったのだが、ガスのためルートもお鉢の底も見えないということで中止。しばらく山頂茶屋で休憩したあと長居は無用と下山を開始したのが7時30分だった。
登山は4:6で下りが困難だと言われるが、正にそのとおり。
家を出るときに1眼レフカメラをリュックに入れたのだが、その重さにビビってしまい、カメラは置いてきたのが大正解。あのまま担いで登ってきたら悲惨なことになっていただろう。
整備された下山道だが、小石を敷いた急な坂道だから滑りやすい。転倒して捻挫したのだろう、仲間の肩を借りてユックリユックリ下る人、靴を脱いで裸足になる人etc.皆必死だ。ナイキの靴底全部が剥がれてしまって靴ひもでくくりつけている人までいる。
5合目のレストハウスの屋根が見えてきて、もうすぐ到着だなと思ってから、いや〜遠いこと遠いこと。昨日の登山時には楽しかったゆるやかなアップダウンのキツかったこと。膝が大分疲れているのだろう、柔道でいうところの『ワザあり!』状の転倒を何回かしながら、どうにかこうにか下りて来た。
こうして出発点の5合目に辿り着いたのが10時30分。
7時30分に下山を開始したワケだから3時間を要したことになる。
頂上はまだガスがかかっている。
実は、頂上までの上り道は、10年前よりラクな気がして「オレもまだまだ耐用年数があるぜッ!次はキリマンジャロかチョモランマだぜ〜い」などと、苦しいながらも余裕を感じていたのだが、下り道になって「ヤハリ、、、トシだなぁ、、、」とスッカリ打ちひしがれてしまった。「膝が笑う」とはこういうことをいうのだろう。ガクガクだ。
最近、私のようないわゆる“団塊の世代”に登山ブームが起きているそうだ。それを証明するように、今回の「富士登山」参加者18人のうち、(調べたワケではないが)55歳以上が10人はいると見た。その18人の内17人が登頂に成功し怪我もなく下山できた。途中でリタイアした1人も独力で下山し、高度が下がったらスッカリ平常に戻ったそうだから主催した旅行社も先ずは安心というところだろう。
新宿を出発当初はよそよそしかった雰囲気も、帰るときには苦労を共にしたという連帯感から和気あいあい。「お疲れサマでした」などと酌をする間柄になっていたのだ。皆さん登山中にはおくびにも出さなかったが高山病の兆候が表れてケッコー苦しんだようだ。その苦しさがあったからビールがまた美味い!
そして、
とにかく、富士山に登れる体力気力のあったことが嬉しい。
富士山に登らぬバカ
二度も登るバカ
三度登るのはどう言うのだろう?
こんど10年後に3度目を挑戦してみようか。
今回、富士山頂はガスがかかって生憎の天気だったが、10年前に山頂で印象的な雲を見た。
(2001年8月富士山頂)
もちろん
ただの雲なのだが
私は龍神様が現れたと今でも思っている。
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