2011年11月30日 (水)

日本を捨てた男たち/水谷竹秀/集英社

1)用事を済ませようと道を歩いていたのだが、

 途中でその用事が何だったのか忘れてしまいしばらく考えていた。

2)借りてたビデオを返しに行こうとレンタル屋へと歩いていたワケだ。

 TUTAYAに着いて気がついた。

 返すべきビデオを持っていなかったことに。

3)手紙をポストに入れようと手に持って部屋を出たのはイイんだが、

 なぜか?

 その手紙を自分の郵便受けに入れていた。

・・・・・・・ボケ、、、たかな?

道端に捨てられていた人形

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最近読んだ本

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日本を捨てた男たち
水谷竹秀

集英社
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居場所を失った日本を捨て、彼らはフィリピンへ飛んだ。
待っていたのは究極の困窮生活。
しかし、フィリピンは彼らを見捨てなかった。
2011年第9回開高健ノンフィクション賞受賞

東南アジアに沈没してしまった男たちのルポルタージュとしては、最近だと『老いて男はアジアを目指す』があって、書かれた男たちと同世代の私としては身につまされる思いをしながら読んだのだが、これは、そのフィリピン版だ。

アテとフンドシ寝てても外れる、、、、

フィリピンに渡ったはいいが、有り金使い果たし(最初っから有り金なんか無かった男もいる)、日本に帰るに帰れず、現地人のユルイ気性にすがって極限の生き方をしているという、タイトルは『日本を捨てた男たち』となっているが、“日本を捨てた”のではなく、むしろフィリピンで“日本に捨てられた”経済大国の男たちがテーマ。

私なんかも、チョコチョコ東南アジアあたりを遊び歩いていると「永住先を探してるの?」などと訊かれることもある。私の場合は、こんな日本の社会情勢を見ると逃げ出したいと思うこともヤマほどあるが、あくまでも、ヒモの端っこを日本に固くつないだままにしてプ〜ラプラと浮遊している凧の身分が気に入っている。

というワケで、

こんどインドに行くのだが、先日インド仲間4人で『シリ・バラジ』という南インドの神様の名前を冠した南インドのカレー屋で会い、インドトークで盛り上がった。。

シリ・バラジという神様の像

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中目黒『シリ・バラジ』のカレー

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最初にインドに行ったのは1972年。会社員時代有給休暇を利用した、交通公社主催の今では懐かしい響きのLOOK。何の不自由もない殿様旅行だった。

2回目のインドは1973年。会社を辞めてリュックを担いでの、今でいうバックパッカー。このときの旅は、ネパールだセイロン(現在のスリランカ)だ中近東だサハラ砂漠だとのロングウェイ。ケニヤのモンバサから船で性懲りもなく再びインドに入り1年半かかって日本に帰ってきたワケだ。

ロングウエイは終わったと思ったら、日本に帰ってからが本当のロングロングロングもうひとつオマケにロングウェイが待っていた。

犯罪を犯したり借金を踏み倒して逃げ回ったりこそしなかったが、自分で呼び込んだであろう4989をどうにかこうにかやり過ごし、3回目のインドは1999年。『サイババ・インタビュー確約ツアー』というアゴアシサイババつきの不思議な旅だった。

インドなんてどうしようもない国だと思いながら、若いときから、ちょっとモノ忘れを自覚するこの年になるまで、インドのことがアタマから離れないまま何十年も生きていた。その最たるものが『街のオーム』シリーズだ。

どうしてこんなにインドが気になるのだろう。

その理由がこの旅で解るだろうか?

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『印度には呼ばれる者と呼ばれない者がいる』
なんて、そんなモン信じるもんか!
と言いながらも
印度伝説の残りカスがまだ自分の中にあるのが
ちょっと
恥ずかしい!!!
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チャンチャン!
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2011年11月11日 (金)

小津安二郎大全集

2011年11月11日(金)

111111と1並びの珍しい日、ようやく初冬という感じ。

朝からの雨空に押し入れから電気ストーブ引っぱり出しての冬支度だ。

めんくい党総裁としては、こういう寒い日はやっぱりラーメン。

下北沢餃子屋のラーメンランチ也

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醤油味のおいしいラーメンをい食べたあと、茶沢通りディスクユニオン隣の古書店へ。

ブックオフのように何でもかんでも棚に並べようという方式とは違い、店のオーナーのポリシーを強調した品揃えにサブカルファンとしては安心できる店だ。

DVDセットを見つけ「レンタルするより安い!」と購入。

小津安二郎大全集 9枚セット也

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こういうユッタリとしたテンポの映画が
ミョーに心にしみるこの頃だ。
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2011年11月 4日 (金)

満来情報

かつては高島屋のビルだけだった二子玉川だが、二子玉川駅の西側の再開発も完了。今では東急王国の威勢を示すかのごとくビルビルビルになってしまった。田園都市線246を挟んで東急王国と高島屋が対峙する風景だが、そんな開発の流れに取り残されたまま昔の面影を維持するのが高島屋裏の商店街だ。その商店街の入り口にあるのがこのラーメン屋。

博多 濃麻呂

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店名は『博多こくまろ』と読ませる豚骨ラーメンの店なのだが、あまり豚骨トンコツ臭のしないアッサリした味がケッコー気にいっているのだ。

博多濃麻呂のネギラーメン

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『セレブな街』とかナントカ、見せかけのきらびやかさに覆われた二子玉川と、物置き場を急ごしらえに改装したようなザツな作りの博多濃麻呂のアンバランスが面白い。

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さて、いつもいつもオームネタばかりでアキがきたので、にっぽんめんくい党総裁としての本来の職務に戻り、ラーメンネタをアップしたところ、読者からこんな投稿があったので紹介いたしましょう。

<エアジンさま>

『満来』というから、小田急線豪徳寺駅の安いので有名な『満来』かと思いました。
私が高校生の頃からーーって、何千年前か?値上げしない店で、ラーメンよりもコーラのほうが高いのです。この豪徳寺『満来』の大旦那、確か98歳とか99歳とか100歳とかでボーリングのチャンピオン、そんでもって一日一回は店に顔を出します。ちなみにエムさん夫妻も常連です。

今、厨房を仕切っているのは、イースター島のモアイみたいな兄ちゃん。高校生の頃、よく隣の純喫茶(今はネパール料理屋)で、いろんな大学の学生+『満来』のモアイ兄ちゃんとダベっていました。そうしたら、この間、呼び止められて、「あれからどうしてた?」と、意味深な質問に絶句。

ぜひ、そのモアイにおじいちゃんのこと聞いてみてくださいな。

テレビでも紹介されたからご存知かもですが、未見でしたら、ぜひ一度!なつかしのしょうゆ味です。

西新宿小田急ハルク裏ラーメン屋の『満来』極厚煮豚をネタにした記事への反響なのだ。なるほど、投稿氏が若年のみぎりブイブイいわせた小田急豪徳寺駅にも『満来』という名のラーメン屋があって、何千年前から値上げしない珍しい店だというワケだな。

知ってしまったからには

にっぽんめんくい党総裁としてはリサーチしなけりゃ!

行ってきました豪徳寺。

豪徳寺駅改札を出ると迎えてくれるのが招き猫。
ここには招き猫の由来となったお寺があるのだ。

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マックのすぐ裏側に目指す『満来』はある。

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西新宿『満来』の近代的ビルとはケタ違いの
いかにもラーメン屋というたたずまい。

壁のメニューを見ればラーメン専門店ということでもなく、定食があったり、カレーライスがあったりの街の中華屋。店のイメージとしては、カレーライスを頼むとスプーンを差した水コップが出てきて、備え付けのソースをかけて食べるというイメージ(本当はどうかわからない、あくまでもイメージですよ!)

ラーメンは確かに超安200円だ。そしてコーラも200円なり。

投稿氏によれば「確か98歳とか99歳とか100歳とかで」の大旦那が店に出ている日もあるらしいが、あいにくこの日は「イースター島のモアイみたいな兄ちゃん」が厨房にいる。兄ちゃんといっても70歳というところか。イースター島のモアイとどうしてつながるのか投稿氏の感覚が理解できないが、元首相の村山さん並の眉毛をもつ異形だ。

そして本日は不在の大旦那だが、調理師免許の証書から素早く年齢を計算すると今年100歳になる模様。

「祝100歳」の写真だ。

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氷川きよしとの記念写真を眺めながら、もしかするとSK学会つながりか?などと余計な詮索していると、やってきました200円ラーメンが。

豪徳寺『満来』のラーメン(大盛り300円)

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ナルト、ノリ、チャーシュー、ホーレン草の正調醤油ラーメン。

村山富市さんとしてはこの数年来のラーメンブームなどに興味などないのでしょう。別に味の研究をしようなどという気持ちも起こらず、現100歳の父親から引き継いだ味をそのまんま維持しているだけ。

お金のないときの食いものとされたラーメンだが、今ではトッピングなどとイイ気になって具の追加などをすると恐ろしく高い食べ物になってしまうのが現代だ。そんな時代のナガレに目もくれず豪徳寺『満来』はあくまでも“我が道を行く”。

ムカシは支那そばといって、こんな味のラーメンが主流でしたね。

店内といい
味といい
ミョーにレトロで
お客もレトロで
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マッ!
コレはコレで
世界食文化遺産に登録の価値があるラーメンだ。
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2011年11月 2日 (水)

満来のチャーシューラーメン

清々しい秋晴れの続く東京。

と、なると“めんくい党”総裁となると我らの季節到来と張り切ってしまうのだ。

旅行を前に新宿駅西口のキヤノンSCにカメラのメンテナンスを依頼してあったのだが、出来上がったので引き取り。その帰りに小田急ハルク裏の“満来”でラーメンを食す。これまで何回か紹介した、同じく小田急ハルク裏の“ほりうち”はこの“満来”の番頭さん格だったひとが独立して開店したもの。だから味もチャーシューのボリュームもまったく同じなのだ。

同じ味のこの2店の距離は30mくらいのもの。詳しくは解らないが、感じとしては「円満ノレンわけ〜友好店同士」というワケにもいかず、いわば競合店と見ている。

“満来”の店内はラーメン屋というよりは、檜をふんだんに使った高級寿司店の内装。ちょうど昼飯どきとあってカウンター15席は満席で順番待ちが10人くらいだったろうか。席の空くのをまちながらピッカピカの厨房で無駄のない動きのスタッフをみているうちにすぐに順番がくる。

“満来”のチャーシューラーメン

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ごらんのように極厚チャーシューというより煮豚。

満来ビル

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アゴが痛くなるほどチャーシューを食べて、次のお客さんに席を譲るために速攻で店を出て改めてビルを仰ぎ見ればMANRAI BLDG.のエンブレムだ。

以前の木造の店の時代に稼いだんだろうな〜。

先代はエライかったな〜。

私は他人様が働いて儲けた成果を見ると嬉しくなるのだ。

チャーシューで窮屈なお腹をさすりながら紀伊国屋書店まで歩き地図を買ってきた。たぶん、インドなんて40年前の地図が通用するだろうと思えるのだが、いちおう新しいヤツを揃えておこう。

南インドエリアの地図

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バンコック経由ムンバイ行きの飛行機なのだが
バンコックの洪水騒ぎは収まるんだろうか。
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2011年10月29日 (土)

西葛西のオーム

西葛西がリトルインドとなりつつあると聞いたことがある。インドから来日したIT技術者がなぜか西葛西に集まるようになり、それによってインドレストランなどが多数開店したのだという。

そんなハナシを聞くとインド好きとしては一度探検に行きたいと思っていたのだが、やっと本日行ってきた。『ディワリ』というインドのお祭りが開催されたのだ。

『ディワリ』西葛西会場の告知ポスター

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『ディワリ』の詳しい謂われについてはWikipediaで調べてもらうことにして、会場に入るとすでにダンスグループのパフォーマンス中。

特設ステージ

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出番前に神に祈る毛深男ダンサー

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昼飯はこのマサラドサ

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5店くらいの出店の中で、マサラドサの店はガラ空きですぐに食べれたのだが、エラく長い行列ができている店が一軒ある。全長100メートルくらいだろうか。

どうやら地元西葛西の『スパイスマジック・カルカッタ』というインドレストランのテントだそうだ。

愛想の良い『スパイスマジック・カルカッタ』のマダム

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テントの裏に回ってキッチンの様子を見ていると何かミョーなものを作っている。粉をこねて窯で焼くのだがナンとは違うようだ。マダムに訊くと、チーズを包んでナン風に焼きハチミツをつけて食べるのだという。

名前はそのまんまチーズナン

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ここまできたら、例によって例の如し、お待ちかねのオームです。

こんなところでも出会ってしまったハレクリシュナの青年だ。

「ハレクリシュナ!オレ今度インドに行くよ」

「オー、それはスバラシー、こんどハレクリシュナの教会にも来て下さい」

ハレクリシュナのオーム

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プレゼントされた本。

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マサラドサと甘いチーズナンを食べて
ちょっと胃にもたれる感じ。

二冊の本を背負ってリトルインドから引き上げてきた。
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2011年10月18日 (火)

麺ジャラスKは営業中だった

相変わらずプロレスラー川田利明のラーメン屋麺ジャラスKをキーワードにしてアクセスする人が多い。

麺ジャラスKについてはこれまで2回ほどネタにしてきたのだが、1回目はプロレスラーがラーメン屋(ご本人はラーメン専門店ではないといってるらしい)を開いたという記事。

芸能人やスポーツ選手の名前を冠した飲食店というと、ただの名義貸しというのが相場らしいけれど、川田利明はマジだぜ〜!!!だって、自分で厨房に入ってるんだから。それにしても、プロレスラーとラーメン屋、どちらも中途半端が許されないハードな仕事を両立できるんだろうか?と余計なお世話の記事が1回目だった。

2回目はそのラーメン屋が閉店したようだという記事。

店の前を通りかかるといつも閉まっているし、駐車場はゴミやら落ち葉が散乱、店内を伺うとビニールシートで窓を覆っていて営業中の気配も感じられなかったので、てっきり閉店、、、つまりツブレたと思っていたわけだ。やっぱり二足のワラジはムリだったかというのが2回目の記事でした。

トッ!ところが、先日前を通りかかったら、ナッ!ナンとチャパティ!

看板の明かりも灯り、店内にはお客さんの姿もチラホラ!

あ〜、、、そうか、、、いつも明るい時間とか、たまたま定休日の時に通りかかったから店が開いてなかったんだ!

もしかすると「川田利明の店はツブレた!」という私の記事を真に受けた川田ファンもいたかも知れないので、この場で訂正したい。

川田利明
麺ジャラスK
健在なり。


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さて、

力道山の時代から熱狂的なプロレスファンだったが、最近のプロレスはどうなっちゃってるんだろう。東京スポーツや日刊スポーツの記事にもなりやしない。

そんな寂しい思いのする昨今だが、拍手喝采のDVDを買った。

DVDでよみがえる闘いのワンダーランド
燃えろ!新日本プロレス
至高の名勝負コレクション
Vol.1
集英社
880円

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アントニオ猪木vsハルク・ホーガン
アントニオ・猪木Vs前田明
アンドレ・ザ・ジャイアントvsスタン・ハンセン
タイガーマスクvs ダイナマイト・キッド

YouTubeには断片的にアップされている試合だが、プロレスが最もアイデアに富んでた1980年代のころの記録だ。

思えば
これも
バブルの時代に咲いたアダバナというような気もするけれど
マジで熱狂していたんだよなぁ。
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最近はこれほど人を騙す仕掛けのないのが寂しい気もします。
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2011年10月 1日 (土)

新宿ほりうちのチャーシューラーメン

カメラのセンサーが汚れているのが気になって、西新宿のキヤノンサービスセンターに持ち込んだ。約2時間ほどで作業終了。他にも色々チェックしてもらって税込み1050円。キレイになってあ〜あスッキリした。

その作業をしてもらているあいだに、エプソン、ペンタックス、ニコンとギャラリー巡り。やはりプロとアマチュアの作品では迫ってくるものが違うということを実感する。

久しぶりに小田急ハルク裏のほりうちへ。

ほりうちのチャーシューラーメン。
1300円なり。

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この分厚い
チャーシューというか煮豚。
いかにもカラダに悪そうだということがわかる。
ワルいは承知で貪り喰い完食!
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ラーメンが嬉しい季節だ。

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2011年9月28日 (水)

ラーガ/ラヴィ・シャンカール

“怒濤”のナマステ・インディアも終わり代々木公園エスニック・フェスティバルもオヒラキ。何か国かのお祭りに顏を出したが、やはり日本との経済的結びつきの濃淡により、催しの規模にも差がありましたね。

ナマステ・インディアのプログラムの中には民族舞踊音楽とともに、「インドのITを語る」という講演も組み込まれていて、講師はインド有数のIT企業の日本法人の幹部。インドはなぜIT大国として発展できたのか?から始まり、日印はパートナーとして連帯できるというまとめ方でした。

その講演者の若林さんは、自分の勤務する会社の会長(インドでは億万長者番付上位に位置しているらしい)がいかにLOOK JAPANの親日家であり、質素な暮らしぶりをモットーにしているか?というハナシをしていたのだが、、、。

それによると、その億万長者の会長の愛車はカローラ。出張で来日すると、国内移動は正確安価安全の理由からJRという合理性。ホテルはネットで調べたエコノミーなホテル利用と徹底しているのだといいます。

かつて自分が勤務したアメリカ企業の幹部の日本出張にはリムジンでの待機を要求され、高級ホテル利用の接待旅行が当たり前だっただけに、インド人会長の清貧に接して驚いたといいます。

勤勉実直なインド人の資質と、人材教育に力を入れたことがインドIT産業の成功に結びついたのであり、日本の発展にも共通しているというのが主題の講演だった。

日本人としては、こう手放しの日本礼賛ハナシを聞くと、誇らしい反面、面映い気もしているうち講演は終わったワケだ。

その講演が終わったあと屋台村の飯屋を物色していると、さっきの講演者の若林さんを見かけたので、不躾にも声をかけた。

「アノー、、、

さっきの講演の中で、

会長さんが自分でネットを使って調べ、

予約した安いホテルというのはどこのホテルだったでしょうか?」

「丸の内ホテルです」

と若林さん。

「丸の内ホテルですか。あまり安くもありませんね」

と私。

「ネット環境だとか、ある程度の設備が満たされたホテルが必要なんですよネ。でも・・・・高いといってもシングルルームですよ」

と若林さん。

「インド億万長者の会長さんが出張で来日するときは、カプセルホテルとかユースホステルに泊まるというようなハナシのもっていきかただったら笑ったんですが・・・」

と私。

この機会にインドの現状についてもっと教えてもらうことがあったはずなのに、この程度の質問でウケを狙いたいというのが、私のレベルなのです。

失礼しました若林さん。

自己嫌悪に陥りながら昼飯を食べて、

会場からそそくさとズラかってきた

ナマステ・インディア2011でした。

野菜ビリヤニと鶏モモ焼き。

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ナマステ・インディアのインドつながりでこんなDVDを入手した。


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Raga
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RAVI SHANKAR
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A FILM JOURNEY INTO THE SOUL OF INDIA

今年91歳になるラヴィ・シャンカールのバイオグラフィー的映像作品だ。

オープニングの映像は伝説のモントレー・ポップスフェスティバル。あのギター火付け男のジミ・ヘンドリックスさえシタールの音に瞑目して聴き入った、ラビ・シャンカール衝撃のアメリカデビューの映像だと思う。

かつての音楽の師に駆け寄り御足にパダナマスカールするラヴィ。そしてラヴィを師として敬うミュージシャンたちとのセッション。もちろんジョージ・ハリスンもいる。

これまで、ラヴィ・シャンカールの映像についてはだいぶ観たつもりでいたが、未試聴の映像が多く含まれている。

ときおり挿入されるベナレスあたりの景色を見ると、インドに行きたいなぁとの思いが強くなってきた。

私が初めてインドに行ったのは40年前になる。
現在はIT大国といわれるようになったらしいインドだが
40年前に会ったチャイ屋のオヤジやそのセガレが
現代でも同じ街の角で時間が止まったままのように
チャイを作っているのではないか。
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それほどIT大国が信じられない気持ちなのだ。
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2011年9月23日 (金)

大盛りバンザイ

台風が過ぎ去って一挙に秋模様の東京だ。

先日顔見知りの写真家が言っていた。彼が子供を連れて国内のさるホテルのプールで遊んでいて、子供の写真を撮ろうとカメラを取り出すと、プール監視員が寄ってきて「プール内撮影禁止」だと制止されたそうだ。

「なんで、自分の子供の写真を撮ってはいけないの?」

その写真家はイカってましたね。

そういえば、キヤノン銀座のショールームでレンズを借りて試し撮りしようとしたとき、係の女性が言うには店内を撮るときには他のお客様の顏は写さないようにという注意があったっけ。

さて、

キヤノン銀座から銀座マックに寄り、その後腹ごしらえに高速道路下の和風スパゲティの店ジャポネに行ってみると、ちょうど昼時とあって25人ほどが行列を作っている。先を急ぐ身でもないから順番待ちで列の最後に並んだワケだ。列は段取りよくだんだんと前に進んでいったのだが、やがてカメラを首から下げた紺スーツ姿の男が現れてお客さんに挨拶を始めた。

「毎日新聞の○×と申します。社長さんには了解をとっておりますが、取材のために訪れておりまして、店内の写真を撮らせていただきます。もし顏が出ては困るという方がいらっしゃったらお申し出いただきたいと思います」

丁寧な挨拶だったが、皆食べるのに夢中でシカトの無反応。

勝手に撮れば!という感じ。

毎日新聞の○×さんは何回かシャッターを押し、カメラのディスプレイをチェック。

主に行列で順番待ちの何人かの顏が写っているらしく、それらのお客にディスプレイを提示して、この写真を記事に使っても良いか?と了解を得ている。

私の顏も写ってるそうで私にも訊いてきたから、写真を趣味としている私としては無条件で承諾。こんな顏で良かったら好きなように使ってくれ!ダ。

なるほど、こんなふうに了解をとっておかないと、中にはクレームが趣味のヤツがいたりして、あとで面倒なことになる場合もあるんだろうなと納得。

このように肖像権とかプライバシー保護などのカラミがあって、個人が特定されるような写真はうるさくなってしまった。私のような“街歩き撮り”専門の者にとっては気をつけなければならないなぁと実感したジャポネの体験だった。

それでジャポネの一件など忘れていたのだが、

きょうそば屋で飯を食べていると、

毎日新聞が置いてあるのに気がついた。

「もしかすると、あのジャポネの写真が記事になっていたかな?」

そう思ってそば屋の奥さんにことわって、棚から数日分の毎日新聞ひっぱりだしてチェックすると、、、、。ありましたね〜。

  メタボだ何だと言われようが

  大盛りで人気の町の食堂

というような「食欲の秋」特集だ。

2011.09.21(水) 毎日新聞夕刊

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このように、私も全国紙に顏が載ったりする栄誉に浴したワケだ。

私がそのときに食したのは
明太子スパゲティ
大盛り

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炭水化物の食べ過ぎはカラダに良くないというのは
わかっちゃいるけど



やめられない。

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2011年9月 4日 (日)

ブラジルフェスタのオーム

なでしこジャパンがワールドカップで優勝したというニュースは、バリ島クタのネットカフェで時間を潰していたときに知ったのだが、本国でこれほど大ニュースとして扱われているとは思いもしなかった。正に“なでしこフィーバー”といってもよいくらい、スポーツ新聞ではその動向が“箸の上げ下げ”まで報じられているありさま。

テレビを見ていると、解説者と称する元サッカー選手の露出も増えてきている。

このヒトたち、、、、、
これまで汗まみれだったその反動が一挙に現れたようで、、、
皆さん、、、


なんか風俗嬢みたい。

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たしかに右を向いても左を見ても明るいニュースのなかった日本だけど、女子サッカーで盛り上がるフリしなければならないというのも、情けなくって侘しく思う。

さて、

毎年9月になると渋谷代々木公園は一挙にエスニックモード。今日はブラジルフェスタだ。私はいつも『街のオーム』ネタを求めてカメラ下げて出かけるのだが、初っぱな、こんなオトコに出会ってしまった。

じつにリアルなマネキンを抱く男。

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そのオームだが、、、、。

路上で店開きしていたハレ・クリシュナ。

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「本を買ってくれない?いくらでもイイよ」と迫るハレ・クリシュナ。

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船堀の集会場の地図をくれたハレ・クリシュナ

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他人のイベント会場内で布教活動中のハレ・クリシュナとセッションを楽しんだあと会場内をひと回りすれば、、、。

こんなオームもいたし

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オームパンツはいたムスメさんを見つけ、ブラジル人だと思いポルトガル語で声をかけたら、、、。

ワタシ日本人です!

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イヤー・・・ てっきり日系ブラジル人だと思った!会場に馴染んでますね〜!

と、お互いに大笑いしたワケだ。

ザッと流してとりあえずオームも採取できたんでフェイジョアーダで腹ごしらえして帰ろうとしたら、


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オー!まだいたぜ!ハレ・クリシュナの残党が。

きょうはラーダ妃(クリシュナの彼女)の誕生日だという男。

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フェイジョアーダ
シェハスコ
カポエイラ

ハレ・クリシュナとは正反対に
肉食系気分充満の代々木公園でした。

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