2008年7月 3日 (木)

レコファンのオーム

真夏日のような一日でした。

今日はたまたま有給休暇をとっていたので、ユックリ朝寝をしてからスイミングプールへ。ウイークデイのプールは平均年齢60歳超ジジババのオールスター。皆さんまぁ元気なこって!私もジジババにまじってふだんよりユックリ目に1000m泳いで30分ほどの水中ウォーキング。体力気力ともに異常なし。こうして元気で泳げることに感謝感謝また感謝。

その後渋谷へ行きサミット警備のオマワリがヤケに目につく中を公園通りのMac渋谷店へ向っているとき我がメル友にバッタリ。

彼女とはたまたま今朝、

「ワシ、、きょうは有給とっていてこれからプールだもんね」

「アラマ〜ウラヤマシー!ワタシは仕事です」

などとメールのヤリトリしたばっかりだったので、こんなふうに遭遇したことにビックリ。昼休みを終えて仕事場に戻るところだという彼女。足止めしては悪いから「詳細はメールにて」と手を振ってのお別れ。

Mac渋谷店では2階のソフト売り場を物色し本を1冊買って帰ろうとしたら呼び止められた。ヤー!ヤー!ヤー!。彼は以前Mac銀座店にいた青年で渋谷店に転勤になったといいます。そうだったのか、彼が銀座店にいたときに彼からMacパソコンを2台買ったことがあって、操作方法などわからないことがあると直接教えてもらっていたのだ。iPhoneの情報など仕入れて、それじゃまた来るから!

今日は顔見知りに2度も会ってしまった。

世間は広いようで狭いもの、ウッカリできません。

公園通りから東急ハンズ向いの「レコファン」という中古屋へ。

ジャンゴ・ラインハルトの後継者といわれるチャボロ・シュミットを聴いて以来マヌーシュ・スイングの『チャッ!チャッ!チャッ!チャッ!』のリズムに凝っていて適当なCDを探しにきたもの。

やっぱりマヌーシュ・スイングといえばジャンゴ・ラインハルトというわけで、お手軽にベスト盤をゲット!

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さらに、チャボロ・シュミットのリズムギターとして知られるマンディーノ・ラインハルトの『ノート・マヌーシュ』も一緒にゲット!

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このギタリストは映画『僕のスウイング』にもチャボロと一緒に骨董品屋の役で出ていた人。

マヌーシュ・スイングのCDを2枚ゲットしたところで帰ろうとしたところ。

エッ!

ナニッ!

マサカッ!

レジに向っているとこんなCDが目についてしまった。

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渋谷レコファンというのは各ジャンル、CDからLPレコードと大量の中古在庫を誇る店。そんな大型店でですよ、、、。ジャンルからいうとヘビーメタル系(らしい)の、私の趣味からいっても絶対にチェックしないコーナーのその最前列で、私が通るのを知っていたかのようにオームマーク入りCDが、ちあきなおみさんの『♪夜へ急ぐ人』風に“オイデオイデ”と手招きしているワケですよ。

  マイッタナァ!

たぶん聴くことはないと思うけれど“オームハンター”としては、思いがけずも見てしまったものは仕方ないからこのCDも併せてゲット!!!

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渋谷ロフト前からセンター街に抜ける路地に、値段が安いせいでいつも行列のできている回転寿司屋があって、その前を通りかかったら今日は行列もない。店内もだいぶ空席がある。以前の100円の時代を知っているけれど現在は120円になっていて、もしかすると値上げでお客が減ったのかな。

適当な席に座ると右隣りの4人組は若い韓国人旅行者。彼らと「アンニョンハシムニカ」しながら目の前を回る皿の領有権を主張したり譲り合ったりして面白がっていると、15人くらいのグループがドヤドヤと入ってきて、彼らもまたハングル語。

「このお店は韓国では有名なのか?」と4人組に訊けば、『地球の歩き方』のようなガイドブックに載っている店らしい。4人組には後から入ってきた15人の同国人による大声のハングルが気になるようでチラチラ見ている。

私にも経験があるけれど、外国で日本人は自分だけだと思っていたら、日本語の会話が聞こえてきてシラケたなどということはよくあること。たぶん彼らもそんな気分だったんではないかな。

「写真を撮ってくれるか?」とカメラを出してきたので彼らを撮ってやり、ついでに私のカメラでももう一枚。

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「竹島は竹島だ!独島ではない!」まさか彼らにこんなことは言いません。

「アンニョンヒカセヨ〜ハブ・ア・ナイス・トリップ〜日本を楽しんでいってくれよ』

空席があった店内もいつのまにか満席になっていた。ネタは薄くなり、シャリも小さくなり、その上値段は高くなったけれど相変わらず繁昌している。それにしてもこの回転寿司屋は、ハングルや中国語や英語が飛び交いヤケにインターナショナルだぜ。

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イヤハヤ、、、
有給休暇の今日は
知人2人に連続して遭遇するし
オームマークにもご対面するし
カムサハムニダもするし
笑える一日だったと寿司屋の外に出れば
渋谷センター街は
西日に照らされた新種の人類が
グツグツと煮立って
陽炎状に揺れていた。

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2008年7月 1日 (火)

僕のスウイング/チャボロ・シュミット

なんだかんだ言ってても

これで一年の半分は終了ということになりました。

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夏休みに母と離れて祖母の家で過ごす10歳の少年マックス。そこで耳にしたジプシー音楽に魅せられ、ジプシー居留区のトレーラーハウスに住むギターの名手ミラルド(チャボロ・シュミット)にギターを習いに行きます。授業料はフランス語の読み書きができないミラルドに代わって役所への手紙を代筆すること。

ジプシーのコミュニティに受け入れられ彼らの生活に溶け込んだマックスは、野生のような少女スウイングと知り合い、スウイングから自然の中でたくましく生きる術を教わります。それは都会育ちのマックスにはこれまで経験したことのない刺激的なものでした。

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やがて、マックスはスウイングに恋心を抱くようになり、彼女のことが気になってギターの練習にも身が入らず思い余ってミラルドに訊ねます。

ジプシーでない男と
ジプシーの結婚ってある?

マックスの悩みを察したミラルドは穏やかにこう答えます。

あぁ
時にはな

先日杉並公会堂で聴いた、マヌーシュ・スイングの大御所チャボロ・シュミットの出演する映画『僕のスウイング/監督:トニー・ガトリフ/仏2002年』は、 “少年のひと夏の出会いと別れ”を描いた名作でした。

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よくありがちなテーマと言ってしまえばたしかにそうだけど、なによりもスウイングとマックスの対比が素晴らしい。

マックスとつきあうことでスウイングは少しずつ女らしくなり、マックスはマックスで男らしくなっていく。どこまでが演出でどこまでが自然なのかわからないほど2人の演技は生き生きと画面から弾けてくる。

この映画はジプシーギタリストの天才ジャンゴ・ラインハルト没後50周年に合わせて制作されたそうで、もちろん音楽シーンもふんだんにあり、音楽ファンにとってはジャンゴの後継者といわれるチャボロ・シュミットのギタープレイを見られるのも感動もの。

ちなみに「ジプシー」といってひとくくりにしがちだけれど、実際には出身地によって細分化されて言語音楽などそれぞれが別の文化を伝承しているらしい。そして、私たち日本人には馴染みのあるジプシーという言葉は蔑称にあたるとして、最近ではロマという呼び方が使われているとのこと。

いずれにしても、1ヶ所への定住を拒否し幌馬車でヨーロッパ各地を漂流するという私たちのイメージするジプシーは、現代でもトレーラーハウスへと様変わりして続いているようです。

  マックスの恋の行方は、、、、、。

それはあなたが想像するような結末ですが、この映画はたんに少年の初恋物語に止まらず、ジプシーの生活を描いているのも興味深く、トレーラーハウスで暮らす老婆のナチ収容所での悲惨な経験を聞くことで、私たちは“流浪の民”ジプシーの受難を知ることができるのです。

それでは本日のひとりYouTube

1.ジプシーのトレーラーハウス内で繰り広げられるセッションシーン。
2.女学生にジプシー音楽を指導するシーン。

この2つをパクリましたのでご覧ください。

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ひとりYouTube

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ツゴイネルワイゼンコンプレックス?
を自覚している私の
最も弱い点を突いてくるメロディなのです。

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2008年6月29日 (日)

題名のない音楽会より

2008年6月29日(日)テレビ朝日放送
『題名のない音楽会』より
山下洋輔
怒濤の3連戦

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『ラプソディ・イン・ブルー』
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『サドン・フィクション』よりスイング
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『ピアノ協奏曲第3番
EXPLORAR 第3楽章』
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ひとりYouTube

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2008年6月28日 (土)

夢のラップもういっちょ/友川かずき

外回りの営業をやっていた一時期パチンコに凝ったことがあって、その日の行動計画をたてるにしても、会社提出の行動計画表とは別に「どこそこのパチンコ屋で勝負!」などと仲間内で示し合わせるほど入れこんだこともありました。

ヤクザなセールスマン仲間には出社すると銀行で両替した100円玉でズボンのポケットを膨らませてゲーム喫茶に直行、一日中ピコピコいわせてるヤツがいたり、麻雀屋から出社するヤツがいたりと、中途半端にハグレてしまった連中の中で揉まれてた時代もありました。

あのころからサラ金の取り立て問題はマスコミで騒がれていたけれど、とくに夜逃げすることもなくこれまで来れたのは「これ以上やったらダメになる」という自制心を持っていたというか、要するに小心者なのでしょう。

ギャンブルはハマッたのは一時期のそのパチンコだけで、それ以外には競馬競輪競艇などには全く無関心のままの20数年というワケです。

そんな私ですから、一競輪選手の動向など気にもとめなかったはずなのですが、この小さな新聞記事だけは「まだ現役選手だったのか〜」と読んでしまいました。私がなぜ無縁のはずの競輪の滝沢正光(48)という選手の名前など知っていたかというと、この人の名前が歌詞に入った歌を知っていたからなんですね〜。 

「競輪界最強」滝沢選手が引退
2008.06.28(土) 産經新聞

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詩人であり、フォークシンガーであり、酒飲みであり、競輪ファンでもある友川かずき(現友川カズキ)に『夢のラップもういっちょ』という歌があります。

♪夢ふたたび教えてくれたのは
ディランでもスプリングスティーンでもなく
朝もやを突いて走る滝沢正光
走ることでしかそがれていかないものの
沢山あることを知っている

滝沢正光様が走っている
あこがれゆく理由がそこかしこにある

この歌詞から滝沢選手の吐く息と筋肉の塊、疾風のごとく走り去る自転車の音を感じ取ることができます。競輪の世界などおよそ歌になりにくい景色に思えるけど、まだ夜の明け切れない朝モヤ漂う中を練習する滝沢選手の姿に偶然出くわし、友川かずきの体内に電流が走ったのでしょう。

ただし、突き抜けた電流はなかなか長続きしないのが友川かずきの複雑さ。一時期取り憑かれたように礼賛した対象物でも、ちょっとしたキッカケから平気で貶すようになるというのが詩人友川かずきの性癖ですから、コチラが歌の成立した背景に勝手にロマンを廻らしている間に「アカンベー!」していることも考えられます。

それでも、

♪あのひともいいひとだった
やれ このひともいいひとだった
それはクチをぬぐうようにラクではあるが

で始まるこの歌が好きなんですね〜、ときどき、ひとりで口ずさんでいる自分がいるのです。

こまかなことにチマチマして生きている自分対して、世間の目などにとらわれずに好き勝手に生きている友川かずきに大いなる憧れを抱きながらここまできているのです。

ということで、本日のひとりYouTubeは友川かずきの『夢のラップもういっちょ』を観てみましょうか。NHKの放送からのパクリです。歌だけでなく自虐トークの可笑しさもゼツミョーなものがあります。

アコーディオンの長畑雅人、ドラムスの石塚俊明が渋谷アピアでのレギュラーですが、このNHKバージョンは石塚俊明の欠けた編成。『頭脳警察』といえばNHKにはイロイロ因縁のあったグループですからトシの方から出演辞退したものか?NHK側から拒否されたものか?たんにスケジュールが会わなかっただけなのか?こちらのほうもイロイロ想像できる編成です。

それでは、異能のシンガー友川かずきの世界を味わってみてください。

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ひとりYouTube

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2008年6月24日 (火)

アレ〜、オームが逃げてく

すっかり忘れていたけれど中国では“聖火”リレーをやっていたんだ。

2008.06.22(日) 産經新聞

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ラサ厳戒の聖火リレー
北京聖火リレーが21日、中国チベット自治区ラサで行われ
ポタラ宮前広場では、記念セレモニーが催された。

こんなことで本番は大丈夫なのか?と言いたくなるような相変わらず隔離された中でのイベントで、いったい「何から何を守らなければならない」ということなのでしょうか?オリンピック本番が楽しみなようでもあり怖いようでもあります。

さて、

土曜日にチャボロ・シュミット・コンサートへ行く前に中野に寄り道してからのハナシです。

中野ブロードウェイ入り口にはサイババの写真を使った占い屋さんの案内板がいまだに残っています。サイババブームが去って随分たつけれどサイババのご利益はまだ続いているんでしょうか。

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中野ブロードウェイで私が行きたかったのは4階の『大予言』という古本屋。

しかし、、、、、。

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どうやら昨年の秋に閉店の模様。

この店は精神世界関係専門で一般の古本屋にはない品揃えで魅力だったお店。ここで貴重な資料をずいぶん手にいれたものです。ユニークなポリシーを持ったお店がまた一店減ってしまったのは寂しいことです。

『まんだらけ』の賑わいもかつてほどではないみたいで、オタクのナガレは秋葉原へと移ってしまったのかな?

そんなことを思いながら中野ブロードウェイを出てから中野サンプラザ前の中古レコード屋『RARE』へ。最近は欲しいと思えるブツもないけれど、中野に来れば一応覗いてみたくなるのだ。

民族音楽のコーナーで1962年にアメリカで発売されたチベット音楽のレコードを購入。

1260円なり。

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中央線中野駅から高円寺に向おうと下り電車に乗り込んだとき、

アッ!オームがいる。

大きなオーム マークの入ったハンドバックを持った女性がプラットホームを歩いています。

「写真を撮ろうか、、、、」

躊躇した一瞬の間に電車のドアが閉まって、

アレ〜、オームが逃げてく。

カメラを取り出す間もなく、目の前をオームマークがこれみよがしに通り過ぎていきます。そこらのエスニックショップで見かけるズタ袋風なザツなバックとは違う、作りのかなりシッカリしたハンドバックでしたね〜。

初めて見るオームだっただけに逃がしたオームは残念。

しかたないから、本日は高円寺仲屋むげん堂店頭のオーム画像をアップしてお茶を濁しましょう。

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こんなふうに
街のオームを求めて
目ん玉キョロキョロさせて
歩いているワケですよ。
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でも
探し物というのは
その気になって探しても
なかなか見つかるものでもありません。
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ホントの出会いというのは
偶然にこそあるようにも思えます。

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2008年6月22日 (日)

チャボロ・シュミットを聴いてきた

『マヌーシュ・スイング』というジャンルを最近になって知った。

ネットなどで断片的に知り得た情報を元に『マヌーシュ・スイング』を簡単に説明すると、

フランス北西部とベルギーに至るジプシー音楽と、アメリカから伝わったジャズが融合し1930年代に作られた音楽。音楽的特徴はリズムギターとベースの刻むリズムの上でリードギターあるいはバイオリン、アコーディオンがアドリブを繰り広げ、その代表的ミュージシャンがジャンゴ・ラインハルトということになるらしい。

ジャンゴによって確立された『マヌーシュ・スイング』はジプシー音楽独特のウキウキ感が、アメリカジャズにも逆影響を与えて広がり、現代でも愛好家は多いとのこと。ただし、“マヌーシュ”とか“ジプシー”という呼び方は民族差別的響きもあるために、最近では出身地域の“ロマ”をとって、『ロマ・スイング』と言い表す動きもあるらしい。

なるほどギターのジャンゴ・ラインハルトの名前が出てくれば、バイオリンのステファン・グラッペリの名前も出てきて、『マヌーシュ・スイング』の音がおのずと伝わってこようというものです。

2008年6月21日(土)マヌーシュ・スイングの現代の第一人者チャボロ・シュミット(TCHAVOLO SCHMITT)を聴きに荻窪の杉並公会堂へ行ってきた。

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TCHAVOLO SCHMITT
(チャボロ・シュミット)
ゲスト:渡辺香津美
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ジャンゴ・ラインハルト最大の後継者
マヌーシュ・スウイングの生きる伝説
チャボロ・シュミットが
新譜『セブン・ジプシー・ナイツをひっさげ、
待望の再来日!

杉並公会堂というと古くさいホールのイメージでいたけれど、いつのまにか建て直されてモダンなホールに生まれ変わっていて驚いた。そして日本では知名度不足だと思っていたチャボロ・シュミットのコンサート・チケットがソールド・アウト!というのにも2度ビックリ。

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ロビーではファンによるパフォーマンスが繰り広げられていてムードも高まります。

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当夜のチラシから転載するとこうなります。

世界が愛するマヌーシュ(ジプシー)・スウイングの生きる伝説、
チャボロ・シュミットが帰ってくる!
映画『僕のスウイング』に主演し、
ジャンゴ・ラインハルト・リバイバル・ブームを巻き起こしたチャボロ。
ザッザッザッと刻まれる心地よいリズム、
自由奔放な超絶技巧が炸裂するアドリブ・ソロ・・・。
愛すべきギターおやじチャボロが、最高のスウイング・ナイトをあなたに!!

チャボロ・シュミット(ギター)
コステル・ニテスク(ヴァイオリン)
クロディウス・デュポン(コントラバス)
サニー・ドーサ(リズム・ギター)
 ゲスト:渡辺香津美(ギター)
     クリヤ・マコト(ピアノ)

チャボロ・シュミットの個人情報は分からないけれど、スケジュールだとかコンサートの内容などには無頓着。ギター抱えて車に乗せられて運ばれてステージに上げられて、そこで初めて自分の演ることに気がつくという、よくいえば自由奔放豪放磊落、ワルくいえば無責任でいい加減・・・ホントのところは知らないけれどたぶんこんなところじゃないかな。ステージの進行はすべてバイオリンのコステル・ニテスクにオ・マ・カ・セという感じ。

そのあたりのルーズさがジプシーなんだよ!というのは私の偏見か?

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でも好きですネ〜このユルさが。

な〜んも考えてないようで、ソロパートになれば「ヤルときはヤル!」てなもんで、正確無比リズムボックス風ベースとリズムギターの上で超絶技巧の早弾き選手権。「これがオレたちの音楽なんだ!」という自信に満ちた演奏には圧倒される思いでした。

日本側ゲストの渡辺香津美とクリヤマ・マコトは各々2曲ほどセッション。

たぶん入念なリハーサルなどしたとも思えないけれど、渡辺香津美はどんなスタイルの音楽にも対応できる日本最高のギタリスト。チャボロと香津美さんは同年齢(香津美さんが1歳年上)だけどチャボの土着的フレーズと香津美さんのモダンなフレーズに両者の育ったフィールドが感じられます。

もうひとりのクリヤマ・マコトについての予備知識はないけれど、長い間海外での演奏経験をもつピアニストのよう。ヴァイオリンのコステル・ニテスクが「マイ・フレンド!クリヤマ・マコト!」と何回となく紹介してたところをみると両者は共演経験もありそうで、そんなことからクリヤマ・マコトはチャボとの共演というよりはヴァイオリンとの共演というところかな。

それぞれがそれぞれの持ち味を発揮した久しぶりのアコースティックなギターセッションを堪能。世界には聴くべき音楽がまだまだヤマほどあることを思い知らされた夜でした。

それにしても、知名度不足だろうと思っていたこんなバンドが、1200席のホールをソールド・アウトにしてしまうんだから、あらためて進取の気性に富む日本人の姿を垣間みたようでもありました。

渡辺香津美のゲスト出演は
この一夜限りだったけれど
たぶんチャボロ・シュミットは
ギタリスト渡辺香津美の名前も覚えてないだろうな。

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それでは
きょうのひとりYouTube
本家のYouTubeで見つけて
iPodに送った
『マヌーシュ・スイング』
の楽しい動画を貼り付けましょう。


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それにしても
マヌーシュ・スイングのリズムは
レゲェのリズムと同じで
聴き続けると
ヤミツキになりますネ〜
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2008年6月20日 (金)

中山つながりで、、、、。

中山可穂さん→中山康樹さん、、、と中山が続いたところで、

中山つながりでもう一人、中山ラビさんネタでいきたい気分です。

ヤフーのネットオークションで『中山ラビ』を見てみると、出品物も減っていて、オマケに応札者もゼロ。コレクターが食指を動かす珍品はだいたい出払ってしまった感じがします。

私がネットオークションで手に入れた中山ラビ関連で一番の珍品と思われるのがコレ。

ラビさんの45回転EPレコードです。

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片足ジャック/エントツとけむり
中山ラビ

数年前にいちどオークションに出たことがあって、そのときはたしか2万数千円までいったところでバカらしくなって途中下車。「もう出品されることはないだろうな?」と思っていたら数ヶ月前に再出品されていて、1万円までは出すつもりで競り合ったらけっきょく7000円ていどで落札という商品。これでラビさんのレコードコレクション完了というワケ。

このシングルレコードはラビさんのファーストアルバム『私ってこんな/ポリドール』からシングルカットされたもので、かなりレアなブツのはずです。

ファーストアルバムが発表されたのが1972年ですから、ラビさんもデビュー35年になってしまうんですね〜。途中休養期間があったにしてもこれほど長い間歌い続けることになるなんて当人も思ってなかったんじゃないでしょうか。

そのラビさんが、デビュー当時のこと、経営するほんやら洞のことなどを語っているのがこの雑誌。

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analog
2008SUMMER
vol.20
20号記念号
音元出版

このanalogという雑誌は読んで字のごとく、ディジタル主流の現代にあって、あくまでもアナログレコードに執着するファンにオーディオ機器などを紹介する雑誌。

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詳しい内容については『雑誌を買って読んでくれ!』ということにして、わずか2ページの記事にすぎないけれど、これまで覆ってたこともさりげなく告白しています。

ディジタルでない、アナログという雑誌のフィーリングがラビさんの感性に合っていたのか?それとも同じくボブ・ディラン信奉者でシンガーである構成 者の和久井光司との相性が良かったのか?リラックスしている様子で、読んでるこちらも70年代にタイムスリップして懐かしい気分になりまし た。

『♪ひとは少しずつ変わる』

かつては『女ボブ・ディラン』とか『アングラ・フォークの女王』などと呼ばれたラビさんも、あれから30数余年を経て『ねんきん特別便』の届くおトシになった今、過去のできごとを淡々と語れるようになったんだとな〜と興味深く読んだ中山ラビインタビューでした。

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2008年6月19日 (木)

ジャズメンとの約束/中山康樹

以前、西新宿地下広場でオマワリに連続して職質受けた顛末をこのサイトにアップしたことがありました。オマワリの職質で重大犯人が捕まったり、事件の発生を未然に防げることもあるだろうから、職質のすべてを否定するものではないとアタマでは理解しても、イザ自分が当事者になると気分の良いものではありません。

ましてや、事務用小型ナイフやドライバーを所持していただけで警察で調書を取られたり、オマワリに職質件数のノルマが割り当てられて、ノルマ達成のために応対しやすい風体の通行人を選別して声をかけているなどということを知ると不愉快さが倍加します。

私の場合はもちろんオマワリに口実を与えるようなモノを所持していたこともなく、2回の連続職質を『オマワリWセッション』などと、ブログネタ収集経験とオモシロがる余裕があったけれど、職質を拒否して振り払った手がたまたまオマワリに触れて「公務執行妨害!」となった事例もあるそうだから油断できません。

数日前からこの『オマワリWセッション』へのアクセスが増えたのを不思議に思っていたら、この章が2チャンネルのどこかで紹介されているらしい。どうやら秋葉原でのあの事件以来オマワリによる職質が増えていて、“アタマにきた”職質体験者がオマワリへの不満をブチまけ、職質への対応策を考えようという書き込みの中で、私の経験もひとつの参考例として紹介されてリンクを貼られているらしい。

書いた当人としてはいつ頃のハナシだったのかも忘れてしまっていることだけど、2チャンネルで紹介されていることが光栄なことなのか?迷惑なことなのか?複雑な気分です。

秋葉原事件に関連したことでは、「殺人予告」などの書き込みも警察は容赦なく摘発してるようで、すでに何人かは逮捕だとか書類送検などのしっぺ返しも受けてるみたい。このご時世、ホンの軽い冗談のつもりが冗談で済まなくなるほど、社会全体が酸欠状態でアップアップしているのです。個人の特定など不可能だと思っていたネット上の匿名の書き込みも、専門家にかかれば軽〜く割り出されてしまうのが実情です。ユメユメ軽はずみな書き込みなどは押さえましょう。

私の職質体験が2チャンネル愛好家諸氏にどのように読まれたのかわからないけれど、今になって新宿駅西口のWセッションを振り返れば、あのときは結構カッカしてオマワリに絡んだけれど、サッサとカバンを開いてみせてズラかる方が得策だったのかとも思えるのです。

オマワリから一本取ったとしても特に自慢になることでもないもんネ。

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最近読んでいるのがこの本。


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ジャズメンとの約束
中山康樹

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集英社文庫
2008年3月25日
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著者の中山康樹さんは元スイングジャーナル編集長だった経歴をもっていて、したがってジャズ関連に対しての造詣の深さは超一流。そして担当エリアはジャズ以外にもボブ・ディランから桑田圭祐までポップス全般に及び、その音楽オタクぶりは尋常ではありません。この方のスゴイところは単に知識を披瀝するというよりは、そのミュージシャンに対する熱烈な愛情が溢れているところにあります。

世に音楽評論家を自称する人はヤマほどいても、レコード会社やプロモーターの御用ライターの匂いプンプンで信頼性に欠けるけれど、この方の音楽評は100%受け入れて間違いありません。これまでの『聴け!』シリーズなどは私にとってバイブルのようなものです。

今回の中山康樹さんの本はこれまでの活動の中で付き合いのあったジャズメンのエピソードを集めたもので、それぞれがショートショートの味わいある文章ですからどの章から読んでもOK!最後のオチにニヤリ、あるいはホロリとできれば立派なジャズファンです。

もしこれまであまりジャズは聴いてなかったいう方でも大丈夫。

今回の文庫本化に際して『マイ・フェイヴァリット・ジャズ30』として文字通り30枚の著者愛聴盤が巻末に紹介されています。これらのアルバムはどれも入手可能ですから、これらを一枚一枚聴くごとにジャズへの興味が増していくことを保証いたします。

ちなみに、この『マイ・フェイヴァリット・ジャズ30』の中に私の知らなかったアルバムがあって、即ディスクユニオンで買ってきたのがこれ。


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You Must Believe In Spring
Bill Evans

1997年録音

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こういうアルバムと出会うためにジャズを聴いてきたのだと、
激しく思う。そしてビル・エバンスというピアニストは、
こういう音楽を手に入れるために生涯を捧げていたのだろうと夢想する。
ジャズといえばピアノの人気が高いが、このアルバムを凡百の
ピアノ・トリオ盤と同列に置くことはできない。
あまりにも崇高にして深く、そのサウンドは永遠に澄んでいる。
奇跡のようなアルバムだと思う。
ビル・エヴァンス最終到達地点ではないだろうか。

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中山康樹さんにここまでホメちぎられたアルバムを
知らなかったでは済みません。
聴かないワケにはいきません。

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2008年6月13日 (金)

神保町中古レコード店情報

朝から降ってた雨も午後にはやんで、仕事を終えて帰る頃には「良くぞ日本に生まれけり」の爽やかな気分。ネコさんも雨上がりのデートを楽しんでいるというところです。

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え〜、、、相も変わらず神田神保町周辺の小ネタで迫ろうというワケでして、お茶の水駅から「芯が明治です」の星野のセンちゃんの作り笑いを右に見て明大通りの坂道を下り、「向こう三軒カレー屋」のカレー屋から、文庫本専門の古本屋「川村文庫」まで辿りついたところで、今回は中古レコード屋を紹介しようか・というネライでして、、、。

亡夫の遺志を受け継ぐ“世界文化遺産”川村文庫並びのビル2階にある中古レコード屋がこのTHA'TS。クラシックとジャズを中心にオリジナルの貴重盤も豊富なお店。ファンにとっては主人との会話もまた楽しみなお店です。

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THA'TSから駿河台交差点を渡り、神田三省堂本店前を右折したところにあるのがレコード社という小さなお店。「SALL 50%OFF」と派手に貼ってあるから訊いてみたら、ビル建設の取り壊しで休業のためのセール中だとのこと。50%OFFなら!とチェックいれたら、、、貴重盤はやはり他店に移動したみたい。

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靖国道りの旧住友銀行、「三省堂自遊時間」内にあるのが、やはりレコード社。このレコード社は「レコード文化を守ろう」というポリシーのもと、神田近辺を中心に数店を構える中古レコード・CDの由緒あるお店。ジャンル的にはクラシックから歌謡曲まであらゆる分野に渡っていて、45回転EPレコードやレーザーディスクの在庫も豊富。

いまどきの若い人には“EPレコード”などといっても馴染みないかも知れないけれ、1枚270円のドーナツ盤が、欲しくてもお金がなくて買えない経験をしている私には、このお店の品揃えは郷愁を誘うものがあり、見ていて飽きません。まさにレコード博物館ですね〜。

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昔ムカシ、一心太助が“天下のご意見番”大久保彦左衛門をタライに乗せて闊歩したというのが、自遊時間と靴屋の間の細い富士見坂で、この坂の入り口ビル2階にあるのが「マーブルディスク」。

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狭い店内はレコードCDでビッシリ!クラシックからポップスまであらゆるジャンルの品揃え。ゆっくり探せばオタカラが埋もれているような気がするけど、なにしろお客同士がスレ違うのにも苦労するくらいの狭さだから、品物選びも落ち着かない。以前、ここで三遊亭円生全集のDVD(たしか20枚組)を見つけて、ボーナスが出たら買おうと楽しみにしていたら、チキショー!数日後には先を越されて「売約済み!」の札。教訓、欲しいと思ったモノは即買いましょう。

「マーブルディスク」向いの小路を入ったところにあるのが、いまだにキーワード「とんかつ 駿河」でのアクセスが絶えないとんかつ屋の駿河だけど、きょうはトンカツ屋に寄らず、そのまま富士見坂の緩やかな坂を上り左折。

ジャニス」という中古屋を冷やかしてみようか。

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このジャニスは、やはり駿河台交差点近くにあるカルトな品揃えで知られるレンタルビデオ屋のジャニスと同系列。Jポップスからパンクまで多ジャンルにわたる品揃えだがジャズは少ない。

ジャニスから再び自遊時間前に出て猿楽町方面に行くと左側にあるのが、私のオススメの中古屋「ターンテーブル」。ムカシはアナログレコードとサブカル系の書籍類だけだったが、2年前くらいからCDも並べるようになっているのが嬉しい。

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店主の好みをモロに反映している店で、ありきたりの中古屋では絶対にお目にかかれないようなアイテムも豊富。壁に飾られる珍しいアナログジャケットを眺めながらしばしの目の保養。

再び靖国通りに出て、神保町方面に向えばまだまだ中古レコード屋はあるけれど、ちょっと腹が空いてきたので、神保町エリアの紹介は次回にしてとりあえず何か食べよう。

“一日一麺・めんくい党”としては、リサーチも兼ねてやはり讃岐うどんの丸香へ。この店のお昼はこのように行列ができるほどの繁昌店。

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釜揚げうどんと野菜天ぷらなんぞを
生姜をたっぷり入れたタレで食す。

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腰の強さとツルツルのうどんは、これまで食べた讃岐うどんではベストの部類に入るほどの感動モンです。

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大学の郊外移転で学生さんが絶対的に少なくなったとはいえ、やはり神田は永遠の学生街。古本屋と中古レコード屋、それに安い飯屋と、かつての伝統は今でも残っているのです。

初夏の一日、神田神保町にぜひいらっしゃい!

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2008年6月 9日 (月)

街のオーム(狛江編)

まず最初に業務連絡です。

ひるどらさ〜〜〜ん<<<

昨日(6月8日)の産經新聞にこんな全面広告が出てましたよ〜。

チェック済みですか?

2008.06.08 産經新聞より

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もうひとつ業務連絡。

昨日狛江の『亜細亜食堂 SAIGON』でフォーを食べてきましたが、壁には45回転EPレコードのジャケットが貼ってあって、こんな懐かしいヤツも見ましたよ〜。

『亜細亜食堂 SAIGON』は狛江に2軒あって狛江市役所近くの店ですから、こんどチェックに行ってくださいね〜。

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業務連絡終わりです。

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私もスポンサーには結構気を遣う方なのです。

さて、

『50人のチベット展』が行われたのは狛江駅近くの『泉の森会館』というこじんまりとした会場でした。

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会場入り口にはチベットの人たちの祈りのタルチョがひらめいてて、いい感じ。

会場にはチベット関連の案内チラシが置いてあって、中にはチベット旅行のチラシもあります。

自転車で行く

「チベット・ラサ 7日間」

「ヒマラヤ縦断15日間」

等々。

その内容はフツーの旅行会社のツアーと異なりユニークなもので、年甲斐もなくソソラレルものばかり。でも気になることがあって、近くにいたチベット服を着て「STAFF」のカード首から吊るした女性に質問。

つまり、これらの日程表では年内の催行となっているけれど、それまでチベットに入境できる保証はあるのか?たぶん無理ではないか?という疑問があったワケ。チベットでの四川地震の情報がまったく伝わってきていないということは、それだけ被害が甚大で、北京政府にとって、外国人旅行社を受け入れるだけの態勢は整えられないと想像してるワケです。

その女性も会場ボランティアだからツアーのことまでは把握してない様子で、お互いに「早くチベットを自由に旅行できるようになるといいネ」という程度でハナシを切り上げて、別れしな、、、。

そのチベット服を見事に着こなしている女性に、

「ところであなたはチベットの人なの?」と訊けば

・・・ハイそうです。・・・・前世ですけど・・・

・・・日本人なのは今世だけで

来世もチベット人になると思います。

とのアリガタキお答え。

「それならば、ボクも来世はチベット人ですから、来世にまたお会いしましょう」とエールを交換してチベット服女性と別れたのよ。

外に出てタルチョが風にそよぐのを見てるとこんな男性も現れましたね〜。

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上半身をフリーチベットで固めたこの男性の左腕のマークは
チベットのオームなのです。
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しばらく
『街のオーム』ネタから離れていたら
狛江に突如出現したリトルラサで
オームにご対面という日曜日でした。
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2008年6月 8日 (日)

サイゴン・タンゴ・カフェ/中山可穂

古本屋の壁にディスプレイ代わりに飾ってあったのがこの本。

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サイゴン・タンゴ・カフェ
中山可穂

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角川書店
2008.02.09

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現実との三分間
フーガと神秘
ドブレAの悲しみ
バンドネオンを弾く女
サイゴン・タンゴ・カフェ

『サイゴン・タンゴ・カフェ』はベトナムの首都ハノイの旧市街、迷路の奥の奥にヒッソリと存在するカフェ。タンゴをBGMに語り、ときには踊ることもできるこの小さな店のオーナーは謎の日本人女性。やがて明らかになっていくこの女性の素性は、、、。

「ダンスはセックスみたいでしょう?
相手を信頼してからだを預けていれば、
めくるめく快感が得られるのよ」

     (サイゴン・タンゴ・カフェより)

女流作家と編集者のただならぬ関係を描いた表題作をはじめ、全5編はいずれもタンゴからインスパイアーされた“女の情念”を描いた作品で、作者のタンゴへの深い思い入れが感じられます。

どうやらダンスには人間を狂わす魔物が住んでるようで、それがタンゴとなると、あのバンドネオンの弾けるような一瞬が消えることなく永遠に憑依するものらしい。

そういえば、これまで何回か取り上げた『SHALL WE DANCE』にもこんなシーンがありました。

中途半端な踊りをするリチャード・ギアにジェニファー・ロペス様が自らルンバを踊りながら諭します。

ルンバは相手への熱い想いを体の動きで表現するの。

”彼女の太ももが生きがい”というように抱きしめるの。

そしてハートがもぎ取られるように彼女を放す。

そして

“この場で抱きたい”というように引き戻す。

そして最後は

彼女に屈するの。

『サイゴン・タンゴ・カフェ』が『サイゴン・ジャズ・カフェ』というタイトルだったら、描かれる女性の背景もまた異なったものになりそうな気もいたします。

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さて、

旧南ベトナムの首都の名前を冠した『サイゴン・タンゴ・カフェ』が、旧北ベトナムの首都ハノイにあるなら、日本の首都東京に『サイゴン』があっても良いだろう?というワケでもないだろうが、世田谷近辺に『亜細亜食堂 SAIGON』という名を冠した店が4軒あるのを私は知っている。

本日はそのうちの一軒、狛江市いちょう通りのSAIGONで昼飯。

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チェーン店になっているのか、どの店も無国籍居酒屋風なインテリアで、メニューはベトナム料理からインドカレーまで豊富なもの。こういった雑然とした雰囲気では気を遣う必要もなくミョーに落ち着くものがあります。

その『SAIGON狛江店』で食したのはベトナムのフォーという麺。

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アッサリスープにレモンを絞り、香草をたっぷり入れて食すれば、気分はサイゴンの下町をウロつくバックパッカー。小説の舞台になった『サイゴン・タンゴ・カフェ』が、ハノイに実在するような気になってきて、また行きたくなるのよ!ベトナムへ。

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狛江に来たのは『SAIGON』のフォーを食べるためではなく、じつは狛江駅近くでのチベット関連の催しを見に来たもの。

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50人のチベット展
チベットって、知ってますか?
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日:2008年6月7-8日
会場:泉の森会館
入場:無料
主催:「チベット大好き」の会

今年になってから、これまで馴染みの薄かったチベットの情報は突如日本に溢れ、チベットに関心を持つ人々も急激に増したようです。しかし、熱しやすく冷めやすいのは日本人の常、メディアの取り上げかたが縮小するにつれてチベットへの関心の持続度も薄れていってるような不安も感じます。

この『50人のチベット展』はチベット旅行などを通じて知り合った人々が、いわば同窓会的にチベットへの思い入れを表現したイベントで、展示されている写真や絵画はチベットの人々への温かな愛情に満ちています。

声高に『フリーチベット!』を叫ぶことだけでなく、こんな任意の一般市民による手作りのアピールが、人々の共感をより深く醸成するのかも知れません。

そんなほのぼのとしたイベントでした。

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2008年6月 3日 (火)

明日に架ける橋/ポール・サイモン

ツユに入ろうが、雨が降ろうがヤリが降ろうが、日銭稼ぎの身としては怠けたら鍋のフタ開きませんから真面目に出勤。お気に入りのiPodをシャッフルして一発目に出てきたのがサイモン&ガーファンクルの『♪明日に架ける橋』。

アート・ガーファンクル歌唱で大ヒットした曲は、作曲者であるポール・サイモンの影を薄めさせるほどで、ポールはいつも「この曲はボクが作曲したんだよ」と苦々しく思いながらお客の熱狂ぶりをながめていたとか。そんなポールの告白を聞いたことがあります。

友情物語を表現しながら、そのじつ作曲者としてはあんがい狭量だったワケですが、そんなインサイド・ストーリーがあろうがこの曲は名曲ですね〜。「20世紀の名曲」などとと投票したら必ずベスト3には入りそうな名曲中の名曲です。

雨の日の朝、この曲をリピートしながら駅まで歩けば、ブルーだった気分も少しは解消されて、「さて、きょうも一日ガンバラなくっちゃ!!!」と足取りも軽くなった感じ。

というワケで、

サイモン&ガーファンクルを離れたポール・サイモンが歌ってる、楽しい『♪明日に架ける橋』の映像がありますのでひとりYouTubeとしてアップしましょう!

BRIDGE OVER TROUBLED WATER
明日に架ける橋

PAUL SIMON

JENNIFER HOLLIDAY

LUTHER VANDROSS

1986年10月30日

 

ひとりYouTube

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2008年6月 1日 (日)

世界は使い回しするのだ

“水に落ちた犬”は徹底的に叩くのがマスコミの常だから、きょうも“使い回し”オカミさんさんはヤリ玉に上がって責められていました。こちとらはそんな高級料理屋のメニューなど一生口にするることのない身だから、アッチコッチのテレビで引きづりだされているのを見るとちょっと可哀想になってきて同情しましたね。

もういいから放してやれよ!

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使い回し”といえば、私が先日書いた使い回し、

「四川大地震救済募金」の横断幕が、

2008年4月26日の

長野での紅衛兵連中の

横断幕の使い回しだった

という件。

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「“聖火”を守れ」などと、日当貰い長野で五星紅旗振り街中を真っ赤に染めたその先頭に立った横断幕に、今度は地震救済の文字貼り付けて支援を募るというのも、ムシが良すぎないかい?第一、いまどきこんな横断幕を掲げる行為は「道路交通法」なり「都条例」なりに違反してるんじゃないか?それとも「日本の警察は中国人に対してはナニもしない」と見透かしてしまってるのかな?

四川地震のニュースはヤマほど報じられて「中国人は良い人だ」的ナガレに洗脳されていきそうな気配がするけれど、長野で実際に五星紅旗の真っ赤な波を見た私としてはどうしても斜に構えてしまいます。

日本人への示威行動の先頭に立った横断幕を使い回しして支援を乞い、「加油中国!!!」と叫んだ同じ口で「オネガイシマ〜ス」と言われても、素直に受け止められないのよ。この横断幕の文字が、次は反日の文字に書き換えられ、腰を90度に曲げての恭順の姿勢が、一晩で牙を剥くことになってしまう懸念をぬぐい去れないワケです。

長野426事件の風景が身にしみてる私としては、四川地震の被害者への一時も早い救援を願いつつも、数多い被災情報の中に「チベット問題」が忘れ去られてしまいそうなのが心配だし、チベット自治区での地震被害状況がまったく伝わってこないのが気になります。

 いまチベットはどうなってるんだろう?

 テレビで公開されてる以上の悲惨な被害がラサで起きているのでは?

四川地震の報道を見ながらこんなことを思った1週間でした。

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さて、

船場吉兆のオカミさん涙の記者会見には関係ないけれど、本日のひとりYouTubeはコレ。

『♪ノー・ウーマン・ノー・クライ』

以前、ジミー・クリフ版を紹介した曲の、今回は超有名ボブ・マーリー版です。

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ひとりYouTube

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2008年5月27日 (火)

青い水赤い水/友川カズキ

友川カズキ(かずき改め)とNumberの組み合わせというのは、、、

競輪選手の特集なのかな?

そんなことを思いながらページをめくれば。

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Number 703
格闘大国
再生計画
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文芸春秋
2008.05.22発行

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ナンバーノンフィクション
無償の放熱。

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友川カズキと能代バスケット
湧き出る魂の絶唱を、激しいギターのカッティングに乗せ、
ジャンルの壁を超越する弧高のシンガー、友川カズキ。
彼が名門能代工業高校バスケットボール部の全国制覇を支え、
コーチとして卓越した才能を発揮した事実はあまり知られていない。
異色の表現者がかつて駆け抜けた、熱い青春の軌跡を辿った。

フォークシンガーあるいは詩人としての友川カズキのガイキチぶりはよく知られていること。

その友川カズキの、能代工業高校バスケットボール部のマネージャー時代があったというのは知られていないエピソードで、かなりの友川ファンを自称する私でも初めて知ること。友川カズキの郷里でのバスケットボール部時代を追うことで、友川カズキのガイキチぶりの原点を浮き上がらせることになったのがこのルポルタージュ。

友川カズキのガイキチぶりはギターを持ったときに初めて発揮されたと思っていたら、故郷のバスケットボール部時代にすでに完成されていたことに納得。

著者の藤島大(ふじしまだい)については初めて知る名前だけど、スポーツライターとしてラグビーに関する著書も多数あるらしい。友川カズキという異能のシンガーとラグビー経験者の著者とのセッションは、スポーツにのめりこんだ経験を共有する者同士でしか表現し得ない熱風で攻めてきます。

「うたうってことは、、、

『ひまつぶし』じゃ、

できないの!

ふざけるんじゃないの!

ナニ考えてるんだろうネ。

うたを続けていくんだったら

まず名前から変えなくっちゃ」

以前、渋谷のアピアというライブハウスで友川かずきを聴いたときのこと、前座の「ひまつぶし」という名前の男のあとに登場した友川かずきが、憮然とした顔でこんなことを吐き捨てたっけ。

友川カズキにとってはバスケットボールも、歌も、詩も、己の存在をを賭ける対象であって、たとえ芸名といえども『ひまつぶし』などという位置が許せなかったのでしょう。

その友川カズキの2008年の新作アルバムがコレ。


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青い水赤い水
友川カズキ

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闘病生活からついに復活!
映画『JOHNEN定の愛』のエンディング・テーマ
「いつか、遠くを見ていた」を含む
久々のオリジナル・アルバム

ステージ上の鬼気迫る熱唱と尋常でない飲みかたからして、いずれ身体を壊すぞ!と思っていたら、新作アルバムのオビに『闘病生活からついに復活!』とあるから、やっぱり病に倒れてたらしい。

病み上がりからか、いつもの言葉の石ツブテは少し柔らかくなったような気がするけれど、相変わらずのガイキチ度。それにしても、“70年代フォーク”と呼ばれるシンガーの多くが旧作の焼き直しで“ナツメロ路線”歩むのに対して、友川カズキはコンスタントに新作を発表していく、この創造意欲には恐れ入ります。

これでもまだ、、、、。

つぎはぎだらけの58年

本当のところは唄になど

なりはしないさ雨アラレ

  (カサブラン/詩:友川カズキ)

まだまだ昇華できないモノを溜め込んでいる複雑怪奇な人物です。

もうこうなったら友川カズキは自爆するしかありません。

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Numberの友川カズキ論を書いた藤島大が参考にしたと紹介していた本を古本屋に注文しておいたら今日届いていた。スポーツの記録については

疎いけれど、友川カズキの能代工高でのマネージャーぶりを知りたいと思い取り寄せたもの。

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高さへの挑戦
こうしてつかんだ栄光の全国V33
加藤廣志
(能代工高バスケットボール部前監督)

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秋田魁新報社
平成4年7月25日

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あの無敵の能代工高バスケットボール部を率い、
全国を席巻した加藤前監督が、初めて明かす
監督VS部員の汗と涙の人間ドラマと、秘策と、
栄光の記録の数々。

著者の加藤廣志は高校生の友川カズキの指導者としての資質を見抜き、バスケットボール部マネージャーに抜擢した人物。

友川カズキのエピソード部分を拾い読みすると、やはり熱血度は群を抜いたガイキチぶり。それでも生徒たちには慕われて、チームの中心選手へと育ち、やがて全国制覇を成し遂げていったワケだから、「ガイキチでもただのガイキチでない」友川カズキの無私の姿勢を生徒たちは見抜き食らいついていったのでしょう。

街に歌はあふれているけれど
借り物の言葉と旋律ばかり。
友川カズキの歌には
誰からの借り物でもない
友川カズキ自身の魂からほとばしるものがあります。
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小市民の生活を守るのに
キューキューとするだけの私は
友川カズキの投げる
言葉の石つぶてを避けるのに
必死になるばかりです。

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2008年5月18日 (日)

筒井康隆、筒井康隆を読む/筒井康隆

津波のように突如として溢れ出した「四川省地震災害ニュース」に私は違和感を感じることも多いのです。

ラサ争乱以降現在にいたるまで西側報道陣の入境を拒み、ラサからの情報を遮断しようと必死の中国政府。今回の地震では一転西側報道陣を受け入れ、被害情報を世界に発信させているサマを見るにつけ、なるほど、ラサ争乱では国家存亡の崖っぷちで隠さなければならないことがヤマほどあったけれど、今回の地震発生は天災だから、オープンにして世界の注目を集めることが得策ということなのか?

ラサ争乱で北京政府に虐殺されたチベットの人たちの数も、今回の地震被害者数に組み込まれて、ラサ争乱そのものがウヤムヤにされていきそうで不安なのです。

そんなウガった見方がそうハズレでもないように、世界各国の救助隊派遣受け入れを表明した中国の姿勢に、

「中国もやっと国際社会の常識が通じる国になりつつある」

などとして、「日中友好」のナガレへ誘導しようというメディアの論調が目立ちます。

しかし、

しかしだなぁ!

中国がそれほど簡単に変わるワケないだろが!

世界各地での“聖火”リレー騒動や、長野での五星紅旗のウネリを実際に見せつけられた私としては、メディアの伝える中国情報なんて全て中国へのオモネリの結果としか思えないのです。

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『筒井康隆、筒井康隆を読む』を観に下北沢の北沢タウンホールへ。

私は筒井康隆の熱心なファンではないけれど、作者自身の朗読に山下洋輔がからむとなると、これはチェックしておきたい企画です。

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まず、筒井康隆ソロで、R中オトコの体内にアルコールが沁みていくごとに現れる幻覚を描いた『おもての行列なんじゃいな』でスタート。ちゃぶ台の一升瓶から酒を湯のみに注いでグビグビ飲ると、表を日露戦争やら大東亜戦争やらの兵隊さんの行列が順不同敬称略で通り過ぎていくという趣向。

次は、筒井康隆退場後山下洋輔が登場してエリントンナンバー『Things Ain't What They Used to be』のソロピアノを引き取って、筒井/山下のセッションで『昔はよかったなぁ』。

これは、放蕩を重ねた末に、今はタバコ屋の店番をして細々と暮らしているオトコの昔話につきあわされるという仕掛け。なるほど、筒井作品は作者が声を出しながら口語体で書かれたものだったのか。どこまでがホントでどこまでがウソなのか分からないオトコの自慢話に、寄り添う山下のピアノが美しい。

『筒井康隆全作品集』はタイトルそのまんま。スライドに映される筒井作品を見ながら山下洋輔が、ふだんの山下ピアノからは想像もできないようなカクテルピアノ風でBGMに専念するというワケです。

そして、本日のメーンイベントは筒井山下のセッションでの『関節話法』。

“地球外惑星・マザング”との国交樹立によって初代大使として赴任した男。コミュニケーション方法は、口の発する言葉ではなく関節を鳴らす音だけというのがマザング語。その男がマザングと地球間に突如勃発した外交問題解決のために、地球の存亡を賭けて身体全体の関節を駆使して“言葉”を発し交渉にあたる・・・という物語。擬音駆使する筒井康隆おハコの作品を熱演。

御年70数歳の筒井康隆が、そのお年をモノともせず、身体をくねらせて関節音発するサマは抱腹絶倒。ちゃんとジャズのリズムになっていて、帰りの電車の中でも思い出してはニヤニヤしていたのです。

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テレビも新聞も日本救助隊の現地での活動が中国で支持されているかを大々的に伝えています。

2008.05.18 (日)産經新聞

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中国側から援助隊に新たに指示された北川県の救助現場は、
生徒数役1500人の中学校。
すでに軍が救助活動をした場所だ

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隊員からも
なぜ軍が活動したところに、われわれを行かせるのか
と首をかしげる者もいた。

(5/18 産經新聞の記事より)

こんな新聞記事数行からでも、中日友好を標榜するその裏で、じつは

日本救助隊にポイントを上げられたら
中国軍救助隊の活動が薄められて
中国政府への国民の不満が高まり
さらなる暴動に発生する。
だから
日本救助隊のポイントは最小限に止めよ。

こんな中国政府のハラの中が透けて見えたりするワケよ。

ミャンマー、中国、それぞれの犠牲者数は毎日毎日増え続けて、自然の恐ろしさを思い知らされるばかり。犠牲者を悼みつつも、そんな天災までもここぞとばかりに 利用しようとする為政者と協力するメディア、それらの動きに洗脳されることがないよう冷静に監視していかなければなりません。

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2008年5月17日 (土)

ピーターの越路吹雪を観てきた

オカミが主席閣下に「見せたくない、聞かせたくない」というモノがあるなら、一市民として「見せたい、聞かせたいモノがある!」とばかりに、日生劇場前に『フリーチベット!』を叫んだのは5月6日のハナシだった。

劇場前交差点で叫んでいたときに、突然現れた装甲車が路上に横付けされ数分後にサッと撤収したことがあったけれど、いまから思えば、あの時間は主席閣下が日比谷公園に入る時間で、デモ隊の掲げる雪山獅子旗を主席閣下の目から遮断させるための作戦だったのでしょう。

あの日、日本青年館集会から代々木公園まで整然と行われたデモと、日生劇場前で日比谷公園に向けた拡声器で周囲を騒然とさせたグループとは全く異なるということを改めて書いておこう。

あのとき、右翼のリードに唱和しながら「この騒音は劇場の中まで響いて、演ってる芝居は台無しだろう、、、」と思ったけれど、デモの日は5月9日初日の芝居のために休業中だったらしい。そんなワケで私のシュプレヒコールが芝居を楽しみにしてきたお客さんの迷惑にはならなかったようで若干は安堵した。

日生劇場で越路吹雪と岩谷時子の「女の友情」を描いた『越路吹雪物語』を観てきた。

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越路吹雪(1924-1980)といっても「その人ダレッ?」と言われそうだけれど、シャンソンに日本語詞をつけて歌い、『♪愛の讃歌』のように日本の歌のように定着している歌も多く、越路スタンダードはだれでも一度は耳にしたことがあるハズ。

ここで、「岩谷時子・・・って?」と質問が返ってきそうだけれど、越路吹雪のマネージャー、専属作詞家としての仕事の他に、弾厚作こと加山雄三作品の作詞家でもあり、「♪夜明けのコーヒー/二人で飲もうと/あの人が言った/恋の季節よ」の、一世を風靡したフレーズの作詞家でもあります。

岩谷時子(高畑淳子)と舞台美術家真木小太郎(草刈正雄)が回想する形で、越路吹雪の成長していくサマ、“恋多き女”越路吹雪の私生活を描き出しながらストーリーは展開していきます。

越路吹雪が愛した男として登場した真木小太郎だけど、結婚に踏み切れなかった理由に真木小太郎の長男の存在があったとする場面。その音楽好きの長男というのが後年『♪バラが咲いた』で人気者になったマイク真木だったというセリフに場内ざわめいたりするワケです。

ここで、またもや「マイク真木って?」「『♪バラが咲いた』って?」という質問が返ってきそうだけれど、日生劇場の当夜のお客は登場人物の情報にリアルタイムで接してきた人たちだから、そんな解説が必要ありません。つまり、私も含めて、チャンジー・チャンバーでほぼ満席だったということ。たぶんこの人たちにとっての越路吹雪は西洋のモダンな香りを運んできてくれた歌手だったのでしょう。

この芝居の成功は何といっても越路吹雪役のピーターこと池畑慎之介のはまり役に尽きます。よくぞこれほどまでにと感心するほど、完璧に越路吹雪の所作を研究して、越路吹雪になりきって越路吹雪を演ずるにはこれ以上の役者はいないことに納得。

ただし、生演奏至上主義の私としては、ピーターの越路吹雪メドレーはカラオケなんぞではなく、ビッグバンドをバックにド派手にやって欲しかったという不満が残るワケです。

とは言うものの、宝塚歌劇団のスターだった越路吹雪と、社員として出会った岩谷時子の友情を描いたこの芝居は、正に昭和日本歌謡史そのものを描き出しているといっても良いでしょう。

昭和を懐かしく思い出したということは
やはり私もチャンジーだということだな。
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(「越路吹雪物語」5月28日まで 日生劇場にて)

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2008年5月15日 (木)

あこがれのカーメル その2

数週間前『神話の力』の中のチベット僧の唱えるオームシーンをアップしたところ、チェンマイ在住の日本人からお礼のメールをいただきました。「オームのバイブレーションを受け止めてくれる人がいたか!」と喜び、その後メールのヤリトリしたところ、1990年代にこの方のご家族と出会っていたことが判明。メール上のわずかのヒントから名前まで言い当ててしまった私の記憶力にビックリするとともに、「オーム」を仲介として、メール上とは言え再び繋がった回路に不思議な感動を覚えたワケです。

全地球を住まいとして現在はチェンマイ在住のこの方、これまでにアメリカ西海岸カーメルにも住んでいたこともあるそうで、ジョー・サンプルの名作『♪カーメル』をアップしたところ再びメールをいただきました。充実した人生を過ごされていることが想像できて羨ましくなるメールです。

ご本人の了解を得た上でそのメールを転載いたしましょう。

「カーメル」「ビッグ・サー」

あぁ、私にとっては憧れの地なのです。

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「カーメル」の動画、拝見しました。

モントレー、パシフィック・グローブ、ペブル・ビーチ、カーメル、そしてビッグサーと、モントレー半島とその南の小さな町の数々とそれを取り巻く自然は、キレイな町が多いカリフォルニアの中でも特別だと思います。

結局カーメルにはたったの2年しか住まなかったのですが、最初の1年は海辺のCarmel by-the-seaというエリアで、ほんとうに風光明媚なところでした。後半の1年はカーメル・バレーに引っ越し、カーメルの谷(ワイナリー)を見下ろす山の斜面の断崖絶壁に暮らしました。

窓の外を雲が棚引き、ワシが風に乗って目の前を通り過ぎるという、これまた素敵なところでした。そしてなにより大好きだったのは、レッドウッドの森とクジラが回遊する青い海、たえず出ている霧がとても神秘的だったビッグサーです。

ビッグサーにあるエサレン研究所(Esalen Institute)で、1965年頃からキャンベル先生が毎年レクチャーをしており、今でもジョーゼフ・キャンベル関連のセミナーがあったりして、この前もエサレン研究所のロルフィングのコースへ通った友人がクラスの合間に『神話の力』のクラスに参加してきた、と言っていました。

カーメルに住んでいたときは、夫も学生で、わたしも仕事を掛け持ちしていて生活に余裕がなく、エサレン研究所へは遊びに行くだけで、何のワークショップにも参加できなかったのがほんとうに残念です。

それにこのジョー・サンプルの曲で思い出すのが、モントレー・ジャズ・フェスティバル。

ジャズ・フェスティバルを見に行った思い出というよりも、モントレー・ジャズフェスティバルで演奏するアーティストたちが、毎年モントレー郡のジャズな子供達のために開催してくれるサマーキャンプです。

なにしろブランフォード&ウィンストン・マルサリス兄弟なんかが講師で直に教えてくれるので、このために、ヤツラ必死に練習します(笑)

各校選ばれた子たちがキャンプへの参加権を取得、さらにその中から「ビッグバンド」が組まれて、最終的にはその年のジャズ・フェスティバルに出演します。息子たちが音楽少年なんですが、2人ともキャンプへの参加は果たしたものの、特に長男は惜しいところで最終選考でビッグバンドには残れませんでした。

どちらにしても素晴らしい体験だったと思います。

カーメルという町自体は、ジャズっぽい趣はなく、どちらかといえばクラシックの小曲が似合うところですが、ジャズフェスティバルと共に盛上がるあの空気もまたカーメルのスパイスのひとつなのでしょう。

あ、モントレーとカーメルは、別々の町なんですけどくっついてまして、車ならほんの数分で行き来の出来る距離です。

ゴールデンウイークはいかがでしたか?

今日は某国主席が来日しましたね(笑)雪山獅子旗と共にお出かけでしょうか。(^^)タイも国王の即位記念日やメーディーで、子供の学校は先週の木曜日から月曜日まで連休、今日やっと静かになりました。ビルマに壊滅的な被害をもたらしたサイクロンも、チェンマイを連日雨にしましたが、それも消滅して今日は久しぶりの快晴で、また暑くなりました。

カーメルやビッグサーの思い出を甦らせてくれる音楽ビデオをどうもありがとうございました。

さて、このメールはまた何かと繋がりましたでしょうか??(^^)

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ビッグサーには1960年代初めにジョーン・バエズが移り住み、ボブ・ディランと同棲生活を送っていて、両者は相互に影響し合いますが、そのディランは1965年ころにビッグサーを去ったというのは有名なハナシ。

そんなバエズがビッグサーで録音したLPレコードがあったはずだと探したら、、、。

あ〜、ありましたネ〜。

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ビッグサー住人のジョーン・バエズの音頭取りで始まったフォーク・フェスティバルで、60年代半ばの録音のはず。ジャケット写真を見ただけでもビッグサーの雰囲気が想像つくというものです。このレコードではジョーン・バエズを中心にクリス・クリストファーソン、タジ・マハール、それに変わり種「ブラッド・スエット・アンド・ティアーズ」の懐かしい音を聴くことができます。

このバエズのレコードを探してレコード棚をヒックリ返していたときに「カーメルといったらワシを忘れては困りまっせ!」という感じで出てきたのがこのレコード。

CONCERT BY THE SEA
ERROL GARNER

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1955.9.19
CARMEL,CALIFORNIA
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『♪ミスティ』の作曲者でもあるエロール・ガーナーは、サイドメンとして他のメンバーに合わせる器用さは持っていないようで、あくまでも自己のピアノトリオで真価を発揮するタチ。このレコードでも難しいことはな〜んにもなし。カーメルの開放的な雰囲気とエロール・ガーナーのポップス感覚が見事にかみ合って、アップテンポからスローバラードまでノリノリの大傑作。私は特に『♪枯れ葉』が好きなんですネ〜。

ビッグサーも、もはやジョーン・バエズのいた時代とは様変わりしているのでしょうが、2枚のライブ盤を聴いて、ますますビッグサーへの憧れ募るばかりです。

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2008年5月13日 (火)

アイム・ノット・ゼア/オレはそこじゃね〜ゼ

ボブ・ディランの成長期ごとに6人の役者が演じ分ける映画だろうと思ったら、ちょっと違ってた。

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I'M NOT THERE(アイム・ノット・ゼア)
トッド・ヘインズ監督
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詩人・無法者(アウトロー)・映画スター
革命家・放浪者・ロックスター

全てボブ・ディラン 
6人の豪華キャストが演じる
生ける伝説

ディランがウディ・ガスリーに憧れた時代、ディランを育てた女たち、フォークシンガーとしての地位を獲得した時代、フォークギターからエレキギターに持ち替えた時代、新宗教に傾倒した時代、隠遁生活をした時代、、、と、6人の役者がそれぞれに別人格の役を演じるというのがこの映画。主人公はボブ・ディランという名前ではないけれど、見事にディランの半生を浮き上がらせる。

オートバイのオープニングを見ただけで、ディランに関する本を読んだり、ビデオを観たことのあるファンなら、そのオートバイが何を意味するか即理解できるし、ストーリーを構成するエピソードにニヤリとする仕掛け(その分ディランの知識が薄い人にとっては難解になるかな)。

時代背景と人物が“ブルーにこんがらがって”いく展開は、初めのうち混乱したけれど、「けっきょく、ディランを理解しようとすること自体がおこがましいことなんだ」ということに気がつけばラクなもの。ただ、スクリーンを眺めてスピーカーから流れる音楽に耳を傾けていれば、それでOK。

タイトルのI'M NOT THERE(アイム・ノット・ゼア)は、「THE BASEMENT TAPES(1967年作品)」のセッションでレコーディングされたけれど、レコードには収められず、海賊盤でしか聴くことができない曲らしいから、こんど中古屋で探してみよう

ディランの伝記映画はこれまでにも何度か企画されたけれど、ディラン自身の許可が下りなかったというイキサツがあり、これが初めてのディラン公認映画ということになるらしい。なるほどボブ・ディランという希代のトリックスターの複雑さを表現するにはこれ以上ない手法なのかもしれない。

オレはそこじゃね〜ゼ!!!

追いついたと思ったらそこになく
見つけたと思ったら消えていた
というアンバイだったから
もう一回くらい観れば
初めて捉えられる映画かな。

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2008年5月11日 (日)

ローショー/チベット人を奮起させる歌

2008年5月10日(土) NHKニュースより

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主席閣下も無事お帰りのようで、これから日中双方で「大成功だった!」のエールを交換しあうんでしょうが、国家同士の手打ちは済んだとしても、そこいらの市民の私には五星紅旗に対する疑念は塊になって残っているのです。

世界各地での“聖火”リレーや胡錦濤の来日では、メディアが「伝えたこと/伝えなかったこと」を通じて、コトの本質があぶり出されたように思います。私はそれらのことを執念深く憶えておかなければなりません。

ここで「ロンショー」という歌を紹介しましょう。

この歌は2008年5月6日(火)日本青年館で行われた集会時に「チベット人が気持ちを高めるときにうたう歌」として紹介されたものです。

ロンショー(RISE UP)