2012年11月22日 (木)

祖師ケ谷大蔵に阿部食堂あり

学歴から見ると学校の成績ははイイんだろうが、何かが欠けているこのダンナ。どうせ「引退します」と宣言したこともあったんだからサッサと消えてくれ。カンナ屑よりも軽〜いトラストミーダンナのことだから、前言撤回の撤回、そのうち性懲りも無く『推する声が多くあり政界復帰を目指します』ときっと言い出すでしょう。

2012.11.21(水) 東京新聞

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さて、秋晴れの一日ブラリブラ〜リと表を歩いてみれば、こんな飛行物体が出迎えてくれるのが小田急祖師ケ谷大蔵のウルトラマン商店街だ。命名のいわれというのは、以前ここに特撮で有名な円谷プロダクションがあったことによる。その円谷プロ跡地は今ではマンションになっている。

円谷プロは消えてもウルトラマンは残ったということだ。

ウルトラマン商店街の入り口。

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このウルトラマン商店街は気取ったところがなく好きで、浮遊層の私はチョクチョク出没している。

まず、100円ショップに寄って時計を購入。こんどの旅行の目覚まし用だ。どうせ旅先で誰かにやるんだからこんなモノで十分。

アラームつき時計。

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こんなモノまで売っているんだから100円ショップの特化は著しい。

この商店街には100円ショップもあればこんな古書店もある。

ツヅキ堂書店。

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ブックオフの何でもかんでも棚に入れるということもなく、ある程度ジャンルにこだわった品揃えが嬉しい。

本日この店で買った本がこれ。

小瀧達郎
巴里の大道芸人

求龍堂

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このウルトラマン商店街にはこんな定食屋があるのも嬉しい。

阿部食堂。

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近くの商店街で働く人たちがフラッと来てはしばし世間話を楽しんでは帰っていく。

肉豆腐定食。

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昨今の飯屋はアルバイト店員がマニュアル見ながら調理するスタイルが全盛だが、昭和の面影を残すこの店は老夫婦で切り盛りする昔ながらの定食屋だ。アルバイトの過剰な敬語を気持ち悪く感ずる浮遊層の私には気兼ねのいらない落ち着く店なのだ。

来月16日の選挙。
じつはその時には旅行に出かけていて日本にはいないのだが
不在者投票はどうなっているのか?
明日確認しよう。
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2012年11月21日 (水)

広尾『ことぶき』のスパイシー・チキンカレーは絶品なり。

数日前から首筋が痛い。たぶん寝違えたのだろう。道路横断の左右確認も、首を回せないから身体全体を動かして安全確認だ。この格好はまるで須藤元気のWorldOuderだぜ。

軽い読み物を探してブックオフを物色していると山下達郎の『♪クリスマスイブ』が流れてきた。もうこんな季節になってしまったなぁ。

師走で首が回らないというのはこのことだ。

Sikiri

先日地下鉄表参道駅で私の写真の先生にバッタリ遭遇した。来年の写真展の打ち合わせを終えてこれから秋葉原ヨドバシカメラに行くのだという。しばらくのあいだ車内で写真のことをイロイロ話しながら楽しい時間を過ごしたのだが、そのとき、先生が影響を受けた写真家の写真集を紹介してくれた。後学のためにメモし、帰宅してからネットで調べると広尾の都立図書館の蔵書としてリストにあるのが解った。

都立図書館は貸し出しをしないから、本日館内閲覧に行ってきたワケだ。

A Summers Day
Joel Meyerowitz
(ジョエル・マイヤウイッツ)

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タイトルの通り海辺の平和な夏の日々を捉えた作品で、この写真集が好きだという私の先生がモロに影響を受けていることが理解できる。

Aftermath
Joel Meyerowitz
(ジョエル・マイヤウイッツ)

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9・11後の現場で復旧作業にあたる人々の姿を捉えている。

Joel Meyerowitzはグランド・ゼロに立ち入り取材をすることを許された唯一のカメラマンだそうだ。

1作目がソフトフォーカスで夏の海辺のゆったりとした人々を伝えているとすれば、2作目はテロ現場で復旧作業にあたる人々の、理不尽なテロに対する怒りが突き刺さってくる。

  穏やかな人々の生活。

  人間の愚かな行動を後世に残す記録。

写真表現の可能性は無限にあると実感させる2冊の写真集だった。

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Sikiri

写真集を見てココロの栄養を補充した後、昼飯にナニを食おうかと広尾商店街を散策。広尾というと高級そうなイメージが離れないのだが、庶民的な店も多いようだ。そんな中で目に留まったのがこの店。焼き鳥屋の店構えなのだがランチタイムにはカレーもやっている。店内の様子を伺うとケッコーな客入り。

ヨシッ!きょうの昼飯はここに決定。

やきとり屋『ことぶき』

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店の外観も焼き鳥屋なのだが、店内もモロ焼き鳥屋。壁一面に夜の部の居酒屋メニューが貼り出してある。カレーはランチタイムだけのようで、お客のオーダーはカレーライスかハヤシライス。私もナガレに沿って『スパイシー・チキンカレー』をオーダー。料金の500円は前払いだ。

広尾ことぶきのスパイシー・チキンカレー
500円+50円(キャベツ)=550円

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大して期待もしなかったのだが、

このカレーの美味いことうまいこと。

スパイシー・カレーと謳っているだけあってかなりの辛さで、その辛さが快感だ。店主の研究の成果が結実した、インド人のカレーと和風カレーの良いとこどりした、正に絶品のカレーライスだった。

写真で見るとおりかなりのボリュームだがペロッと平らげてしまった。

それにしても、お客は美味しい所を知っているんだなぁ、どんどん入ってくる。そして、モノ言わず、ただひたすらモクモク食うと言う感じ。

これまで食べたカレーのうち一番美味かったと
惚れてしまったゼッ。
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広尾にお出かけの際は
広尾商店街の焼き鳥屋『ことぶき』の
スパイシー・チキンカレーを
是非お試し下さい。
私が保証します。
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2012年8月24日 (金)

嫌日だけど¥は好きだ・・・テガッ(その2)

残暑でアタマがアッパッパーになりそうだ。

毎夏こんなんだったと死んだフリしてやり過ごすしかありません。

毎夏のことといえば、今年もやってきました火病の季節。

私は普段だと中道左派に自分の身を置いていると思っているのだが、夏になると右系右派と軸足が移動してこんな本を読んだりしているワケだ。

中国を永久に黙らせる100問100答
渡部昇一

WAC出版

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尖閣列島問題、
南京大虐殺、靖国問題・・・・・

渡部先生の
「歴史的捏造国家」への
痛烈な反論!


中国の言いがかりには、歴史の真実をもって立ち向かえ!

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日本人はなぜ
中国人、韓国人とこれほどまで違うのか
黄 文雄(コウ ブンユウ)

徳間書店

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日本人に教えたい
中国人、韓国人の不都合な真実
*中国人の6割が中国人をやめたいと思っている
*古代から中国人は日本を理想と思っていた
*韓流の歴史ドラマはウソだらけ
*韓国人は日本人より中国人が嫌い

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アマニタ・パンセリー
中島らも

集英社文庫

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睡眠薬、シャブ、アヘン、幻覚サボテン、咳止シロップ、
毒キノコ、有機溶剤、ハシシュ、大麻やLSDもある。
ドラッグのオンパレードである。

こんな本をなんの脈絡もなく読み漁っているからアタマの中はグチャグチャ。

嫌日だけど¥は好きだ・・・テガッ
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などとアラヌ言葉わめきながら
パンツ一丁で走り回っているのだ。
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らもさんの本を読んだだけで
効いてきた感じ。
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2012年7月 2日 (月)

闇将軍/松田賢弥

メールの送受信に不都合が出てMacのサポートセンターに電話。

MacのOS最新バージョンにアップグレードし設定を変更することで最終的に問題は解決したのだが、本日のサポートセンター担当者はCクラスだった。電話でヤリトリしながら「ちょっとお待ちください、、、」を連発。きょうは外れたなということがすぐに解った。けっきょくベテランらしきシニアと呼ばれるひとに電話は交代して2分ほどで簡単に解決。

言うべきかどうか一瞬躊躇したのだが、いちおうスタッフのレベルアップをと思い、そのシニアに「さっきの担当者はMacにしてはレベルが低かった」とクレームをサラリと述べる。シニアも私の初歩的相談事を解決できなかった担当者の対応に恐縮しきりだった。

マッ!

こういうこともあるさ。

最近よく宣伝している『聞くだけで英語が話せる』というヤツ。

『見本版無料進呈〜電車を下りたらいますぐ電話を〜』

の中吊り広告を見たので無料見本版を申し込んでおいたら本日ポストに入っていた。

試しに聞いてみたら、日常会話とか旅行先での会話が、マ〜、、、丁寧な言葉で流れてくる。

マッ!

私は外国の貴族と友好を深める旅をするワケでもないから、これほど上品な会話をする心配もありません。10分ほどのCDを1回聞いただけでゴミ箱にいってしまった。

スピードラーニング

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最近読んでいる本。

闇将軍
野中広務と小沢一郎の正体
松田賢弥
講談社+α文庫

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新聞が書けなかった政治の真実
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強権、恫喝、利権、剛腕、変節!
日本を手玉に取ってきた
男たちの“裸”の実像を暴く!!
亡国の総理製造機!!

ときの権力者野中広務と作者の、正に火花散る真剣勝負だ。

政治家とは『理念』とか『信条』で動くのではなく、単なる『男のジェラー』で動くものだということがよくわかる。

野中広務の迫力に比べれば、小沢一郎はただのコソ泥に見える。

2012.07.02(月) 東京新聞夕刊

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政策で論争するならまだしも、「親小沢議員」だとか「元代表に近い議員」でけでゴタゴタゴタゴタと何10年も続いてきて、これをキッカケに政界再編成になれば、それが小沢一郎の功績だ。

こんな政治しか選択できないのも
日本人の能力だとアキラメルしかありません。
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2012年6月29日 (金)

to airegin(懐かしのバシャール)

 <to airegin

貴ブログ拝読。
懐かしい名前を発見!

須藤元気というヒトは知りませんが、ダリル・アンカ、まだ活動しているんですね。Voiceも。

ニューエージ全盛の頃、ダリル・アンカの公開セッションなるものに行きました。
voice主催だったと思います。
最前列には宇崎竜堂・阿木燿子
夫妻、関口宏・西田佐知子夫妻、それに前田日明。プロレスラーって精神世界好きが多いのでしょうか。

セッション自体は最初にバシャール(懐かしすぎ!)からのメッセージがあって、あとはくじ引きに当たった人の質疑応答だったと記憶しています。ミーハーな私は終了後壇上のアンカと握手。当時のダリル・アンカはローマ法王のようにまん中がはげていましたが、今はどうなっているのでしょうか?

次の来日の時は個人セッションを申し込みました。
都内ホテルで1時間5万円でした。通訳付き。

訊いたことは、

(1)いかなる前世だったか?
解答=ネイティブ・インディアンだった前世がある。
砂絵を描いていた。よって、しゃがんで、砂をいじる姿勢がよろず幸運を呼ぶ。

(2)本を書いているのだが、この仕事は天職か?
解答=天職といって良い。これからは、あなた自身が本になる。いろんな人があなたを「読もう」と、やってくる。いろいろな経験を味わって、あなたを皆と共有しなさい。

ーーというものでした。
もっと質問したのですが、忘れました。
帰途、大したことないな、5万円は高いぞと思いましたねー。

Voiceは別のヒーラー(名前、忘れました)の公開セッションでコケたんです。
くじに当たった人が、交通事故で死んだ兄のことをいろいろ聞いて(今、どこにいるのかとか)ヒーラーが丁寧に答えたところ(地球とよく似た生命のある星にいて、うんぬんかんかん)
その質問者が「私には兄はいません」

ヒーラーは「いろいろなゲームをすることができますね」といって逃れました。
なぜ知っているかというと、Voiceがこの一部始終を含めた本を刊行したから。
開き直りとも取れますが。

いずれにしても、その頃から景気が衰え始め、
外人チャネラーに高いオカネ払って、チャネリングする人も減少したようです。
私自身、自分が見えない、感じない前世とやらをいくら物語として紡がれても無意味だと思い至り卒業しました。
ハマっていた当時は私的には大マジメでしたが、夫には「キミはカネをドブに捨てている」といわれていました。

しかし。


   「目に見えるものには、目に見えない基盤があります」

     byサティア・サイババ  28th june 2012


ハイ、昨日、発信されたみ言葉であります。

では、佳い一日を。

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<from airegin>
コメント多謝。
まず、須藤元気World OaderについてはYouTubeで確認してください。
じつに多才なひとです。

彼のアイデアの源泉はバシャールはともかく宇宙意識にあるのではないかと思います。

女優の古手川祐子と結婚していた田中健がテレビでバシャールのことを語っていて、それで初めて名前を知りました。地球より300年(だったかな?)進化しているエササニという惑星のバシャールという意識とコンタクトするというようなハナシだったと思います。チャネリングという言葉もそのとき初めて知ったワケです。(田中健はあのころから笛を吹きはじめていました)。興味をもって即本屋に行ったのですがどこにも在庫はありませんでした。

2007年発行の「須藤元気 バシャール/(株)ヴォイス」の奥付を見ると「発行者 堀眞澄」となっていますが、初期のヴォイスは元コピーライターの喜多見龍一というひとの自費出版のような形でした。あのころのVoiceは地方小扱いではなかったですかネ。喜多見龍一のアイデアと折からの精神世界ブームが絡み合い徐々に出版目録も増え、ニューエイジ関連の物品販売にも進出して社業を拡張していったと思います。

ヴォイスの出版物もその他の商品にも関心持たなくなって何年にもなりますが、つい最近読んだ須藤元気の本で発行人の名前の変化に気づき「喜多見さんと現在のヴォイスの関係はどうなっているんだろう。ガチョーン!」と気になりましたネ。

私はヴォイスのイベントでお金を出すモノには行きませんでしたが、無料のヤツにはケッコー行きました。いずれにしてもムカシのハナシです。いまでも醒めていますが、そのころから醒めていたところがあったと思っています。

バシャール=ダリル・アンカ、あるいはチャネリングをどう捉えるかということになるのですが、マユにツバするような設定でも、ときどきハッとするような気づきがあるものです。

だから、

  「他人は自分の反映である」

などというフレーズがときどき浮かんできたりします。

要は、

 イイところだけをとり入れてオモシロがろう

 お金がかかるハナシには気をつけよう

というのが私のスタンスです。

さて、サイババが出てきましたか。

   「目に見えるものには、目に見えない基盤があります」

     byサティア・サイババ  28th june 2012

ここで絶妙なタイミングでサイババのお告げが出てきましたね。

オーム・シャンティです。

本日のオーム

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このオーム画像収集も
自分がオモシロイからやっているだけです。
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2012年5月15日 (火)

朝まで生対談/田原総一朗×佐高信

トツゼンですが、

亀井静香もつくづく人望の薄いひとだったとよくわかった。

自民党に止まっていたらもしかすると総理大臣になっていたかもしれない亀井さんだが、いつだったかは、ホリエモンを対抗馬に立てられてウロタエたり、最近では自らが立ち上げた新党を子分たちに追い出され、盟友と思われていた都知事には

「ナニッ?新党?そんなことオレに訊くなヨ!

オレは知らんヨ!カメイに訊いてくれヨ!」

などと突き放されて、いまではすっかり“彷徨えるドン亀”になってしまったようだ。自民党時代から要職を歩んできた経歴で、コワモテの実力者と一般的には思われていたのだが、政界内部では、実力のほどはちゃ〜んと見抜かれていたんだな。

その亀井静香の笑えるエピソードを知った。イヤ、笑えるというよりは日本の政治はこんなレベルなのかと背筋が寒くなるようなエピソードだ。

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激突!
朝まで生対談
田原総一朗
×
佐高信
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毎日新聞社


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田原総一朗は
原発文化人か?
佐高信は
営業反体制か?
不倶戴天の敵同士による
7夜にわたる
激論の記録!

[田原] 僕は一度、亀井静香のことで小泉を怒ったことがある。2001年の自民党総裁選で、亀井は橋本龍太郎と組もうと思っていた。そこで小泉は、「橋本と組んだって意味がない。あなたが私と組んでくれなければ私は惨敗だ。あなたが私たちと組んでくれたら、120%あなたの言うことを聞く。本当の総理はあなただ」と亀井を口説いた。

[佐高]本当ですか?

[田原]そうです。亀井は人がいいからその口車に乗ってしまった。ところが、小泉は総裁選に勝利して、首相になったら、亀井の言うことなんかまったく聞かない。全面的に騙したんです。それで僕は小泉に直接、「あなたね、当選したけれども、人間としては大問題だ」と言った。そうしたら、小泉は何と言ったと思いますか。「田原さん、権力ってそういうもんですよ」と言い切った(笑)。こういうことをぬけぬけと言うのが小泉純一郎です。

  (略)

[田原]亀井は郵政民営化の見直しをやっています。僕は亀井に「あなたは小泉のやった郵政民営化をひっくり返そうとしているけれど、亀井さんは郵政になんて興味あるの?」と訊いた。そうしたら、「俺は郵政には何も興味がない。ただ、小泉の野郎のやったことはぶっ壊してやるんだ」と言った。

[佐高]本当ですか?これを載せるのはまずいでしょう。

[田原]いや、まずくないよ。僕に直接言ったことだから。(略)

この本は田原×佐高の亀井静香論をテーマとした対談ではないのだが、この亀井静香の項には大笑いしました。なるほど「郵政は1丁目1番地」を党是として立ち上げた新党に、な〜んも理念も大義もなく、ただの小泉憎しの私憤党だったのか。

田原総一朗佐高信『激突』とうたいながらも、完全決着させる格闘技スタイルまでは激突していません。互いに得意ワザを“出させて受けて”激突しているように見せて、明日からの営業に差し障りが出ないようテキトーなところで時間切れ引き分けに持ち込みストーリーを持続させるプロレス方式。

かつて、『原発文化人50人斬り/毎日新聞社』で自分を罵倒した佐高信と相対して、「私とあなたではウデが違うから」と言い切る田原総一朗のテクニックだけがミョーに目立つ本だった。

亀井静香のエピソードもそうだが
まだ記憶に新しい政局の裏話や人物評など
対談巧者二人のセッションを
政治エンターテインメントとして
大いに楽しめた。
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2012年4月 4日 (水)

OSHO体験〜Yes OSHO

プネーの(ラジニーシ)OSHOアシュラムへ行ってきた。

ラジニーシ(1931−1990)については毀誉褒貶イロイロ言われてきたが、その最も有名なのが『セックス・グル』ということ。「フリーセックスこそ悟りを得るための最短」と公言してはばからなかったのだから、『セックス・グル』と呼ばれるのもむべなるかな。

このあたりのことは、かつて側近として仕えたヒュー・ミルンなるイギリス人の告発本に詳しい。

私はインド・グル関係の本はほとんど読まないのだが、この本は夢中になって読んだ記憶がある。

ラジニーシ・堕ちた神(グル)
多国籍新宗教のバビロン
ヒュー・ミルン著

第三諸館
(1991年12月1日初版)


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この告発本を読んだ上で、それでも私はラジニーシが好きでした。

本を読む気もなかったからラジニーシの教えがどんなものなのかも知らず、私はただ書店に並んでいる分厚い本のカバー写真を見てビジュアル的に興味をもっていたのだ。いかにも「インド・グル」らしいなぁ、、、とインチキ臭い顏を見てはニヤニヤしていたし、数々のスキャンダルもまた「人間らしくってオモシロいじゃないか」というラジニーシ・ファンなのです。

サイババに対してもそうだが、聖人賢者と呼ばれるグルの言葉は、「ときには信じ、ときには無視」しながら、さらに聖地巡りはする、要は屈折したカミサマファンなのです。

ただ、グルのスキャンダルを聞くたびに思うのは、ローカルだったグルが、何かの拍子でインターナショナルになるとき、グルといえども制御できないエネルギーに弄ばれることになるだろうということだ。

というワケで、

今回は、バグワン・ラジニーシがOSHO(和尚)として生を終えたグルのネタです。

OSHOのアシュラムはムンバイから南東へ約200キロ、プネー(プーナ)という地にある。私のプネー訪問は最初から計画していたことでもなく、ゴアで遊んでいたとき、パナジ(ゴア)→プネーの直通バスがあることを知り「それならムンバイに行く前に立ち寄ってみようか」と、例によって行き当たりバッタリの風まかせ。

パナジ(ゴア)を朝10時に出て、プネー着は夜10時くらいだったと思う。その夜はバス停近くのホテルに泊まり翌日アシュラムに下見に行ったワケだ。アシュラムはプネーという町にあるということしか知らず、どんな所なのかの予備知識もなかったのだ。

翌朝アシュラムに向ったのだが、プネーの中心からリキシャで20分くらいだったかな。インドの見慣れた喧噪を離れた、観光客にも一般のインド人にも縁のない閑静な一角にOSHOのアシュラムがあることにまずビックリ。というのも、聖地とかアシュラムは何ヶ所か知っていたから「OSHOのアシュラムもあんなもんだろう」つまり、土産物屋が軒を連ね、ホテルの客引きやリキシャマンが手ぐすねひいていて、ときには声を潜めて誘うバイニンも、、、。勝手にそんなイメージを抱いていたのだが、これらはすべてハズレだったのだ。

アシュラムの近くの安ホテルに宿をとって、、、などと計算していたのだが、アシュラム周辺に観光客相手の施設はナニもないし、したがって客引きもいない。このあたりにもOSHOの特殊な立ち位置が理解できる。


広大な敷地をもつアシュラム・メーンゲート

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初っぱなから肩すかしを喰らわされたわけだが、まずはレジストレーションオフィスに出頭しスタッフにシステムの概要を確認。パスポートチェックや写真撮影などの登録手続き。写真はパスに貼ることになる。

特筆すべきは登録に際してはエイズ検査が義務づけられているのだ。アシュラム内の感染症蔓延には特に敏感になっているようで、集団瞑想中に咳やクシャミが出そうになったら直ちに退室し、収まっても瞑想ルームに戻らないでくださいと注意されるほど。したがってエイズなら尚更注意だ。エイズ検査は指先に針を刺して採血する方法で、検査結果は20分ほどで判明、陰性であればパスが発行される。

もちろん私は陰性だったから、翌日から併設するゲストハウス宿泊の予約を済ませてその日は再び市中のホテルへと戻る。

翌朝バックパックを背負い事務所に出頭して、その日が滞在初日のビジター20人ほどでオリエンテーションを受けるのだが、これらはすべて英語。私にはほとんど理解不能だから、日本人サンニャーシ に通訳をお願いしてどうにかこうにか納得。なんと!ここにもロシア人多しだ。

オリエンテーションのあとはパスを受け取りアシュラム生活が始まるのだが、さすが、ゲストハウスは部屋代が高い分設備は万全。

OSHO GUESTHOUSE

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それまでに利用したホテルはだいたい1000円程度をメドにしていたのだが、このゲストハウスは6000円(食事別)程度だから、バックパッカーを名乗るにはちょっと恥ずかしい。それでも、たまには快適な環境の元で過ごすのも悪くないとナットクさせたワケだ。

あとで知ったのだが、セミナー参加目的などの長期滞在者は経費節約のため、このゲストハウスでなくアシュラム近辺の民宿などと週単位月単位で契約しているそうだ。

宿泊費には含まれない食事のことを書いておくと、アシュラム内にはメーンのキャンティーンの他にコーヒーハウスが2ヶ所あって、おおかたの滞在者はそこで食事を摂ることになる。現金のヤリトリは無く、あらかじめオフィスでバウチャーを購入しておき、入場料やレストランの支払い、売店での買い物などアシュラム内はすべてこのバウチャーで済ませる。

これは500ルピーのバウチャー2枚。

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利用した金額相当分をペンで消すアナログ方式だ。

食事は完全菜食のビュッフェ形式で何種類も並んでいる料理から食べる分をとり、最後にバウチャーで清算する。それぞれの料理に値段も表示してあるから自分の予算に応じて皿に盛ればよい。ただし、皿への盛りつけにはルールがあって極端な大盛りはやめてくださいということのようだ。この料理がじつに美味しく、そして菜食だから便通もすこぶる良好。

キッチンはガラス張りのオープンなっていて衛生管理面でも信頼して大丈夫。それまでインド各地で見てきた使用済みコップをバケツに汲みおいた水でチョチョッとゆすいで次のお客につかうなどということはない。こういうキッチンで作られた食事を瞑想の合間に摂るワケだから、身もココロも清浄になっていきそうだ。

そして瞑想プログラムだが、朝の瞑想はピラミッド型の屋根をもつOSHO Auditoriumというメーンのホールで6時から始まる。

瞑想はこの朝の瞑想から夜6時40分スタートのEVENING MEETINGまで1時間ほどのサイクルで行われ、もちろん参加不参加は各自の自由。部屋で休養しても良いし、プールで泳いだりテニスに興ずるのも瞑想の一種だ。そうそう忘れていた。アシュラム内では男女とも赤紫色のローブ、また夜のEVENING MEETINGは白色のローブ着用が義務づけられているので、この2色のローブを事前に売店で買っておく必要がある。水着も赤紫色と決められている。

白いローブ着用のこのEVENING MEETINGはユニークで、ステージには生バンドが入り、バンドの奏でる音に身体を委ねているうち自然に動きは大きくなっていく。グループ あるいはペアになって決められた共通のステップを踏むということでもなく、あくまでも個人単位だ。

このEVENING MEETINGをOSHOは最重要と位置づけていたそうで、時間も2時間くらい要したと思う。リズムに合わせて身体を動かすのも瞑想。ノドが張り裂けんばかりに絶叫するのも瞑想。大木が朽ちるように身体を床に投げ出すのも瞑想。もちろん大地に抱かれるように横たわるのも瞑想。参加者は自分のやり方で己の内面に没入していくのだ。

最後は生前のOSHOの講話ビデオが流されるのだがすべて英語だから細かい内容まで私には理解できない。だからOSHOの顏を見ているだけ。OSHOの眼は独特の光を放っていてマバタキもしない。大きく見開いた黒目勝ちの眼をじーッと見つめていると吸い寄せられていく感覚に陥る。プロジェクターでこれだから、もし生身のOSHOと対面していたら「このグルのためなら俗世間のすべてを投げ出して、、、」ということになっても不思議でない。

信者を急激に増やしていったカリスマ性というのはこの眼だなッと読んだ。

ここでオリエンテーションでのことを思い出した。生前のOSHOはジョークが好きだったという。このEVENING MEETINGで放映されるビデオの中でもそのジョークシーンが出てくるから、面白かったら笑いましょう。意味が理解できなくても構わないから笑いましょうという説明があったのだ。例え演技であっても大きな声を出し身体をよじらせて笑うのも瞑想というワケだ。

各瞑想にはリーダー役が黒いローブを着て立ち会うのだが、特に瞑想指導するふうでもなく、彼らから何かを強制されることもない。それぞれのスタイルで瞑想を楽しめば良いのだ。ただし、明らかに批判的態度を崩さない参加者にはやんわりと退室を促しているようだ。

このような瞑想プログラムと平行するように、セラピスト養成のセミナーも開催されていて、世界各国からプロを目指す人々が参加している。一定期間のセミ ナーを受け修了するとOSHO団体認定のセラピストを名乗ることができるのだろう。とうぜん、職業としてのセラピストを目指すことより、セミナーで学んだ結果を自己分析に役立てようという参加者もいるようだ。

OSHOの講話ビデオは「Yes OSHO」という女性の声で終わりEVENING MEETINGも終わるのだが、もしかすると、英語の講話のあとの「Yes OSHO」には、日本語しか解らない私に想像もつかない何らかの仕掛けがあるのかな?

冷静な観察者の立場に徹していた私はフト思ったりするワケだ。

夜9時、ピラミッド型のOSHO Auditoriumは月明かりの中に浮かび上がり、瞑想を終えた白いローブの男女が掘り割りの水面に映える図というのは、この絵柄だけを切り取れば充分にカルト集団そのものだぜ。

いわば公的ともいえる瞑想プログラムが終了したあとは、広場にバンドが入り、お酒も飲めてのリラックスタイム。夜のリゾート地そのものの雰囲気になってしまうのだ。

3泊4日のわずかな体験での判断になるのだが、瞑想プログラムはOSHO側、宿泊食事管理はリゾート地開発会社という、2つの団体のノウハウを合体させビジネス化したのがこのOSHO INTERNATIONAL MEDITATION RESORTではないだろうか。

「瞑想を学びたいと思って来ました」

登録時、アシュラム訪問の理由づけを一応こんなふうに話したら、

「ここは学ぶ場所ではありません。体験する場所です」

ニコヤカな笑顔でこういう答えが返ってきた。

確かに!

たまにはこういう体験をする時間を持つことは必要ではないだろうか。

イロンなリゾート地で遊んだから、

次の休暇は瞑想なんかで過ごすのもイイかも、、、。

こんな動機で訪れるのもオモシロイかもしれません。

ただし子供のための設備はな〜んにもありません。

あくまでもガキ抜き、大人だけのリゾート地だということをお忘れなく。

    (つづく)

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2012年4月 1日 (日)

桜の季節のコラボ本だ

たぶん10年以上ムカシになるだろう。内藤国雄九段(八段だったか?)が、テレビのバラエティー番組でお笑いタレントから「コンピュータとやったら勝てますか?」と訊かれ、「あんなゲームを作っているのは三段か四段の連中ですよ。そんなモンに負けるワケないじゃないですか」とムッとしたような顏をして答えていたのを思い出す。内藤国雄さんは将棋を指すかたわら『♪おゆき』というヒット曲で歌番組にも露出していた時代があったのだ。

何百手も先を読むというプロ棋士の脳力にコンピュータではとても太刀打ちできないだろうと言われていて、内藤さんにも「そんな器械ごときに、、、」という自負があったのだろう。

しかし、内藤さんの時代から幾星霜、コンピュータの研究開発は急激に進み、それに伴いプロ棋士を脅かすほどの力をつけたコンピュータ将棋まで出現するに至り、無視できなくなった将棋連盟はプロ棋士に対して「コンピュータとは公式の場で指してはならない」という通達を出すワケだ。

  プロ棋士とコンピュータではどちらが強いのか?

これは将棋ファンのみならず一般的にも興味のわくテーマだ。

女流棋士、プロ棋士それぞれの第一人者が対戦して1勝1敗。そしてついに現役を引退したとはいえ、棋界最高の人気者で永世棋聖にして日本将棋連盟会長の米長邦雄が登場しコンピュータ将棋No.1のボンクラーズと対戦するという運びになるワケだ。

この本は、

『勝ってあたりまえ、負ければ石つぶて』

という損な役割を敢えて引き受けた米長邦雄のドキュメンタリーだ。

われ敗れたり
コンピュータ棋戦のすべてを語る
永世棋聖米長邦雄日本将棋連盟会長
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中央公論新社

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ニコニコ生放送で
100万人が見守った
第1回将棋電王戦
「米長永世棋聖vs.ボンクラーズ」。
その激闘の裏側には何があったのか。

結局、人間がコンピュータに敗れるという結果になるのだが、敗者米長邦雄が、対コンピュータ戦にどのようにして望んだか、プロ棋士対コンピュータとの将来などを率直に語っていて興味が尽きない。とくに対戦相手のコンピュータに対して戦友のような眼差し情を向ける米長さんの姿勢に惚れてしまう。

勝負に賭ける男たちの姿には将棋の知識がなくとも感動を覚えるだろう。

米長Vsコンピュータ将棋開催のことはずいぶん話題になったから知っていたが、対戦のときはインドにいたために、結果については本屋でこの本を手に取って初めて知ったことになる。

一芸に秀でた人の姿は本当に美しいものだとつくづく思う。

そのインドで撮った写真を整理し始めている。

プリントアウトしてブックを作ろうというワケだ。

ただいま乾燥中。

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用紙だとかインクだとか消耗品の減りも激しく、なにか不足なモノが出るたびに西新宿へ走ることになる。出費もバカにならない。

西新宿に出て、ニコン、アサヒペンタックス、エプソンなどの写真ギャラリーをのぞいたり、オームの落書きを発見したり、アフガニスタン青年と出会ったりするワケだ。そしてついでにブBook1st.に立ち寄っては米長邦雄さんの本を買ったりしたのだが、本日はこんな本を買ってきた。


枡野浩一 短歌
杉田協士 写真

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雷鳥社

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さよならをあなたの声で聞きたくて
          あなたと出会う必要がある

ロングロングショートソングロング

出版不況と呼ばれるなか、シリアスな写真集の出版は少なくなって、こんなふうに、コラボレーションというのか異ジャンルの表現者の共同作業が多くなっている。

この本は枡野浩一(歌人=短歌)と杉田協士(映画監督=写真)のセッションだ。

京王プラザホテル前のドドールで
コーヒー飲みながら一挙に読み切ってしまった。
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2012年3月26日 (月)

『インド夜想曲/アントニオ・タブッキ』に捧ぐ

今回のインド旅行で

私がバッグの中に入れていた本のなかの

著者が亡くなった。

68歳か、、、まだまだ若かったんだなぁ。

2012.03.26(月) 読売新聞

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『インド夜想曲/アントニオ・タブッキ』

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インドの深層にふれる
ミステリアスな内面の旅行記
タブッキの代表作を須賀敦子の名訳で
白水社

この本に出てくる場所

1 カジュラーホ・ホテル
Suklaji Street番地なし 
ボンベイ


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Suklaji Streetまでたどり着いたが
カジュラーホ・ホテルは何人に聞いても不明だった。
売春窟のニオイは充分に残っていた。

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2 ブリーチ・キャンディ病院
Bhulabai Desai Road
ボンベイ


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小説では医者がカルテに埋もれているシーンが出てくるが
現在は近代的な病院になっている。

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3 タージ・マハル・インターコンチネンタル・ホテル
Gateway of India
ボンベイ


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事件の後はセキュリティが厳しく
冷やかしにお茶を飲みに入れる雰囲気ではなかった。

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4 鉄道休憩室、ヴィクトリア・ステーション
Central Railway
ボンベイ
宿泊には未使用の鉄道乗車券あるいは
インドレイル・パスが必要。


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時節柄、
鉄道駅構内で写真を撮ってトラブルになっても困るから
ステーション・マスターの事務所に撮影許可を貰いにいったら
「好きに撮って良い」との返事だった。

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5 タージ・コロマンデル・ホテル
5,Nungambakkam Road
マドラス


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新築されたのだろう、近代的なホテルだった。
ガードマンに
『<マイソール>というレストランは今でもあるか?』
と訊いたら不審に思われセキュリティ・オフィスに連行されてしまった。
もちろんパスポートチェックを受けて無罪放免だ。

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6 神智学協会
12, Adyar Road, Adyar
マドラス

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神智学協会は『地球の歩き方』にも載っている。

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7 バス停留所
マドラス=マンガロール街道
マンガロールの約500キロ手前
正確な位置は不明


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小説では奇形の占い師が登場するマンガロール街道だ。

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8 Arcebispado e Colegio de s.Boaventura,
カラングーテ=パナジ街道 旧ゴア
ゴア


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パナジ街道の床屋。

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9 スアリ・ホテル
Swatantrya Path,番地なし、
Vasco da Gama ゴア


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スアリ・ホテルは取り壊されて
ショッピングセンターを建築中だ。
今年中は完成といってたがもちろんンインド時間だろう。

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10 カラングーテの浜
パナジより約20キロ
ゴア


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カラングーテビーチの猫屋敷。
家の中で昼寝中の猫もいると言いやがる。

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11 マンドヴィ・ホテル
28,Bandodkar Marg, Panaji
ゴア


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パナジ市内にあるホテルだが
お客はビーチの安ホテルに流れて
サビレ感は否めない。

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12 オベロイ・ホテル
Bogmalo Breach
ゴア


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オベロイ・ホテルは
Bogmalo Beach Resort
と名前が変わっていた。

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故・アントニオ・タブッキさんに捧ぐ
あなたの小説に引き寄せられて
舞台となった場所を訪ねた日本人がここにいます。
(撮影:2011.12-2012.1)
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2012年3月21日 (水)

ヒッカドゥワのブックリスト

ヒッカドゥワには旅行者が求めるものは何でもある。

ネットカフェもあるしスターバックスも、、、、、、、。

と思ったら、、、

STARBEANSだった。

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なんといっても太陽の光がいちばん嬉しい。

ビーチを埋め尽くすデッキチェア。

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人々が楽しんでいるこんなビーチをリュックサック担いでのホテル探しも、、

ケッコー惨め!
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サーファーのメッカでもある。

それほど大きな波もなく初心者でも楽しめそうだ。

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私が泊まっていたホテルは日本人の奥さんと、スリランカ人のご主人が経営する『ブルーオーシャンビラ』というエコノミーなホテル。日本人客も多いようで、書棚には彼らが残していった本がある。

誰が何の目的でスリランカに持ち込んだのか?
モルモン教の分厚い本もあったりする。

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サーフィンもやらない私はビーチでのオームハンティングに飽きたらただひたすら読書に励む。

君が前の彼氏としたキスの回数なんて俺が3日でぬいてやるぜ。
俺には地球が止まってみえるぜ。
駅の名前を全部言えるようなガキにだけは死んでもなりたくない
刑事コロンボ/歌う死体
砂に書いたラヴ・レター

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容疑者Xの献身
毒猿
男たちのバラード

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アメリカ

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ヒッカドゥワで若い日本人カップルに会った。

かれらは大震災後にインド北部のヴァラナシにいたのだという。レストランで隣のテーブルに大きなカメラを持っている年配の男がいて「これ、マズいからキミたちにやるよ」とキムチの皿をくれたのだという。

せっかくだからと頂いたらやっぱりマズいキムチだったそうだ。

そのカメラマンだという男の人相風体を聞いた私は「その人は藤原新也さんだ!」とすぐに解った。

「そのフジワラさんというのはダレですか?」

「ナニッ!キミたちは藤原新也さんを知らないのか?藤原新也さんは写真家だけど、写真に止まらず宗教から社会批評までその活躍は多岐にわたる人だ。

オレがインドに興味を持ったのも藤原さんの『印度放浪』という処女作を読んだからで、インドを旅することに特別な意味を持たせた哲学者といってもよいだろう。我々の世代には大きな影響を与えた人なんだ。

オレが何千枚インドの写真を撮ろうとも藤原新也さんの撮る1枚の写真の足下にも及びやしないと思っていて、オレにとっては神様のような人だ。

その藤原新也さんの名前も知らずしてヴァラナシにいくとは、、、、

しかもだなぁ、、、

キムチまで御下賜にあずかるとは、、、、

『藤原新也を知らずしてヴァラナシを語るなかれ』

キミたち勉強不足だぞッ!

いつ日本に帰るんだ?

いいか!日本に帰ったら『書行無常/藤原新也/集英社』を即買いなさい!読みなさい!」

余計なお世話とは知りつつ紙ナプキンに藤原新也さんの新刊をメモして渡したら、必ず買います読みますと言っていたけれど、あのカップルは日本に帰っているだろうか、そして、本は買っただろうか。

それにしても、何十冊もの著作がある藤原新也さん、自分のことを知らない若い日本人男女に出会って、「オレって、、、あんがいマイナーなんだなぁ、、、」と、ヴァラナシの裏通りで苦笑いしたかも知れません。

藤原新也さんのシリアスな作品『アメリカ』を読みながらこういう本で気分転換。

ビッグコミック/ゴルゴ13シリーズ。

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ちびマル子ちゃん2。

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ちなみに、これはヒッカドゥワ・ロティ・レストランでとった昼食。
ヌードルスープ+バナナロティ+マンゴーラッシー

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三代目魚武濱田茂夫さんとか
喜多嶋隆さんの本なんて
こんなときでもなければ読むことはなかったぜッ。
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