2010年2月15日 (月)

テネシー・ワルツ〜神々の科学/青山圭秀

今年1月中頃のこと、新宿駅西口をヨドバシカメラに向っていると岡林信康さんを見かけた。右手にステッキ持って足を引きずるようにしている。たんなる捻挫なのか、それとも他の病的疾患のせいなのか気になっている。

我らが「フォークの神様」はステッキよりギターを持たなくっちゃ。

忌野清志郎さん、加藤和彦さん、そして浅川マキさんと、『我らの世代』の表現者の訃報が続いている。そうしたら今度は立松和平さんだ。同時代を生きてきた者にとっては、こんなふうに少しずつ世代交代していくんだろうな。

そんなブルーな気分が底にあって「オレも今のうちに身辺整理しなくっちゃ・・・」と荷物を片付けさせたのだろう。もっとも、処分したCDレコードの金額によってはパソコンを買い替えようという皮算用もしているのだ。

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吉祥寺井の頭公園では寒空の下、テンガロンハットにギターのダンナが♪テネシー・ワルツを熱唱している。歌で他人を癒そうとしているのか、自分が癒されたいのか、他人も自分も癒そうということなのか。それとも「ワシ、、、そんなことじぇんじぇん考えてないもんネ〜」ということなのか。いずれにしても幸せそうなダンナだった。

私はダンナの♪テネシー・ワルツを聴いて楽しかったぜ。

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思いついて、井の頭公園入り口のエル・ブレス(だったっけ?)というスポーツ用品屋に行き、駐車場前を通りかかり、アラッ?・・・と思った。

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じつはこの料金所には昨年の秋までこんなオームがあったのだ。

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2009年10月撮影

今回通りかかったら、料金精算機も背景のテントも取り替えられ、したがって、オームマークもキレイに消えている。

このサイトでは『街のオーム』として、街歩きで見かけたオームを紹介しているが、その中には建物などに描かれたオームマークも10数点はある。不思議なのはその画像をアップ後しばらくしてそのオームを見に行くと、壁が塗り替えられたり、あるいは建物自体が取り壊されたりしてオームマークは跡形もなく消え去っているのだ。

吉祥寺のこのオームも私に見られてから2ヵ月ちょっとのイノチだった。

意識する者にとって神聖なマークといえども、しょせん落書きは落書きだから塗り替えられるのは当然のハナシ・・・。

それでも

「オレに写真を撮られることで

あのオームは役割を終えて

天に還ったんだぜッ!」

と決めつけてオモシロがる余裕が、まだまだ私にはある。

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私が旅の先々で見かけたオームは、あくまでもブログネタのアイコンという範囲内で付き合っているが、この人の場合、マジで印度沼にハマってしまいノッピキならない状況に陥っているようだ。

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神々の科学
奇跡の瞬間
青山圭秀

三五館
2009.11.30初版発行
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あれは、私の
幻だったのか?
いいや、違う・・・・・
再訪の地インドでは、太古の聖賢たちの
残した「予言の葉」が待ち受けていた。
しかし実現性は疑わしい。なぜなら
神の領域に踏みこむのだから。

『アガスティアの葉』

から15年。青山圭秀、
長い沈黙を超え、
新たな事実を!

私は、「科学では証明されないことはヤマほどあるだろう」と思う者であり、「この著者は特別な使命を背負ってこの世に生を受けた」と常々思っている。だから、これまでの著書の内容も信ずるし、今回発刊されたこの本の内容も「著者の体験」として信じる。

あくまでも「著者の体験」というカッコ付きなのだが。

私がネタにしているガネーシャや、古代から伝わる神様聖者の名前を出して、どれほど壮大な宇宙の物語を表現したのかというと、言いにくいが、、、著者主宰の高額な瞑想教室あるいはセミナーの申し込みクリック数に貢献するという程度の、じつに卑小な現実世界にしか影響を及ばさないとみた。

マッ!もっともカミサマ/ ホトケサマ関係って皆そんなもんだろうけどネ。

著者の特異な体験を綴るこのテの本は「カミサマエンターテインメント」の一種としてオモシロがりながら読むのが正しいんじゃないかというのが私の読後感だ。

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どんなに瞑想しても、どんなに聖地廻りをしても、どんなに多額な寄付をしても、下心をもった行為などで救われることはない。ごくごくフツーにメシ喰って、ソークして、欲望は欲望として抱え生きていけばそれでいいんじゃない?それ以上ナニを望む?というのが私の立ち位置なのだ。

そうしたら、最近、宗教評論家ひろさちやさんの面白いコラムを読んだ。

2010年2月13日(土)東京新聞
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『ひろさちやのほどほど人生論』は東京新聞に毎月1回掲載されるコラムだが、今月の『死の恐怖を克服する』にはニヤリとした。長くなるが面白かったので転載しよう。

山伏が一休禅師に験比べ(げんくらべ)を挑みました。験比べというのは、修験者が修験の程度を競うことです。

まず山伏は、きゃんきゃん吠えている犬を呪文でもって鳴きやめさせようとします。けれども、いくら呪文を唱えても、犬は鳴きやみません。次は一休禅師の出番です。彼は持っていたおにぎりを犬にやります。すると犬は、たちまちおとなしくなりました。

そこで山伏は、こんどは燃えている火を呪文で消すことにしました。でも、いくら呪文を唱えても、火は消えません。ところが一休禅師が、その火にじゃあと小便を引っかけました。もちろん、火はすぐに消えてしまいました。

また、こんな話もあります。

釈迦が旅の途中で、一人の苦行者に会いました。なんだか疲れきった様子です。釈迦は、「あなたは何年間、苦行をやっているのですか?」と尋ねました。「25年」と苦行者は答えます。次に釈迦は、「その結果、あなたは何を得られたのですか?」と尋ねました。

「水の上を歩いて川を渡れるようになりました」

と、苦行僧は得意げに言います。すると釈迦は「あなたは馬鹿ですね。なにも25年も修行をしないでも、船賃さえ払えば、船頭が向こう岸に渡してくれるでしょうに・・・」

と、あきれ顔で言いました。

そして、ひろさちやさんは「死の恐怖をなくすにはどんな修行を積めばいいのですか?」という質問に対して、いくら仏教を勉強しても死の恐怖はなくならない。誰でも死はこわいのだ。それなら死をこわがればいい。<ああ、こわい、こわい>と怯えていればいいのです。それが仏教の考え方だと思う。

と、コラムを締めています。

ホントに、、、、
救いというのは
こんなふうに単純なものかも知れないと改めて気づき・・・。
ディーパック氏にこのコラムを読ませてあげたいと・・・
そんなことを思ったのでした。
井の頭公園の
♪テネシーワルツのダンナを見習って
バカになるのが一番だぜ。

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2010年2月11日 (木)

シーク青年〜さらばバンコック

『引き寄せの法則』なのか『引き寄せられの法則』なのか、それともただの偶然なのか解らないが、ともかく不思議なオームとの出会いがあったバンコックでした。

ここで、ハナシをもう一度バンコックのクイーンズ・ガーデン・リゾートホテルに戻しましょう。

前回でも書いたとおり、このホテルは空港に近いという立地で、車で15分ほどだから深夜あるいは早朝便のお客の利用が多い。

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ホテル前で空を見上げていると頭上を飛行機がこんなふうにひっきりなしに行き来しているから騒音が多いのが難だ。

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早朝のホテル前の運河は流れ着いた川藻に覆われ、それを除去するためのボートが毎日出動する。

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川藻除去の作業が終わるころ、運河に架かる橋の上は仕事にでかける人たちがこんなふうにバイクタクシーで通りかかり、

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母子も散歩に顔を見せ、

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女学生はピースサインで愛嬌をふりまく。

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こんなクイーンズ・ガーデン・リゾートホテルでちょっとミョーなことがあったので、そのことを書いておきたい。

ホテルにチェックインをしたあと、一息いれて街に行くつもりでホテルを出た瞬間にシークと鉢合わせしてしまった。

「オイオイオイ・・・・現れたぜッ・・・シークが」

何とも絶妙のタイミングでシークとの遭遇だ。

例によって、グル・ナーナクだのアムリッツアだのゴールデンテンプルだのと並べてコミュニケーションを計る。“我がグル”の名前や故郷パンジャブなどが日本人の口からいきなり出れば、いかなるシークだって嬉しくないはずはありません。その上、この日本人「オレはサティア・サイババの信者だ。サイババ知ってるだろッ?」と言う始末。

「もちろんサイババは知ってる。ボクはラクシュミの信者だ」などと言うと、財布からラクシュミの絵を持ち出しやがった。

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「ところで、オマエはこんな所で何をしているアルか?シークのお寺この近くアルか?」

私の問いにシークはイロイロ説明してくれるのだが、私の英語力では言ってる意味がどうも理解できない。ただ、占いをやっているらしいことだけは解った。そこで、カラカイ半分に「オレを占ってくれよ」というと、彼は私の顔をジーッと見つめ、

「オマエの前世は人間で・・・来世も人間に生まれる」

などと抜かしやがる。

シークとラクシュミの組み合わせもうさん臭いと思ったが、「前世だの来世だのを持ち出す占い師もアブナいアブナい」とハラの中で嗤っていたワケよ。

そうしたら、

「オマエのラッキーナンバーは何だ?」

と訊くから、

「セブンだなぁ、ラッキー・セブン!と言うだろ」

アタマの中にイメージした数字をテキトーに答えると、シークはしばらく目を瞑ったあとポケットから手帳を取り出して何やら書いている。

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そして、シークは手帳のページを破り折り畳んで私の右手に掴ませてくれたワケだ。

私はその紙を右手に握ったまま若かりし日にダージリンからカニヤクマーリまで旅したことなどを話して日印友好に寄与すると、シークは「オマエの年齢は何歳だ?」と質問してきた。

正直に満年齢を答えると「さっきの紙を見ろ」と言われ、右手の紙切れを開くと、ソッ!その紙には、さっき私がラッキーナンバーとして答えた『7』と私の年齢が書かれていたのだ。

『7』については私が実際に口に出して答えた数字だから、その紙に書かれているのは不思議ではない、しかし、年齢については私が答えたときにその紙はすでに私の右手の中にあったワケだ。

「なぜッ?!」

私は外国に行って年齢を訊かれれば、ずいぶんサバを読んで「40歳!」と答えても誰からも不思議に思われない。たぶん大方の外人にとって日本人の年齢など判断できないはずだ。ましてやシークの青年が日本人の私を外観から実年齢をピタリと言い当てられるとは思えないのだ。

「なぜッ?!なぜオレの年齢が解った?!」

運河に架かる橋の上でそんなハナシをしていると、ホテルの従業員が二人現れてシークを罵った上に追い払ってしまった。どうやら橋の上での私とシークのヤリトリをホテル側から遠目に見ていて、お客である私が何か面倒なことに巻き込まれていると思ったらしい。

シークは寂しそうな笑顔を浮かべながら消えてしまった。シークとてタイでは外人だから騒ぎを起こしたくなかったのだろう。

「シークの青年に悪いことをしたなぁ、、、

ノー・プロブレムだからとホテルのヤツらに言えば良かった」

もっとハナシをしたいと思い彼を捜したがどこかに消えてしまった。橋の上からどっち方面に消えたのかもまったく憶えていないのだ。

「なぜオレの年齢が解ったのかなぁ、

たんなる出まかせが当たっただけだったのかなぁ」

それにしても、

「なぜ?

ラクシュミの絵を持ったシークが、

観光エリアでもないあんな場所にいたんだろうか?」

「意味があるような、意味がないような」そんな釈然としない思いを抱きながら、旅は一挙にエンディングに近づいて、早朝5時発の空港行きシャトルバスでクイーンズ・ガーデン・リゾートホテルを離れることになる。

バンコック発成田行きUA機は満席。このUA機は昨年ブラジルへ行ったときの飛行機遅延に対してのお詫びバウチャーを利用したものだ。昨年夏くらいには「今年はバンコックへ行こう!」と早めに予約したもので、こんなに満席になるんだから早めに押さえておいて良かった。

東京は寒いからと冬支度で飛行機に乗り込めば、隣席の白人青年は半ズボンにタンクットップ。パタヤビーチからそのまま駆けつけたような格好だ。

「東京は雪が降ってるかもしれないよ」

そう言うと、彼は「平気だよ、ロスアンジェルスに行くんだから」と表情も変えずに答え、即機内の薄い毛布にくるまって寝こみ、成田に着陸直前までコトリとも動かなかった。成田に到着すると半ズボンタンクトップのそのまんまに紙袋ぶら下げ、ビーチサンダルをパタパタいわせてトランジットゲートへと向っていきやがった。

私は用心して厚手のコートのフードを被り直し南国から北国モードへと変換したのだが、やっぱりああいう白人連中と日本人では身体の仕組みが違うのだろう。

そして、

あっけなく旅は終わり、

またいつもの日常に戻るべく

ブーメランのようにささやかな巣へたどりついたワケだ。

郵便ポストの中の宣伝チラシやら年賀状類を仕分けしながら部屋のドアを開けてギョッとした。

何ジャッ?
コリャッ!

何と・・・・台所に鍋釜食器類が散乱しているではないか!!!

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何ジャッ?
コリャッ!

冷静になって状況を見回すと、どうやら吊り戸棚が落ちたためだということが解った。しかし、男の手でガチガチに留めて何年も問題なかった戸棚が、何で私の留守中に崩れ落ちなけりゃならんのじゃ?。

ガネーシャの小僧が・・・
イタズラしに来やがったナッ!

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アッチコッチで遭遇したオームやガネーシャを
事実は事実として捉えるだけで
それ以上
ことさらに特別な意味を持たせるのは
危険だと
理解しているが



ナニモノかが信号を送ってきてる。



そう思ったほうが
ハナシはオモシロそうだゼッ。
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バックパックを解くのもそこそこに
散らばった食器類を片付けながらそんなことを思った。

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2009年12月11日 (金)

遥かなる水の音/村山由佳

数日前の朝、喫茶店で読売新聞を見ていると新刊書のこんな広告が目についた。


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「モロッコ」とか「サハラ」という文字を見るとミョーに旅ゴコロをかき立てられてしまうから、早速この本を購入。

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遥かなる水の音
村山由佳

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集英社
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僕が死んだら、
その灰を

サハラにまいてくれないかな。
青年の死をきっかけに、
悩める大人たちの旅がはじまる-----。

「僕が死んだら、その灰をサハラにまいてくれないかな」

エイズのためパリで死んだ日本人青年の遺言を果たすため、パリからモロッコのメルズーカ砂漠に向かったのは、

青年の姉でパリでツアーガイドをする女性。

青年とパリで同居していたゲイのフランス人。

青年の幼なじみで日本から駆けつけた若いカップル。

そして、

このグループとモロッコのタンジェで合流したモロッコ人ガイド。

ストーリーはモロッコの乾いた景色を背景に、それぞれがそれぞれに持つ悩みを見つめ直しながら昇華させ、サハラ砂漠を目指す展開で、まるでロードムービーを見ているようだ。彼らが選んだコースは私が数年前にメルズーカ砂漠にたどり着いたコースと同じだったこともあり、特に興味深く読んでいるところだ。

さて、

小説は「旅の途中」だけど、彼らが目指すメルズーカ砂漠はこんな景色だった。

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そして、そのモロッコ旅行で私が最もお気に入りの写真がコレ。


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メルズーカ砂漠の入り口の街エルフードのホテルで写したもの。

ホテルには映画の撮影中だというスエーデンのクルーが滞在していて、その中の1人がロビーでMacBookを使っているのを見て、同じMacファンとして嬉しくなって写真に撮ったものだ。このMacがモロッコ旅行中に見た最初で最後のMacだった(ちなみに後ろの肖像はモロッコの皇太子)。

『遥かなる水の音』に触発され
ハードディスクの奥に仕舞い込んであった
モロッコの写真を引っぱり出して見ていたら
またモロッコに行きたくなったぜ。

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2009年11月 1日 (日)

秋深し隣りはトナリ俺はオレ

この時期になると毎年書いているような気がするけれども、『本の街』神田神保町のブックフェスティバル。

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歩道を埋め尽くした古書の出店も例年ながら多くのお客さんを呼び込んでいました。

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これも、この時期恒例の駿河台下とんかつ駿河のカキフライも始まりました。


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今年からは50円値上げして900円になっていましたが、それでも試してみる価値のある味です。

そして、丸香はあいかわらず絶好調。

釜揚げうどんと野菜天ぷら

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神田神保町はこのように『本の街』であり『B級グルメ』の街ですが、『楽器の街』でもあるのです。

中央線お茶の水駅から明大前の坂を下る両側は楽器店が軒を連ね、駿河台交差点の靖国通りにもギター専門店がズラ〜リ。東京にこれほどのギター弾きがいるのか?と思えるくらい。

三菱UFJの角を入ったところのESPなんかはいつも金髪に染めたギター小僧が出入りしているのが見られます。このESP の絵は、、、これはサンタナかな。

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ESP近くにあるのが『かつぎ屋』という最近できた担々麺専門のお店。このコッテリした味が人気を呼んだか、お昼時には行列が絶えません。


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靖国通りを小川町交差点を突っ切り神田方面に向った『つじ田』というこの店も超繁盛店ですネ〜。


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ラーメンなんていうのはムカシはビンボー人が喰うものだったけれど、最近はなんだかんだトッピングしたりすると1000円を超えるほど。それでも特徴のある味だと行列ができるくらいだから「たかがラーメン」などとあなどることもできません。

本を探しに
そしてB級グルメを味わいに
どうぞ
神田神保町界隈の探索に
いらっしゃ〜い!

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2009年10月21日 (水)

明治公園秋景色

年末にミャンマーを中心に東南アジア旅行の予定で、ガイドブック替わりに読んだのがこの本。


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ミャンマーという国への旅
エマ・ラーキン

大石健太郎=訳
晶文社
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オーウエル『一九八四年』の悪夢が現実となった国

『1Q84/村上春樹』関連で再び注目を集めたのが、『1984年/ジョージ/オーウエル』。この作品は国民を徹底的に洗脳し監視する恐怖国家を描いたSF小説で、作家になる前のオーウエルがイギリスの警察官として英領ビルマに赴任していたゆかりの地を廻り、若き日のオーウエルの足跡を辿ったのがこの『ミャンマーという国への旅/エマ・ラーキン』。

オーウエルが赴任していた時代(1920年代の5年間)から70年を経た現在に、国名をミャンマーと変えたビルマを旅し作者が見たものは、、圧政と密告に怯えるミャンマーの人々の暮らしで、それは正にオーウエルが描いた『1984年』の世界そのものだった。

このブログを通じて知り合い、ときおりメールをやりとりをする読者に、「こんどミャンマーに行こうと思う」と報告したところ、「ワタシもミャンマーの仏教遺跡に興味があって一度は行きたいとは思っているが、些少でも軍事政権にお金を落とすのはイヤだ」との返事。

たしかに新聞などで伝えられるミャンマー政府のヤリクチは、そのウサン臭さといったら北朝鮮と共に東西の横綱。それでも北朝鮮と異なり一般旅行者がある程度自由に国内を旅行できる環境は残されているようだから、「軍事政権・・・うんぬんカンヌン」ということは承知の上で、そのことには頬かぶりして実際の空気を吸うために行ってこよう。

というワケで、

とりあえずバンコックまでの往復チケットを予約。昨年ブラジル旅行した時に乗ったユナイテッド航空の、遅延に対するお詫びバウチャー250ドル分を使ったから3万円チョッとで済んだ。バンコックから先については、できれば陸路を入りたいという希望もあって未定だ。

今度の旅行にちょうど手頃だと思って千駄ヶ谷明治公園のフリーマーケットで見つけて買ったのがこのリュックサック。


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容量60リットルというのは大きいかな?とも思ったけれど、背負って試した感じでは肩口と腰に衝撃を和らげるパットもついていて背中にうまくフィットするし、ほど良い使用感のあるのも気に入った。一応ちゃんとしたブランド品だから、新品だったら2万円超というところか。

このリュックサックを出品していたのが私と同世代の男性で、見た感じがサラリーマンというよりは、いかにもお気楽な感じで、長年の自由業が身体に染み付いたような雰囲気。

同世代同士での値段交渉も、

「ダンナ、、、もうチョッと、、、キモチ勉強してよ〜」

「コレは2回くらいしか使ってないんだよ。新しいリュックを買ったんでフリマに持ってきたんだから、、、」

「オレもこのリュック背負ってタビに出ようと思ってるんだ」

「しょうがないな〜、それじゃ、もう500円だけ頼むよ〜」

などのセッションの後、5500円を3500円で手を打ったもの。

最初は大きすぎるかな?と思ったリュックも、背負って歩いてみると街歩きにもそれほど違和感がない。これで3500円だから良い買い物をしたと喜びながら細部にチェックいれたら、ベルトのバックルが一ヶ所壊れているのに気がついた。その後に立ち寄った東急ハンズで、代わりのバックルがないかと探してみたが合致する規格が無い。

そこで、メーカーの直営店に持ち込むと「預かっておいて修理しましょう」との返事。

無ければ無くても済むようなベルトのバックルで、それほど大きなダメージでもないが、『生涯バックパッカー』を自称する身として、これから何回かお世話になるリュックのような気がして、この際だからと修理を依頼すると、リュックを点検していた店員が「アレッ、お客さん、何か入っていますよ」と言いながら隠しポケットから1本のフィルムを取り出した。

「さっきフリーマーケットで買ったリュックだ」とも言えず、「こんなところにあったのか」というような顏をしてフィルムを受け取ったものの何か気になる。外函から取り出されて剥き出しになっているところを見ると、たぶん撮影済みフィルムを隠しポケットに入れ、忘れたままのリュックをフリーマーケットに出したのだろう。

他人の秘密を覗き見するような後ろめたさもあったが、

翌日DPE屋に出してみると、、、、。

インデックススタイルでA4サイズに仕上がったプリントを見てギョッとした。

 コレは・・・ミャンマーの写真?!

つまり、

今度のミャンマー旅行に使用するつもりで

フリーマーケットでリュックサックを買ったら

前所有者が忘れたらしいフィルムが出てきて

そのフィルムを現像したら・・・・

そこには、

これから行こうとするミャンマーの写真が撮影されていた。

“ニューエイジファン”にとってはたまらないストーリーで

「引き寄せの法則」現象が出現したというワケだ。

「こんな奇蹟がホントにあるんだなぁ〜」





しかし、、、

写真をよく見ると、東南アジア仏教国の市場には間違いないが、僧侶の衣装、菅笠の形、オートリキシャなどから、ミャンマーというよりはベトナムのようだ。「こうあってほしい」という私の潜在的願望が、ベトナムの写真をミャンマーだと勘違いさせたものだろう。


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劇的な結末にはならなかったけれど、リュックサックに置き忘れられたフィルムにはバックパックのメッカである東南アジアの風景が収められていたことには間違いない。

このリュックサックは私と同年代のあの男性の実際の所有物だったのか?誰かからの預かりものだったのか?それとも単に中古品業者の下取り品だったのか?本当のところはわからないが、一度は東南アジアを旅したことのあるリュックサックで、用済みの後にフリーマーケットに出品されたもののようだ。

いずれにしても
一度は東南アジアの空気に触れたリュックサックサックがフリマに出品され
回り回って東南アジア計画中のチャンジーに3500円で買われ
再び東南アジアに出かけようとしている
明治公園秋景色。

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2009年9月19日 (土)

鳩山さんちのミユキさん

これまで何回も書いてきたことだけど、私はかつてサイババの団体と付き合っていた時期があります。

突如サイババブームが巻き起こり、各メディアがこぞって特集を組んだときには団体の内側にいて「サイババ騒動」を眺めていたし、数年後、その騒動のはね返り現象のようにバッシングを受けた時期は既に団体を離れていたから、日本でサイババが一番盛り上がったお祭りの時期に御神輿担いでオモシロがっていたようなものです。

サイババ非難の根拠として書かれたスキャンダルは多分事実だと思う。それでも、一時期サイババを礼賛し煽った連中(あるいはメディア)が、その後サイババ非難に転じたように手の平返しをする気はないのです。だって、どれほどキレイな言葉並べ立てようとも、“神様の世界”なんてみなそんなものだということを押さえておけば、サイババの“稚児趣味”や“手品”なんて可愛いものです。

この間のココロの変遷はこれまでも他のサイトで書いたから再び書くことはしないが、サイババから離れて10年は経っても、サイババと付き合っていたあの5 年間は私にとって忘れることのできない“学び”の日々であったし、現在どうにかこうにか平穏を保っていられるのもあの5年間があったからだと今でも感謝し ているのです。

要は、

イワシのアタマだろうが教祖だろうが、

拝む過程でナニを学び取るのか?

永遠に拝むだけで終わるのか?

ということに尽きるのです。

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これまで5本のホームページを作ってきて、そのうち1本は削除したが4本は現在でも閲覧可能な状態にある。

削除した1本というのは『サイババ・ブックリスト』というタイトルで、これは『サイババ』という4文字がある本を探し出してその画像をスキャンし、さらに価格・重量を累計していくという、いわば、現在の『オーム・ハンティング』の元になるようなバカバカしいアイデア。

バカバカしい作業だと解っていながらも、ケッコー集中して励んでオモシロがったサイトを削除したのは、私自身がさらに次のステップへ踏み出すためのサイトを作ろうとした段階でサーバーの契約容量をオーバーすることになり、容量減らしのために削除したもの。もちろん、サイババブームもフェードアウトしかかって、“サイババ4文字本”を見つけることが少なくなったこともあります。

現在ではサーバーの容量も、かつてからは想像もできないほどに拡大されたから、あの『サイババ・ブックリスト』を残しておけば良かったなぁとときどき思うこともある。

そうすれば、精神世界の評論家風の先生が、じつは転びサイババで、サイババ以前はアッチのグルで、サイババ以降はあのカミサマからこのカミサマと、要は“ただのカミサマ好き”の、いつも鼻をクンクンさせて世渡りしているヤツでしかなかったということがその一連の著作から解る仕組みになっていたのだ。

マッ、“カミサマ好き”はそれぞれの趣味だからどうでも良いけれど、私はエラそうに「他人を救ってやる!」風な口をきかれたりすると猛烈に反発したくなるタチなのです。

他人の弱みにつけ込んでゼニ儲けするなよッ!と。

サイババファンとしては、大型書店でも「サイババ」の名を冠した本が皆無になっている状況が寂しいから、ウソでもマコトでもよいから、誰かサイババの本を出してよ〜というところだ。

Sikiri6_aum

<to えあじん>

今度は週刊新潮です・・・・・・イヤハヤ・・・・・
http://www.shinchosha.co.jp/magazines/nakaduri/607/

第4次オカルトブーム再来か?とのことです。
も~~~~~騙されないっ!!!
という人が大半だと思います。
我々は地下に潜ることになるのでしょうか(笑

久しくサイババの名前が活字になることもなかったけど、この数週間くらい前から、ポツリ・ポツリとサイババの名前が出てきますねぇ。それも、首相絡みで。

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『サイババ・ブックリスト』を発信していた時期だったら、大喜びでこの週刊誌買ってきて、表紙をスキャナーにかけたんだろうが、今ではこんな車内広告を見るだけで充分。

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私だって「サイババが特別にブレスしてくれた」という触れ込みのメダルの二つや三つ持っていまっせ。どこに放ってあるか?探すのにタイヘンだけど。

それにしても、物事を計算してどうこうしようというあざとさが感じられないこの奥さんの天衣無縫さは好きだなぁ。

2009.09.16(水) NHK-TVより

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この奥さんだったらアホなメディアにどのように取り上げられようとも意に介さず、キャッキャッいって笑い飛ばす雰囲気があります。

この夫婦の結びつき
そして
そのダンナが
今のこの時期に日本の首相になったことには
ナニモノか大きな存在の企みがあるのではないか?

思ったりするのです。
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こんなことを思うのも
“精神世界好きニンゲン”の悪癖か?

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2009年9月12日 (土)

ミャンマー〜藤原新也

今度ミャンマーに行こうと思っている。

何故ミャンマーかというと特別な理由もなく、私がときどき昼飯を食べにいく定食屋でミャンマー人女性が働いている。素早い身のこなしでオーダーをこなし、外人客だとみれば英語で応対し、自分の持ち場の手が空いたとみれば、他のフロアに駆けつけと、実に気のつく働き者。最近アホな日本人アルバイトのマヌケな動きを見せつけられることが多い中で印象深い女性です。

彼女が何故ジャパンまで来てこんな定食屋にいるのか知らないが、たぶん本国ではそれなりの教育を受けた女性とみた。

そんな彼女を観察していてミャンマーという国名が刷り込まれて「ミャンマーあたりもオモシロイかも知れんなぁ・・・」とヒラメイタもの。

マッ、私が行動を起こす動機というのはだいたいこんなもんです。もしソレらしいご大層な理由づけがされているとしたら、それは後づけによるものだ。

それで、ミャンマーだが。

ミャンマーについて知っていることといえば、旧国名がビルマ、『ビルマの竪琴』、アウンサンスーチー女史、それに軍事政権下ということぐらい。

ミャンマーの首都はヤンゴン(旧ラングーン)かと思っていたら、2006年にネーピードーという中部の街に遷都されている。

ザッと、地球の歩き方『ミャンマー(ビルマ)編』に目を通してみると、首都ネーピードーに関する市内地図も載っていない。

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地球の歩き方'08〜'09
ミャンマー(ビルマ)
ダイヤモンド社

詳細なる案内が売りの『地球の歩き方』にしてコレだから、要は「ガイジン立ち入るべからず」ということなのだろう。外部に対して隠さなければならないことがそれほど多い街なんだろうか。

ミャンマーの情報を求めて本屋に行っても、近接するタイやベトナムのガイドブック山盛りに対して、ミャンマー関連はこの『地球の歩き方』くらいだ。どうも北朝鮮に次ぐ「ウサンl臭い国」のようだ。

やっと見つけた「ミャンマー」の名を冠した本がコレ。


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ミャンマーという国への旅
エマ・ラーキン

大石健太郎=訳
晶文社
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オーウエル『一九八四年』の悪夢が現実となった国

大型書店で『1Q84/村上春樹』と並んで『一九八四年/ジョージ・オーウェル』を見かけることがあります。

イギリスの作家ジョージ・オーウェルは1920年代の5年間を、警察官としてイギリス植民地だったビルマに勤務していた。80年後、そのオーウェルの足跡を辿った女性ジャーナリストがビルマで見たものは、オーウェルの小説『一九八四年』さながらの、全体主義国家が社会を覆う悪夢が現実化した世界だった。

この『ミャンマーという国への旅』という本は、そんな閉鎖された国ミャンマーの、知られざる面をあぶり出したノンフィクションらしい。

旅行ガイドブックとは異なるけれど、

これから訪れるかもしれない国の予備知識を得ようと購入。

レジで清算し出ようとすると、

アッ!藤原新也だッ

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写真家でもあり作家でもある藤原新也さんがサイン会を開いている。

新刊のプロモーションらしい。

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藤原新也
コスモスの影にはいつも誰かが隠れている

東京書籍

皆さん、サインに該当する新刊を片手に静かに行列を作っている。

私もその本を買って列に並び、サインの順番が来たら、

藤原さん
私はあなたの『印度放浪』を読んでインドに憧れ
それ以来
今でも
バックパッカーとして
アッチャコッチャ歩いている者です。

そんなことを言って握手してもらおうか?と思ったがヤメタ。

並んでいる人たちが
一様に修行僧の雰囲気を醸し出していて
どうも
あの行列に入るにはテレてしまったのだ。
だから
日を改めて買うことにしよう。

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2009年7月24日 (金)

「黒い手帖」裁判全記録/矢野絢也

元公明党委員長矢野絢也の書いた『黒い手帖/講談社』が発売されたのが今年2月。発売当初在庫切れ店続出で、その理由は、、、この本の出版がウレシくない信濃町関係者の買い占めにあったからだ!というような情報がまことしやかにネットを騒がせたことがありました。

最近になってこの本もごく普通に書店に平積みされているから、買い占め!の情報はガセネタで、単に売れ行き好調書につき“刷り待ち”だったのか?。その真偽のほどは解らない。

この本、品切れと聞くと急に読みたくなった私も、何軒か書店を回って手に入れたけれど、要するに公明党元委員長時代に手を染めた創価学会公明党絡みの裏工作が詳細にメモされた“黒い手帖”を、その内容が洩れることを恐れた公明党関係者によって奪われたことの顛末を書いた本でした。

これまで何度か週刊誌ネタになった、一連の信濃町スキャンダルの域を出ず、世間で評判になってる割には、「この程度だったらワシ知ってるもんネ〜」と、ちょっと肩すかしという感じ。

要は“黒い手帖”に何が書いてあったのか?具体的なことを知りたいワケです。

そして、

最近再び“黒い手帖”の続編が出ましたね〜。

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「黒い手帖」裁判全記録
元公明党委員長
矢野絢也

講談社 現代プレミアブック
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逆転勝訴
公明党・創価学会は蒼白!
「脅迫」
「証拠音声レコーダー改竄」の
悪辣手口が、
法の下で暴かれた
驚愕のドキュメント。

“黒い手帖”強奪事件という、週刊現代の捏造記事で名誉を傷つけられたとする公明党議員OB3人の裁判によって、矢野元公明党委員長と講談社は一審で敗訴、高裁判決では(矢野側)逆転勝訴と、その裁判の経緯を書き記したのが本書の内容。

前著もそうだったけれど、

この本も読んでいてイライラしてきた。

一審での重大争点だった、矢野家での“黒い手帖”を巡るヤリトリを録音したICレコーダーは編集されたものだとか、グダグダ書いてあるが、そんなことはいいから、その“黒い手帖”に何が書いてあるのかが問題なのです。

矢野元公明党委員長は“黒い手帖”の中味を明らかにすると、自分や家族の身に危険が及ぶと、公明党創価学会の報復を恐れているが、公明党創価学会の恐ろしさは承知の上でこれらの本を書き、「公明党創価学会の実体を国会で証言する」と発言もしているはず。

さらに、本書では

私にとっての使命は、あくまでもこの学会を相手取って提訴した裁判であり、私の青春時代の誇りだった創価学会を糾すべく、同時に真面目な学会員が正しい学会を取り戻すためにも、残り少なくなった人生のすべてを捧げる覚悟でいることを宣言しておく。

と結んでいるけれど、

それほどまでハラを決めての行動なら、

公明党の元委員長としてこれまで国民を騙してきたせめてもの罪滅ぼしに、

また、

創価学会信者に「創価学会公明党の真実」を知らせるためにも

ぜ〜んぶゲロすることが

オトコ矢野

最後の仕事でっせ。

さて
読み終えたこの本も
三色旗ひらめくブックオフに持って行こか?
いくらになるのかな。
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2009年7月10日 (金)

平岡正明さん死去

ツユの季節らしく降ったり晴れたりとハッキリしないウットーシー毎日です。

そんな中で見つけた七夕の名残の短冊。

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たくさんお金下さい

こういう願い事も解りやすくって好きだなぁ。

山下洋輔さんの動画を数本YouTubeにアップしたけれど、アクセスの多さに「さすがYouTube」とビックリしているところです。

その山下洋輔さんとは何かと縁が深かった評論家の平岡正明さんが亡くなってしまった。68歳だったそうだ。

ジャズ、落語など評論
平岡正明さん死去
2009.07.10(金) 産經新聞

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独特の視点と切り口のファンでした。
19日の日比谷野音山下コンサートで
顔をお見かけすることがあるかと期待していたのに
残念です。
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こんなふうに少しずつ少しずつ
社会は変化していくんだなぁ
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ちょっぴりブルーな
今朝の気分です。
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2009年7月 3日 (金)

3おろし〜「真夜中の太陽/米原万里」

『大根おろしに医者いらず』

大根はそのまま食べるよりも、おろすことで効能が倍加するというようなことを読んだことがある。

思えばこれも日本人の知恵だな。

ためしてガッテン

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今年の阪神タイガーズ、成績思わしくなく「♪六甲おろし」が天地を揺るがす回数も少なくなっている感じ。こうなると「♪六甲おろし」よりも「監督おろし」が勃発しそうなアンバイです。

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阪神の「監督おろし」なら娯楽のひとつとして楽しんでいられるけれど、毎度マイドのこっちの「おろし」には辟易するばかり。

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さて、

故米原万里さんの「真夜中の太陽」にこんなことが書いてあったのを思い出します。

万里さんの友人で、日本人男性と結婚しているフランス人女性が、「フランスの男で毎日パンツを取り替えるのは3%だけで不潔だ!それにひきかえ日本人男性は毎日取り替えて清潔だ!」とのたまう。

対して万里さんは、日本人の男性だって替えのパンツがなくなると汚れたパンツ引っぱり出してきて裏返したりしてはくヤツもいる、とフランス男のカタを持ったりするワケです。

すると、、、フランス女性の次の言葉が傑作。

「そのパターン、日本人がよく使う手だね。

たとえば、

今度の自民党総裁選出だってそうじゃないか」

そう言われて万里さんはハッと気がつくのです。

そういえば、

どの総裁候補も汚れていたな、

新総裁は、前総裁の派閥の会長だったわけで、

まさに汚れたパンツの裏を返したようなものだ

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ここでネタにされた前総裁とは森喜朗のことであり、新総裁とは小泉純一郎のこと。

つまり、当時、国民的人気を集めていた小泉純一郎は森喜朗という汚れたパンツを裏返しにしたようなものだと、米原万里さんは鮮やかに読み切っているのです。

このエッセイが書かれたのは2001年のこと。

森喜朗

小泉純一郎

安倍晋三

福田赳夫

麻生太郎

他にパンツは無いのか?

と思えるほど、裏返したり、前後ろを逆にしたりして、1枚のパンツをはき回してきた自民党。そんな10年以上ものあいだ、シミのコビリついた汚れパンツを新柄のデザインだと勘違いし、放つ異臭にも気づかないほど日本人の感覚が麻痺しているワケだ。

『真夜中の太陽』を
米原万里さんは
ちゃんと洗濯するのは、
いつのことだろうか

と結んでいるのです。
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大根おろしを発見したような日本人の知恵は
もはや日本の政治には反映されないみたい。

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