日本を捨てた男たち/水谷竹秀/集英社
1)用事を済ませようと道を歩いていたのだが、
途中でその用事が何だったのか忘れてしまいしばらく考えていた。
2)借りてたビデオを返しに行こうとレンタル屋へと歩いていたワケだ。
TUTAYAに着いて気がついた。
返すべきビデオを持っていなかったことに。
3)手紙をポストに入れようと手に持って部屋を出たのはイイんだが、
なぜか?
その手紙を自分の郵便受けに入れていた。
・・・・・・・ボケ、、、たかな?
↓
a
↓

日本を捨てた男たち
水谷竹秀
集英社
.
居場所を失った日本を捨て、彼らはフィリピンへ飛んだ。
待っていたのは究極の困窮生活。
しかし、フィリピンは彼らを見捨てなかった。
2011年第9回開高健ノンフィクション賞受賞!
東南アジアに沈没してしまった男たちのルポルタージュとしては、最近だと『老いて男はアジアを目指す』があって、書かれた男たちと同世代の私としては身につまされる思いをしながら読んだのだが、これは、そのフィリピン版だ。
アテとフンドシ寝てても外れる、、、、
フィリピンに渡ったはいいが、有り金使い果たし(最初っから有り金なんか無かった男もいる)、日本に帰るに帰れず、現地人のユルイ気性にすがって極限の生き方をしているという、タイトルは『日本を捨てた男たち』となっているが、“日本を捨てた”のではなく、むしろフィリピンで“日本に捨てられた”経済大国の男たちがテーマ。
私なんかも、チョコチョコ東南アジアあたりを遊び歩いていると「永住先を探してるの?」などと訊かれることもある。私の場合は、こんな日本の社会情勢を見ると逃げ出したいと思うこともヤマほどあるが、あくまでも、ヒモの端っこを日本に固くつないだままにしてプ〜ラプラと浮遊している凧の身分が気に入っている。
というワケで、
こんどインドに行くのだが、先日インド仲間4人で『シリ・バラジ』という南インドの神様の名前を冠した南インドのカレー屋で会い、インドトークで盛り上がった。。
↓
あ
中目黒『シリ・バラジ』のカレー
↓
最初にインドに行ったのは1972年。会社員時代有給休暇を利用した、交通公社主催の今では懐かしい響きのLOOK。何の不自由もない殿様旅行だった。
2回目のインドは1973年。会社を辞めてリュックを担いでの、今でいうバックパッカー。このときの旅は、ネパールだセイロン(現在のスリランカ)だ中近東だサハラ砂漠だとのロングウェイ。ケニヤのモンバサから船で性懲りもなく再びインドに入り1年半かかって日本に帰ってきたワケだ。
ロングウエイは終わったと思ったら、日本に帰ってからが本当のロングロングロングもうひとつオマケにロングウェイが待っていた。
犯罪を犯したり借金を踏み倒して逃げ回ったりこそしなかったが、自分で呼び込んだであろう4989をどうにかこうにかやり過ごし、3回目のインドは1999年。『サイババ・インタビュー確約ツアー』というアゴアシサイババつきの不思議な旅だった。
インドなんてどうしようもない国だと思いながら、若いときから、ちょっとモノ忘れを自覚するこの年になるまで、インドのことがアタマから離れないまま何十年も生きていた。その最たるものが『街のオーム』シリーズだ。
どうしてこんなにインドが気になるのだろう。
その理由がこの旅で解るだろうか?
『印度には呼ばれる者と呼ばれない者がいる』
なんて、そんなモン信じるもんか!
と言いながらも
印度伝説の残りカスがまだ自分の中にあるのが
ちょっと
恥ずかしい!!!
.
チャンチャン!
.
.
.
| 固定リンク

コメント