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2011年10月29日 (土)

西葛西のオーム

西葛西がリトルインドとなりつつあると聞いたことがある。インドから来日したIT技術者がなぜか西葛西に集まるようになり、それによってインドレストランなどが多数開店したのだという。

そんなハナシを聞くとインド好きとしては一度探検に行きたいと思っていたのだが、やっと本日行ってきた。『ディワリ』というインドのお祭りが開催されたのだ。

『ディワリ』西葛西会場の告知ポスター

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『ディワリ』の詳しい謂われについてはWikipediaで調べてもらうことにして、会場に入るとすでにダンスグループのパフォーマンス中。

特設ステージ

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出番前に神に祈る毛深男ダンサー

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昼飯はこのマサラドサ

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5店くらいの出店の中で、マサラドサの店はガラ空きですぐに食べれたのだが、エラく長い行列ができている店が一軒ある。全長100メートルくらいだろうか。

どうやら地元西葛西の『スパイスマジック・カルカッタ』というインドレストランのテントだそうだ。

愛想の良い『スパイスマジック・カルカッタ』のマダム

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テントの裏に回ってキッチンの様子を見ていると何かミョーなものを作っている。粉をこねて窯で焼くのだがナンとは違うようだ。マダムに訊くと、チーズを包んでナン風に焼きハチミツをつけて食べるのだという。

名前はそのまんまチーズナン

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ここまできたら、例によって例の如し、お待ちかねのオームです。

こんなところでも出会ってしまったハレクリシュナの青年だ。

「ハレクリシュナ!オレ今度インドに行くよ」

「オー、それはスバラシー、こんどハレクリシュナの教会にも来て下さい」

ハレクリシュナのオーム

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プレゼントされた本。

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マサラドサと甘いチーズナンを食べて
ちょっと胃にもたれる感じ。

二冊の本を背負ってリトルインドから引き上げてきた。
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2011年10月25日 (火)

なのにアナタは印度へ行くの

大佐もこの世から消え、お隣の将軍様も深夜寝汗で眼がさめる日々を送っていらっしゃることだろうと御推察申し上げたい、こちらジャパンの二等兵。

それにしても、これまで見て見ぬふりしたことでも、もはや“なぁなぁ”では済まされないほど天と地にあらゆる問題が噴出し始めたような地球だ。

話題の本を購入。

スティーブ・ジョブズ 1 
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ウォルター・アイザックソン
井口耕二 訳
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講談社

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最初で最後の
決定版伝記
いま明かされる、カリスマのすべて

緊急出版

スティーブ・ジョブズさんが若かりし日々、グルを求めてインドを彷徨っていたことは有名なハナシ。1974年だったと記憶しているが、確か赤痢にやられて散々な目に遭ったはずだ。

じつは、私も1973年から74年にインド大陸を放浪途中北インドのダラムサラで肝炎にやられ、チベッタンテントで1週間ほど伏せてからパキスタンに脱出し、ラホールの病院で1ヵ月入院生活していたという履歴を持つ者。

「もしかすると、

ヤツとはインドの安ホテルのドミトリーのベッドで

お隣さんだったことがあったかも知れないゼ〜!」

世界のカリスマとジャパンの二等兵では比較のしようもないのだが、親近感を抱いていたのだ。

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さて、

スティーブ・ジョブズさんに影響されたワケでもないが、年末にインドへ行くのでビザをとってきた。最初スリランカに行くつもりで安い航空券を探しているうち

「どうせスリランカへ行くならインドも行ってこようか!

サイババの墓参りも済ませてこよう」

とひらめいたのだ。

インドへは直近では1999年に行ったのだが、あの時の手続きは九段のインド大使館。現在は地下鉄丸ノ内線茗荷谷の「インドビザ申請センター」という名称の事務所に移管していた。

私が知っているインドビザというのは、ズ〜ッとムカシになるのだが「トリプルビザ」というのがあって、このビザがあれば例えばネパール、スリランカ、パキスタンなどの国へ陸路あるいは海路で3回まで出入りできるものだった。だから飛行機を使いたくない貧乏旅行者は重宝したもの。

ところが現在はインドの出入国を複数回繰り返すためには、全部のEチケットを添えた旅行計画書を提出しないと申請を受け付けてもらえない。それ以外にも、ネットでビザ情報をチェックすると、この数週間で必要書類がコロコロ変わり困惑している旅行者の書き込みもある。やはりテロ予防対策なんだろうが旅行予定者にとっては面倒なことになってきた。

私の場合はともかくも満額成就のビザゲット。あとは行くだけ!

いずれにしても、今回のインド行き、計画当初のメーンはスリランカでインドはサブだったのだが、いつのまにかインドがメーンに昇格し、スリランカがサブになってしまった。

これほどインド菌は強力だった。

というワケで、、、インドといえばオーム。

今週の『街のオーム』は先日代々木公園のイベントで見かけたギターを背負ったオームだ。


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やはりインドを旅行するためには
特別な心構えが要求される。
生半可な気持ちでは
インドに押し潰されまっせ!!!
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フンドシ締め直して向わなければならないほど
それほどに
ファッキングカントリーだぜ!!!
インドは。
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♪なのにアナタは印度へ行くの
印度の街はそれほどイイの
このワタ〜シのアイよりも〜〜〜
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2011年10月18日 (火)

麺ジャラスKは営業中だった

相変わらずプロレスラー川田利明のラーメン屋麺ジャラスKをキーワードにしてアクセスする人が多い。

麺ジャラスKについてはこれまで2回ほどネタにしてきたのだが、1回目はプロレスラーがラーメン屋(ご本人はラーメン専門店ではないといってるらしい)を開いたという記事。

芸能人やスポーツ選手の名前を冠した飲食店というと、ただの名義貸しというのが相場らしいけれど、川田利明はマジだぜ〜!!!だって、自分で厨房に入ってるんだから。それにしても、プロレスラーとラーメン屋、どちらも中途半端が許されないハードな仕事を両立できるんだろうか?と余計なお世話の記事が1回目だった。

2回目はそのラーメン屋が閉店したようだという記事。

店の前を通りかかるといつも閉まっているし、駐車場はゴミやら落ち葉が散乱、店内を伺うとビニールシートで窓を覆っていて営業中の気配も感じられなかったので、てっきり閉店、、、つまりツブレたと思っていたわけだ。やっぱり二足のワラジはムリだったかというのが2回目の記事でした。

トッ!ところが、先日前を通りかかったら、ナッ!ナンとチャパティ!

看板の明かりも灯り、店内にはお客さんの姿もチラホラ!

あ〜、、、そうか、、、いつも明るい時間とか、たまたま定休日の時に通りかかったから店が開いてなかったんだ!

もしかすると「川田利明の店はツブレた!」という私の記事を真に受けた川田ファンもいたかも知れないので、この場で訂正したい。

川田利明
麺ジャラスK
健在なり。


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さて、

力道山の時代から熱狂的なプロレスファンだったが、最近のプロレスはどうなっちゃってるんだろう。東京スポーツや日刊スポーツの記事にもなりやしない。

そんな寂しい思いのする昨今だが、拍手喝采のDVDを買った。

DVDでよみがえる闘いのワンダーランド
燃えろ!新日本プロレス
至高の名勝負コレクション
Vol.1
集英社
880円

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アントニオ猪木vsハルク・ホーガン
アントニオ・猪木Vs前田明
アンドレ・ザ・ジャイアントvsスタン・ハンセン
タイガーマスクvs ダイナマイト・キッド

YouTubeには断片的にアップされている試合だが、プロレスが最もアイデアに富んでた1980年代のころの記録だ。

思えば
これも
バブルの時代に咲いたアダバナというような気もするけれど
マジで熱狂していたんだよなぁ。
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最近はこれほど人を騙す仕掛けのないのが寂しい気もします。
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2011年10月10日 (月)

ギリヤーク尼ヶ崎と踊るオーム

2011年10月10日。

大道芸人ギリヤーク尼ヶ崎のパフォーマンスを三井新宿ビル前広場で見てきた。

本日の催しを知らせる幟旗。

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午後2時、道具一式を携え登場のギリヤークさん。

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観客が見守る中着替えを始める。

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化粧を施しつつ舞踊の神様の憑衣を待つ。

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舞踊の神様憑衣。

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じょんがら一代。

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観客を呼び込んでのよされ

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被災地への思いを込めての念仏じょんがら。

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母の遺影を胸に「お母さ〜ん」

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60分のパフォーマンスを終え
8年後、大道芸50周年公演の夢を語る
ギリヤーク尼ヶ崎80歳。

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会場で見かけたオームシャツの女性。
あなた、さっきギリヤークさんと一緒に踊ってたでしょ?

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エッ!
見られちゃったですか?と
照れた表情を浮かべる女性。
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常在オームだぜ。
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2011年10月 7日 (金)

追いかけてオーム

駅前の居酒屋で店のオバちゃんとハナシたのだが、この居酒屋の隣りのビル2階にインドカレー屋がオープンした。

「カレー屋ができたねぇ、、、カレーの匂いしない?」と私。

「ウチはナンともないけど、上の階の人は匂いが上ってきてタイヘンだったみたい。それで不動産屋に苦情言ったんだって。そうしたら、調理場から排気ダクトを屋上まで伸ばす工事をしたらしいわよ」とオバちゃん。

「そうだよなぁ、部屋にカレー臭が充満したり、洗濯物に匂いがついたりしたら、いくらカレーが好きでも参っちゃうよなぁ」と私。

じつはこのコルカタというカレー屋は世田谷通り沿いに1軒目ができたときから知っているのだが、その店の支店にあたるのだ。

インドカレー屋の増殖ぶりはこれまで何回か書いたことのある私としては、ハナシのタネに偵察に行ってきましたヨ。

コルカタ成城店の野菜カレー(ランチタイム)

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ランチタイム店内は20人ほどのお客が食事中だから立派なものだ。

盛業中だが味はBクラス。

現在4店舗あるそうだが、ここのモスレム社長はなかなかの経営手腕。「オームある?」と訊けば、やはりモスレム顏の店員は「オームはありません」との答えだった。

マッ!どうでもイイけんどもヨー。

さて、そのオームだが。

小田急成城学園駅で上りエスカレーターに乗っていたときのことだ。

右脇をオームマフラー首に巻いた若い女性が通り過ぎていった。

「アッ!オームだ!」

とっさにカバンからカメラを取り出しながら彼女の後を尾いていき、カメラを構えたところで止めた。こんな階段途中で写真を撮ったりして要らぬ誤解を受けてもツマンナイじゃないか。

そこで、エスカレーターを下りてから声をかけて撮ったのが下の写真だ。

小田急成城学園駅構内のオーム。

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「写真を撮らせてくれますか?」

声をかけると訝しげな顏をしながらもマフラーを外してオームマークが見えやすいようにしてくれた。ほんとうは首に巻いたままの顏入りオームを狙ったのだが、たぶん彼女は顏を写されるのを警戒したのだろう。私の方もあえて無理強いはしない。1回シャッターを押して、ディスプレイを確認させて「どうもありがとう」だ。

街での撮影はやはりいろいろと気をつけなければならないこともあるのヨ。

さて、

秋も深まる気配でフリーマーケットの季節も始まり、久しぶりにフリマの聖地、明治公園のフリーマーケットに行ってきた。以前は面白いモノ見つけるたびにケッコー買い物もしたのだが、このところほとんど買わない。「いつか使うだろう」と思って仕入れてもほとんど使うことなく押し入れで眠っていることの方が多いのだ。それでもTシャツなんかは旅行に持って行って帰るときに現地の青年に置いてきては大喜びされることもある。

ブーラブ〜ラと場内を冷やかしていると、、、、、。

「アッ!オームだ」

物色中の女性のオームパンツだ。

明治公園のオーム。

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とりあえず、後ろ姿を撮ったもののやはりちょっと弱いなぁ。

まぁ、こんなふうに場内を一周して帰ろうとしたら、交差点の信号脇植え込みで語らっている3人の青年がいて、そのうちの一人がパイプの背負子つきバックパックを担いでいる。

「アレッ?そのバックパック買ってきたの?」

「違いますヨ〜・・・フリマに並べてたんですけど買い手がつかなくって持ち帰るところなんです」

「そうなんだ、、、こんなバックパックを会場で売ってるのを見かけたような気がして、あなたが買ってきたのかと思ったのよ。この背負子つきというのは最近珍しいよね〜」

「もし欲しいんだったら・・・お安く売りますけど」

私が40年前ダライ・ラマに会いにインド北部のダラムサラという村に行ったとき、そこの土産物屋に吊るしてあった、たぶん旅行者が処分したものだろうリュックサックが気にいって、日本から背負っていったリュックサックに、たしか3ドルプラスして買ったのと同じ型だった。背負子の下に寝袋がくくりつけられるこのリュックサックを背負って、その後1年も共に歩いた想い出のタイプのリュックサックだ。

あの当時はこんなリュックサックをバスの屋根に乗せて移動しても、何かを盗まれるという被害に遭ったこともなかったけれど、今だと・・・、たぶん人混みの中を100mも歩く途中で中に手を突っ込まれるような、ヒモで結ばれているだけの、それほど簡単なリュックサックだった。

「イヤ〜、、、軽くって楽なのはわかるんだけど、、、海外旅行なんかだと安全面で心配なんだよね」

青年とは世間バナシを少ししてから帰ってきた。

というワケで、、、、、。

さっきのオームパンツを履いた女性だけど、後ろ姿だけではツマンないので、正面からの写真も無断でアップいたしましょう。

明治公園フリマのオーム。

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オームパンツというんですか?
トモダチはアラビアパンツだといってました。
ラクで良いんですよね。 
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2011年10月 2日 (日)

カシアス内藤現役引退

夏真っ盛りのときは2ℓのペットボトルウーロン茶を1日1本は飲み干していたのに、いまでは冷蔵庫に入ったまま何日にもなる。そんなところにも秋を感じる。

いつものようにプールで泳いだあとコンビニで買ったスポーツ新聞を持ってマックの100円飲み物で時間つぶし。

好調ヤクルト小川監督。この方は現役時代は目立たない選手だったのだが、つなぎの暫定監督になったとたん指導力を発揮して快進撃。今年は優勝しそうなアンバイ。ただ、優勝経験のない若い選手が多いだけに終盤の競り合ったときのプレッシャーに耐えられるかが心配だ。

ムカシからいわれる「名選手名監督にあらず」の典型的な例。こうなると監督交代というワケにもいかず、監督待機のかつてのスター荒木大輔もいまだに投手コーチだ。

好調ヤクルトの記事に気分よくページをめくればこんな記事が目に留まった。

2011.10.01(土) 日刊スポーツ

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そうか・・・・カシアス内藤(62)の長男・内藤律樹(20)がプロボクサーとしてデビューしたのか。そのカシアス内藤は息子のデビュー戦の前に「33年目の引退式」をおこない、挨拶で言葉をつまらせたといいます。

「息子のプロデビューまで引退しないと決めていた。

これでようやく肩の荷がひとつ下りた」

なるほど79年8月の最後の試合以降もカシアス内藤は現役選手だったのだ。

暴力事件を起こしたとか、ジムを開いたというような、スポーツ新聞の小さな記事を読むたび「カシアス内藤も長い旅を続けているなぁ〜」と思っていたのだが、これで安息の地にたどり着いたのかな。

久しぶりにカシアス内藤の消息を知ったら沢木耕太郎を読みたくなった。

アマゾンを検索したらこんな古本を見つけクリック。アマゾンは最近中古品もあつかっていて、本の価格よりも送料の方が高いけれど、それでもブックオフで探して買うよりも安上がりだ。

246/沢木耕太郎/スイッチ・パブリッシング

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あれは80年代の中頃だったと思う。フルコミッションの営業の世界で棒グラフの伸び縮みに一喜一憂していたころだ。

当時は車で出勤していたのだが、世田谷通りを渋谷方面に向っていたとき、環七の手前で沢木さんが歩いているのに気がついた。あとで知ったのだが沢木さんは世田谷・弦巻に住んでいて三軒茶屋に仕事場を構えているそうだから、たぶん仕事場への“出勤”途中だったのだろう。

「沢木さん『深夜特急第3巻』はどうなっていますか?」

車を止めてよほど作者本人に確認しようかと思った。

70年代初め『深夜特急』とほぼ同じルートをヨーロッパ目指して旅していた私にとって、『深夜特急』が過去の旅を再現させくれただけに、第1巻/第2巻後、第3巻が発刊告知されたもののがいまだに本屋に並ばないことには、旅が完結しない気分だったのだ。

もちろん沢木さんに確認することもなく世田谷通りを通り過ぎたわけだが、第1第2巻後数年を経て第3巻は発刊され、東南アジアの安ホテルの本棚で文庫版を数回見かけたことがあるから、我々の孫の世代で『深夜特急』を持って旅に出るバックパッカーも多いのだろう。

『深夜特急第3巻』を読み終えて
旅が完結したのかというと
そうもいかず・・・・
相変わらずの四苦八苦。
今に至るも4989だ。
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2011年10月 1日 (土)

新宿ほりうちのチャーシューラーメン

カメラのセンサーが汚れているのが気になって、西新宿のキヤノンサービスセンターに持ち込んだ。約2時間ほどで作業終了。他にも色々チェックしてもらって税込み1050円。キレイになってあ〜あスッキリした。

その作業をしてもらているあいだに、エプソン、ペンタックス、ニコンとギャラリー巡り。やはりプロとアマチュアの作品では迫ってくるものが違うということを実感する。

久しぶりに小田急ハルク裏のほりうちへ。

ほりうちのチャーシューラーメン。
1300円なり。

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この分厚い
チャーシューというか煮豚。
いかにもカラダに悪そうだということがわかる。
ワルいは承知で貪り喰い完食!
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ラーメンが嬉しい季節だ。

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