« 2011年3月 | トップページ | 2011年6月 »

2011年4月27日 (水)

to えあじん:サイラム

to えあじん

サイラム  

25日は、東京サイセンターの追悼バジャンに参加していました。
ニアミスしたようですね。

私は、昨年12月15日から1月25日まで、アシュラムに滞在していました。
スワミを知って20年がたちます。1994年から18年間毎年通っていました。

20回アシュラムに行けた事、スワミに、沢山祝福してもらった事に感謝申し上げました。

コダイカナルは1回だけでしたが、スワミは3週間滞在されパダナマスカールや私の家族への祝福も頂いたことは、本当にラッキーでした。

毎年、キャンティーンでセバをしているので、沢山の外人の友人が出来交流しています。イタリア、ロシア、アルゼンチン、スペイン、イギリス、インドネシア、イラン、スロベニア、ハンガリーなど。。。

文章になっていない英語と、電子辞書でコミュニケーションがとれるのが不思議。。。
メールは、ヤフー翻訳を使ってやり取りをしています。

えあじんさんと、ご一緒した特別インタビュー・ツアーに行った時に知り合ったイタリア人グループの1人と娘は4年交際して結婚しました。今は、ミラノで和食レストランを経営しています。

娘の結婚を機にデジカメで写真を撮って、ボケ防止にホームページを始めたて6年がたちました。リタイアしてからは、写真撮りに出かける事が多く、バスツアーは1人参加が好きになりました。

スワミは、偏在とわかっていても、スワミのお姿を見る事が出来ないのは、非常に残念です。これからもプラシャンティに行くつもりです。

インドで、お目にかかる事が有るかもしれませんね。

ジェイサイラム

a
a

110427
a
a

| | コメント (0)

2011年4月26日 (火)

to えあじん:追悼バジャン

to えあじん

サイラム。

昨夜10時半頃、帰宅しました。
忘れないようにと、自分のためにも、これを書いています。

私は体にきています。何も食べられないし、食べたくない。

さて。追悼バジャンですが、参加して本当によかったです。
祭壇には美しい花々が飾られ、正面にオレンジのローブのスワミの立ち姿のお写真が。
お写真も、バラなどの花々のレイで飾られていました。

1)ヴェーダ=ガナパティのみ
2)ガヤトリ21回
3)サイガヤトリ21回
4)バジャン
5)瞑想
6)108の御名+映像
7)瞑想
8)サルバダルマからアルティーへ
9)O東京センター会長の短いお話しの後、おみくじを頂いて散会

7時15分前くらいから、どんどん人が集まってきて、特に女性が多く、ぎゅうぎゅう詰めだったこともあり、最初はなかなか集中できませんでした。スワミがお通りになるはずの、男性と女性の間の通路まで、女性陣が占めていました。

でも、1曲目のガネーシャバジャンのリフレインで、手拍子が始まると、これだ、これなんだと一気に感情の高揚となり、涙があとからあとから顔を洗います。
2曲目は、「グル・ババ」、3曲目がYさんの十八番のデヴィバジャンと進み、O会長の日本語の「神様、神様」になったら、もうダメです。
アシュラムで最初のダルシャンを受けた時の、五臓六腑の嗚咽とはまたちがうのですが、横隔膜、みぞおち、すごかったです。

けれども、涙滂沱となりながらも幸福なのです。至福なのです。パルティへ行っても、もうスワミはいらっしゃらないのだと思うと、悲しくて切なくて、言葉にはできない程なのですが、こうしてまさにリアルタイムで、世界中の帰依者とともに悲しめるということが、ここまでのスワミとの体験の全てがありがたく、幸福なのです。うまく言葉にはできませんが、、、

6)の映像というのは、正面にスクリーンが降りてきて、プロジェクターで、インドのサイトにアップされていた、ガラスの棺に横たわったスワミのお姿が映し出されました。
そして、日本語で108の御名をゆっくりと唱えながら、順番に前へ誘導されて、細いろうそくを渡されました。
ギー(たぶん)の小皿の火を、そのろうそくに移し、お盆に飾られた花びらの中にさして捧げます。

私の番が来た時、ろうそくを捧げ、平伏しつつ、「これはI.Fさんも一緒です」と、心の中で申し上げました。I.Fさんは今日は仕事なので、「私の分もバジャンを歌ってきてね」といわれていたのです。
日本語の108の御名の一つ一つが、胸に染みて、ぼろぼろ、ぼろぼろ、涙が頬を伝います。

O会長は、アラティーをなさる時の緊張したお顔といい、木訥な話し方といい、東京センターは良い会長をいただいたなあと、嬉しく思いました。Aさんもそれはお話しが素晴らしかったですが、O会長には自己顕示欲が微塵も見られないのです。
私のこと、覚えていてくれて、会が始まる前に「久しぶりですね。今日は、みんなで心を一つにして・・・」と、そこで絶句されました。

そのO会長のお話の概要は:

「昨日24日は、あまりに突然で、自分の人生の中でも到底忘れられない日となった。これまでは、困ったことがあれば、インドへ行けばスワミのみ姿を見ることができた。これからはどうすればいいのでしょう。けれども、スワミはいろいろなやりかたで、昨日という日が来ることを、知らせようとなさっていたのではないか。自分も含め、私達はそれを見逃していたのではないか。

こういう話があります。

昨年の11月23日、サイ大学の学生に短い講話をスワミがなさり、それが事実上、最後のメッセージとなったのですがーー象のサイギータが死んだ時、スワミはだいぶ体がおつらかったのだが、車椅子でいらした。そして、学生達に『あなた達は神なのです。あなた達が出会う人々も皆、アートマを内在する神なのです。あなた達があちこちに巡礼に出かけ、神を探し求めるのは愚かなことです。God is always in you, with you, around you, behind you, above you and below you』という内容のご講話だったのだが、途中で、通訳のクマール先生が愕然として、口にチャックをする動作をなさった。
スワミは鋭く、なぜ、通訳しないのかと。そこで、クマール先生がいうには、象のサイギータは、スワミがいない世界には生きていたくないので、自ら断食をして先に逝ったのだ、と。

そういうことがあったのに、私達は、スワミは96歳までと思い込んでいた。これからは、自分は神であると、そして、万人の中に神を見ると固く決意し、実践していかなければスワミには会えないのです。
もしかしたらスワミは、10年も待たずに、今から実践しなさいと私達に伝えるために、お体を隠されたのかも知れない。イエス・キリストも仏陀も釈尊も、シルディ・ババ様も、栄光が広まったのは肉体を隠されてからです。これから、いや増しに増していくスワミの栄光に恥じないような生き方をしましょう」

ーーというものでした。

バジャンの時、タブラが素晴らしいので、ふと見たら、Nさんでした。髪を短くして、ラフなシャツにジーパン姿。
スワミの大きなお写真に集中していたので、よくわかりませんが、あとはインドで一緒になったKさんという年配の女性。
それから、フランス人で音痴のRさんがいたのにはびっくり!シヴァバジャンをリードして、音痴が治っていたので、またまたびっくり。
あとは・・Yさんくらいかな、知っている人は。Yさんって、メガネをかけた、いつもリードシンガーの席にいた方。覚えていますか?第二のNさんのような、アコギを弾きつつ、バジャンをリードする長髪の青年がいましたよ。

今夜はインド人も数人、来ていました。
日本人女性の中には黒の喪服にパールのネックレスという方もちらほらいて、男性も黒いネクタイの人がいましたね。

最後の退出前のおみくじも3人分引いちゃおうかと一瞬、迷いましたが、やはりババと私の個人的なことなので、自分のだけにしました。

長くなりました。最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

これで、今夜は落ち着いて、眠れそうです。

*4/24付けの「今週のみ言葉」、手帳に写してきました。
明日にでも、送信しますね。

 OM Shanthi,Shanthi,Shanthi

  さとまき拝

a
110426
a
a
a

| | コメント (0)

2011年4月25日 (月)

手ぶれ堂写真館(その17)

手ぶれ堂写真館(その17:東京)

a
2011年4月
110425_2

a

a

2011年4月25日(月)
東京新聞

a

a

a

| | コメント (0)

2011年4月19日 (火)

手ぶれ堂写真館(その16)

手ぶれ堂写真館(その16:東京)

2011年4月

110419

a


青山こどもの国

a

a

a

| | コメント (0)

2011年4月18日 (月)

手ぶれ堂写真館(その15)

手ぶれ堂写真館(その15:ブラジル)

2009年1月

110418_2

a


サルバドールのバーハ海岸

a

a

| | コメント (0)

2011年4月17日 (日)

手ぶれ堂写真館(その14)

手ぶれ堂写真館(その14:ブラジル)

2009年1月

110417

a


サルバドール/イタパリ島
イザドラ

a

a

a

| | コメント (0)

2011年4月16日 (土)

手ぶれ堂写真館(その13)

手ぶれ堂写真館(その13:ミャンマー)
a

2010年1月

110415

a


ガパリビーチの写真屋さん

a

a
Sikiri2hana

a

a

| | コメント (0)

2011年4月14日 (木)

『七人の侍』2題

『七人の侍』2題。

世田谷区成城の『七人の侍』

110414_1

a

千代田区神田神保町の『七人の侍』

110414_2
 Sikiri

さすがに、

このエスカレーターだけは止まってなかった。

地下鉄千代田線新御茶ノ水駅聖橋口にて

110414_3

このエスカレーターが止まったりしたら
誰も地上に上がることができないと思われる、
ギネスブック並みの超ロングエスカレーターだ。

a

a
Sikiri2hana

a

a

| | コメント (0)

2011年4月13日 (水)

盗み撮りのオーム

さてさて、相変わらずのオームネタだ。このところオーム画像を見る機会が増えているような気がする。といっても、あまり強烈なヤツではないけれど。

バスの中で見たオーム

10413_1_2

この女性が首に巻いているのが、エスニックショップなどで見かけるオーム入りスカーフだ。他の乗客がいる前で「写真を撮っていいか?」と訊くのがイヤだったので、コンパクトデジカメを調整するようなフリして撮ったのが上の画像だ。

マッ!ごくありふれたオームですから、それほどオモシロイ画像ではありません。

Sikiri6_aum

これは紀伊国屋南新宿店で見たオーム。

朝海陽子
『Sight』
赤々舎

10413_2_2

6階(だったかな)の写真集売り場で平積みになっているこの写真集を立ち読みしていたときに見つけたオームだ。


10413_3_2

どこがオームかというと、この女性が着ているシャツが、やはりエスニックショップで見かけるオームマーク入りインドシャツになっている。該当ページをiPhoneでさりげなく隠し撮りというワケだ。

それぞれが心やすらぐ場所で、リラックスしてビデオを観ている姿を捉えた写真集で、カメラマンはまるで空気のよう。カメラマンを意識せずビデオに集中している無防備な表情がじつに素晴らしい。部屋のインテリアなどから、写しだされた人々の過去現在が読みとれて飽きない。

オーム入りシャツ自体は珍しいものではないから、『街のオーム』としてはCランクだが、この写真集は傑作のAランクだ。

本日はお金もっていないから買わないが、そのうち買うことになるだろう。

Sikiri6_aum_2

隠し撮りだけではワルいから、この本を買ってきた。

コルトレーン
ジャズの殉教者
藤岡靖洋
岩波新書

110413_5

決定版評伝
ジャズの可能性を極限まで
追求した男の全生涯を描く


やはり立ち読みしていたらこんな文章が目についたのだ。

(ラビ)シャンカルは、コルトレーンが1965年に制作したアルバム『OM(オーム)』を聴き、さらに招待されて《ヴィレッジ・ゲイト》でのライヴを見た。エルヴィン・ジョーンズとラシッド・アリという二人のドラマーを従え、四人のサックス奏者が雄叫びを上げ、金切り声のようなサックスの咆哮を延々と切り返すコルトレーンの音楽に対して、シャンカルはこう問いかけた。

「この音楽のいったいどこに、人々を幸せにする「静寂」、「安らぎ」があるのだろう?」

そして、「聖音オームの後につづくシャンティ(静寂)の意味を、君はわかっていないね」と厳しく諭した。

コルトレーンはラビ・シャンカルのこの言葉に衝撃を受け、フリージャズ路線から「平和と愛」を希求する音楽へと軌道修正することになる。

紀伊国屋書店の写真集の立ち読みでオームシャツを着てビデオに見入る女性を発見し、別のフロアーでは、コルトレーンのOM(オーム)に触れた一文に接するという、これもなにかの縁なのかもしれない。

そんなふうに結びつけてこの本を買ったのだ。

ジョン・コルトレーン/OM
110413_6

a

このように「常在オーム」。
オームがつきまとってくる。

a

Sikiri2hana

a

a

| | コメント (0)

2011年4月12日 (火)

『SPEAK THE TRUTH』は何処へ

節電!節電!の大合唱はケッコーなのだがフト思いついたことがあった。

そうムカシでもない、数ヶ月前くらいのハナシだったが、コンビニエンスストアの24時間営業は必要なのか?深夜でも煌煌と明かりを灯しているのは無駄なエネルギーの消費ではないか?節電せよ!というように騒がれたことがありました。

そのときに、コンビニエンスストアの最大電気食いはクーラーであり、明かりを暗くしても大した節電効果にはならないというような意見が出てきて、せっかく盛り上がりがかった“コンビニ24時間営業無駄論”も簡単に萎んでしまったと記憶していたのだが、、、。

ここにきてだなッ。

コンビニ業界は歩調を合わせて外灯室内灯の明かりを落とし、節電キャンペーンに参加しているようなポーズをとっているが、明かりを暗くしても節電効果は薄いんじゃなかったのか?などと思ったりするワケだ。

Sikiri

数日前のブログに、渋谷で見かけた『SPEAK THE TRUTH』の落書き画像をアップし、「総理大臣は真実を語っていないのではないか」という一般的疑問を記事にしたつもりだが、、、。


110406_3a

昨日、同じ場所を通りかかったら『SPEAK THE TRUTH』の落書きはキレイに消されていた。


110412_1

『街のオーム』として、街で見かけたオームマークを見つけてはサイトにアップしている。不思議なことに私に見つかってネタにされた落書きオームは、アップされた数日後にはペンキで上書きされたり、建物自体が取り壊されて消滅されてしまったのだ。これを「オレの目についたことで役目を終えた」などと面白がっていたら、今回の『SPEAK THE TRUTH』も私のネタになってから数日で消えてしまった。

考え過ぎだな。

西新宿地下広場を歩いていると、、、アッ!オームだ。


110412_3_2

と思ったら・・・・。

           オじゃなくってだった。

.

Sikiri

ヒマに任せて写真の整理をしているのだが、お気に入り写真を最大A2サイズまでプリントアウトすると、ごくありふれた旅のスナップ写真も3割増は良く見えたりする。


110412_4

最近は写真ブームといわれ老若男女首からカメラ吊るし街歩きするファンを多く見かける。自分で撮り自分で現像して、さらにサイトに公開できる環境が発達したことでファンも急激に増えたのだろう。私もそのクチだ。でも、やっぱりパソコンのディスプレイの中だけの写真というのも何かモノ足りない。

ハードディスクに保存されている画像は
あくまでも画像ファイルにすぎず
プリントすることで初めて写真になるんだなぁ。
.
そんなことに気がついたのだ。

a

a
Sikiri2hana

a

a

| | コメント (0)

2011年4月11日 (月)

東京を弄んだ男/斎藤貴男/講談社文庫

土曜日の雨と風でだいぶ散った桜だったが、ドッコイまだまだOK。

110411_3

まったく盛り上がらないまま幕を閉じてしまった東京都知事選だ。

案の定・・・誰もが予想したとおりにこのヒトが再選され、神奈川知事だったあのヒトは完璧にハメられて、お人好しのチンドン屋を演じてしまったみたい。その気になりイザッと思ったら押しのけられちゃったんだもの。

2011年4月11日(月) 東京新聞
110411_2

『東京を弄んだ男/斎藤貴男/講談社文庫』を読んでいる。

本書は、石原都知事、3期目には立候補せずに国政に転じ、小泉純一郎の後釜を狙うのではないかとの観測も立っていた2003年に発刊されたものの文庫版。

本書の猛烈な石原批判もものかわ、ケセラセラなどと得意の言葉で煙幕張りながらの後だしジャンケンで3期目も圧倒的強さで当選。そして、今回4期目も相変わらずのケセラセラと言ったかと思ったら、不出馬宣言し「4期目は無い!」と芝居をうち、お隣の神奈川県知事をソノ気にさせた上での出馬宣言だ。

この文庫版発刊も都知事選4期目に合わせたタイミングだったが、選挙には影響なかったみたい。

10411_1
東京を弄んだ男
「空疎な小皇帝」石原慎太郎
斎藤貴男

.
講談社文庫

石原都政が残し「爪痕」
青少年育成条例の表現規制
五輪招致、築地市場移転
新銀行東京の巨額赤字
執拗に繰り返された差別発言
12年に及ぶ石原都政を徹底検証

この本を読み進むと、さらにもう4年間もこのヒトに「オレは都知事だッ」というような顏をされるのかと思うと暗〜い気持ちになってしまう。

著者は(講談社文庫版)あとがきでこう吐き捨てている。

彼の行動や言動はどこまでもみみっちい

「コソ泥」の類以上でも以下でもありは

しないのである。

石原慎太郎に
一票入れた人も入れなかった人も
この本を読むべし。
そして
こういうヒトを首都東京の知事として
さらに4年間仰げる事実を味わいましょう。

a

a
Sikiri2hana

a

a

| | コメント (0)

2011年4月10日 (日)

ボロブドールのLove & Peace

そのうち何処かに行きたいな〜と思っていたのだが、世界各国から支援が広がって、たとえば、バンコックのスラム街でも義援金が集まっているというようなニュースを見ると、「オレたちは・・・なけなしのお金を寄付したのに、オマエはここで遊んでいるのか?」と言われそうで、ちょっと出にくいなぁ、、、とも思ってしまうのだ。

だから、古い写真を整理して過ごしていたらボロブドール遺跡のことを思い出した。

2011年1月。
世界遺産ボロブドール

110410_1

ムラビ山の噴火被害でボロブドール遺跡が立ち入り禁止になる可能性もあると聞いていたのだが、現地に行ってみればそんな心配もものかわ、人々のごくごく普通の生活があって、世界遺産を目指した団体観光客の大型バスがズラ〜ッと並んでいた。

ジョグジャ空港のホテル案内所で紹介されたマノーハラ・ホテルはボロブドール遺跡の中にある、一番設備の整ったホテルだった。生涯バックパッカーを名乗る私にはちょっと贅沢な感じもあるのだが、そろそろ旅の終わりに近づいて、バスタブで足を伸ばして湯に浸かる誘惑には勝てなかった。

こんな豪華な白いテーブルクロスのあるレストランで遺跡を目の前にして食べる朝飯というのも、もはやバックパッカーとは言えないかな?

マノーハラホテルのレストラン

110410_2

朝飯はそんな豪華なレストランでも、昼や夕飯を食べたのは大体こんなローカル食堂だったと言い訳しておこう。

ボロブドールの飯屋

110410_3

いくつか並んでる鍋をコレとコレと指差せばこんなふうに盛りつけてくれる。

ジャワ風ブッカケ飯

110410_4

氷入りスプライト付きで日本円200円くらいのものだった。

氷は下痢の原因とも言われているが私の場合は平気の平左。これまで旅に出て下痢になったことはないほど、鉄の胃袋を持つオトコなのだ。

さて、

夕方遺跡内を歩いているとマッサージの青年から声をかけられた。

クタのバイク事故のせいで首筋に痛みを感じていたのでちょうど良かった。

世界遺産の緑の芝生に敷かれたシートに横になり、「痛くてもいいからキツくやってくれ」とリクエストして彼に身体を預けた。この細い身体のどこにこんな力があるんだと思えるくらい指先を突き立ててくる。こっちが痛さに唸ると緩めるから「ストロング・ストロング、もっとヤレ!」と催促すると、彼もその気になってグイグイと攻めてくる。その痛さがまたキモチ良い。

  「ウ〜、、、それで良いんだ、グッドグッド、、、効く〜ッ」

そんなときだ・・・・・・・

  「オニサン!オニサン!」

耳元で囁く女性の声が聞こえる。

 「オニサン?鬼さん?」

マッサージの青年に逆エビに固められながら薄目を開けて声の方を見ると、土産物屋の女じゃないか?

「鬼さん!」じゃなくって「お兄さん!お兄さん!扇子を買って!2本で1000円!」というワケだ。商売熱心な土産物屋だ。

その愛嬌顏の写真を撮らせろ!

マッサージを一時中断して撮ったのが下の写真。

ボロブドールの商売熱心なおネーさん。

110410_7

再びマッサージを始めてもらったのだが、写真を撮らせたことでおネーサンは見込みありとみたか、さらに耳元で囁いてくる。

 「オニさん!オニさん!3本1000円!」

今度は値下げしてきやがった。

うるさいので顏の向きを変えたのだが・・・・・・。

ン・・・・

私の視線の先では猫のラブ&ピースだ。

「ヤイ!ネコ!ここは世界遺産の中だゾッ!時と場所を考えろ!」

ホ〜・・・猫はあんなふうにしてヤルんだなぁ。

マッサージの青年の逆エビ固めでヒーヒー言い、扇子売りのおネーサンには「オニサン!オニサン!」と攻められながらも猫が愛を交わす一部始終を見ていたワケだ。

コトが終わった後、さらに未練たらしいオスを威嚇するメス猫

110410_6

マッサージの青年は、猫のナニの写真を撮る私を、あんなモンのどこがオモシロイんだ?というような顏をして見ていたっけ。

ボロブドール遺跡内のマッサージの青年

110410_5

a建立

人間もネコもヤルことは同じ
あんなふうにして
種の保存をして
現在にいたっているワケだな。
a
a
a

Sikiri2hana a

a

| | コメント (0)

2011年4月 9日 (土)

手ぶれ堂写真館(その12)

手ぶれ堂写真館(その12:ミャンマー)

a

110409

a

a

ミャンマー:マンダレー
ヒンズー寺院deオーム・シャンティ

a

a
Sikiri2hana

a

a

| | コメント (0)

2011年4月 8日 (金)

手ぶれ堂写真館(その11)

手ぶれ堂写真館(その11:ブラジル)

2009年1月

110408 .
.


ブラジル・サンパウロの親戚
a
.
a

Sikiri2hana_4.
.

| | コメント (0)

2011年4月 7日 (木)

手ぶれ堂写真館(その10)

手ぶれ堂写真館(その10:ブラジル)

2008年12月

110407_2

ブラジル・マナウスの大晦日
後方に見えるのが
かつてのゴム景気の名残りを伝える
アマゾナス劇場。
a
a
a
a

a
Sikiri2hana_3
a

| | コメント (0)

2011年4月 6日 (水)

手ぶれ堂写真館(その9-2)

手ぶれ堂写真館(その9-2:東京)

2011年4月6日(水)

110406b
a
a

世田谷区成城
東宝撮影所

a

a
Sikiri2hana
a

| | コメント (0)

手ぶれ堂写真館(その9)

手ぶれ堂写真館(その9:ブラジル)

2008年12月

110406a



リオデジャネイロ
コルコバードのキリスト像
.
.


Sikiri2hana_2
.

| | コメント (0)

SPEAK THE TRUTH

ニッポンは資源が無い国だけど
技術力だけはどこの国にも負けない。

.
そんな言葉を信じて
少しは誇りに思ってきたが
そんなもん
あくまでも平時のときのハナシであって
国民が危険にさらされている
イザというときには
な〜んの役にも立たん技術力だったということが
よ〜く解ったぜッ。

Sikiri

渋谷ハチ公前のベンチに座って平和な人々の様子を眺めて楽しんでいたときのことだ。上背のあるサッパリした感じの白人男性が小冊子を配っている。

「どうせ、アナタはカミを信じますか〜」のクチだろうと思いながら観察していると、私にも一部渡してくれた。中まで読まなくってもナニが書いてあるかは想像がつく。

コレを読んだらすぐに教会にお電話ください。

アナタの悩みはイッパツ解決いたしますだろッ 


110406_5

せっかくだから
忠犬ハチ公の蓮華の御足に
その小冊子を捧げて記念写真撮ってきた。

Sikiri_2

渋谷文化村通りにボ〜ッと立っていたときだ。

異様な服装をした急ぎ足の女性集団に追い越された。

異様な服装といったら怒られるけれど、よくみるとチベットあたりの服装のようだ。

あなた方は何処の国の人だ?

訊くとチベット人だという。

よく解らないが、この近くで催し物があるというので後をついていった。


110406_1

あぁ、なるほど、、、、。

オーチャードホールでチベット関係の舞台があって、そのメンバーらしい。

ヤン・リーピンのクラナゾ藏謎

110406_2

Sikiri_3

渋谷消防署のあたりを代々木体育館の方へ歩いていくとこんな落書きを見つけた。


110406_3

.


110406_4

SPEAK THE TRUTH

a

今さら
政府にナニを言われても驚きはしないから

.
本当のことを言ってくれ!!
.

地球上にどんなことが起きていようと
時期がくれば桜は咲き
そして
散っていく。

a

a
Sikiri2hana
a
a

| | コメント (0)

2011年4月 5日 (火)

手ぶれ堂写真館(その8)

手ぶれ堂写真館(その8:モロッコ)

2007年1月

110405 .
.


サハラ砂漠エルフードのホテルで発見したMac。
背後の肖像はモロッコの皇太子だと思う。
.
.

.
.

Sikiri2hana
.

| | コメント (0)

2011年4月 4日 (月)

無題

言葉尻だけをとらえて攻撃をしかける風潮が蔓延している。正義の味方ヅラしているが、そのじつただの揚げ足取りに加担しているだけのメディアはいつものことだ。ごくごく当たり前の行為を美談仕立てにして、話題作りのネタにしたいメディアの姿勢も相変わらずだ。

Sikiri_2

3月17日(木)に予約してあった『友川カズキライブ/学芸大学前APIA40』は地震の影響でキャンセルになってしまった。

3月17日に予定しておりました友川カズキのライブは、
東日本大地震による計画停電ならびにそれに伴う交通への影響が、
現時点では流動的で先が見えない為、中止の決定となりました。
ご予約頂いた皆様には誠に申し訳御座いませんが、
次回ライブを楽しみにお待ちください。

余震も続いておりますので、どうか気をつけてお過ごしください。

  APIA40 店長

久しぶりの友川ライブで楽しみにしていたのに残念だった。

Sikiri_3

節電の影響で休館していたスイミングプールも、4月になってからは土日祭だけは時間短縮でオープンした。待ちかねていたように、いつもの2割増のお客が水泳を楽しんでいた。

Sikiri

昼飯を食べるたびに押してもらってたポイントがたまったので「ランチ1回サービス」の特典を行使しようと行ってみると。「閉店します。長い間のご愛顧ありがとうございました」の貼り紙だ。どうやら5階建てのビルが倒壊の危険ありということで「全館立ち入り禁止」の勧告を受けたようだ。東京のビルにも地震の影響があったんだなぁ。「あぁ、1回分の昼飯損しちゃった」

Sikiri

昼飯を食べにとんかつ屋へ行くと、いつもは若い女性が2人くらいいて接客していた店なのに、今日はオヤジ一人で厨房とホールを慌ただしく動き回っている。しかも「も当分のあいだランチタイムはロースカツ定食だけです。申し訳ありません」の貼り紙だ。オヤジに訊くと、これまで気がつかなかったが働いていた女性たちは全員韓国人だったそうだ。地震が怖いといって全員帰国してしまったそうだ。

「あの娘たち韓国人だったのか・・・」

そういえば和服の着こなしが寝間着風だったなぁ。

Sikiri

「今日は小姐はいないの?」

「ミナ中国カエタよ〜、ワタシひとりダケよ〜、ワタシガンバルよー!」

やはり昼飯を食べに入った中華飯屋のことだ。

この地震で、はからずも飲食店の多国籍従業員の浸透実体を改めて実感してしまった。

Sikiri

お茶の水の中古屋『ジャニス』でDVDを物色していたときのことだ。

レジ方から話し声が聞こえてきた。

「どうですか?お客さん、、、戻ってきました?」

「だめですね〜、まだまだダメですね〜」

「ウチは出版なんですが、注文がいつもの半分です」

「おたがいガンバリましょうね」

レジ係の女性と、出版関係だという若い男性がお互いに励ましあっていた。頃合いを見て私がレジに持っていったのはこの商品。

110404_1

最近、この当時のマイルスばかり聴いている。ミュートをきかせたマイルスのトランペトがキリもみ式に突き刺さる。

Sikiri

3月末に銀座永井画廊の「藤原新也『死ぬな生きろ』展」を見ていたときのことだ。

画廊の1階から外を見ると昭和通り沿いに行列が見える。

私:「この行列はナイルレストランのランチタイムのお客なの?」

画廊の女性:「イエ、、、ナイルさんではなくって、、、

         ・・・その隣りの洋食屋さんのお客さんだと思います」

「ア〜そうなんだ」と私が納得しかけたとき・・・・・。

「エッ!そうじゃないでしょッ?」

と、ビックリ声で私たちのハナシに入ってきた男性がいた。私にはその男性が誰かということがすぐに解ったのだ。

「アッ!そうか!この永井画廊は永井さんのお店だったんだ」

110404_2

永井さんによれば、外の行列はランチタイムの行列ではなく、三原橋のパチンコ屋の開店整理券を持ったお客さんの列なのだという。ちなみに『死ぬな生きろ展』オープニング時は何人かの行列ができたというのが永井さんの言だった。

『死ぬな生きろ展』は既に終わってしまったけれど、写真家藤原新也と書家藤原新也のエネルギーが融合して妖気を発する展覧会だった。

展示されている各作品は販売され、純益は大地震被災者の義援金として提供されるそうで、私も1枚欲しい作品があったのだが、とても私などの手が出る金額ではなかった。会場に置かれた義援金箱にささやかなお金を入れて連帯の意を示し会場を後にしてきた。

自粛自粛の右ならえが良いのか
パチンコ屋の開店を待ったりして普段の生活を維持するのが良いか
花見は止めた方が良いのか
それとも花見を楽しんだ方が良いのか
わからない
わからない。
.
だけど
オレのやることに
良いの悪いの指図せんといてくれよ
ということは言っておきたい。

a

Sikiri2hana

a

a

| | コメント (0)

2011年4月 3日 (日)

手ぶれ堂写真館(その7)

手ぶれ堂写真館(その7)

2007年1月

110403

.


モロッコ
メルズーカ砂漠

a

a

| | コメント (0)

2011年4月 2日 (土)

茅ヶ崎のオーム(その2)

(昨日のつづき)

東北では地獄の苦しみを味わっている人たちがたくさんいるのに、

ただオームの写真を撮りたいという

こんな非生産なことに時間を費やしていいのだろうか、、、

という後ろめたさを感じながらもサザン通りを歩いていたワケだ。

前方に目指すDORON'Sが見えてきて、店前では男性がホウキを使っている。開店準備をしているのだろう。その陽焼け顔から、彼がオーナーのDORONさんだということが見てとれる。

110401_10

掃除中の彼に声をかけ「ロンボクのオームマークの件でハナシを聴きに来た」と、訪問目的を告げ店内に入れてもらったのだ。

私は特にサーフィンには関係なくロンボクへ行ったのも「バリだけでなく、あまり旅行者が行かないような場所に行ってみよう」という単純な動機でした。ただし、サーフィンに関係ないといっても、映画『ビッグ・ウェンズデイ』の世界への強烈な憧れは今でも薄れることはないのだ。

初めて入るサーフィンショップ。

110401_11

サーフボードが妖しい光を放って艶かしく
ついつい、なでてしまった。

110401_4

そして、ロンボクで見たオームだ。

110401_5

a

こんな提灯にもオーム。

110401_6

ところで、

サーフボードとオームの関係は?

そして、

何故Satya Surf Boardsなんだろうか?

DORONさんのハナシでは、30数年前、この店を開こうとしていたころつきあっていたヨガ教師にオームやSATYAのもつ意味を教えられ深く感銘を受け、それ以来、シンボルマークとして取り入れているのだといいます。


110401_7

私にとってはただのブログネタにしかすぎないオームマークだが、DORONさんにとってのオームは、生きていく上での精神的拠りどころであることがその穏やかな話しぶりから理解できる。

DORONさんは、店を経営する傍ら「サーファーの環境保護団体」も主宰。さらにヒマをみつけては良い波を求めて世界各地を廻っていて、ロンブクにもこれまで何回か仲間と行ったことがあるということだから、オームステッカーはそのときに仲間の誰かが記念に残したものだろう。そして、一般的には誰も気に止めることもないだろうステッカーを、たまたまクタを訪れた『街のオーム』コレクターの私が見逃さなかったということになりそうだ。

突然訪れた私に嫌がりもせず応対し、帰り際にはお店のステッカー各種をお土産に持たせてくれたDORONさんにオーム・シャンティ。

そして、サイラム。


110401_8

a.

オームにたぐり寄せられて茅ヶ崎に来て
素敵な人生を送るひとに出会えた
嬉しい小旅行であった。
.
Sikiri6_aum

さて、

茅ヶ崎には「サザン通り」に「サザンビーチ」、それに「サザン神社」まで存在することは私だって知っている。せっかく茅ヶ崎に来たんだからサザン神社に参拝しないテはないだろうと、DORONさんに場所を確認し行ってみると。

アラッ?!

110401_9

a

しばらく節電の為
お休みさせて
頂きます。
サザン通り商店街。



の貼り紙だった。
.
もはや
シャレの居場所すら流されたようだ。

(この章おわり)
a

a

| | コメント (0)

2011年4月 1日 (金)

茅ヶ崎のオーム

茅ヶ崎といえば「ムカシ加山雄三」、ときは移り「今は桑田佳祐」というのがニッポンの常識。なにしろ、茅ヶ崎には『サザン通り』があって、『サザンビーチ』もあるくらいなのです。「そんなことオマエに言われなくとも知ってるゼッ!」という声も聞こえてきそうだが、

とにかく、

私は春を思わせる陽気の中、茅ヶ崎サザン通りをサザンビーチ目指して歩いていた訳です。


110401_1

モチロン、春はすぐそこといえども、平日だからビーチに人は少なく、ときおりジョギングする人が走り過ぎるくらいだ。


110401_2

ついつい

『♪エボシ岩が遠くに見える、、、ナミダ溢れてかすんでる、、、』

と、歌も出てくる


110401_3

私がなぜ茅ヶ崎へ来ていたかというと、なにも「『♪チャコの海岸物語』をご当地で歌おう!」という試みではありませんで、これを読んでもらいたい。

                  『ロンボク・クタ(その3)〜神の手か』 2011.01.28

この記事は、昨年の12月にロンボク島・クタで泊まったホテルのロビーにこんなステッカーが貼ってあるのを見つけて、「どうしてインドネシアのこんなモスレムの島で、オームマーク入りのステッカーと対面せにゃぁならんのだ?」


110126_4a
 

しッ、、、しかも、、、しかもだッ!

Satyaという名前がなぜここで出てくるのか?

Chigasaki  Shonan  Japan」とは何なんだ?

サティヤ・サイババ・ファンクラブとしてはとても気になるオームステッカーでありました。

帰国後ロンボク/クタでのテンマツをこのブログ記事にしたところ「このオーム入りステッカーは茅ヶ崎にあるDORON'Sというサーフィンショップのものだ」と見知らぬ読者からの投稿。手がかりを求めてネット検索すると確かにそのサーフィンショップの存在することが判明したのだ。

DORON'Sのサイト掲示板に書き込みをすると、

オーナーらしき人からのこんな返信だ。

 
  えあじん様

ご連絡ありがとうございます。
先日ロンボクに行ってきました。
ブログのステッカーを拝見しましたが、ケンズホテルか、
サーファーインのどちらかのホテルで発見されたのでしょうか。
もし宜しければ遊びにいらしてください。



それなら
「そのDORON'Sとやらに行くしかないだろ」
「Satyaの意図を訊いてみようではないか」

茅ヶ崎サザン通りを歩いていたワケだ。
.
(明日へつづく)

a

a

| | コメント (1)

« 2011年3月 | トップページ | 2011年6月 »