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2010年6月29日 (火)

パラグアイは蜃気楼のようだった

「生涯バックパッカー」を自称する私として、次の旅行に向けての予行練習のつもりでカメラをお気に入りのバッグに詰めて明治神宮に出かけてみた。分不相応と知りつつ高価な交換レンズを買ったのだが、全5キロほどのカメラバックはケッコー重さを感じるものだ。

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小雨混じりの明治神宮ではジューン・ブライドにあやかったのか次から次へと新夫婦が誕生している。

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そして記念写真というナガレになっている。

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そんな流れ作業を見てから代々木公園へ行ってみると、オー!サムライ・ブルーの着物姿の坂本竜馬さんが出迎えてくれた。

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特別なサッカーファンでもない私でさえテレビ中継に釘付けにさせたほど、フリーキック2発の成功で日本中を大盛り上がりさせた感のあるW杯南アフリカ大会だ。

どの国を応援しようかとなると、やはり心情的に自分がこれまで行ったことのある国ということになって、筆頭はブラジルということになる。サッカー王国と呼ばれるブラジルを旅行していると、僅かの空き地で子供たちがボールを蹴っている姿はしょっちゅう見られるし、その真剣な姿からは、日本人子供たちの「塾の合間の気分転換」的遊びとは別物のような気がしたのだ。

そのブラジルの最大の観光地にイグアスの滝がある。これだけの水がいったいどこで生産されどこに流れていくのか。轟音あげて落ちる滝の壮大さは見るものを立ちすくませるほど圧倒する。

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ただし、イグアスの滝はブラジルだけのものではなく、アルゼンチンにとっても最大の観光地となっている。

同じ滝でもブラジル側アルゼンチン側双方からの景色が違って見えるのが面白い。ブラジル側から見るイグアスは滝の全体を下から見上げるかたちになり、アルゼンチン側から見るイグアスは滝の上から見下ろすかたちになる。

イグアスでも特に有名な“悪魔ののど笛”を眼下に見ることのできるのはアルゼンチン側からだ。

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そして、イグアスの滝が落下する川の真ん中にブラジルとアルゼンチンの国境線が引かれている。

両国の川岸から滝巡りのボートが出ていて、観光客は救命胴衣に雨合羽の完全武装で乗り込むのだが、水しぶきの中を数分行っただけですぐ水浸しになってしまう。それでも暑い国のことだからシャワーを浴びたようで気持ちが良いのだ。

このボートの運行もブラジル/アルゼンチン両国の国民性があるようで、ブラジル側はどちらかというと安全運転のオットリ型。対するアルゼンチン側ボートは滝の真下まで突っ込んだり急にUターンしたりしての乱暴狼藉。だからアルゼンチン側ボートの乗客の上げる歓声悲鳴はブラジル側より数倍高く、そんな乗客のオーバーな反応が嬉しいアルゼンチン側ボートはさらに滝の下ギリギリまで突っ込むサービスをするワケだ。

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静かに情念を歌うのがポルトガルのファドなら、激しい情念を打っ付けるのがスペインのフラメンコというように、イグアスの滝のボート遊覧もポルトガルとスペインという旧宗主国の国民性のようだ。このあたりは、サッカー王国と呼ばれるブラジル/アルゼンチン両国の闘い方にも現れている気がする。

そのブラジル/アルゼンチンのイグアスの滝上流にはイタイプーという巨大な水力発電所がある。イタイプーというのは確か“岩の塊”という意味だったはずだ。

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これはブラジルと隣国パラグアイ両国が共同で作ったダムで、どのくらい巨大かというと、ブラジルとパラグアイ全土に送電してもまだ余裕のある電力を作りだすことができるのだそうだ。

「中国のナントカダムができるまでは世界最大の水力発電所でした」とガイドが自慢気に語り、そして「ホラ、向こうに見えるのがパラグアイです」と指差した方向には、まるで蜃気楼のようにパラグアイの街が見えたのでした。

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南アフリカWカップ決勝トーナメントで思いがけずも日本とパラグアイが闘うことになり、これまで目を向けたこともなかったパラグアイの情報がサッカーに絡めて入るようになりました。

パラグアイのサッカーというのは相手の攻撃を徹底的に防御し、耐えに耐えながら一瞬のスキを突いて反撃し屈服させるのだとか。これがブラジル/アルゼンチンというサッカー大国に潰され続けてきた結果身に付いた戦術だそうだ。これは正に大国に挟まれ資源も無い小国の歴史そのままじゃないか。

今大会もこのテでブラジル/アルゼンチンから勝ち点を上げて南アフリカまで伸し上がって来たのだから、パラグアイサッカーはシブトイよ!粘っこいよ!コスッカライよ!というのが大方のパラグアイ評のようだった。防御に長けている点では日本チームと似通っているとか。

こういう、パラグアイの悲哀をこめたハナシを聞くと、心情的にはパラグアイを応援したくなるのだが、サッカーを通じてにわかナショナリストになった私としては、やはりガンバレ日本!ということになる。

だから、

今晩の日本×パラグアイ戦に向けて改めて坂本竜馬大明神にお祈りいたしましょう。

代々木公園の
坂本竜馬像
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ひとつの勝利が
これほど国民を明るくさせたり落胆させる
スポーツの力を知ったW杯です。

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2010年6月27日 (日)

ボツになっていたオーム写真

アップル銀座に行くために西銀座デパート前を歩いていると

  「ンッ?オーム?」

ショーウインドウの前で立ち止まった。

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NuBra©のBがオームに似ていたというだけのハナシなんだが、、、。

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こういうショーウインドウをいつまでも見ていると“変なオジさん”と思われそうだと気がつき、あわててその場を離れた梅雨時の夕暮れでした。

このように街で見かけたオームマーク画像をネタにアップしてきたが、本日はオクラ入りしたままのオームを画像ファイルの中から発掘公開いたしましょう。

千駄ヶ谷東京都体育館前で見かけた
ネパール人のオーム。
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フリーマーケットで吊るしてあったオームシャツ。
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代々木公園フリーマーケットで見かけたオーム。
パンツがオーム入り。
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千駄ヶ谷のフリーマーケットで売られていたオーム入り布。
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これも千駄ヶ谷フリーマーケットで見かけたオーム。
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その国際カップルのヘルメットには
オームマークのシールが貼られているのを
ワタクシは見逃さなかった。
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あああ

自分から言うのもナンだかチャパティ、、、。このように、フリーマーケットで見かけるオームというのも当たり前すぎてオモシロミに欠けるからアップしなかったのだが、ハードディスクの奥から「オレをブログにアップしろ!」という声が聞こえてきたワケだ。

そして、本日の最後はこの画像。

浅草の裏通りで見かけた女性。
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「オームじゃないか?」と思い「写真に撮らせてくれないか?」と頼んだら「いいわよ」とアッサリ肩口を広げて見せてくれた女性。

でも、梵字は梵字でも・・・よく見るとオームとは違ったみたい。

感動的なオームとはなかなか出会えなくなったこの頃だ。

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2010年6月25日 (金)

神さま仏さま岡田さま

昨夜のことだ、

帰宅途中たまたま同僚と一緒になって、今晩というか明早朝の『日本×デンマーク』をどうするか?などとハナシながら駅に向かったワケだ。彼によればモチロン早起きしてテレビ観戦するつもりだという。今晩はまっすぐ帰宅し、風呂に入って酒を飲み目覚まし時計を3時にセットして即眠るのだといいます。

その同僚がそれほど熱狂的サッカーファンだなどというハナシは聞いたこともなかったし、私にいたっては世間が喜んでいる現象を皮肉な目でみているだけの偏屈にすぎないが、そんなチャンジー同士の会話にも上るくらい、ワールドカップは注目を集めているワケだ。

前夜から、帰宅→風呂→酒→早寝→早起きとリハーサル済みでバッチリで明朝の試合に臨むという彼と別れて、私は西新宿のヨドバシカメラに買い物に行ったのだが、南口の高島屋ビルに5フロアーにわたって掲げられていた中村俊輔の巨大ポスターはいつのまにかデリートされていた。

世間的にはホンダHONDAで、もはや中村俊輔の時代では無くなったということなのかな。

西新宿で買いものを終えて帰ろうとすると、ちょうどリムジンバスの発着場前のビル前にラテン顔のオトコが所在なさげに立っている。髪はボサボサでネクタイもスーツの裾も風になびいているように飛んでいる。

あのオトコは何なんだろう?と気になって「あなたはここでナニをしてるのか?」と訊くと、「ワタシはパフォーマーだ」と言いやがる。

「パフォーマー・・・・?」

アッ!そうか!

路上でパントマイムなどのパフォーマンスをしてチップを稼ごうというワケだ。

「写真撮っていいか?」とカメラを取り出すと「モチロンだ、チョッと待って」という表情を見せ、近くのカバンを手に持ってポーズをとりやがった。

その姿を見て、アッ!そうか!ネクタイとスーツの裾が飛んでいるのは走っている格好を表現していたのだとナットク。ネクタイに触ってみたら中に針金が入っていることも解った。

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イタリア人だという彼と握手してから「日本を楽しんでいってくれ」などと言って別れたのだが、「そうか、彼がパフォーマーだと言っていたのだから、チップをあげるのが礼儀だったなぁ」などと思ったりしたワケだ。

そして、今朝のことになるのだが、私は早寝早起き。いつものように10時前には寝て夜中にトイレに起きてテレビを点けてみたら日本が1−0でデンマークに勝っている。更に見続けたいという欲求もおきずそのまま寝たのだが、再び目が覚めテレビを点けると3−1で勝っている。

これで勝利を確信したら目が冴えてけっきょく終盤は見続けてしまった。

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ワールドカップが始まる前の監督批判もこれで収まってしまって、一躍ヒーローになりそうな予感がする岡ちゃんです。

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やっぱり
勝負は勝たなにゃいかんぜヨッ!
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日本にとって久々の明るいニュースだから
日本全国この話題でもちきりでしょう。
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2010年6月23日 (水)

これがブブゼラだ(下北沢)

たった1勝で評価がガラリと変わってオトコを上げた岡チャンだけど、果たしてこれがいつまで続くのか・・・・。サッカーについてはそれほどの思い入れはないから、皮肉な見方をしているこの頃だ。

以前紹介したアフリカングッズの店、下北沢『マサイマーケット』をヒヤカシに立ち寄った。

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世間で話題のブブゼラを発見。

手に取ってチェックしたが、リードがあるわけでもなくただのパイプだ。要するに“ブーイング”するときの唇の振動音がパイプを通じて増幅されあの騒音になるワケだ。

予約受付中!!

¥3980-

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最短で25日の入荷だそうだ。

「中国で作ってるんだって?」と私が訊くと、

ウチのは南アフリカで作っているFIFA公認のブブゼラです

とのことだ。

マサイマーケットがブブゼラでくるのなら、

こっちはコレで勝負だ。

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マサイ族というのはケニヤやタンザニアの東アフリカに住んでいるのだが、なかなか勇猛な部族らしくガードマンの仕事につくことが多いようだ。上の黒光りする棒はマサイの武器で、このこん棒を手に持ち商店の門前などで寝ずの番をするワケだ。

木の枝にできたコブなんだが

こんなのでアタマを一撃されたら

一発であの世行き間違いなし。

1974年にナイロビのマーケットで護身用として買ったモノだが
モチロン武器としての出番はなく
30数年にわたって
もっぱら肩たたき専用として重宝している。

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2010年6月21日 (月)

『麺ジャラスK』は川田利明だった

前回紹介した映画『クレイジー・ハート』を観ながら、「この展開はミッキー・ロークの『ザ・レスラー』と同じだなぁ」と思っていた。

『クレイジー・ハート』がかつて一世を風靡したカントリー・シンガー、『ザ・レスラー』はかつてメーンイベンターを張ったプロレスラーという、両方とも「かつて・・・」がつく男の再生物語だった。ただし『ザ・レスラー』のミッキー・ロークは、娘との確執も解けてようやく再生への一歩を踏み出せたと思った矢先に、日頃の不摂生がたたりリング上で憤死してしまう結末だった。

アメリカ人というのは「人生はやり直しがきくんだ!」というテーマがホントに好きなんだ。

日曜日のことだ。

夕方6時前、世田谷通りの成城交差点を過ぎて玉堤通り方面に向っていると、ちょうどネパールレストランMt.Fishtailの隣りのビル前に10人くらいの人が並んでいる。

ここは以前博多ラーメンの店があった場所だ。その店が閉店して3ヵ月くらいになるが、新規にラーメン店が開店したようなのだ。派手なディスプレイもなく『麺ジャラスK』という奇妙な名前の控えめな看板が見てとれる。並んでいる人に訊くと1週間前に開店したばかりだそうで、6時の開店を待っているのだという。

私は『日本めんくい党』の総裁でもあるから、いちおう市場調査をしなければならないだろうと思い立ち列に並んだのだが、世田谷通りを通る車も「何の列なの?」と訝しげな顏で減速するのが解る。

列の中から店内の様子を見ると厨房の奥で開店前の準備をしているヒゲ面の男に見覚えがある。

「エッ?マサカ〜、、、、そんなワケないだろう?」

総勢30人くらいの列ができたころに開店の6時になり、店内に入りヒゲ面を正面から見て驚いた。

「川田だ!川田利明だ!」

『麺ジャラスK』の店名由来はデンジャラスKAWADAをもじったものとナットク。

スポーツ選手の店というと、本人の現役時代のパネルだとか仲間からの花輪などが景気付けに壁を飾っているものだが、前の店から居抜きの20席ほどの店内にはそれらの派手な飾りは一切無し。川田利明のことを知らないお客だったら、厨房で汗だくになって働いているあのヒゲ面が、有名なプロレスラーだったとは想像つかないだろう。

プロレスに縁のない人のために若干説明すると、川田利明はジャイアント馬場率いる全日本プロレスを経て、高校の先輩三沢光晴の『ノア』に参加。彼のファイトはプロレスではありがちな派手なパフォーマンスを拒否し、肉と肉がゴツゴツとぶつかりあう、正に肉弾戦の音が聞こえるような激しさだった。それほど肉体を酷使し妥協しないファイトは多くのファンを得ていたプロレスラーなのだ。とにかく真面目な正確がファイトに表れていたと思う。

その川田利明が目の前にいる。

川田利明のファンと思える女性グループが「写真撮っていいですか?」とコトワリを入れ、厨房の川田にケータイを向けてもイヤな顔せず、「お好きにどうぞ」という感じで応じている。私も写真を撮りたかったが、そ ういう日に限って手ブラだったのが残念。

それで、

私は「醤油K麺750円」というラーメンを食したのだが、一般的に醤油ラーメンといわれる醤油をもっと濃くした味だが、濃い割りには意外とアッサリしている。私にとっての初体験の味は、かなりの研究によって作りだした味だということは理解できた。

外にはまだ行列ができている様子なので、次のお客に席を譲らなければと早々に食い終えた帰り際、レジの女性に「いつ引退したの?」と小声で訊くと、その女性は

「エッ?川田ですか?まだ引退してませんヨ」

「アッ!そうなの!

プロレスもやって、ラーメン屋もやってというワケ?」

私は子供のころからのプロレスファンで、力道山×デストロイヤーの試合だってリアルタイムで見ている世代だが、馬場・猪木後のプロレス界については興味が薄れて東京スポーツを読むこともなかった。しかし、プロレス団体の乱立、総合格闘技の台頭などプロレス弱体のナガレは知っていた。さらに三沢さんの事件でプロレス界も窮地にあるだろうことは想像していたが、川田利明の消息について思いをめぐらすこともなかったのだが、その川田利明の店に偶然に入って、川田利明の作ったラーメンを喰ったワケだ。

たまたま『クレイジー・ハート』の映画を観て、ミッキー・ローク演じる『ザ・レスラー』のことを思い出したものだから、満身創痍でプロレスを引退した川田利明が、ラーメン屋に第二の人生を賭けてると勝手にストーリーを描いたのだが、川田利明はまだまだ現役プロレスラーだったのだ。

川田さん失礼しました。

ラーメン美味しかったですよ。

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店を出ると
まだ20人ほどの行列ができていた。
この行列が
プロレスラーのラーメン屋という物珍しさだけでなく
美味しいラーメンの店として
永遠に続くことを祈りたい。
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間がワルイことに
今回は麺ジャラスKのラーメン画像はアップできないが
日本めんくい党総裁としては
次回はカメラを持ってリターンマッチだ。
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2010年6月20日 (日)

『クレイジー・ハート』には泣いたぜ。

『クレイジー・ハート』を観てきた。

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バッド・ブレッドは人気者のカントリー・シンガーだったが、弟子だったトミーにその地位をとって替わられ、今ではオンボロのヴァンにギター一台だけを乗せてのドサ回り。“ムカシの名前”だけが頼りの彼に用意されているステージはボーリング場だったり場末の店の片隅という扱い。そして彼を待ち受けるお客も、往年のヒット曲に薄れかけた想い出を重ねたいわずかなオールドファンだけという侘しさだ。

そんな旅ガラスのバッドのもとにジーンという女性記者が取材に訪れた。

何回かインタビューを重ねるうちに、無頼派を気取るバッドと、才気活発なシングルマザーのジーンの間には、お互いに引かれ合うものがあって・・・・。

「栄光→失意→再生」

「人生はいつでもやり直しがきくんだ!」という、アメリカ映画定番のテーマだと皮肉に思いながらも、バッドの再起を願うかつての弟子トミーとの師弟愛を絡めた展開に、私はすっかり感情移入して最後のシーンには不覚にも涙ぐんでしまった。

『クレイジー・ハート』予告編をどうぞ。


そういえば
この映画には悪いヤツが一人も現れなかったな〜。

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ジーンはもちろんのこと
日替わりのバンドメンバーも
スターとなったトミーも
ブッキング・マネージャーさえも
かつてのスターを引き上げようと
手を差し伸べていたもの。
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明るくなった館内を見回せば

お客の平均年齢は50歳台というところか。
ちょうど
バッド・ブレッドとリンクする世代だった。

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2010年6月18日 (金)

カラスとスカイツリー:靖国通り

背が伸びるにつれて話題になる割合も増えてきたスカイツリーだが。

写真ファンの間では撮影ポイントの情報も飛び交っているようだ。

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浅草待乳山聖天にお参りした後隅田川沿いを浅草駅に向けて歩いていると、「ここよ!ここよ!」と言い合いながら、数人のオバさんグループがスカイツリーに向けてケータイをかざしている。

ナニがそんなに嬉しいんだ?と訊いてわかった!

ここはホンモノのスカイツリーと、アサヒビールのソークビルに映るスカイツリーのふたつが見られるポイントなんだそうだ。

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なるほどなるほどと納得して私もカメラを向けた。

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仕事場へ向っていると運送会社の作業場前でカラスが鳴いている。

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私が接近してカメラを向けても飛び立たずピョンピョンと飛び跳ねて位置を変えるだけだ。

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観察するとクチバシのあたりが育っていないようだからまだ子カラスなのかな。その上に羽を痛めていて飛べないのかもしれない。

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そのうち、コインパーキングの方へ飛び跳ねていくから、あのカラスが東京で生き抜くにはキビシーものがあるだろうなと思いながら見送ったワケだ。

朝のそんなカラスのことなどとっくに忘れてしまった昼休み。昼食を済ませて爪楊枝チューチューいわせて靖国通りを歩いていると・・・・道路に黒い固まりが見える。

アラ〜、、、、。

朝のカラスだッ!!!

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車の通りの多い靖国通りだ。

見てるあいだにも何台もの車が黒い固まりを踏みつけて通り過ぎて行く。

私は、道路からカラスの骸を拾ってくる度胸もなくそのまま逃げてきた。

    オレの来世はカラスに喰われるミミズかもしれない。

・・・そして、

ふと空を見上げると、、、、。

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この靖国通りからもスカイツリーが見られることに
初めて気がついた。

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2010年6月15日 (火)

響けブブゼラ

ザクロの真っ赤な花が鮮やかに映える季節だ。

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さて、

深夜トイレに起きたとき、高台のマンションを見ると3分の1くらいの窓に灯りがついている。

  アッ!そうか、、、今夜はサッカーをやってるんだった。

テレビをつけると、日本が勝ったようで岡田監督が勝利インタビューを受けているところだった。

これまで、日本を不愉快にさせている顔の朝青龍が去り、平野博文が去り、残るは岡田監督だと思っていたが、彼の地で意外にも日本が勝ったと知ると、岡田さんの陰気な顔もなにやら哲学者のような顔に思えたワケだ。

2010.06.15(火) 東京新聞
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政権が変わってから
『はやぶさ』が感動の帰還を果たし
サッカーは1勝して
少しは気分が明るくなりかけたと思ったが
相変わらず相撲界だけは足を引っ張っているゼ。

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2010年6月12日 (土)

W杯開幕〜アフリカ/ミリアム・マケバ

真夏日を思わせる土曜日。

お気に入りのクロックス履いて出かければ、

あぁ・・・・いい感じ。

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私の周囲ではどうもいまひとつ盛り上がりに欠ける気がするワールドカップだが、これで日本チームが初戦に勝ったりすれば一挙にお祭りへと発展するのでしょう。


2010.06.12(土) 東京新聞
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アフリカといえば、私がかつてアップした音源があったので聴いていただきましょう。

たしかミリアム・マケバの死亡記事を読んで作成した音源だったと思います。

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私は特にサッカーファンでもないが

いちおう

アフリカの地に向けて

 

ガンバレ!ニッポン!

 

日本チャチャチャ!

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2010年6月11日 (金)

『ヌサトゥンガラ島々紀行/瀬川正仁』〜三省堂のオーム

自宅でパソコンをいじっていたとき、突然右脚に痛みがきて唸ってしまった。

あぁ、もしかするとこれが我々チャンジー世代で話題になる「足がツル」という症状なのか?

10分ほどマッサージするとようやく痛みは治まったが、席から立ち上がったり座ったりという膝の屈伸のときに痛みを感じる。ユックリ立ち上がって歩き始めれば痛みは気にならず、日常生活に差し障りないから仕事を休むこともなかったが、数週間経っても右太ももから右臀部にかけての一直線の痛みというか違和感が抜けない。

水泳も普通にできるから大事ではないだろうと思いながらも、気になったので健康保険組合の診療所に行ってみた。

何科なのか解らなかったので最初内科で診察を受けると、医師の説明では、痛みの原因は脳からくる場合と、脊髄からくる場合がある。脳からの場合は「内科」で、脊髄の場合は「整形」になるのだという。

なるほど、そういうふうに線引きされているのか。

内科では、「たぶん心配ないだろうが、念のために脳のCTを撮ってみましょう。その方がハッキリするから」ということになってCTを撮ってもらったのだが、内科的には問題なし。次に整形に回され背中とか腰のレントゲン写真を撮り、その結果も特に問題ないとのこと。けっきょく脚の痛みの原因は特定できないが、触診で右脚の脈が弱いから薬を飲んでしばらく様子を見てみましょうということになった。この薬というのがビタミンB1とかB2だそうで、3種のビタミン剤で血行を良くするということらしい。

「右脚の血行が良くない」と言われて思いあたるフシがある。以前から右脚に軽く痺れがくることが何回もあったから、あの痺れが今回の予兆だったのかも知れないと納得!

これまで大した病気もなく、まぁ、健康的にはツツガナク過ごし、同年代のヤツラと比べても元気な方だと自負していたから、「生涯バックパッカー」などとアッチャコッチャ出歩いてきたが、やはり年相応に細かいところにガタがきていることを実感したワケだ。

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気になった脚の痛みも、特に心配することはなさそうだという医者の見立てに、またゾロ旅ゴコロ疼きだし、三省堂書店の旅行ガイドブックコーナーで立ち読みしていて見つけたのがこの本。

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ヌサトゥンガラ島々紀行
瀬川正仁

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凱風社
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バリ発チモール行き
ウォーレシアにいにしえのアジアを模索する。
コモドドラゴン
フローレス原人
奇祭パッソーラ
ララトゥカの復活祭
銛でクジラ獲り・・・・・
グローバリズムの辺境は

いつまで生き残れるか

著者の瀬川正仁さんといえば思い出すのが、“老後は物価が安く人情も厚い東南アジアで過ごす”という神話を信じて、人生の最終章を東南アジアに賭けた男たちの顛末を取材した、『老いて男はアジアをめざす』という傑作ルポルタージュだ。

“個人”の立場になった日本人たちのなんとひ弱なことよ。老いてもなおウブさが抜けず善意にすがる日本人男性と、迎え撃つ百戦錬磨の南国女性とのセッションには身につまされる思いがしたのだ。

そして、この『ヌサトゥンガラ島々紀行』だが、東南アジアを地を這うように徘徊する著者の初期ルポルタージュだ。

“ヌサトゥンガラ”とは、

バリ島の東に浮かぶロンボク島から、ダラダラッと続く多島海の島々、そこがヌサトゥンガラだ。舌を噛みそうな名前だが、日本語に翻訳すればあっけないほど単純、「東南の島々」という意味である。

ひとくちにインドネシアと言っても、ジャワ本島とバリ島では宗教を初めとして生活習慣は驚くほどの違いがあることは一般的に知られているが、バリ島からさらに東南に点在する大小の島々には、これまた島ごとの異なった文化が存在することを検証したルポルタージュだ。たんなるガイドブックとか紀行文を超えて文化人類学の域へと達しているのではないか。

今度はバリ島に行こうかと思っている私は、ヌサトゥンガラ全島とはいかないが、せめてロンボクまでは足を伸ばしたいと思わせた紀行文であった。

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三省堂書店で『ヌサトゥンガラ紀行』を買い、次いでに雑誌売り場で立ち読みしていると、、、、、

「アッ!オームだ」

隣で同じく立ち読みをしていたお嬢さんの胸元のオームマークが目に入ったから速攻でアタック!このお嬢さん、オームのいわれを理解して着ているワケでもなく、こういったエスニックな感じが好きだということのようだ。

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バリ島といえばヒンズー
ヒンズーといえばオームだ。
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このところ美形のオームコレクションが続いているのがウレシー!

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2010年6月10日 (木)

PURPLESSENCE/MURASAKI 紫

今回紹介するCDは、30年ものあいだ変わらず“ロック魂”をチャージし続けて、揺るぎのない姿勢を見せてきたグループの新録音だ。


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パープレッセンス

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HYDRANT MUSIC
QIHC-10007

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日本のハードロックの原点、
伝説の『紫』が
35年振りに衝撃の復活!!

なにしろ、70年代の沖縄コザ(現沖縄市)でベトナム帰りの米兵と対峙して成長してきたバンドだけにハラの座りかたが違う。

「これがオレたちの時代の音だ!!!」

たんなる“復活70年代ミュージシャン”とは一線を画すこの音に、とかく軟弱になりがちなこちらの精神はビンタ喰らったようだぜ。

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2010年6月 8日 (火)

ふりかえれば中村俊輔

新宿駅南口高島屋ビルに中村俊輔が現れた。

何フロアー分あるんだろうか?と巨大な画像にしばらく見とれていた。

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それにしても
今週開幕だと思ったが
盛り上がりに欠ける気がするのは
私だけか。

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2010年6月 5日 (土)

コルカッタの野菜カレー

小沢さんという人はけっきょく最後には失敗する人のようだ。

2010.06.04(金) 
地下鉄駅の新聞スタンド
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さて、

夏日のようなこのところの気候。

プールで泳いだ後、世田谷通りのカレー屋『コルカッタ』へ。

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社長ソックリの青年がウエイターをしている。

「アレッ?社長はどうした?アンタは社長の弟か?」

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青年のハナシでは小田急祖師ケ谷大蔵駅近くにもう一軒店を出すことになって、自分はインドから呼び寄せられたということらしい。

この店の社長はモスレムだからオームアイコンはない。

世田谷通り生育センター前
『コルカッタ』の野菜カレー
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それにしても
東京にはカレー屋が異常増殖中
カレー臭が街を覆っているようだぜ。

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2010年6月 4日 (金)

小暮写真館/宮部みゆき

「エクスキューズミー」

神田三省堂で本を買った帰りのことだ。背後からこんな女性の声があるのは気がついていたが、まさか自分に呼びかけられてるとは思わなかったから無視して歩いていると、その声は私を追い越して目の前に立ちふさがるようにした。

「・・・な〜んだ、久しぶり!元気にしてる!」

その声の主と初めて会ったのは3年くらい前の『養老の滝』で昼飯を食べているときだった。満席だから相席をお願いできるか?と顔見知りの店員が訊いてきたので「どうぞどうぞ」と応えると、目の前の席に座ったのがアラウンド30の白人女性だったのだ。

私の食べている安い飯を興味深そうに眺めて「それは何ですか?」と訊いてきやがった。

そのとき私が食べていたのは『牛筋煮込み定食¥600』だった。「ボイルド・ビーフ」とかなんとか答えたはずだ。彼女もそれをオーダーしたので、「この七味唐辛子を入れると美味い」と教えてやると、煮込みを真っ赤にするほど唐辛子をかけ、さらにサービスの生卵までご飯にかけて美味しそうに食べはじめたのだ。

養老の滝の白人女性と卵かけご飯という珍しい組み合わせに「生卵は大丈夫なの?」と訊けば「オーケーオーケーワタシはニッポンの食べ物大丈夫」というハナシだっ た。

牛筋煮込み食べながらリサーチしたところでは、この近くの企業で翻訳の仕事をしているアメリカ人だそうで、なるほど、達者な日本語に納得。

その後もお昼休みに路上でたびたび会うことがあって世間話などをしていたのだが、今年の1月ころからまったく姿を見なくなった。「アメリカへ帰ったのかな?」と思っていたところに「エクスキューズミー」だ。

久しぶりに会った彼女の話では6年勤めた会社をリストラにあい退社。その後一時的にアメリカに帰ったりしていたが、再び日本で求職活動をするべく戻ってきたのだとのこと。履歴書用の写真を撮りにスタジオへ向っていたら私を見かけて追いかけてきたというワケだ。

日本語で書く履歴書は難しいと言いながらも、失業を楽しんでいるように見えるのは、失業保険も出てるし、次の就職先のメドもたっているからのようだ。

「仕事が決まったらまた会おうね」

そう言ってアドレス交換して分かれたのだが、まさか白人女性から日本の失業保険制度を感謝されるとは思わなかったぜ。

というワケで、

そのとき三省堂で買ってきたのがこの本だ。

山盛りに平積みされていた本の中から、サンデー・フォトグラファーとしては、タイトルが気になって買ってしまった。

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小暮写真館
宮部みゆき

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講談社
.
もう
会えない
なんて
言うなよ。

.
あなたは思い出す。
ど れだけ小説を求めていたか。

廃業した写真館の家に引っ越してきた一家が経験する不思議現象を、あまりオカルトっぽくならずに描いている。宮部みゆきは初めてだが、個性的な登場人物の設定をみて「宮部作品ってこんなにソフト路線だったの?」と思いながら読んでいるところだ。

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2010年6月 1日 (火)

渋谷駅ハチ公前のOM

これまでも何回となく目にしてきたように、メディアもこぞって政権批判一直線。国のリーダーの末期症状だ。首すげ替えても数ヶ月後にはまた同じことになるのは解っているのに。

もっともっと混乱したらいい。堕ちるところまで堕ちて、地獄の底から再生へと向かうことに期待するしかないだろう。再生しなかったら再生しないまま、底に沈みっぱなしでも問題ない。

2010年6月1日(火) 東京新聞

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日曜日の渋谷駅前交差点には『温家宝首相来日に反対』『鳩山首相は退陣せよ』の街宣車も出て、小沢さんも額に×印書かれた上に鉄槌まで下されてしまった。

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こんなふうに自由に堂々と意思表示できる国に住んでいることに感謝できればそれだけでケッコーだ。

交差点の騒々しさとは反対に、ハチ公前は変わらぬシャンティ。

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ガイドブック片手の観光客が、このハチ公の銅像を発見したときの瞬間の嬉しそうな顔。

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記念写真を撮るほう撮られるほうの平和な表情を生け垣のベンチに座って眺めていても飽きることはない。混乱のニッポンとは別世界の場所だったぜッ。

ふと脇を見ると、、、、、。

アッ!OMだ。

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街宣車の拡声器からはボリューム最大にした演説が始まって、その主張は“ご無理ごもっとも”。

だけどなぁ、、、、。

どうすりゃいいのさこのワタシ
夢は夜ひらく。

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鳩山さんのひとりごとが聞こえてくるようだ。

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