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2010年5月 5日 (水)

青年はヴェーダを目指す

首都圏へのUターンラッシュが始まったという、いつも変わらない連休終盤のニュースだ。

ナニもこんな混雑する時期を選んでワザワザ遠出しなくとも・・・と思えるのだが、こういう混雑を体験しないと「アソビに行ったゾ〜!」という気がしないのが日本人の性格なんでしょうネ。

私は近場でブラブラだった。

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不思議に思うことがあるのだが。

2010.05.05 東京新聞
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例の八ツ場ダムを公約通りに建設中止にする!見直す!と表明したときには「公約にとらわれずに柔軟に対処すべきだ!」という声が巻き起こったが、今度の『普天間問題』に関しては「県外移設の公約を守れ!」「公約違反だ!」という大合唱。

「公約は破るためにある!」とか

「公約は守らなくとも良い」などと国会で言い切った首相がいたのはつい最近のこと。

ときには「公約にとらわれるな」と言い、

ときには「公約を守れ」と言う、

その差は何なんでしょうか?

「神輿は軽いほうが良い」と言ったとか言わなかったとか。その気になって神輿に乗ったはいいが、あまりにも軽すぎて神輿から振り落とされた首相を何人も見てきたから驚きもしないが、鳩山さんも風に舞うカンナくず状態。

しかし、小沢さんというのは最後の最後につまずく運命のようです。

ところで、最近鳩山夫人の動向が見えませんが、彼女はどうしていますかね〜。最初の頃のはしゃぎ過ぎは反感を買うというので、その後はあんがいブレーキがかかっていたりして。

マッ!鳩山さんにすれば「♪世界は二人のために」。世間がナニ言おうと、ミユキと指相撲できればそれでハッピー!

テガッ!!!

鳩山夫婦がサイババにご執心なのはケッコー知れ渡っているが、じつは、私もサイババのファンでして。今でこそ団体から離れているけれど、かつては一日のうちのかなりの時間をサイババの活動に費やしていたことのあるクチです。

「もうこの辺りでいいかな?」と団体を離れてから10年ほどになるが、アタマの一点には常にサイババのアイコンがあり、サイババの存在がどれほど自分の支えになっているかは言い表せないくらいのものがあります。

エリカ様のママが芸能レポーター相手にドアのインタフォン越しに「♪別れても好きな人〜」と熱唱したらしいが、私だって「オレが見たサイババの物質化は初歩の手品だった!」とネットで書き散らかしながらも、「別れても好きな人〜!」という想い断ちがたいという屈折したファンなのです。

サイババの団体とは疎遠になっているが、不思議なことにこの一ヵ月の間、サイババを通じて知り合ったかつての仲間と続けて会ってしまった。

一人目は、神職に就く勉強をするためにそれまで勤めていた超有名企業を辞め、大学に学士入学したという男。「実家が神社関係で跡を継ぐためなのか?」と訊くと、神社仏閣にはまったく無関係。ムカシからの神道への興味が嵩じて「いずれ小さな神社に奉職できれば」との夢を叶えるべく48歳の決断だったそうだ。

二人目は昼休みに会社近くを歩いていてバッタリ出会った男。彼は宗教というよりも、物質化のような現象から興味を持ったのがサイババ体験のスタートだった。最近それまで長く勤めたこれまた超有名企業を辞め転職した話から始まり、彼の上司が末期がんと診断されたときに、一縷の望みを託して、ビブーティ(聖灰)の出ているサイババの写真を私が膝の上に乗せて東京まで運んだ話などで盛り上がったお昼でした。

三人目は現在もサイババ運動に熱心に関わっているNで、東急ハンズ渋谷で鉢合わせしてしまった。Nはバジャン(聖歌)前に買い物していたといい、私は奇妙ないきさつで私のもとに転移したガネーシャを乗せる台を求めて東急ハンズをウロウロしていて出会ったワケだ。Nは私がサイババ運動に関わっていたころ積極的に協力してくれた青年で、その世間ズレしていない純真さに世渡りする上での危うさを感じていた男だった。

「ボクはサイババに出会ってなかったらどうなっていたか解らない」

10年前と同じく現在もアルバイトしながら絵を描いているというNは、これもまた10年前と変わらぬ澄んだ瞳でサイババへの感謝を語る42歳になっていた。

あぁ、人生イロイロだなぁ!

こんなふうな再会がこの一ヵ月の間にあったことと連動するように妙にサイババのことが気になったりして、これもまたナニモノかのプログラムかも知れないなどと思ったりする私は、いつになっても世の中をナナメに見る性格が治らないジジーだと思うし、あんがい、これまでサイババとつきあってきたことの意味が解明される時期なのかもしれないとも思うのです。

これもまた人生だからしかたない!

というワケで、

本日の『街のオーム』はNがヴェーダの勉強をしているとかで、そのテキストに挟まっていたオームマークだ。

100505_3_3.
.オレはさ〜
ムカシっから
そんな学問的なことをどうのこうの言うより
その日その日を目一杯生きることだけで
十分だと思ってるオトコだよ。
.
この言葉を最後にNと別れたのだった。
.
.
世間的には今日で連休が終わるけれど
私はこの一週間休暇をとっているから
もう少しノンビリするぞ。

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