マレーシアホテル1973-2010/バンコック
ミャンマーのオームに呪いをかけられているうちに、タイ航空は一挙にバンコックへの着陸態勢をとりはじめた。
こうしてヤンゴンからわずか1時間程度のフライトで、足下のバンコックの街を見下ろすとタイがいかに経済発展を遂げたか理解できる。整然と区画された街並み、地平線まで広がるビル群、ついさっきまで滞在していたヤンゴンとは格段の差がある。こんな風景をミャンマー軍政が見れば、かつてタイをしのぐ文化と経済力を誇ったビルマが、国際社会から完全に取り残された現実を思い知らされることになるだろう。
さればといってアメリカのドルを期待して公正な選挙を実施しようものなら“転がる石”。北朝鮮に亡命するしかテはない。
飛行機から見た景色と同じくバンコックは巨大な街に発展していて、さすがASEANの雄だ。
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街は近代化されても屋台文化の伝統は残っている。
日本人相手の一角も健在。
そして、こんな食堂や、
こんな居酒屋まで開業するほどになっている。
「アナタ!4時30分にオープンするから来てね!待ってるわよ!」
お嬢さん方のお誘いに手を振り、私がバイクタクシーをつかまえて向かったのはムエタイの殿堂ルンピ二スタジアムだった。
じつは、私はこのルンピ二で日本人プロボクサー花形進がタイ人世界チャンピオンに挑戦した試合を見たことがあるのだ。1973年のハナシだ。
“ワンスアポンナタイム・・・”だったっけ?
前半はタイ式ムエタイ、後半はボクシング世界戦という変則カードで、前半のムエタイの試合に満足した観客の1/3ほどは、ボクシング世界戦のゴングがなる前に帰ってしまった。タイ人にとってはボクシングといえばムエタイのこと、国際式ボクシングへの関心が薄いことを再確認したようなものだった。判定で花形進が負けてしまった30数年前のそのボクシング試合のことは旅先の想い出として今でも憶えている。
1973年秋、私はこのルンピ二とラマ4ロードを挟んだ対面の小路を入った、マレーシアホテルというヒッピー宿に泊まっていた。
1972年の暮れから正月の休暇を利用しての2週間のインド旅行中、忘れもしないカジュラホの夕方。白人カップルが井戸から水を汲みシャワーを浴びている姿をバスの中から見て、やはりJALパックでは本当のインドは解らない!と決意し、その秋には退職しリュックサックを担いで『青年は荒野をめざす』だったワケだ。
その『青年は荒野をめざす』の出発点が、バンコック空港で紹介されたマレーシアホテルだったのだ。
1960年代70年代にヒッピーの拠点として知られたマレーシアホテルとその一帯は、その後カオサンロードに地位を譲ったという話は聞いていたが、“我が青春のマレーシアホテル”がどのように変化したのか確認したいと思い、今回ミャンマーの帰途バンコックに寄ったのだ。
ルンピニからマレーシアホテルに至るこの小路(名前は忘れた)には格安航空券を扱う旅行代理店が並び、タクシーの運ちゃん、ポン引き、ハッパの売人が網を張っていて、昼間っから焦点の定まらない目をしてウロつくロングヘアーに声をかけているサマは、バックパッカー初心者の私には刺激的すぎる景色でした。
それが、、、、
2010年の今ではあっけないほど静かなものだ。
旅行代理店も無いし、第一歩いている旅行者もいやがらねぇ。
マレーシアホテルでムカシのようにプールサイドでコーヒーを飲みながら観察していたが、かつての「70年代ヒッピー御用達ホテル」もごくごくフツーの観光客相手のホテルへと変貌したようで、じつに当たり前の雰囲気だ。
1970年代、タイでは田中角栄首相訪タイへの反対デモが起きたり、日系の大和デパートが襲撃を受けたり、日本の経済進出に対する危機感から反日感情が沸騰点に達した時期でした。
大和デパート事件のときは、ムエタイに進出した日本の金平協栄ボクシングジムが、ムエタイ選手のエキシビジョンマッチを「キックボクシング」として大和デパート1階のスペースで行ったことがキッカケでした。「タイの国技であるムエタイを侮辱している」として一挙に火がついたワケです。ムエタイまで日本に盗られてしまうという思いがあったのでしょう。
そうだ!
あの大和デパートはどうなっているだろう。
大和デパートへ行ってみよう。
バイクタクシーの運転手に「ダイワ・デパートメントストアー!ダ・イ・ワ!」。そうくり返しても、運転手は解らないという素振り。通りかかったタクシーの運転手に訊いてやっと解った。大和デパートは10数年前に営業を止め、現在は『BIG C』というショッピングセンターになっているという。
「ヨシ!そのBIG Cへ行こう!!!」
バイクタクシーはラマ4ロードからナントカというオエライさんの銅像のところを右折、近代的高架電車の下を、渋滞する車の間を縫いながら一挙に目的地についた。
店内に入ってみると、かつて、日本による文化侵略の象徴として、反日のターゲットにされた大和デパートは、現在では雑多なテナントが入居する何の変哲もないショッピングセンターへと生まれ変わっていたのでした。
そしてサビれかけてる印象の旧大和デパート、現在のBIC Cの真正面には日本の伊勢丹デパートの看板かかげたおしゃれな建物がそびえ立っているのです。
そういえば、最近ではタイでの反日騒動のニュースを聞かないけれど、かつての反日騒動の主人公達が成長し社会の指導者となった現在、日本を敵視して排斥しようとした過去を忘れ、パートナーとして協調路線を推進することが得策と宗旨替えしたのか。
私はそんな皮肉な目で伊勢丹バンコック店のビルを眺めていました。
30数年前と比較することは無理なことかも知れないが
その変貌ぶりに驚いたバンコックでした。
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