戦い済んで朝がきた
事前の予測記事に踊る「300超」の見出しを、
「まさかそうウマくいくとは思えないけど、、、」
と半信半疑で眺めていたら、
↓
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選挙終了に会わせたかのような台風で
東京は一挙に秋模様。
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夜明けのコーヒーが
いつもより美味しく感じるのは気のせいかナッ!
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事前の予測記事に踊る「300超」の見出しを、
「まさかそうウマくいくとは思えないけど、、、」
と半信半疑で眺めていたら、
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カメラが若い女性の間でブームになっているらしいことは何回か書いたけれど、あのan・anまでもがこんな特集を組むくらいだ。

デジカメ時代になって、身の回りのモノや街の風景を気軽に切り取ってパソコンで眺めていれば、それほどの経費もかからず、さらに、その写真をブログなどで公開すれば、知的趣味として自己満足も得られようというもの。
このナガレ、、、定着しそうです。
若い女性ばかりに負けちゃいられないから
オジさんだってカメラ持って街に出よう!
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“カオリさん”と“落書き氏”の間にあったであろうスッタモンダを想像しながら、私が向ったのは小滝橋通りの海賊盤専門のCD/DVD屋。

名盤の誉れ高い『ボブ・ディラン/デビュー30周年記念/MSGコンサート』完全版だ。
このコンサートは、正式にはビデオとレーザー・ディスクでは発売されているけれど、なぜかDVDでは発売されていない。新旧ビッグスターが馳せ参じた歴史的コンサートゆえに契約関係がクリアされないのでしょう。
だから、このDVDももちろん海賊盤!
かつての正規盤には収録されなかったタイトルも多くあって、歴史的コンサートの全容が明らかになる。ディラン・ファンとしては高価(¥10,000)でもコレクションしないワケにはいきません。
こんな風に最近では実に多種多様な海賊盤が発売されていて、つい先日の「サイモンとガーファンクル日本公演」までも、大阪だ名古屋だ武道館だ東京ドームだと、CD化されて店に並んでいるのです。
それにしても、
1992年でデビュー30周年だから、50周年は2012年ということになります。
その記念コンサートが開催されるようなことがあれば、冥土の土産に是非行きたいものだ。
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先週の土曜日だったか日曜日だったかの夜、ドーンドーンという音に「そうか、きょうは花火大会だった」とベランダに出てみれば、、、。
隣家の屋根越しに顔を出したショボイ花火で今年の夏も終わりだ。

小田急下北沢駅南口に出ると、いつものようにストリートミュージシャンが奏でる音につられて近寄ってみると隣りでは、、、。
ヒッピー風青年が店を出しています。
アクセサリー主体の品揃えの中にお香などもあって。
よくよく見ると、、、、。
アッ!オームだッ!
お香立てにオームのマーク。
ムカシのヒッピー風青年、私がオームに感心をもつ者だと解ると、小さな函をゴソゴソいわせて何やら取り出した。
よく見ると、、、。
オームマークのペンダントだ。
インド帰りの友人からの預かりものだとか。
「ところで、あなたはオームのタトゥーはやってないの?」
「ボクはクリスチャンですからオームには感心ありません」
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駅の改札を出ると駅前広場に社民党の街宣車が停まっていて、その近くでオマワリが通行人にチラシを配っている。
オイオイ!オマワリが社民党のビラ配りするなんて、
オモシロイこともあるもんだ!とチラシとティッシュペーパー受け取ると・・・・。
そうだよな〜!オマワリが社民党のビラまきするワケないよな〜。
前回紹介した御徒町「楽屋」という中古屋で買った「アメリカ」のレーザー・ディスク。早速観たが、『♪名前のない馬』を観ただけで止めてしまった。かつての愛聴曲も30年の時を経た今の耳にはあまりにも単調すぎて、何でこんな歌が好きだったんだろうか?と苦笑い。
もう一枚の『黒いオルフェを探して』はアタリッ!という感じ。
『黒いオルフェ』の映像と現在のブラジルを平行に映し出すことによって、映画が制作された当時のブラジルから現代のブラジルへの変遷を探ろうという試み。ブラジルは混血を経て差別の薄れた国と刷り込まれていたが、けっきょく、今だに厳然と残る差別の中で、苦しみを忘れひとときの至福を味わうのがカーニバルだということがよく理解できた。
「アメリカ」の『名前のない馬』は色あせていたけれど、『黒いオルフェ』は50年を経た今でも新鮮に聴こえる名曲だった。
これまでの暑さも月曜日の大雨を境に一挙に秋めいてきたようです。
夏休みに読もうと思い準備した本も、アタマを熱にヤラレて、けっきょく読まずじまい。観ることを楽しみにして浮遊のたびに買い集めておいたDVDも、観もしないで机の上に放ってあります。
そんなワケで、夏枯れでネタが途絶えたから、これから観る予定のDVDをアップすることにしましょう。

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こういうリストを見て私の雑食系をオモシロがってくれれば幸いです。
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さて、
前回の「イザ!突撃!!!」の臨戦態勢に入っている画像ですが、私はこういうネタもキライなほうじゃないんですネ〜。

この画像は御徒町の山手線脇にある居酒屋の店頭でして、よく田舎の案山子祭りなどで見かけそうなオブジェは、おおらかでヨごザンショ。
私がなぜ御徒町などに出没したかということを、画像で順を追って説明いたしましょう。
老いは足下からという言葉があるらしいから、まず足を鍛えようと、カメラを持って出かけたのは、
湯島の天神様。
さらに、湯島から上野へとブーラブラ歩いて行ったワケです。
御徒町にたどりつき、アメ横を冷やかして、それから秋葉原のヨドバシカメラに向かうべく、山手線に沿って歩いていくと見つけたのが『パルサディ』というインド・ネパールレストラン。
よくエスニックショップで見かけるチベット文字のノレンにはオームも見えます。外観はカトマンズあたりのレストランかな。昼飯は他所で食べてきたのでカレーの味見はまた後日。
店名の『プラサディ』というのは、私のインド仲間で“神からの贈り物”という意味で使っている『プラサド』ということかな。そういえばムカシの仲間で今度御徒町で会おうということになっているが、まさかこの店ではないだろうな。
そして、同じくJR線下にあったのがGAKUYAという中古レコード屋。

ずいぶん新しそうな店だけど、訊いたら開店一ヵ月だといいます。店主と思しき青年は、音楽が好きで好きで堪らないという雰囲気を漂わせていて、自分の店が持てたことの喜びがハナシの端々から伝わってきます。
この店には、珍しいレーザー・ディスクも200枚ほど在庫があり、LDファンとしては嬉しいかぎりです。主人はLDファンでもあるそうで、LDへの愛着捨て切れない同好の士が現れたと大喜び。私もウレシイ〜。

一応断っておきますが、これは1970年代初めにデビューしたアメリカという名前をもつバンドのライブビデオなのです。
私はこのグループ最大のヒット曲『♪A HORSE WITH NO NAME(邦題:名前のない馬)』が大好きだったんですね〜。いつしか忘れていたグループのLDを御徒町の中古屋で見かけたからには、買わニャいけません。

フランス映画『黒いオルフェ』が公開されたのが1959年。それから約50年近く経過した現代、映画の舞台となったリオのファベイラ(貧民窟)を訪ねて、映画の背景を浮き上がらせようという試みのビデオのようだ。
ジルベルト・ジル、ホベルト・メネスカル、ミルトン・ナシメントなどの顏写真がのってるジャケットを見たからには、これまた、買わニャいけません。
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こんにちわ!
自称フォトグラファーのえあじんで〜す。
自称プロサーファーという肩書きが大新聞で通用する時代だから、自称フォトグラファーを名乗っても可笑しくはないだろう?
写真を撮れば誰でもが“自称”どころか“正真正銘”のフォトグラファーだ。
自分の撮った写真を誰かに見せたい!という欲求はたぶん誰にでもあるものでしょう。
「アラ〜、、、可愛いお孫さんですネ〜!
それで、、、これは部長が撮ったんですか、、、
ヘ〜、、、ニコンですか、、、
見かけによりませんネ〜
部長にそんな高尚な趣味があったなんて?」
私だって、「テメーの孫のツラなんか見たかね〜や!」というハラの底ををオクビにも出さず、一応、こんな愛想を言えるだけの処世術はもっていますよ。
ムカシだったら、
自分が撮った写真を広く公開したいと思ったら、行きつけの喫茶店のマスターに頼み込んで空いている壁を使わせてもらうのが手っ取り早いやりかただった。でも、今ではホームページやブログの画像共有サイトを通じて誰でもが簡単に個展を開き公開することができます。もっとも、サイトに何人アクセスしてくれるか?何秒止まってくれるか?は別物。それでも一応不特定多数のひとの目に触れられる設定は可能な訳だ。
とにかく今は老いも若きも写真がブームのようだ。

「ゆるかわ」とは「ゆるめでかわいい」を縮めた若者言葉だそうな。
これまでの標準的撮影法からみれば、失敗作といわれそうな、手ぶれやピントの合っていない写真でも、そんなところが却って若い女性の間で人気を集めているそうだ。たしかに、ブログにはハイキーの淡い写真が多数見られ、そんなアヤフヤ写真がネライだということもよく解る。ひところ流行った「ファジー」の延長線にある写真といってもよいかな。
というワケで、
私も、盛夏の一日に撮った何枚かをアップいたしましょう。
でも、若い女性なら「ゆるかわ」でも良いけれど、ジジーとなると照れくさくって「ゆるかわ」とも言えないから、、、。
そうだ、汚くってブレている、、、。
「キタブレ」写真っていうのはどうだ!
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この夏日本列島を席巻した『のりピー旋風』ももはや追憶の彼方!
暑い暑いといいながらも、吹く風の匂いにふと秋を感じて選挙の季節。9日間のまとまった休みに、読むつもりだった本に目を通すこともなく、暑さに集中できずけっきょく“積ん読”というヤツに終わってしまった。
この暑さに「ナニか暑さを象徴するネタはないか?」とカメラ抱えて徘徊すれば、アッチにもコッチにも同類の浮遊層。皆高価な器械を首から下げてツンノメリながら歩いている。スレ違うときに目を反らしたりして、そのクセ相手の器械を値踏みしたり。ホント、カメラは老後の愉しみとしては最高のオトナのオモチャだ。
写真を撮ろうと外に出るということは歩くこと→歩くことは健康維持の基本→だから、カメラ屋にとってジジババは→上客だ。
西新宿のカメラ屋で一眼レフの新機種を触りながら時間つぶししていると、背後から荒い声がする。どうやら客が店員に対して怒っているようだ。ファインダーを覗くふりしながら身体を回転させて、後ろの正面を見ると、店員がショーケースにアタマ触れんばかりにして腰を90度に折っている。
その向かいには左手にカメラを握りしめ右手は店員の顏を指差している70歳ガラミのジジー。
「そんなことはオマエに言われなくともワカッテル!」
店員の商品説明の仕方にジジーのプライドが傷つけられたということのようだ。もしくは、ジジーゆえのヒガミ根性が、店員のフツーの応対を悪意に受け止めたものか。
可哀想な若い店員はジジーの言葉に、「ハッ!ハッ!ハッ!」といちいち頷きながら言葉にならない声を発し、90度に折った腰をさらに95度に折って許しを乞うばかり。たぶんこの方法で嵐が治まるのを待ち、コトを収めようというのが彼の経験から生み出された作戦なのでしょう。
ジジーの言葉は当初の怒りの表現から、自分はいかにカメラに精通しているかとか、さるメーカーの対応の不備を指摘して謝罪させたとかをひとくさり喋っているあいだに、怒りが徐々に緩くなっていくのが傍目にも解ってきた。それに応じて店員の腰も90度から45度→15度と徐々に上がっていった。
要するにジジーは自慢話をしたいんだ。
話し相手が欲しいんだ。
やがて、ジジーと店員双方に笑顔が見え始め、けっきょくジジーはJCBのゴールドカードを財布から出して何やらサインしている。
オッ!
この店員ナカナカやるじゃないか!
そうだよ商売人て〜のは
客の理不尽にジッとこらえて
最後にカネを出させれば
勝ちなんじゃ!
それにしても、「お客様は神様」と言われて、反論のできない立場に於かれている店員に対して、ワレを忘れてイカるジジーというのも、見た目の良いものではありません。何か、年寄りゆえに味わう疎外感をこんな所で解消しているように見えて哀れさを感じるのだ。
あぁいうジジーにはなりたくないなぁ。
そんなことを思いながら、ジジーと店員のヤリトリをカメラのファインダー越しに見ているジジー予備軍がここにひとりいた。
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毎年、このお盆の時期には三軒茶屋の世田谷パブリック・シアターで「ジャズ・フォー・キッズ」というイベントが行われている。
これは世田谷区在住の中学生を対象にして、1年間ジャズ教室を開講し、その受講生の成果を区民に発表しようという催し。この校長は日野皓正が努め、講師陣は日野バンドのメンバーとその他現役ミュージシャンがサポートするという豪華布陣だからスゴイ。
メンバー募集の公示に応じる中学生は、ブラスバンド経験者から、楽器を持つのは初めてという生徒まで、その力量は雑多らしい。講師陣にとっては現代っ子相手に根気と忍耐が要求される仕事だということは想像できる。
そして、月何回かの練習に途中脱落もせず、とにもかくにも課題曲をまとめあげて晴れ舞台に上がるワケだ。
今年は5回目に当たるそうだが、15日(土)は日野皓正クインテット、16日(日)は中学生バンド+日野クインテットと2日間に渡って行われる。
私はこれまで2回続けてこのイベントに行ったけれど、子供たちの演奏内容はともかく、この曲をまとめあげるまでの苦労や、日野校長をはじめ、プロミュージシャンの並々ならぬ情熱が感じられていつも感動して帰ってきたものだ。
なにしろ世田谷区肝いりのイベントだから開会式には大場区長までが挨拶に顏を出していた。私は役所のやることには大体皮肉な目を向けるタチの人間だけど、このイベントだけは無条件で拍手喝采しているのだ。
今朝、新聞を開いてアッ!と思った。
もし、娘の事件でこんな大事なイベントが中止でもされたりしたら、せっかく音楽をすることの楽しさ厳しさを覚え、この日を待ちわびてきた子供たちに大きな傷を与えるのではないか?
私は今年はチケットを買っていなかったけれど、パブリックシアターに電話しましたよ。もし、「諸般の事情で中止になりました」などと言おうものなら苦情を言ってやろうと思って。
そうしたら「今のところ予定通り行われます」との返事。
犯罪を犯した娘や息子のために、芸能人のその親を引きずってきて、土下座させ、涙を浮かべて謝罪する絵を撮らないかぎり決して許そうとしないのが日本のメディアの特徴。メディアが結束して正義の味方ヅラして芸能人を吊るし上げる図をこれまで何度見たことか。
日野さんの娘の事件が、テレビでどう扱われたか扱われなかったか、テレビを見ていないから解らないが、もし、日野さんが37歳になる子供の犯罪で、しょうもないメディアに引きずり出されたりする姿を見るに忍びないのだ。
「親は親、子供は子供」だ。
まして成人した子供の責任をなんで親がとらなきゃならんのだ。
私の9日間の夏休みももうすぐ終わり。
けっきょく酒井さんちののりピー騒動で日本列島の夏も尽きそうです。
このブログも、左足首のオームタトゥーでケッコウ頑張って更新したけれど、息切れしてしまった。
そこで、
今回は私がこれまで採取して未発表のオームマークを公開いたしましょう。
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この『タントラ』はワンコイン・カレーを売り物にしていて、カレーにナン(またはライス)で500円という気安さ。浅草東武線ガード下の15席程度の小さな店だが、味はしっかりしているから浅草に行ったおりにはお立ち寄りを。
じつは上の写真をA4サイズにプリントアウトして今日プレゼントしてきたのだ。
「ネパールの家族に送ってやれヨッ!」と言ったら彼らに大いに喜ばれた。
私はこれでも義理堅い日本人なのだ。
さて、
エスニックショップやインドカレー屋のオームでは当たり前すぎてグレードが低いから、こういう出会いはそう滅多にないヨッ!ということで、「グレードA」のオーム、しかもトリプルAの上玉オームをご紹介いたしましょう。
地震被害に遭われた方々には気の毒だが、この数日はホントに夏らしい暑さだ。
下北沢の小路を歩いているとこんな貼り紙に気がついた。
「これはワザとシャレてるの?それとも単純に気がつかなかっただけ?」
店頭でビラ配りしていた青年はしばらく眺めていたが、やっと私の言わんとしたことが理解できたらしい。
「アッチャー!間違いです!間違いました!」
ザサエ磯焼百円がサザエ磯焼百円に訂正された。
いいのいいのヨ〜、ケッコー笑えたから。
駅前のケータイ屋を冷やかしていると、キャンペーンの当選者らしき名前が景気づけに張り出してある。
「アレは、、、自称プロサーファーの方?それともタレントのオクさんの方?」
訊かれた店長は意味が解らないらしくキョト〜ンとした顏をしていたが、隣りの女店員はスグに気がついて、キャッキャッ笑いながら「違いますヨ〜別人ですヨ〜」と素早い反応だ。
「これが何かオモシロイの?」
店長が女店員に訊く小声が背後に聞こえた。
いいのいいのヨ〜、別に大したことじゃないんだから。
地下鉄表参道駅の新聞スタンドでこんなチラシに気がついた。

新聞全面広告打ったり、アレだけ大騒ぎしたのは、いったいナンだったんだろうか?
いいのいいのヨ〜「アテとフンドシは教祖サマでも外れる」ことを知っただけでもウレシー。
教祖サマがコレだから、、、いわんや我々凡人おや。
「幸福実現党衆院撤退」の新聞スタンドを横目で見ながら地下鉄千代田線に乗ったら、後を追うようにして乗り込んで向かい側に座った若い女性が気になった。
首のスカーフがどうもオームのように見えるけれどハッキリ確認できない。種類としてはエスニックショップなどで見かけるものだ。
終点の代々木上原駅で下りたので、さりげなく後を尾けてチェックいれると、間違いなくオームだ。タイミングを見計らって声をかけて写真をゲット!!!
もって行き方を間違えると、ただの“ヘンなオヤジ”にされてしまうから、そのタイミングが大切だ。
知らなかった?コレは、、、ホラ、、、酒井法子が左足首にしていたタトゥーで“オーム”というものなのヨ。
このオームというのはネ〜、インドでは聖なる音とされていて、このオームという響きからこの宇宙の全てが始まったと言われてるものなのよ。
いいのいいのヨ〜信じなくたってまったく構いましぇん。
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「のりピー事件」もメディアにとっては格好のネタだったようで、テレビのワイドショーはどの番組も視聴率を稼いだらしい。このブログも急にアクセス数が増えやがったが、私にとっては、のりピーのオームタトゥーの画像さえ確認できれば、「のりピーはもう終了」という感じ。
突如話題は変わるが、
亀井静香という政治家も自民党に止まっていれば、派閥親分としてケッコーな子分がいたワケだから、順番からすれば麻生太郎の前には首相になっていたはず。それが、小泉さんに弾き飛ばされたおかげで、堀江モンの刺客あてがわれ慌てたりして、今では「国民新党代表代行」などというエライのかエラクないのかよくわからない、あいまいな役職におかれてしまいました。
そのナマ亀井静香の街頭演説に出くわした。

上の写真を見るかぎり“整然と主張を述べている亀井さん”のように見えるが、その場はケッコー殺伐とした雰囲気が漂っていたのです。
なぜかというと、国民新党側の演説中、手前のRAV4が屋根上の4本のラウドスピーカー最大音量にしてテープを流したり、亀井さんの言葉にときどきツッコミいれたりの街宣行為。国民新党の支持者らしき人がRAV4に抗議したり、ケータイで証拠写真を撮ったり。もっとも彼らにしてみれば、単純に自分たちの主張を述べているだけで演説妨害ではないというのだが、ターゲットはあきらかに目の前の国民新党だということはあきらか。
2本の演説が絡み合ってもつれ合ってこだまして西新宿駅前は異様なムードに包まれていました。
「キミたちは
一体ナニを言いたいんだ!
聞こうではないか!
コッチに来い!!!」
演説を終えた亀井さん、肚に据えかねた様子ででこう怒鳴ると、RAV4から出た白シャツと坊主頭の二人が応じて、国民新党街宣車に寄って行き拡声器なし路上セッションが始まりやがった。双方とも演説で鍛えられた響きのある声だ。

アッ!な〜んだ!そういうことか!
同じ穴のムジナ同士のセッションだったということに気がつくと、バカらしくなってその場を離れた。
さて、
その西新宿“右右セッション”の騒然とした雰囲気を気にする風でもなく、垣根に座ってさっきから書き物をしている美女に気がつき、スケベゴコロを起こして声をかけた。スケベゴコロったって、、、アッチのスケベゴコロではなく、風貌からてっきりインド人だと思い、インド人だったらオームネタが仕入れられるんじゃないか?というスケベゴコロだ(ナニも言い訳することないテガ?)。
そうしたら、ナッ!何と珍しい!美女はコロンビア人旅行者だという。ツタナイ英語で日本の印象などコミュニケーションして「それじゃ、ニッポンの旅を楽しんでネ」などと当たり障りなく別れてきた。
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彼女とのトークも終えて帰ろうとしたときには、RAV4も国民新党街宣車も、いつのまにか消え去っていた。
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もはや、のりピー左足首のオームは広く知れ渡ってしまった。
ただしこのタトゥーを「梵字」とは書いても「オーム」とまで書いたメディアは少ないようだ。
これまで「ノリピー」と書いていたが、世間的には「のりピー」らしい。だから私もこれからはのりピーと書くことにしよう。
ところで、
日本の芸能界情報は通勤電車の週刊誌中吊り広告の見出しで知る程度だけど、のりピーは放送作家のナントカ某と結婚したというのがこれまでの私の知識。そうしたら自称プロサーファーと結婚してたんですネ。どうやら私が勘違いしていたようだ。
のりピー事件は同時期の押尾事件を完全に吹き飛ばしてメディアを占領してしまいました。見方によっては死体まで出た押尾事件のほうがよりショッキングな事件に思えるのだけど。
のりピーって、こんなに大騒ぎされるほどの人気があったことを知らされたここ数日でした。
マッ!どうでもイイけんどもヨ〜。
今回の「のりピー事件」ではイロンな人のイロンな人間模様があぶり出されてしまったけれど、たとえば、この社長さん。
事件発覚当初は、テレビに露出して所属タレントの安否を気遣って呼びかける“人情社長”のオモムキがあったけれど、時間の経過とともに、いつのまにかタレントの“監督不行き届き社長”へと評価が変わったみたいです。
社長さん、まさかこんなことになろうとは、、、とホゾを噛んでることでしょう。
私だって、、、
連続9日の夏休みはパソコンの電源を入れずに、したがってブログの更新もしないでステテコ姿で寝っ転がってるつもりでいたら、この「のりピー騒動」。
しかもオーム絡みとなったら・・・。
寝っ転がってばかりもいられず、年甲斐もなくマンモスピーピー言わせたら急にアクセス数が増えてしまい、そうなると、来訪者を失望させたらワルイと思い後追い記事書いて更新に精を出しているワケです。
もともとキライなネタじゃないから。
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<to えあじん>
拝見!!
太鼓判のオームですね。
私の右腕の「エジプトコプト教十字架と、オリーブの葉」よりもきれいで、ちょい嫉妬。
この大きさだと、フツーはタバコ一箱分一色で15000円。私の場合は2色なので30000円でした。
皮膚にミシンをかけられるような感じで、15分が過ぎると腫れてきて、痛みは感じなくなり、眠ってしまいました。合計で1時間くらいだったかな。
50才記念に入れました。
「私が一番年寄りですか?」と聞いたら、ロックンローラーもやっているタトゥ師は「いや、この間、70才のおじいさんが人生最後のおしゃれにと見えましたよ」
図柄を訊いたら、「三日月に黒猫」だったそうです。
私のタトゥーですが。
その日は、腕にサランラップを巻いて帰り、クリームを1週間くらい塗り込みます。そうすると、かさぶた様の皮膚が取れて、きれいな絵が出てきます。
友人は、肩に鴉の羽根と熊のツメを黒一色で入れたのですが、もはや、なぜか色が薄れてしまってます。
2人でネパールへ行き、さる川の畔の温泉でタトゥー・デビューとシャレ込みました。露天の混浴で、パンティとタンクトップで入浴・・・。が・・・・・。
おでこにでかでかとオームのタトゥーを入れている白人がいまして、「負けた〜」
おでこのオームの写真、撮っておけばよかったですねえ。
酒井容疑者はゲイノー人のセレブ向きの、もっと高い値段のところでいれたんでしょうね。*タトゥーは若い子向けのはデザイン帳があり、ミッキーだのミニーだの選べるようになっています。私は自分で「こんなふうなもの」とイメージしたのを、知り合いのデザイナーさんに実寸大で描いてもらいました。なにしろ、一生物ですからね。
*彫り師は自分の色を出したがり、微妙にデッサンとは違うものとなってしまいましたが気に入っています。普段はすっかり、彫り物のことなど忘れています。十字架の色はエメラルドブルーです。
*帳面にはオームもありましたが、水の泡のようなもの、または雲のようなものの中に浮かぶオームで、あまり趣味がよくなかったので、ソソラれませんでした。
*もうひとつ、オームは私にとって重要な宗教的意味を持つので、人目にさらすのがイヤだったのです。
*未成年の場合は、親に電話して許可を得るなど、なかなか良心的なロックンローラー&彫り師でした。
*そうそう、出来上がった後、ズームで写真を撮って、スクラップブックに加えてもイイかといわれたのでOKしました。まあ、そんな感じですよ。
息子達がうらやましがって、長男はブルボン王朝の百合を彫りたいなどと言いだしたので、「痛いぞ〜」と脅した不良の母でした。
*夫にはもちろん黙って彫ったので、1ヶ月近く、隠し通しましたが、ある時、買い物に行くというので目の前でぱっとTシャツを脱いでしまい、バ・レ・ま・し・た。
車中の会話:
私「実は、背中にも彫ったの。なんだと思う?」「ーーヒマラヤ」「サイババ」
そこで、夫はもう少しで、ハンドルを切り損ね、電柱にぶつかるところでした。エアジンさんもいかがですか??
チャンチャン。

<from えあじん>
メール多謝。
自称アーティストのえあじんです。
そうですか、しばらく会わないうちに、清純派で売ったあなたも「タトゥーあり」ですか。しかも伴天連関係の。
入れ墨で思い出しました。
以前代々木上原に住んでいたころのハナシですが、銭湯で湯を使っていると、、、、。肩口から太ももにかけて、今でいうところの500万画素くらいの見事な入れ墨をしている兄さんがやってきて身体を洗っていました。他の客も皆気づかないフリをしているのですが、銭湯内にはピリピリした緊張感が漂っていたのです。
そんな雰囲気のところへ、子供二人を連れた新しい客が入ってきたのですが、その子供たちは・・・・。
アッ!
お父さん!
遠山の金さんだヨッ!!!
と、入れ墨兄さんを指差しやがった。
父親は子供たちに目配せしたり口を塞いだりするのですが、子供たちはかえって金さんだ金さんだとはやし立てながら洗い場内を走り回るのでした。
桜吹雪は特に反応を示す素振りも見せず、子供たちも騒ぎに飽きてしまって、やがてフェードアウトしたのですが、私はそんな様子を湯船の中でアタマにタオル乗せて眠ったフリしながら薄目で観察していたワケです。
そんな銭湯目撃談を翌日会社で同僚に脚色して聞かせた数日後、その同僚が「あんた、あの銭湯のハナシをラジオに投稿したのか?」と訊いてきた。同僚によれば、カーラジオを聞きながら運転していると、私が彼に話して聞かせたと同じようなことをラジオで放送してたと言うのだ。
さては、「何も聞こえませんでした、何も見えませんです」とばかりに、無関心を装って身体を洗っていた数人の客の中のダレかが投稿しやがったなッ。
そんなことを思ってニヤニヤしたことがありました。
ムカシは「入れ墨」とか「彫り物」とかは893屋さん専門で、シャツの胸元にチラリと見えたりすると、一瞬ギクッとしたものです。しかし、最近ではファッション・タトゥーというジャンルが確立され、シロートさんでも気軽に彫る人がいて、ごくフツーの景色になってしまったような気がします。
「入れ墨」と「タトゥー」というのは、単に日本語と英語だけでなく、「入れ墨」は893屋さん関係のもの、「タトゥー」は素人さん関係のものと線引きしていましたが、最近では素人の仮面を被った893屋さん、893屋さんよりもっとエゲツナイ素人さんがいて、ちょっと見ではどっちがどっちだか解らなくなってしまったようにも思えます。

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事件当初は「可哀想なノリピー」扱いだったノリピー事件も意外な方向へと進んで、どうやら出頭したようですネ。
ところで、
「ノリピーはオームのタトゥーをしているんじゃないか?」
というタレこみで、スポニチをチェックしたら、足首のタトゥーは解るけれど、オームかどうかは画像不鮮明で判別不能。
別紙東京スポーツの記事によれば、このタトゥーは5年前に入れたらしいが、人気稼業ゆえ、仕事の内容によっては隠さなければならなかったこともあったそうだ。
そりゃぁ、
そうだわなッ!
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今朝メールボックスを開くとこんな情報が届いていた。
<to えあじん>
おはようございます。
逃亡中の酒井法子の足元にオームのタトゥーが!
スポーツ新聞に載ってます。
スボニチ?
何処か見逃しました。
このところオームネタから離れていたから
「コレはオモシロイ」
早速近くのコンビ二でスポーツ新聞を仕入れてきた。
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プールで泳いでいると50mの折り返し点で監視員に制止された。
今年1月にブラジルのボンフィン教会で左手首に巻いたフィタと呼ばれるリボンへのクレームだ。要するにネックレスだとかペンダントと同じく、布製のこんなリボンでもプール利用規約に反するというワケだ。
「これは宗教的なモノだけど、、、それでも外せというのか?」
私はちょっと反論してみせると、監視員は備え付けのテープを巻いてリボンを隠して欲しいという説明だ。
「メンドーやなぁ、、、、これでどう?」
私がロッカーキーのベルトを巻き直してフィタを隠す素振りを見せると、監視員も「言うだけは言いました」という程度だったようで、それ以上コトを荒立てる気もなく頷いて立ち去って行った。
ブラジルの北東部、サルバドールにボンフィン教会がある。
(たしか)18世紀、難破しかかった船の船長が神に祈ったら嵐が治まり、感謝の気持ちをこめて建てたというのがこの教会の成り立ちだそうで、以来、祈ることで数々の奇跡を起こすとして人々に敬われている教会だ。
祈りとともにフィタを結ぶと『心願成就』というのだからじつに解りやすく有り難い教会だ。
フィタはブラジルのサッカー選手によって日本に伝えられ、勝利を招くおまじないとしてサポーターにも広く知られているらしい。そういえば日本ではミサンガと呼ばれて手首とか足首に巻いている人をときどき見ることもある。
私の左手のフィタはボンフィン教会前の土産物のオヤジが、
「自分で外してはダメだ。自然に切れるときがオマエの祈りが叶えられるときだ」
と言いながら巻いてくれたものだ。
あれ以来7ヵ月もなろうというのに、このフィタが簡単に切れそうでなかなかシブトイ。ということは私の祈りを神は未だ受け入れてくれないということになるのか。
もっとも、あのボンフィン教会で私が何を祈ったかスッカリ忘れてしまったけれど。
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最近はオリンパスから出たE-P1を持ち歩いている。
何といってもこの小ささ軽さで肩に負担のかからないのが最大の魅力だ。
というワケで、
本日はこのカメラの機能である
アートフィルター→ラフモノクローム
で撮ったヤツをアップいたしましょう。
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写真をモノクロで遊んだから映画もモノクロにしようと、
本日観たビデオがコレ。
最初に観たときはシーンがブツブツ切れることに違和感を覚えたが、こうして改めて観てみると、シーンのひとつひとつが実に写真的であることに気がついた。
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