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2009年7月19日 (日)

インドからの手紙

この暑さも、、、

アソーさんのことを思えば、、、、、

ストーブつけたいくらいの涼しさだぜ、、、、テガ!。

プールで涼んで帰宅してテレビをつければ、、、

こんな顏が大写しになりやがった。

この顏は背筋が寒くなる。

2009.07.19(日) テレビ朝日

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こんな『IT(イット)森』と『逆臣青木』タッグが、自分たちの影響力保持したいというだけの邪心で動いていることが、日本の足を引っ張っていることに気がつかないらしい。

どうだね?
キングメーカーと呼ばれる気分は?
いっそのこと自分が再び首相になったら?

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平積みになっている本のタイトルに目がいった。

  『オキナワ 大神の声/夫馬基彦』

『大神』というのは宮古島の東にある大神島という小さな島のことだったら、

「オレ、、、その島へ行ったことがあるぜ!」

そんな興味からこの本を読んでみた。

著者の夫馬基彦(ふまもとひこ)さんという名前は、1960年代日本のヒッピー運動関連の中で、山尾三省さんとか宮内勝典さんと共に知った名前でした。ヒッピーといえばその原点はインドにあると言ってよく、インド経由でさらに琉球列島のアニミズム向うといってもよいでしょう。

『オキナワ 大神の声/夫馬基彦』は、そんなインドと沖縄にインスパイアーされた夫馬さんの、フィクションともルポルタージュともつかない作品で、琉球人の心の拠り所である御嶽(うたき)信仰と、若き日のインド放浪とをリンクさせた神秘的な世界と、「聖のなかに俗があり、、、」、実に人間的ぬかるみをも描き出した10編が収められている。

著者の巡礼の旅に同行したような気分にさせる本だった。

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オキナワ 大神の声
夫馬基彦(ふま もとひこ)

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飛鳥新社
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これが人生というものか。
無数の蟹が蠢く神の島の聖域に、
死線をさまよった若き日のインド放浪を想起し、
最西端の島で、20数年の今も去らぬ
悔恨の鋭い痛みに当惑するーーーー


著者は1943年生まれで、27歳から28歳にかけてインド放浪体験をもつそうで、そのときの「肝炎体験」が興味深かった。

インド西海岸ゴアで肝炎による黄疸症状が表れ数段の階段も上がれないほどの重症。医者の入院の勧めを拒否しカランギュートという海沿いの小村を目指す。それは正に彼岸に赴く気分だった。そして浜辺のゲストハウスの一室で肝炎と向き合うことになる。

 人は死の直前にしばしばおのれの人生を走馬灯のごとく見るというが、まさにそんな感じだった。

 けれど私は、そうしたさなかも自分が死ぬという実感も恐怖も感じなかった。そうして三日後、近所のインド伝来の薬師(くすし)が処方してくれた大黄(だいおう)ふうの干し草を煎じて飲むと、口と肛門の両方から噴射するごとく黄色い体液を排出し、それを機に私は一気に体が軽くなった。椰子汁と白いプリン状のココナッツミートなら喉を通るようになり、日に椰子の実一個分を口に入れ、次第に回復に向っていった。(『旅路の果て』より)

著者の年表からすると1970年ころの経験になります。

じつは私もインドでの「肝炎体験」をもっていて、1974年3月、亡命政権を樹立していたダライ・ラマに会いたいとインド北部のダラムサラを訪れたとき、到着3日目くらいで発病。1週間ほど食べ物も摂れないまま、意を決してダラムサラを下りバスを乗り継ぎ印パ国境のアムリツァー→ワガを経由して這うようにパキスタンのラホールの病院到着。そこで1ヵ月間の入院生活を送り肝炎を完治させたという経験をもっているのです。

未整備の医療環境下では「肝炎になったら即帰国しろ!」というのがあの当時の貧乏旅行者の鉄則でしたが、チベッタンホテルの屋根裏部屋のベッドで、思いがけない病からくる絶望感を味わいながら、それでも帰国の途は思い浮かばず、「こんなところでクタバッては恥ずかしい!!!」という意地だけでラホールへ辿り着いたようなものです。

結局、大学病院のベッドで毎日毎日点滴を受けるうち食欲も増し体力気力も復活。退院後はさらに中近東アフリカまで遠征できたことは、ダラムサラからラホールへの決死の国境越えの判断は正しかったことになります。

近所のインド伝来の薬師(くすし)が処方してくれた大黄(だいおう)ふうの干し草を煎じて飲むと、口と肛門の両方から噴射するごとく黄色い体液を排出し、それを機に私は一気に体が軽くなった。

私はグルコースという近代医薬品を点滴することで完治したけれど、著者はこのようにインド伝統の方法で肝炎を退治したわけだ。

なるほどなぁ、本当にこんなやり方で肝炎に勝てるんだなぁ。

Sikiri
 

私にとっては1974年にフィードバックさせてしまった、、、、。

と思っていたら、こんなメールが届いた。

 <to えあじん>

南インドのゴアでザビエルのご遺体が安置されているボン・ジェス・バジリカ(良きイエスの大聖堂)やシヴァ寺院にて礼拝してきました。

〆はムンバイのクリシュナ意識国際協会の寺院で礼拝して帰国です。

※写真を添付いたします。

ゴアの夕日とインドに行けば誰でも撮れるオームの2枚です。

60-70年代、バリ島のクタ、ネパールのカトマンズ、インドのゴアを「ヒッピーの三大聖地」と呼んでいて、回教徒のメッカのごとく、ヒッピーおよび似非ヒッピーは皆この三大聖地に憧れたものです。

似非ヒッピーの私も煽られてこれらの三大聖地に巡礼したけれど、最近我がサットサングから送られてきたこの写真はゴアだな。たぶん夫馬基彦さんがムカシ肝炎を完治させたカランギュートのビーチだろう。ビーチ沿いの茶屋で夕日を見ながらチャイを楽しんでいる我がサットサングの幸せな状況が読み取れます。


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ワシらはこのビーチで皆スッポンポンだったけれど、現在はどんなになっているんだろう。

そして、添付されていたもう1枚の写真はこれだ。


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オームハンターとしては
こうして
産地直送オームが
とても
ウレシー!


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コメント

娘経由であなたのURLを知らされたので、今拝見しました。なんだか似た体験の方で、世代も近い気がして、ちょっと御挨拶したくなりました。ひょっとしたらどこかで、知らぬ間に顔を合わせたこともありそうな気がします。

小生のHPも覗いてみてください。風人通信です。

投稿: 夫馬基彦 | 2009年8月12日 (水) 午前 10時35分

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