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2009年7月31日 (金)

ふりむけばヨコハマだ

各種メディアの世論調査報道を見ると、

麻生さん・・・

ホントにヤバそうなアンバイです。

その麻生さん、不人気がたたってか遊説のお座敷がかからないそうですが、ボンボンが初めて味わう屈辱感かな。

もうこうなったら仕方ないからノンビリ休んだ方がヨロシーがな。

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私はというと、

この暑さの中アッチャコッチャ出歩いていたので少々疲れてしまった。

そんなワケで、

今回は新宿エイサー♯&♭横浜の写真のアップでごまかすことにいたしましょう。

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新宿のエイサーまつりを見に行く前に、まずは腹ごしらえ。

世田谷通り上町『サイゴン』
ミックスビーフン850円なり。

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お腹の中をエスニックモードにして、

イザ!新宿エイサーへ。

TIFFANY&Co.と琉球エイサー会の旗が似合います。

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子供を飲み込む獅子

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この暑さでは獅子もタイヘンだぜ〜。

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そして横浜。


赤レンガ倉庫入り口でデモンストレーション中の
なんだか知らないクモ状のクレーンのようなもの。

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湾内からみなとみらい方面を見る。

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湾内を航行中の巨大貨物船。

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原信夫と♯&♭のコンサートを終えて横浜の月。

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同じく横浜のライトアップされていた建物。

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健康診断の結果
胃にポリープがあるというので
胃カメラ飲んだらけっきょくモンダイなし。
でも
あっちこっちイロイロと注意マークが出ていましたネ〜。
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こうして新宿だ横浜だと
浮遊僧よろしく出歩けるのも
健康だからこそ。
健康には気をつけなくっちゃ。

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2009年7月29日 (水)

原信夫♯&♭ファイナルコンサート2008-09横浜

45年くらいムカシのハナシだけど、私がまだ高校生だったころ、わが町に原信夫と♯&♭が来たことがありました。なにしろ半世紀も前の東北の山の中の町のことですから、今のような市民会館というような整備されたホールがあるワケでもなく、ガラ〜ンとした体育館が会場でした。地吹雪で知られた町の真冬、暖房設備も無い会場で白いステージ衣装の洒落たシャープスの面々は、皆手をこすりながら演奏していました。観客だって椅子があるわけでもなく、ムシロ敷きの床に直に座っての観賞です。

たぶん地元労音の例会だったはずです。

クソ寒いこんな田舎町でラッパを吹かなければならない我が身の不運を嘆き、「やることやって早いとこ引き上げようぜ!」というのがメンバーの暗黙の了解事項だったのではないでしょうか。それでもハードバップからラテン、グレン・ミラーとプログラムをこなし、一応アンコールにも応えて「やることはやって」くれたのはさすがプロ。

私とブラバン仲間のトロンボーンの二人はジャズ生演奏初体験。演奏終了後オズオズとステージ脇の控え室を訪ねて、花形ドラマー、ジミー・竹内さんからサインとスティックを貰ったことを今でも思い出します。

あの真冬のシャープスが私の現在に至るダボハゼ音楽遍歴の原点になります。

Wikiで原信夫さんの項を見てみると、1926年生まれ、1943年に大日本帝国海軍軍楽隊入隊とあります。ということは、現在83歳で音楽歴66年ということ。そしてシャープス&フラッツを率いて58年といいますから、まさに日本芸能界の生き字引といえる存在です。

その原信夫と♯&♭が解散するというので私はファイナルコンサートに行ってきましたよ。

原信夫とシャープス&フラッツ
ファイナルコンサート2008−2009

2009年7月26日(日)
神奈川県民ホール 大ホール

このコンサートの新聞広告を見て即主催者に電話した時点でS席は売り切れ、B席残少々とのハナシに、改めてシャープスの人気の高さを知らされたワケです。

タイトルに「2008−2009」とあるように、昨年から日本列島を縦断して”ファイナルコンサート”を行っていたようで、7月26日の神奈川県民ホールは本当に本当のファイナルコンサート。シャープスはこれで見納め聴き納めということになります。

そして迎えた26日、久しぶりの横浜だから少し早めに行って赤レンガ倉庫だとか、大桟橋などで写真を撮り、山下公園でボ〜ッとしていると、、、、どこかから風に乗って聞こえてくるビッグバンドジャズのサウンド。もしかするとシャープスのリハーサルの音なのかな?まさか?と思い音をたどっていくと、公園の一角で海上自衛隊の横須賀音楽隊が広報演奏中。

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海上自衛隊横須賀音楽隊というと、、、

その前身は

大日本帝国海軍軍楽隊ということじゃないか?

本日、海上自衛隊横須賀音楽隊は海の傍の公園でグレン・ミラー・ナンバーを演奏。近くの神奈川県民ホールでは、御年83歳になる大大先輩の原信夫さん率いるシャープス&フラッツがファイナルコンサートをとりおこなうという・・・この偶然には笑っちゃうなぁ。

正にナニモノかが、この場合は“音楽の女神”が意図しなければ成立しないような偶然に大喜びしながら県民ホールへと向う。

開場が遅れているそうで入場を待つお客でロビーは超満員。これから始まる音楽への期待感に満ちた熱気が充満しているのだけど、どうも熱気の色合いが違う。顔ぶれを見ると、ジャズのコンサートというよりは民音の例会の雰囲気。先日の山下洋輔日比谷野音の平均年齢は45歳と見たが、今日のシャープスは55歳というところか。平均年齢の差からくる雰囲気の差よりは、音楽に対する根本的な嗜好に差があるような気がする。

「こんどポール・モーリアがあるけど、切符用意しようか?」

隣りのジジババのこんな会話が聞こえてきて気がついた。そうか、今夜のお客はリアル・ジャズということにこだわらず、広くポピュラーミュージックを楽しんできた人たちが集まったんだな。

NHK紅白歌合戦の伴奏をしていた時代のシャープス、美空ひばりの伴奏をしていた時代のシャープスで音楽の楽しみを知ったファンが最後の演奏を聴きに集まったようだ。この私もその一人だ。なるほど、シャープスはこのようにして日本のポピュラー音楽ファンの裾野を広げてきたんだと納得。

それにしても

ポール・モーリアって

まだ生きてんの?!

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やがてコンサートはスタート。

大まかにいって3部構成のステージ。

1部はカウント・ベイシー、スタン・ケントン、デューク・エリントンなど、かつてシャープスが目標としてきたアメリカンバンドのジャズクラシックの名曲が中心で、どの曲も懐かしく耳に心地よい。

2部は豪華ゲストを招いての超豪華セッション。

1.日野皓正 ♪モーニン

2.前田憲男 ♪クマナ

3.寺井尚子 ♪イン・ア・センチメンタルムード

4.北村英治 ♪メモリーズ・オブ・ユー

5.渡辺貞夫 ♪トーキョー・ディティング

日本ジャズ界のスター連とシャープスの共演に会場は大満足。こういった日本ジャズ界の重鎮たちもかつては原信夫さんとの共演を夢見たひとたちなのです。全員揃ってのジャムセッションを期待していただけに、それぞれ1曲だけで下がってしまったのが残念。

3部は、アメリカンバンドの模倣から脱却して真のオリジナル・サウンドを追求した時期のレパートリー。日本の音階でも充分にジャズになり得ること証明してくれます。

結成58年、ワンショルダーのストラップ姿の原信夫さん、83歳とはいえ変わらずダンディだけれど、歩く姿にはやはりお年を感じます。ソロをとるにはちょっと厳しいかな。それでもこうして元気にステージに上がって指揮する姿はこちらを幸せにさせてくれます。

上手に年をとることのお手本を見るような思いでした。

お客のジジババだって、こうして純粋に音楽を楽しめるんだから、幸せなことです。

そんな思いに浸っていると、やがて、原信夫とシャープス&フラッツのテーマソング『♪ブルー・フレイム』が奏でられ最後の最後のファイナルコンサートは終わってしまったのだ。

『♪ブルー・フレーム』

帰りの電車の中、

あぁ、これでシャープスが終わったんだな

感傷的な気分で会場で貰ったコンサート案内のチラシを見ていたら、、、、、、。

エッ?!
横浜が最後じゃなかったの?!

原信夫とシャープス&フラッツが出演するコンサートが
まだあるじゃない!
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マイッタなぁ。
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マッ!
イッカ!!!

というワケで、

7月19日には山下洋輔一派のジャズを楽しみ、

7月24日は桃太郎、高田文夫、遊雀 3人回で大笑い、

7月25日は新宿エイサー祭りにシビレ、

翌7月26日は横浜で原信夫とシャープス&フラッツのファイナルコンサートを聴き、

さらに胃カメラまで飲むという、

正にダボハゼ体質の面目躍如の1週間でした。

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2009年7月26日 (日)

2009新宿エイサーまつり

今朝の東京は本格的な夏になってしまって、暑苦しくて眼が覚めてしまった。

さて、昨日25日(土)は沖縄の夏の風物詩エイサーが新宿で繰り広げられていた。

新宿駅東口アルタ前から伊勢丹にいたる新宿通りが4区画に仕切られて「第8回2009新宿エイサーまつり」が行われたのだ。

エイサーとは?

という疑問に応えるためにお祭りパンフレットから転載するとこうなります。

沖縄の盆踊りともいえるエイサーは、旧暦の7月15日に舞う念仏踊りです。沖縄のお盆は、旧暦の7月13日から15日までの3日間。13日のウンケー(お迎え)でご先祖様の霊を迎え入れ、14日のナカヌヒー(中の日)を経て、15日のウークイ(お送り)には親族が集まりご先祖様をお見送りします。

エイサーは、ご先祖様をにぎやかにお送りするために踊られるのです。

なにはともあれ写真を見てもらいましょうか。

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午後は新宿通りのパレード
そして夜になると
歌舞伎町など数カ所に場所を移して
ドンつくドンつくドンドンつくつく
新宿の地面を揺るがしていたのだ。
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というワケで
本日のひとりYouTubeは
靖国通りのセッションをムービーに加工して
本家のYoTubeにアップしましたので
見ていただきましょう。
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ひとりYouTube

2009新宿エイサーまつり

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2009年7月25日 (土)

桃太郎、高田文夫、遊雀3人会

夜遅く帰宅したら、アパート前路上や駐車場に数台のパトカー。オマワリ10数人が無線のヤリトリしたりして動き回っている。

さては、

例の、、、

ヤツが、、、、

バ・レ・た・か!!!

と、電柱に身体を隠しながら様子を伺っていると、顔見知りの青年が通りかかった。

青年のハナシによれば、原チャリ使ったヒッタクリ犯がオマワリに追いかけられて、ここまで逃げてきて、御用!!!の捕り物劇があったらしい。

そうと解れば、、、安心して電柱の影から出てきて野次馬の輪に加わり首をキリン状態にしていると、犯人らしき30歳前後のオトコがパトカー後部座席でオマワリに両脇挟まれて連れて行かれるところだった。

晴れたかと思ったら突如雨模様になったりして、逃げる方も、追いかける方も、見学する方もタイヘンなツユの夜だった。

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さて、

昨夜は『桃太郎、高田文夫、遊雀3人会』という落語の会(於:練馬文化センター)に行ってきた。

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高田文夫以外の桃太郎、遊雀については全く知らない落語家だった。

昔昔亭桃太郎のハナシによれば、彼が以前夕刊フジにコラムを持っていて、そのときに某政治家をコテンパンにけなした記事が某政治家カンケイのゲキリンにふれ、やむなく桃太郎はコラムを下りたそうな。その降板の交換条件として、夕刊フジに落語会を主催してもらっているというのが、この催しの成り立ちらしい。

どうせハナシ家のハナシですから、、、、

真偽のほどは、、、、

ワ・カ・ラ・ナ・イ。

それで、昨夜は、

昔昔亭桃太郎の創作落語『お見合い中』から、高田文夫の『時事ネタ』、それに三遊亭遊雀の『寝床』。休憩後は出演者による時間調整のための『トークセッション』という演し物。

本当は高田文夫の落語を聴きたかったけれど、子分の春風亭勢朝を呼び込んでのキワドい『時事ネタ』は、それはそれで大笑いさせてくれました。高田先生の前では桃太郎さんも遊雀さんも影がウスイ感じ。

というワケで、

来週はiPodに立川藤志楼の名人芸を取り込んで通勤電車で聴くことにしよう。

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2009年7月24日 (金)

「黒い手帖」裁判全記録/矢野絢也

元公明党委員長矢野絢也の書いた『黒い手帖/講談社』が発売されたのが今年2月。発売当初在庫切れ店続出で、その理由は、、、この本の出版がウレシくない信濃町関係者の買い占めにあったからだ!というような情報がまことしやかにネットを騒がせたことがありました。

最近になってこの本もごく普通に書店に平積みされているから、買い占め!の情報はガセネタで、単に売れ行き好調書につき“刷り待ち”だったのか?。その真偽のほどは解らない。

この本、品切れと聞くと急に読みたくなった私も、何軒か書店を回って手に入れたけれど、要するに公明党元委員長時代に手を染めた創価学会公明党絡みの裏工作が詳細にメモされた“黒い手帖”を、その内容が洩れることを恐れた公明党関係者によって奪われたことの顛末を書いた本でした。

これまで何度か週刊誌ネタになった、一連の信濃町スキャンダルの域を出ず、世間で評判になってる割には、「この程度だったらワシ知ってるもんネ〜」と、ちょっと肩すかしという感じ。

要は“黒い手帖”に何が書いてあったのか?具体的なことを知りたいワケです。

そして、

最近再び“黒い手帖”の続編が出ましたね〜。

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「黒い手帖」裁判全記録
元公明党委員長
矢野絢也

講談社 現代プレミアブック
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逆転勝訴
公明党・創価学会は蒼白!
「脅迫」
「証拠音声レコーダー改竄」の
悪辣手口が、
法の下で暴かれた
驚愕のドキュメント。

“黒い手帖”強奪事件という、週刊現代の捏造記事で名誉を傷つけられたとする公明党議員OB3人の裁判によって、矢野元公明党委員長と講談社は一審で敗訴、高裁判決では(矢野側)逆転勝訴と、その裁判の経緯を書き記したのが本書の内容。

前著もそうだったけれど、

この本も読んでいてイライラしてきた。

一審での重大争点だった、矢野家での“黒い手帖”を巡るヤリトリを録音したICレコーダーは編集されたものだとか、グダグダ書いてあるが、そんなことはいいから、その“黒い手帖”に何が書いてあるのかが問題なのです。

矢野元公明党委員長は“黒い手帖”の中味を明らかにすると、自分や家族の身に危険が及ぶと、公明党創価学会の報復を恐れているが、公明党創価学会の恐ろしさは承知の上でこれらの本を書き、「公明党創価学会の実体を国会で証言する」と発言もしているはず。

さらに、本書では

私にとっての使命は、あくまでもこの学会を相手取って提訴した裁判であり、私の青春時代の誇りだった創価学会を糾すべく、同時に真面目な学会員が正しい学会を取り戻すためにも、残り少なくなった人生のすべてを捧げる覚悟でいることを宣言しておく。

と結んでいるけれど、

それほどまでハラを決めての行動なら、

公明党の元委員長としてこれまで国民を騙してきたせめてもの罪滅ぼしに、

また、

創価学会信者に「創価学会公明党の真実」を知らせるためにも

ぜ〜んぶゲロすることが

オトコ矢野

最後の仕事でっせ。

さて
読み終えたこの本も
三色旗ひらめくブックオフに持って行こか?
いくらになるのかな。
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2009年7月23日 (木)

コネココネコオコゼのコ〜

山下洋輔さんとそのご一統さんの衰えをしらぬパワーを見せつけられて、ヤツらにまだまだ負けてはいられないとフンドシ締め直した日比谷野音の夜でした。

会場は立ち見席まで出て超満員の大盛況。グッズ売り場のコーナーも20メートルくらいの列ができていて、順番に6人ずつの入れ替え制。記念のTシャツが欲しかったけれど、アッチャー!私の前で売り切れてしまった。

当日野音で購入した山下トリオ関係のCD/DVDがコレ。


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MONTREUX AFTERGLOW
1976.07.09

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偉才、坂田明の熱唱が響き渡る
白熱のモントルー・ジャズ・フェス・ライブを
熱気そのままに収録した伝説の名盤!

第3次山下トリオ、「ミジンコ博士」坂田明の絶叫がモントルーの夜を焦がした、ファン必携必聴のアルバムだ。

野音の復活祭でも、『ゴースト』のイントロが流れると、どこで坂田明の♪赤とんぼのメロディを予測して皆ドキドキ。「いつもより余計に吹いてます』の♪赤とんぼのあとはマイクを手に取っておヤクソクのマントラdeハナモゲラ。いつもながらサービス精神満点の坂田明に沸きに沸いたステージでした。

そのオリジナルが聴けるのがこの『モントルー・アフターグロウ』なのです。

ヨーロッパでの成功から、さらにニューポート・ジャズフェスティバルに出演した山下トリオのライブ録音がコレ。


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HOT MENU
1979.06.29

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山下洋輔トリオ、アメリカ・デビュー!
ニューポート・ジャズ・フェスティヴァルにおける
熱狂のライヴを収録した超名盤!

これまでにも、外国のジャズフェスティバルに出演したとされる日本人グループはあったけれど、経費は日本人側負担でギャラなし、ハクをつけるために「出演させていただく、、、、」方式がほとんど。つまり足下を見られていたワケだ。そんな中で、山下トリオこそが日本人バンドとして初めて欧米ミュージシャンと同じく招聘され正当なギャラを頂戴したといわれます。

ニューポート・ジャズ・フェスティバルという伝統あるジャズ・フェスティバルが、アバンギャルドな山下トリオを受け入れたということに、アメリカのフトコロの深さと揺るぎない自信のようなものを感じます。もちろん耳の肥えたニューポートの聴衆を納得させた山下トリオにも感動します。

そして、3枚目がコレ。CDとDVDのセットという変則盤。


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結成40周年記念特別限定盤
BRILLIANT MOMENTS
栄光の山下洋輔トリオの軌跡

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各期の節目となる歴史的ライヴを集めた必聴・必見お名演奏ばかり。
圧倒的迫力とパワー溢れる演奏が。時空を超えて聞く者の胸を打つ。

CDには山下洋輔・中村誠一・森山威男の第一次山下トリオ(1970年録音)。山下・坂田明・森山の第二次山下トリオ。故・武田和命さんが加わった『GENTLE NOVEMBER(Live)。さらに、後期山下トリオによる(1983年)演奏と、山下トリオ40年の歴史早わかり編集になっていて、正に結成40周年記念らしい企画になっている。

そして、DVDは「よくこんな映像が残っていたもの」と思う、『モントルー・アフターグロウ』の収録された1976年モントルー・ジャズフェスから、未発表の2曲の映像が収録された珍品。笑えるのはテレビカメラマンが山下さんの肘打ちに合わせてカメラを振っていたりと、テレビクルーが仕事を忘れたかのように皆ニコニコしているのです。この当時の映像は(たぶん)公開されていないだけにじつに貴重な記録です。

この40周年記念CD/DVDはディスクユニオンで引き続き発売されるということだから、会場で買い逃がした人、会場に行けなかった人はディスクユニオンにお問い合わせをどうぞ。

と、ディスクユニオンの宣伝をして、、、。

セシル・ティラー×山下洋輔のDVDも発売されるんではないかと胸も財布も膨らませて行ったのだが、発売されていなかったのは残念。

私が初めて山下トリオをライブで見たのは
渋谷にあったジャズ喫茶「オスカー」でのこと。
中村誠一が在団していたから
1969年ころのことだったでしょう。
お客はいつも2−3人程度で
何もわからなかったけれど
ただただ音の洪水に埋もれているのが気持ちよかった。
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あれから40年を経て
再発されたこんなCDを聴きながらいつのまにか眠れるのだから
かつてのアバンギャルドジャズもBGMになってしまったようです。


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2009年7月21日 (火)

日比谷公園はコロンビア独立記念日だった

この連休、そのまんま氏の顏がメディアから姿を消したのが嬉しかった。あの顔は「不幸を招く顔」でっせ。

それにしても、メディアというのは、アレだけ持ち上げて、そして、簡単に手をひくもんだと感心してしまう。

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さて、

日曜日の日比谷野音。山下ご一統さんには「引退」だとか「隠居」の文字は無いらしいと思い知らされ、このオレだって、、、、ヤツラにまだまだ負けていられんと、フンドシ締め直した。

その日曜日に日比谷公園を野外音楽堂へと向っているときに見かけた景色がこれ。

遊歩道になっている石垣から下の沼をジ〜ッと見つめる猫。
水面に映るオノレの姿を見ているのか
それとも
世をはかなんで身を投げ出そうとしているのか

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日比谷公園全体はラテン音楽に包まれていて
その音を辿っていくと噴水脇のステージでは
ヤマトとラテンの長崎チャンポン。

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コレは何のお祭りなのか?と訊けば

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コロンビアの独立記念日を祝っているのだと言います。

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東京の一角で繰り広げられているラテンのどんちゃん騒ぎも
こうしてモノクロにしてみると

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なにやら
蜂起する民衆のような雰囲気を醸し出すものです。

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2009年7月20日 (月)

日比谷野音に行ってきた

日比谷野音に行ってきた。

結成40周年記念!!
山下洋輔トリオ復活祭
日比谷野外音楽堂
平成21年7月19日(日)

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1969年に結成された山下洋輔トリオも40年を経て、

これまでにトリオに参加したメンバーの殆どは60歳代半ば

いつまで演れるか解らない年齢でもあり

かつてのファンもまた高齢化

ここらで、、、ひとつ、、、

これまでの活動にいったん区切りをつけるためにも

いちど集まってみようか

そんな位置づけで山下洋輔トリオ復活祭に行ってみたものの

とんでもない!

懐古ムードなど吹っ飛ばすほどのパワーで

山下ご一統の

更なる闘争宣言だったぜッ!

コンサートは<山下洋輔(p)林栄一(sax)小山彰太(Ds)>からスタート。

その後は

<山下、菊池成孔(故・武田和命代演)、小山>

<山下、坂田明(as)、小山>

<山下、坂田、森山威男(ds)>

<山下、中村誠一(ts)、森山>

の順で、

つまり、現代から時代を遡行して、1969年の第一次山下洋輔トリオまで辿り着こうという演出だった。その時代その時代のレパートリーをプレイするメンバー構成は古くなろうとも、衰えは微塵も感じさせず、その迫力には圧倒された。皆さん血色が良くって、最年少菊池成孔46歳(故・武田和命代演)がいちばん病人らしく見え、このメンツで最初にホトケサマになるのはヤツだろうと思えたのには笑ってしまった。

コンサート終了を告げるアナウンスのあと、会場を『Gentle Novenber/武田和命(たけだかずのり)』が包んだ。帰りかけたけれど、椅子に座り直してしばし武田さんの音に聴き入ってしまった。山下さんによってジャズシーンに復活した武田和命さんが存命なら70歳になるのか(1939-1989)。

山下グループの演奏に余韻に浸りながら、「老いていくことの不安」もフト感じた夜だった。

(このコンサートの模様は8月8日深夜フジテレビ系でオンエアーの予定だそうだ)

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山下×坂田×小山で『♪キアズマ』を演奏中
虎ノ門方面上空に出た二重の虹

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さて
以前武田和命さんについて少し書いたことがあったが
今回の日比谷野音コンサート関連で
「武田和命」をキーワードにアクセスしてくれたひとが増えている。
かつて武田和命さんというテナーサックスがいたことを
記憶に止めてくれるだけでも嬉しい。

そこで
武田和命さんを偲んで
私の自慢の貴重な音源をアップいたしましょう。
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山下トリオ1979年12月
コンサート終了後の打ち上げ会場でのプライベート演奏です。
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ひとりYouTube

山下洋輔×武田和命×国仲勝男×小山彰太
In Walked Bud

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40周年で打ち止めどころか
ヤツラは50周年記念まで
耐用年数あるなぁ

オレもそれまで
ガンバラなくっちゃ
!!!
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音源を加工しながら
そんなことを思い
ひとりニヤニヤしてしまった。

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2009年7月19日 (日)

インドからの手紙

この暑さも、、、

アソーさんのことを思えば、、、、、

ストーブつけたいくらいの涼しさだぜ、、、、テガ!。

プールで涼んで帰宅してテレビをつければ、、、

こんな顏が大写しになりやがった。

この顏は背筋が寒くなる。

2009.07.19(日) テレビ朝日

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こんな『IT(イット)森』と『逆臣青木』タッグが、自分たちの影響力保持したいというだけの邪心で動いていることが、日本の足を引っ張っていることに気がつかないらしい。

どうだね?
キングメーカーと呼ばれる気分は?
いっそのこと自分が再び首相になったら?

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平積みになっている本のタイトルに目がいった。

  『オキナワ 大神の声/夫馬基彦』

『大神』というのは宮古島の東にある大神島という小さな島のことだったら、

「オレ、、、その島へ行ったことがあるぜ!」

そんな興味からこの本を読んでみた。

著者の夫馬基彦(ふまもとひこ)さんという名前は、1960年代日本のヒッピー運動関連の中で、山尾三省さんとか宮内勝典さんと共に知った名前でした。ヒッピーといえばその原点はインドにあると言ってよく、インド経由でさらに琉球列島のアニミズム向うといってもよいでしょう。

『オキナワ 大神の声/夫馬基彦』は、そんなインドと沖縄にインスパイアーされた夫馬さんの、フィクションともルポルタージュともつかない作品で、琉球人の心の拠り所である御嶽(うたき)信仰と、若き日のインド放浪とをリンクさせた神秘的な世界と、「聖のなかに俗があり、、、」、実に人間的ぬかるみをも描き出した10編が収められている。

著者の巡礼の旅に同行したような気分にさせる本だった。

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オキナワ 大神の声
夫馬基彦(ふま もとひこ)

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飛鳥新社
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これが人生というものか。
無数の蟹が蠢く神の島の聖域に、
死線をさまよった若き日のインド放浪を想起し、
最西端の島で、20数年の今も去らぬ
悔恨の鋭い痛みに当惑するーーーー


著者は1943年生まれで、27歳から28歳にかけてインド放浪体験をもつそうで、そのときの「肝炎体験」が興味深かった。

インド西海岸ゴアで肝炎による黄疸症状が表れ数段の階段も上がれないほどの重症。医者の入院の勧めを拒否しカランギュートという海沿いの小村を目指す。それは正に彼岸に赴く気分だった。そして浜辺のゲストハウスの一室で肝炎と向き合うことになる。

 人は死の直前にしばしばおのれの人生を走馬灯のごとく見るというが、まさにそんな感じだった。

 けれど私は、そうしたさなかも自分が死ぬという実感も恐怖も感じなかった。そうして三日後、近所のインド伝来の薬師(くすし)が処方してくれた大黄(だいおう)ふうの干し草を煎じて飲むと、口と肛門の両方から噴射するごとく黄色い体液を排出し、それを機に私は一気に体が軽くなった。椰子汁と白いプリン状のココナッツミートなら喉を通るようになり、日に椰子の実一個分を口に入れ、次第に回復に向っていった。(『旅路の果て』より)

著者の年表からすると1970年ころの経験になります。

じつは私もインドでの「肝炎体験」をもっていて、1974年3月、亡命政権を樹立していたダライ・ラマに会いたいとインド北部のダラムサラを訪れたとき、到着3日目くらいで発病。1週間ほど食べ物も摂れないまま、意を決してダラムサラを下りバスを乗り継ぎ印パ国境のアムリツァー→ワガを経由して這うようにパキスタンのラホールの病院到着。そこで1ヵ月間の入院生活を送り肝炎を完治させたという経験をもっているのです。

未整備の医療環境下では「肝炎になったら即帰国しろ!」というのがあの当時の貧乏旅行者の鉄則でしたが、チベッタンホテルの屋根裏部屋のベッドで、思いがけない病からくる絶望感を味わいながら、それでも帰国の途は思い浮かばず、「こんなところでクタバッては恥ずかしい!!!」という意地だけでラホールへ辿り着いたようなものです。

結局、大学病院のベッドで毎日毎日点滴を受けるうち食欲も増し体力気力も復活。退院後はさらに中近東アフリカまで遠征できたことは、ダラムサラからラホールへの決死の国境越えの判断は正しかったことになります。

近所のインド伝来の薬師(くすし)が処方してくれた大黄(だいおう)ふうの干し草を煎じて飲むと、口と肛門の両方から噴射するごとく黄色い体液を排出し、それを機に私は一気に体が軽くなった。

私はグルコースという近代医薬品を点滴することで完治したけれど、著者はこのようにインド伝統の方法で肝炎を退治したわけだ。

なるほどなぁ、本当にこんなやり方で肝炎に勝てるんだなぁ。

Sikiri
 

私にとっては1974年にフィードバックさせてしまった、、、、。

と思っていたら、こんなメールが届いた。

 <to えあじん>

南インドのゴアでザビエルのご遺体が安置されているボン・ジェス・バジリカ(良きイエスの大聖堂)やシヴァ寺院にて礼拝してきました。

〆はムンバイのクリシュナ意識国際協会の寺院で礼拝して帰国です。

※写真を添付いたします。

ゴアの夕日とインドに行けば誰でも撮れるオームの2枚です。

60-70年代、バリ島のクタ、ネパールのカトマンズ、インドのゴアを「ヒッピーの三大聖地」と呼んでいて、回教徒のメッカのごとく、ヒッピーおよび似非ヒッピーは皆この三大聖地に憧れたものです。

似非ヒッピーの私も煽られてこれらの三大聖地に巡礼したけれど、最近我がサットサングから送られてきたこの写真はゴアだな。たぶん夫馬基彦さんがムカシ肝炎を完治させたカランギュートのビーチだろう。ビーチ沿いの茶屋で夕日を見ながらチャイを楽しんでいる我がサットサングの幸せな状況が読み取れます。


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ワシらはこのビーチで皆スッポンポンだったけれど、現在はどんなになっているんだろう。

そして、添付されていたもう1枚の写真はこれだ。


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オームハンターとしては
こうして
産地直送オームが
とても
ウレシー!


Sikiri6_aum

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2009年7月18日 (土)

アラーキー風盆踊り

ヒャー!熱い暑いアツい!

クーラーの無い我が家は正にサウナ風呂状態。

家の中にいても溶けそうなので「ひとりアラーキー」とばかりに、オリンパスから新しく出たカメラの試し撮りにブ〜ラブラ歩いてみた。

このカメラの“売り”のひとつである『アートフィルター』という機能の『ラフモノクローム』という設定がオモシロイ。これは単にモノクロ(白黒)ではなく、粒子が粗い状態になる効果があるというヤツ。

東宝撮影所正面の「ゴジラ」と「七人の侍」も迫力が増して撮影できるし、


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.

道ばたの落書きまでアートにも見える。


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そして、

町内会のこんなありふれた盆踊りまで、


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『ラフモノクローム』にして傾きをつければ、

正にアラーキーで、

何やら意味のある“風”写真に勘違いさせてくれる。



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このように
デジカメの進歩は
まったくのシロートでも
.
木村伊兵衛“風”
篠山紀信“風”
浅井慎平“風”
荒木経惟“風”
などと
すべてに“風”らしい写真を撮れるようになっているのだ。
.
もっとも
“風”は“風”でしかない
けどね。

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2009年7月17日 (金)

キラー・カーンを知ってるか

ときどき、フト「アレを食べたいなぁ」と思いつくことがあって、“アレ”と言ったって特別なモノでもなく、貧しい食歴からして大体がラーメンていどのこと。「食べたい」と思い始めると辛抱たまらん、ナニがナンでも食べに行こうと、本日急襲したのは世田谷通り農大一高近くの『陸』というラーメン屋。

ラーメン『陸』の豚増しラーメン
850円也

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厚切り煮豚で有名な『ラーメン二郎』系のナガレを汲む店で、濃いスープにやたらと厚い煮豚は見るからに身体に悪そう。しかし、この煮豚が評判でカウンター15席ほどの小さなお店はいつも満席フル回転。

先日の健康診断の数値があまりよくなかったのがちょっと気になっていたが、一度わき上がった欲求抑えらずひたすら貪り喰う。

お腹をさすりながら外に出て爪楊枝チュウチュウさせながら世田谷通り反対側に目がをやれば、、、、。

オー!

キラー・カーンだッ!!!

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とんかつ屋のウインドウにキラー・カーン様のポスター。

「キラー・カーンって?」というお方のために説明すると、カーン様はジャイアント・馬場、アントニオ・猪木時代に活躍したプロレスラー。

日本リングでは小沢正志という、巨体が目立つだけの大相撲出身レスラーだったけれど、アメリカに進出して『モンゴルの怪人』という設定がハマって大ブレーク。その出で立ちはというと、革のベストにブーツ、肩口まで伸ばした弁髪揺すらせ、奇声を発して両首筋へ叩き込む『モンゴリアンチョップ』。さらに、かのアンドレ・ザ・ジャイアントを骨折させたというストーリーが加味されてメーンイベンターに化けてしまったワケだ。

日本帰国後はアントニオ・猪木の団体に参加したものの、もはや日本リングは異物対決をオモシロがる旧来のスタイルから、“団体抗争”という名の下にシリアスなファイトへと転換途上。そんな流れの中でキラー・カーンはアメリカ時代のキャラクター定着させれないままにいつのまにかフェードアウトしたはずだ。

このあたりの紆余曲折起承転結は、最近観たミッキーロークのプロレス映画の主人公に重なるものがあります。

プロレス引退後は「あの人はいま・・・・」というような扱いでときおりメディアがときおり消息伝えたけれど、それによれば、新宿辺りでちゃんこ屋を開いているとのこと。調理服姿で食器棚を背にしてレスラー時代を語るシーンをテレビで見かけたこともあり、コワモテで売った現役時代とは正反対で、朴訥としたなかなかの好人物。

『モンゴルの怪人・キラー・カーン』のキャラクターと、ちゃんこ屋のオヤジという落差にお客は大喜びで、こんな人柄の良さが客を呼びお店は盛業中のようだった。

そして、

私が見た世田谷通りのトンカツ屋のポスターは、歌手としてCDも出していて、そのサイン入り宣伝ポスターだ。

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こんな多才ぶりを見せられて「引退レスラーとしてはなかなか良い人生を歩んでいるようだなぁ」。同年代の私は嬉しくなって拍手をしたい気分になったのでした。

というワケで、

帰宅後YouTubeでキラー・カーンの現役時代映像を探してみたら、笑える映像があったのでリンクさせましょう。

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ひとりYouTube

キラー・カーン

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古き良き時代の
懐かしいプロレスです。

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2009年7月14日 (火)

化け物だ/ローリング・ストーンズ

マイケル・ジャクソンの死は世界各地に波紋を広げているようで、これまで、どちらかというとそのゴシップから、ナナメに扱っていたメディアもこぞって礼賛のオンパレード。

2009.07.14(火) 読売新聞

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マイケル商機も活発なようで、私も年甲斐もなくベスト盤を買ったし、その店のレジ脇にあったこんな雑誌まで買ってしまったのだ。

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それにしても、、、、、

年端もいかないこんな子供まで引っ張り出してきて

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こんなことを言わせるなんて

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遺産相続の主導権を握ろうというヤツらの意図が透けて見えて
なんだかシラケるなぁ。

マイケルが50の若さで燃え尽きたのに対して

コイツらといったら、、、、、。

70になろうというのにまだまだロックしています。

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THE ROLLING STONES
SHINE A LIGHT
マーティン・スコセシ監督

ヤクのやり過ぎでとっくにバーストしてるかと思ったら。

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化け物だぜコイツら。

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マイケル・ジャクソンはやはりポップスだし
ストーンズはやはり
ロック以外のナニモノではない
そんなことを思った朝でした。

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2009年7月13日 (月)

マダムとアヒルのペアにまた遭遇

梅雨明けももうすぐだなと思わせる今朝の天気だ。

地下鉄駅から表に出ようとすると外は真夏日のようだ。

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ファミレスでサービスの新聞を受け取れば、もちろんこのニュース。

自分が誰に入れたのか忘れてしまったほど縁の薄い選挙だったけれど、とにかく終わったぜ〜。

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麻生さんもこれからしばらくは「熱いトタン屋根の上の猫」みたい。

Sikiri

数ヶ月前の夜、小田急成城学園前を歩いていたら、こんなペットを連れているマダムに出会ってビックリした。犬や猫ならともかくアヒルなのだ。

首輪もつけず、人や犬に怖じ気つくこともなく、尻をフリフリしながらマダムのあとを着いていく様はなかなかユーモアがあってココロ和ませる風景でした。

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そのマダムとアヒルのペアにまた会ってしまった。

場所は同じく小田急線の祖師ケ谷大蔵ウルトラマン商店街だ。

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夕暮れのカフェのテラスでビールを楽しんでいるマダムの足下では、例のアヒルがボールの水を飲んでいる。

アヒルだと思っていたら、カルガモとアヒルのアイノコで名前は「ムルチ」というそうだ。

自分の名前を呼ばれると反応するし、家族の顔も見分けがつき、たとえばこうして馴染みの店に来ようとすると、察知して先きに歩いてくるし、どうやら犬くらいの知能は持っているようだ、、、というのがマダムのハナシ。

前回会ったときに訊き忘れたことがあった。

「あなたは卵のときから抱いて体温で孵化させたんですか?」

という私の問いにマダムは

「まさか〜、ホットカーペットよ〜」

と笑いながら答えた。

約一ヵ月で雛になるらしい。

アッ!そうか!ホットカーペットというテがあったか。

なるほどなぁ、

ホットカーペットでも卵を孵化させることができるんだ。

犬にしろ猫にしろ
ペットを自分で産むことはできないけれど
こんなふうに卵から面倒みて
ペットにすることはできるワケだ。
.
名前は“ムルチ”と言ってたけれど
もしかすると
クリシュナ・ムルティからとった名前だったのかな。
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そういえば
あのマダム
精神世界関係者の匂いを発していたなぁ。
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そんな出会いがあった日曜日の夕方
ウルトラマン商店街でした。

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2009年7月12日 (日)

本日都議会議員選挙

前回、評論家の平岡正明さんの訃報記事を載せたが、平岡さんも今度の19日(日)日比谷野音の『山下洋輔トリオ結成40周年記念コンサート』は楽しみにしていたのではないかと思う。

2009.07.11(土) 産經新聞

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かつてのアヴァンギャルドも、今ではオーソドックスになって社会に認知されたところに40年という時間の経過を感じてしまいます。

山下洋輔を核とした異色の人材である、タモリが出演した『題名のない音楽会=山下×タモリ爆笑トーク編」をYouTubeにアップしたところ1週間で1,000以上のアクセスがあり、YouTubeの影響力の大きさに驚いている。

そのタモリの記事がこれ。

2009.07.12(日) 産經新聞

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「明日のゲストは誰だろう?」などとドキドキしながら観ていた『笑っていいとも』だけど、観なくなってから10数年は経っているだろう。

そのタモリが13日から一週間休養するらしい。この間に白内障の手術をして、20日放送分から復帰するとのこと。

ということは、、、、、、。

なるほど、、、、、。

19日の『山下トリオ日比谷野音コンサート』から逆算してのスケジュールを組んだな!

タモリ日比谷野音に現る!

と想像する。

その日比谷野音コンサートの前売り券は
既に立ち見席しか残っていないというネット情報もある。
私なぞは
「山下トリオもこれで見納めだな?」
と即前売り券確保したクチだけど
このコンサートを
自分自身のひと区切り
と感じたファンも
多数存在するのだろう。
.
どんな
阿鼻叫喚が繰り広げられるか
いまからドキドキしている。

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Sikiri

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さて
何十年もツマラナイ政治ばかり見せつけられてきて
自分の1票なんぞは
シラミの屁よりも軽いとしか思えないけれど
さっき都議会議員選挙の投票を済ませてきた。
.
いつもの選挙よりも出足が良いみたい。
.
選挙後の阿鼻叫喚が
これまた楽しみだ。
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2009年7月10日 (金)

平岡正明さん死去

ツユの季節らしく降ったり晴れたりとハッキリしないウットーシー毎日です。

そんな中で見つけた七夕の名残の短冊。

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たくさんお金下さい

こういう願い事も解りやすくって好きだなぁ。

山下洋輔さんの動画を数本YouTubeにアップしたけれど、アクセスの多さに「さすがYouTube」とビックリしているところです。

その山下洋輔さんとは何かと縁が深かった評論家の平岡正明さんが亡くなってしまった。68歳だったそうだ。

ジャズ、落語など評論
平岡正明さん死去
2009.07.10(金) 産經新聞

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独特の視点と切り口のファンでした。
19日の日比谷野音山下コンサートで
顔をお見かけすることがあるかと期待していたのに
残念です。
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こんなふうに少しずつ少しずつ
社会は変化していくんだなぁ
.
ちょっぴりブルーな
今朝の気分です。
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2009年7月 9日 (木)

サルバドールのマイケルと成城学園のビリー・ジーン

このところマイケル・ジャクソンネタが続いているけれど、今朝もマイケルつながりで1本。

今年初め、ブラジルの古都サルバドールで遊んでいたときのこと。

サルバドール名物、海際の下町と丘の上の上町を結ぶエレベーターを下りた辺りのセントロ(旧市街)を歩いていると、前方にマイケル・ジャクソンのマネキンが見えた。

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マネキン人形だと思ったのは、じつは生身の人形で、この小さな台の上でポーズを決めて写真を撮らせたりしてチップを稼ごうというアイデア。そのあまりにも見事なハマり具合に感心して私も記念写真を撮りチップをはずんできたというワケだ。

今回のマイケルお訃報はあのサルバドールの青年にとってチップ増加の恩恵をもたらしたのではないかな。

こんな思い出のサルバドールのひとときもありました。

昨夜帰宅途中マイケル・ジャクソンのアルバムを買わなくっちゃ!と思い出して、小田急成城学園の山野楽器に寄り道した。

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ところが、

マイケル・ジャクソンさんの新譜は売り切れました。

ただいま予約受付中です。

の貼り紙の脇のモニターテレビからは『♪ビリー・ジーン』の勇姿が映し出されていたのです。

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このように
アッチコッチで
『♪ビリー・ジーン』が
お出迎えというワケだ。
これも
引き寄せの法則かな?
などと思ったりして。
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さて
これを大急ぎでアップして
日銭稼ぎへと出かけましょう。

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2009年7月 8日 (水)

OH!マイケル・ジャクソン

出勤前に時々立ち寄る喫茶店で春ごろから店内で新聞をサービスしてくれる。新社会人対象の拡販キャンペーンだと思っていたら、7月になってもまだ続いている。

お金出してまでナベツネ新聞読みたいとは思わないけれど、無料だったら喜んで読ませてもらおう。

今朝もウエイトレスから受け取った新聞を見てオッ!と思った。

マイケル・ジャクソンのBADの再現か?

2009.07.08(水) 読売新聞

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中国が
チベットに
ウイグルに
何をしてきたか?
まず、そのことを考えろよ。

そんなことを思いながら紙面を開けば、、、、。

オー!

マイケル!

マイケル・ジャクソンのムーン・ウォークが飛び込んできました。

2009.07.08(水) 読売新聞

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どうやら、

このCDが本日発売されるらしい。


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この全面広告は永久保存だぜ。
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素敵な広告に乗せられて
仕事の帰りに買っていきましょう。
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というワケで
どうもハッキリしない天気ですが
本日も一日
ガンバリませう。

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2009年7月 7日 (火)

新宿駅南口のビリー・ジーン

ホントにヤバイ麻生さん。

私は麻生さんには早く辞めて欲しいと思っている者だけど、ここまで追い込まれた姿を見るとかえって気の毒になります。

それにしても、毎年毎回『サミット花道論』とかで、日本国のボロボロになった首相がサミットに出かける姿を見せつけられてきたみたい。

こんな日本じゃ世界のどこからも相手にされないでしょうに、、、、、。

2009.07.06(月) 読売新聞

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アソウおろしより大根おろしでっせ!
というワケで
まぐろ照り焼き定食大根おろし添え
成城居酒屋こじま
750円也

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さて、

例えば、野球の桑田は「桑田さん」になり、サッカーの中田は「中田さん」になり、プロレスラーの三沢は「三沢さん」になりというように、現役時代は呼び捨てにしてきたプロ選手が引退したり死去したとたんに敬称をつけた報道されるというのも、不思議なモノです。

引退あるいは死去したことで一般市民になったということでしょうか。

2009.07.05(日) 産經新聞

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マイケル・ジャクソンも、死去後「マイケル・ジャクソンさん」「マイケルさん」になり、これまで呼び捨てにして私生活を暴き立てることに執心したメディアが、今度は手のひら返しで聖者に祀り上げて金儲けのオコボレを狙ってるみたい。

週刊朝日 2009.07.10号

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マイケルの死はあらゆるメディアが取り上げ、世界中で追悼の集会も催されたり、CDやDVDの売り上げも急増しているといわれます。こんな、マイケル死後の大騒動を見ていると、生前よりも死後の方が経済効果が高いような印象を受けます。

2009.07.07(火) 読売新聞

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私はマイケルの数々のヒット曲の中でも特に『♪ビリー・ジーン』が好きで、このブログでもそのパクリ動画を何本か紹介してきたけれど、本日紹介する動画は『下北沢のビリー・ジーン』に続いて『南新宿のビリー・ジーン』という動画。

新宿駅南口のタワーレコードのビル前を通りかかると、店頭にマイケルのDVD販売のワゴンが出て、客寄せの『♪ビリー・ジーン』がガンガン鳴っています。まるで私が通りかかるのを待ち構えていたようなタイミングにニヤリとしてデジカメで撮影したワケです。

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モニターテレビに映し出されるマイケルの勇姿に見とれる通行人も多数。
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こんなシーンを見ると
マイケルは
この先き生きながらえてたとしても
スキャンダルまみれになるばかり。
そのことを考えると
あんがい良い時期に亡くなって
神になったのかな?
とも思えるのです。
.
虎は死して皮を残し
マイケル死してムーン・ウォークを残す
だぜ。

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2009年7月 6日 (月)

タモリ誕生/題名のない音楽会

山下洋輔さんがテレビ朝日『題名のない音楽界』に出演した様子を中心に5本の動画をYouTubeにアップしたところ、一晩で各100ほどのアクセスがあり、YouTubeの影響力の高さにビックリした。

この動画を見た人で山下洋輔交友録関係に疎い人は「なんでタモリが出てくるの?」と疑問に思った人もいたかと思うので、若干説明をしておきましょう。

かつて、油井正一さん(1918−1998)というジャズ評論の草分けがいて、この油井さんが、山下さんのことを「天性のオーガナイザーだ」というような意味のことを書いた文章を記憶しています。つまり、油井さんは山下さんの持つ『頭領運』と現代に至る成功を見抜いていたようです。

油井さんの人物評を証明するかのように、山下さんの磁力に引き寄せられた人脈は、70年代サブカルチャー運動の熱波を各方面に放射して、私なんぞはその余熱冷めやらないまま現代に至っているわけです。

その山下交友録の中でもっとも知られたものがタモリ発見!のエピソード。そのあたりのことはこれまで山下側からタモリ側から何回となく語られてきたけれど、何回聞いても楽しい。

そこで、

山下洋輔トリオ『題名のない音楽会』出演記念シリーズの最終回は、

2009年6月28日放送の同番組から、

山下×タモリ邂逅爆笑セッションを見てみましょう。

今やお笑い界の重鎮のオモムキがあるタモリが

ムカシのことを嬉々として語っているのが微笑ましい。

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ひとりYouTube

山下vsタモリ

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このように
福岡で朝日生命社員としてクスブっていた
森田一義が
山下洋輔によって
タモリになり
サクセスストーリーへの階段を
上り始めることになるのです。

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2009年7月 5日 (日)

山下洋輔/題名のない音楽会2009.07.05

梅雨の中の晴れ間、カメラを持って出かければ、道ばたにこんなヒマワリの花。

いつも通っている道なのに気がつかなかった。

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小田急代々木上原駅線路傍を歩いていたら喫茶店の窓に山下洋輔日比谷野音7/19コンサートのポスターを見つけた。

この喫茶店は『Smile』という名前。

マイルスの『MILES SMILES』のレコードジャケットが窓に飾ってある店だから、ジャズとはまんざら無縁ではなさそうだとは思っていたが、意外なところでポスターを発見して嬉しくなった。

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さて、

6月28日(日)に放送された『題名のない音楽会』の『♪キアズマ』を加工して@ニフティの動画共有サイトにアップしてブログに貼り付け、後で確認したら音声と映像がズレているのに気がついた。再送してみてもやはり同じ現象で、元のファイルに異常ないからサーバーに転送する過程で何らかの不都合が起きるのだろう。

こんな不完全な動画では山下さんに失礼になると思い、YouTubeのIDを取得して試みにアップしてみたら特に問題がなかった。

というワケで、、、。

本日7月5日(日)放送分『題名のない音楽会』から動画をアップしましたのでご覧下さい。

ひとりYouTube

2009.07.05(日)『題名のない音楽会』
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乙女の祈り
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こうして
本日放送分の動画を加工している最中
昨夜YouTubeにアップした
『♪キアズマ』への反響が届いて
さすがYouTubeの影響力は素早い!
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こんなことをしながら
7月19日(日)日比谷野音コンサートを
楽しみにしているワケです。

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2009年7月 4日 (土)

山下洋輔/キアズマ

梅雨らしいジメジメとしたイヤ〜な陽気。

プールにいくべく外に出てみれば都議会選挙公報掲示板。

候補者の品定めすれば、どれも同じ顔つき同じ公約。

ダレに入れるかは投票当日の会場で決めることにしよう。

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さて、

このウットーシー陽気に耐えかねてかプールの人出も多くなってきたから、1000mのノルマを素早くこなして帰宅。先月28日(日)のテレ朝『題名のない音楽会』に出演した山下洋輔の動画を編集加工。

第2次山下トリオの面々もすでに60歳半ば。

それでも衰えないパワフルな演奏が嬉しい。

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2009.06.28(日)
テレビ朝日『題名のない音楽会』
山下洋輔トリオ/キアズマ
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ひとりYouTube

キアズマ

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山下洋輔私設応援団としてはこのチラシもアップしておきましょう。
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それでは
7月19日(日)
日比谷野音

お会いしましょう。

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2009年7月 3日 (金)

3おろし〜「真夜中の太陽/米原万里」

『大根おろしに医者いらず』

大根はそのまま食べるよりも、おろすことで効能が倍加するというようなことを読んだことがある。

思えばこれも日本人の知恵だな。

ためしてガッテン

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今年の阪神タイガーズ、成績思わしくなく「♪六甲おろし」が天地を揺るがす回数も少なくなっている感じ。こうなると「♪六甲おろし」よりも「監督おろし」が勃発しそうなアンバイです。

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阪神の「監督おろし」なら娯楽のひとつとして楽しんでいられるけれど、毎度マイドのこっちの「おろし」には辟易するばかり。

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さて、

故米原万里さんの「真夜中の太陽」にこんなことが書いてあったのを思い出します。

万里さんの友人で、日本人男性と結婚しているフランス人女性が、「フランスの男で毎日パンツを取り替えるのは3%だけで不潔だ!それにひきかえ日本人男性は毎日取り替えて清潔だ!」とのたまう。

対して万里さんは、日本人の男性だって替えのパンツがなくなると汚れたパンツ引っぱり出してきて裏返したりしてはくヤツもいる、とフランス男のカタを持ったりするワケです。

すると、、、フランス女性の次の言葉が傑作。

「そのパターン、日本人がよく使う手だね。

たとえば、

今度の自民党総裁選出だってそうじゃないか」

そう言われて万里さんはハッと気がつくのです。

そういえば、

どの総裁候補も汚れていたな、

新総裁は、前総裁の派閥の会長だったわけで、

まさに汚れたパンツの裏を返したようなものだ

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ここでネタにされた前総裁とは森喜朗のことであり、新総裁とは小泉純一郎のこと。

つまり、当時、国民的人気を集めていた小泉純一郎は森喜朗という汚れたパンツを裏返しにしたようなものだと、米原万里さんは鮮やかに読み切っているのです。

このエッセイが書かれたのは2001年のこと。

森喜朗

小泉純一郎

安倍晋三

福田赳夫

麻生太郎

他にパンツは無いのか?

と思えるほど、裏返したり、前後ろを逆にしたりして、1枚のパンツをはき回してきた自民党。そんな10年以上ものあいだ、シミのコビリついた汚れパンツを新柄のデザインだと勘違いし、放つ異臭にも気づかないほど日本人の感覚が麻痺しているワケだ。

『真夜中の太陽』を
米原万里さんは
ちゃんと洗濯するのは、
いつのことだろうか

と結んでいるのです。
.
大根おろしを発見したような日本人の知恵は
もはや日本の政治には反映されないみたい。

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2009年7月 2日 (木)

ブルーノート1100円シリーズ発売中

ファミレスのBGMはハワイアンをリピートして夏を演出しているが、外は雨でチョッピリ薄ら寒い朝だ。

さて、

「ブルーノート」は、数多あるレコード・レーベルの中でジャズファンにとって特別な存在として響いてくる。

そのブルーノートはレコードの時代から現在のCDの時代にいたるまで何回となく復刻再発されてきたが、今回は「ブルーノート創立70周年記念企画」として、ナッ!ナンと¥1,100で発売されている。

2009.06.23(火) 産經新聞)

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パンフレットをためつすがめつ眺めているが、その豪華なラインナップにため息が出る。


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現在ではジャズもフュージョンしてジャンル分けがアヤフヤになっているけれど、このジャケット写真を見れば、「これぞ、ジャズそのもの!!!」というような想い出のタイトルばかりだ。

どうやらこのCDは下記書籍と連動している企画らしい。


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ブルーノート・ジャズ
アルフレッド・ライオンと50人のジャズメン
小川隆夫
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平凡社新書

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小川隆夫さんの解説本参考に
ブルーノートの歴史/ジャズの歴史
を振り返るのもワルくないな。
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そんなことを思っている。

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