操上和美/タージ・マハール旅行団
この数日は春の訪れを感じさせ、花粉情報とともに黄砂情報も気になる季節になりました。
こんな陽気に誘われてカメラを持って外に出てみれば、
↓
a
↓
最近写真に興味をもちはじめて時々ギャラリーなどを覗いている。
各種の個展を何回か見歩いていくうち、単純なポートレートでもその構図などによって訴えかける力にだいぶ差があることがようやく解ってきた。「写真なんてシャッターを押せば良い」と思っていたが、そんな単純なものでもないようだ。
高名な写真家操上和美の第1回映画監督作品『ゼラチンシルバーLOVE』を恵比寿の東京都写真美術館で観てきた。

.
GELATIN SILVER、 LOVE
ゼラチンシルバーLOVE
.
操上和美第一回監督作品
.
24時間撮られる女
女から一時も目を離さない男
愛は、撮るほどに奪われる
川向こうの家の女を隠し撮りする男と、ただひたすらゆで卵を食べ続ける女の口が艶かしい。
「キミはどんな写真を撮ってるの?」
「自分でキレイだと思うものを撮ってるだけですよ」
何故女を撮影し続けるのか?女の正体は?の謎解きも、起承転結もない無機質なストーリー展開。写真家としての監督が表現したい写真の一枚一枚をつなぎあわせたのがこの映画なのかな。だから、どの瞬間を切り取っても一枚の写真として完結してるようだ。
新宿ディスクユニオンで買ったDVDがこれ。

.
タージ・マハール旅行団=「旅」について
TajMahal Travellers=on “Tour”
『タージ・マハール旅行団』というのは1970年代初めに結成されたフリー・ジャズのユニット。フリー・ジャズというより現代音楽といったほうが良いかもしれない。つまり楽譜に縛られることから解放され感情の赴くままに音を出そうという実験的試みに挑戦した音楽ユニット。
楽譜から解放されるということはミュージシャン自身のライフスタイルも変わっていくことではないか?
このDVDは彼らが1971年の夏、ストックホルムの音楽フェスティバル出演を皮切りに、ヨーロッパ各地でのコンサートを終え、その後中近東を経てタジ・マハールへ到着するまでのドキュメントである。
前半はフェスティバル出演やヨーロッパでの彼らの生活ぶりの断片が中心で、後半はアジア・ハイウエイをバンを駆って進みタジ・マハールに到着するまでを描いている。何しろ古い記録だから、音楽的なことよりは1970年代初めの風俗を捉えているといって良いだろう。
『タージ・マハール旅行団』というグループ名に特別深い意味もなく、たんなる思いつきのネーミングだったらしい。要は乗りの良さと成り行きで、ヨーロッパから次いでに陸路アジア・ハイウエイを東に向ったらどうなるか?という行程は、これもまた音楽表現のひとつのようなもの。
当時の彼らのヨーロッパでの活動ぶりはスイングジャーナル誌でもレポートされて、ヨーロッパを離れた彼らがいつタジ・マハールに辿り着くんだろうか?と私なんぞは注目していたのです。
こんな映画が残っていたことにビックリ。
彼らのタジ・マハール到着のコラムを読んで、インド←→ヨーロッパを陸路通行できることを確認した私は、シルクロード/アジア・ハイウエイ横断の旅への憧れを益々強くしたワケです。
けっきょく私がタジ・マハールを実際に目にしたのは1972年の12月でした。

↑
(撮影:えあじん 1972年)
.
1970年代
私も『タージ・マハール旅行団』の
一員だったようなものです。
a
a
| 固定リンク
|

コメント