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2009年2月27日 (金)

サンパウロに帰ってきた

けっきょくサルバドールには7日間滞在していた。

一日イタパリカ島クルージングに出かけた以外はとくに何をすることもなく、ホテルのあるバーハ海岸とセントロをブーラブラしていただけ。それでも、またブラジルへ来るときにはサルバドールへ1ヵ月くらい滞在しようか、などと思いながらサンパウロ行きの飛行機に乗り込む。

ブラジルの数カ所を回り、こうして再びサンパウロの街に立ってみると、サンパウロが他の街に際立って大都会であることを実感する。叔父のアパートでは「日本食が懐かしくなっただろう?」とソーメンを用意してくれていて貪り喰う。

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サンパウロの総人口1500万人でそのうち日系人は130万人といわれている。だから日本の食材はほとんど入手可能でもちろんソーメンだって大丈夫。

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豆腐だってTOFUだしもやしだってMOYASHIだ。

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わかめも緑茶も世界ブランドのAJINOMOTOはもちろんだ。

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醤油、ワサビ、カレー、天ぷら粉、しいたけ、割り箸、おしゃもじだって。

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お稲荷さんも大福餅もチクワだって何でもござれ。

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この米はチリかペルーだったかの輸入品らしい。

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また、日本から持ち込んだ野菜の種子の品種改良を重ね南米の大地に適応させ、ブラジル農業の発展に尽くした日系人の功績は広く知られている。

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だからサンパウロの市場を歩いていると、日系二世あるいは三世と思しき働いている人たちの顔も多く見られる。

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このようにサンパウロに住む限りにおいては日本食に困ることはない、そしてこれらの日本食はたんに日系人向けに限らずブラジル人にも浸透しているようだ。

連日街をほっつき歩いていたから、私の肌は真っ黒に陽焼けして街を歩く日系人と比べても、よりブラジル人らしい迫力になってきて、3週間の旅行ももうすぐエピローグ。

日本へ帰る前日に従弟の嫁ハン(イタリア系)の弟の結婚式に招待された。最初からわかっていたらそれなりの服装を準備してきたのに・・・と躊躇はしたけれど、ソコはソレ、生来の好奇心からペラペラのシャツにワークパンツにスニーカー履いて出かけてきましたヨッ。

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さらに、気さくな新郎新婦に引き回されて在ジャポネ代表として披露宴にまで出席。
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思いがけずも招待されたラテンのテンション高い結婚式の宴で、この人もこの人も親戚になるんだなぁと心地よいときを過ごしたひとときだった。

そして一夜明け帰国当日、今度はお別れバーベキューパーティが催され、ここにも日系人がいればラテン系もいるし、ヨーロッパ系もいて、この人たちも皆親戚親戚親戚。

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今回のブラジル旅行は、在伯50数年になる弟の生活ぶりを確認して来いという私の母の意向もあってのもの。このところ数年ごとに帰省できるほどに生活も安定したようだけど、実際の暮らしぶりはどうなんだろう?「ブラジルよりも日本で死にたい」という希望を持っているんじゃないだろうか?姉としてそんな思いもあったようだ。

肉の焼き方を指図したり飲み物を用意させたりする叔父の姿から、ファミリーの家長として充分に敬われ、良い晩年を過ごしていることが見て取れ、叔父がブラジルに来たことは最良の選択だったことを実感する。

我が母には最高の土産話ができた。

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帰国して撮った写真をアルバムに整理して母に送ったら毎日見ているらしい。

弟の50数年前の渡伯当時、日本も貧しく自分たちの生活が精一杯で充分な援助ができなかったことを、長姉として長いあいだ気にかけていたようだ。私も旅行中は充分に楽しんだし、90才になる母親にも少しは親孝行できたかな。

多くの国を旅してきたけれど、今回は叔父の住んでいるというだけで、これまでのトランジットだけの旅から、その国に少しは入り込んだ旅になったような気がする。

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2009年2月25日 (水)

サルバドールのオーム

ブラジルから帰って2ヵ月になるのに、このリボンが未だに解けない。

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サルバドールに“奇跡の教会”と呼ばれ信望を集めているボンフィン教会がある。なぜ“奇跡の教会”と呼ばれるか?というと、、、。18世紀、難破しかかったポルトガル船の船長が神に祈ったところ、嵐が治まり助かったことに感謝して建てられたという由来から、願い事を叶えてくれると信じられている。。

実際にどれほどの“奇跡”が起きたかは、礼拝堂の隣の小部屋に入ってみると解る。

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これらの写真は教会に対する感謝の気持ちを込めて送られてきた写真で、その他にも医者に見捨てられた難病が祈りによって治癒したとして、その身体の部位を送ってくることもあるそうだ。

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私の手首に巻かれたフィタと呼ばれる青いリボンがどのような意味を持つのか?

念じながらこのリボンを結ぶと必ず成就する!異教徒のオマエでもOKだッ!と言われ、神様のシンボルカラーを意味する10本ほどのリボンの束を買い、その内の1本を手首に結びつけたワケだ。

何10円かのお布施で心願成就するなら安いモノではないか。

このリボンは自分で解いてはならない

自然に解けるのを待つのだ

その時が願い事の叶う時なのだ!

現世利益大好きの私ですから、ブラジルの神様だろうが、インドの神様だろうが、こういうハナシには即乗ってしまうのだッ!

だから、

イワシのアタマでも、バーハ海岸の屋台のオヤジ広げているシバ神が描かれた布さえもついつい拝んでしまいます。

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ブラジルとオームなんて想像もしていなかったけれど、意外にもアッチコッチでオームマークが待ち構えていて、タマゲタぜ〜。

セントロの土産物屋店頭にブラ下がっていたタンクトップ。

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バーハ海岸で見かけたお嬢さん。

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セントロの家の中でゲームをする男の背中にも。

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クルージングのボート上で見かけた女性の巻きスカートにも。

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カフェのウエイトレスの胸にも。

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セントロの青年の胸にも。

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一夜、サイババのバジャン・セッションで遊んだヨガ道場の屋根にも。

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バジャン・ホールにはもちろんだ。

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さて、

ボンフィン教会では厳かなミサの最中で善男善女が神父の説教に熱心に耳を傾けています。言葉の解らない異教徒の私でもこのような教会のドームに共鳴する神父の声は心地よく聞こえるものです。

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目を瞑って聞いていると身体がフワリフワリと浮いていくようです。もしかすると言葉がわからないのが良いのかも知れない。

目を開けると、、、、、、。

オッ!
オームだ!!!
なんと
隣りにオームがいるじゃあ〜りませんか!

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こんなところにまで?
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とッ、ところが
ハナシはこれだけでは済まなかったのだ。

礼拝堂の隣りの信者の写真が壁一面に貼ってある小部屋に再び立ち寄ると

ギョッ!!!
ここにもオームがいやがるゼッ!!!

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サルバドールの由緒あるボンフィン教会にまでオームは追いかけてきやがった。

それも二連発でだ。

こんなこともあるんだなぁ。

そして
偶然が重なると
ときと場合によっては
こんなことも起こるのです。

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もちろん、このタトゥー女とTシャツ少女はついさっきまで何の関係もなかったのに、東洋から来たモノズキなオヤジに見つかってしまったお陰で、並んで写真に撮られるハメになったワケです。

Tシャツ少女の父親に呼び止められた。

どうやら父親もこのマークの意味が気になってたらしい。

コレ、オームいいます

ムカシムカシ、、、もっとムカシムカシ、、、さらにムカシムカシ

宇宙、、、何もなく、、、真っ暗闇だったデス

響いた、、、オームいう音

太陽が生まれて地球も生まれた

この世界のすべてはオームから始まった

だからオームは私たちと宇宙を繋ぐバイブレーション

インド、、、信じられている

そのオームを文字で表すとこのマークになるのです

私のメチャクチャ英語を神妙な顔をして聞いていた父親は、妻と娘にポルトガル語に訳して伝えている。

私の言おうとしたことは理解してくれたようだ。

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このように、サルバドールではとても高い確率でオーム・マークに出会ってしまった。だからといってサルバドールにはヒンズー思想に関心をもつ人が多いということでもなさそうだ。和柄のTシャツを好む人がいるように、たんに変わったデザインのシャツとして好んでいるのだろう。

私だってオームの成り立ちを信じているか?と訊かれればいささか心許ない。オーム・マークをただのアイコンとして、街で見かけるオームをオモシロがっているだけというのが本当のところだ。

特にオーム・マークを探そうとキョロキョロしているワケでもないのに、これだけ出会い頭にオームと鉢合わせしてしまうと、それこそ、宇宙に存在するナニモノかの意思が働いているのかな?と思いたくもなる。

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サルバドールのボンフィン教会で巻いたフィタがまだ解けない。
私の願いが叶うのはまだまだ先のことのようだ。

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2009年2月23日 (月)

カンドンブレの夜

サルバドールの一夜、バイーア州の料理とカンドンブレやカポエイラを合体させたショーを見に行ってきた。

このようなショーを上演する場所はサルバドール市内に何ヶ所もあるそうだが、私が行った会場は市内から車で北へ小一時間ほどのレストラン。シェハスコをメーンに日本式ののり巻きもあるビュッフェスタイルの料理の後、ステージのある2階に席を移してのショータイム。

  [カンドンブレ]
16〜19世紀にかけてのポルトガルの植民地だった時代に、アフリカから奴隷として連れてこられた黒人たちの間で生まれた宗教。キリスト教に改宗させられる中で、特に西アフリカの宗教の影響を受けて独自に発展してきた。オリシャと呼ばれる神の降臨を願って、打楽器と踊りによるカンドンブレの儀式が行われる。
  (『地球の歩き方』より)

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 [カポエイラ]
ダンスと格闘技をミックスしたようなバイーア地方独特の武道がカポエイラ。弓のような楽器ビリンバウの旋律に合わせ、太極拳のようにスローな動きと、目にも止らぬスピードの足技とのコンビネーションが繰り広げられる。
  (『地球の歩き方』より)

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最後は定番のお客を巻き込んでのサンバショーで大団円。

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バイーアの伝統文化を凝縮させた1時間は、観光客向けのショーなどと侮れない真剣度を感じさせるものでした。

とはいえ、

実際のカンドンブレはどうなんだろう?という興味もあって旅行社をあたってみると、、、。

サルバドールにはテへイロと呼ばれるカンドンブレの集会所が数多く存在し、本来異教徒立ち入り禁止のカンドンブレの儀式だが、見学者を受け入れるテへイロもあって案内することは可能だというハナシ。要は門外不出の儀式でも旅行社を通せば見学できるということだ。

というワケで、夜7時半、ホテルに迎えにきた旅行社差し回しのバンに乗り込んだのは、イタリア人カップル2組とアルゼンチン女性、日本人の私、それに現地ガイドの年配女性の5人。宗教儀式だから衣服は白が好ましいとあらかじめ注意を受けていたから、皆白系の上下だ。バンはセントロを抜けサルバドールはこんなに坂道が多かったのかと思えるほど、起伏の激しい暗い道をどんどん山の中に入り込んでいくから、いかにも“密教”という雰囲気が高まってくる。

谷間の小さな集落に着くとカンドンブレは既に始まっているようで、テへイロからパーカッションの音が聞こえてくる。30坪ていどのテへイロの正面はバンドスペースで4人のタイコ。生け贄の動物が血をしたたらせてぶら下がっていたり、オドロオドロしい装飾があるということもないごく普通の部屋で、女性の見学者は下手、男性は上手と分かれて座り、儀式の成り行きを見つめる。

スタート時は単調なパーカションのリズムに合わせて10人ていどの女性が反時計回りにノラリクラリ歩くだけで退屈だったが、1時間もすると男女50人くらいになり、リズムも複雑に激しくなってくる。自ずと踊りの動きも速くなってきた。そのうちにウツロな目をして踊りの輪から離れて勝手な踊りに入る者も現れてくるが、その振る舞いに暴力的な要素はなく、むしろ恍惚としている感じ。

300−400年前、アフリカから奴隷として連れてこられ、カトリックに改宗させられた彼らの祖先の血が、独特のリズムに接することで呼び覚まされるということなのだ。彼らがトランス状態に陥り陶然とした表情で何を見ているのかは解らない。遥かなるアフリカの大地に彷徨い祖先の霊と交信しているのかもしれないし、もしかすると神と対話しているのかしれない。何者かになり切っている人たちに危険がないように、“正気”を保っている数人がコントロールしている。

私は疑り深いから冷静に観察していたが、演技をしている気配もなく、目は完全にイッテる感じで明らかに集団憑衣現象だと見た。たぶんトランス状態の時間を過ごすことで、排泄浄化のカタルシス作用がはたらき癒され再生するということなのだろう。

 「オレも宇宙とコンタクトできるかな?」

目を瞑りリズムに身を任せていたが、ただただあらぬ想念だけが行ったり来たりして着地させられないうちに肩を叩かれた。「もう街に帰りましょう」の合図。時計を見れば2時間以上いたことになる。儀式は延々朝方まで続くらしいのでもう少し目を瞑っていたかったが、しょせん邪心にドップリ浸かった私には宇宙との合一などムリなハナシかもしれない。

ショーで観たカンドンブレのような派手な演出はなかったけれど、一般の人たちの生活に溶け込んだ素朴なカンドンブレに触れた夜だった。

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カンドンブレは宗教儀式で撮影禁止と言われていたのでカメラも持って行かなかったから画像はない。でもYouTubeにはチャ〜ンと動画がアップされているから、本日のひとりYouTubeはその動画を貼り付けましょう。

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ひとりYouTube

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2009年2月21日 (土)

サルバドール淑女録

ブラジルの治安の悪さは評判で「カメラと時計には気をつけろ」というのは定説。特にリオとサルバドールでは腕時計もカメラも身体からムシリとられるという評判だ。そんな悪評を気にしたブラジル政府は治安維持には本腰を入れてるようで、観光地の要所要所には監視カメラが設置されていたり警官が巡回している。

ワールド・カップ南ア大会の次はリオだし、オリンピックも東京やシカゴなどとともに立候補しているくらいだから悪評は致命的だ。

私もサンパウロの叔父にも散々注意されていたから最初のうちは警戒していたけれど、旅も数日過ぎると「その時はその時だッ!」とばかりに肚を据えた。万が一のときのために“強盗用”チップの100ドルていどを胸ポケットに入れ街をほっつき歩いた。けっきょく旅の間中で紛失したものといえば、どこかに忘れたボールペンぐらいなもの。時計もカメラも胸の100ドルも無事であった。

このように私の場合は無事に済んだけれど、リオだろうが東京だろうがニューヨークだろうが、被害に遭うひとは被害に遭うから、たぶん強盗に目をつけられてしまったら逃れる術はないのかな。だから、旅人としてはあまり他を刺激しない節度を求められるのかもしれません。

いずれにしても、旅先であまり警戒心にコリ固まったのでは楽しめるものも楽しめないし、かといって無防備なのも災いを引き寄せることになりそうで、そのあたりの兼ね合いは微妙です。

というワケで、

無事だったカメラを開いて、『BOM ! ボン!!!』といいながらアッチコッチで撮った写真を整理しながら旅を振り返っているワケです。

前回は『サルバドール紳士録』をアップしたから、今回は『サルバドール淑女録』として女性軍の写真をアップいたしましょう。

サルバドールのバーハ海岸で瞑想に耽る女性。
ビーチを散歩して小一時間後に通りかかったときも
完全な結跏趺坐の姿勢は解けることなかった。


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バーハ海岸傍の遊歩道で飲み物を売っているママ。

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バーハ海岸の少女。

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バーハ海岸で遊んでいた家族。

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バーハ海岸でくつろぐ二人連れ。

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セントロ(旧市街)のセー広場の路上美容院。

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同じくセントロの路上美容院(ペロウリーニョ広場)

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同じくセントロの路上美容院。

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同じく路上美容院。

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バイーアの民族衣装に身を包んだ女性。

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これは以前動画を紹介した
サルバドールの“モーニング娘”。

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これはセントロのペロウリーニョ広場を流していた
サルバドールの“キャンディーズ”

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同じくペロウリーニョ広場
スコールに傘をさす少女2人連れ。

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セントロのバジリカ大寺院前で母親のカメラにポーズをとる少女。
どうも、ラテンの女性というのは
このくらいの年代までがいちばん美しいようだ。


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イタパリカ島クルージングで一緒だった母娘。
ママが踊りに熱中しているあいだ、
娘のイザドラのことは他の客が面倒をみている。


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セントロやビーチで新年休暇を楽しむ人々もいれば
こうして
公衆便所の建物の裏で眠る少女がいるのも現実だ。

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2009年2月19日 (木)

サルバドール紳士録

ブラジルはおりから新年休暇に入り、サルバドールにも国内観光客がドンドン押しかけていた。サンパウロ→リオ経由→サルバドールのこんな客船が接岸された朝は、名物エレベーターも長蛇の列になってしまう。

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本日は、これまでの『ビューティ・シリーズ』から一転、サルバドールで見かけたグアンバルオヤジ方の写真をアップいたしましょう。

これはバーハビーチで見かけた瞑想するひと。

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セー広場前の幸せそうな父子。

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セー広場前で警備にあたっているオマワリさん。

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セー広場前で客待ち中のタクシー運転手。
FUJI TAXIという名前からも想像できるように社長は日本人だといいます。

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サンペドロ教会でミサ中の神父さん。

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ジェズス広場で樟脳を売る青年。

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多分画家だと思うけれど
出会うと互いに『BOM!』と挨拶を交わしたひと。

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自作Tシャツを売る人

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移動コーヒー屋さん。
コーヒーを入れた魔法瓶を何本も台車に積んで歩いている。
最初から砂糖を入れて甘くしてあって
小さなプラスチック使い捨てカップ一杯で15円くらい。

スタバなど足下にも及ばないほど美味。

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最初大きな人形だと思ったら動いたのでビックリ。
マイケル・ジャクソンのマネをしてチップを稼ぐ男。

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ワケもわからず愛想の良い青年。
やはり『BOM!』だぜ。

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ペロウリーニョ広場の男。
なかなかアジのある顔です。

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バーハ海岸の酔っぱらい男たち。
彼らはこんなふうに朝から晩まで飲んで騒いでいた。

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イタパリ島クルージングでバンドのサンバに会わせて
踊りっ放しだったお父さん。
下船のときはバンドに大枚200レアルのチップをはずみ皆の喝采を受けていた。
この嬉しそうな笑顔を見よ!

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この人はイタパリ島クルージングのボート内バーのマスター。

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柳美里さま『命』のポルトガル語訳がついに出たか!!!

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思いきや。
マスターの持っている『命』表紙ブックは
乗船客のオーダーしたものをメモするノートブック。
私の飲んだ分も「JAPONES」という見出しでちゃんとつけてあったゼ。
考えてみれば(考えなくとも)マスターにとっては
このノートブックはメシのタネ。
正にホントの『命だぜ〜い!

それでは、

本日のひとりYouTubeはイタパリ島クルージングでのボート内の様子を見ていただきましょう。

ひとりYouTube


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これらの画像からサルバドールの雰囲気を
つかんでくれたかな。
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ラテンの人って
遊ぶときは徹底的に遊びますね。

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2009年2月17日 (火)

サルバドールのモーニング娘はトツゼン踊りだす

バイーアという言葉の響きに憧れて続けてきた。

バイーア州の州都サルバドール。敬愛を込めて、バイーアとも呼ばれるこの町は、1549年、ポルトガルによって総督府がおかれて以来、1763年のリオ・デ・ジャネイロ遷都まで200年あまり、ブラジル最初の首都として栄えた。
  (『地球の歩き方』より)

1570年代、サトウキビ農園の労働力確保のために奴隷として連れてこられたアフリカ系の子孫が人口の80%を占めるというブラジルの東海岸の古都サルバドール。アフリカの黒人文化が今でも息づいている街として憧れていたサルバドールに、バイーアについにやってきたぜッ。

まずはサルバドールのシンボルともいえるこのエレベーター。下町(海際)から上町(丘の上)への重要な交通手段でもある。料金はたしか1回5円にも満たなかったように記憶する。だから地元の人は日常生活の足に、観光客には旅情を誘う乗り物として利用される。隣にケーブルカーもあるけれどこっちのエレベーターの方が人気がある。

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上町のエレベーター乗り場前の広場から見下ろせばサルバドール港。正面の建物は旧税関で現在は土産物店やレストランになっている。

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上町の十字架はただのモニュメントなのか重要な主張を含んでいるものなのかは不明。

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同じくエレベーター乗り場前広場のバイーア女性の民族衣装を着た巨大人形。

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世界文化遺産登録ペロウリーニョ広場。

石畳のこの一帯は土産物屋が多い。

旧市街を魚眼で臨む。

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皆フレンドリーだから一軒一軒冷やかして歩くのが楽しい。

それでは
しばらくバイーア・アートをご覧下さい。

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超ハデなデザインはバイーアの空の下にはとてもマッチしているけれど、日本の6畳間に飾るにはチョッとキビシいかな。

タイコの音に導かれて路地に迷い込めば、子供たちが練習中。
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年長者の指導が厳しい。

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そして、大通りに戻れば
ここでは少女の指導のもとにタイコの練習中。
上半身裸の酔っぱらいがチョッカイだしたいけれど
子供たちは誰も相手にしない。

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島巡りのクルージングに繰り出せば
バンドの連中が乗り込んできてサンバ大会。

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島に上陸したら上陸したでカポエイラで攻めてくる。

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ブラジル有数の観光地だけれど
観光地特有の客引きもないし
強引な売り込みもない。
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商売になろうがなるまいがお構いなしで
皆〜んなその瞬間を楽しんでる。
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と、いうワケで、
本日のバイーア・ビューティは動画を見てみましょうか。

土産物屋でTシャツを物色していたら、売り子が突如モーニング娘に変身して踊りだしたんですネ〜。もちろん土産物屋の販促なんだろうが、娘さんたちがじつに楽しそうに踊っているんで、見ているこっちも幸せな気分になってきました。

もともとキライじゃないんですヨ〜。

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バイーアはこんなふうに街全体が沸騰しているのです。

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モーニング娘の踊りに
「ナニゴトッ?」と
お客がドンドン入り始めてきたので
私は買い物もしないでそのまんまズラかってきたのヨ。
チャンチャン!

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2009年2月15日 (日)

マナウスのオーム

『マナウスの水が悪いから、

 ここの金持ちは洗濯物をリスボンに送る』

これは映画『フィッツカラルド/ドイツ/1982年』での1シーン。アマゾンのゴムで巨大な財を築きあげた男のセリフです。

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19世紀末、空前のゴム景気の起こったアマゾンのヨーロッパ移民は、ヨーロッパと同じ文化を持ち込み、その象徴とされるのがパリのオペラ座を模したアマゾナス劇場。調度品のすべてがヨーロッパから輸入された豪奢な劇場では、夜な夜な着飾った名士によるダンスパーティが催され、ヨーロッパから招いた歌手によるオペラも上演されたといわれます。

しかし、1915年にゴムの苗木をマゾンから持ち出したイギリス人が苗木を東南アジアに移植したことで、1920年ごろから東南アジアでもゴム生産が始まり、地理的条件などからアマゾンのゴムは一挙に競争力を失い衰退していくことになります(『地球の歩き方』)。

いま、目の前にはかつてのゴム景気の栄華を偲ばせるアマゾナス劇場がヒッソリとたたずんでいる。

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混沌としたマナウスの旧市街の中で、この一角だけは異次元の世界を保っていました。

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いまでも地元住民のためのコンサートなどは開催されるそうで、アマゾン在住日系人が一堂に会した大演芸大会で盛り上がることもあるそうだ。かつての特権階級のためのオペラ劇場から一般人のための劇場になった話を聞くと嬉しくなる。

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私がこのアマゾナス劇場にたどり着いたのは2008年12月31日。

ちょうど新年休暇に入ったということで内部を見学できなかったのは残念。

内部見学をあきらめてアマゾナス劇場からエドゥアルド リベイロ通りをセントロに歩いて行くと、街は今年最後の買い物を楽しむ人々で賑わっている。

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大型ショッピングセンターには薄型テレビもパソコンもiPodもあって、アマゾンの街でもブラジル経済の好調さを実感する。

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予約してあったホテルはアマゾナス劇場のすぐ近くのタジ・マハール・ホテル(直前に事件の起こったボンベイのタジ・マハール・ホテルとは無関係)に戻る途中、もういちど劇場に寄ってみたら中ではリハーサル中。守衛に「オレ、ジャパ二!中を見せてくれんか?」と頼んでみたけれどやっぱりダメ。

「マッ!しかたないか」と諦めてホテルに戻り部屋でウトウトしていたらバンドの音で目が覚めた。窓を開けて確認すると音源は近くにあるようだ。こういう音を聴くと寝ているワケにいかないから貴重品はセーフティ・ボックスに入れて、小銭とカメラを持って外に出てみれば、、、、。

オー!やってるヤッテル!
大晦日大サンバ大会ダッ!!!
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飲みたいヤツは飲み
踊りたいヤツは踊り
歌いたいヤツは歌い
騒ぎたいヤツは騒げ
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バンド連中はいつしか店外に出てのパフォーマンス。

見下ろすのはアマゾナス劇場のドーム。

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いつ果てるかわからないドンチャン騒ぎを背にアマゾナス劇場に回ってみれば、かつて栄耀栄華を誇った豪奢な劇場はライトアップされて浮かんでいた、マナウスの大晦日の深夜だった。

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明け方4時ころトイレに起きたら
まだドガチャカやっている音が聞こえたから
ヤツらオールナイトで騒ぐつもりだったんだろう。
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ブラジルで時折見るCNNは
朝から「ガザ地区」の戦争ばかり。
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気の滅入るような紛争ばかり見せられると
戦争とは無縁で
大晦日の買い物を楽しみ
こうしてドンチャン騒ぎができることは
幸せじゃないか
そんなふうに思う。
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戦争がそんなに好きなのかッ?!
平和だったら
すべてが

BOM!  ボン!
だゼッ!

というワケで、

本日は『マナウスのオーム』と『マナウス・ビューティ』を、アマゾナス劇場前のこの1枚の写真で解決させましょう。

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2009年2月13日 (金)

ホテルはリバーサイド、アマゾン・リバーサイド

マナウスを基点にしたアマゾン観光には専門のホテルに宿泊して、そのホテルのプログラムに任せてしまうのがいちばん効率が良くて安心だ。一旅行者がハイキング気分でジャングルに入り込むにはアマゾンを甘く見ているような気がする。

私が利用したのは辻さんという日本人が経営するAmazon Riversaide Hotel Mainan

宿泊客の日程によってツアーをそれぞれ組んでくれる。私の場合は、マナウス空港出迎え→マナウス市内観光→マナウス宿泊→アマゾン探検→リバーサイド・ホテル宿泊→マナウス空港送りの全3泊4日のプログラム。サンパウロの叔父が手配しておいてくれたものだ。

マナウスの船着き場で迎えのボートに乗り、ホテルに向ったときからすでにプログラムは始まっていて、黒いネグロス川と白いソリモインス川の合流地点で2つの川の水温を比べてみたり。

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途中立ち寄った村では、増水時の痕跡を大人の背丈よりも高く残す木々に自然の凶暴さを見せつけられたり、

まさにアマゾン体験エコツアーの始まりハジマリ〜だ。

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リバーサイド・ホテルはマナウスの船着き場からスピードボートで約1時間。当然ながら正面にはアマゾンの滔々たる流れ、背面は原生林が覆い被さっているというロケーション。

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けっきょく、このホテルを基点に2泊3日を過ごすことになるのだけれど、アマゾンを知り尽くした日系人のガイドつきツアーはじつにキメ細かく進行し、アマゾンの大自然に触れることになるのです。

ピラニア釣り
(餌はナマの牛肉で素人でも簡単に釣れる。夕食は釣ったピラニアの刺身)

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夜のワニ捕獲作戦
(夜、ボートでワニの生息地まで行き、素手で見事にキャッチ。
モチロン、ワニはアマゾンに放す)


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ワニ生息地までたどり着くまでのボート内。
水辺にはホタルの光が点滅し
ガイドが懐中電灯で照らした上空に光る4ツの点はツガイのフクロウ。
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ゴム採取の見学

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かつて、アマゾンを潤したゴム採取を再現してくれる。
(実演中のお父さんは『地球の歩き方』にも載っているシビリーノさん。
現在、この採取方法は彼しかできないといいます。

頭に被っているのは灯り取りのカンテラ。
ゴム採取は夜の作業だったとのこと)

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このようにして採取したゴムの源液は

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薫製状にして固めた

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ジャーン!!!
『地球の歩き方』にも載っていない貴重なネタはコレ!!!

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この妖しぃ雰囲気の女性はシビリーノさんの奥方。
シビリーノさんがゴム採取を再現している間
キッチンに陣取って観光客にビールをすすめたりして仕切っている。
(ちなみにシビリーノさんは、この3人目の若い奥方にアタマがあがらないという情報入手)

他人様の夫婦関係詮索してもしかたないからハナシをエコツアーに戻すと。

サンライズ・ツアー/サンセット・ツアー

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ポイントまで行く間アッチコッチでピンクのイルカも跳ねている。
(アマゾンのピンクイルカは鴨川のイルカと違って愛想がないから一瞬で消えてしまう)

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裏山にトレッキングに出かければ
木の割れ目に棲息するタランチェラが這い出し

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目を上に向ければナマケモノまで挨拶に顔を見せる

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ナマケモノの移動するところを写真に撮りたいと待ち構えていたけれどピクリとも動かない。
オマエはいったい何を考えているんだ?!

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心地よさを感じたスコールもあがり、、、、行く手には
OH!オー!
アマゾンに架かる虹だ!


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アマゾンの一羽の蝶の羽ばたきが

そのタイミングによっては

地球の裏側に大洪水をもたらすこともある。

「キッカケは小さなことでも重大な結果を生むと」いう比喩に使われる、『バタフライ現象』という言葉そのままに、耳にするようになったのが地球温暖化の原因をアマゾンの乱開発に結びつけようとする動きだ。つまり熱帯雨林の伐採が結果として地球全体を温暖化させ異常気象を世界にもたらすというワケだ。

私がアマゾンにいたのはわずか数日で、その間に目にしたものは、太古の昔そのままと思わせる圧倒的ジャングルと、その中を縫うどこまでも続くアマゾン河の流れ。喧伝される、「アマゾンが危機に陥っている」という切羽詰まったような印象は受けなかったけれど、広大なアマゾンのどこかでは「一羽の蝶の羽ばたき」を超えて「カラスの大群が一斉に羽ばたいている」ことになっているのかも知れない。

そういえば、工場誘致で発展拡大するマナウスの街は、住民増加のためにかなりの住宅地が造成されていたことを思い出した。

アメションならぬアマションていどの経験で地球規模のハナシをするにはおこがましいから、さっさと「アマゾン・ビューティ」へと移りましょう。

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本日のアマゾン・ビューティは、ピラニア釣りの途中に立ち寄った村でのナマケモノを抱いた少女です。さりげなく手にもっているボールは写真撮影のチップを入れるもの。観光客ズレした押し付けがましさもなく、恥ずかしそうなその笑顔はじつに好感のもてる少女でした。

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2009年2月11日 (水)

マナウスの市場にて

大晦日のリオ・デ・ジャネイロ大花火大会は有名で、この日のために海の見えるホテルの部屋は1年前から予約で満室になっているといわれます。ビーチは宵ッぴてバンド演奏するステージのヤグラがむき出し。すでにサウンドチェックの始まっているステージもあって、新年休暇に入った観光客も続々集結中で砂浜は人で埋まりそうです。きっとこのまま砂浜に居座って新年を迎えようということなのでしょう。

12月31日朝、リオからアマゾンの大都市マナウスへと飛ぶ。

リオ→マナウスは首都ブラジリア経由で6時間。上空から見るブラジルの大地はまさに荒野。そんな荒野に密集する人家が突然見えたと思ったら高層ビル群も現れてここがブラジリア。どのくらいにクラスの人々の家なのか?住宅街の家々の庭にはそれぞれプールがあって、赤茶けた屋根と真っ青なプールのコントラストが美しい。

以前「ブラジル国内周遊券は1フライト2万円くらい」と書いたが、リオ→マナウスと飛べば2万円で済むが、リオ→ブラジリア(途中降機)→マナウスと飛んだ場合は2万円+2万円=4万円という計算になる。ブラジリアにも興味があったけけど、ここは節約の精神でパスしてマナウスへと直行する。

19世紀のゴム景気で栄えたマナウスは、ゴム終えた後は『自由貿易港』として企業誘致に力を入れ、現在では人口150万人を有するブラジル最大の産業地帯。同時にアマゾン観光の中心地としても知られています。

アマゾン河流域はブラジル、ペルー、ボリビア、エクアドル、コロンビア、ベネズエラにまたがり、その面積は650万㎢と、日本の面積の18倍にあたる。アマゾン河としての長さは6516kmで、アフリカのナイル川の6650kmにわずかに及ばないものの世界2位。しかしながら1000kmを超える支流だけでも20本に及び、流域面積では堂々の世界一だ。
   (『地球の歩き方』より)

ひとくちにアマゾン河といっても、コロンビアに水源を持つネグロ川とペルーを源流にもつソリモイン川の合流するマナウス一帯からアマゾン河と呼ぶらしい。あとでこの2河が合流する境目をボートで漂うことになるのだが、飛行機から見下ろすと色の黒っぽい流れがその名の通りネグロ川で、白っぽい流れがソリモイン川ということになります。

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マナウス空港に到着後、日本人移住者が館長を勤める『アマゾン自然博物館』に直行。日本列島:南米大陸、その国土に比例するスケールのコレクションに圧倒される。

そして、次に訪れた市場でも、チマチマした日本の型に慣らされた脳みそには、目に入るすべてのものが『オーパ!』なのだ。

その街のことを味わうには市場を歩くのが一番だと信じるから、しばらく市場内を歩いてみようか。

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世界のどこでも市場は女たちの天下で、女性が仕切っているところが多いけれど、ここマナウスの市場は男世界のようだ。陽気なラテンの男たちは「写真撮って良いか?」とカメラを向ければイヤな顔を見せることなくポーズをとる。もちろんデジカメだからシャッター押したあとディスプレィを見せればニッコリ笑いながら親指立てて「ボン!」だ。

そんな友好的雰囲気の中
名著『オーパ!/開高健』に張り合って
私もオーパ!な写真をゲット。

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さて、
本日のアマゾン・ビューティは青果物売り場で働いているママのこの1枚。

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肉の値上げをした政府は倒れる
ブラジルにはこんなジンクスがあるそうだ。
たしかに
食を満足させることがオカミの最低限の仕事なんだろうな。

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2009年2月 9日 (月)

コパカバーナのオーム

今回のブラジル旅行のお土産に日本から用意した物は、取引先からもらった大型カレンダー10部とユニクロのマンガキャラクターTシャツ20枚。ラテンのひとにとってはこういったオリエンタルグッズは珍しいらしく結構喜ばれたワケです。

ブラジルでは和物デザインが流行っているようで、あっちこっちで漢字をあしらったTシャツを見かけることがありました。

例えばこんなヤツ。


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こんなものも。


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こんなものもありました。『サッカー馬鹿』の文字を指差して、「コレはどういう意味か?」と訊かれて「マニアック・フットボール・ファン」と答えたけれど、理解してくれたかどうか解らない。

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Tシャツの和柄とともにタトゥーにも和柄が進出していて、これは龍のタトゥー。和柄というより中国柄だったかな。


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これも文字の意味を訊かれたけれど『泰野蛮嫌』では解析不能。


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この青年、立ち小便しているワケでもなく、私が『理姉』のタトゥーに興味を持ったことを察して文字の意味を訊いてきたもの。『理姉』を説明しろといわれても、、、こちらも解析不能だ。


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かつては『入れ墨』だとか『彫り物』だとかいわれて、特殊なナリワイに従事する人の専売特許だった『タトゥー』も、現代ではカタギの皆さんがオシャレの一種として気楽にいれるようになりました。「親に貰った大切な身体に傷をつけて!」という感覚はもはや過去の遺物になってしまったのでしょう。

この娘さんの首筋も篆刻状のワンポイント・タトゥーだけど、じつはこの娘さんの父親というのが日本の超有名大学医学部に留学経験のあるお医者さん。娘さんのタトゥーに気がついた私が、写真を撮らせてといったらこのお医者さん、わざわざ娘の髪をかきあげさせて写真を撮りやすいようにしてくれたのです。


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このように素人さんでも気楽にタトゥーを楽しんでいるみたい。『幸福』だったら意味を訊かれても簡単に答えられます。


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この写真のターゲットはホントは『幸福』ママではなく、向こうで健康そうな笑い顔見せているお嬢さんだったのです。なにしろ、これ以上小さくならないと思われるTバック水着だったんですね。もちろんそちらのほうも抜け目なくゲットしてこのパソコンの奥の方に収まっていますよ。

『幸福』も解りやすいけれど、この『家族』という文字も解りやすい言葉です。


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ちなみに『ア』は父の名前の頭文字で『セ』は母の名前の頭文字だと屈託なく説明してくれた青年にも、入れ墨という暗いイメージはまるでなく、正にタトゥーとしかいいようのないものでした。

こんなふうにコパカバーナのTシャツやタトゥーの画像を提示しながら、徐々に本日のテーマであるオームへ誘導していこうというのが私のいつもの作戦なのですが・・・。

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コパカバーナ海岸沿いの出店を冷やかしながら歩いていると、出た〜!ハレ・クリシュナ!しかし、この布にオームマークは描かれていないのです。

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「残念だったなぁ、、、オームが描かれていれば『街のオーム』のネタになったのに、、、」そんなことを思いながらさらに歩くと一人の男と目が合った。彼は路上彫物師だったのだ!。彼の仕事机にあるのはデザインのサンプル帳。観光客で賑わうコパカバーナの海岸沿い遊歩道で、記念にタトゥーをしようというカモを待っていたのだ。

そこで、私はハタ!とひらめくワケですよ。

「そうか、これまでに見た各種のタトゥーのネタはこんなサンプル帳の中にあったのだッ」と。そして男の財産であるサンプル帳を1枚1枚丹念にチェックしていくと・・・「有ったー!!!」。

コルコバードの路上彫物師のサンプル帳に
聖なるオームを発見したのだ。


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ハウ マッチと訊けば15レアルという答え。
15レアル、、、750円か
男は袋の中から道具を取り出して作業の態勢に入ったから
写真だけ撮って素早く逃げてきた。
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ヤバイヤバイ
それでなくても変なオジさんなのに
ブラジルで肩口にミョーなタトゥーなんかして帰ったら
それこそ
アブナいオヤジになってしまうデ〜。
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というワケで、

本日のリオ・ビューティは、コルコバードの丘、キリストさんの足下で記念撮影をする3人娘です。

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2009年2月 7日 (土)

コパカバーナのペット自慢

リオ・デ・ジャネイロの売りものは何といってもコルコバードの丘のキリストさんと、どこまでも長く長く続く海岸線。観光客誘致に熱心な市当局は犯罪防止と海岸の整備には熱心で要所要所にオマワリさんが目を光らせているし、観光客の引いた深夜から明け方にかけては丹念な清掃も行われている。

宵っ張りの観光客がまだ寝ている朝方、ビーチを散歩していて見かけるのは、地元住民と思しき人たちのペットを連れた散歩。どうやら衛生の面からペットの砂浜への立ち入りは禁止になっているらしい。

「スミマシェ〜ン、、、

アナタのペットの写真撮らせて下さ〜い」

こう声をかけられて「イヤダッ!!!」という人はいません。

皆、ニッコリ微笑んでポーズをとるのは世界共通です。

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ひとは自分と同じ顔のペットを選ぶ
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世界共通の真理を
ここコパカバーナでも確認しました。

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本日のコパカバーナ・ビューティはこのお方。

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あまり、ワンちゃんだけを追いかけているもんだからヤキモチ妬いたか?
こんなクロネコまで出てきたのだ。
そういえばブラジルでは猫を見かけなかったと気がついた
コパカバーナの朝でした。

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2009年2月 5日 (木)

「イパネマの娘」は「ガロット・デ・イパネマ」だ

ブラジル→『♪黒いオルフェ』→ボサノバ→『♪イパネマの娘』

私の中ではブラジルという地名から、こんなふうに矢印がつながっていくのです。そういえばバニー・マニロウの『♪コパカバーナ』という歌もありました。

というワケで、私はいまそのコパカバーナのビーチにおります。

目の前には「コパカバーナ・パレス』というVIP御用達のホテルがあります。もちろん私はこんな豪華ホテルに泊まっているワケではありませんで、このホテルの裏側の★2つは下がる大衆ホテルに宿をとっております。

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5ツ★ホテルに泊まっていようが2ツ★ホテルに泊まっていようがコパカバーナビーチは皆のもの。海岸端をプ〜ラプ〜ラ散歩すれば、さすがサッカーの国。カナリア軍団のユニフォーム着たこんな男や、

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オヤ?!ロナウジーニョさんまで、日頃から鍛えた芸で通りすがりの人々の足を止めてチップを稼いでおります。

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ビーチに目をやればバレーボールに興じるグループや、

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サッカーに興じるグループ。

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こちらは1対1でゴールを競う子供たち。

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さすがサッカー王国だけに真剣度が違います。日本の子供たちが“塾の合間の気分転換”におこなうタマ蹴りなどという甘っちょろさは微塵もありません。この世代からすでにボールという“世界”を奪い合う競争が始まっています。

そして、目を転じれば、、、、。バレーボールのように見えるけれど、じつはこれ、手を使わないバレーボール、つまりサッカールールのバレーボールなのです。ワン・ツー・スリーでボールを敵陣にちゃんと返せるからたいしたもの。このグループはファミリー対抗戦のようで、親と子、姑と嫁、家族が敵味方に分かれて、ことサッカーについては容赦しないゾッ!という雰囲気が伝わってきます

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こちらは2人対2人の対抗戦。双方意地の張り合いで、なかなか鋭い目は海辺のゲームの域を超えているようです。

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熱戦の末決着がつき、負けを受け入れたくない敵方を慰めるタトゥー男。たかがビーチバレーといえども、このようにオトコとしてのプライドがかかっているのです。

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最後には納得して、敵味方双方が身体についた砂を落とすべく水辺に全速力で走っていくあたり、正に“これが青春だ!”のシーンでした。

コルコバードのボールを巡るこんなドラマを眺めたり、出店を冷やかしたりしながら自転車でイパネマの海岸へ。コパカバーナもイパネマも、海岸沿いはリオで財をなした人々の住宅や別荘になっていて、その中でもとくにイパネマはコルコバードほど俗化されていなくて良い雰囲気。

さて、

世界中でこれまでに最も多くカヴァーされた曲はザ・ビートルズの『♪イエスタディ』とアントニオ・カルロス・ジョビンの『♪イパネマの娘』だといわれます。たしかにこの2曲のバージョンは数限りなく聴いたことがあります。『♪イエスタディ』の成立については知らないが、『♪イパネマの娘』は作曲者のアントニオ・カルロス・ジョビンが、イパネマのカフェに座りながら外を歩く女性を見ていたときに浮かんだメロディだというのは有名な伝説。

私がイパネマに来たのは、もちろん『♪イパネマの娘』の磁力に引きつけられたもの。

そのアントニオ・カルロス・ジョビンがこよなく愛したカフェが現在でも残っているときけば、音楽ファン・ボサノバファンとしては絶対にチェックしなければならないポイントです。

道を訊くに『Girl From Ipanema?』と言っても通じず、改めて『Tom Jobin?』と訊き直せば、、、。男の指差した方向に「GAROTA de Ipanema」の文字。

  オー!アレがそうか!見つけたで〜!!!

壁にはアントニオ・カルロス・ジョビン自筆になるという『♪イパネマの娘』の楽譜。

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トム・ジョビンの写真や楽譜が壁一面に貼られたL字型客席は100人ほどのキャパシティか?地元以外からの観光客と思しきお客で7割方の入り。

窓際の席に座りイパネマの通りを眺めながら、「やっと此処まで来れたなぁ」という思い。日本→ブラジルの距離的なことではなく、私自身のこれまでの過ぎ去った年月への感慨でもあったように思える。

もはや、、、旅にはひと区切りがついたかな。

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本日のイパネマ・ビューティはこのお嬢さんがた。

カフェ「GAROTA de Ipanema」に隣接した土産物店で、トム・ジョビンの自筆楽譜をあしらったTシャツを買ったときのワンショットです。

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2009年2月 3日 (火)

リオ・デ・ジャネイロ到着

アルゼンチン側イグアスの滝で、ブラジル/コロンビア/ジャポネのオームセッションを思いがけずもこなし、偶然もここまでくると必然ではなかったのか?などと面白がりながら、フォート・イグアスから飛行機で再びサンパウロへ。

今度はサンパウロからリオ・デ・ジャネイロへ行こうというワケだ。

参考までに、私の今回の旅はブラジル国内の飛行機の移動は、国外旅行者のための「ブラジル国内周遊チケット」をあらかじめ購入日程予約して、そのe-Ticketでの移動ということになります。これだと1フライト約2万円くらいだったと思います。

ブラジル国内の主な移動は飛行機だったけれど、サンパウロ→リオ・デ・ジャネイロで使ったのはバス。広大な大地を“点→点”の移動でなく“面”としてとらえたいというムカシのバックパッカーの気負いも少しはあったのだ。

RIO」の行き先表示が嬉しい。
(サンパウロのバス停)

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叔父が確保しておいてくれたのは2階だてバスの上階最前列で、隣りは幸せそうな家族が記念撮影。

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ブラジルは日本の23倍という国土。これだけ広い割には鉄道が発達していなくて、主な交通機関は飛行機かバスになる。飛行機は便数が少ないということと、庶民にとってまだまだ高額運賃のようで、バスでの移動が一般的だ。道路網は実に整備されていて24時間36時間の移動もそれほど珍しいことでもなさそうだ。ブラジルにクルマ・石油を売りたいアメリカが鉄道の発達を妨げたというのが叔父の意見だったけれど真実は解らない。

サンパウロからリオのバス移動は約6時間。完璧に整備された道路は渋滞もなく快適だ。サンパウロ→リオの主要産業道路だからとくに旅情をかきたてる景色もないけれど、リオに近づくにつれグングン山を下り始め、憧れたリオの街が海沿いにあることを改めて気づかせる。

「富裕層は高台へ高台へと移り住み、貧困層は海際へ海際へと押しこめられる国」があれば、「富裕層は海岸線に移り住み、貧困層は山の上の崖っぷちまで追い詰められる国」がある。リオはどうやら後者になりそうだ。前方に見え隠れする丘の上のバラックの群れ群れに「あれがファベーラか?」と『黒いオルフェ』のメロディなんぞを口ずさんでみる。

何はともあれ、バス停からコパカヴァーナの海岸に直行すればこんなノンビリとした風景。

影の長さから夕暮れであることを物語っています。

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こんな遊びはリオも湘南も同じ。
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夜になって、カメラ持った観光客顔でリオの街をウロつくのもヤバい気がして早めにホテルにチェックイン。なにしろ危険都市のワースト何番目かに入るのがリオという評判なのだ。

というワケで、、、カラスがカーと啼いて夜が明けたリオの朝。

コルコバードの丘に登り、有名なキリストさんにお目通り願おうかと思ったけれど生憎の曇り空でキリストさんが見えない。そこで、天気が回復するまでリオの街を観光してしまおうという腹づもり。

まず最初はリオの観光名所通称「砂糖パン」という奇岩へとロープウエイで登り、コパカバーナ海岸を初めとするリオの長〜い海岸線を見下ろす。

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コルコバードの丘にはまだ雲がかかっていてキリストさんは見えない。

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コルコバードの丘の様子を気にしながら次に行ったのが11万5000人収容のマラカナン・スタジアム。最近マドンナのコンサートが行われ、芝がダメになり張り替え中だといいます。

『地球の歩き方』によれば1950年の第14回ワールドカップのために作られたスタジアムで、かつては収容20万人を誇った世界一のスタジアムだったそうで、その後全椅子席に改装したために現在は11万5000人収容になったそうだ。それでも世界有数のスタジアムには変わり」ありません。1950年に20万人収容のスタジアムが作れるんだから、ブラジルのサッカー人気がいかほどか知れようというものです。

そういえば、ワールドカップ南アフリカの次はブラジルだから、たぶんこのスタジアムで開会式が行われるのでしょう。

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これはカテドラル・メトロポリターナ。この教会ですら収容2万人というのですから、ブラジル人の感性というのはその大地と同じくスケールが違います。


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これは2月のカーニバルの会場。

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カーニバルは一般の道路を練り歩くものだと思っていたら、現在はこのような特設会場で開催されるのだといいます。観客席のスタンド下にあるカーニバル関連の博物館を見学している間に、コルコバードのキリストさんも徐々にその姿を表してきました。


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「オンナゴコロとリオの空」という言葉があるかどうかしらないが、天気が変わらないうちに登山電車の駅に駆けつけコルコバードの丘を一挙に攻略。誰も考えることは同じで、頂上の天気を様子見していた観光客が一斉に押し掛ける。

そして、ここではキリストさんに倣って誰もが手を広げたくなるのだ。

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わたしも手を広げよう。

そして鳥になった気分で眼下に目をやれば、リオの街並とどこまでも長く続く海岸線。やはり、リオはコルコバードの丘とこのキリストさんだねぇ。これまでリオのあるいはブラジルの象徴として何回となく写真や映像で見たことがあるけれど、それらの予備知識など吹き飛ばすほどの得体の知れないパワーに圧倒されてしまうのだ。

まさか、、、、ブラジルまで来れるとは思ってもいなかった!と、ちょっとセンチな気分になったぜ。

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さて、本日のリオ・デ・ジャネイロ・ビューティはこのお嬢さん。

このお嬢さんが何をしているかというと、“砂糖パン”の丘でリオの海岸線をバックにセルフタイマー(?)で写真を撮っているところなのです。

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2009年2月 1日 (日)

イグアスのオーム

初っ端はイグアスの滝の有名な『悪魔ののど笛』アルゼンチン側からの奇観動画を見てみましょう。よくぞ名付けたり『悪魔ののど笛』というところです。


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悩みも苦しみもワルい想念も
一切合切
この滝壺に落としてしまいましょう!
テガッ!
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さて、10数年前のオーム仲間(上九一色村のオウムではないから勘違いしないように)との付き合いは、今でも年に1回くらいは集まって近況を語り合う関係が続いている。今年は私がブラジルから帰ってきたら会おうということになっていて、新年の一夜、渋谷センター街の奥のシヴァ神がキッチンに鎮座ましますインドカレー屋での新年会となった。

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こんなカレーを食べながら、集まった6人がそれぞれの昨年一年間の霊性修行の成果などを語りあったわけです。

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南インドの『♪アルナーチャラ・シヴァ・テンプル』に詣でたハナシをする者や、「世界はパラダイムシフトの段階にきている」と熱っぽく語る者がいたり、まぁ、あまり他所で話すと隔離されそうだなぁという話題等々でしばし盛り上がったのでした。

その中で、私が“オームハンター”としてブログで公開している「街のオーム」も話題なって、要は、「自分はこれまで一度として街でオームを見かけたことなどないのに、オマエだけはナゼこれほどまでにオームに出くわすのか!何故だッ?」というもの。インドカレー屋やエスニックショップで見かけるオームマークならともかく、街を歩いていてオームマークに遭遇した経験がないというワケだ。

私のサイトではこれまでたぶん100くらいのオームマークを紹介していて、「そんなもん、いくらでも見かけるだろう?」と思っていたが、かなりのインド通にしても見たことがないと言われると、そういえば、「たしかに偶然とはいえあまりにも出来過ぎた現象でオームマークに出会ったこともあったなぁ」と思ったりもする。

もちろん、こちとらはオームについての学術的知識に基づいてオームハンティングをしているワケでもなく、日本人にとって関連なさそうなオームマークをひとつのアイコンとして、そのオームとの出会いかたを面白おかしく書いているだけのただのミーハーな皮肉屋なのだ。

 そんなことは解っている!

と、石が飛んできそうだから、マクラはこのぐらいにして次に進むけれど、今回は、日本国内のみならず、旅先のブラジルでもオームが待ち受けていたというハナシです。

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ブラジルの港町サントスで「スペイン料理をご馳走する」という従妹と車で走っていたとき、「あれはオームではなかったか?」という景色が瞬間通り過ぎて行ったのです。ブラジルとオームというのが結びつけられず、勘違いだろうと思ったら、食事からの帰り道、再びその場所を通りかかり、間違いなくオームマークだということを確認。

車を止めさせてシャッターを押したのがこの写真。


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どうやら、ヨガとかレイキの道場のようだ。

従妹はこれのどこがオモシロイの?というような顔をしていたけれど、これがブラジルでのオーム劇場の始まりでしたね。

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サントスから再びイグアスの滝アルゼンチン側、悪魔ののど笛に場面を移すと。

トロッコ列車での幸せそうなブラジル人ファミリー。

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これは蝶々と遊ぶアルゼンチンカップル。


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この鳥はたしかブラジルの国鳥だったはず。


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こんな番も顔を見せます。

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こんな風にトロッコ列車に乗ったりジャングルをトレッキングしたりしながら、ノンビリと悪魔ののど笛にたどり着くことになるのだけれど・・・。

トロッコ列車を待っていると、隣りのベンチに座った青年の右腕に、ナッ!ナッ!ナンと「オーム・シャンティ・シャンティ・シャンティ」のタトゥーあり。

参ったなぁ!何もこんなところまで追いかけてこなくたって良いだろに!


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青年のハナシでは彼はサンパウロでヨガ教師をしているのだといいます。

「オームのタトゥーだったらママの方がもっとスゴイよ」

青年に呼ばれてママ登場!

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このママがまたスゴイのなんのって!

ネックレス・イヤリング・両腕

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両手首・両脚・アンクレット

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オーム・オーム・オームと
身体中オームだらけのアンバイ。

どうもヨガ一家らしい。

このママがまた砕けたお方で、バジャン歌い始めるから、バジャンとくればこっちだってちょっとはウルサイぞッ!と、「ブッダン・シャラナム・ガッチャーミー」とか「ガヤトリ・マントラ」を唱えたり、息子のあきれ顔を尻目に思いがけずも日伯セッションで盛り上がったワケよ。

と、、、、、。

そこまでは、偶然のなせる笑いバナシで済んだのだけれど、そこからチョッとハナシはミョーな方向へと進んでいくのです。

「♪ハレ・クリシュナ」をママと一緒に歌っていると、そこにニコニコ顔で現れた長身細面の男。

彼はナッ!ナンと!

コロンビアの

ハレ・クリシュナだったのだ!!!

コロンビアのハレクリシュナがなぜイグアスの滝アルゼンチン側にいるかというと、サンパウロにハレ・クリシュナの布教に赴く途中だとのこと。トロッコ電車に乗るべく駅に来てみたら、ホームで「♪ハレ・ラーマ・ハレ・ハレ・ハレ・クリシュナ・ハレ・ハレ」と歌っている、東洋人顔の男とラテン顔の女がいて驚いたというワケだ。

こっちだって驚きますヨ!

こんな所で憧れのハレ・クリシュナに出会うとは。

記念写真を申し込むと
コロンビアのハレ・クリシュナは
「ちょっと待って」と
ズタ袋の中からジャパマラ取り出して
ポーズを決めるのでした。

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改めてこの3人の写真を見ると
3人とも異様な眼の輝きをしているように見えるのは気のせいかな。
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いずれにしても
日本からきたモノズキなオーム・ハンターと
ブラジルのオーム母子と
それに
コロンビアから来たハレ・クリシュナが
何故か
アルゼンチンのイグアスの滝で
対面したワケだ。
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偶然に偶然が重なるとこんなオモシロイことも起きるのです。
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オーム・シャンティ
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Sikiri6_aum

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