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2008年9月11日 (木)

ブラジルフェスタ代々木公園 その2

この数日爽やかな季節になって気分がよい。天気と反対に相変わらず政治はウットーシーばかり。それにしても派閥会長と呼ばれる政治屋の顔は“雇われ会長”の身分そのまんまのモノだし、相撲協会の親方連中の顔にしても、既得権にしがみつくだけの“前頭筆頭クラス”のご面相。

かつての派閥領袖にしても親方にしても、テレビのフレームを飛び越えてくる威圧感があったけれど、現在ではぬるま湯に浸かりすぎたフヤケ顔で、小型テレビのスミッコにチョコンと収まってるのがお似合いという感じ。

Sikiri

さて、先日の日曜日の『ブラジルフェスタ/代々木公園』の様子をレポートしたら、検索エンジンにヒットするタイトルだったらしくアクセス数が増えている。まぁ、アクセス数が増えたからどうこうというモノでもないけれど、自分の作るモノに目を向けてくれるヒトが多かったのは嬉しい。

というワケで本日はその『ブラジルフェスタ/代々木公園』の続編でいってみましょう。

夏の終わりの最後の悪アガキという感じの猛暑の代々木公園

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シェラスコのケムリが立ちのぼってくる歩道橋。

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明治神宮方面に目を向けるとブラジルフェスタの騒動に背を向けて
トランペット吹きの休日。

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「やあやあ伊勢原の方はどう?」
という会話が交わされたかどうか。

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コパカパーナじゃこんな水着は地味な方だよ〜。

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バンドのセッティングの間にDJとダンスパフォーマンスが時間調整。

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会話はもちろんポルトガル語

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視線の先にあるものは?

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ひとり、内なる世界に目を向けるオンナ。

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陰の中に陽があり
陽の中に陰がある。
日の中に伯があり
伯の中に日がある。
テガッ!

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ジョルジュ・ベンと覚えていたら
ジョルジ・ベンが正確らしい。
1942年リオ・デジャネイロ生まれの御歳68歳。
「♪マシュ・ケ・ナダ」の作曲者でもあり
ブラジルでは知らぬものがいない人気歌手。
(wikipediaより)

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今年はブラジル移民100周年になるとのこと。

私には渡伯50年で現在サンパウロで隠居生活を送る叔父がいます。その叔父の話によれば、かつては日本で数年働けばブラジルでの開業資金や、家を建てたりする資金を作れたらしい。事実、友人にはブラジルでの債務を日本への出稼ぎで完済し生活を再出発させた猛者もいたし、叔父の娘(すなわち私とはいとこになる)にしてもイタリア人の夫とともに日本に出稼ぎに来てその貯金がサンパウロにイタリア料理店をオープンする資金になったといいます。

自分がブラジルに渡った50年前の日本は貧しくて、農家の次男に生まれた自分がいる場所が見つけられず、それならば南米で農園主になるという夢を抱いてブラジル渡ったけれど、自分がアマゾンの奥地で開墾に苦労している間に日本は経済大国になり、まさか自分の娘が故国に出稼ぎに行くことになるとは思わなかった。

南米の農園主という壮大な夢は叶わなかったけれど、良い家族に恵まれてサンパウロに暮らし、数年置きに里帰りできるほど悠々自適の晩年を送る叔父は苦笑しながら言います。

ファミリーが集まるだろ
ボクの子供はとうぜん日本人だけど
その結婚相手は
日系人だったりポルトガル系だったりインカ系だったり
そして
それぞれの子供たち、つまりボクの孫になると、
いったい何系なのか分からないほどニギヤカだよ。
ハハハハ・・・。

オマエにも見せたいからサンパウロに来いよ!

なるほど、混血にはおおらかなのがラテンの気質なんだなぁ。

代々木公園に集結した人々を見ていると、ひとくちにブラジル人といっても、その容姿は様々。完璧な日本人顔でポルトガル語を話しながら自然にハグする姿を見ていると、タクアンかじり盆踊りのノリで育った日本人と、フェイジョアーダを食べサンバの中で育った日系ブラジル人では、顔と身体は同じでもソウルの部分では別人種なんだろう〜と感じます。

そんな、ラテンの発する熱とジョルジ・ベンに煽られた黄色のチャンジー・・・つまり私も、急なスコールの中、オレオレオレオー!!!などと腕突きあげていたワケですよ。

ひとりYouTube

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この夏里帰りした叔父に
パソコンを選んでくれと頼まれた。
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タイプライター代わりと
趣味の将棋ソフトを使いたいが
ブラジルでは中古が手に入らないとのこと。
Win.XPと最強将棋ソフトをインストールした
ノートパソコンをブラジルに持ち帰って行ったけれど
このように70余歳にしてもまだカクシャクとしたもの。
.
この叔父のような移民を受け入れた
かつてのブラジルのような寛容さが
今の日本社会にあるだろうか?

@nifty動画共有サービスが2011年6月30日で終了します。
したがって、それ以降この動画は表示されません。
(2011年5月5日:えあじん)

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