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2008年9月30日 (火)

親のゆしごとや、ゆみやならん

いきなりでワルイけれど、今日はどういう日だったか答えられるヒトはいるかな?

実は、1960年9月30日はジャイアント馬場とアントニオ猪木が同日デビューした日でした。

馬場は田中米太郎に股裂きで勝ち、猪木は大木金太郎に逆腕固めで破れたとあります。私がなんでこんなミクロな話題を知っているかというと、産經新聞にこんな記事があったから。

2008.09.30(火)産經新聞

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“世界の巨人”馬場さんは平成11年61歳で亡くなったんですね〜。

“客寄せパンダ”に徹し死の直前までリングに登場、やっとこさ上がった16文に当たって、倒れなければならない相手選手もツラかったでしょう。

馬場さんの60歳の誕生日。プロレス記者が馬場さんに赤いチャンチャンコを贈りました。リング上でそのチャンチャンコを着た馬場さんのスピーチはこんなものでした。

若い時は60歳のヒトを見ると

ずいぶん爺ジーだなぁと思ったけれど

自分が60歳になってみると、、、

まだまだヤレるじゃね〜か。

馬場さん、この名スピーチから僅か1年で亡くなってしまったんだなぁ。

あれほど身体を鍛えているはずの運動選手でも亡くなるときは呆気なく亡くなるものです。

それにしても、何もジャイアント馬場とアントニオ猪木“同時デビューの日”なんてワザワザ伝えなくても良さそうなものだけど、、、大好きなプロレスネタだから、マッ!イッカ!

ちなみに、“馬場・猪木同時デビュー”の日から5年前の、1955年9月30日はジェームス・ディーンが事故死した日だったことも産經新聞は伝えています。

Sikiri

新宿紀伊国屋本店でDVDを購入。

カルト的映画のDVD版で、在庫しているレンタルショップがなく、紀伊国屋に問い合わせたら「在庫ありますよ〜」とアッサリ言われて仕事帰りに早速買いにきたもの。

このDVDについてはあとで報告するとして、紀伊国屋から裏通りを駅方面に歩きながら「この辺りに『DIG(ジャズ喫茶)』があったなぁ」と看板探していると、オー!いつのまにかこんな所に沖縄そば屋。ちなみに、ムカシムカシこのあたりにはジャズのライブハウス『タロー』もあったのです。若き日の日野皓正さんなんかはよく聴きました。

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見つけてしまったからにはオツキアイしなけりゃならんだろうと試食したのがソーキそば。


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ザツな店内造作と沖縄顔の店員がナカナカ旅情を誘います。

店内のBGMはもちろん沖縄音階で、紅ショウガをタップリ入れたそばを食べ終わるころには『♪てぃんさぐぬの花』が鳴って、しばらく聞き惚れていた雨模様の新宿裏小路。

1)てぃんさぐぬの花(本島)

2)デンサー節(八重山)

3)なりやまあやぐ(宮古)

この3曲を沖縄3大教訓歌という呼び方があって、それぞれ「親子夫婦仲睦まじく暮らすこと以上の幸せはない」と諭します。中には一方的に女性の忍従を迫る歌詞もあるけれど、そこはソレ、ウチナーグチの歌詞ですから、ヤマトンチュには理解できず大げさな問題になることもないようです。

帰宅後、『てぃんさぐぬの花』を聴きたいと思ってYouTube探してみたら良い素材を発見。

これはホントに素直に歌っていて、好感のもてる『♪てぃんさぐぬの花』です。早速iPodに取り込んで通勤電車の中で聴くことにいたしましょう。

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てぃんさぐぬの花/彩風(あやかじ)


ひとりYouTube

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空の星は
数えようと思えば
数えることができるけれど
親から受けた教えは
数えることのできないほど多いものです。
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親のゆしごとや、ゆみやならん
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サッ!
明日から10月!
気合いを入れ直して
今年の後半戦乗り切りましょう。

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2008年9月28日 (日)

代々木公園メニメニ・オーム

こういうのを見ても、日本の政治家のレベルの低さが理解できようというものです。

「セガレが政治家になりたいというのなら
他所の選挙区から出れば良い。
オレの地盤を引き継ぐことはしない!」

この位のことを言えばジュンちゃんもオトコを挙げたのに。


2008.09.28(日) 産經新聞

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Sikiri

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さて、本日は
『ナマステ・インディア』の催し物を見に代々木公園へ。
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インドといえば、ソリャぁアナタ!カレーですヨ!
会場は右も左もカレー屋だらけ。
どの店もお客が行列作って
インド人はもちろんだけど
日本人もカレー好き好き好き。

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カレーの匂いで身体を黄色くしながら
こんな張りボテの象や

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どこかの団体のプロモーションビデオを横目で見ながら

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オームハンティングで会場をグルグル
こんなオームや

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こんなオーム

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こんなオームもあれば

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こんなオームもある。

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ひとしきり
オームハンティングを楽しんで
チキンビリヤニ

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サモサで腹ごしらえ

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メーンステージに移動すれば
日本人グループがインド古典舞踊の熱演中。

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インドベンガル地方バウルの放浪芸人が
エキゾチック・インディアを演出。

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さすが歴史の国インドだと思えば
どうしてどうして
ヒップホップのメロディにのせて今風のステップで踊る
グループがいたり。
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インドだからシタールとタブラだけかと思ったら大間違い。
こんな現代的編成のバンドがトリで登場。

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印度伝統音楽と西洋音楽を融合させた曲調で会場を沸かせます。
このバンドに合わせて一緒に歌うインド人も多いところをみると
インドでのヒット曲もあるようだ。
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飲みなれない酒に酔っぱらったか?
途中
若いインド人がステージに上がったりしたもんだから
リーダーが怒ってプラグ抜いてステージを降りるハプニングに
客がシラケたり。
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ラテン系バンドだと
こういうシーンでは
酔っぱらいもジャンキーも上手くとりこんで
お客を引っぱって行くんだけれど
オリエンタルの生真面目なバンドは慣れてないみたい。
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数週間前の
『ブラジ・ルフェスタ』に集まったブラジル人の多さにも驚いたけれど
今回の『ナマステ・インディア』も代々木公園を埋め尽くす人出。
ただし
『ブラジル・フェスタ』とはお客のノリは大違い
やはりオリエンタルの慎み深い感情が表れています。
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BRICs
とはよく言ったり。
ブラジルもインドも
それぞれの国の経済発展とともに
日本との交流も深まっている証なのでしょう。
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オームを探し
お国自慢の料理を食べて音楽聴いて
誠にもって
ナマステで幸せな1日でした。

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2008年9月27日 (土)

シンニード・オコナーのたたかい2

私が持っているシンニード・オコナーのCDはこの1枚だけ。

特別にファンでもないけれど、彼女の名前は強烈なエピソードとともに記憶しているのです。

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いつごろだったか忘れたけれど、『シンニード・オコナーのたたかい』という章で『ボブ・ディラン/デビュー30周年記念コンサート』に出演したシンニード・オコナーが、観客のブーイングを受け歌唱不能に陥ったことをチョロッと書いた。その章に今でもときどきアクセスしてくれる人の足跡が見れます。

どうやらキーワード『シンニード・オコナー』でこのブログが検索エンジンにヒットするらしい。

私のシンニード・オコナー情報は『ディラン/デビュー30周年記念コンサート』関連のことしか知らないから、本日のひとりYouTubeはこの“ブーイング事件”の動画を見てもらいましょう。

1994年10月16日。マジソン・スクエア・ガーデン。

『ボブ・ディラン/デビュー30周年記念コンサート/マディソン・スクエア・ガーデン』のシンニード・オコナーはクリス・クリストファーソンの紹介でステージに登場します。ところがMSGの観客はシンニードに対して猛烈なブーイングを浴びせて妨害。始めのうちこそ余裕ある表情を浮かべていたシンニードの顔はだんだんこわばっていきます。バンドメンバーは困惑の表情を浮かべ、ハウスバンドのMG'Sのブッカー・Tがイントロを弾き始めてキッカケを作ろうとしますが観客のブーイング収まりません。

彼女は意を決したかのようにブッカー・Tを制して、観客に挑むかのようにアカペラでボブ・マーリーの『♪WAR』を歌うというシーンです。

ひとりYouTube

このディランMSGガーデン・コンサートの直前、有名なTV番組『サタディナイト・ライブ』に出演したシンニードは、ボブ・マーリーの『♪WAR』をアカペラで歌った後ローマ法王の写真を取り出して破るという事件を起こしていたことが、ブーイング事件の伏線となっていたことを後で知りました。

ひとりYouTube
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「これから法王の写真を破るぞッ!」
シンニードのそんな気持ちの高ぶりが声の震えに表れています。

シンニード・オコナーはアイルランド生まれ。

アイルランドというとカソリックとプロテスタントの宗教戦争の絶えない国です。彼女にとってのローマ法王は“体制の象徴”で、排斥すべき人物だったのでしょう。

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というワケで
『シンニード・オコナー』をキーワードにこのブログに訪れる方は
この動画を見たいと思っているのではないか?と勝手に想像しての
補足説明でした。
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今から10数年前に起きた事件だけれど
ボブ・ディランという
反体制を標榜するシンガーのコンサートに集まった客が示した反応は
ずいぶん保守的なものだったことを知ることになります。
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アメリカ国民のディランのプロテストは許容できても
異国人のシンニードのプロテストは拒否するということです。
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9.11以降に見た
アメリカ人の偏狭なナショナリズムも
この延長線上にあるみたい。

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2008年9月25日 (木)

犬も歩けばオームにあたる

このヒトもこんな広告がお似合いになりました。

地下鉄車内吊り広告

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さて、9月21日付『久しぶりのオーム』のタイトルでアップした日記。

オームマークを求めて入ったインドカレー屋の内装はイタリアンで、オームも、インドの商売繁昌!天下無敵の神様!ガネーシャも無かった。

という内容の記事で紹介した神田錦町『グレスト』というカレー屋。

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今日、その『グレスト』の前を通りかかって足が止まってしまった。

いつのまにか、店頭にこんなショーウィンドウができていて、ちゃ〜んとガネーシャのポスターまで貼ってあります。

数日前のあの記事を書いた時はこんなボックスは無かったんですよッ!!!

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しッ、、、しかも!
ナッ!ナンと!
オームマークまであります。

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『グレスト』の関係者がワシのブログを見て、急遽作ったとしか思えないようなタイミングでオームが登場したことになります。

オームもガネーシャも無いんじゃ
この店もそう長くはないな!

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前回はこんなふうにまとめたけれど、、、
ここで訂正です。
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このように研究熱心なマスターがいるお店だったら
きっと
ガネーシャのご利益がふりそそぐことでしょう。
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こんなオモシロイ
オームとの出会いもあるという
オハナシでした。
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ガッテンしてくれたかな!

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2008年9月23日 (火)

サバ駄馬サバ駄馬サバ駄馬だ

朝、眩しくって目が覚めた。

『♪朝日のごとく爽やかに』とはこんな日のことをいうのでしょう。

気分は爽やかだけど、新聞を開けば、

こんな記事や

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こんな記事で

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爽やかでもない。

Sikiri

最近の目覚めスッキリは、気候が涼しくなって熟睡できるせいもあるだろうが、このCDにも原因があるかも知れない。

これは下北沢レコファンのバーゲン品のワゴンで見つけたもの。

ルイス・ボンファ、ゲッツ/ジルベルトなどのボサノヴァを集めたオムニバス盤。企画がスターバックス・コーヒーで、いかにもスタバ店内のBGMに最適な、都会的センスに満ちてオシャレな雰囲気を醸し出す選曲。

このCDをかけて寝るといつのまにか眠りに陥ってしまうというもの。

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Ola BRASIL
Saudage
Rhythms of Joy and Longing

1曲か2曲目で眠ってしまうから、したがって、いまだに全曲は聴いていない。

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私の永遠のアイドル中山ラビさんからコンサート案内のDMあり。

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ラビ組Live
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2008年10月25日(土)
吉祥寺・STAR PINE'S CAFE
18:30/19:30

ラビ組としては3年ぶりのライブになるそうで、かつて“アングラフォークの女王”と呼ばれた歌手の過激なパフォーマンスを受け止めるこちらも、体力気力が試されることになりそうです。

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というワケで
ナンでもチャパティでも喰いつく私は
昨日ブラジル
今日チベットか
明日は、、、
明日はナニにしようかと
ダボハゼアンテナ磨いているワケですよ。

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2008年9月22日 (月)

渋谷ラブホテル街の雪山獅子旗

熱しやすく冷めやすいのは日本人の常。あれだけ燃え上がったチベット問題もオリンピックが始まってしまうと「日本チャチチャッ!!!」の声に上書きされたかのように消えてしまい、いつのまにか「食の安全」というもっとも身近かな問題へと軸足が移ってしまったようです。

いま起こっている“中国産毒入り食品”問題も元を辿ればチベットを侵略した中国の社会システムに行き当たるのです。

 2008.09.21(日)

チベット音楽を聴きに渋谷のライブハウス・アジアへ。

日本人にとって過去になってしまったチベット問題も、「チベットの受けている苦難はいずれ日本も味わうことになるから中国への監視の目を怠ってはいけない」と思うべきだし、チベットを祖国とする人々にとっては“将来の苦難”どころか“現在の苦難”だということを忘れてはいけません。

そんな思いを共有する人たちが作り上げたイベントがこれ。


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日曜日の夕方はあいにくの雨模様。東急デパートから文化村方面に向っていると、オー、前方を歩くのはチベットの民族衣装を着た女性。彼女もこれからチベット音楽を聴きにいくのだなッとストーカーのように後を尾けて文化村前ちりめん亭を左折。

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ラブホテル街を道玄坂上に抜ける細い坂道を上れば、右側にはこんなお店。

このあたりのアヤシィ淫風ただよう街並にはお似合いのショーウインドウです。

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この地区には数年前からライブハウスが数軒できて、かつてのラブホテル街が徐々に表情を変えてきてるようです。事情通によれば、これも皆東急文化村の波及効果らしい。

といったところで、オー!懐かしい雪山獅子旗。

ここが今日のライブ会場になるクラブ・アジア。私は初めてのお店です。

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外観の落ち着きと異なって店内はタルチョ(経文の書かれた小旗)が張り巡らされていて、カトマンズあたりのライブハウス気分。予想に反してお客さんも多い。雪山獅子旗やらTシャツ、お香など物販フロアーもあって賑わっている。その壁に貼られたA4サイズほどのダライ・ラマ14世写真をにガン飛ばしていたら、なんとその写真がカタッと傾いてしまった。私の超能力はまだまだ健在を確認。

超能力使ったら小腹が空いたのでチベット名物モモで腹ごしらえ。

羊の匂いを押さえているのが嬉しい。

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さて、

本日のライブは、ダラムサラから来たペムシ、サンフランシスコから来たテチュンの2人のチベット人歌手がこの東京で共演するという趣向。

ペムシ

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テチュン

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若い方のペムシはポップス感覚あふれたオリジナル曲をカラオケにのせて歌い、兄貴格のテチュンは民族楽器の弾き語りで、チベット伝統音楽にこだわった歌い方。ふたりの方向性に若干の差はあるけれど、共にチベットの歴史を誇り高く歌い上げる点では同じだ。

ふたりともダラムサラにあるチベット文化継承者を育成する学校を出たらしく、発声法などの基本はマスターしているから、この程度の小ホールだったらマイクいらずの感じ。そりゃぁ、ヒマラヤの青天井の下で歌声を轟かそうというのですから、生半可な訓練ではなかったはずです。

会場は350人ほどの客入りで、長野とか代々木公演デモで日本人参加者を先導したチベット人も多くみられます。彼らチベット人は喜怒哀楽をあからさまに表さない民族だと思っていたら、皆さんケッコーノリますネ〜。2人の歌に合わせて大合唱になるあたり、日本のポップス歌手のコンサートと差はありません。

それでは、

文章の稚拙なところは動画で補おうといういつものテで、本日のひとりYouTubeは、アンコールを受けた2人がそれぞれ民族楽器を手にしての熱唱シーンです。私はカラオケではなく、こういうスタイルが最も好ましいステージだと思っているのです。

ひとりYouTube

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このコンサートで私がいちばん印象に残っていること。
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それは、、、。
上の動画の1分50秒ころに出てくる女性。
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この女性は
コンサートの最初っから最後まで
この場所でこんなふうに歌に合わせて
小さな雪山獅子旗を振っていました。
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異国の地で
誰はばかることなく
祖国の旗を振り
祖国の歌を歌える歓びを
身体いっぱいで表現しているように思えたのです。
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世間が
メディアが無視しても
長野426事件の現場にいて
町を埋め尽くした五星紅旗の
真っ赤な津波を知っている私は
中国の蛮行忘れないゾッと改めて思った夜でした。
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Tibet

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2008年9月21日 (日)

久しぶりのオーム

大臣になりたての頃の舛添さん。

「これはボクの仕事だから」

などとのたまって朝のゴミ出しパフォーマンスをご披露なさって舞い上がってましたが、最近はどうなのかな?

やはり、ゴミ出しやってますか?

益々オツムが白くなってるみたい。

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Sikiri

不思議なもので、一時期イロンなところで遭遇したオームマークも最近はトントご無沙汰。ジョージ・ハリスンの海賊盤DVDを見てたらギターのピックアップのところに、こんなオームマークを発見したけれど、ジョージ・ハリスンのオームというのも当たりまえ過ぎてそれほどの感動もありません。

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ならば、

インド料理屋でオームネタを探そうかと、

神田錦町に最近開店したGresto(神田錦町3-6)へ。

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店内のインテリアはインドカレー屋というよりもスパゲティ屋風で、オームネタになるようなガネーシャもありません。しかし、コックはインド系だしメニューはもちろんカレー主体。

ダルカレーをオーダーしたらダルカレーというよりはむしろ“豆の煮付け”風で、カレーらしさが全くありません。

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どこの地方のカレーなのだろう?もしかすると日本人向けに辛さを押さえたアレンジしたということなのかな?と思いながらウス味カレーを食べていると、隣席でカレーを食べていたお嬢さん。

「スミマセン!このチキンカレーもっと辛くなりませんか?」

との勇気あるご意見。

すると日本人店員の対応がまたナカナカのもの。

「アッ!失礼しました!これをお好みで振りかけて下さい」

店員が取り出してきて説明するにはカレーパウダーだと言います。

お嬢さんは複雑な顔でチキンカレーにカレーパウダーを振りかけていました。

このカレー屋には商売繁昌のガネーシャもないしオームもない!

オマケに客がカレーパウダーで味の調節やるようじゃ・・・

・・・ワルイけんど・・・そう長くはないな。

私は豆の煮付け風ダルカレーを大急ぎで食べ終え素早く店を出てきました。

というワケで、今日のオームはハズレだったと思い、その足で向った神保町ディスクユニオンでホンモノのオームとご対面。

CD棚の背表紙を見ていたら、

  サマディ サマディ SAMADHI-Samadhi

というタイトルに惹かれてCD盤を取り出すとこんなジャケットが現れやがった。

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SAMADHIというイタリアのロックバンドが1974年に発表したアルバムの復刻盤らしい。

このグループについての知識は全くないけれど、1974年の発表というと、この年は私もインドを放浪しながらサマディ(三昧)を求めていた時期。「SAMADHI」というバンドもインドのサマディ(三昧)にインインスパイアーされたのだろうか。

わからないけれど、

こうして偶然に出会ったオームマーク入りCDなら買わないワケにはいきません。

少なくとも、インドカレー屋やエスニックショップで見つけるオームマークよりはポイントが高いと思っているのです。

このCDはまだ聴いてないけれれど
こんな風にコレクションが増えていくのです。
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2008年9月20日 (土)

バイーア・レーザーディスク・コレクション

この数日、ブラジル関係のコンサートでは「日本にこんなにブラジル人がいたの?」と思えるほどのブラジルを見かけました。在日ブラジル人は少なくなりつつあるといっても、すでに滞在していた人たちは日本国内で確かなコミュニティを築いているのでしょう。

さて、ブラ熱に侵されている私はブラジル・バイーアを題材にした映像(レーザーディスク盤)を何枚か持っていたのを思い出し、このところ繰り返しターンテーブルに乗せてバイーアへの想いを募らせているのです。

きょうはそのバイーア・コレクションを紹介いたしましょう。もしかすると、すでにDVD化されていて価値的には二束三文扱いになるかも知れませんが、私にとっては愛着あるコレクションなのです。

 1)The Devil's Toothpick

これは前回紹介したLD盤で、クリード・ティーラーのプロデュースになるバイーアの景色と音楽を合体させたアルバム。

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The Devil's Toothpick
バイーアの女神に捧ぐ
PILJ-1123

 2)Larry Coryell Live From Bahia

『ライブ・フロム・バイーア』と銘打っているから、名手ラリー・コリエルがサルバドルで聴衆相手に白熱のプレイを聴かせるものと思ったら、実際にはホテルの屋上あたりに作られた特設ステージでビデオ撮影のための観客無しのセッションをするという企画。そいうった点ではちょっと肩すかしのLD。

それでも、ラリー・コリエルとドラムスのビリー・コブハムの共演は、背景に見えるバイーアの青い空と相俟って旅ゴコロを誘います。

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Larry Coryell
live from bahia

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1991年11月19日and20日
SALVADOR
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 3)BAGUNCA

このLD盤は、写真家:繰上和美、ジャズプレイヤー:渡辺貞夫、デザイナー:石岡瑛子という、時代の先端を走っていた3人のクリエイターがブラジルに飛び作った作品。スライドショーとして流れる写真とバックに流れる音は3人が現地で実際に収録した音で、たとえば波の音、母親の子守唄など、プロのミュージシャンではない、実際に生活する庶民の音がバイーア地方の息づかいを伝えてくれます。

制作年は1980年といいますから、この当時からブラジルはクリエーターにとって注目を集めていたことが分かります。

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BAGUNCA
(バグンサ)
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演出・撮影:繰上和美
音楽監修:渡辺貞夫
デザイン:石岡瑛子
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収録日:1980年2月
VAL-3006

 4)ILE AIYE

バイーア地方にはカンドンプレというアフリカを起源とする宗教儀式があって、今でも生活と密着して続いているとのこと。制作者のデビッド・バーンはトーキング・ヘッズのリーダーだった人だけれど、見ることはできても撮影はできない宗教儀式を詳細に記録しています。

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ILE AIYE
イレ・アイエ(生命の家)
(The House of Life)
A Film by David Byrne
1989年
SM080-3370

式が進行するごとにトランス状態に陥る信者の様子は、まるで遥か昔のアフリカの記憶を呼び覚ますようで興味深いものがあります。

いまでこそレーザー・ディスクというと過去の遺物とされてしまったけれど、これらレーザー・ディスクが発売された1980年代というのは正に夢の映像ソフトでした。そのことは当時の先鋭的なクリエイターがレーザー・ディスクを自己の表現ツールとして興味をもったことからも理解できます。

その
レーザー・ディスクの復権を計るべく
今後もオモシロLDコレクション紹介していきますので
どうぞご注目を。

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2008年9月18日 (木)

バイーアの女神に捧ぐ

このところヤケにブラジルづいてしまって、朝からオブリガード!

このDVDを見ては
ボサノバ創世記の学習し

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こんな映画を見ては
リオのファヴェーラで暮らす男たちの
凄まじい生き方に圧倒され

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ジョルジ・ベンやジルベルト・ジルのコンサートに集う在日ブラジル人たちに感化されたか、気がついたらこちらもついついサンバ歩きのオレオレオレオー!

おまけにこんな本まで買ってきて、とうとうカンペキに“ブラ熱”にハマったみたい。


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そんな“ブラ熱i”の私がPodに取り込んで毎日1回は観ている動画があって、それはこのLDから変換した『ジルベルト・ジル/The Fishermen』という歌。


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THE DEVIL'S TOOTHPICK
バイーアの女神に捧ぐ
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PILJ-1123
1993年

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“母なるアフリカ”が脈々と受け継がれる聖地サルバドル
巨大な自然と人とのスケッチで織りなすバイーアへの旅。

名匠クリード・ティラーが音と映像の両面から
サルバドルのスピリチュアルな部分に迫る
CTI意欲作!

名匠クリード・ティラーというのは60−70年代に活躍したジャズの有名プロデューサー。ジャズとポップスを融合させた、いわゆる“イージー・リスニング・ジャズ”の先駆者といってもよいでしょう。ゴリゴリのジャズファンからはポップスに色目を使ったと非難を浴びることもあったけれど、クリード・ティラーの開拓した路線はCTIサウンドと呼ばれ、その洗練されたサウンドは音楽ファンの拡大に大きな役割を果たしたことは事実です。

そのクリード・ティラーがブラジルのバイーア地方の風景とブラジルゆかりのミュージシャンの音楽を合体させたのがこのビデオクリップで、バイーアの漁師の映像にジルベルト・ジルの『The Fishermen』という曲が流れる構成は“ブラ熱”に侵された私の旅ゴコロを刺激します。

このビデオクリップをiPodに取り込んで時々観ているのですが、先日の有楽町国際フォーラムでのジルベルト・ジル・コンサートのときのこと。隣席のアフリカ系ブラジル人の女性にこのビデオを見せると、私のiPodを訝しげに見つめていた彼女はイヤフォンの片方を連れの夫らしき男性の耳に差し込み何か訊ねたようです。すると、男性はうなずいて一言「バイーア」と言うとiPodの画面をジーッと見つめていました。

そのうち、コンサートスタートのベルが鳴りiPodは私の許に帰ってきて、それ以上のコミュニケーションをとることもなかったのですが、私は勝手にこの黒人夫婦はバイーアの出身だ!と思い込んだワケです。

バイーア州の州都サルバドール。敬愛を込めて、バイーアとも呼ばれるこの町は、1549年、ポルトガルによって総督府がおかれて以来、1763年のリオ・デ・ジャネイロ遷都まで200年あまり、ブラジル最初の首都として栄えた(地球の歩きかたより)

バイーアは奴隷として連れて来られた黒人によるアフリカ文化 が、現在でも色濃く残っている地域として知られ、また、優れたミュージシャンを多く輩出し、その代表的存在がジルベルト・ジルということになります。

ジルベルト・ジルのコンサートはスタート2曲目からすでにオールスタンディング。客席のアッチコッチから飛び交うポルトガル語のかけ声で尚いっそう雰囲気は盛り上がり初っ端からオーバーヒート気味。隣のバイーア夫婦の腰つきなんぞはホレボレするほど艶かしく揺れています。コチラも真似してみるんだけれど、どう見ても阿波踊りなのが悲しい。

というワケで、

私をバイーアへと誘惑するジルバルト・ジルの『The Fishermen』というビデオクリップをひとりYouTubeとしてアップしますからどうぞご覧下さい。こんな浜辺でボーッと過ごす時間をもてたならと夢想するのです。

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ひとりYouTube

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夜、サンパウロ在住の叔父から電話あり。
先月帰国したときに撮った写真を送ってあげたことへのお礼。
ひとしきり近況を報告しあったあと
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「ところで叔父さん、ブラジルは今何時なの?」と私。
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「日本は夜の9時だろ。ブラジルは朝の9時だよ。
時差がちょうど12時間だから
日本に帰ったときでも時計をいじる必要がないんだ」
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そうか
ブラジルは日本の真裏なのか。
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チベ友からいま入ってきた情報です。
http://save-tibet.net/action/05.html

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2008年9月15日 (月)

ミス・サイゴン/帝劇

3連休だとやはり落ち着きます。

ところで今朝の新聞。これが実現すると今度の衆議院選挙も盛り上がりますね〜。

さぁ、SK学会関係者の皆さん、早く転入転出届を出さないと!

アレッ?!今からじゃもう間に合わないのかな?

2008.09.15(月)産經新聞

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今朝もプールで泳いで気力体力に変わりがないことを確認して、レンタルビデオ屋に立寄り物色してたら目についたのがこのDVD。このところブラジル南米づいてるから、そのナガレでレンタル。

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抜き取ったDVDを貸し出しカウンターに出すと応対した店員。

「おキャクさんこのDVDを観るのは初めてですか?」

「エッ?・・・これまで2回観たけれど、、、」

「ボク、この映画大好きなんですよ、いい映画ですよね〜」

店員は特に悪気があって声をかけたワケでもなく、たんに同好の士を見つけて嬉しかっただけしょう。でも、フツウ、客がどんなアイテムを借りようと関心を示す素振りを見せないというのがレンタル屋のおヤクソクじゃないの。もしアダルト関係を借りようとして「おキャクさんこのDVDを観るのは初めてですか?」などと声をかけられたりしたら何と答えりゃいいのよ〜青年。

さて、

昨日は『ミュージカル ミス・サイゴン』を観に帝劇へ。

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ミュージカル ミス・サイゴン
帝劇
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帝劇の客席がいっせいに涙した、
あのミュージカル超大作!
新メンバー69名を加え、
今、若くエネルギッシュに輝きを放つ!

公演チラシを読むと7月から10月にかけての超ロングラン公演。そのために主役級にはそれぞれ4人の役者がセットされていて、この4人がロングランでしかも昼夜公演を捌くということらしい。

私が観た回は

サイゴンのクラブオーナー「エンジニア」→筧利夫
そこのホステス「キム」→新妻聖子
米兵「クリス」→藤岡正明

という回。

故本田美奈子さんの当たり役として知ってる人も多いだろうけれど、舞台はベトナム戦争終結間近いサイゴン。

「エンジニア」の経営する米兵相手のゴーゴークラブで働くウブなホステス「キム」と米兵「クリス」の純愛物語。ウエストサイドストーリー的クサイ演出にテレる場面も多いけれどサイゴン脱出のヘリコプターやアメリカの象徴ド派手なキャデラックが登場するなど、大掛かりなステージにさすが帝劇!と拍手。オーケストラピットでの生演奏も嬉しい。

それにしても、「エンジニア」の筧利夫は達者だなぁ。シリアスな役やコメディタッチで笑わせる役は何回かテレビで見たことがあるけれど、その上に踊って歌えるんだから何でもOKです。越仏混血児として育った哀しさと、クラブで女たちをまとめ、米兵のドルを巻き上げるのが生きがいとしながらも、キムとクリスの恋の成就に力を貸す。戦時下のサイゴンで飄々と世渡りするアイマイなオトコを実に見事に演じていました。

前回の『ザ・ベンチャーズ』もそうで、なかなか、自分でお金を出してまでというアイテムではないけれど、私のナンでもチャパティでも喰いつくダボハゼ体質面白がって招待券を送ってくれるファンがいるワケですよ。

 
本日のひとりYouTube
「モーターサイクル・ダイアリーズ予告編」
だ!!!
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ひとりYouTube

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というワケでこの章をアップしたら
亜細亜食堂サイゴンに
ベトナム・フォーを食いにいきましょう。
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音楽や映画だけでなく
食べ物もダボハゼ体質の私です。

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2008年9月14日 (日)

ザ・ベンチャーズ/日比谷公会堂

2008年9月13日(土)

ザ・ベンチャーズを聴きに日比谷公会堂へ。

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THE VENTURS
JAPAN TOUR '98

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2008年9月13日(土)
日比谷公会堂

いまどきベンチャーズなんてお客が入るんかいな?と皮肉をこめて日比谷公会堂へ行けば、公会堂前には開場を待つお客さんがけっこう並んでいて、どうしてどうして、そうバカにしたものではありません。

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招待券受け取って平均年齢高めの行列に流されて会場に入れば、2階席の様子は分からないけれど、1階席はほぼ8割方の入り。

 「ベンチャーズは永遠に不滅です!」

前席のトッツアン(といっても、実年齢は私より若い)がパンフレットを広げながら連れにベンチャーズの解説しているから、私も後列から首を突っ込みハナシに加わる。

パンフレットのスケジュールを見て驚いた。7月19日を第1回目にして9月15日まで、約2ヵ月間に44回のコンサートをこなすというハードスケジュール。他人の買ったパンフレットに指差しながら公演回数を数え、オマケに「写真撮るからパンフレット広げてて・・・」とリクエストする私もツラの皮が厚いというか相当ヒマだというか。

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ベンチャーズのコンサートには毎年来ているというトッツアンに「今日のベンチャーズってオリジナルメンバーなの?」と訊けば、トッツアンはパンフレット裏表紙のドラマーの写真を指差して、「このドラマーは前のドラマーの息子なの。死んだ父親の後釜でベンチャーズのメンバーになったのよ。初代は1人だけで、他も何人か入れ替わっているね〜」。

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なるほど、なるほど、かなりのベンチャーズマニアのトッツアン(クドいけど私より年下)のハナシに納得。

予備知識を仕入れて開演1ベル聞きながら周囲を見回し、どうも落ち着かない雰囲気だと思ったら、レトロな雰囲気の日比谷公会堂発する加齢臭と、お客のチャンジー・チャンバー発する加齢臭がブレンドされた異様な臭気が鼻につく所為と結論づける。オレもこの匂いの一部なんだろうか。

そうこうしているうちにコンサートはスタート。

結論を先に言っちゃうと、

「ベンチャーズ!侮りがたし!」

「どうせ普段は不動産屋なんかやってて、夏になるとメンバーに集合かけて出稼ぎ気分で日本に来るバンドでしょ!」と思っていたら、彼らは現役ですネ!ベンチャーズ・ショーとして完璧に計算され尽くしたパフォーマンスを見せてくれます。

そりゃぁ、リードギターのフレーズなんかは百年一日のごとく変わりないから一緒になぞれるほどだけど、これとて「アドリブ入れたりしてオリジナルを変えたらファンの期待を裏切るから」というポリシーからではないかと思えたりするワケですよ。それにしても、1曲の演奏時間が2分30秒と短いから曲数の多いこと。

けっきょく、各種の音楽がフュージョンして新しい音楽がどんどん生まれるアメリカでも、大方の音楽ファンにとってはカントリー&ウェスタンの保守性がベースになっていて、だからベンチャーズも息の長い活動ができるマーケットがあるのではないかな。

今でこそベンチャーズというとちょっと引いてしまう部分もある私だけれど、1960年代!ベンチャーズの新譜がヒットチャートの何位になったとかドキドキしながらラジオ聴いた時代もありました。ベンチャーズに触発されてエレキギター買いたいと思い、テケテケテケテーにも憧れたものです。でも田舎の少年には高嶺の花でしたね〜。たぶん私たちの同世代のヤツラは皆そうだったんじゃないかな?

ベンチャーズを聴いた世代からその後の日本ポップスのスターが多数輩出していったワケだから、もし、ベンチャーズがいなかったら日本のポップスの発展もかなり違ったものになったことでしょう。

ベンチャーズが日本歌謡界に提供したとされる曲、

『♪二人の銀座』山内賢/和泉雅子
『♪北国の青い空』奥村チヨ
『♪雨の御堂筋』欧陽菲菲
『♪京都慕情』渚ゆうこ

これらの曲のワンコーラスくらいだったら、ベンチャーズのリードギターに合わせて歌えるほど身体に沁み込んでいます。

そういう時代を経ての日比谷公会堂「加齢臭!」ですよ。

 アッハハハハー!

というワケで、

本日のひとりYouTubeは、最新のベンチャーズ日比谷公会堂パフォーマンス!といきたいところだけれど、先日のジルベルト・ジル・コンサートと違って録画フリーじゃなかったので、古いレーザーディスクからパクった動画をアップいたしましょう。

THE VENTURS LIVE IN L.A.  1981年1月 L.A.カントリークラブが元ネタです。

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ひとりYouTube

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この動画が撮影された1981年にしてすでに老け顔!
これから27年後の今回の来日ですから
70歳は越えているはず。
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このメンバーがひとりでも行きている間は
THE VENTURSとして来日コンサートをやるんだろうな。
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ベンチャーズを愛し
THE VENTURS 2008 日比谷公会堂を堪能しながらも
こんな皮肉な見方もしてしまった私でした。

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2008年9月13日 (土)

ジルベルト・ジル/宮沢和史/島唄

このところ露出しているこの5人衆。

2008.09.13(土) 産經新聞

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立候補者が5人という、この『5』という数字にも作為的なモノを感じます。

選挙の立候補受付開始時間に立候補者が複数の場合には、候補者本人あるいは代理人がジャンケンとか抽選で届け出順番を決め、その後の新聞記事なども「届け出順」という注釈付きで、名前が載る。これが立候補受付時の混乱を防止するためのルールだ、、、、と聞いたことがある。こういう“談合”ならば、それはそれで許容範囲。

今回の自民党総裁選の5人揃っての立ち会い演説会とか記者会見を見ていると、私の知る限りではすべて上記の写真のような並び方になっていて、この並び方の順番が気になっている。年齢順ということでもないし、やはり立候補届け出の順番に従っていて、麻生さんが3番目に届け出た結果こういう席順が決まったと想像する。

だとすると、

『5』という奇数の数字も、大本命と目される麻生さんが常に真ん中に位置して注目を集める並び方も、すべて計算され尽くした自民党の選挙パフォーマンスだと思えるんだが、、、。

マッ!

どうせドロ船の船長さんなんだから、スキにやって!

Sikiri

ブラジルの経済発展にともない日系ブラジル人の労働目的の来日が少なくなり、ヴァリグブラジル航空も撤退したのだという。叔父の話では高学歴の日系ブラジル人の安定した就職先も拡大して、日本への“出稼ぎ”がかつてほどのメリットなくなったとのこと。ブラジル移民一世の叔父は、三世四世の世代がブラジル国民としてブラジルのために働く姿を語るのでした。

それでも、すでに来日して家族との生活を定着させた人たちは多くいて、群馬・静岡・愛知などでは「ここは日本か?!」と目を見はるほど“リトル・ブラジル”の様相を呈した地区も出来上がっているとか。

そういえば、

9月7日(日)代々木公園のジョルジ・ベンの出演したブラジルフェスタでは在日ブラジル人向け携帯電話販売テントがお客を集めていたし、9月11日(木)のジルベルト・ジルコンサートでは入場時にもらったコンサート案内チラシのセットをめくっていたら、ブラジル人女性歌手(名前は忘れた)の来日コンサートが東京と前橋の2ヶ所だけというチラシも目にしたから、少なくなったと言われながらも“商売の対象”として成立するだけの人数は日本で暮らしてるということなのでしょう。

ブラジル出身歌手というと『♪フッリッ向〜けばヨコハマ〜』の演歌系マルシアさんが有名だけど、純ブラジル音楽のミュージシャンの来日公演も多数企画されて、とくに今回の官民挙げての「ブラジル移民100周年」を記念した日伯友好音楽イベントはじつに楽しい。

過去も現在もブラジルは親日国と知られていて、その要因はやはり100年前ブラジルに移民した日本人の立ち居振る舞いがブラジル人に尊敬の念を与えたからだと、叔父は誇らしげに語るのでした。

そして、

100年を迎えた今、こういった音楽イベントを通じて、日伯がさらに理解し合えて、絆が強まっていく予感がします。

というワケで、

本日のひとりYouTubeはマルシアさん、、、じゃなかった、9月11日東京国際フォーラム、ジルベルト・ジルの撮影フリーのコンサートから、宮沢和史と共演した『♪島唄』をアップいたします。ジルと宮沢のセッションはこの1曲だけでしたが、ジルの歌う『♪島唄』は珍しいですよ〜。

ちなみに、9月15日の横浜フリーコンサートでは宮沢和史もバンドを伴って共演するといいますから、これも楽しみな企画です。

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ひとりYouTube

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東南アジアでの喜納昌吉『♪花』
南米大陸での宮沢和史『♪島唄』
琉球音階は世界を駆け巡る。
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世界には知らない音楽がたくさんあって
ダボハゼ体質の私は
何にでも食いついていきたい
と思っているのです。

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2008年9月12日 (金)

ジルベルト・ジル/東京国際フォーラム

2008年9月11日(木)

ジルベルト・ジルを聴きに有楽町東京国際フォーラムへ。

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GILBERTO GIL
&
BROADBAND BAND

ジルベルト・ジル&ブロードバンド・バンド・ジャパン・ツアー2008
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2008.9.11(木)
東京国際フォーラム

ジルベルト・ジルについてコンサートチラシなどからパクるとこうなります。

ジルはブラジルが軍事政権下にあった1967年にメジャー・デビュー。カエターノ・ヴェローゾとともに「トロピカリズモ」と呼ばれる運動の担い手となった。芸術全般にわたる運動で、その背景には反帝国主義、反戦、民主化を掲げた世界規模での若者の反乱と、そこから派生したサイケデリックの流行などがあった。しかし、社会性の強いメッセージを歌うジルとヴェローゾは、軍事政権ににらまれ69年に逮捕・投獄されたうえで、亡命を余儀なくされる。
 (産經新聞コンサート案内=桑原聡さんより転載)

ロンドンでの亡命生活を過ごしたジルは1972年帰国し母国での音楽活動を再開。それ以来ブラジル音楽の国際的知名度を高めることに貢献し2003年からは文化大臣に任命され、今年7月までその任にあった。今回のジャパンツアーは10年ぶりに来日になるとのこと。

ジルの提唱する「トロピカリズモ」について説明できるだけの知識はないけれど、ブラジル音楽とレゲェやロックを融合させたというところか。数日前に代々木公園で聴いたジョルジ・ベンをさらにオシャレにした感じで、それはジョージ・ハリスンの「♪サムシング」、ジョン・レノンの「♪イマジン」、さらに宮沢和史の「♪島唄」までレパートリーに加えているところからも、そのポップス感覚が伺えます。

特に今回のコンサートで特筆すべきは、コンサート開始前の場内放送。

「写真撮るな/録音するな/携帯の電源を切れ/モノを食べるな」という、定番の慇懃無礼なアナウンスに代わってこんな放送が流されたのです。

本日のコンサートは写真撮影録画録音が許可されています。

お録りになった画像動画等はWeb上でご自由に公開してください。

つまり、写真撮りたかったら勝手に撮れ、撮影するならこれもどうぞ!その素材はWeb上で公開してくれ!(正しくはジルベルト・ジルのサイトに投稿しろ)というもの。撮影フリーを受けた会場のアッチコッチで、デジカメのディスプレイがジルの音楽に会わせてホタルのように揺れている光景はじつに嬉しいものでした。

家に帰ってからデジカメ(またはケータイ)に保存された画像を見ることで、さっきのコンサートの楽しさが蘇って、明日CDを一枚買おうかという気分にもなろうというものです。

芸人の原点は

聴かれてナンボ!

見られてナンボ!

の世界じゃあ〜りませんか。

自分をアーティストだなどとのたまい、そのクセ、他人の曲をパクったような歌ばかり作って、肖像権だの著作権だのと一丁前に権利を主張するヤツラに見せたい光景でした。

マッ!

オレがムキになっても仕方がないか。

そこで、毎度毎度の手ブレで申し訳ないけれど、私がデジカメで撮った動画をひとりYouTubeとしてアップしますからどうぞご覧下さい。少しでも当夜のコンサートの楽しさが伝わってくればと思います。

ひとりYouTube

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<お知らせ>
〜日伯移民100周年記念音楽フェスタ〜
の一環として
ジルベルト・ジル
フリー・コンサート
9月15日(祝)

会場:横浜赤レンガパーク
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関心をお持ちの方は
ネットで情報収集を!

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2008年9月11日 (木)

ブラジルフェスタ代々木公園 その2

この数日爽やかな季節になって気分がよい。天気と反対に相変わらず政治はウットーシーばかり。それにしても派閥会長と呼ばれる政治屋の顔は“雇われ会長”の身分そのまんまのモノだし、相撲協会の親方連中の顔にしても、既得権にしがみつくだけの“前頭筆頭クラス”のご面相。

かつての派閥領袖にしても親方にしても、テレビのフレームを飛び越えてくる威圧感があったけれど、現在ではぬるま湯に浸かりすぎたフヤケ顔で、小型テレビのスミッコにチョコンと収まってるのがお似合いという感じ。

Sikiri

さて、先日の日曜日の『ブラジルフェスタ/代々木公園』の様子をレポートしたら、検索エンジンにヒットするタイトルだったらしくアクセス数が増えている。まぁ、アクセス数が増えたからどうこうというモノでもないけれど、自分の作るモノに目を向けてくれるヒトが多かったのは嬉しい。

というワケで本日はその『ブラジルフェスタ/代々木公園』の続編でいってみましょう。

夏の終わりの最後の悪アガキという感じの猛暑の代々木公園

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シェラスコのケムリが立ちのぼってくる歩道橋。

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明治神宮方面に目を向けるとブラジルフェスタの騒動に背を向けて
トランペット吹きの休日。

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「やあやあ伊勢原の方はどう?」
という会話が交わされたかどうか。

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コパカパーナじゃこんな水着は地味な方だよ〜。

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バンドのセッティングの間にDJとダンスパフォーマンスが時間調整。

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会話はもちろんポルトガル語

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視線の先にあるものは?

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ひとり、内なる世界に目を向けるオンナ。

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陰の中に陽があり
陽の中に陰がある。
日の中に伯があり
伯の中に日がある。
テガッ!

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ジョルジュ・ベンと覚えていたら
ジョルジ・ベンが正確らしい。
1942年リオ・デジャネイロ生まれの御歳68歳。
「♪マシュ・ケ・ナダ」の作曲者でもあり
ブラジルでは知らぬものがいない人気歌手。
(wikipediaより)

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今年はブラジル移民100周年になるとのこと。

私には渡伯50年で現在サンパウロで隠居生活を送る叔父がいます。その叔父の話によれば、かつては日本で数年働けばブラジルでの開業資金や、家を建てたりする資金を作れたらしい。事実、友人にはブラジルでの債務を日本への出稼ぎで完済し生活を再出発させた猛者もいたし、叔父の娘(すなわち私とはいとこになる)にしてもイタリア人の夫とともに日本に出稼ぎに来てその貯金がサンパウロにイタリア料理店をオープンする資金になったといいます。

自分がブラジルに渡った50年前の日本は貧しくて、農家の次男に生まれた自分がいる場所が見つけられず、それならば南米で農園主になるという夢を抱いてブラジル渡ったけれど、自分がアマゾンの奥地で開墾に苦労している間に日本は経済大国になり、まさか自分の娘が故国に出稼ぎに行くことになるとは思わなかった。

南米の農園主という壮大な夢は叶わなかったけれど、良い家族に恵まれてサンパウロに暮らし、数年置きに里帰りできるほど悠々自適の晩年を送る叔父は苦笑しながら言います。

ファミリーが集まるだろ
ボクの子供はとうぜん日本人だけど
その結婚相手は
日系人だったりポルトガル系だったりインカ系だったり
そして
それぞれの子供たち、つまりボクの孫になると、
いったい何系なのか分からないほどニギヤカだよ。
ハハハハ・・・。

オマエにも見せたいからサンパウロに来いよ!

なるほど、混血にはおおらかなのがラテンの気質なんだなぁ。

代々木公園に集結した人々を見ていると、ひとくちにブラジル人といっても、その容姿は様々。完璧な日本人顔でポルトガル語を話しながら自然にハグする姿を見ていると、タクアンかじり盆踊りのノリで育った日本人と、フェイジョアーダを食べサンバの中で育った日系ブラジル人では、顔と身体は同じでもソウルの部分では別人種なんだろう〜と感じます。

そんな、ラテンの発する熱とジョルジ・ベンに煽られた黄色のチャンジー・・・つまり私も、急なスコールの中、オレオレオレオー!!!などと腕突きあげていたワケですよ。

ひとりYouTube

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この夏里帰りした叔父に
パソコンを選んでくれと頼まれた。
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タイプライター代わりと
趣味の将棋ソフトを使いたいが
ブラジルでは中古が手に入らないとのこと。
Win.XPと最強将棋ソフトをインストールした
ノートパソコンをブラジルに持ち帰って行ったけれど
このように70余歳にしてもまだカクシャクとしたもの。
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この叔父のような移民を受け入れた
かつてのブラジルのような寛容さが
今の日本社会にあるだろうか?

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2008年9月 7日 (日)

ブラジルフェスタ代々木公園08.09.07

今年はブラジル移民100年記念にあたる年だとのこと。その記念すべき年にブラジル絡みの各種の催しが行われている。官民挙げてのイベントも多いようで、このことからも「日伯」関係の良好さが伺われて嬉しい。

そんなイベントの中でもたぶん最大規模になるんではないかと思われる代々木公園の『ブラジルフェスタ』へと行ってきた。

昼前からカナリア軍団のカラーをまとった人たちがゾクゾク集結。

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路上ではブラジリアンドラムが空気を揺るがせ、否が応でも雰囲気は盛り上がります。

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ブラジル名物シェラスコのケムリと匂いが充満し

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リオ・デジャネイロの最新水着が人目を誘い、

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背番号9のRONALDOがいれば(7は誰だっけ?)

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10のKAZUだっています。

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会場では久しぶりの再会を喜んでの記念撮影。

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アッチでも、

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コッチでも、

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右でも、

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左でも、

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群馬から静岡から愛知から、日本で働くブラジルの人たちが待ちわびていたお祭りなのでしょう。

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お兄さん、コッチ向いて!

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お姐さん、ポーズ作って!

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ステージではバンド演奏やダンスパフォーマンスが繰り広げられ飽きません。

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日本人バンドとはリズムのセンスが違います。日本人の血を引いてるといっても、ブラジルで生まれ育てばブラジル人の感覚になってしまうということなのでしょう。

途切れなく出演するバンドの中で、私の目的はこのお方!

ブラジル音楽の巨匠ジョルジュ・ベンです。

このフェスティバルだけのための来日だったのか、それとも他のコンサートも予定されているのか知らないけれど、無料コンサートとあれば聴かないテはありません。

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もうすぐ70歳のはずなのに、若いこと若いこと。

そのパワーには圧倒されてしまいます。

それに観客がブラジル人ですから、

ノルこと!ノルこと!

ノセルこと!ノセルこと!

アオルこと!アオルこと!

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途中から大粒の雨が降り始めても「水を刺される」どころか、「火にアブラを注ぐ」感じで皆ビショヌレになりながらコブシ天を突き、足踏み地を揺らす。ここが渋谷のNHK裏だということを忘れて、リオ・デジャネイロのサッカー場に紛れ込んだと錯覚するくらいの盛り上がりかた。

というワケで、本日のひとりYouTubeはジョルジュ・ベンの『マシュ・ケナダ』代々木公園バージョン。撮りたてホヤホヤ。湯気の出ているヤツです。

ひとりYouTube

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靴下もパンツも雨でグッショリ濡れた身体で
冷房の効いた地下鉄のつり革にぶら下がりながら考えた。
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真っ赤な五星紅旗に埋もれたときはあんなに不愉快だったのに
緑黄のブラジル国旗の集団に包まれながら
サンバのリズムに身をくねらせていると
こんなに幸せなのは何故だろうと。

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2008年9月 6日 (土)

老いて男はアジアをめざす/瀬川正仁

定年退職を期に北海道なり沖縄なりに移住して永年の夢だった農業などに従事する、あるいは、日本での年金を運用して海外で優雅な引退生活を送る、などと いうようなナガレのテレビ番組をときおり見かけ、とくに「2007年問題」が取りざたされ始めた数年前から、この種の番組は多くなったような気がします。

移住先のご近所と同調した設定で、ペテンの薄くなったオヤジが慣れない作業に汗をかき、週末には友人知人を招いての親善バーベキューパーティなどという絵を見 せられてもなかなか感動を覚えられません。オヤジの巻くバンダナはどうも収まりが悪く浮き上がっているし、クライマックスのバーベキューだって、テレビ局の下請 け制作会社ディレクターが隣近所を拝み倒し、どうにかこうにか数だけは集めたというギコチナイ雰囲気がミエミエなのだ。

だから、幸せな移住者を映し出すテレビ画面のアラ探しをし「ホントかよ〜!クサイゾ〜!」などとツッコミいれたくなるのも、テレビ画面の彼らと同世代ながらリタイア生活などトンデモナイ!持たざる者のヒガミかな。

Sikiri

前回の『外こもりのススメ/安田誠/玄冬舍』とはニュアンスが異なるけれど、やはり、東南アジア諸国での生活を描いたのがこの本(ついつい、このテの団塊モノが目についてしまうのです)。

どのように違うかというと、『外こもりのススメ』が青年層の日本脱出生活ハウツーものだったのに対して、この本は“第2”だか“第3”だかの人生を東南アジアに求めた、60歳前後の、いわゆる『団塊』と呼ばれる年齢層の男たちに焦点を集めているのです。

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老いて男はアジアをめざす
熟年日本人男性
タイ・カンボジア
移住事情

瀬川正仁
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バジリコ(basilico)
2008.08.17

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第二の人生を、物価の安い
アジアの国で。
あわよくば若い女性との出会いも・・・・・

悠々自適の年金暮らしをタイで若い愛人と。
そんな夢をいだいて海を渡った男たちの悲喜こもごものドラマ。
はたしてタイは楽園か、それとも・・・・・。
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バラ色の余生が待っていたはずの東南アジア移住も、そう簡単にはバラ色の夢は見させてくれなかったらしい。

この本に登場の方々は皆さんワケありのシングル。一丁上がり!に括られそうな“団塊世代”でも枯れてしまったワケではありませんから、チャンスに対面すればムクムクッとするワケですよ。

永年の恋愛未達成感を東南アジアの若い女性で成就できた!と思ったのも束の間、「金の切れ目が縁の切れ目」ということわざを実感することになるワケ。

あなたがもてているのではない。

財布がもてているんだ

この言葉さえ肝に銘じていれば割り切れることも多いだろうに、「まだまだオレも捨てたものじゃないゼッ!」という思い込みが先に立って、眼鏡が曇ってしまった例もゴマンとあるみたい。

同世代の立場にあるオトコにとっては「老いてアジアを目指した男たち」の悲喜こもごもが痛く突き刺さってくる本です。

石垣島に移住できるほどの資産もなく、東南アジアでリタイア生活を維持できる年金もアテにならず、第一、それらに踏み切る度胸もない私としては、せめて有給休暇を利用した小旅行をチマチマと楽しむだけしかありません。

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短いようで長いのが老後
テガッ!!!

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2008年9月 4日 (木)

外こもりのススメ/安田誠

「外こもり」という言葉も、そのうち広辞苑に載るんではないかと思われるほど知れ渡ったようです。

「外こもり」の定義としては「賃金の高い日本で働き蓄える→物価の安い国に長期滞在する」サイクルを繰り返す。つまり「引きこもり」が、日本国内で他者との関わりに背を向ける生活を送るのに対して、「外こもり」は「引きこもり外国版」というスタイルになる。

「外こもり」の海外拠点として人気のあるのが東南アジア諸国でその筆頭格がタイらしい。私がタイを旅行していたのは何十年も前になるけれど、その当時の感覚からしてもタイの物価の安さは想像がつきます。なるほど、タイだったら資金の有効活用ができるかもしれない。

昨年末から今年はじめにかけてカンボジアとベトナムを3週間旅行した。

この2国とも「外こもり」族には人気のある国になるらしいけれど、私が実際に現地で出会った日本人は皆それぞれ有給休暇をヤリクリしての旅行客で、少なくとも「外こもり」という言葉からイメージされる後ろ向きな人々という感じではありませんでした。

だから、旅行後「外こもり」という言葉を雑誌や新聞で読むたび「『外こもり』ってホントなの?ごく一部の海外滞在者の属性をメディアがセンセーショナルに取り上げているんじゃないの?という印象をもっていたワケです。

私の旅行は、安いゲストハウスに泊まり屋台で飯を喰うという、期間限定のバックパッカーでしたが、それでも、1日でも長い逗留を目指す「外こもり」に比べれば、“セーブマネー”の徹しかたが生温かった分、「外こもり族」と接触する機会がなかったのでしょう。

私がメディアのヤラセではないか?と疑った「外こもり」という存在が、最近かなり大きく扱われたのがこの事件。

2008.08.31(日) 産經新聞

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タイ中部で8月9日絞殺体で発見された棚橋貴秀さん(33)は、タイ滞在10年の元祖「外こもり」で、その世界では名前の知られた存在だったらしい。その、自由気ままな生活をエンジョイしているはずの「外こもり」生活が悲惨な結末になってしまったという記事です。

一般的な「外こもり」が日本での短期雇用で作った資金を外国で消費するというサイクルをくり返すのに対して、被害者になった棚橋さんはバンコックに滞在して10年になり、インターネットでの株式投資などで資金を捻出するノウハウを会得していたらしい。

けっきょくその資金目当ての犯行らしく、棚橋さんの口座から約1000万円を引き出したとみられる日本人男性に逮捕状が出ているとのこと。ネットで1000万円もの蓄財ができるというのも、ネット社会の現代を反映しているようです。

悲惨な結果に終わった棚橋さんが、「外こもり生活」を安田誠のペンネームで著したのが『外こもりのススメ/玄冬舎』という本。

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外こもりのススメ
海外のほほん生活
安田誠
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玄冬舎コミックス
2008.07.10 第1刷発行
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謎に包まれた外こもりの生態を解明?
外こもりをしているのはどういう人?
外こもりにおすすめの街は?
外こもりの収入源は?
外こもりはどんな生活をしているのか?

この本では、「外こもり」の定義から始まり、滞在に適した都市、ビザ問題の対処法、各国ネット事情、生活費の捻出方法など「外こもり」のためのノウハウをコミック仕立てで懇切丁寧に解説しています。

だから、あなたが「自分も外国で外こもりを!」と意図する人なら参考になるかも知れません。しかし、下記のような生活のリズムに違和感を覚えるような人は、あまり深入りしないで立ち読み程度で済ませるのが良さそうです。

同日産經新聞より

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「社会に息苦しさを感じている引きこもりやニートに、『何カ月か日本を離れて外こもりをしてみるのもいい』と訴えたい」

こんな棚橋さんの願いが叶って、「著書が紀伊国屋書店バンコク店にも入荷した」とホームページで報告した棚橋さんだけど、その喜びも束の間、出版1カ月後には死体で発見されたというのも皮肉なものです。

この本をパラパラ斜め読みして思うのは、こういう「外こもり」の生活に入るのは簡単だけれど、イザ抜け出そうというときには難しそうだな〜ということ。一時的な逃避のつもりが永遠に沈没などということになったら怖い。

「外こもり」族の側から自分を肯定する文章や、社会の状況とからめて「外こもり」解説する文章も多いけれど、けっきょくすべて個人の資質によるんじゃないか?というのが私の感想です。

沈みっ放しを選択する人もいれば
浮かびあがろうと必死にもがく人もいる
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ヒト様のヤリかたにどうこう言えるほどの身分じゃないけれど
これが
それぞれに与えられた生きかたのような気がします。

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2008年9月 2日 (火)

アテとフンドシ寝てても外れる

福田さんは北京オリンピック開催のための露払いをしただけで終わってしまったんだなぁ。

けっきょく、

長野426事件第一ランナー星野選手はコケ

長野426事件最終走者野口選手は走る前にコケ

長野426事件総指揮者福田選手はコケコッコー

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アテとフンドシ寝てても外れる

これは、わがタレ乳の母の口グセです。

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それにしても

とにかく様子を見よう。

安倍、福田と2代続けて迷惑をかけたのだから

しばらくは謹慎だな・・・

 (森元首相  産經新聞より)

とは!!!!!

深夜の密室人事がバレてコケた時点で永遠に謹慎すれば、その後の日本に少しはプラスになったことに気がつかず、未だにキングメーカー気取りでいますネ〜。
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2008年9月 1日 (月)

『神話の力/ジョーゼフ・キャンベル』動画について

もし
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神話の力/ジョーゼフ・キャンベル
(NHKで放送された日本語版動画)

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