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2008年8月 2日 (土)

LEFT ALONE '86/MAL WALDRON/JACKIE McLEAN

1989年に音楽評論家の小川隆夫さんがニューヨークのマイルス・ディヴィスのもとへ届けたレーザーディスクが『DINGO』だったかどうか自信はなくなってきたけれど、小川隆夫→レーザーディスクつながりのエピソードをもうひとつ。

ジャズ・アルトサックス奏者のジャッキー・マクリーンの訃報(2006年)に接した小川隆夫さんがジャッキー・マクリーンの死について書いたコラムのことを思い出した。

1986年、来日中のジャッキー・マクリーンとは別に、日本ツアー中のマル・ウォルドロン(P)を再会させて、『レフト・アローン』の再現アルバムを作る企画が持ち上がったのだという。ところがこの企画、ジャッキー・マクリーンの了解は得られてもマル・ウォルドロンが渋ってナガレかかったといいます。

マル・ウォルドロンはジャッキー・マクリーンとのセッションそのものに異論はないけれど、『レフト・アローン』の再演を拒否したい意向だったとのこと。マルにしてみれば日本で毎夜毎夜『レフト・アローン』の演奏を求められることに辟易していて、その上、さらに再演レコードを作ることを要求されたことに抵抗したものらしい。そこで、ジャッキー・マクリーンとマル・ウォルドロン双方と親交厚い小川隆夫さんに、レコード会社からマル・ウォルドロンへの説得を依頼されたとのこと。

レコード会社にしてみれば何匹目かのドジョウを狙ったこの企画で、マルが『レフト・アローン』を弾く弾かないはセールスに大きな影響を与えることになるワケです。

結局小川隆夫さんの、『レフト・アローン』という曲が日本人にどれほど愛されているかという説得にマル・ウォルドロンが応じ、再演は実現したのだといいます。

  special thanks to Dr.TAKAO OGAWA for his medical care

できあがったアルバムのこんなクレジットを見て、ジャッキー・マクリーンの細やかな心遣いに感動したというエピソードを書き、ジャッキー・マクリーンの死を悼んでいるのでした。そうそう、小川隆夫さんは音楽評論家でもあり外科医でもあるのです。

日本のジャズファンはじつに不思議な感性を持っていて、例えば本国アメリカではすでに忘れ去られたようなミュージシャンやアルバムでも、「幻の名盤」という名の下に大切に聴き続ける義理堅いところがあり、その最たるものがマル・ウォルドロンの『レフト・アローン』ではないかと思います。特にマル・ウォルドロンの場合はビリー・ホリディ最後のピアノ伴奏者という伝説も加わり『弧高のピアニスト』として神格化されてしまった存在でもありました。

マル・ウォルドロンの1970年代アタマの初来日は、ジャズ雑誌のインタビューと、ごく一部のファンのための小規模なソロ・ピアノ・コンサートで終わったはずです。そして二回目となるとこれはもう、確か30本くらいのブッキングで、この無謀とも思えた日本縦断コンサートを成功によってマル・ウォルドロンの名前は日本に定着し、それ以来3年おきくらいに来日しては全国津々浦々で『レフト・アローン』を弾き、日本で最も多くの色紙を残したジャズメンとなります。

小川隆夫レポートによる、1986年、ジャッキー・マクリーンとの『オール・アローン』再演を渋ったというマル・ウォルドロンだけど、たぶんそれはポーズだけで、最初から弾く気だったでしょうね。

マル・ウォルドロン自身はかなり実験的アプローチを指向したピアニストだったけれど、日本人は自分に『レフト・アローン』ともうひとつ『オール・アローン』しか求めていないことに気がついてからはジュークボックスに徹すると割り切ったように思えます。あくまで日本でだけというハナシ。

日本人のこのようなジャズとの接しかたの善し悪しは別にして、マル・ウォルドロンの『レフト・アローン』がジャズ初体験だったという音楽ファンは多いはずです。

『レフト・アローン』でジャズに接し、その後どんな音楽とつきあっていったか?それぞれの音楽遍歴を振り返りながら、本日は小川隆夫さんが関わって実現した、1986年のマル・ウォルドロン=ジャッキー・マクリーンの再会セッションから『レフト・アローン』をひとりYouTubeとして見ることにいたしましょう。

80801_1
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LEFT ALONE '86
MAL WALDRON・JACKIE McLEAN
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マル・ウォルドロン(P)
ハービー・ルイス(B)
エディ・ムーア(Ds)

ジャッキー・マクリーン(As)
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1986.09.01
五反田ゆうぽうと

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ひとりYouTube

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夏休み特別サービスとしてもう1本。
これは同じセッションからマル・ウォルドロンの
『ALL ALONE』です。

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ひとりYouTube

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こうして改めてマル・ウォルドロンの動画を観ると
『弧高のピアニスト』
のキャッチフレーズに相応しい
独特の雰囲気がありますね〜。

マル・ウォルドロン 1926.08.16-2002.12.02
ジャッキー・マクリーン 1931.05.17-2006.03.31

@nifty動画共有サービスが2011年6月30日で終了します。
したがって、それ以降この動画は表示されません。
(2011年5月5日:えあじん)
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