ジャズ楽屋噺/小川隆夫
いまでも『レーザーディスク 買取り』をキーワードにこのブログにアクセスする人がポツリポツリとあって、自分でも試しにこのキーワードでチェックしてみると、だいたいが
「レーザーディスクを買い取ってくれるところはないか?」
というような、レーザーディスクを有利な条件で処分したい趣旨の記事。
ところが、どの記事も「買い取り1枚100円だったら良い方だ!」と、レーザーディスクの凋落ぶりを思い知らされるばかり。たしかにDVD全盛の時代ではレーザーディスク保管に要するスペースはウットーシーものがあります。
それでもなお、私はビデオの次に現れたレーザーディスクというメディアに驚いた世代だから、SPレコードを楽しむファンのごとくいつまでもレーザーディスクを手元に置きたいと思うワケです。
私のレーザーディスクコレクションはおいおい自慢たらしく紹介しますのでご期待のほどを。
私がジャズをいちばん聴いていたのは70年代で、その当時はスイングジャーナルなどジャズ雑誌の発売日を待ちかねては貪るようにして読んでいたものです。
「ジャズ評論家は坊主と医者ばかり」
と悪態つかれていたのもその当時のことで、たしかに坊さんとお医者さんで批評欄を持っている方もいました。この方たちの強みは本業ちゃんと他にがあるから、自己の趣味感性の追求に徹してレコード会社やファンにおもねる必要がないというところにあったと思います。それゆえにミュージシャンサイドからは「オレのレコードをどうこう言う前にオマエの弾くブルースを聴かせろッ!」などと反撃されることもありました。プレイヤーと評論家ではもともと役割が違うと思いながらも、誌上で繰り広げられる論戦に外野席のファンとしては、それはそれでオモシロがったものでした。
いつの時代もプレーヤーと批評家とファンの間には埋めがたい溝はあります。
今ではジャズ雑誌を読んで新譜情報をチェックするほどの熱心なファンでもないから、どんな評論家が活躍しているか知らないが、小川隆夫さんの書く音楽コラムは楽しく読んでいます。小川隆夫さんご自身は“評論家”という肩書きを受け入れているのかは知らないけれど、本職はお医者さんなんですね〜。
小川隆夫さんの素晴らしいところはジャンルにこだわらない徹底的な音楽ファンであり、ミュージシャンに対する尊敬の念をもっているところにあります。ミュージシャンの素顔を書いたコラムからは、評論家とミュージシャンというよりは、友人としての濃密な関係が感じられ、小難しい理屈をこねくり回すだけの頭デッカチな評論よりは音楽を聴く楽しさを私に教えてくれるのです
その小川隆夫さんの新刊はまたまたジャズメンとのセッションを描いた『ジャズ楽屋噺/河出書房新社』という本。どのページを開いてもジャズマンの奇人変人ぶりが弾け、著者がいかにジャズマンの信頼を得ているかがわかります。それも自慢たらしくなく。

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愛しきジャズマンたち
ジャズ 楽屋噺
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小川隆夫
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河出書房新社
2008.05.30
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変人?奇人?意外と真面目?
ほかでは知れないジャズメンの素顔
思わず笑みがこぼれる逸話60本
ここで私としては「我が田に水を引いてくる」のですが、この本の中に
『マイルス・ディヴィス そうじゃないって』
著者がマイルスにレーザーディスクを届けたときのことを書いた章があります。
1989年、マイルスをニューヨークの楽屋に訪ねて、日本で発売されたレーザーディスクを渡す小川隆夫さん。ジャケットからディスクを取り出したマイルスは奇妙な目つきで銀色に輝く盤を眺めて、「なんだ、海賊盤か?こんなの許可した覚えはないぞ」といい放った。映像が観れるディスクだと説明しても納得した様子もなく、翌日マイルスのアパートを訪ねると、昨日渡したレーザーディスクの盤がレコードプレイヤーの上に乗っていたということ。
レコードプレイヤーに盤を乗せれば音が出るものと思っていた、つまりマイルスはレーザーディスクなるメディアについての知識が無かったということをユーモアたっぷりに描いていてニヤリとさせる逸話です。
そこで、私は著者の小川隆夫さんが1989年にマイルスへ届けたレーザーディスクは何だろうか?と想像するワケです。そして何枚かあるマイルスがらみのレーザーディスク・コレクションの中から私が取り出したのがこのレーザーディスク盤。
マイルスがビリー・クロスというジャズトランペーターの役で出ている、マイルスにとっては異色の作品です。

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MILES DSVIS
in
DINGO
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夏のある日、少年ジョンの住む田舎町に
飛行機が緊急着陸する。降りてきたのは
ジャズ・ミュージシャン、ビリー・クロスだった。
ビリーは少年に、音楽の素晴らしさを語り、
深い感動を与える。その後20年、ジョンはトランペット
片手にビリーのレコードを聞きながら成長した。
オーストラリアの砂漠地帯に緊急着陸した飛行機から現れたジャズトジョン。成長してトランぺッターとなり、美しい妻も得て何不自由なく満たされた生活を過ごしているようだが、ジョンに芽生えた言い知れぬ空虚感。そんなときに思い出したのが、少年の時に出会った砂漠でのビリーの言葉。
パリに来たときはオレを訪ねて来い
この言葉を頼りにオーストラリアからパリへと旅立つジョン
というのがこの映画のストーリー。
音楽担当がミシェル・ルグランでマイルスがトランぺッター役で出演となれば、音楽ファンであればグググ〜ッと引き寄せられていく作品に間違いありません。
小川隆夫さんはこの『ディンゴ』のレーザーディスクをマイルスに届けて、レーザーディスク未体験のマイルスがその盤をレコードプレイヤーの上に乗せたと想像したけれど、もしかすると『MILES DAVIS! LIVE IN MONTREAL 1985』の方だったかな?と自信がなくなってきちゃった。
1989年といえば、東洋の島国在住のこの私でさえレーザーディスクを「究極の映像ソフト」と信じてなけなしの小遣いはたいてコレクションしたいた時代です。
いち早く電子楽器を取り上げて、それまでのジャズの風景を一変させた改革者マイルスが、1989年、レーザーディスクの銀盤を乗せたレコードプレイヤー を前にビクターの犬よろしく頭をかしげて『???』は、かなり笑える絵柄です。
少なくともレーザーディスクに関しては、巨匠マイルス・ディヴィスよりは私の方が先をいっていた!!!と自慢しちゃおう。
というワケで本日のひとりYouTubeは、映画『DINGO』の中のマイルス登場のシーンをパクリましたのでごらんください。死の2年ほど前、マイルスの名演技をどうぞ。
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コメント
以前私もレーザーディスクを処分した事があります。
東京のパワーポジションさん。
数件で値段を比較したところ一番高い値がついたので売ってしまいました。
たしか1枚300円くらいかな?
http://www.ne.jp/asahi/power-position/japan/kaitori/01top.html
対応した方も親切で、好感が持てました。
おすすめということで。
投稿: JAM | 2008年10月12日 (日) 午後 09時42分