題名のない音楽会より
『題名のない音楽会』より
山下洋輔
怒濤の3連戦
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ひとりYouTube
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ひとりYouTube
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EXPLORAR 第3楽章』
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ひとりYouTube
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したがって、それ以降この動画は表示されません。
(2011年5月5日:えあじん)
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外回りの営業をやっていた一時期パチンコに凝ったことがあって、その日の行動計画をたてるにしても、会社提出の行動計画表とは別に「どこそこのパチンコ屋で勝負!」などと仲間内で示し合わせるほど入れこんだこともありました。
ヤクザなセールスマン仲間には出社すると銀行で両替した100円玉でズボンのポケットを膨らませてゲーム喫茶に直行、一日中ピコピコいわせてるヤツがいたり、麻雀屋から出社するヤツがいたりと、中途半端にハグレてしまった連中の中で揉まれてた時代もありました。
あのころからサラ金の取り立て問題はマスコミで騒がれていたけれど、とくに夜逃げすることもなくこれまで来れたのは「これ以上やったらダメになる」という自制心を持っていたというか、要するに小心者なのでしょう。
ギャンブルはハマッたのは一時期のそのパチンコだけで、それ以外には競馬競輪競艇などには全く無関心のままの20数年というワケです。
そんな私ですから、一競輪選手の動向など気にもとめなかったはずなのですが、この小さな新聞記事だけは「まだ現役選手だったのか〜」と読んでしまいました。私がなぜ無縁のはずの競輪の滝沢正光(48)という選手の名前など知っていたかというと、この人の名前が歌詞に入った歌を知っていたからなんですね〜。
詩人であり、フォークシンガーであり、酒飲みであり、競輪ファンでもある友川かずき(現友川カズキ)に『夢のラップもういっちょ』という歌があります。
♪夢ふたたび教えてくれたのは
ディランでもスプリングスティーンでもなく
朝もやを突いて走る滝沢正光
走ることでしかそがれていかないものの
沢山あることを知っている
滝沢正光様が走っている
あこがれゆく理由がそこかしこにある
この歌詞から滝沢選手の吐く息と筋肉の塊、疾風のごとく走り去る自転車の音を感じ取ることができます。競輪の世界などおよそ歌になりにくい景色に思えるけど、まだ夜の明け切れない朝モヤ漂う中を練習する滝沢選手の姿に偶然出くわし、友川かずきの体内に電流が走ったのでしょう。
ただし、突き抜けた電流はなかなか長続きしないのが友川かずきの複雑さ。一時期取り憑かれたように礼賛した対象物でも、ちょっとしたキッカケから平気で貶すようになるというのが詩人友川かずきの性癖ですから、コチラが歌の成立した背景に勝手にロマンを廻らしている間に「アカンベー!」していることも考えられます。
それでも、
♪あのひともいいひとだった
やれ このひともいいひとだった
それはクチをぬぐうようにラクではあるが
で始まるこの歌が好きなんですね〜、ときどき、ひとりで口ずさんでいる自分がいるのです。
こまかなことにチマチマして生きている自分対して、世間の目などにとらわれずに好き勝手に生きている友川かずきに大いなる憧れを抱きながらここまできているのです。
ということで、本日のひとりYouTubeは友川かずきの『夢のラップもういっちょ』を観てみましょうか。NHKの放送からのパクリです。歌だけでなく自虐トークの可笑しさもゼツミョーなものがあります。
アコーディオンの長畑雅人、ドラムスの石塚俊明が渋谷アピアでのレギュラーですが、このNHKバージョンは石塚俊明の欠けた編成。『頭脳警察』といえばNHKにはイロイロ因縁のあったグループですからトシの方から出演辞退したものか?NHK側から拒否されたものか?たんにスケジュールが会わなかっただけなのか?こちらのほうもイロイロ想像できる編成です。
それでは、異能のシンガー友川かずきの世界を味わってみてください。
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毎日毎日ツユ空のウットーシー日が続いています。
そんな日々の中で、朝からこんなものを新聞広告だの電車の車内吊りなどで見せられた日にはウットーシさも5割増!!
労働意欲も減退しようというものです。
そんな優れない気分を吹き飛ばそうと、本日の昼飯は神田神保町すずらん通りの『きっちん南海』のカツカレー。
黒カレーで体内のイヤな気分を中和させながら、すずらん通りをそのまま三省堂本店まで歩き新刊コーナーを見れば、こんな新刊が平積みになっています。

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中国側に即した反論は山ほどあるだろう。だが一言いっておこう。それらの反論を真実なものとして証明したいなら、チベットを自由に歩かせ、自由に人々に会わせ話させるがいい。それを拒絶する体制の吐く言葉など一言たりとも私は信用しない。
著者あとがきのこの部分に共感を覚えて購入。
そういうことだよ!チベット国内の旅行が徐々に解禁されつつあるという報道はあるけれど、どうせそんなの、監視つきの制限された旅行だとは誰にも想像できること。
まずチベット国内を何の制限もなく自由に旅行できるようになることが、初めの一歩なのです。
三省堂を出ようとすると、、、オー!オームだ!!!
店内出入り口のちょっとしたスペースでチベット小物のワゴンが店開きです。
オームマークをあしらったCDなどもちゃんとワタクシを出迎えてくれます。
ムカシはこういった民芸品も物珍しくって丹念に見てた時代もあったけれど、最近では興味も薄れましたネ〜。
でも写真を撮らせてくれたお礼に
この催しは
6月30日まで神田三省堂本店1階ロビーで開催中
どうぞお立ちよりください
と宣伝しておきましょう。
最近お気に入りの動画を紹介しましょう。
オモシロキこともない世の中だからこんな動画の力を借りて心を鎮めなければなりません。
村治香織さんのパーフェクトな演奏です。
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すっかり忘れていたけれど中国では“聖火”リレーをやっていたんだ。

こんなことで本番は大丈夫なのか?と言いたくなるような相変わらず隔離された中でのイベントで、いったい「何から何を守らなければならない」ということなのでしょうか?オリンピック本番が楽しみなようでもあり怖いようでもあります。
さて、
土曜日にチャボロ・シュミット・コンサートへ行く前に中野に寄り道してからのハナシです。
中野ブロードウェイ入り口にはサイババの写真を使った占い屋さんの案内板がいまだに残っています。サイババブームが去って随分たつけれどサイババのご利益はまだ続いているんでしょうか。
中野ブロードウェイで私が行きたかったのは4階の『大予言』という古本屋。
しかし、、、、、。
どうやら昨年の秋に閉店の模様。
この店は精神世界関係専門で一般の古本屋にはない品揃えで魅力だったお店。ここで貴重な資料をずいぶん手にいれたものです。ユニークなポリシーを持ったお店がまた一店減ってしまったのは寂しいことです。
『まんだらけ』の賑わいもかつてほどではないみたいで、オタクのナガレは秋葉原へと移ってしまったのかな?
そんなことを思いながら中野ブロードウェイを出てから中野サンプラザ前の中古レコード屋『RARE』へ。最近は欲しいと思えるブツもないけれど、中野に来れば一応覗いてみたくなるのだ。
民族音楽のコーナーで1962年にアメリカで発売されたチベット音楽のレコードを購入。
1260円なり。
中央線中野駅から高円寺に向おうと下り電車に乗り込んだとき、
アッ!オームがいる。
大きなオーム マークの入ったハンドバックを持った女性がプラットホームを歩いています。
「写真を撮ろうか、、、、」
躊躇した一瞬の間に電車のドアが閉まって、
アレ〜、オームが逃げてく。
カメラを取り出す間もなく、目の前をオームマークがこれみよがしに通り過ぎていきます。そこらのエスニックショップで見かけるズタ袋風なザツなバックとは違う、作りのかなりシッカリしたハンドバックでしたね〜。
初めて見るオームだっただけに逃がしたオームは残念。
しかたないから、本日は高円寺仲屋むげん堂店頭のオーム画像をアップしてお茶を濁しましょう。
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『マヌーシュ・スイング』というジャンルを最近になって知った。
ネットなどで断片的に知り得た情報を元に『マヌーシュ・スイング』を簡単に説明すると、
フランス北西部とベルギーに至るジプシー音楽と、アメリカから伝わったジャズが融合し1930年代に作られた音楽。音楽的特徴はリズムギターとベースの刻むリズムの上でリードギターあるいはバイオリン、アコーディオンがアドリブを繰り広げ、その代表的ミュージシャンがジャンゴ・ラインハルトということになるらしい。
ジャンゴによって確立された『マヌーシュ・スイング』はジプシー音楽独特のウキウキ感が、アメリカジャズにも逆影響を与えて広がり、現代でも愛好家は多いとのこと。ただし、“マヌーシュ”とか“ジプシー”という呼び方は民族差別的響きもあるために、最近では出身地域の“ロマ”をとって、『ロマ・スイング』と言い表す動きもあるらしい。
なるほどギターのジャンゴ・ラインハルトの名前が出てくれば、バイオリンのステファン・グラッペリの名前も出てきて、『マヌーシュ・スイング』の音がおのずと伝わってこようというものです。
2008年6月21日(土)マヌーシュ・スイングの現代の第一人者チャボロ・シュミット(TCHAVOLO SCHMITT)を聴きに荻窪の杉並公会堂へ行ってきた。

杉並公会堂というと古くさいホールのイメージでいたけれど、いつのまにか建て直されてモダンなホールに生まれ変わっていて驚いた。そして日本では知名度不足だと思っていたチャボロ・シュミットのコンサート・チケットがソールド・アウト!というのにも2度ビックリ。
ロビーではファンによるパフォーマンスが繰り広げられていてムードも高まります。
当夜のチラシから転載するとこうなります。
世界が愛するマヌーシュ(ジプシー)・スウイングの生きる伝説、
チャボロ・シュミットが帰ってくる!
映画『僕のスウイング』に主演し、
ジャンゴ・ラインハルト・リバイバル・ブームを巻き起こしたチャボロ。
ザッザッザッと刻まれる心地よいリズム、
自由奔放な超絶技巧が炸裂するアドリブ・ソロ・・・。
愛すべきギターおやじチャボロが、最高のスウイング・ナイトをあなたに!!チャボロ・シュミット(ギター)
コステル・ニテスク(ヴァイオリン)
クロディウス・デュポン(コントラバス)
サニー・ドーサ(リズム・ギター)
ゲスト:渡辺香津美(ギター)
クリヤ・マコト(ピアノ)
チャボロ・シュミットの個人情報は分からないけれど、スケジュールだとかコンサートの内容などには無頓着。ギター抱えて車に乗せられて運ばれてステージに上げられて、そこで初めて自分の演ることに気がつくという、よくいえば自由奔放豪放磊落、ワルくいえば無責任でいい加減・・・ホントのところは知らないけれどたぶんこんなところじゃないかな。ステージの進行はすべてバイオリンのコステル・ニテスクにオ・マ・カ・セという感じ。
そのあたりのルーズさがジプシーなんだよ!というのは私の偏見か?
でも好きですネ〜このユルさが。
な〜んも考えてないようで、ソロパートになれば「ヤルときはヤル!」てなもんで、正確無比リズムボックス風ベースとリズムギターの上で超絶技巧の早弾き選手権。「これがオレたちの音楽なんだ!」という自信に満ちた演奏には圧倒される思いでした。
日本側ゲストの渡辺香津美とクリヤマ・マコトは各々2曲ほどセッション。
たぶん入念なリハーサルなどしたとも思えないけれど、渡辺香津美はどんなスタイルの音楽にも対応できる日本最高のギタリスト。チャボロと香津美さんは同年齢(香津美さんが1歳年上)だけどチャボの土着的フレーズと香津美さんのモダンなフレーズに両者の育ったフィールドが感じられます。
もうひとりのクリヤマ・マコトについての予備知識はないけれど、長い間海外での演奏経験をもつピアニストのよう。ヴァイオリンのコステル・ニテスクが「マイ・フレンド!クリヤマ・マコト!」と何回となく紹介してたところをみると両者は共演経験もありそうで、そんなことからクリヤマ・マコトはチャボとの共演というよりはヴァイオリンとの共演というところかな。
それぞれがそれぞれの持ち味を発揮した久しぶりのアコースティックなギターセッションを堪能。世界には聴くべき音楽がまだまだヤマほどあることを思い知らされた夜でした。
それにしても、知名度不足だろうと思っていたこんなバンドが、1200席のホールをソールド・アウトにしてしまうんだから、あらためて進取の気性に富む日本人の姿を垣間みたようでもありました。
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中山可穂さん→中山康樹さん、、、と中山が続いたところで、
中山つながりでもう一人、中山ラビさんネタでいきたい気分です。
ヤフーのネットオークションで『中山ラビ』を見てみると、出品物も減っていて、オマケに応札者もゼロ。コレクターが食指を動かす珍品はだいたい出払ってしまった感じがします。
私がネットオークションで手に入れた中山ラビ関連で一番の珍品と思われるのがコレ。

数年前にいちどオークションに出たことがあって、そのときはたしか2万数千円までいったところでバカらしくなって途中下車。「もう出品されることはないだろうな?」と思っていたら数ヶ月前に再出品されていて、1万円までは出すつもりで競り合ったらけっきょく7000円ていどで落札という商品。これでラビさんのレコードコレクション完了というワケ。
このシングルレコードはラビさんのファーストアルバム『私ってこんな/ポリドール』からシングルカットされたもので、かなりレアなブツのはずです。
ファーストアルバムが発表されたのが1972年ですから、ラビさんもデビュー35年になってしまうんですね〜。途中休養期間があったにしてもこれほど長い間歌い続けることになるなんて当人も思ってなかったんじゃないでしょうか。
そのラビさんが、デビュー当時のこと、経営するほんやら洞のことなどを語っているのがこの雑誌。

このanalogという雑誌は読んで字のごとく、ディジタル主流の現代にあって、あくまでもアナログレコードに執着するファンにオーディオ機器などを紹介する雑誌。
詳しい内容については『雑誌を買って読んでくれ!』ということにして、わずか2ページの記事にすぎないけれど、これまで覆ってたこともさりげなく告白しています。
ディジタルでない、アナログという雑誌のフィーリングがラビさんの感性に合っていたのか?それとも同じくボブ・ディラン信奉者でシンガーである構成 者の和久井光司との相性が良かったのか?リラックスしている様子で、読んでるこちらも70年代にタイムスリップして懐かしい気分になりまし た。
かつては『女ボブ・ディラン』とか『アングラ・フォークの女王』などと呼ばれたラビさんも、あれから30数余年を経て『ねんきん特別便』の届くおトシになった今、過去のできごとを淡々と語れるようになったんだとな〜と興味深く読んだ中山ラビインタビューでした。
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以前、西新宿地下広場でオマワリに連続して職質受けた顛末をこのサイトにアップしたことがありました。オマワリの職質で重大犯人が捕まったり、事件の発生を未然に防げることもあるだろうから、職質のすべてを否定するものではないとアタマでは理解しても、イザ自分が当事者になると気分の良いものではありません。
ましてや、事務用小型ナイフやドライバーを所持していただけで警察で調書を取られたり、オマワリに職質件数のノルマが割り当てられて、ノルマ達成のために応対しやすい風体の通行人を選別して声をかけているなどということを知ると不愉快さが倍加します。
私の場合はもちろんオマワリに口実を与えるようなモノを所持していたこともなく、2回の連続職質を『オマワリWセッション』などと、ブログネタ収集経験とオモシロがる余裕があったけれど、職質を拒否して振り払った手がたまたまオマワリに触れて「公務執行妨害!」となった事例もあるそうだから油断できません。
数日前からこの『オマワリWセッション』へのアクセスが増えたのを不思議に思っていたら、この章が2チャンネルのどこかで紹介されているらしい。どうやら秋葉原でのあの事件以来オマワリによる職質が増えていて、“アタマにきた”職質体験者がオマワリへの不満をブチまけ、職質への対応策を考えようという書き込みの中で、私の経験もひとつの参考例として紹介されてリンクを貼られているらしい。
書いた当人としてはいつ頃のハナシだったのかも忘れてしまっていることだけど、2チャンネルで紹介されていることが光栄なことなのか?迷惑なことなのか?複雑な気分です。
秋葉原事件に関連したことでは、「殺人予告」などの書き込みも警察は容赦なく摘発してるようで、すでに何人かは逮捕だとか書類送検などのしっぺ返しも受けてるみたい。このご時世、ホンの軽い冗談のつもりが冗談で済まなくなるほど、社会全体が酸欠状態でアップアップしているのです。個人の特定など不可能だと思っていたネット上の匿名の書き込みも、専門家にかかれば軽〜く割り出されてしまうのが実情です。ユメユメ軽はずみな書き込みなどは押さえましょう。
私の職質体験が2チャンネル愛好家諸氏にどのように読まれたのかわからないけれど、今になって新宿駅西口のWセッションを振り返れば、あのときは結構カッカしてオマワリに絡んだけれど、サッサとカバンを開いてみせてズラかる方が得策だったのかとも思えるのです。
オマワリから一本取ったとしても特に自慢になることでもないもんネ。
最近読んでいるのがこの本。
著者の中山康樹さんは元スイングジャーナル編集長だった経歴をもっていて、したがってジャズ関連に対しての造詣の深さは超一流。そして担当エリアはジャズ以外にもボブ・ディランから桑田圭祐までポップス全般に及び、その音楽オタクぶりは尋常ではありません。この方のスゴイところは単に知識を披瀝するというよりは、そのミュージシャンに対する熱烈な愛情が溢れているところにあります。
世に音楽評論家を自称する人はヤマほどいても、レコード会社やプロモーターの御用ライターの匂いプンプンで信頼性に欠けるけれど、この方の音楽評は100%受け入れて間違いありません。これまでの『聴け!』シリーズなどは私にとってバイブルのようなものです。
今回の中山康樹さんの本はこれまでの活動の中で付き合いのあったジャズメンのエピソードを集めたもので、それぞれがショートショートの味わいある文章ですからどの章から読んでもOK!最後のオチにニヤリ、あるいはホロリとできれば立派なジャズファンです。
もしこれまであまりジャズは聴いてなかったいう方でも大丈夫。
今回の文庫本化に際して『マイ・フェイヴァリット・ジャズ30』として文字通り30枚の著者愛聴盤が巻末に紹介されています。これらのアルバムはどれも入手可能ですから、これらを一枚一枚聴くごとにジャズへの興味が増していくことを保証いたします。
ちなみに、この『マイ・フェイヴァリット・ジャズ30』の中に私の知らなかったアルバムがあって、即ディスクユニオンで買ってきたのがこれ。

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タンゴにインスパイアーされて、女の情念を描きだした作品、『サイゴン・タンゴ・カフェ/中山可穂/角川書店』を読んで、アルゼンチンを舞台にした傑作映画のことを思い出した。
アルゼンチンの片田舎でお妾さんの娘として生まれ、実の父親の葬儀にも本妻側から参列を拒否され、みじめな門前払い。そんな屈辱の生い立ちをもつエヴィータ(マドンナ)がその美貌と人心掌握術を武器に『アルゼンチンの国母』と呼ばれるようになるまでを描いたミュージカル映画が『エヴィータ/アラン・パーカー監督』。
ミュージカル映画で、設定がアルゼンチンですからタンゴのシーンもタップリ。エヴィータが、そのときどきに自分を引き上げてくれる男たちと出会うダンスシーンはとりわけ官能的。
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映画の前半、上昇志向に燃えるエヴィータが「ブエノスアイレス(BUENOS AIRES)に行く」ことを「ビッグアップル(BIG APPLE)行く」と何度も言って気持ちを奮い立たせたあたり、ショービジネスでの頂点を目指してニューヨークに向かったマドンナの過去と重複するものがあります。
もちろんアルゼンチンにおいては、エヴィータの評価は種々語られているのでしょうが、監督のアラン・パーカーはエヴィータの政治的功罪よりも、特異な星のもとに生まれた女の、壮絶な「あげまん人生」に重点を置いて描いています。
さしずめ東のイメルダ・マルコス、西のエヴィータ・ペロンというところか。
中山可穂に興味をもって本屋で探してみたらこんな文庫本を見つけた。

失恋(彼女の場合は一般的失恋とはちょっと違うみたい)と、スランプによって書けなくなった時期が重なって、「誰かを忘れるために」あるいは「編集者から逃げるように」、東南アジアへと旅立った彼女。
こういう紀行文の常として、失意のどん底から旅先で本来の自分をとりもどし、最後は再生して次なるステップへ、、、となり、読者は著者の再出発に拍手を送るというのがフツー。しかしこの日本の三重苦女流作家は、汚いホテル、ナンパ男に辟易、ボッタクリ運ちゃんとの値切り交渉、地獄の列車移動・・・・と、最初から最後まで罵倒観音という次第で、再浮揚どころかますます沈没したままで旅は突然終わってしまった。
しかし、沈没してしまったように思えた彼女の旅も、
お嬢さんたちよ、旅に出よう。
長距離バスに乗り、屋台でごはんを食べ、水シャワーを浴び、アジアの風に吹かれに行こう。アジアはあなたを鞭打つこともあれば、抱きしめてきれることもある。少しばかりのお金と片言の英語力と好奇心さえあれば大丈夫。この国では見ることのできない光も闇もすべて見せてくれる。
そうなのだ。あんなに楽しいことを、男どもに独占させておく手はないのである。
著者が<あとがき>にこう書いたように、旅先でグジャグジャにされ、再起不能状態に陥ったようでも、そんな自分の境遇を楽しんでいたんですネ〜。
もうひとつ、<あとがき>に、
世にアジア本や貧乏旅行記はたくさんあるけれど、女性が書いたものは意外と少なかったように思う。
と書いてあるけれど、そういわれてみれば、たしかにそうです。女性の場合は貧乏旅行という冒険に出るにはハンディがあるのかもしれません。それでもなお東南アジアの熱波の中に身を置きたくなってくる本です。
そこで、
「貧乏旅行にでかけたいけど・・・ちょっと、、、」
と躊躇している女性のために、女流作家の書いた旅行記としてもう一冊、
『忘れないよ! ヴェトナム/田口ランディ/幻冬舎文庫』
も紹介しておきましょう。
『熱帯感傷紀行/中山可穂』
『忘れないよ! ヴェトナム/田口ランディ』
同年代の女流作家による両作品ともに、最初の発刊当時は話題になることもなく忘れられていたけれど、その後の両作家の活躍で改めて日の目を見て文庫本として復刊されたという背景をもつ作品です。
東南アジアを舞台にしたこの2作品は、貧乏旅行の楽しさ以外にも、
「したたかで逞しいランディさん」
「繊細で傷つきやすい可穂さん」
というような、両女流作家の個性が透けてみえるようで、ぜひ読み比べてほしい作品です。
もちろん、
『エヴィータ/アラン・パーカー』もオススメのビデオです。
「イランで誘拐されていた横浜国大生の中村聡志さんが解放された模様」というニュースがNHKTVで放送されていた。
昨年10月の事件勃発から日が経つごとにメディアの関心も薄れていったようで、安否も判然としないまま月日が過ぎて「日本という国は一旅行者を救出することもできないのか?!」と心配していただけに、まずは一安心。罪のない旅行者が運悪く巻き込まれた事件だったのに、「自己責任追求!」などと日本社会でのミョーなバッシングが起きなければよいがと気にかかります。
年代は親子ほど違えども、同じバックパッカーの仲間だという意識をもっているのです。
SCOTT LYNN RILEY(スコット・リン・ライリー)の写真と宮崎信也選の東洋の教えがセットになっている『東方の知恵/角川書店』という本をときどき開いてみます。
無垢なまでに神々しい人々の「人間讃歌」とも呼ぶべき写真と、教条的過ぎない平易な賢者の言葉に、そのときの自分のココロの有り様を気づかされたようでハッとすることもあるのです。

きょうもパラパラめくっていたら、その本の途中のページに何故か一枚だけ付箋がついているのを発見。
そのページにはこんな短い言葉があります。
付箋は糊で貼ったように固まっているところみると、陸地に投げ出されてバタバタする魚のように、自分のココロを制御できずにいたときもあったのでしょう。
もっとも、今でも同じようなものだけど。
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夏日を思わせる陽気で気分は爽快。
『♪朝日のごとく爽やかに』の気分で外にでれば、やはりこの時期はアジサイの時期です。
ザクロも可憐な花を咲かせて、
いつのまにか、野菜のこんな自動販売機まで設置されています。
昨日から、メール受信の不具合が生じてサーバーのサポートセンターに問い合わせの電話。10分ほど待ってようやく通じたが、あまり詳しくないヒトに当たってしまった。相手が必死になってマニュアルを検索している雰囲気が伝わってくる。30分も受話器を握っていたけれどラチがあかず諦めて「時間がなくなったから」といって電話を切る旨を伝えると、相手の安堵した様子が分かる。
こちらのわずかの説明から一発で症状を察知して最短距離で問題解決に導いてくれるヒトもいるけれど、、、今回はハズレだったみたい。
次にMacのサポートセンターに電話をすると、こちらは数分の待ち時間で通じてしまった。不具合の症状を伝えて相手のアドバイスに従ってチョコチョコいじっているうちに、アラアラ不思議、、、、メールが開通してしまった。どこがどうワルかったのか原因は分からないが問題が解消したならこれでOK。コンピュータという精密機械も単純な理由でウンともスンともいわなくなるものです。
問題解決したので気分を良くしてそら豆を茹でて、
日本最南端波照間島の泡盛、『泡波』をチビリチビリやりながら『駅馬車』のDVDを観ていた。
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朝から降ってた雨も午後にはやんで、仕事を終えて帰る頃には「良くぞ日本に生まれけり」の爽やかな気分。ネコさんも雨上がりのデートを楽しんでいるというところです。

え〜、、、相も変わらず神田神保町周辺の小ネタで迫ろうというワケでして、お茶の水駅から「芯が明治です」の星野のセンちゃんの作り笑いを右に見て明大通りの坂道を下り、「向こう三軒カレー屋」のカレー屋から、文庫本専門の古本屋「川村文庫」まで辿りついたところで、今回は中古レコード屋を紹介しようか・というネライでして、、、。
亡夫の遺志を受け継ぐ“世界文化遺産”川村文庫並びのビル2階にある中古レコード屋がこのTHA'TS。クラシックとジャズを中心にオリジナルの貴重盤も豊富なお店。ファンにとっては主人との会話もまた楽しみなお店です。
THA'TSから駿河台交差点を渡り、神田三省堂本店前を右折したところにあるのがレコード社という小さなお店。「SALL 50%OFF」と派手に貼ってあるから訊いてみたら、ビル建設の取り壊しで休業のためのセール中だとのこと。50%OFFなら!とチェックいれたら、、、貴重盤はやはり他店に移動したみたい。
靖国道りの旧住友銀行、「三省堂自遊時間」内にあるのが、やはりレコード社。このレコード社は「レコード文化を守ろう」というポリシーのもと、神田近辺を中心に数店を構える中古レコード・CDの由緒あるお店。ジャンル的にはクラシックから歌謡曲まであらゆる分野に渡っていて、45回転EPレコードやレーザーディスクの在庫も豊富。
いまどきの若い人には“EPレコード”などといっても馴染みないかも知れないけれ、1枚270円のドーナツ盤が、欲しくてもお金がなくて買えない経験をしている私には、このお店の品揃えは郷愁を誘うものがあり、見ていて飽きません。まさにレコード博物館ですね〜。
昔ムカシ、一心太助が“天下のご意見番”大久保彦左衛門をタライに乗せて闊歩したというのが、自遊時間と靴屋の間の細い富士見坂で、この坂の入り口ビル2階にあるのが「マーブルディスク」。
狭い店内はレコードCDでビッシリ!クラシックからポップスまであらゆるジャンルの品揃え。ゆっくり探せばオタカラが埋もれているような気がするけど、なにしろお客同士がスレ違うのにも苦労するくらいの狭さだから、品物選びも落ち着かない。以前、ここで三遊亭円生全集のDVD(たしか20枚組)を見つけて、ボーナスが出たら買おうと楽しみにしていたら、チキショー!数日後には先を越されて「売約済み!」の札。教訓、欲しいと思ったモノは即買いましょう。
「マーブルディスク」向いの小路を入ったところにあるのが、いまだにキーワード「とんかつ 駿河」でのアクセスが絶えないとんかつ屋の駿河だけど、きょうはトンカツ屋に寄らず、そのまま富士見坂の緩やかな坂を上り左折。
「ジャニス」という中古屋を冷やかしてみようか。
このジャニスは、やはり駿河台交差点近くにあるカルトな品揃えで知られるレンタルビデオ屋のジャニスと同系列。Jポップスからパンクまで多ジャンルにわたる品揃えだがジャズは少ない。
ジャニスから再び自遊時間前に出て猿楽町方面に行くと左側にあるのが、私のオススメの中古屋「ターンテーブル」。ムカシはアナログレコードとサブカル系の書籍類だけだったが、2年前くらいからCDも並べるようになっているのが嬉しい。
店主の好みをモロに反映している店で、ありきたりの中古屋では絶対にお目にかかれないようなアイテムも豊富。壁に飾られる珍しいアナログジャケットを眺めながらしばしの目の保養。
再び靖国通りに出て、神保町方面に向えばまだまだ中古レコード屋はあるけれど、ちょっと腹が空いてきたので、神保町エリアの紹介は次回にしてとりあえず何か食べよう。
“一日一麺・めんくい党”としては、リサーチも兼ねてやはり讃岐うどんの丸香へ。この店のお昼はこのように行列ができるほどの繁昌店。

腰の強さとツルツルのうどんは、これまで食べた讃岐うどんではベストの部類に入るほどの感動モンです。
大学の郊外移転で学生さんが絶対的に少なくなったとはいえ、やはり神田は永遠の学生街。古本屋と中古レコード屋、それに安い飯屋と、かつての伝統は今でも残っているのです。
初夏の一日、神田神保町にぜひいらっしゃい!
かなりのインド通の友人に言わせると、「自分はこれまで街を歩いていてオームマークを見かけたことなどないのに、オマエはどうしてそんなにオームに遭遇するのだ?」と不思議に思うらしい。それほど私は街のアッチコッチでオームが飛び込んでくることがあります。
ソレの何がオモシロイの?とツッコマレルと答えようがないけれど、“街のオームハンター”を自称している私としては、街を歩いていてオームマーク入りのバッグなどを持った人とすれ違ったとき、、、。そんなときに限ってデジカメを持っていなくて悔しい思いをすることもあるワケです。
街を歩いてる設定でなくとも、ときには茶の間にいてオームマークを見かけることもあります。
『狛江のオーム』をアップしたところで、もう一発こんなオームはどうかな。
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6月7日(土)夜、12チャンネルでJAYWALKの番組を見ていたら、ダイワハウスのコマーシャルにオームを発見。番組内でもう一度流されるだろうとビデオをセットして待機していたところに出てきたオームです。


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まず最初に業務連絡です。
ひるどらさ〜〜〜ん<<<
昨日(6月8日)の産經新聞にこんな全面広告が出てましたよ〜。
チェック済みですか?
もうひとつ業務連絡。
昨日狛江の『亜細亜食堂 SAIGON』でフォーを食べてきましたが、壁には45回転EPレコードのジャケットが貼ってあって、こんな懐かしいヤツも見ましたよ〜。
『亜細亜食堂 SAIGON』は狛江に2軒あって狛江市役所近くの店ですから、こんどチェックに行ってくださいね〜。
業務連絡終わりです。
私もスポンサーには結構気を遣う方なのです。
さて、
『50人のチベット展』が行われたのは狛江駅近くの『泉の森会館』というこじんまりとした会場でした。
会場入り口にはチベットの人たちの祈りのタルチョがひらめいてて、いい感じ。
会場にはチベット関連の案内チラシが置いてあって、中にはチベット旅行のチラシもあります。
自転車で行く
「チベット・ラサ 7日間」
「ヒマラヤ縦断15日間」
等々。
その内容はフツーの旅行会社のツアーと異なりユニークなもので、年甲斐もなくソソラレルものばかり。でも気になることがあって、近くにいたチベット服を着て「STAFF」のカード首から吊るした女性に質問。
つまり、これらの日程表では年内の催行となっているけれど、それまでチベットに入境できる保証はあるのか?たぶん無理ではないか?という疑問があったワケ。チベットでの四川地震の情報がまったく伝わってきていないということは、それだけ被害が甚大で、北京政府にとって、外国人旅行社を受け入れるだけの態勢は整えられないと想像してるワケです。
その女性も会場ボランティアだからツアーのことまでは把握してない様子で、お互いに「早くチベットを自由に旅行できるようになるといいネ」という程度でハナシを切り上げて、別れしな、、、。
そのチベット服を見事に着こなしている女性に、
「ところであなたはチベットの人なの?」と訊けば
・・・ハイそうです。・・・・前世ですけど・・・
・・・日本人なのは今世だけで
来世もチベット人になると思います。
とのアリガタキお答え。
「それならば、ボクも来世はチベット人ですから、来世にまたお会いしましょう」とエールを交換してチベット服女性と別れたのよ。
外に出てタルチョが風にそよぐのを見てるとこんな男性も現れましたね〜。

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古本屋の壁にディスプレイ代わりに飾ってあったのがこの本。

『サイゴン・タンゴ・カフェ』はベトナムの首都ハノイの旧市街、迷路の奥の奥にヒッソリと存在するカフェ。タンゴをBGMに語り、ときには踊ることもできるこの小さな店のオーナーは謎の日本人女性。やがて明らかになっていくこの女性の素性は、、、。
「ダンスはセックスみたいでしょう?
相手を信頼してからだを預けていれば、
めくるめく快感が得られるのよ」
(サイゴン・タンゴ・カフェより)
女流作家と編集者のただならぬ関係を描いた表題作をはじめ、全5編はいずれもタンゴからインスパイアーされた“女の情念”を描いた作品で、作者のタンゴへの深い思い入れが感じられます。
どうやらダンスには人間を狂わす魔物が住んでるようで、それがタンゴとなると、あのバンドネオンの弾けるような一瞬が消えることなく永遠に憑依するものらしい。
そういえば、これまで何回か取り上げた『SHALL WE DANCE』にもこんなシーンがありました。
中途半端な踊りをするリチャード・ギアにジェニファー・ロペス様が自らルンバを踊りながら諭します。
ルンバは相手への熱い想いを体の動きで表現するの。
”彼女の太ももが生きがい”というように抱きしめるの。
そしてハートがもぎ取られるように彼女を放す。
そして
“この場で抱きたい”というように引き戻す。
そして最後は
彼女に屈するの。
『サイゴン・タンゴ・カフェ』が『サイゴン・ジャズ・カフェ』というタイトルだったら、描かれる女性の背景もまた異なったものになりそうな気もいたします。
さて、
旧南ベトナムの首都の名前を冠した『サイゴン・タンゴ・カフェ』が、旧北ベトナムの首都ハノイにあるなら、日本の首都東京に『サイゴン』があっても良いだろう?というワケでもないだろうが、世田谷近辺に『亜細亜食堂 SAIGON』という名を冠した店が4軒あるのを私は知っている。
本日はそのうちの一軒、狛江市いちょう通りのSAIGONで昼飯。
チェーン店になっているのか、どの店も無国籍居酒屋風なインテリアで、メニューはベトナム料理からインドカレーまで豊富なもの。こういった雑然とした雰囲気では気を遣う必要もなくミョーに落ち着くものがあります。
その『SAIGON狛江店』で食したのはベトナムのフォーという麺。
アッサリスープにレモンを絞り、香草をたっぷり入れて食すれば、気分はサイゴンの下町をウロつくバックパッカー。小説の舞台になった『サイゴン・タンゴ・カフェ』が、ハノイに実在するような気になってきて、また行きたくなるのよ!ベトナムへ。
狛江に来たのは『SAIGON』のフォーを食べるためではなく、じつは狛江駅近くでのチベット関連の催しを見に来たもの。

今年になってから、これまで馴染みの薄かったチベットの情報は突如日本に溢れ、チベットに関心を持つ人々も急激に増したようです。しかし、熱しやすく冷めやすいのは日本人の常、メディアの取り上げかたが縮小するにつれてチベットへの関心の持続度も薄れていってるような不安も感じます。
この『50人のチベット展』はチベット旅行などを通じて知り合った人々が、いわば同窓会的にチベットへの思い入れを表現したイベントで、展示されている写真や絵画はチベットの人々への温かな愛情に満ちています。
声高に『フリーチベット!』を叫ぶことだけでなく、こんな任意の一般市民による手作りのアピールが、人々の共感をより深く醸成するのかも知れません。
そんなほのぼのとしたイベントでした。
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毎日毎日、ロクなニュースを見ることもない憂鬱な日々だけど、この新聞記事には「ナニッ!?これ!」と嬉しくなりました。この人たちにとって良いことがあったらしいことがこの写真から理解できます。
母子が正に跳んでますものね。

最近は「チベット」も「四川地震」も新聞第一面から去ってしまい、扱いもだんだん小さくなってきました。
「四川地震」関連のシャロン・ストーン騒動はどうやら「通訳の誤訳」に中国側が過剰に反応したという図式で西側社会には広まっているけれど、中国では一旦火がついた騒動が収まることもなくいまだに燻っている様子です。
自分の発言が歪められて「愛国運動」とやらに利用されヤリ玉に挙がった感のあるシャロン・ストーンは、中国社会から“抹殺”だそうで、「自分たちに敵対するものは断固排斥する!」という中華思想には辟易するものがあります。このあたりが中国人の民度というものなのでしょう。
急速に得た経済力を背景に、何が何でも自分たちのヤリカタを押し通そうとする傲慢さがそう長く続くとは思いません。そのうちですヨ〜!全ての国に総スカンをくい、仲間は北朝鮮だけ!という時代になるのでは。
シャロン・ストーンには気の毒なことになってしまったけれど、対中国で確信犯なのはリチャード・ギアですね。この人が中国人に受け入れられる時代がくることはなさそうです。『SHALL WE DANCE』のような楽しい映画が北京で上映されることは永遠にないでしょう。
その『SHALL WE DANCE』で、リチャード・ギアがダンス教室の情報を求めて検索したパソコンがPower Macだったと書いたばかりだけど、先日の中田英寿の「自分探しの旅」に出てくるパソコンもPower Macでしたネ〜。
中田英寿は旅先にもパソコンを持ち歩いてメールチェックやホームページの更新をしているらしいけれど、ペルーのホテルロビーで取り出したパソコンはPower Macでした。

あんがい、このシーンを見てMacに乗り替える人もいるだろうな〜。ウインドウズに比して少数派になるマックユーザーとしては、他人の使うマックにも連帯感を感じてしまうワケです。
さて、
数週間前の昼休み、自前のMacBookAirでホームページをチェックしていたところ、顔なじみの宅急便の兄ちゃんがニジリ寄ってきてディスプレイを覗き込みます。マックに興味深そうだったので「やってみるか?」と触らせると、遠慮しながらも数分間操作して、
「ヨシ!決めた!オレ、、、マック買います!」
と宣言しやがった。
どうやら最初のマシーンをWindowsにするかMacにするか迷っていたらしい。
その数日後、今度は「MacBook買いましたよ〜」と報告に来やがった。さすが宅急便だけあって仕事が早い。それ以来私とその宅急便の兄ちゃんとは顔を合わせると「オー!Macブラザー!」と声をかける仲になっているのです。
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本当の“自分探しの旅”だったら
テレビクルーなんか引き連れずに
誰にも告げずヒッソリと出かけたら?
こんなふうにナナメに構えて観ていたけど、途中からグイグイと引きつけられて結局最後まで観てしまった。
2008年6月2日(月)日本テレビ
“中田英寿の真実” 僕が見た、この地球
それにしても、アフリカの砂漠でも南米の高地でも
「ヘ〜イ!ナカタ!!!」
「ナカタ!?オマエは本当にナカタか!?」
と声をかけられる中田英寿の知名度は日本人には想像もできないくらい高い。それほどサッカーは世界規模のスポーツで、中田英寿の細かな戦績まで世界に知れ渡っているのです。
日本での中田英寿は、そのメディアに対する姿勢がヤリ玉に挙げられることも多いけれど、これって案外、スポーツをすることの楽しさ感動を伝える能力もなく、ただスポーツ周辺のゴシップを探し出すだけの日本のメディアに対する抵抗ではなかったのかな。
この番組で見せる中田英寿は全くの別人のように気さくな表情を見せています。
例えば、ペルーの観光地で、
「ナカタ、、、なぜ引退したの? ケガしたから?」
そして追い打ちをかけるように
「(引退したのは)もう充分稼いだから いいやって感じ?」
これがもし日本でだったら気色ばみそうな、こんな不躾な質問をする現地女性にも、苦笑いしながらサインに応じる中田英寿の姿には大笑い。日本のウェットな社会より、ラテンの開放的空気が中田英寿にはマッチしているようです。
中田英寿の目的地はすべてがおおらかな土地だけでもなく、目を背けたくなるような現実と対面しなければならないときもあります。そんなときの中田英寿は、その場しのぎの慰めの言葉よりも、一緒にボールを蹴り走ることが励みになることを知っています。サッカーを通じて、失意の人々の取り戻す希望の笑顔が嬉しい。
こうしてテレビ番組を通じて放送されているということは、“自分探し”の単なる個人旅行などではなく、制作者の台本に沿った旅だろうということは想像できるけれど、中田英寿のキャラクターは制作者の意図を遥かに越えたメッセージを発していました。
いまどき、政治家の言葉に心を打たれることはないけれど、その道を究めた者だけが表現できる圧倒的パワーに触れた気がします。
中田英寿の現役復帰へのスケジュールはこの番組も含めて完全に出来上がっていると見た。そして、中田英寿と日本メディアとの冷戦も復活するのでしょう。
この番組はNHKプロジェクトX風に抑揚のないナレーションに乗せて、中田英寿がラサの街を歩くシーンから始まりました。もちろん、今回のチベット争乱の起きる以前のことです。まがりなりにも平穏を保つラサで、僧服を運動着に着替えてサッカーに興ずる少年僧たちの姿が印象的でした。
そこで、本日のひとりYouTubeは、
2008年6月2日(月)放送日本テレビ
“中田英寿の真実” 僕が見た、この地球
のオープニングシーンをパクリましたのでご覧下さい。
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ツユに入ろうが、雨が降ろうがヤリが降ろうが、日銭稼ぎの身としては怠けたら鍋のフタ開きませんから真面目に出勤。お気に入りのiPodをシャッフルして一発目に出てきたのがサイモン&ガーファンクルの『♪明日に架ける橋』。
アート・ガーファンクル歌唱で大ヒットした曲は、作曲者であるポール・サイモンの影を薄めさせるほどで、ポールはいつも「この曲はボクが作曲したんだよ」と苦々しく思いながらお客の熱狂ぶりをながめていたとか。そんなポールの告白を聞いたことがあります。
友情物語を表現しながら、そのじつ作曲者としてはあんがい狭量だったワケですが、そんなインサイド・ストーリーがあろうがこの曲は名曲ですね〜。「20世紀の名曲」などとと投票したら必ずベスト3には入りそうな名曲中の名曲です。
雨の日の朝、この曲をリピートしながら駅まで歩けば、ブルーだった気分も少しは解消されて、「さて、きょうも一日ガンバラなくっちゃ!!!」と足取りも軽くなった感じ。
というワケで、
サイモン&ガーファンクルを離れたポール・サイモンが歌ってる、楽しい『♪明日に架ける橋』の映像がありますのでひとりYouTubeとしてアップしましょう!
BRIDGE OVER TROUBLED WATER
明日に架ける橋PAUL SIMON
JENNIFER HOLLIDAY
LUTHER VANDROSS
1986年10月30日
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“水に落ちた犬”は徹底的に叩くのがマスコミの常だから、きょうも“使い回し”オカミさんさんはヤリ玉に上がって責められていました。こちとらはそんな高級料理屋のメニューなど一生口にするることのない身だから、アッチコッチのテレビで引きづりだされているのを見るとちょっと可哀想になってきて同情しましたね。
もういいから放してやれよ!
“使い回し”といえば、私が先日書いた使い回し、
「四川大地震救済募金」の横断幕が、
2008年4月26日の
長野での紅衛兵連中の
横断幕の使い回しだった
という件。
「“聖火”を守れ」などと、日当貰い長野で五星紅旗振り街中を真っ赤に染めたその先頭に立った横断幕に、今度は地震救済の文字貼り付けて支援を募るというのも、ムシが良すぎないかい?第一、いまどきこんな横断幕を掲げる行為は「道路交通法」なり「都条例」なりに違反してるんじゃないか?それとも「日本の警察は中国人に対してはナニもしない」と見透かしてしまってるのかな?
四川地震のニュースはヤマほど報じられて「中国人は良い人だ」的ナガレに洗脳されていきそうな気配がするけれど、長野で実際に五星紅旗の真っ赤な波を見た私としてはどうしても斜に構えてしまいます。
日本人への示威行動の先頭に立った横断幕を使い回しして支援を乞い、「加油中国!!!」と叫んだ同じ口で「オネガイシマ〜ス」と言われても、素直に受け止められないのよ。この横断幕の文字が、次は反日の文字に書き換えられ、腰を90度に曲げての恭順の姿勢が、一晩で牙を剥くことになってしまう懸念をぬぐい去れないワケです。
長野426事件の風景が身にしみてる私としては、四川地震の被害者への一時も早い救援を願いつつも、数多い被災情報の中に「チベット問題」が忘れ去られてしまいそうなのが心配だし、チベット自治区での地震被害状況がまったく伝わってこないのが気になります。
いまチベットはどうなってるんだろう?
テレビで公開されてる以上の悲惨な被害がラサで起きているのでは?
四川地震の報道を見ながらこんなことを思った1週間でした。
さて、
船場吉兆のオカミさん涙の記者会見には関係ないけれど、本日のひとりYouTubeはコレ。
『♪ノー・ウーマン・ノー・クライ』
以前、ジミー・クリフ版を紹介した曲の、今回は超有名ボブ・マーリー版です。
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