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2008年5月31日 (土)

神田うお幸のサバ塩焼き定食

前回はお茶の水駅から明大通りを下って3軒のカレー屋と中古文庫本の川村まで紹介したので、今回は駿河台交差点靖国通りを左折するコースに行ってみましょう。

このあたりはスポーツ用品街で、同種の店がこんなに並んで商売になるのかな?と思えるほどの乱立ぶり。そんな中でも一番のステータスを誇るのは、なんといってもMIZUNO本店。スポーツ選手らしき外人さんの団体もよく見かけます。

MIZUNO本店から靖国通りを神田駅方面に向い、スターバックスから三菱UFJを越えた右側にあるのがユニーク品揃えで知られる『時代屋』という本屋。今は本屋の経営も難しく「書店冬の時代」とも呼ばれています。そんな中でこの『時代屋』は時代物専門というふれ込みで頑張っています。

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ジャンルを限定することで、他店との差別化を図ろうという試みが共感を得たか店内にはけっこうお客さんの姿が見えます。

『時代屋』からさらに神田駅方面へ。スポーツ用品屋や最近出来たサイクルショップを見ながら進むと、右側にあるのが『ロンドンスポーツ』というお店。

道路まではみ出した商品と雑然とした店内のいわゆるバッタ屋。

スニーカー980円だのTシャツ200円、さらにレジで2割引の貼り紙にごまかされないように。ワンポイントは有名なブランドだけど、ホントのところは「???」。一回洗濯したらエリ首垂れ下がりのTシャツ、1ヶ月履いたらいつのまにか底が抜け素足で歩いてたスニーカーなどということになる、、、というハナシだ。

でも、全てが「悪かろう安かろう」の商品でもなく、やはり良いものは それなりの値づけがされているみたい。

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『ロンドンスポーツ』の角を右折したところにあるのが、あの有名な『パタゴニア』。

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インチキではありませんモノホンの直営店です。ロンドンスポーツの熱気をはらんだ店内と違い、こっちは実におっとりとした佇まい。

欲しいものはいっぱいあるんだけれど、、、ちょっと高いんだよなぁ。だから今日のところはミルダケミルダケよ。

『パタゴニア』から再び靖国通りに戻った小川町交差点にあるのが、例の『たいやき・達磨』。何が“例の”かというと、このブログで何回か紹介したところ、「たいやき達磨」の検索キーワードでアクセスする人がいたワケです。

このところ、そのキーワードでのアクセスが少なくなったと思っていたら、かつてあれほどお客さんが並んでいた店の客足も落ち着いたようで、待ち時間ゼロという状態。

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季節がたいやきの季節じゃないのか?もの珍しさが失せたのか?

開店当初の繁昌ぶりを見て、私も弟子入りして修行しようかと思ったほどだけれど、商売も難しいものです。

小川町交差点から春日通りを大手町方面に向いデニーズ角を左折。向った先は今日の昼飯を食べる美土代町の『神田・うお幸」という定食屋。

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その『神田・うお幸』で食べたのが、ごくごく普通のサバ塩焼き定食。でも、味はそこいらのサバ塩焼きとは段違い平行棒の美味しさ。やはりオヤジさんのネタ選びの段階から違います。

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サバ塩にインゲンのゴマ和え、キャベツの漬け物、それにわかめのみそ汁という、これぞ正しい日本人の食事。

これまで何回かこのブログで紹介したことのある定食屋だけど、こんな場末の席数8席の小さな店なんて、ネットで紹介するのはオレくらいなものだろうと思っていたら、「うお幸」で検索すると数件ヒットするくらいだから世の中にはモノ好きなヤツはオレひとりじゃなかったということ。検索氏はいったい『うお幸』に何を求めているのか興味のあるところです。

ところで、、、。
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家庭も仕事も何ひとつ不自由なく満たされている
ジョンに芽生えた空白感。
そんなジョンの心に入り込んだ
ダンス教室の窓から外を眺める女性のモノ憂げな姿。
その女性に魅かれたジョンは・・・・。
映画SHALL WE DANCE?
リチャード・ギアが「社交ダンス」をキーワードに
検索したときに使ってたパソコンは
Power Macで
Macファンとしてはニヤリとしたシーンでした。
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このように
神田の外れの小さな定食屋の情報も
シカゴのダンス教室の情報も
インターネットでつぶさに調べられる世の中です。
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そして
そんなインターネットの疑似世界のヤリトリを世論として
政治を行わなければならない時代になってしまったんだなぁ。
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オリンピック“聖火”リレーから
四川地震までの中国の動きを見てると
こんなことを思い知らされます。

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2008年5月29日 (木)

これからはどう生きようかと想う

今週の東京は初夏を思わせる気候でウキウキしてたのに、今朝は一転して雨空でもうツユ入りなのか。

昨夜のこと、帰宅途中なぜか急にカツ丼が食べたくなって小田急線成城の「増田屋」というそば屋に寄り道。このお店とくに変わったところがあるワケでもない、何の変哲もないゴクゴク普通の日本そば屋なんだけれど、あの小澤征爾さんがごひいきにしているそば屋ということで知られたお店。小澤征爾さんが海外でのハードスケジュールをこなし帰国すると、なにはともあれ増田屋に直行してそばを食べ人心地つくのが習わしになっているらしい。

私はカツ丼を注文して、小沢征爾さんとおなじく成城在住横尾忠則さんの巨大ポスターなどを眺めていると、レジ上の日めくりカレンダーに目がいきました。

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そうそう、思い出した。

この増田屋の日めくりカレンダーには毎年小沢征爾さんがメッセージを書き残してくれてるんだっけ。クラシックファンであれば特性額縁に入れて床の間に飾っておきたい小澤征爾さん直筆がこんな普通の日めくりカレンダーに残されているんですね〜。こんなところにも増田屋と小澤征爾さんの距離の近さが伺えようというものです。

愚直にうまい子のおそば  小澤征悦(ユキヨシ)

子子(ねえねえ)と、増田屋行こうよ、今年もね 小澤征良

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今年の干支の「子年」にかけた小澤娘・息子の書き込み。

そしてパパは?というと・・・・

これからは どう生きようかと 想う そば 小澤征爾

このところ体調を崩していると報じられているだけに、ちょっと気になる書き込みです。

小澤征爾さんの笑顔は日本人の宝!
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一日も早く回復して現場復帰される日を
祈るばかりです。

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こんなことを思っているあいだに
注文のカツ丼がきて
パクついたというのが
昨夜のハナシです。
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さて
この章をアップしたら
日銭稼ぎの身としてはこの雨のなか出勤です。
きょうも一日
ガンバリませう。

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2008年5月27日 (火)

青い水赤い水/友川カズキ

友川カズキ(かずき改め)とNumberの組み合わせというのは、、、

競輪選手の特集なのかな?

そんなことを思いながらページをめくれば。

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Number 703
格闘大国
再生計画
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文芸春秋
2008.05.22発行

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ナンバーノンフィクション
無償の放熱。

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友川カズキと能代バスケット
湧き出る魂の絶唱を、激しいギターのカッティングに乗せ、
ジャンルの壁を超越する弧高のシンガー、友川カズキ。
彼が名門能代工業高校バスケットボール部の全国制覇を支え、
コーチとして卓越した才能を発揮した事実はあまり知られていない。
異色の表現者がかつて駆け抜けた、熱い青春の軌跡を辿った。

フォークシンガーあるいは詩人としての友川カズキのガイキチぶりはよく知られていること。

その友川カズキの、能代工業高校バスケットボール部のマネージャー時代があったというのは知られていないエピソードで、かなりの友川ファンを自称する私でも初めて知ること。友川カズキの郷里でのバスケットボール部時代を追うことで、友川カズキのガイキチぶりの原点を浮き上がらせることになったのがこのルポルタージュ。

友川カズキのガイキチぶりはギターを持ったときに初めて発揮されたと思っていたら、故郷のバスケットボール部時代にすでに完成されていたことに納得。

著者の藤島大(ふじしまだい)については初めて知る名前だけど、スポーツライターとしてラグビーに関する著書も多数あるらしい。友川カズキという異能のシンガーとラグビー経験者の著者とのセッションは、スポーツにのめりこんだ経験を共有する者同士でしか表現し得ない熱風で攻めてきます。

「うたうってことは、、、

『ひまつぶし』じゃ、

できないの!

ふざけるんじゃないの!

ナニ考えてるんだろうネ。

うたを続けていくんだったら

まず名前から変えなくっちゃ」

以前、渋谷のアピアというライブハウスで友川かずきを聴いたときのこと、前座の「ひまつぶし」という名前の男のあとに登場した友川かずきが、憮然とした顔でこんなことを吐き捨てたっけ。

友川カズキにとってはバスケットボールも、歌も、詩も、己の存在をを賭ける対象であって、たとえ芸名といえども『ひまつぶし』などという位置が許せなかったのでしょう。

その友川カズキの2008年の新作アルバムがコレ。


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青い水赤い水
友川カズキ

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闘病生活からついに復活!
映画『JOHNEN定の愛』のエンディング・テーマ
「いつか、遠くを見ていた」を含む
久々のオリジナル・アルバム

ステージ上の鬼気迫る熱唱と尋常でない飲みかたからして、いずれ身体を壊すぞ!と思っていたら、新作アルバムのオビに『闘病生活からついに復活!』とあるから、やっぱり病に倒れてたらしい。

病み上がりからか、いつもの言葉の石ツブテは少し柔らかくなったような気がするけれど、相変わらずのガイキチ度。それにしても、“70年代フォーク”と呼ばれるシンガーの多くが旧作の焼き直しで“ナツメロ路線”歩むのに対して、友川カズキはコンスタントに新作を発表していく、この創造意欲には恐れ入ります。

これでもまだ、、、、。

つぎはぎだらけの58年

本当のところは唄になど

なりはしないさ雨アラレ

  (カサブラン/詩:友川カズキ)

まだまだ昇華できないモノを溜め込んでいる複雑怪奇な人物です。

もうこうなったら友川カズキは自爆するしかありません。

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Numberの友川カズキ論を書いた藤島大が参考にしたと紹介していた本を古本屋に注文しておいたら今日届いていた。スポーツの記録については

疎いけれど、友川カズキの能代工高でのマネージャーぶりを知りたいと思い取り寄せたもの。

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高さへの挑戦
こうしてつかんだ栄光の全国V33
加藤廣志
(能代工高バスケットボール部前監督)

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秋田魁新報社
平成4年7月25日

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あの無敵の能代工高バスケットボール部を率い、
全国を席巻した加藤前監督が、初めて明かす
監督VS部員の汗と涙の人間ドラマと、秘策と、
栄光の記録の数々。

著者の加藤廣志は高校生の友川カズキの指導者としての資質を見抜き、バスケットボール部マネージャーに抜擢した人物。

友川カズキのエピソード部分を拾い読みすると、やはり熱血度は群を抜いたガイキチぶり。それでも生徒たちには慕われて、チームの中心選手へと育ち、やがて全国制覇を成し遂げていったワケだから、「ガイキチでもただのガイキチでない」友川カズキの無私の姿勢を生徒たちは見抜き食らいついていったのでしょう。

街に歌はあふれているけれど
借り物の言葉と旋律ばかり。
友川カズキの歌には
誰からの借り物でもない
友川カズキ自身の魂からほとばしるものがあります。
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小市民の生活を守るのに
キューキューとするだけの私は
友川カズキの投げる
言葉の石つぶてを避けるのに
必死になるばかりです。

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2008年5月25日 (日)

夕日の楽園 ビッグ・サー/大野芳

天の怒りを買っているのではないかと思えるほど天変地異は多発し、その規模も大型化。四川地震も『死者8万人超も』という予測も出て、もはや底なしの被害へと広がりつつあります。

2008.05.25(日) 産經新聞より

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『中国 ミャンマー支援10億円』
という記事を読んで、
世界各国の支援を受け入れていながら
他国へ10億円支援というのも
なにかミョーな気もします。
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2008.05.25(日) 産經新聞より

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朝からの雨で出はなをくじかれたような日曜日。
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リリャード・ギアの『SHALL WE DANCE』を観て
中年サラリーマンの再生物語だった周防オリジナルに
夫婦愛のテーマをプラスしたアメリカ版に
巧く作るもんだと感心したり。

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こんな本を読んだり。

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夕日の楽園 ビッグ・サー
カリフォルニア
の老いのすみか

大野芳

(おおの かおる)
筑摩書房
1987.01.30

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アメリカ人なら知らぬ者のないという”この世の楽園”
Big Sur。この地に住む老人、老女たちとの闊達な交流から、
フリー・ジャーナリストの胸に醗酵しはじめたもの。
老いに備えるとはどういうことなのか。

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朝の雨も午後には晴れてしまったけれど
な〜んにもせず
ウツラウツラしながら
ノラリクラリと過ごす日曜日も
なかなか良いものです。

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2008年5月24日 (土)

同一个世界、、、てが

電車に乗っていてヒマつぶしに車内吊り広告を眺めていてこんな文字が目についた。

驚愕!
中国・四川大地震当てたブラジル人予言者
ジュセリーノ
「次にくる日本!都市の名は」
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このジュセリーノの名前でフト思い出したことがあった。

メール受信箱の2008年1月20日づけのメール。

to えあじん

お正月、カンボジアでしたか、いいっすねぇ。

ところで以前話したかどうか、記憶定かではないのですが、
たまたま隣に住んでいる方が「こちら系」の方で、
いま、我が家にいらしていたのですが、
話題の
ジュセリーノ氏の予言によれば
(2008年)2月14日川崎に大地震がくるそうです。

「予言を信じて緊急避難用品を枕元に準備して眠ってたのに、
2月14日はなにも起きなかったですネ〜」
という当方への返信がこれ。

to えあじん

2月14日は確かに何も起こりませんでしたね。
まずは無事でよかった。
先日お隣様とは同氏の講演会を一緒に聞きにいってきたのですが、
予言者というよりは環境、地球問題を案ずるグリーンピープル系で、
マスコミの取り上げ方との差異を感じました。

それにしても会場、超満員、あふれた人が場外から交渉する一幕も。
50代〜60代付近の男女が主流で、これ、独特のものがありますな。
 

地震の件、(2月)14日から28日までの間、とのことでした。
残念ながら、まだ数日あるようです。

もちろんブラジル人予言者だというこのお方の“予言”などというものを信じる気はハナッから持ち合わせていないから、川崎地震発生が2週間先まで延期されたことにニヤニヤしているうちに、ジュセリーノのことも2週間以内におきるはずの地震のことも忘れてしまってた。

女性週刊誌の広告を見ながら、ジュセリーノの予言は「2月14日川崎地震から5月中国地震」に延期されていたのかな?などと思ってしまったワケよ。

マッ!真偽のほどは知らないけれど、アメリカの9.11事件を何年か前に言い当てていたとか、ドコソコの地震も予知したとか、ジュセリーノにかかっては、ありとあらゆることがお見通しだったというワケで、信者も多いみたい。

今回の四川地震の発生原因については今後さらに科学的に研究解明されていくことになるのだろうが、非科学的なことに興味をもつ私は、

チベット争乱
  ↓
北京オリンピック“聖火”リレーの世界各地での混乱
  ↓
フリーチベットの高まり
  ↓
2008年4月26日 長野での五星紅旗
  ↓
主席閣下の訪日
  ↓
四川地震

と、絶妙のタイミングで起こる事柄は、中国が消化しなければならないカルマのような気がしてならないのです。

もちろん中国だけの問題でなく、私たち人間への宇宙からの警鐘だと理解して、ここで一旦足を止めて、来し方を振り返る機会を与えてくれたのではないか?と思ってしまうのです。

さて、

ミャンマー、中国と未曾有の被害は日を追って大きくなり、自然の驚異の前に立ちすくむしかない人間の無力を思い知らされるばかり。被害者のために国家レベルでの援助活動も始動し、フツーの市民による被災住民への募金活動も活発に行われています。

2008年5月24日(金)新宿駅西口で見かけた『四/川/大/地/震/救/済/募/金』の横断幕を掲げた一団がいます。道を通るかなりの人々が善意の募金をして、そのたびに「ありがとうございま〜す!」の声が駅前に響いています。腰を90度に折り曲げて述べるお礼の言葉づかいから中国人グループのようです。

私だってこんな活動を見かければ、ささやかながら協力したいと思うから、財布を出しながら募金箱に近づき、、、フト立ち止まってしまった。

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この『四/川/大/地/震/救/済/募/金』の横断幕の裏から透けて見える文字が気になったのだ。

募金箱にお金を入れるのを止めて、さりげなく彼らの背後に回ってみると、、、。

  な〜んだ!コリャ!!!

忘れもしない!

2008年4月26日!!!

長野市内を真っ赤に染めた五星紅旗の一団の

横断幕じゃないか!!!

ヤツラ!

あの横断幕を

こんどは四川地震募金の活動に

使い回ししやがったな!!!

何が「同一个世界同一个梦想同一个中国」だ。

長野での使い回しの横断幕に『四/川/大/地/震/救/済/募/金』の布を縫い付け、長野で『加油中国』と叫んだ同じ口で、今度は「オネガイシマース!アリガトゴザマシタ!」か?。長野で数を頼りに威丈高に自己主張しヒンシュクを買ったその身体を、今度は90度に折り曲げてお礼を言ってウレシイか?あの長野から1ヶ月後、今度はオマエたちの嫌いな日本/日本人からのお金を乞うなんてミットもないぜッ。

ヤツラも長野のときと同じで日当貰っての募金活動か?

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私の偏見だとは分かっている
分かっていてもそれでもなお
長野で見た横断幕の裏に縫い付けられた
『四/川/大/地/震/救/済/募/金』
掲げたグループの募金箱には
1円なりとも投じたくない気分に陥ってしまった。
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寄付はまたいつか別の機会だ!
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私はソソクサとその場を離れたのでした。

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2008年5月22日 (木)

文庫川村で秋山さと子著書ゲット

さて、

「カレー3軒両隣」のそれぞれ違う辛のカレーを食べたあと、爪楊枝をチューチューさせて明大通りを下った右側にある、いまにも崩れ落ちそうな建物が『文庫川村』という古本屋。

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このお店は文庫古本専門創業50年という世界遺産登録的なお店。

店内を覗くとこのようにチョッと陽焼け気味のオバちゃんが、文庫本の隙間で店番しています。

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「講談社現代新書」の棚をチェックすると、
オー!
お目当ての本を発見。

じつは、こんな夢をみて、、、、。

畳を持ち上げると床板に砂がいっぱい溜まっていて
掃除機を使って丹念に部屋の掃除をしている
その部屋が福田康夫さんの家だった!

この夢のココロは?

と、夢占いの好きな友人に戯れでメールしたところ返ってきた返事がコレ。

 to エアジン

デモづいていますね!パクられた時は、どうぞワタクシに電話を。

はい。そのココロはーー エアジンさんは今、意識下で、本当に必要なモノと、もう不要になったモノを選別しているのです。

心の、また物質面での整理をしているところ、とでもいえばいいでしょうか。

福田康夫さんについては、、、、、。
これは・・夢のいたずらで関係ないと思いますよ。

オソマツでした。

 心の、また物質面での整理をしているところ

というフレーズにハタッと思い当たるフシがあって、再度問い合わせると、

「夢占いというよりもユング派の秋山さと子さんの本で勉強した」

との返事。

秋山さと子さんという名前の予備知識もないが、どうやら講談社現代新書に何冊か著書があるらしい。私のいつもの読書傾向とは異なる種類の本だけれど気になってメモしておいたもの。

その本をカレー屋の帰りに文庫川村で見つけて即ゲットというワケです。

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<文庫川村でゲット その1>

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ユングの心理学
秋山さと子

講談社現代新書 677
1982.12.20

<文庫川村でゲット その2>

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夢診断
秋山さと子

講談社現代新書 613
1981.04.20

たしかに、私はこの歳になっても未だにケリをつけていない事柄がたくさんあることを自覚していて、このブログにしても、そんな未消化な部分を整理しているような気分で発信しているのです。

私の内面の整理整頓に
上の2冊が手助けになるのかどうか
読んでみょうか。

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2008年5月20日 (火)

カレー3軒両どなり/神保町界隈昼飯事情

「ン?、、、ワシは群馬だから、前橋だから、、、」

ときどき昼飯を喰う『四川一貫』を看板に掲げた中華屋でのこと、麻婆豆腐定食を食べながら「オタクは四川省に縁のある方なの?」と話しかけた私に、そのオヤジはこんなふうに応えやがった。

その顔つきといい変わった味の麻婆豆腐といい、私はてっきり中国出身のオヤジさんだと思っていたワケよ。オヤジによればやはり勘違いしたヤツがいたそうで、「四川省出身者の取材をしたい」というテレビ局からの問い合わせがあったといいます。

さて、

久しぶりの『神保町界隈昼飯事情』です。

今回は四川省の辛さとは違う辛さを売りもののカレー屋を紹介をいたしましょう。

中央線お茶の水駅から明大通りの坂をディスクユニオンや楽器屋のウインドウ眺めながら下ると、左側に見えるのがユニークなペイントで目立つ『ユニーク』という名前の床屋さん。その後ろ側が古書会館になります。

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ポップなペイントの対面を見ると・・・。

ここにあるのが本日のテーマ、向こう3軒両隣ならぬ「カレー3軒両どなり」のカレー屋3軒になります。

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まず初っ端は「エチオピア」という名前のカレー屋。

「エチオピア」
インド風カリーのビーフカリー

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インド風カリーと銘打ち、店名がエチオピアというのもポップなこのお店。近辺では老舗になる有名なお店です。店内にはマービン・ゲイだのジェームス・ブラウンなどのアナログレコードのジャケットがディスプレイされて、BGMはジョン・コルトレーンという、これまたポップな感覚。

辛さが好みに応じて選べる仕組みだそうで、最高70倍!希望によってはそれ以上!といますから尋常ではありません。普通の辛さでも充分辛いのに70倍など食したらケツから火を吹いて明大リバティタワーを飛び越えてしまいそうです。

食後に出るシャーベットが火照った口中を鎮めてくれてウレシー。

次がエチオピアの左隣「鴻(オオドリー)」

「鴻(オオドリー)」
野菜カレー

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スープカレー屋を謳うこのお店の「鴻(オオドリー)」のオオドリーは、もしかするとオードリー・ヘプバーンからいただいたものなのか?

スープは黒(野菜豚骨ベース)赤(野菜国産鶏)と2種類あるそうで、辛さも70倍とまではいかず1〜4倍と常識的な線。店内はカフェバーのようなお洒落な作りです。

そして最後は明大通りと富士見通りの三角地にできた「SPICE KITCHEN 3」。以前ここには薬のヒグチがあった場所。改装工事が始まったからどうせラーメン屋だろうと思っていたらカレー屋オープンというワケです。

「SPICE KITCHEN 3」
日替わりBランチ ナスとポテトのカレー

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インド人コックのいる店だから本格的ナンがあるのも嬉しい。これまでの日本式カレー屋の単純な辛さと異なり、何種類ものスパイスをブレンドすることで醸し出す辛さが絶妙。

『古本の街』『学生の街』『中古レコード屋の街』『とんかつ屋の街』にもうひとつ『カレーの街』といってもよいくらい、和風カレー/インドカレーそれぞれに趣向をこらしたカレー屋が増えている神田神保町です。

古本探索はもちろん
カレー探索にも
どうぞ
神田神保町へ
いらっしゃ〜い!!!

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2008年5月18日 (日)

筒井康隆、筒井康隆を読む/筒井康隆

津波のように突如として溢れ出した「四川省地震災害ニュース」に私は違和感を感じることも多いのです。

ラサ争乱以降現在にいたるまで西側報道陣の入境を拒み、ラサからの情報を遮断しようと必死の中国政府。今回の地震では一転西側報道陣を受け入れ、被害情報を世界に発信させているサマを見るにつけ、なるほど、ラサ争乱では国家存亡の崖っぷちで隠さなければならないことがヤマほどあったけれど、今回の地震発生は天災だから、オープンにして世界の注目を集めることが得策ということなのか?

ラサ争乱で北京政府に虐殺されたチベットの人たちの数も、今回の地震被害者数に組み込まれて、ラサ争乱そのものがウヤムヤにされていきそうで不安なのです。

そんなウガった見方がそうハズレでもないように、世界各国の救助隊派遣受け入れを表明した中国の姿勢に、

「中国もやっと国際社会の常識が通じる国になりつつある」

などとして、「日中友好」のナガレへ誘導しようというメディアの論調が目立ちます。

しかし、

しかしだなぁ!

中国がそれほど簡単に変わるワケないだろが!

世界各地での“聖火”リレー騒動や、長野での五星紅旗のウネリを実際に見せつけられた私としては、メディアの伝える中国情報なんて全て中国へのオモネリの結果としか思えないのです。

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『筒井康隆、筒井康隆を読む』を観に下北沢の北沢タウンホールへ。

私は筒井康隆の熱心なファンではないけれど、作者自身の朗読に山下洋輔がからむとなると、これはチェックしておきたい企画です。

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まず、筒井康隆ソロで、R中オトコの体内にアルコールが沁みていくごとに現れる幻覚を描いた『おもての行列なんじゃいな』でスタート。ちゃぶ台の一升瓶から酒を湯のみに注いでグビグビ飲ると、表を日露戦争やら大東亜戦争やらの兵隊さんの行列が順不同敬称略で通り過ぎていくという趣向。

次は、筒井康隆退場後山下洋輔が登場してエリントンナンバー『Things Ain't What They Used to be』のソロピアノを引き取って、筒井/山下のセッションで『昔はよかったなぁ』。

これは、放蕩を重ねた末に、今はタバコ屋の店番をして細々と暮らしているオトコの昔話につきあわされるという仕掛け。なるほど、筒井作品は作者が声を出しながら口語体で書かれたものだったのか。どこまでがホントでどこまでがウソなのか分からないオトコの自慢話に、寄り添う山下のピアノが美しい。

『筒井康隆全作品集』はタイトルそのまんま。スライドに映される筒井作品を見ながら山下洋輔が、ふだんの山下ピアノからは想像もできないようなカクテルピアノ風でBGMに専念するというワケです。

そして、本日のメーンイベントは筒井山下のセッションでの『関節話法』。

“地球外惑星・マザング”との国交樹立によって初代大使として赴任した男。コミュニケーション方法は、口の発する言葉ではなく関節を鳴らす音だけというのがマザング語。その男がマザングと地球間に突如勃発した外交問題解決のために、地球の存亡を賭けて身体全体の関節を駆使して“言葉”を発し交渉にあたる・・・という物語。擬音駆使する筒井康隆おハコの作品を熱演。

御年70数歳の筒井康隆が、そのお年をモノともせず、身体をくねらせて関節音発するサマは抱腹絶倒。ちゃんとジャズのリズムになっていて、帰りの電車の中でも思い出してはニヤニヤしていたのです。

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テレビも新聞も日本救助隊の現地での活動が中国で支持されているかを大々的に伝えています。

2008.05.18 (日)産經新聞

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中国側から援助隊に新たに指示された北川県の救助現場は、
生徒数役1500人の中学校。
すでに軍が救助活動をした場所だ

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隊員からも
なぜ軍が活動したところに、われわれを行かせるのか
と首をかしげる者もいた。

(5/18 産經新聞の記事より)

こんな新聞記事数行からでも、中日友好を標榜するその裏で、じつは

日本救助隊にポイントを上げられたら
中国軍救助隊の活動が薄められて
中国政府への国民の不満が高まり
さらなる暴動に発生する。
だから
日本救助隊のポイントは最小限に止めよ。

こんな中国政府のハラの中が透けて見えたりするワケよ。

ミャンマー、中国、それぞれの犠牲者数は毎日毎日増え続けて、自然の恐ろしさを思い知らされるばかり。犠牲者を悼みつつも、そんな天災までもここぞとばかりに 利用しようとする為政者と協力するメディア、それらの動きに洗脳されることがないよう冷静に監視していかなければなりません。

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2008年5月17日 (土)

ピーターの越路吹雪を観てきた

オカミが主席閣下に「見せたくない、聞かせたくない」というモノがあるなら、一市民として「見せたい、聞かせたいモノがある!」とばかりに、日生劇場前に『フリーチベット!』を叫んだのは5月6日のハナシだった。

劇場前交差点で叫んでいたときに、突然現れた装甲車が路上に横付けされ数分後にサッと撤収したことがあったけれど、いまから思えば、あの時間は主席閣下が日比谷公園に入る時間で、デモ隊の掲げる雪山獅子旗を主席閣下の目から遮断させるための作戦だったのでしょう。

あの日、日本青年館集会から代々木公園まで整然と行われたデモと、日生劇場前で日比谷公園に向けた拡声器で周囲を騒然とさせたグループとは全く異なるということを改めて書いておこう。

あのとき、右翼のリードに唱和しながら「この騒音は劇場の中まで響いて、演ってる芝居は台無しだろう、、、」と思ったけれど、デモの日は5月9日初日の芝居のために休業中だったらしい。そんなワケで私のシュプレヒコールが芝居を楽しみにしてきたお客さんの迷惑にはならなかったようで若干は安堵した。

日生劇場で越路吹雪と岩谷時子の「女の友情」を描いた『越路吹雪物語』を観てきた。

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越路吹雪(1924-1980)といっても「その人ダレッ?」と言われそうだけれど、シャンソンに日本語詞をつけて歌い、『♪愛の讃歌』のように日本の歌のように定着している歌も多く、越路スタンダードはだれでも一度は耳にしたことがあるハズ。

ここで、「岩谷時子・・・って?」と質問が返ってきそうだけれど、越路吹雪のマネージャー、専属作詞家としての仕事の他に、弾厚作こと加山雄三作品の作詞家でもあり、「♪夜明けのコーヒー/二人で飲もうと/あの人が言った/恋の季節よ」の、一世を風靡したフレーズの作詞家でもあります。

岩谷時子(高畑淳子)と舞台美術家真木小太郎(草刈正雄)が回想する形で、越路吹雪の成長していくサマ、“恋多き女”越路吹雪の私生活を描き出しながらストーリーは展開していきます。

越路吹雪が愛した男として登場した真木小太郎だけど、結婚に踏み切れなかった理由に真木小太郎の長男の存在があったとする場面。その音楽好きの長男というのが後年『♪バラが咲いた』で人気者になったマイク真木だったというセリフに場内ざわめいたりするワケです。

ここで、またもや「マイク真木って?」「『♪バラが咲いた』って?」という質問が返ってきそうだけれど、日生劇場の当夜のお客は登場人物の情報にリアルタイムで接してきた人たちだから、そんな解説が必要ありません。つまり、私も含めて、チャンジー・チャンバーでほぼ満席だったということ。たぶんこの人たちにとっての越路吹雪は西洋のモダンな香りを運んできてくれた歌手だったのでしょう。

この芝居の成功は何といっても越路吹雪役のピーターこと池畑慎之介のはまり役に尽きます。よくぞこれほどまでにと感心するほど、完璧に越路吹雪の所作を研究して、越路吹雪になりきって越路吹雪を演ずるにはこれ以上の役者はいないことに納得。

ただし、生演奏至上主義の私としては、ピーターの越路吹雪メドレーはカラオケなんぞではなく、ビッグバンドをバックにド派手にやって欲しかったという不満が残るワケです。

とは言うものの、宝塚歌劇団のスターだった越路吹雪と、社員として出会った岩谷時子の友情を描いたこの芝居は、正に昭和日本歌謡史そのものを描き出しているといっても良いでしょう。

昭和を懐かしく思い出したということは
やはり私もチャンジーだということだな。
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(「越路吹雪物語」5月28日まで 日生劇場にて)

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2008年5月15日 (木)

あこがれのカーメル その2

数週間前『神話の力』の中のチベット僧の唱えるオームシーンをアップしたところ、チェンマイ在住の日本人からお礼のメールをいただきました。「オームのバイブレーションを受け止めてくれる人がいたか!」と喜び、その後メールのヤリトリしたところ、1990年代にこの方のご家族と出会っていたことが判明。メール上のわずかのヒントから名前まで言い当ててしまった私の記憶力にビックリするとともに、「オーム」を仲介として、メール上とは言え再び繋がった回路に不思議な感動を覚えたワケです。

全地球を住まいとして現在はチェンマイ在住のこの方、これまでにアメリカ西海岸カーメルにも住んでいたこともあるそうで、ジョー・サンプルの名作『♪カーメル』をアップしたところ再びメールをいただきました。充実した人生を過ごされていることが想像できて羨ましくなるメールです。

ご本人の了解を得た上でそのメールを転載いたしましょう。

「カーメル」「ビッグ・サー」

あぁ、私にとっては憧れの地なのです。

Sikiri

   to airegin

「カーメル」の動画、拝見しました。

モントレー、パシフィック・グローブ、ペブル・ビーチ、カーメル、そしてビッグサーと、モントレー半島とその南の小さな町の数々とそれを取り巻く自然は、キレイな町が多いカリフォルニアの中でも特別だと思います。

結局カーメルにはたったの2年しか住まなかったのですが、最初の1年は海辺のCarmel by-the-seaというエリアで、ほんとうに風光明媚なところでした。後半の1年はカーメル・バレーに引っ越し、カーメルの谷(ワイナリー)を見下ろす山の斜面の断崖絶壁に暮らしました。

窓の外を雲が棚引き、ワシが風に乗って目の前を通り過ぎるという、これまた素敵なところでした。そしてなにより大好きだったのは、レッドウッドの森とクジラが回遊する青い海、たえず出ている霧がとても神秘的だったビッグサーです。

ビッグサーにあるエサレン研究所(Esalen Institute)で、1965年頃からキャンベル先生が毎年レクチャーをしており、今でもジョーゼフ・キャンベル関連のセミナーがあったりして、この前もエサレン研究所のロルフィングのコースへ通った友人がクラスの合間に『神話の力』のクラスに参加してきた、と言っていました。

カーメルに住んでいたときは、夫も学生で、わたしも仕事を掛け持ちしていて生活に余裕がなく、エサレン研究所へは遊びに行くだけで、何のワークショップにも参加できなかったのがほんとうに残念です。

それにこのジョー・サンプルの曲で思い出すのが、モントレー・ジャズ・フェスティバル。

ジャズ・フェスティバルを見に行った思い出というよりも、モントレー・ジャズフェスティバルで演奏するアーティストたちが、毎年モントレー郡のジャズな子供達のために開催してくれるサマーキャンプです。

なにしろブランフォード&ウィンストン・マルサリス兄弟なんかが講師で直に教えてくれるので、このために、ヤツラ必死に練習します(笑)

各校選ばれた子たちがキャンプへの参加権を取得、さらにその中から「ビッグバンド」が組まれて、最終的にはその年のジャズ・フェスティバルに出演します。息子たちが音楽少年なんですが、2人ともキャンプへの参加は果たしたものの、特に長男は惜しいところで最終選考でビッグバンドには残れませんでした。

どちらにしても素晴らしい体験だったと思います。

カーメルという町自体は、ジャズっぽい趣はなく、どちらかといえばクラシックの小曲が似合うところですが、ジャズフェスティバルと共に盛上がるあの空気もまたカーメルのスパイスのひとつなのでしょう。

あ、モントレーとカーメルは、別々の町なんですけどくっついてまして、車ならほんの数分で行き来の出来る距離です。

ゴールデンウイークはいかがでしたか?

今日は某国主席が来日しましたね(笑)雪山獅子旗と共にお出かけでしょうか。(^^)タイも国王の即位記念日やメーディーで、子供の学校は先週の木曜日から月曜日まで連休、今日やっと静かになりました。ビルマに壊滅的な被害をもたらしたサイクロンも、チェンマイを連日雨にしましたが、それも消滅して今日は久しぶりの快晴で、また暑くなりました。

カーメルやビッグサーの思い出を甦らせてくれる音楽ビデオをどうもありがとうございました。

さて、このメールはまた何かと繋がりましたでしょうか??(^^)

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ビッグサーには1960年代初めにジョーン・バエズが移り住み、ボブ・ディランと同棲生活を送っていて、両者は相互に影響し合いますが、そのディランは1965年ころにビッグサーを去ったというのは有名なハナシ。

そんなバエズがビッグサーで録音したLPレコードがあったはずだと探したら、、、。

あ〜、ありましたネ〜。

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ビッグサー住人のジョーン・バエズの音頭取りで始まったフォーク・フェスティバルで、60年代半ばの録音のはず。ジャケット写真を見ただけでもビッグサーの雰囲気が想像つくというものです。このレコードではジョーン・バエズを中心にクリス・クリストファーソン、タジ・マハール、それに変わり種「ブラッド・スエット・アンド・ティアーズ」の懐かしい音を聴くことができます。

このバエズのレコードを探してレコード棚をヒックリ返していたときに「カーメルといったらワシを忘れては困りまっせ!」という感じで出てきたのがこのレコード。

CONCERT BY THE SEA
ERROL GARNER

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1955.9.19
CARMEL,CALIFORNIA
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『♪ミスティ』の作曲者でもあるエロール・ガーナーは、サイドメンとして他のメンバーに合わせる器用さは持っていないようで、あくまでも自己のピアノトリオで真価を発揮するタチ。このレコードでも難しいことはな〜んにもなし。カーメルの開放的な雰囲気とエロール・ガーナーのポップス感覚が見事にかみ合って、アップテンポからスローバラードまでノリノリの大傑作。私は特に『♪枯れ葉』が好きなんですネ〜。

ビッグサーも、もはやジョーン・バエズのいた時代とは様変わりしているのでしょうが、2枚のライブ盤を聴いて、ますますビッグサーへの憧れ募るばかりです。

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2008年5月13日 (火)

アイム・ノット・ゼア/オレはそこじゃね〜ゼ

ボブ・ディランの成長期ごとに6人の役者が演じ分ける映画だろうと思ったら、ちょっと違ってた。

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I'M NOT THERE(アイム・ノット・ゼア)
トッド・ヘインズ監督
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詩人・無法者(アウトロー)・映画スター
革命家・放浪者・ロックスター

全てボブ・ディラン 
6人の豪華キャストが演じる
生ける伝説

ディランがウディ・ガスリーに憧れた時代、ディランを育てた女たち、フォークシンガーとしての地位を獲得した時代、フォークギターからエレキギターに持ち替えた時代、新宗教に傾倒した時代、隠遁生活をした時代、、、と、6人の役者がそれぞれに別人格の役を演じるというのがこの映画。主人公はボブ・ディランという名前ではないけれど、見事にディランの半生を浮き上がらせる。

オートバイのオープニングを見ただけで、ディランに関する本を読んだり、ビデオを観たことのあるファンなら、そのオートバイが何を意味するか即理解できるし、ストーリーを構成するエピソードにニヤリとする仕掛け(その分ディランの知識が薄い人にとっては難解になるかな)。

時代背景と人物が“ブルーにこんがらがって”いく展開は、初めのうち混乱したけれど、「けっきょく、ディランを理解しようとすること自体がおこがましいことなんだ」ということに気がつけばラクなもの。ただ、スクリーンを眺めてスピーカーから流れる音楽に耳を傾けていれば、それでOK。

タイトルのI'M NOT THERE(アイム・ノット・ゼア)は、「THE BASEMENT TAPES(1967年作品)」のセッションでレコーディングされたけれど、レコードには収められず、海賊盤でしか聴くことができない曲らしいから、こんど中古屋で探してみよう

ディランの伝記映画はこれまでにも何度か企画されたけれど、ディラン自身の許可が下りなかったというイキサツがあり、これが初めてのディラン公認映画ということになるらしい。なるほどボブ・ディランという希代のトリックスターの複雑さを表現するにはこれ以上ない手法なのかもしれない。

オレはそこじゃね〜ゼ!!!

追いついたと思ったらそこになく
見つけたと思ったら消えていた
というアンバイだったから
もう一回くらい観れば
初めて捉えられる映画かな。

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2008年5月11日 (日)

ローショー/チベット人を奮起させる歌

2008年5月10日(土) NHKニュースより

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主席閣下も無事お帰りのようで、これから日中双方で「大成功だった!」のエールを交換しあうんでしょうが、国家同士の手打ちは済んだとしても、そこいらの市民の私には五星紅旗に対する疑念は塊になって残っているのです。

世界各地での“聖火”リレーや胡錦濤の来日では、メディアが「伝えたこと/伝えなかったこと」を通じて、コトの本質があぶり出されたように思います。私はそれらのことを執念深く憶えておかなければなりません。

ここで「ロンショー」という歌を紹介しましょう。

この歌は2008年5月6日(火)日本青年館で行われた集会時に「チベット人が気持ちを高めるときにうたう歌」として紹介されたものです。

ロンショー(RISE UP)


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日本青年館での
セーブ チベット ネットワークの
集会から。
ひとりYouTube

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圧倒的な風の前に
吹き飛ばされそうな立場に晒されている
チベットの人々への連帯をこめて
そして
聖火から
“”が外されるときがくるように。
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フリーチベット
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Tibet

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2008年5月10日 (土)

フリーチベットとソニー・ロリンズ

さて、主席閣下の“暖春之旅”もそろそろ終わり。

本日は奈良に行ってるはずで、その結果は?。プールから戻ってきた昼前にテレビのチャンネルカチャカチャ回せば、12チャンネル・・・モトイ!テレビ東京が閣下の来日特集。ときおりテレビで顔を見る評論家の田勢康弘がこんな解説をしている。

餃子問題だとかチベット問題では、なかなか進展が見られないようだ。しかし、「これまでの日本によるODAが中国の発展に寄与した」と、日本に対する感謝の言葉を率直に述べたとか、君が代を3番目まで中国国内で放送されたとか、“歴史認識”を外交カードに振りかざして日本に謝罪を求めた江沢民と比べて、胡主席の今回の訪日はかなり異なったものになっている。このことからも江沢民時代の10年の間に冷え込んだ日中関係が好転する兆しが見える。

日中友好がいわれて何十年もたつというのに、いまごろそんな当たり前のことを喜ばなければならないテイタラクか?

よくある、書斎を模したセットの中で進行する番組だけど、さっきからその壁が気になって仕方がない。なぜかソニー・ロリンズのレコードジャケットが数枚飾ってあって、床にはテナーサックスという仕掛け。いつものセットなのか?何か特別な意味があるのか?初めて見る番組だから分からない。

「さぁ、ソニー・ロリンズさんが登場します」の進行役女性の言葉に「エッ!?」ロリンズがテレビに出るの!!!私は慌ててビデオをセットしたワケです。

けっきょく、5月中旬の日本でのコンサートのためのプロモーションの一環なんだけれど、音楽に対する姿勢だとか、これまでもっとも影響を受けた音楽家など、ありきたりの質問を受けたあと、「さて、ニュースのあとはいよいよソニー・ロリンズさんがスタジオで生演奏をしてくれます」

奈良を訪れた閣下の様子と、やってくれたか!フリーチベットのアピールを展開する同志の姿が映し出されたあと、いよいよソニー・ロリンズの演奏。

たしか80歳になろうというのに、いまなお元気な姿と、ムカシと変わらぬ豪放磊落なロリンズ節は、「ソニー・ロリンズとプロレスラーの引退宣言ほどアテにならないものはない」などと書いた私のドタマを、おおらかに包んでくれます。

奈良でのフリーチベットとソニー・ロリンズの演奏する姿をみて、これでひとりYouTubeのネタは決定と思い、ビデオテープを再生しようとしたら、、、。

「アラッ!録画されてない!!!」。

トホホのホ・・・器械の操作を誤ったらしい。

ワシもボケたか。

というワケで、本日のひとりYouTubeの代わりに、ソニー・ロリンズがもっとも先鋭的だった1960年代のレコードジャケットをアップしましょう。

決定盤シリーズ 第14集
「これがソニー・ロリンズ」

SONNY ROLLINS GOLDEN DISK

というタイトルからも、時代を感じさせるレコードです。

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現代のソニー・ロリンズは
音楽界に影響を与えることがなくなって久しい存在だけど
長生きも芸のうちだぜッ!!!
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そんなことを思わせた土曜日の
雨模様の昼下がりでした。

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2008年5月 9日 (金)

早稲田大学のフリーチベット

勤労の義務を終えて帰宅途中の地下鉄の中。前に立っている男性が読んでいる夕刊紙の見出しが目に入った。

オー!やってくれたか!!!

5月6日のデモ終結点のセレモニーで、早稲田の学生だという二人が登壇し「8日の早稲田での胡錦濤の講演会当日は学内でデモを行います。すでに学生課の許可は得ていて『他の授業の邪魔にならないように』とは言われています」というような報告をして拍手を受けていたけれど、ホントにヤリやがったんだなぁ。

どんな結果になったのか気になって途中下車して新聞スタンドで買いましたよ。ふだんは買わない夕刊フジを。

2008年5月8日 夕刊フジ

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この講演会は早稲田の学生を対象したものでなく、外務省などの招待者が対象だったそうで、主席閣下への質問も受け付けない閉鎖的な講演会だったらしい。そんな、コソコソと隠れて、、、便所みたいなところで、どんなに立派なことをのたまおうが、ひとの心には響きませんで!

けっきょく「フリーチベット」隊は「見せない聞かせない」のオカミの壁に阻まれて学外に退去させられたようだけど、一般市民のこんな意思表示が風となってジワリジワリ主席閣下につきまといそのうち暴風雨になります。

それにしても、いまごろワザワザ早稲田に出向くなんて。

どうしても早稲田でなければならない理由があったんでしょうネ。

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2008年5月8日(木)
NHK夜9時のニュースより。


ひとりYouTube

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いまの日本で
主席閣下を
無風で迎える大学なんて
創価大学くらいなもんだぜッ!!

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2008年5月 8日 (木)

5月6日はデモ日和 その2

具体的なことは「パンダの貸与」ていどの日中首脳会談。そのパンダすら「パンダはチベットのものだ」とか、「レンタル料1億円!」などと揶揄される始末。所詮、交渉失敗しようがエスカレーター式に出世していく官僚と、代議士の息子として小さいころからチヤホヤされて育った首相のタッグチーム。失敗すれば一族郎党強制収容所送りが待っている国のチームとでは命のかけかたが違うのです。

5月6日の「フリーチベット」デモの続きになります。

デモ隊が終点の代々木公園で解散したのは午後5時だったろうか。その後会場を同じくして、キャンドルを灯して今回のチベット争乱で亡くなった方々を追悼する集会へと移行するプログラムだったけれど、私は日比谷公園に移動。なぜ日比谷公園なのかよく分からないまま地下鉄日比谷駅を地上に出ると。

オー!ここにも雪山獅子旗が翻っています。

その数100というところか。

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さっきまで参加していた代々木公園が一般の市民主体デモだったのと異なり、ここの「フリーチベット」は、街宣車こそ出ていないがどうも右翼関係者がリーダーシップをとって一般市民が追随しているようす。だからシュプレヒコールの内容も「胡錦濤は帰れ!」だとか「胡錦濤は人殺し!」などの、中国を『チューキョー』と表現するグループのスローガンになります。どれほど叫んでも声が嗄れないリーダーから、この人、かなりの活動慣れした人だと推測できます。

日生劇場前に陣取ったグルーの拡声器使って日比谷公園に向けての絶叫は、公園内のレストラン松本楼で会食中の日中首脳へのアピールだったワケだ。

人数もだんだん増えてきて(それでも150人くらいか)口調も激しくなり、興奮のあまり地下鉄出入り口の屋根に登る活動家も出てくる始末。

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釣られて叫んでいたけれど、ここまでくると若干の違和感。

この日生劇場側とは対面の公園側にも雪山獅子旗が見えるから、アッチに行ってみようと横断歩道を渡ろうとすると、、、オマワリが遮りやがる。

「オイ!オレは向こうへ行くんだ!!!」

「ダメです!横断歩道ですから!!!」

「横断歩道だから渡るんじゃね〜か!!!」

「危険ですからダメです!!!」

「そんなことは余計なお世話だッ!!!通せッ!!!」

「・・・・・」

オマワリは言質とられないように沈黙作戦。

ついついこちらも、日頃のラブ&ピースも忘れて右翼口調になってしまう有様。

けっきょくオマワリの壁破れず、それならばと、いったん地下鉄の駅に降りて構内を反対側出入り口にまわると、な〜んだ誰に止められることもなくアッサリと日比谷公園側に出てしまった。

その日比谷公園側から見た、さっきまで私がいた日生劇場側の一角がこれ。

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たぶんあの拡声器の音は劇場内にも響いていて、せっかくの芝居が台無しではなかったのか?

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この日比谷公園側グループには拡声器がなく、みな肉声でのシュプレヒコール。ときおり拡声器でアピールしようと試みる右翼顔が出てもオマワリが規制するというアンバイ。要は日生劇場側からいくら拡声器使っても、その音は公園内の日中首脳が餃子定食楽しんでいる席までは届かないが、この日比谷側で拡声器使われたら、せっかくの天洋食品製の餃子が台無しになるということ。

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とにかく、ここでもオマワリの壁で公園内への入り込みを防いでいる。

そんなガードを固めるオマワリの様子を丹念に撮影する雪山獅子旗もいるから、そのうち、オマワリの仏頂面がYouTubeに溢れること間違いなし。私はオマワリとはセッションはしたけれど、そこまではやりせん。

拡声器でアピールしようとする右翼顔がときおり顔をみせるが、それぞれにオマワリ貼り付いて、朝顔押さえたりして必死の形相。よく見てると、厳しい顔つきで対応するオマワリと、オモネリ顔で「たのむよ〜、やめてくれよ〜」と哀願口調のなだめ役の二人がペアになっているのがわかる。

こんな右翼とオマワリのなれ合い見ていたらバカらしくなって引き上げてきた。

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家に帰ってフト腕を見ると
代々木公園で善意の女性が配っていた
FREE TIBETの願いを託した折り鶴が
オマワリとのセッションにも関わらず残っていた。
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このように5月の連休最後の日は
スローガンは同じでも
その方法論が異なるデモに参加して
終わったのでした。
Tibet

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2008年5月 7日 (水)

5月6日はデモ日和

2008年5月6日(火)

連休最後の日は見事に晴れ上がって絶好のデモ日和。

きょうの予定は決まっている。千駄ヶ谷の都立プールで泳いだ後、日本青年館のセーブチベット集会に参加後代々木公園までのデモに参加しようというもの。

この連休、街はどこに行っても混んでることだろうから、これが一番の安上がりな過ごし方。

プールで渡されたロッカーキーを渡されて、、、デジカメでバシャリ。

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数日前のこのブログで“聖火”リレーにからめネット上での“工作”まがいの投稿群を見て、「いまやジェームス・ボンドのようなスーパーヒーローの出番はない」そこいらの一般市民が情報を操作する時代なのだ!というような意味合いのことを書いたばかりなのに、渡されたローッカーの番号が007つまりジェームス・ボンドだったワケよ。こんなどうでも良いことにニヤリとする性癖を持ってるワタクシです。

1000メートルのノルマをこなしさらに小一時間ほど水中ウォーキング。体力気力問題なしを確認。こうして元気で遊べることをありがたいと思いながら日本青年館方面に歩いていくと、な〜んだ明治公園ではフリーマーケットをやってるではありませんか。

五月晴れのお手本のような空の下ではデモ日和でもありフリマ日和でもあったワケだ。

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集会まではまだ時間に余裕があるからユックリ見て回ろうと思ったけれど、日本青年館の様子を伺うと、どうも入場を待つ行列ができてる気配。フリマを早々に切り上げて会場に行ってみると既に400人くらいの列ができている。みなそれぞれに雪山獅子旗持ったり、プラカードをかざしたりして、それぞれのアピールで準備万端整えて。この雰囲気からするとかなりの参加者になりそうだと期待が高まる。

会は主催呼びかけ人である「セーブ・チベット・ネットワーク」のポッドキャスト運営者のあいさつからスタート。私のいた1階席はほぼ9割の入りだからこの調子だと2階席も含め1300のキャパは満席になるだろう。それぞれ個人の参加者の熱気が会場を包んでいる。

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ダラムサラからこの日のために来日したというチベット亡命政府議会議長、アムネスティ日本事務局、内モンゴル自治区、東トルキスタン、中国民主化運動家などが中国によって受けている人権迫害をそれぞれ報告、今後も変わらない支持を訴える。

私が一番印象に残っているのが

私たちは少数民族ではない!!!

という言葉。

なるほど、それぞれが「少数民族」という分かりやすい言葉で括られているけれど、かつては独立した国家だったのだ。それを武力で侵攻したのが中国だということ。結局すべてが共産党による一党独裁体制を維持するための暴挙だったことに納得。

日本青年館での集会は午後2時くらいに終了。それからデモ行進に移るワケだけれど、会場の青年館に入り切れなかったかなりの人が明治公演あたりで待機していたらしい。それらの人を先にスタートさせるということで、会場にいた私たちが街に繰り出したのは午後2時30分ころだったのかな。

大型の横断幕を先頭にシュプレヒコールくり返しながら青山通りに出て渋谷方面へ。表参道交差点を右折、祭日で賑わう表参道から原宿駅そして終点のNHK裏代々木公園までのルート。

もちろん届け出済みのデモだから警察官に誘導されて混乱もない。

祭日の人出で賑わう南青山表参道に出現した雪山獅子旗のデモ隊に驚き顔の人、走り寄ってきて拍手をする人、「フリーチベット!!!」とコブシ突き上げる白人。こちらも車道を歩きながらそれら通行人の反応を楽しむ。

真っ青な空を背景に翻る雪山獅子旗を見ながら、なるほど赤青黄白のこの旗はヒマラヤの青い空に一番輝くようにできているんだと納得。

90分くらい歩いただろうか。私たちのブロックが終点の代々木公園に着いた時は先発グループが集会の真っ最中で拍手でもって迎えられる。旧南ベトナム旗、内モンゴル旗、東トルキスタンの旗も見える。

その後しばらくして第3グループも到着してさしもの広い代々木公園も旗とシュプレヒコールで覆われ異様な興奮を覚える。

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ざっと見た感じでは1500人というところか。

このように、いまや組織力に頼って動員をかけなくとも、ネットで得る情報を取捨選択して一市民の立場から意思を表明したいという思いがそれぞれを駆り立てることもあるのだ。オカミが国賓の主席 閣下に「見せない聞かせない」と覆い隠したい事柄があるなら、それならば一市民として「見せたい、聞かせたい」という歓迎の仕方もあるのだ。弱い立場にある者がそれでも意地を見せたいと決意することもあるのだ。

“聖火”リレーに名を借りた中国の示威行為が多くの国で拒否され、そのことに対しての国家同士の手打ちは一応終わったとしても、フツーの市民に植え付けられた中国に対しての不信感は簡単にぬぐい去れるものではありません。

そう、代々木公園を埋め尽くした人々はほんとうにフツーの人々でした。

そういえばこの集会の呼びかけ人のモーリーさんから久しぶりに『バタフライ効果』という言葉を聞いた。この言葉を初めて聞いたのは地球交響曲の龍村仁監督からだった。

「地球の裏側のアマゾンの蝶の羽ばたきがやがて竜巻になることもある」というように理解しているけれど、代々木公園を埋め尽くした雪山獅子旗をたなびかせた風が、やがて人々に気づきを与える風になることを願いながら、最後はチベットの人たちによるチベット国歌斉唱と「フリーチベット!」のシュプレヒコールで集会は終わったのでした。

それでは本日のひとりYouTubeはこのチベット国家の斉唱を見ていただきましょう。

2008年5月6日(日)代々木公園に於けるチベット国歌です。

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ひとりYouTube

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2008年5月 6日 (火)

向田邦子と昭和の東京/川本三郎

主席閣下の来日に合わせたような産經新聞の記事。

2008.05.05(月) 産經新聞

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あの日、長野では中国人による暴行事件が多数あったけれど、胡錦濤主席来日を目前に控え、中国とコトを起こしたくない政府の意向で、警察は何もしなかったというもの。中国人群衆を刺激して暴徒化するのを恐れた警察は中国人には手を出さなかったというのが真相だ。

誰の言葉だったか?軍隊は国に逆らうことがあるが警察は国に従うだけだ。

ネット上では多数流れていることだから「今さら・・・」といえなくもないが、主席来日のこの時期に第一面にもってくるというのもご立派!!!

これで北京オリンピックの取材記者用パスは開会式前日まで保留ですね。

Sikiri

今回の連休もとくにどこへ行く予定もないから、近くを散歩していて見つけたのがこんなもの。

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あぁ、これか〜。ペットボトルのキャップがリサイクルされて、世界の子供たちにワクチンを送る資金になるということらしい。

さらに歩くと道ばたのお地蔵さん。

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何か書いてあるから近づいてみると。

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どうやら
持ち去られたお賽銭箱が戻ってきたらしい。
賽銭箱ごと盗んでいくというヤツもいるんだなぁ。
こんどはワイヤーでしっかり結びつけられている。
一応小銭を入れて手を合わせてきたワケですよ。

駅前までユックリ歩いて本屋で立ち見。

立ち見料として買ってきたのがこの本。

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向田邦子と昭和の東京
川本三郎

新潮新書
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現代は何を失ったのか
言葉、家族、町並・・・
新たな視点で読み直す。

あとがきをめくっていたら、著者の好きな向田邦子さんのエッセイとして「娘の詫び状」という一編を上げているのが目についた。

向田さんが乳がんを患い手術したことを母親に打ち明けるシーン。

「3年前のあれね、実はガンだったのよ」
「お前がいつ言い出すかと思ってたよ」

といつもの口調の71歳の母親。

この母にしてこの娘あり。何ごとも大仰にせず、平穏に生きてゆこうとする。その向田邦子さんが、飛行機事故という思いも寄らぬ悲劇で逝ってしまうとは。人の世の無常を思わずにはいられない。

「向田邦子さん=昭和」とはよくいわれるけれど、生前の向田さんの語りを聞くと、その美しい言葉づかいにウットリしてしまう。こういう喋りかたをする女性にジャズピアニストの秋吉敏子さんがいることを私は知っている。戦前に教育を受けた女性の凛としたたたずまいを感じてしまうのです。

そこで、私の好きな向田エッセイは、、、。

たしか「父の詫び状」の中の一編だったと思う。まだ生温かさの残っている湯たんぽのお湯で顔を洗っていると、隣りではやはり湯たんぽのお湯でシャボンを泡立ててヒゲを剃っている父親。カミソリをあてた顔でミョーな顔をつくって娘にウケようとする不器用な父親がいる冬の日の朝。

今ではこんな朝の風景を見ることはないだろうけれど、湯たんぽ愛好家の私としては、朝起きて湯たんぽの湯を捨てるときにいつも思い浮かべる向田さんのかつての東京の朝です。

ごくごく普通の、ありふれた生活を、平易な言葉で描き出し、過ぎ去りしものへの郷愁を誘う、もはや、「昭和」は向田邦子さんの作品にしか存在しなくなったようにも思えるこのごろです。

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さて、前述の産經新聞2008年5月5日(月)の第一面から社会欄に目を移すとこんな記事があります。

胡錦濤主席あす来日・・・・唐招提寺・法隆寺に抗議殺到
超厳戒 都内警備最大6600人。

この記事によると、警備方針について警察幹部はこのように明かしたといいます。

「胡主席への直接危害を防ぐのは当たり前。車窓越しや徒歩移動中、見聞きしたことで主席に不安や不快感を抱かせること自体、外交問題化する可能性がある。抗議行為や音を一切、見せず、聞かせずの警備が必要だ」a

「抗議行為や音を一切、見せず聞かせずの警備が必要だ」

それなら
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お聞かせしましょう
フリーチベット!!!
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お見せしましょう
雪山獅子旗!!!
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Tibet
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きょうはデモには
いい日だゼッ。

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2008年5月 5日 (月)

フリー・チベット1996

2006年1月から書き始めたこのサイトもこれでちょうど500本目。

よく続いたものと我ながら感心する。

さて、日本人は忘れっぽいから、長野“聖火”の話題も一般的には遥かムカシの出来事となりつつあるような気配がします。ところがドッコイ!ネット上ではまだまだホットな話題で、大手メディアが報じなかった、報じられなかった、“聖火”リレーの真実が飛び交っています。

私の「5月2日号 呪われし聖火〜宋さんを探せ」で、私が@nifty動画サイトに公開した動画と並べて紹介した、投稿者lawさんなる方の動画が、YouTubeでは盛り上がっています。

lawさんの動画はYouTubeの動画をコピーして@nifty動画サイトに貼り付け、私の公開した動画と並んでしまったというのがコトの経過のようですが、この本家YouTubeの動画が意外な展開を見せているのです。

“聖火”リレーの前日、関越のサービスエリアに現れ「中国支持を訴える日本人もいる」というテレビ朝日のニュースの録画がYouTubeに公開されると、2チャンネルに「アレは日本人ではない!中国人だ!」との書き込みが殺到。「ニセ日本人ではないか?」と糾弾された当の本人がとうとう「私は正真正銘の日本人だ!」とYouTube上に素顔を晒して「北京オリンピック支持」の自説を述べ反論するというナガレになるワケです。

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「こうして名乗りで出るのも勇気がいるなぁ」と思ったのも束の間、今度は青年の動画が「日中友好は中国人の純粋な願いで、長野での中国人は被害者だった」と誘導する工作の匂いを感じ取った読者から

動画の青年の口と音声が合わない。
北京オリンピック擁護の論理があまりにも中国人側だ。
そのパスポート偽造だろ。

などと「この動画、、、ヤッパリ可笑しいヨ〜」とのツッコミが入り、顔出し青年擁護側とコメント欄での泥仕合という・・・いつものナガレ。

そういわれてみれば、たしかに口調が入念に推敲された文章を読むように滑らかなのも喋り言葉としては不自然だし、口元と音声が微妙にズレている。当の本人の腕が動いていないのに原稿をメクル音までもマイクは拾っているから、画面の青年はクチパクで、実際に原稿を読んでいるもう1人との共同作業のようにも想像されます。

この青年の声とサービスエリアでインタビューに応えた青年の声紋鑑定がされたりして、そのうちこの青年の身元がワレ、個人情報が暴かれることになるんだろうけれど、あんがい、私が@nifty動画に公開した動画に出てくる「神奈川から来た宋さん」周辺の人間ではないかな?と想像しているワケです。

この青年が「北京オリンピック成功と日中友好を切に希求する日本人」だとしても“非国民”として冷たい視線浴びることになるし、「日本人を騙って日本を貶めようとする中国人」だとしたら「コレが中国人のヤリクチだッ」と、嫌中派の高笑いをきくことになりそうです。

このように今やジェームス・ボンドのようなスーパーヒーローの出番はなく、そこいらの多数の無名氏のキーボードが諜報合戦繰り広げる時代で、ネット上では呪われし“聖火”の落とし物が燻っているのす。

Tibet
 

さて、このブログは2006年1月からだけど、それ以前に発信していたホームページがあって、その中でチベットに関する映像を紹介したページがあります。

airegin/エアジン 7Days in Tibet 8

今回はこれ以降に観たチベット関係の映像を2点紹介いたしましょう。

『ヒマラヤを越える子供たち』は、チベットにいては教育を受けられないと、6,000m級の山を徒歩で数週間かけて越え、インドのダラムサラにたどり着く子供たちの姿を追ったドキュメンタリー。危険なヒマラヤ越えで凍傷に罹る危険に怯えながらも、それでも山越えに挑む子供たちは自由をつかむことができるのだろうか?

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ヒマラヤを越える子供たち
Escape over the Himalayas
Maria Bluemencron監督

2000年 ドイツ
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標高6,000メートル。
子供たちは命がけでヒマラヤを越える。
この尾根の向こうに、
未来があると信じて。

この子供たちは、ダラムサラに着いても、再び祖国チベットの土地を踏み肉親と再会することはできないのでしょう。この映像はチベットの現状にロマンなど入り込む余地がないほど切迫していることを教えてくれます。

今回の世界各地で起きた“聖火”リレー騒動は、チベット問題を一気に知らしめたし、街を埋め尽くす五星紅旗に中国の危険さを人々の心に刻み込ませることになりました。

国威発揚どころか国威失墜になろうとは中国も予想しなかったこと。かといって、途中で止めることもできず、平然を装いゴリ押ししたことで中華帝国の威信をドブに落としたようなものです。中国首脳は後ろ手にされて木から吊るされる己の姿がチラチラして怯えただろうし、これからも眠りは浅いゼッ!

今になって振り返れば、今回の騒動を予知するかのような出来事が「これじゃなかったのかな?」と思える動きがありました。

2008年3月11日 毎日新聞より

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そのビョークが出演して、チベットの人権問題を広く世界に知らしめたのコンサートを収録したのがこのDVD。

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FREE TIBET
TIBETAN FREEDOM CONCERT 1996

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史上空前の豪華アクト
第1回チベタン・フリーダム・コンサート
歴史的なライブ・パフォーマンスとメッセージが閃光を放つ!

1996年6月の開催というから12年前のことになりますから、ビョークはこの頃からチベット問題を心にとめていて、上海のステージで「チベット!チベット!」と叫ぶことになったのでしょう。

巨大雪山獅子旗をバックにビョークのパフォーマンス。

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サンフランシスコで約10万人集めたこのイベントはさしずめ「30年後に再現されたウッドストック」といっても良いかもしれません。ただし出演者も音楽傾 向もウッドストックの頃とは大幅に異なりヒップホップ系のミュージシャンが殆どだから、私の好みとは異なるものです。なぜかそんな中にジョン・リー・フッ カーと“ウッドストックの生き残り”リッチー・ヘイヴンスの顔が見られるのが懐かしい(ただしリッチーの歌ってる映像はナシ)。

映画はステージのパフォーマンスを中心に、チベットに侵攻し占領する中国軍の犯罪や拷問される僧侶の古い映像。そして現代でも行われている、絶望的拷問から逃れた僧侶たちへのインタビューで中国の蛮行を浮き上がらせています。

12年前の映画でこんな悲惨な状況が描かれて、それからもなおチベットに対する暴虐が改めれず続いていることは最近のニュースで知ってのとおりです。

この映画の中ではダライ・ラマ14世へのインタビューシーンも何編かあって、私が印象深かったのはこのシーン。「中国人を憎みますか?」の問いにダライ・ラマ14世はこう答えます。

いいえ憎んではいません
怒りに震えるときはありますが
憎しみの感情はまったくありません

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ひとりYouTube

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中国政府はダライ・ラマ14世との“対話”を再開したというけれど。
中国のそんな発表などオリンピックまでのただのポーズとわかっていても
それでもなお
僅かの期待を寄せなければならないアホらしさよ。

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2008年5月 3日 (土)

レーザーディスク愛

朝からの雨で、ゴールデンウィークに出かけようとしていた人にとっては出ばなをくじかれた感じだったでしょう。私は雨が降ろうがヤリが降ろうが、いつものようにプールでのスイミング。2時間タップリと、泳いだりウォーキングで身体を動かし、外に出てみればようやく雨も上がった模様。

さて、

このブログでLD・レーザーディスクのことを何回か書いたところ「LD盤が250枚ほどある。器械も壊れたままで今後も観ることもないだろうから、盤を引き取ってもらえないか?」との申し出が数日前にあった。

この申し出の方とはそれ以前に何回かメールのやりとりをしたこともあったので、音楽的嗜好も私と同方向と気づいていたから、コレクションの内容については信じたものの、250枚ということになると・・・。

じつは私も250枚ほどのLDを持っていて、さらに250枚ということは合計500枚!

どこに保管すればいいんだッ?それに老い先短い身としては、これらを生きてる間に観終えることができるか?

・・・それでも・・・欲しい!!!

けっきょく「250枚あるつもりが69枚だった」との連絡に、それだったらなんとかレコード棚に収まりそうだからと、格安値段で取引成立。

30キロの荷物になって即送られてきたけれど、開けてしまうとついつい夜更かしして観てしまうから、開梱は連休に入るまでジッとガマンの子。

たぶん、前所有者は愛娘を嫁にやるような心情だったのでなかったか?と思えるほど丁寧な梱包を開いて・・・。

ドキドキしながら内容をチェックすれば、私のニラんだとおり、70−80年代洋楽中心のコレクション。

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15枚ほどはすでに持っていたアルバムと重複したけれど、未DVD化作品、DVD化されても既に廃盤になっているのではないか?と思える貴重なコレクションの数々。

今ではワシントン条約で保護されそうな存在のLDだけど、ムカシはコレが欲しくってね〜。値段が高くって買えなかったという、かつてのウラミをいまになって晴らしてるようなものです。これって『未成就症候群』とかっていうんじゃなかったっけ?

LP→CD→インターネットの時代になってもSP盤のファンがいるように、DVDの時代になってもレーザーディスクに愛情注ぐファンがいてもいいんじゃないかい。

というワケで本日の
ひとりYouTubeは
ジミー・クリフ/ノー・ウーマン・ノー・クライ
を観ていただきましょうかネ〜。
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ひとりYouTube

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2008年5月 2日 (金)

呪われし聖火のその後〜宋さんを探せ

世界中に不調和をまき散らした“呪われし聖火”も、やっとこさ中国国内に入ったようで、まずはひと安心。あとは好きにやってくれ。8月8日ですネ。何かがが起きそう。実際の競技よりもそちらのほうに興味ソソラレます。

亀田兄弟の例の「反則指示」試合を広く世間に広めたのも一般人の投稿からというワケで、いまやネットの動画サイトのもつ影響力をないがしろにできない時代になってしまいました。為政者やメディアが、覆い隠したいと頬かむりした事柄も、素人のちょっとした投稿で暴かれて大恥かくこともあるのです。

今回の“聖火”リレーでも、メディアの伝えなかった事柄がインターネットを通じて全世界に広まり、人々の心に『?』を植え付けたことも多かったと思います。

例えば、フランスで“聖火”ランナーだった中国人女性身障者が、チベット国旗をあしらったバンダナ男性に“聖火”を奪われそうになった事件。不自由な身体で“聖火”を護った女性として、中国では一躍超有名人になったそうだけど、、、、。フジテレビに出演した駐日中国大使までも、わざわざ写真を取り出して“聖火”妨害グループの非道ぶりの象徴として強調した、あの事件にも別の見方があって。

じつはアレ、「中国人被害者」を強調したい中国人グループによる自作自演ではないか?というもの。

その根拠として、チベットバンダナ男性が五星紅旗グループと一緒に歩いている写真がネット上で公開され、「五星紅旗×雪山獅子旗、一触即発状況の中で両派にこやかに歩く姿は不自然だ」「最初から事件を起こす場所が設定されていてカメラマンが準備していたようなアングルだ」と解説されれば、「なるほど、そういうことがあっても不思議でない」とも思えるワケです。

もっとも、五星紅旗グーループと一緒に歩くチベットバンダナ男性の写真だって、捏造という可能性も否定できません。

いずれにしても、あのチベットバンダナ青年の素性がまだワレてないから、真実は分かっていないけれど、このようにネットを舞台にした駆け引きも実際に起こっています。

4月26日以降、長野体験者による多数のレポートが、ホームページ、ブログ、動画サイトでなされ、その多くは私が感じた「日本人による中国人のためのイベント」のニュアンスを滲ませたものが殆どのようです。

「警備の警官は中国人留学生の立場に立っていた」と、メディアとは別の視点で、街を埋め尽くした五星紅旗の動画を公開して、長野“聖火”リレーを告発してる人もいるワケです。

日本人に、調和どころか不信まき散らしただけの長野“聖火”リレーで、私自身も「ンッ?」と思いつくようなことがありました。

@niftyの動画サイトを開いて、検索キーワードに「聖火」と打ち込んでみてください。

そうすると、

[タイトル ] “聖火”ピョンヤン到着”
[投稿日]  2008/04/28
[投稿者]  aireginさん

[タイトル] 聖火長野「中国人?日本人」
[投稿日]  2008/04/30
[投稿者]  lawさん

という二つのビデオクリップが並んで出るはずです。

じつは最初のビデオの投稿者aireginというのは私のことなのです。 

そこで、まず、私が@niftyの動画サイトに『“聖火”ピョンヤン到着』というタイトルで投稿した動画を見て下さい。2008年4月28日(月)NHK夜9時のニュースの録画で、「聖火が韓国から北朝鮮のピョンヤンに到着して市民から大歓迎を受けた」という導入部から、それまでの聖火リレーでの各地での混乱ぶりを伝える構成になっています。私の投稿意図は「ピョンヤンには愛国心に燃えた中国人留学生はいないのか?」と茶化すところにあります。。

その番組で長野の混乱を振り返った場面に

中国で開かれるオリンピック聖火リレーを

この目で見たいと神奈川県から長野やってきた

日本の大学で国際関係などを学ぶ

中国人留学生宋寿蓮さんが紹介されます。

この中国人留学生宋寿蓮さんは、聖火を見たいと五星紅旗振りながらリレーを追いかけ、途中チベット支持者と鉢合わせ。「オリンピックに政治を持ち込むな!」と中国外務省広報官口調でヤリあって自分の主張を述べたりするワケです。

そんなふうにして長野の町を走り回り、やがて、聖火の炎を見ることができたと感動。「こういうことが大切なんだ、、、」つまり、「話し合うことによってお互いの考え方の違いが理解できるようになる」とサトルまでをNHKのカメラが追いかけるワケです。

私の投稿した動画の3分40秒経過ころに、この中国人留学生宋寿蓮さんが出てきますから、この顔をしっかり憶えておいてください。

神奈川県から来た中国人留学生宋寿蓮さんの顔を覚えましたね。

さぁ、次に見てほしいのがワタクシaireginの投稿ビデオの隣り。

lawさん投稿の、タイトル「聖火長野『中国人?日本人』」というビデオです。

聖火が長野に向う途中の(ということは4月25日)関越サービスエリアで、チベット支持者と中国人観光客が偶然鉢合わせして緊張感が走ったけれど大事にはいたらなかった、という内容のテレビ朝日のニュースです。

投稿者のlawさんのこれまでの投稿履歴を拝見すると、チベット側に対してのシンパシーを抱いている人のようですが、この投稿動画でも、「チベットの旗を振る日本人」「五星紅旗を振る日本人」の、

この日本人を名乗る二人の男は本当に日本人だろうか?

発音からして中国人ではないか?

という、つまり、「『オリンピックに政治を持ち込むな』と、北京オリンピックを応援する日本人もいる」というシーンを放送したいためのテレビ局のヤラセではないか・・・・。もちろん投稿者のlawさんはそこまで書いていませんが、私はこの動画をみて、投稿者lawさんの意図をこのように忖度するワケです。

そして、これからが私の『?』になるのですが、このテレビ朝日のニュースの中で、関越のサービスエリアで偶然“チベット支持者”と鉢合わせした中国人観光客として、

チベットはもともと中国の一部分であり

ウチらの意見としては

そういうことが事実なので

変わりはありません。

こんなふうにマイクの前で主張しているのが、あなたがいま記憶している、そう、私の投稿動画に出てくる「神奈川から来た中国人留学生/宋寿蓮さん」その人なワケよ。

それでは、lawさんの投稿した動画を見て確認いたしましょうか。

ネッ?

オモシロイでしょ?

長野聖火リレーの前日、関越のサービスエリアで中国政府の公式見解に沿った発言をしたり、チベット雪山獅子旗を振る青年を五星紅旗振りながら追いかけ、余裕の表情でデジカメに撮っている、「偶然通りかかった中国人観光客」が、リレー当日の長野では「オリンピックに政治を持ち込むな!」とNHKのカメラの前でヒステリックに叫ぶ「神奈川から来た中国人留学生宋寿蓮さん」になってしまうのです。

これが私には理解できないワケよ。

テレ朝放送、4月25日に関越サービスエリアで「偶然鉢合わせした」とされるシーンに出てくる人間は、もともとテレビ局の仕込みではなかったのか?。

NHK放送、4月26日に聖火を追いかけて長野を走った留学生宋寿蓮なる女性も、NHKが追跡同行取材するために当日長野で一本釣りした留学生などではなく、「日本人の考え方を理解しようとする中国人もいる」という番組制作意図に沿って、あらかじめ中国関連団体から推薦されていた女性ではなかったのか?

NHK
テレ朝
二つの番組は
ニュースという体裁をとりながら
じつは
中国イメージアップ作戦の台本に基づいた
ヤラセではなかったのか?
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たまたま
@niftyの動画サイトで一緒に並んだ
隣りのビデオクリップを見て
こんなことを想像して
オモシロがっているワケです。
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メディアから
ネットから
タレ流される情報を
無条件に信用するのではなく
いったん深呼吸するワザを
身につけなければならないなぁ。

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2008年5月 1日 (木)

あこがれのカーメル

5月になって今朝などは初夏の陽気で爽やかな目覚め。

しかし、新聞を開いてもアホな政治のニュースばかりで、

これでよく革命が起きないもだと、

笑うしかありません。

こうなったら、即選挙やろうよ!

選挙によって、静かな国民が何を思っているのか確認しようじゃないか!

マッ!

あまりカッカしても血圧上がるばかりだから、本日はこんな音楽を聞きながら気持ちを落ち着けましょうか。

CARMEL/JOE SAMPLE

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ひとりYouTube
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カーメル
マリブ
ビッグサー
永年あこがれている響きです。

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