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2008年4月27日 (日)

長野に行ってきた

  to eiregin

逮捕者5名、、、、ということですが、

まさかえあじんさん、パクられていませんよね?

TVでずっと見ていたのですが、中国国旗が圧倒的に多く、
中にちらほら、チベット国旗。

なんか、すごくでかいのがありましたが、パネルにしたのかな?

えあじんさんの勇姿、残念ながら未確認。
「緊張した空気のなか、小競り合い」などとネットには出ていますが、
いかがでしたか?

お疲れ様でした。

Tibet

from えあじん

行ってきました長野へ。

パクられたときの身元引き受け人用にあなたの電話番号はメモして、、、というの・・・はウソ。ハナっから特に何かコトを起こそうなどという気はサラサラなく、“抗議”というと大げさになるけれど「身の丈に合った意思表示をしておかなければならない!」という、ただそれだけ。

26日の朝に新宿を発ち長野駅に着いたのは10時30分ころ。長野駅善光寺側は雪山獅子旗と五星紅旗チラホラと閑散としたモノで拍子抜け。通りがかった同志に「フリー・チベット!」と声をかけ訊けば、このあたりが騒然としたのは朝6時頃のことで現在は駅の反対側に移っているんだとのこと。

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疲れた表情の五星紅旗群に混じって長野駅ビルを反対側に抜けると、オー!!!歩道橋の上は韓国サポーター!じゃなくって!五星紅旗の陣地。

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リレーはまだ終わっていないらしく、“聖火”をお迎えしようと先回りしている紅衛兵の孫諸君が陣取っています。

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歩道橋も地べたも五星紅旗で埋め尽くされ、さらにアッチコッチから何やら唱えながら移動してくるサマは壮観。彼らのコールの意味は分からないが、“毛語録”の一節なのかな。

この場所がリレーコースになってるのかどうか分からなかったけれど、適当な場所に立ち、雪山獅子旗振りながら「フリー・チベット!」を連呼すれば、紅衛兵は紅衛兵で“毛語録”唱えながら背後を移動していくワケですよ。

隣りの“聖火”見物の母子に訊けば、このあたりは70番目あたりのランナーが通過するはずだというから、とすれば、70/80で終点は近いことになります。

たしかに「フリー・チベット!雪山獅子旗」と「“毛語録”五星紅旗」が入り交じっているけれど、特に緊迫感もなく、2メートル置き程度に配置されたオマワリさんも、「オマワリさん大変だね〜何処から来たの?」などという質問に冗談まじりで応じれるほど余裕の表情。

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フリー・チベットと“五星紅旗”のフリーセッションをひとしきり楽しんでいると、さっきのオマワリさん、「時間的にはサ〜、ソロソロ来る時間だから、写真撮る人はカメラ準備した方がいいよ」などと情報まで流してくれるサービスぶり。

そうしたら
ホントに来やがったゼ
“呪われし聖火”が!!!
先導車に続いて黄色い炎が見えたので
ワシは慌ててカメラを取り出して
ムービーにセットしたワケです。
.
ひとりYouTube
.
まさかリレーを見れるとは思わなかったゼ!

ムカデ競争風隊列に囲まれた“呪われし聖火”と、その後の主催者関係車列を見送りながら、これまでの聖火リレーの映像となんか違うなぁと思っていて、気がついた。

これまでに何回か観た“聖火”リレー映像は妨害されたにしろスンナリ行われたにしろ、実に洗練された、歴史を感じさせる街並みの中を走り抜けたけれど、目の前の景色は、、、。工事中のデコボコ道に古びたような壊れかけた建物という、日本人だったらゴクゴク見慣れた景色だったことです。

人の流れに混じってムカデ競走の消えた方向へ歩いていくと、そこは県民会館裏側の若里公園で、ここがリレーの最終地点だったかと納得。

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雨模様の空の下、オマワリの誘導であちらの丘が五星紅旗、こちらの丘が雪山獅子旗と振り分けられたけれど、これは両グループの接触を避けたオマワリの作戦で、両グループとも警備のオマワリを挟んでのセッションということになります(人数的には五星紅旗が2000人、雪山獅子旗が500人というところかな)。

午後1時ころになると突如五星紅旗が解散を初めて、何が起こったかと思っていたら、あとで聞いたハナシではリレー式典が終わっての撤収だったそうだから、今回の“聖火リレー”は中国人への日本人によるイベントがここ長野で行われたということになります。

中国人の撤収が終えても雪山獅子旗は散会の気配もなく、雨が本格的に降る中、寒さしのぎにフリーチベット!を連呼し続けたけるうち、やがてこの集会の主催 者らしきチベット人による、支援に対するお礼の挨拶とか、その他関係者の挨拶などがあって、けっきょく散会したのは2時頃だったと思います。

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このように私が体験した長野“聖火”リレーは特に混乱もなく終わったけれど、実際にはアッチコッチでイザコザがあったということは、今朝のニュースで知ったワケです。

ニュースなどで一番に問題にされたのは、長野の町を埋め尽くした五星紅旗の是非になろうかと思います。たぶん中国政府は留学生による祖国を思う留学生の“自発的意思”ということで済ませるんでしょうが、大旗掲げたリーダーの統制の下に動いているところを見ると、あの紅衛兵の殆どは組織単位での動員がかかっています。

それに対した雪山獅子旗こそが自発的参加です。これは参加者の「青壮老」というバランスのとれた構成からも分かります。「いまアピールしておかなければ」というそれぞれの素朴な思いが長野へ駆り立てたものです。

今回の長野“聖火”リレーは結果として良かったんではないかな?と思います。というのも、中国政府はチベット問題を初めとした自国の抱える問題点を世界中に知らしめてしまい、日本人はこれまでの、何が何でも『日中友好』に『?』マークをつける皮肉な結末を迎えることになったのだから。

というワケで
最後に
北京オリンピックを記念して
こんな画像をプレゼントいたします。
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フリーチベット!!!
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