ベトナム・ストーリーズ/神田憲行
ひと雨ごとに春が近づいてくるような気がします。
今回も毎日新聞の志の輔さんのコラムからネタを拝借いたしましょう。
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「日越国交回復35周年記念」の一環として、在越日本商工会が主催してくれた独演会でホーチミン市に赴いた志の輔さん。まず会場に落語の舞台を作る作業を現地人に指導するということから始めます。日本のスピードに慣れた身にとってはあまりにもノンビリなベトナムペースに困惑しながら、やがて、このユックリ加減こそが落語の本質ではないのかと気づくハナシ。
さて、「生涯バックパッカー」としてリュックサック担いだままあの世に行く願望をココロの片隅に抱いている私。カンボジア/ベトナムに続いて次はどこへ行こうか?などと思いながら、本屋の旅行ガイドコーナーで手に取ったのがこの本。

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ベトナム・ストーリーズ
神田憲行
河出書房新社
かつて日本語教師としてベトナムで1年間暮らしたことのある著者が、ベトナムで受けたカルチャーショックを綴ったのがこの本。ベトナム関係の本には必ずといって書かれている、かの国の人間のしたたかさ、おおらかさ、一筋縄ではいかない国民性がユーモアたっぷりに描かれています。
パラパラめくりながら「パリの近藤紘一」という章で私の手がとまりました。著者がこれほどまでにベトナムにハマったキッカケは近藤紘一さんの著書を読んだことで、初めてのベトナム訪問はかつてのサイゴンでの近藤紘一さんの足跡を辿るような旅だったことを告白し、近藤紘一未亡人の近藤ナウさんをパリに訪ねたレポートでこの章を終えています。
それによると、故近藤紘一さんの『サイゴンから来た妻と娘』で知られたナウさんは、近藤紘一さんが亡くなったあと、娘のユンさんの住むパリに移り、故国ベトナムに親戚を訪ねたり、ときには日本に帰国したりの元気な生活を送っているらしい。
今回、神田憲行さんの本でナウさんと娘のユンさんのその後を知って安心しました。
というのも、ナウさん母娘にとっては夫の国といっても日本はやはり異国の地。その夫に先立たれたあと、残された母娘に対して日本は優しかったのだろ うか?。近藤紘一さんの愛した妻と娘が、もし、日本に対する恨みつらみを抱き失意のなかに暮らしていたとしたら気の毒だなぁという思いがしていたワケで す。
近藤ナウさんの消息が分かり安心したところで、その近藤ナウさん名義になるこの本を紹介しておきましょう。

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アオザイ女房
ベトナム式女の生き方
文化出版局
昭和53年10月31日 第一刷
サンケイ新聞サイゴン特派員だった近藤紘一さんとのなれ初め、子連れ結婚、そして娘を連れての日本滞在など、これまでの近藤紘一さんの一連の著書をそのままなぞったような内容。日本語も喋れないナウさんが書いたという設定にはムリがあると思えるほど立派な日本語で、その文体は近藤紘一さんソックリ。たぶんナウさんとの日頃の会話を近藤紘一さんがまとめ、ナウさん名義で出したというのがホントのところかな。
遺された妻と娘を今でも温かく包んでいるようです。
なお、『ベトナム・ストーリーズ/神田憲行』はベトナムによって再生した著者の「あとがき」を読むためにだけでも買う価値がある本です。
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