花はどこへ行った
昨年12月NHKハイビジョンで興味ある再放送がありました。
かつて、NHKで放送された番組の中から、五木寛之さんにとって印象深い番組を五木さん自身の解説も含めて12時間に渡って再放送しようというもの。
その中の『花はどこに行った・祈りの反戦歌』は、NHKらしい丁寧な取材で、反戦歌として知られる『花はどこへ行った』の生い立ちを浮き上がらせていて、私にとっても「もう一度見たい番組」として放送日を待ちわびたわけです。
“旅と青春”への思いを存分に語る12時間
自ら選ぶ珠玉の番組でたどるその人生とは・・・・
.
2007.12.16(日)
↓

.
『花はどこへ行った』が重要な意味を持たされるのは、ベトナム戦争さなかに若き米軍兵士が戦車に寄りかかり、この歌を歌う姿が放送されたことだったといわれます。それ以来『花はどこへ行った』は、作者のピート・シーガーの手を離れて、反戦歌として一人歩きすることになります。
つまり、自分たちに無関係な遥かアジアの片隅のイザコザだと思っていた戦争が、実は自分たちの戦争で、明日は自分も招集されることになると感じ取り、“厭戦・反戦”ムードが一挙に高まったからだといいます。
そして、『花はどこへ行った』はドイツに飛び火して意外な展開を見せます。
ドイツ出身の女優マレーネ・ディートリッヒは、反ナチの立場からドイツを捨てたことで、“祖国の裏切り者”としてのそしりを受けることになり、そんなディートリッヒが『花はどこへ行った』をドイツ語で歌ったことで、祖国に受け入れられることになります。
.
さらに時は移り、1994年のリレハンメル冬期オリンピック。
引退した、かつての“銀盤の女王”東ドイツ出身のカタリーナ・ビットが統一ドイツの選手として復活。『花はどこへ行った』に乗せ戦争の悲惨さを訴えるメッセージは大観衆の心を打ちます。
たかが歌だけど
もしかすると
その歌が
少しでも世界を動かすキッカケになるかも知れない。
60年代半ば、ピート・シーガーが、ロシアの作家ショーロフの『静かなるドン』の中の一遍の子守唄をヒントに作った『花はどこにいった』が、やがて、作者が想像もしなかった光を発し反戦歌として重要な存在になっていく過程を見て、こんなことを思ったのです。
ベトナムで、戦車によりかかって『花はどこへ行った』を歌う若い兵士の映像がアメリカ国民に衝撃を与えてから40年。
私の持っているアメリカンブランドの靴やバッグ・衣類のタグをひっくり返せば「MADE IN VIETNAM」の文字が簡単に探し出せるし、現在のベトナムでは一般にアメリカドルが流通し、かつてこの国とアメリカが戦争していたことを感じさせるものは少ない。
かろうじて、『クチトンネルツアー』という観光客向けツアーにベトナム戦争の面影が残っているくらいか。これはベトナム戦争当時ベトナム解放戦線が張り巡らした全長250kmの地下トンネルを見学しようというもので、これとて、もはやエンターテインメントとなっている。
ホーチミン市内に『戦争博物館』という施設があって、ベトナム戦争の歴史を戦争遺物や写真パネルで紹介しているもの。反南ベトナム政府の人間を拷問に科した器具とか、枯れ葉剤による奇形児のホルマリン漬けなども展示してあるが、ベトナム戦争の悲惨な実体を表現しているとも思えない。もしかすると、経済発展という“実利”をとるためにはアメリカを刺激したくないというベトナム政府の手加減なのかもしれません。
展示物の中にこんなコーナーがあります。
ベトナム戦争のさなか、日本からベトナム解放戦線支援に送られたビラとかポスターの展示物です。私は特にベトナム支援の活動をした者ではないけれど、懐かしい印刷物です。
東京のどこかの街角で見たことのあるようなポスターだと丹念に見ていると、後ろからこんな声が聞こえます。
男「ねぇ、学校でベトナム戦争のこと習った?」
女「おぼえてな〜い?」
男「やっぱり?ボクもおぼえてないんだよね」
さりげなく後ろを振り返れば健康そうな若い日本人カップル。それ以上ハナシがつながることもなく、次の展示物へと移っていきました。学校で習わなくっても、こうして戦争博物館を見に来ただけでも上等上等。
ベトナム戦争について学校で学ぶことはなかったけれど
「アメリカはベトナムから手を引け」の立て看板だとか
反戦集会反戦フォークなどの言葉から
自然とこの戦争のうさん臭さを学習していました。
.
「共産主義から自由主義を守るため」
こんな大義のもとにベトナムに侵略したアメリカは
ベトナムなんてすぐに潰せると思っていたのでしょう。
.
しかし
侵略する側の大義はどうあれ
他国への侵略は侵略
侵略された側の大義までは読み切れなかったようです。
.
そしていま
40年前の学習効果もなく
ただオイル利権を守りたいがための
一片の大義も見つけられない侵略から抜けられなくなっているんだなぁ。
.
意に反して
イラクに駐留することになったアメリカ軍兵士たちは
『花はどこへ行った』を
見つけられるのだろうか?
.
「戦争博物館」の外に出てみれば
展示物の悲惨さとウラハラに
ノンビリと壁塗り作業中の
ホーチミン市「戦争博物館」
2008年正月でした。
.
a.
| 固定リンク
コメントを書く
コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。
コメント