ホー・チ・ミンのバラード
ちょっとベトナムに行ってきたらこんな記事にも気づくようになった。
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なるほど、杉良太郎さん「約20年前からベトナムで孤児院支援などに取り組んでおり」という関係があったワケだ。それにしても高村さん、スギさまの貫禄に押されてどっちが外務大臣だかわからないようですね。マッ!どうでもイイけんどもヨ〜。
ベトナム戦争が集結して30数年。
北ベトナムベトナム初代大統領ホー・チ・ミンは、ベトナム戦争終結を見届けてから亡くなったと思っていたら、戦争終結以前に亡くなっていたことに初めて気がついた。ホー・チ・ミン(1890−1969)死後に達成した北ベトナムによる南ベトナム制圧は、北による南への「侵攻?」それとも「解放?」、「乗っ取り?」それとも「吸収合併?」。そのあたりになると私には勉強不足で説明できないところです。
しかし、戦争終結後に多数発生したベトナム難民(ボートピープル)の日本漂着の新聞記事を読むたびに、共産党政府による旧南ベトナム住民への厳しい弾圧が想像されてイヤな気分になったことは記憶しています。そして、「南ベトナムを解放せよ!」「アメリカは南ベトナムから手を引け!」などと発言していたヒトたちが、「ベトナム難民問題」や「越中戦争問題」になると、沈黙してしまったことを不思議に思っていたワケです。
今度はベトナム共産党政権に対してモノ言わんか!
あれから随分月日がたって、今更ムカシのことをほじくるのもナンだけど、過去を忘れたかのように、今では“進歩的文化人”ヅラして耳障り良い言辞を弄してるヤツらを見かけます。ヤツらにとって一時期のサークル活動的感覚だったのか?そんな世渡り上手に長けたヤツらには首から『キムチ納豆』突っ込んでやりましょう。今からでも遅くないぜッ。
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こんな歌で本当に盛り上がったの?と
不思議なほどツマラナイ歌ですが
時代考証の意味もこめてアップします。
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ベトナムの国父として神格化されてしまったホー・チ・ミンは
不屈の精神力をもった闘志としての反面
地位とか権力にこだわることのない清廉潔白な人格だったらしい。
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そんなホー・チ・ミンが望んだとは思えないけれど
旧サイゴンは中黒外したホーチミン市となり
ホーおじさん肖像をプリントしたTシャツが土産物として売られ
オートバイの客引きがひっきりなしに声をかける町に変わりました。
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共産党一党独裁による政権運営も
信用できないけれど
少なくとも
民衆が銃声の音に怯えることなく暮らせるようになっただけでも
“良し”としなければならないかな。
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統一会堂(旧南ベトナム大統領官邸)
ホーチミン市
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