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2008年1月17日 (木)

to Airegin 『神話の力』について 2

       by:Kobayashi 2008.01.05

年末年始の休みの間に、エアジン様から送って戴いた『神話の力』を6回シリーズで通して見させて戴きました。

キャンベルが伝えたいことをしっかり理解する為には、私自身が数多くの神話と接し、それを深く味あわないといけないことが良く分かったのですが、しかし、神話が「永遠という宇宙最高の原理」から生まれており、従って人間はどの民族も共通に神を求めるものであるし、どの神話にも処女降誕、世界の創造、禁断の木の実、ヘビなどの物語が出て来るのだということが良く分かりました。

そして、私が一番感動したのがやはり第6巻の「永遠の仮面」です。
 

その中で特に「生命そのものには目的はない (中略)、重要なのは人生という旅そのものであり、目的地ではない」と言っている部分は私には大きな救いとなった言葉でした。

私は会計士という仕事柄、「経営」というものに接することが日常的なのですが、「経営」の場面では「経営計画」というものを立てるのが常識であって、誰も何の疑問もさしはさみません。しかし、私にはどうしても「経営計画」というものがしっくり来ないのです。

そもそも人生において「計画」とは何であろうか?…と思ってしまうのです。

「計画」は当然達成すべき「目的」に向っての「計画」なのですが、私にはどうしても人生における「計画」だとか「目的」というのがしっくり来ないのです。

目の前に現われて来るやらなければいけないことに懸命に取り組んで行くことだけのような気がしますし、私はそのパターンで全力が出るのです。ですから「経営」の場面でもそもそも「計画」とは何だろうか…と考えてしまうのです。

そしてそれが現在の経営の中の常識になっていて誰も疑問を持たないことが解せないのです。
そんな私ですので、このキャンベルの「生命そのものには目的はない」という言葉は大きな救いでした。毎日の人生の中で、毎日の経営の中で「真の喜びの追求」だけをして行けば良いのだと大いに勇気づけられました。

エアジン様には貴重なDVDを快くお分け戴きまして本当にありがとうございました。
これからも私の宝とさせて戴きます。

  追伸
私は般若心経の前後の部にある「呪」というものは、「くりかえしの言葉、くりかえしの行為」ではないかと思っています。「くりかえし」によって人間は般若の智恵を持てることができるという意味であろうと思います。

 

故知般若波羅密多
是大神呪 
是大明呪 
是無上呪 
是無等々呪 
能除一切苦 
真実不虚… 

とありますので、そういうことだろうと思っているのですが、この「呪」つまり、「くりかえし」によって般若の智恵に至るというすばらしい例示となる映像を画面の中で沢山発見することができました。

イスラエルでラビの方々が体を前後に揺らしながら祈っている場面とか、チベットの僧がオームと唱えながら手でいつまでも同じ動きをくりかえしているとか、ネイティブアメリカンやアフリカの踊りとか…全て「呪」の宝庫でした。

 ありがとうございました。 
 

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