プノンペンのオーム
プノンペンの街を朝早く歩いていると僧侶が托鉢している姿をよく見かける。
お坊さんがス〜っと門前にたつと、しばらくして家人が現れて金銭や食べ物などを器に入れてやり、互いに合掌し終わるとス〜っと立ち去る。よく見てるとカラ振りのときもあるようで、留守なのか無視されたのか家の中から誰も来ずそのまま立ち去るときもあるようだ。
こんなふうに、おばぁちゃんが孫を連れ一緒になって拝めば、坊さんに対する尊敬の念が自然に芽生えていくのでしょう。
上の2枚の托鉢姿を見ると、坊さんのハダシは分かるけれど一般人も皆ハダシだということを今気がついた。自分たちの代わりになって修行に励む坊さんがハダシなのに、靴やサンダルを履いていたんでは失礼になるということなのかな。
これはプノンペンの国立博物館での写真だけど、観光客のざわめきが聞こえないかのように、書物を読んでいるお坊さんが、なかなか決まっています。
この、国立博物館の向側、トンレサップ川沿いに小さなお寺があって、さっきから法要の準備中。お金持ちの行事らしくバンドが入ったり、かなり大掛かりなものです。
参拝客お目当ての花屋やお乞食さんも準備に余念がありません。それら商人の集まる一角に大きな鳥かごを持ったグループがいて、日本では見られない行事を見ることができた。
つまり、せめて囚われの雀を解き放つことで現世の罪滅ぼしをしようというもの。雀にも、放たれるもの、そのまま残されるものと、運不運があります。これも雀の前世の行いによるものなのか。雀の顔もよく見ると日本の雀とは顔立ちが違うみたい。
このように同じ仏教圏に住む者として、なじみある景色をみることができるけれど、中にはこんなことも・・・・・。
オイオイ!コリャッ!!!
お寺の壁に立ちションベンじゃ、ポコチン曲がりまっせ!!!
こんなヤツもいます。

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トンレサップ川に面した、シンワットキーはコロニアル調のオープンカフェや土産物屋の立ち並ぶ観光名所。CD屋などを冷やかしながら歩いていると、「日本語OK」というインターネットカフェがあって久しぶりにパソコンで遊ぶことがができた。
メールボックスに入っていたメールをチェックしたり、このブログへのコメントを編集したり、たまに触るパソコンが嬉しい。2時間で1ドルだから安いものです。こんなふうにサハラ砂漠にいても、メコンデルタにいても通信できるのだから、まさに世界は小さい網の中に包まれているようなものです。
ネットカフェを出ると「私は乞食ではありません。仕事をしています」というボードを掲げた車イスの男がいたので、彼から絵はがきを買えば、ありがとうの一言もなかった。ホントにプライドばかり高いヤツだなぁ。
このシンワットキー通りは小さな旅行代理店も軒を連ねている地域で、ベトナム行きのバスの情報を求めて歩いていたときのことだ。
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まさか
プノンペンの
こんなところにまで
オームを引き寄せるなどと
予想もしていなかったゼッ!!!
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(プノンペンにて)
↓
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偶然というのは恐ろしいもの。
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オージーのオーム男と
ジャパンのオーム男が
メコンデルタの街角で
絶妙のタイミングで鉢合わせ
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互いに相手のオーム を指差して
オーム!オーム!オーム!
と大笑いするのですから。
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実は
ジャパンのオーム男である
私のディーバッグには

が縫い付けてあったのよ!
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オームを
引き寄せたのか
オームに
引き寄せられたのか
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長生きしていると
こんなこともあるんだよッ!
a
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