BODDHISATTVA 1959
今回のアンコール遺跡めぐりの旅はちょっとした勘違いがキッカケだった。
これはタイ・アユタヤ遺跡の「ワット・プラ・マハタート」のもので、ガジュマルの根っこに“首4の字固め”かけられた仏様の頭。
ガジュマルは、自分の生命を維持するためにただ根っこを張り巡らそうというだけのことで、特に仏様の頭を飲み込んで、後世へのメッセージ残そうなどという意図はなかったはず。しかし、私にはガジュマルの根っこに包まれたこの仏様の顔が何ともいえない恍惚の表情を浮かべているように思えたのです。
この場所では「仏様より頭を高くしてはならない」という決まりがあって、参拝客は皆イザリ寄るような格好でこの仏様を拝むのだといいます。
数百年前の人が将来の構図を読みガジュマルの根っこの中に仏様の頭を差し込んだものなのか?それとも天におわす大いなる存在が後世の人々への気づきを与えんとした戯れなのか?それともまったく偶然のなせるワザなのか。
この仏様とガジュマルのセッションが始まってから数百年(あるいは1000年以上)経過しているし、このセッションは現在でも続いているわけです。現在でも成長し続けているガジュマルの根っこは仏様の頭を圧迫して、これから数百年後には仏様の顔が粉々になって地に還ることも考えられます。
週刊誌のグラビアかなにかでこの仏様の写真を見た私は「いつかこの実物を見たい」とズ〜ッと思い続けていたのです。
じつは私はこの遺跡を何の根拠もなくカンボジアのアンコール遺跡群の中にあるものだとばかり思いこんでいたのです。
「この仏様の顔を見にカンボジアに行こう」
カンボジアのどこにあるのだろう?この仏様の所在地を求めてガイドブックをめくってみたけれど探し出せず、結局インターネットのなんでも質問箱への投稿で、これはカンボジアでなくタイのアユタヤ遺跡の中にあるものだということを知ることになるのです。
探し物はカンボジアにないことは分かったけれど、カンボジアにあるとばかり思いこんでいた私は、すでに航空券も予約済みで気分はアンコール。
「この際カンボジアでもいいや!」というのが、今回の旅のキッカケになるのです。
アユタヤの「ワット・プラ・マハタート」は、ガジュマルと人間の造形物とのレアケースかと思ったら、今回アンコールの遺跡巡りをしていて、「ワット・プラ・マハタート」ほど印象的ではないにしても、ガジュマルの樹が、己の生命を維持しようと根っこを張り巡らして建物をも飲み込んでいく絵柄がずいぶんあることを発見したのです。
印象深い画像を何点かご覧にいれましょう(いずれもアンコール遺跡群のもの)。
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数百年にも及ぶガジュマルの執念が感じられ、そのガジュマルの企みが完成するためには人間の考えなど及ばない壮大な時間が必要となります。その流れに比べたら、私たちの人生なんて正にマバタキするほどのホンの一瞬のものだということを思い知らされる画像です。
シェムリアップ市内にアンコール・ナショナル・ミュージアムというカンボジア国家の威信をかけた真新しい建物があります。8ドルという入館料は他の物価からみて格段に高いと思われるけれどその展示物の豪華さには感銘を受けます。まず5分間ほどのブリーフィング受けて最初に足を入れるのは「1000Buddha Images」というコーナー。
シェムリアップ各地で発掘された仏陀像1000体に姿勢を正し、その厳かな輝きに思わず合掌する展示物ばかりでした。それにしても、かつて、これほど豊かな仏教文化が花開いた国の末裔が、同じ民族に対してあれほどの殺戮の限りを尽くしたことを思うと、暗澹たる気分にもさせるのです。
クメール・ルージュも、さすがに仏陀像にまでテをかけることは躊躇したらしい。
喫茶コーナーで一休みしたあと、ミュージアムショップに足を踏み入れたとき、真っ先に目についたのがアユタヤの「ワット・プラ・マハタート」と同種の、ガジュマルが仏様の頭を飲み込んでいる白黒写真。係員に訊けばこの写真の仏像は1959年に取り壊されてしまい現在では見ることができないのだといいます。
勘違いから始まった今回の旅で、こんな写真を見るのも何かの引き寄せかと思い、いつも旅先で土産物など買わない私だけど即決購入!!!
400×600のかなり大型のこの白黒写真を筒に入れて道中持ち歩くハメになったワケです。
これがホントの同行二人だゼッ。
それでは、この写真も見てもらいましょうか。

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手製のチャーリー・ミンガス人形と
ガジュマルに絡めとられた仏像とが
なかなかいいアジ出しています。
私は特別な宗教団体に属している者でもなく、特に宗教を研究したという者でもありません。実家に帰れば曹洞宗の墓にお参りするけれど、仏教徒というよりも、どちらかといえばニューエイジ・精神世界と言われるジャンル興味をもつただのミーハーです・・・・。
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予防線張りながらも
根が仏教徒ですから
国立博物館に陳列された由緒ある仏様とともに
旅先で見かけたこんな素朴な仏様にも
ついつい手を合わせたくなるのです。
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シェムリアップのどこかの遺跡で見た仏様。
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