アンコールの朝もコケコッコーで始まる
成田発14:00の大韓航空機はソウルで乗り換え、さらにシェムリアップを目指す。アジア大陸上空あたりに入ったと思われる時間帯、さっきから機外を見下ろしているのに明かりのひとつも見えない。こんなところに人間が住んでいるのか?という真っ黒な景色を眺めているうちに、一瞬にしてシェムリアップ空港に着いてしまった。時計の針は23:20(現地時間21:20)だから、成田を出てから約9時間ということになる。
それにしても、、、、と思う。
日本はカンボジアにとって最大の援助国であり、カンボジア存亡を賭けた政治決着に対しては少なからず影響力を及ぼし、双方の政府要人もたびたび交流して強力なパイプがあるはずなのに、直行便すら開設できないでいるわけだ。これって、あんがい航空利権をめぐる手打ちが済んでないということなのかな。
インターナショナル空港とは名ばかりの小さな空港で、イミグレ税関もあっけなく通過。あらかじめホテルへ予約メールを打っておいたら「部屋は確保しました。当夜は空港までバイクタクシーが迎えに行きます。ドライバーはあなたの名前を書いたカードを持っていますからどうぞ安心しておいでください」の丁重な返信メール。
たまたまネットで見つけた日本人経営の安ホテル。なにしろここはすべてにアバウトな南の国カンボジア。予定どおり迎えに来てるかな?「忘れてた!」ということはないかなと少し心配もしたけれど「出迎え人溜まり場」のタクシードライバー、ホテル客引きの万国共通風貌20人ほどの中に、オー!私の名前を書いたボードを掲げてニコヤカに笑ってる青年と目が合った。
ホテルで間違いなく手配してくれていたんだなぁ。少しでも疑ったことソーリー。
ワット君(自己紹介したときにそう聞こえたけれどもしかすると違っているかな)はバイクと運転席の凹みの中に、私の10キロのバックパックを納めて両足で押さえるようにして「さぁ、ホテルへ行きましょう」。現地時間夜10時頃、ウスラ寂しい裸電球灯る空港ハイウエイを熱帯特有のナマ温かい風かき分けて市街地へ。街に近づくごとに道路両脇に豪華ホテルや建築中ホテルが目立ち、アンコール遺跡群観光拠点のシェムリアップは観光ブームらしいことを実感。
この道路が国道6号線で、豪華ホテル敷地の緑鮮やかな庭園群と整備されずにデコボコだらけの国道とのアンバランスがさすが東アジア!。全体的インフラの整備まではなかなか手が届かない。
一直線に伸びる国道6号線を下り左側にマーケットを見て、これでシェムリアップの大体の位置関係が分かったと思ったら、バイクは右折して舗装もされていない小路へ入り、あぁ、これが予約していたホテル、、、というよりもゲストハウス。
夜中の到着でフロントも閉まっていて宿泊客の姿も見えない。ワットくんは勝って知ったる他人の家。バックパックを担いで予約の部屋に案内し、NHKBSも入ることを誇らしげに示し、チップを欲しいそぶりも見せずそのまんま帰っていきやがった。
ちなみにカンボジアのタクシー事情は、1人だと50CCバイクの後部座席に跨がってのバイクタクシー、2−3人だとバイクの前面にリキシャ風ワゴンをつけたトゥクトゥク、それ以上の人数だと4輪乗用車やマイクロバスということになります。もちろん己が2脚走行というテもワルくありません。
1泊12ドルホットシャワー朝食付きのこのゲストハウス、バックパッカーにとっては贅沢すぎるくらいの設備。荷物を解くのもソコソコにシャワーをふんだんに浴びたあと、ベットに横になりながら壁を這う2匹のヤモリの動きを目で追っているうちにいつしか眠ってしまった。
近くでメンドリ万国共通♪コケコッコーと啼いて万国共通の朝。
旅に出るといつにも増して早く起きてしまう貧乏性。朝4時には目がさめてしまい、時間を持て余して暗いうちから近くの散歩。国道6号線に出ても街はまだ動き出していない。
マーケットの青年たちもいま起きたばかり。

工事現場で寝起きしている父娘もようやく朝餉の準備。
大型ホテルの前を通りかかれば、昨夜クラブからピックアップされたまんまのラメ入りドレスで、亭主運転と思しきバイクの後部に横座りレディがオツトメ5963の帰宅モード。
シェムリアップの街はようやく動き出したようだ。
ころあいを見計らいホテルに戻り朝食を頼めば、本日のメニューはパンにオムレツ、リプトンティー。
バックパッカーにとっては豪華過ぎる朝食を食べているあいだに、他の宿泊客も2人1人と朝飯に下りてきて、これ皆日本人。それぞれ年末年始の休暇を利用して数日間アンコール遺跡を見学しにきた若い人たち。全員がインターネットでこのホテルの存在を知ってメールで予約したもの。一般的な仕事納めにはまだ数日あって空きがあるけれど年末年始は予約で満室らしい。つまりこのホテルそのものが日本人御用達ということになります。
シェムリアップの小さなゲストハウスの存在を日本で知って、メールで予約し、プリントアウトされた予約確認書握って訪れるのがごくごく普通のこととなっているのです。航空券だってかつては裏カーボンのついた航空券を後生大事に持ち歩いたものだけど、今ではパソコンでプリントアウトしたEチケットという紙だけでOK。このようにいまやネットで世界中に繋がれている時代なのです。
若い人たちとそれぞれの旅行の話などをしてノンビリしていると、昨夜のワット君登場。結局、シェムリアップ3泊4日のうち、2日間を彼のバイクでアンコール遺跡のアッチコッチを回ることになります。
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コメント
お久しぶりです
私はあれからちょっとホーチミンをウロウロして、ネイルサロンやマッサージに行きました。何店か行きましたが、ベトナムのマッサージは、タイより強めやなぁという印象を受けました。
それから、メコンデルタの町に移動しました。
ヴィンロンという何もない町で、中国人&ドイツ人カップルと友達になり、翌日一緒に船を借りて、貸切でメコン川をガイドしてもらいました。そして、その時のガイドの女の子と友達になって、カフェやナイトクラブ、その子の友達の大金持ちの家のパーティーなどなどに一緒に出かけて過ごしました。
あの日、スタジオに写真を撮りに行ってから、アオザイがすっかり気に入ってしまって、ワンピースっぽく着られるアオザイを一着作りました! なかなか生地がいいのに安くて、US35ドルでした。
けど、最終日に食中毒になって、深夜に病院に行くという事件があり、International SOSで、深夜に3時間点滴をうけました。
ローカルバスで出会った青年と夕ご飯を食べたのでが、多分その店であたったんだと思います。
こぎれいなレストランだったんですが・・・。
多分生野菜かなぁと思っているけれど、真相は闇の中です。それまで、汚い屋台でもガツガツ食べていても平気だったのに、運が悪かったのかな><
タイでも一度倒れているので、海外旅行保険の大切さを痛感!完治するまで10日間ほどかかりました(ノ_<。)
投稿: m | 2008年1月22日 (火) 午後 07時47分