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2007年12月16日 (日)

すべては岡林信康からはじまった

岡林信康が、長い隠遁生活から復活している断片はテレビなどから知っていて、同時代に生きた者として一度は聴いておきたいと思っていたら、ちょうど良いタイミングでライブのニュースが入った。

2007.12.15(土)

岡林信康を聴きに「調布市文化会館たづくり くすのきホール」へ。

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岡林信康が当夜従えてきたのは、平野融(G.Perc.)、吉田豊(Perc.)、佐藤英史(笛・尺八)、高橋希脩(津軽三味線・お囃子)、美鵬成る駒(和太鼓・お囃子)の面々。

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ステージに吊るされた6本の幟は6人のメンバーを意味するのか?

旗印を読めば・・・

御歌囃子信康

なるほど、オカバヤシノブヤスだ。

日本人の原点である“音頭”への回帰が、かつて、“フォークの神様”と呼ばれた岡林信康が到達した境地らしい。

当夜の平均年齢50歳超の観客にとって、村の鎮守のお祭りを再現する岡林信康のステージには戸惑い気味で、アオリに乗ったフリして一応手拍子を打つけれど、それもどこか義務的に聞こえます。しかし、かつてのヒット曲『三谷ブルース』や『チューリップのアップリケ』はイントロが始まった途端に“ウォー〜!!!”とくる反応の良さ。

こんなことからも観客が岡林信康に求めているものが分かろうというものです。

『♪きょうの仕事は辛かった〜」という岡林信康のこの歌が日本の音楽を変えたといっても過言ではないでしょう。岡林信康の出現はそれまでの音楽ビジ ネスのみならず社会にまで影響を与えました。この曲を耳にしてギターのコード進行を学び、歌う喜びを知り、曲を作る真似事をした人がどんなに多くいたこと か。

そんな岡林信康の受難は“フォークの神様”に祀り上げられてしまったこと。本人の意図しないキャッチフレーズを背負わされ、その重さに耐えかねて何回かのステー ジ放棄を経た後、本格的隠遁生活に入り、世間との関係を絶つことになります。だから岡林信康の現役活動はそれほど長くなく、後を継いだ岡林チルドレンともいうべきフォー クシンガーが音楽界を牽引する事になります。しかしそれらのフォークシンガーも「冬の時代」を迎えて活動の場が狭まり、やがて忘れ去られた存在へとなっていくのです。

かつて、フォークソングを聴いた世代が、60歳というひとつの区切りを迎えるのに呼応するかのように、引退生活にあった元フォークシンガーの復活が数年前から多く 見られます。挫折を乗り越え更なるパワーを発散しての価値ある復活もあれば、ムカシも大したことなかったけれど今も大したことない商売っ気マル出しシンガーの無意味な復活もある流れの中で、最後の大物と言わ れたのが岡林信康になります。

ところで、上の写真をもう一度見てもらいましょう。

気づきましたか?お客さんの高等部後頭部。

皆さん薄くなっていますネ。このことからも観客の平均年齢の高さが想像できるというものです。普通コンサート会場の休憩時間は、女性トイレにズラ〜ッと並ぶ景色が見えるものですが、当夜は珍しく男性トイレにも順番待ちの列がロビーにまであふれる状態。

ヤハリ皆さん

オシッコのキレが、、、

悪くなったようです。

私も去年還暦を迎えまして、、マ〜、60歳ってことですね・・・。

最近になって、これまで私に重くのしかかっていたモノの、何もかもとは言いませんが・・・私にとってマイナスだ災いだと思っていた事が、、、マイナスじゃなくって、実は私にとってプラスなことだったかも知れないと思うようになりまして、オセロゲームの黒石がパカパカッとヒックリ返って白石になっていくような爽快感を味わって「来年につなげていこう」という心情です。

私は20歳になってすぐに“フォークの神様”にされてしまって・・・20歳でカミサマになるのはツライですよ〜、それ以上のモノはない訳ですから。

その後ハッピーエンドとロックをやっても「何で“フォークの神様”がロックなんだ!」と・・・。それまで年間300本あったコンサートが「ロックの岡林いらない!」と断られ。美空ひばりさんとのジョイントをやれば「なぜ“フォークの神様”が演歌なんだ!」と叩かれ。とにかく聴いてもらえれば分かってもらえる自信があったんだけど、ちゃんと聴いてもらえない。

 「ロックはダメだ!演歌はダメだ!」

“フォークの神様”というレッテルを貼られてしまった以上、私の歌手としての人生はオワリだ!そんな重苦しい気持ちで生きてきたんです。“フォークの神様”というレッテルを何とか乗り越えようとしたんだけれど、ところが“フォークの神様”というレッテルは重くって、そのハードルは高すぎたワケですよ。

それでも、何とか乗り越えるためには生半可なものを創ったってダメなワケですよ。だから私が今日まで創作意欲を失わずに前向きにやってこれたのはこの“フォークの神様”というレッテルを貼られたからではないのか、、、。

「アノことさえなかったら!」とか「コレがあったから!」私の人生はダメなんだと思いがちですが、よく考えてみれば、ソレがあったことが自分の原動力になったのではないか?。

だから、物事の受け止め方、気持ちの有り様にによって人生なんかどうにでもなるんだと、、、最近になって思えるようになりました。

こんな気持ちをブツブツ言いながら散歩してると、スレ違ったヒトが気味悪そうな顔して逃げて行ったり、「アイツは前からオカシーと思っていたけれど、とうとうきたか!」とご近所のウワサになったりと、こんな感じでやってます。

きょう会場に来ている方は殆ど同世代と見受けられますが、ネ〜皆さん!「何がリタイヤだ〜!何が余生だ〜!」。そんな事ヌカすヒマがあったらオレのCDの一枚でも買って聴いてみて、前向きな気分になれよ!。

そして、来年のデビュー40周年記念のコンサート味の素スタジアムでお会いしましょう。

いま、昔と変わらぬ風貌と体型でギターを弾きながら祭り囃子に身をくねらせ、かつてのヒット曲を楽しそうに歌う岡林信康が目の前にいる。御歌囃子は、私にとって岡林信康が嬉々として歌ってるほど魅力あるものには聞こえないけれど、あの岡林信康が生きていてこうして元気に歌ってるというそれだけで満ち足りた気分にさせてくれた夜でした。

マッ
カミサマというのは
どこのカミサマも
ヒトを惑わすのが仕事です
だから
カミサマの宣うことなぞ
額面通りに受け止めないのが
利口な生き方ですぞッ。

a

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