1973年のボビーとラジャ
ダライ・ラマさんも訪日の旅を終えて無事帰国されたようです。「一応、ひとこと言っておかなけりゃならんのよ」と中国さんもブツクサ言ってましたね。
ダライ・ラマさんはアメリカのセレブの間ではアイドル並みの人気者だそうで、パーティなどではお金持ち階級の連中がずいぶんと集まるんだとのこと。たしかに、あのポジティブな笑い顔は皆を幸せな気持ちにさせてくれます。
日本ではダライ・ラマの説法というか講演会のチケットぴあを介してさばかれる現状を見るにつけ、果たしてダライ・ラマはチベット人民を救えるのか?ダライ・ラマが救えるのは、巧く外国に逃げおせた上流階級のホンの一握りのチベッタンだけではないのか?という疑問を抱き続けているのです。
それでも言わなければなりません。
中国を信用するな!
チベットに自由を!
ダライ・ラマさんのアメリカにおけるスポークスマンの役割をしているのがリチャード・ギアというのは有名なハナシ。ダライ・ラマいるところにリチャード・ギアがいるというくらい緊密な関係だそうで、リチャード・ギアを通じてハリウッドスターのダライ・ラマ人気も高まっているんだとか。
そのリチャード・ギアに関するこんな新聞の切り抜きがあります。
デリーでのエイズ撲滅啓発イベントに出席したリチャード・ギアが、インドのシルバ・シュッティというトップ女優に何度もキスをして社会問題化しているというのがこの記事。
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リチャード・ギアもホンのシャレのつもりだったんでしょうが、逮捕状が出たり自分の等身大人形が焼き討ちに遭うなど、とんだ騒ぎになってしまったようです。
騒動の原因は「大衆の面前で性的な行動や鼓舞する行為」を禁じた英国統治時代のわいせつ法の名残りとし、「インターネット上のわいせつ映像は野放しなのに」という大学生の言葉を引用して、IT先進国インドのちぐはぐさを解説しています。
このハナシがその後どのようになったのか?手打ちは済んだのか?コトの顛末についての後追い記事は見逃してしまった。マッ、どうでもいいけんどもねッ。
経済発展著しいといわれるインドでも、さすが“オームの国”だけに、人々の意識だけは今でも「マハバーラタ」の時代のままなのでしょう。
インドは世界に冠たる映画制作大国だそうで、カルカッタを製作拠点とする“芸術派”はサタジット・レイという巨匠を生み、ボンベイを拠点とする“娯楽派”はマサラムービーと命名されたジャンルで人気を集め、世界に輸出されて外貨稼ぎに一役買ったとか。ひところ(2000年頃)日本でも『踊るマハラジャ』を皮切りにインド映画が話題を集めた時期があったけれど、韓国映画に押し出されるように最近全くウワサを聞きません。
ちなみに、2000年に「サイババ来日?」騒動があって、『踊るマハラジャ』のラジ二・カントがサイババの露払いで一緒に来日するというハナシなどもありました。結局、サイババ来日騒動自体が立ち消えになるとともに“腰振り大王”来日もウヤムヤになったワケです。
私がインド人と会ったとき「これを話題にすれば“ツカミ”はOK」という奥の手があって、それは『BOBBY』というインド映画のこと。インドで空前絶後の大ヒットした映画で、「ボクは1973年にこの映画をインドで観たよ!」と言えば、老若男女どんなインド人でも大喜びしてくれるネタなのです。
この映画のストーリーは単純明快でヒンズー語の理解できない私でも理解できるという内容。
インド南部ゴアの大金持ちの息子ラジャと、漁師の娘ボビーの恋物語。身分が違う、宗教が違うという理由で反対される二人が、その恋を成就するまでを描いた、要するにインド版ロミオとジュリエット。緑ゆたかなゴアの浜辺からヒマラヤ山脈の麓カシミールまで、結ばれたかと思うと引き離されて落胆の歌をうたい、引き離されたかと思うと結ばれて歓喜の踊りを踊るという大逃避行はインド人のココロを完全に虜にしたのです。夢物語のような世界に入り込んで、一瞬でも厳しい現実のことは忘れたいということなのでしょう。
映画の上映よりも挿入歌が先に流行し、どんな田舎町に行っても朝から晩までラウドスピーカーでガ鳴りたてられ、「オレはこのあいだボンベイで観たよ」と言えば羨ましがられるほど人気を集めた映画でした。
このときBOBBYを演じたのがDIMPLE HAPADIAという女優で、ミニスカートに胸の膨らみも豊満なボディラインもバッチリという大胆さ。もちろんラブシーンだってあり、現代のリチャード・ギア騒動から見ても、70年代のあの時代によく問題にならなかったなぁと思えるほど革新的なものでした。
けっきょく、現代のリチャード・ギア・キス騒動もアメリカ男対インド娘という組み合わせが、印度極右勢力の反感を買ったということなのかもしれません。
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1973年のラジャ RISHI KAPOOR
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イヤハヤ、このニヤけ具合が、ナントモ・・・現代のヨンサマという感じですね。
この映画とテーマユージックはたぶんインド人の血と肉になっているのでは?と思えるくらいの浸透度なのです。だから、上映から30数年後の今になって、インド人にこの『BOBBY』のハナシをすれば、「オマエはなんでBOBBYなんか知ってるんだ?」とビックリされ、 「だってオレは1973年にダージリンから南の果てのカニヤクマーリまで旅行してたんだよッ」追い打ちかければ、さすがの“インド人もビックリ”という仕掛 けになるワケです。
年金問題でコケにされっ放し
カッカきているペテン冷やすためにも
気分転換に
この『BOBBY』のシーンをちょっと見てみましょうか。
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ひとりYouTube
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インド人のように
この映画の世界に逃避したいよう〜
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