11月23日はサイババ誕生日
今年はサイババは何歳になるのだろう?
そんなことを思っていたら、ムカシのサイババ仲間から久しぶりにこんなメールが届いた。
to えあじん
降誕祭、今年は懐かしい
上野・ベルオーラムが会場ですよ。
サイババはすでに80歳を超えていて、インド人の80歳超というのはかなり長生きの部類に入るはず。情報によれば数年前から自力歩行は困難で車いすでのダルシャンになっているらしい。
私がサイババとつきあっていた当時は日本におけるサイババ絶頂期の6年ほどで、その最中に知り合い現在でも付き合いが続いている仲間が数人います。付き合っているといっても、たまにメールのヤリトリをしたり、「サイババ同窓会」と称して年一回ていど会ったりするするサラッとした付き合い。それぞれ、サイババ団体とは距離を置いていて、その分サイババを冷静に見れる環境にいるから、話題はサイババに限らず精神世界関係やら社会情勢など、カレー食べながら広範囲になります。年一回程度のこんな付かず離れずの交わりは私にとって好ましく思っているのです。
こういう付き合いの他に、「コイツとは出会いたくないなぁ」というヤツもいて、こういうヤツに限ってミョーに街で遭遇したりすることもあるのです。
つい先日も、本屋で「マックレパード」のムック本を持ってレジに並んでいると、私の後ろに並んでいるのが彼だったワケです。
じつは彼とは70年代半ばに仕事で数回会ったことがあって、その後20年ほど経た1997年ころにサイババのセンターで再会をすることになります。ただし、私は彼のことを20年前に会ったことがあるヤツだとすぐ分かったけれど、彼は私のことを憶えていなかったはずです。彼と初めて出会ったころは私にとっては厳しい時期だったこともあって、私の方から彼の記憶を呼び覚まして旧交を温めたいと思う人物でもありませんでした。ハッキリ言えばサイババの所でなんぞ出会いたくなかったという思いを抱いていたので、彼とはほとんど言葉を交わさないうちに、やがて私の方が先にサイババからフェードアウトしていくことになります。
ところが、その後、彼とは図書館ではち合わせしたり、街ですれ違ったりということが3回あって、そんなときでも、「やぁ、元気?それじゃ〜ね」という二言三言の軽い挨拶ていど。私にはサイババセンターでの彼の好ましくないウワサも耳に入っていたから、あなたとは20年前に会ったことがあるなどというハナシを特に切り出すこともしないでそそくさと離れる関係でした。
しかし私には「ずいぶんムカシの出会いを私のほうで憶えていたり、街で偶然に出会ったりと、ヤツとはミョーな因縁があるなぁ」という意識は持っていたワケです。
そんな彼とま〜た本屋で出会うことになります。
「もしかすると私の方で彼を引き寄せているのかもしれない」。
『引き寄せの法則/ソフトバンククリエイティブ』を読み始めていた私は因縁を感じて、それまでは避けていた彼と話をする気になって喫茶店に誘いました。
彼は最近ではサイババの所に行くのを止めたというので「どうして行かなくなったの?」と問うと、「もう行かなくても良い!という天からの声が聞こえたから」というのが彼の答え。彼なりの求道の途中せっかくサイババという好素材と出会いながら、一片の気づきも得ることなく迷路から抜け出すこともできなかった様子。もっと不幸なことは自分が迷路の中にいることも気づかない精神状態にあることのようです。
一時期はかりそめの快楽貪ったこともあったけれど身から出たサビ体重を超えて沈没。ハローワークや求人広告で面接に行ってもことごとく断られるうち休職活動にも熱意を失い「サイババ運動こそが我が使命だ」とばかりにカミサマサイババ霊性修行を逃げ道の無為徒食。老母の年金に頼っている10数年の無職生活を“恥”だとも感じないようで、昔と変わらない滑らかな舌で血色の良い顔と向かい合っていたらだんだん気持ちが悪くなってきた。
彼とサイババとのつきあいも結局信ずる者は儲かる式の精神世界関係者によくありがちなアリ地獄に陥り、立ち止まって己の足下を見つめ直す感覚を失った者の成れの果てと見た。
サイババ以前の70年代半ばが彼との最初の出会いだったことは伏せたまま「そのうち又会うこともありますよ」と別れたのです。
できればもう会いたくはないけれど「また会うんだろうな」そんな予感のする彼との出会いでした。
あなたの人生はあなたのものだから、あなたが何を信じようとあなたの勝手です。しかし自分を信じようとしない者がいくらカミサマを信じても、オセロゲームのように一発でヒックリ返ることなんぞありません。もし仮にヒックリ返って逆転満塁ホームランだと思っても、そんなものは2塁ベース踏み忘れですぐにアウトになるようなものです。
もしかして『引き寄せの法則』が働いてたとしたら
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オマエもこうなってたかも知れない。
彼の姿はオマエの姿であったかも知れない。
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ということを私に気づかせるための
ナニモノかの作用が働いたのかな?
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ここまで書いて画像が一点もないのに気がついたから、サイババ誕生日を祝ってこれをアップしましょう。
この土方状の手は私の手で、薬指で燦然と輝いているのはサイババが“物質化”した指輪。
この指輪の出どこは下の動画で1分50秒ころに見ることができる“物質化”の指輪です。
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インドのモディという財閥の総帥が“物質化”して与えられたモノを借りて記念撮影したもの。
サイババはその人の指にピッタリサイズを物質化して与えるといわれるけれど。この指輪はモディ氏にもピッタリだったし、私の土方指にもピッタリでした。
この指輪をはめた途端私のアタマにはそれまでの自堕落な人生がビジュアル化されて甦ったのです。やがて自分の身体にこれほどの水分があったのか?と思われるほどの涙が溢れ出て周囲を水浸しにして、私は自分の流した涙泪ナミダの海でビニール傘を揺らしながら東京音頭踊りまくりサイババがカミであることを確信したのでした。
マッ!
実際は100円ショップでも売っていない恥ずかしい指輪でしたね。
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サイババ誕生日を祝うこんなサイトがあってもいいんじゃない!
ということで
サイババさんお誕生日おめでとうございます。
私はあなたの永遠のファンです。
@nifty動画共有サービスが2011年6月30日で終了します。
したがって、それ以降この動画は表示されません。
(2011年5月5日:えあじん)
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