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2007年11月17日 (土)

はらっぱまつりのハッパ

『伊勢赤福』や『船場吉兆』の記者会見で矢面に立たされたあのノッペラ顔を見てると、「あ〜このヒトも、お坊チャマお坊チャマで育てられ、長じては青年商工会議所の将来の議長などと目されて、これまでナ〜ンの苦労も味わったことのないボンボンなんだろうな〜」とつくづく思ってしまいます。

それにひきかえ、ミートホープの社長だとかこのヒトなんかは立身出世に執着した情念が染み付いた顔をしていますね。


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ゴルフくらい自分のカネで行けよ!
カネがないワケじゃネ〜だろ!!!
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と、ひとことツッコンでおいて、、、、。

ところで、前回突然出てきた“はらっぱまつり”だけど。

都下府中運転試験場裏の通称“くじらやま”を会場に毎年11月3日前後に行われていたイベントで、60−70年代のサブカルチャーの洗礼を受け、その思想をいまだにココロの片隅に沈殿させている連中を主 体にしたユニークなお祭りでした。

特設ステージではプロアマの無料コンサートも行われ、私は出演する中山ラビさんを聞きたいがために何回か行ったことがあります。

「70年代ヒッピーの同窓会」とはよく名付けたもので、社会には全面的に同化しきれず“自分探し”を今も続けている連中が、北から南から、もちろん大都会からも集まり、フリーマーケット、エスニックレストラン、カルチャースクールなどがセットされ、しばしのコンミューンを味わえる仕組みとなっていました。

後援者に市役所の名前も表示してあったので、「こういうイベントに公園使用許可を与えるお役所も太っ腹・・・」と思って、この催しに行くことを毎年楽しみにしていただけに、この“はらっぱまつり”が2003年で終了になったことを聞いたときは残念な思いがしたものです(私が前回紹介した「焼きそばオーム写真青年」はこの2003年に撮影したもの)。

中止の表向きの理由は、増え続ける観客とクルマ、それに加えてバンドの大音響に対する周辺住民からの苦情に行政が配慮した結果ということになっているようでしたが、しかし、“はらっぱまつり”中止の理由はこの騒音理由以外にもあったらしいことをその後のインターネット情報で知ることになります。

それはこの写真。

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これは、前述「焼きそばオーム写真青年」の隣のコーナーに出店していたグループが空中に掲げていた旗で、このグループの主張が行政側の神経を逆なでしたことが“はらっぱまつり”中止の要因だったというものです。

2003年に実際にこのグループの展示物を見た限りでは、たんにマリファナが医療の世界で使われている現状に理解を深めて欲しいというような気楽な趣旨で、特にマリファナ解禁を主張しているものでもなく、まして、あたりまえだけどマリファナ等を販売しているものでもありませんでした。

もし、このグループの存在が“はらっぱまつり”中止の理由だとしたら、行政の過剰反応であれほどユニークな“武蔵野の風物史”を失ったのは残念なことだと思い続けていました。

私がなぜこんな“はっぱ写真”をアップしたかというと、焼きそば青年オーム写真を探してハードディスクの奥を探したときに一緒に見つけて、懐かしい“はらっぱまつり”のことも思い出したワケです。

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“はらっぱまつり”は復活して開催されるようになったことを後で知ったけれど、今年は行けなかったのが残念です。けっきょく、湯たんぽの温もりが嬉しい年齢になっても、いまだに“自分探し”の途中だということになるようです。

そんなことを思っていたらこんな事件も発生しました。

押し入れではっぱの栽培に励んでいたらしい。


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おかげで“名監督”の誉れ高かった監督も記者会見に引きずり出されて屈辱の謝罪をすることになります。

2007.11.10(土)毎日新聞

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「天網恢々粗にして漏らさず」とはよくいったものです。
バレるはずがないと思っていても
お天道様と背中の桜吹雪は決して見逃しません。
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赤福船場吉兆ミートホープ防衛省のオエライさんのように
いつまでもいい気になっていると
その悪事はいつか白日の下に暴き出されての記者会見で
恥をさらすことになります。
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しかし
この監督の記者会見はちょっと気の毒な感じもします。
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