風に吹かれて/阿部薫
新宿ブルースナイト会場の歌舞伎町グランドハイツに行く前にヨドバシカメラを覗いてみると、iPodTouchの見本が展示されています。顔見知りの店員に訊いてみるとiPodTouchは予約客の分だけ1回入荷したけれど、これからの入荷予定は未定とのこと。「予約はどれくらいあったんですか?」訊いたら「それは・・・チョッと〜・・・」との答え。あの表情からみるとかなり売れたと見た。
ハナシの相手してもらってそのまま帰るのもワルい気がしてこんなものを購入。
これは、iPodTouchのディスプレイ面を保護するシートで980円也。本体よりも先にこんなものは出回っているのです。本体はツルツル滑って落としやすいからあとはケースが必要だなぁ。
新宿西口から東口に回ると新宿通りは日曜日の歩行者天国で沢山のパフォーマーが芸を披露しています。その中でも私が一番驚いたのがコレ。
一見巨大オブジェに見えるけれど、じつはコレはスターウォーズだったか?に出てくる怪奇動物。立ち止まってキョロキョロ周囲を見回していたかと思うと突然ものすごいスピードで走り出し、その度に観客からウォーという歓声。もちろん人間が手足に長い棒をくくりつけて身体を支えているんだろうけれど、そういう仕掛けを意識させないのがスゴイ!高さ5メートルの目に映る新宿の街はどんなんだろう?
最近発売されたこんな雑誌をチビリチビリめくっているけれど、この中で一番興味をもってみた記事は、かつてのジャズ喫茶の跡地を巡るという、作家平岡正明のレポートでした。今は少なくなったジャズ喫茶だけど、一時期はサブカルチャーの発信地として賑わった時代もあったのです。私にとってなつかしい新宿のジャズ喫茶のその後の姿を見ることができるのです。

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男の隠れ家
11/11
あいであ・らいふ
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ジャズを巡る旅 VOL.2
街で異なるジャズを楽しみたい
必聴!ジャズの名盤テーマ別100枚
この雑誌の記事にあったピットインは移転して、現ピットインミュージックとして存在しているけれど、この2階にニュージャズホールというスペースがあって、フリージャズのライブハウスでした。この場所は元々ピットインの楽屋だった所で、発表する場の少なかったフリー系ジャズメンの貴重なスペースでした。
1階がいわゆるオーソドックスなジャズライブで、2階がフリージャズと区別されていました。山下洋輔などは自分たちの音楽を“実験的な試み”とされることを拒否して、あくまでも“原ジャズ”だとして1階で演奏し続けてきたワケです。
何も分かっていないくせにニュージャズホールの暗い空間に身を潜めていると落ち着くような気がしたものです。60年代末から70年代初めのことです。いま、振り返ってみればこの2階のニュージャズホールに出演していたミュージシャンの殆どは早死にしちゃったような気がします。
その最も激しい生き方死に方をしたのが阿部薫だと思いますが、阿部薫の「♪アカシヤの雨が止むとき」を初めて聴いたのもこのニュージャズホールだったはずです。聴いたというより見たという方が正確かもしれません。
最近ではこの当時のイロンな音源が発掘されてCDとして発売されているけれど、こんなムカシの音を聴いてみても「現在ではもっとメチャクチャな音楽があるよなぁ・・・・」と案外醒めて気分で聴いている自分に驚きます。

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阿部薫 1971
風に吹かれて
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1.アルト・サキソフォーン・インプロヴィゼーション1
2.アルト・サキソフォーン・インプロヴィゼーション2
3.アカシヤの雨がやむとき
4.風に吹かれて〜花嫁人形
(1971.12.4 秋田大学学園祭共用棟にてライヴ収録)
「阿部薫の映像はないか?」とYouTubeをチェックしてみたら、、、、。
驚くべき映像がありましたねぇ。1977年福島のジャズ喫茶での演奏のようです。最後の数秒間に、五木寛之と陸前高田・ジョニーのマスター他2名が沈痛な面持ちで映っていますから、この映像、もしかすると夭折した阿部薫の追悼番組という類いのビデオかもしれません。
五木寛之は阿部薫の音楽を支援していたし、晩年の本田竹広との交流も広く知られているほどですから、霊界との不思議なチャンネルを持った人なのかも知れないなどという思いがココロをヨギッたワケです。
A
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