ジョン・コルトレーンのオーム2
前回の「ひとりYouTube」でのラビ・シャンカールのインタビューでも分かるように、ジョン・コルトレーンの弟子入り志願をラビ・シャンカールは受け入れます。しかし、1967年7月17日のコルトレーンの死によってその計画は実現しませんでした。
コルトレーン没後生前の録音テープから数種類のレコードが発売されたけれど、その中でも特に話題を集めたのがこのレコードだったと思います。

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COSMIC MUSIC
JHON COLTRANE/ALICE COLTRANE
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1.MANIFESTATION
2.LORD,HELP ME,TO BE
3,REVEREND KING
4.THE SUN
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1,3, 1966年2月2日 録音
2,4 1968年1月29日 録音
全4曲の内、2曲は生前のコルトレーンの演奏で、他の2曲はコルトレーン未亡人アリス・コルトレーンの演奏というこの変則レコードは「コルトレーンを冒涜するものだ」と非難を浴びたものです。ファンとしては、未亡人といえどもコルトレーン生前のテープに手を加えることは我慢ならなかったワケです。
今改めて聴いてみても、たしかに1.MANIFESTATION 3,REVEREND KINGにおけるジョン・コルトレーンの圧倒的プレイに比べると、アリスがリーダーのトラックは焦点の定まらないものになっていて、やはりコルトレーンがいてこそのピアニスト/アリス・コルトレーンで、未亡人ではコルトレーンの後継者とはなりえなかったことが理解できます。
ジョン・コルトレーン晩年の音楽について語ることは私には荷が重くなってきたので、『街のオームハンティング』にハナシをもっていって逃げるけれど、じつはこの『COSMIC MUSIC』のジャケットにもオームプラナヴァのマークがあしらわれているのです。
見開きジャケットのキリストと仏陀が交わるところにあるのがこのオームです。
もちろん、ジョン・コルトレーンの音楽を聴いていたころは、こんなオームマークに関心ももっていなかったことで、いまになって初めて気がついたワケです。
3,REVEREND KING
出だし部分と最後のボイスは
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AUM PADI MU
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というマントラになっていることもです。
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それではこのマントラをちょっと聴いてみましょうか。
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神格化されていったコルトレーンが
41歳の生を終えたのは初来日から1年後のことでした。
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日本ではジョン・コルトレーンに殉じて自殺する人も出たし
7月17日の命日には終日コルトレーン特集の
ジャズ喫茶も珍しくありませんでした。
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そうそう、
歌姫ビリー・ホリディが亡くなったのは1959年7月17日で
ヴォーカルとテナーサックスの巨星が同じ命日というのも不思議な縁です。
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これはジョン・コルトレーン1966年初来日の
インタビューでの発言だったといわれています。
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もし
ジョン・コルトレーンがもっと命を永らえたらどうなったろうか?
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電子楽器全盛の流れになっていく音楽界に
不器用なコルトレーンの居場所は無く
行き詰まったコルトレーンは
ラビ・シャンカールの教えを受けて
導師(グル)になってたかもしれないなぁ
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グルになったジョン・コルトレーンの姿を想像した
オームハンターの私でした。
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