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2007年9月 9日 (日)

ミリキタニの猫/リンダ・ハッテンドーフ監督

コンビニにはオデンの鍋も並び始める時期ですが相変わらず真夏の暑さが続く毎日です。

2007.09.06(水)
毎日新聞より。

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「新iPod発売」の新聞記事にちょうどiPod買い替えるつもりでいたので、新製品を見るために銀座アップルストアーへ。

全機種モデルチェンジが話題を呼んだか店内は大入満員。顔なじみのスタッフがいたので声をかけると、私が買うつもりだったiPod touchだけは商品未着で9月末の入荷らしい。商品入荷と同時に受け取りたかったらネット上で予約をしてくださいとのこと。

お目当ての機種に実際に触ることができなかったけれど、各種情報によればこのiPod touchのニューモデルはタッチスクリーン方式といって、本体の画面に触れて操作でき、従来の音楽・ビデオ・写真の他にインターネットにも接続できるとのこと。つまりはアメリカで発売になったiPhoneから電話機能を外したものらしい。

それにしても、iPod classicという機種は容量160GBといいますから、手の平サイズでノートパソコン並みの驚異的容量をもつことになります。

いつか買うことになるけれど、今日のところは残念。

品物が入荷していないと言われればそれ以上仕方がないから銀座から地下鉄に乗り渋谷へ向う。

途中の地下鉄車内でのこと。

オバァさんがヨロヨロしながら電車に乗り込んできてやっとの思いで握り棒に掴まりました。動く電車にフラフラしているオバァさんの前には、小学高学年の娘さんとその隣りに50代の父親が座っています。オバァさんの状態を目の前で見てるワケですから、当然40代父親が席を立つなり娘を立たせるなりして席を譲るものだろうと見ていました。ところが、父娘ともまったく無表情のまま。

「オトーさん!席を譲るところをムスメさんに見せてやれよ」と思いながら観察していると、40代父親の真向かいに立って文庫本を読んでいた50代オトコもそう思ったのでしょう。文庫本から目を離し、40代父親の顔をジーッと見つめています。いわゆるガンを飛ばすというヤツ。

40代父親もそんな50代男の視線から「この向いのオトコはオレがババーに席を譲ることを催促している」と気がついたはずですが、相変わらず表情も変えず50代男の視線を受けています。「向いにはヨロヨロのババーがいるけれど、ここは年寄り優先席でも何でもないから、このババーに席を譲る義理はね〜ヨ!こうなったら意地でも立つもんか!」というのがこの40代父親のハラの内だったのでしょう。

50代男の視線対憮然とした顔の40代父親の無言のセッションが2駅ほど続いたとき、40代父親の右隣りに座っていた若い女性が、オバァさんに席を譲るために立ち上がり、50代男がオバァさんの身体を抱きかかえるようにして座らせ、オバァさんはやっと落ち着いたのです。

これで一件落着したけれど、50代男は更に40代父親の顔を見つめてから、皮肉のこもった目で数回うなずく素振りを見せて、それから再び文庫本に目をやったワケです。

その50代男の読んでた文庫本のタイトルが『ブラック・サンデー』だったことを私は見逃しませんでした。

それにしても、お年寄りが席を譲られるシーンを時々見かけるけれど、お年寄りはなぜ「ありがとう」の一言で素直に好意を受けないのでしょうか?この地下鉄銀座線で見かけたオバァさんも、握り棒に必死に掴まっている表情なのに、いざ、席を譲られると「???、いいですから、ホントにいいですから・・・」と遠慮する芝居をするんですよッ。

そんな地下鉄車内の人間模様を観察しているうちに渋谷到着。

渋谷ユーロスペースでこの映画を観ようというもの。

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ミリキタニの猫
リンダ・ハッテンドーフ監督

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2006年アメリカ
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カリフォルニア、シアトル、ヒロシマ、ニューヨーク
国境を越えて貫く不屈の精神は決して折れることはない!
2001年9月11日、世界貿易センターが瓦解する緊張状態のニューヨーク路上
騒然とした周囲をよそに、いつもと同じように平然と絵筆を動かしている男がいた
彼の名はジミー・ミリキタニ、80歳
カリフォルニアで生まれたが、第二次世界大戦中、日系人強制収容所に送られ
アメリカに抵抗して自ら市民権を捨てた
そのときから彼の反骨の人生が始まった

「ジミー!あなたはアメリカで生まれだったの???」

「そうだよ。1920年カリフォルニアで生まれ、3歳のときに母親の故郷広島に帰り、18歳まで広島で暮らし、それから絵の勉強をするために再びアメリカに来たのさ」

ニューヨークの日系人ホームレスのジミーミリキタニ。路上で絵を描き、地下鉄の排気口から吹き出す風に暖をとって眠ることがあっても、芸術家としての誇りは失わず、無用な施しを受けることはしません。そんなジミーの絵の代金を支払う代わりにカメラを回すことを要求されたことから付き合いが始まったこの映画の女流監督リンダ・ハッテンドーフ。

2001年9月11日以後も、騒然とするニューヨークの片隅で何事もないかのように平然と絵を描き陳列するジミー。ジミーには「アメリカはワシの美しかった故郷広島にもっと酷いことをした!それに比べればこの程度のこと・・・・」という思いがあります。崩壊した世界貿易センターから舞い上がった粉塵はニューヨークの街を覆い、路上生活者にとっての環境は劣悪になっていくばかりで、ジミーの咳き込みもひどくなっていくばかり。

そんなジミーを見かねたリンダは、渋るジミーを自分のアパートに招き、この、“アーティスト”を自称する偏屈な日系人と、拾ってきた猫との2人+1匹の奇妙な共同生活は、帰宅の遅くなったリンダに孫娘を案ずる祖父のように涙を浮かべるほどに.深まっていきます。

「アメリカ国籍を持っているなら社会保障を受ける権利がある」と説得するリンダと、頑に拒否するジミー。憎悪の対象でしかないアメリカ政府の援助を受けるよりは野垂れ死にで結構。

伸び放題だった髪の毛もこざっぱりと整えられ、精神の安寧を取り戻したかのようなジミー。アメリカへの憎悪の源泉は、第2次世界大戦中の日系人強制収容と故郷広島を壊滅させた原爆だったことが問わず語りの言葉から明らかになり、絵を描くことが強制収容所や広島で亡くなった同胞の鎮魂だったことに気がつきます。

やがて、リンダの尽力でジミーのIDが確認され社会保障の権利も復活。老人ホームに部屋も得て好きな絵に専念できる生活環境が整い、そのうえ実の姉が生存していることも判明。

忌まわしい思い出ばかりの強制収容所を60年ぶりに訪れたジミー。

もう怒ってはいない
通り過ぎるだけだ

最後のこの言葉がなかったら陰々滅々のまま終わってしまったけれど、この言葉で私も救われた。

映画を作るということを狙っての撮影だったにしろ、正体不明の小汚いジジーを見かねてアパートに住まわせる女性がいたり、たとえホームレスといえども人格を尊重して親身になって更生計画を練るソーシアルワーカーの姿。それに過去を検証し謝罪すべきは謝罪して保証しようとするアメリカの懐の深さを感じられる映画でもありました。

ジミー・ミリキタニ
1920年6月15日生
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ミリキタニは
三力谷
と書くとのこと。
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『ミリキタニの猫』
渋谷ユーロスペース

(電話03-3416-0211)
にて上映中

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Sikiri
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けっきょく
iPod touch

ネットショップで注文。
9月末には到着するらしい。

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