白洲次郎と宮澤喜一
毎日新聞に毎週土曜日掲載の「近聞遠見」という名コラムがあります。
これは著名な政治評論家岩見隆夫が、永年の政治記者として築いた人脈と培われた眼力で政界人間模様を解説してくれる興味あるコラムです。失速した政治家に対しての苦言にも、根底には温かさが感じられ、毎週欠かさず読んでいるのですが、その9月1日号の切り抜きがあるので紹介しましょう。
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「総理に向いてなかった」というタイトルのこの号は、元首相宮沢喜一を偲ぶ<内閣・自民党合同葬儀>が行われた日本武道館の葬儀の様子から始まります。この合同葬儀は「参議院選挙が終わってから」ということで、延び延びになっていたセレモニーだったはず。
私は宮沢さんに特別な思い入れはないけれど、このコラムの中の宮沢さんの長女ラフルアー宮沢敬子(駐マレーシア米大使夫人)さんの語る言葉が印象深かったので切り抜いてとっておいたもの。
「ものを頭で解決するのが好きな人ですから、ハートで情で、となるととても嫌がります」と
父親としての宮沢喜一、政治家首相としての宮沢喜一への評価をざっくばらんに語ったあとこんな言葉をもらしているのです。

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父親が首相の座から引きずり下ろされたことに無念さが感じられます。
確かにそうだよなぁ!
ここ数年の政界の動向を振り返っても、首相になったとたん“引きずり下ろし作戦”が働いてロクな仕事をしないまま中途半端に去ってしまったし、安倍さんだって同じようなもんでしょう。もっとも誰が首相を辞めても“辞めてホッとした!惜しくない!”と思わせるメンツばっかりだったけどね。
将来への明るい展望を見せてくれる強力なリーダーシップをもった政治家が現れることを待ち望んでいるんだけれど現状じゃムリでしょう。僅かな金の問題で右往左往するセコイ政治家しか選べない国民というのも寂しいもんです。
ところで、
白洲二郎は若き日の宮沢喜一の力量を高く評価していたとのこと(白洲夫人の正子は逆評価だったようですが)。それに応えて宮沢喜一も白洲次郎に心服していて、NHK・TV『そのとき歴史が動いた〜マッカーサーを叱った男』の中で白洲次郎の思い出を語っていました。
この番組が放送されたのは何年だったか忘れたけれど、宮沢喜一のお姿を拝見して「宮沢さんもヤツレたなぁ・・・」思った記憶があります。それから間もなくお亡くなりになったんじゃないでしょうか。
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ムカシムカシ
白洲次郎が宮沢喜一を可愛がり
後年
宮沢喜一が首相になり
その後民主党によって引きずり下ろされる。
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首相になった細川護煕が
白洲次郎の孫の白洲信哉を
公設秘書として雇い入れる。
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オモシロイ巡り合わせです。
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それでは最後に
白洲次郎の名を広く知らしめたNHK・TV
『その時歴史が動いた
〜マッカーサーを叱った男〜
白洲次郎 戦後復興への挑戦』
の一部を松平アナの名調子とともにご覧いただきましょうか。
↓
「70910shirasu.mov」をダウンロード
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