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2007年6月16日 (土)

次郎と正子/牧山桂子

目の前のパソコンディスプレイわきには武相荘で撮ったこんな写真が貼ってある。

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武相荘は小田急線鶴川にある白洲次郎(1902ー1985)・正子(1910ー1998)夫妻宅の名前で、無愛想(ぶあいそう)と、武蔵と相模の中間にあるから武相荘(ぶあいそう)という、洒落っ気タップリのネーミングにまずは座布団5枚というところ。

いまどき田舎でもなかなか見ることのない茅葺き屋根の旧宅は、桁違いの国際人だった白洲次郎と“目利き”として名高い白洲正子夫婦の愛した品々が展示されていて、昭和の傑物夫婦の暮らしぶりが偲ばれるようになっているのです。

よくありがちな、これみよがしの押し付けがましい展示物とは別種の、やがて床をきしませて当主が現れてくるのではないかと思わせるような、生活ぶりがそのまま伝わってくる心地よい場所なのです。

その武相荘の庭で母屋を向いているお地蔵さんの穏やかな表情の写真が気に入って、パソコンから目を離しては眺めているのです。

私が白洲二郎の名前を知ったのはNHKの『そのとき歴史が動いた』で、松平“タクシー蹴り入れ”アナウンサーの絶妙の語り口にのせられた「白洲次郎一代記」を観てのこと。国を喰いつぶすことが仕事のような政治家官僚だけの現代の日本にも、かつてはこんな豪快な人がいたんだということを知ってファンになったものです。

白洲夫妻の評伝を何冊か読んでみて思うのは、お二人の生涯には“ナニモノ”かの大きな力が働いていたのではないかということ。もちろん証明不可能なことだけれど人間の天運のようなものを感じてしまうのです。

そんなことを思うと武相荘のお地蔵さんもまた別の意味合いを持っていそうな気がしてきます。

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関係ないけれど、じつは白洲次郎とワタクシメは誕生日が同じなのです。

その白洲次郎・正子夫妻の長女である牧山桂子(まきやまかつらこ)さんが両親のことを語っている本を著しました。

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次郎と正子
娘が語る素顔の白洲家
牧山桂子
新潮社
2007.4.25
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「何かが変だ」
幼い頃から、自分の家が
普通とは違うと感じていた・・・・・。

家庭における
白洲二郎・正子の素の姿。
実の娘が綴る、
貴重なメモワール。

やはり、娘というのは同性である母親には複雑な感情をもつようです。

私が食器を割ったりすると、軽蔑の眼差しで、自分は食器など割ったことがないと言います。しかし、皿は料理を盛って食べるだけでは割れるものではありません。ほとんどが洗う時に割れるのです。洗い物などしたことのない母に、解るはずがありません。

生涯家事一切は他人まかせだった母親に厳しい視線を向けたかと思うと、父親に対してはこんな思い出を抱いているのです。

父は、自分と一緒にいる女が薄汚いのが我慢出来ないらしく、もっと口紅をつけろとかビラビラした洋服を着るなとか、母とは違う意味で口うるさい所がありました。(中略)
私が結婚してからも、父は時々お小遣いをくれましたが、決まって数日の後、あの金で何を買ったと聞くのが常でした。洋服やハンドバックを買ったと言うと、見せてみろと、満面の笑みでのたまうのでした。ある時、歯医者さんに払ったと言いますと、そんなことの為にお小遣いをやったのではない、歯医者など亭主の銭で払えと激怒するのでした。以後、父から貰ったお小遣いが生活費に消えても、黙っていることにしました。

両親の性格の差が表れるのはこんなところにも。

(家庭内麻雀の)時々ある、勝負の清算の日には、母は鬼のように、娘の私からも勝った分を無慈悲に取り立てましたが、父には、負けた分として私がその頬っぺたにキスするのが、清算の方法でした。                                                                                                               

白洲次郎と白洲正子は夫婦であるとともに
お互いにライバル同士として張り合ってたようです。
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家庭とか子供たちのことに時間をとられることはまっぴらご免!
そんなベタベタした親子関係よりも
自分の楽しみを追求する生き方こそが子供への真の教育だ
と考えていたのかも知れません。
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昭和の貴族階級の暮らしぶりの断片を垣間みるような本です。
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