アリスのレストラン/アーロ・ガスリー
ウディ・ガスリーというフォークシンガーがいました(1912-1967)。
大恐慌に見舞われていたアメリカ各地を末端労働者として放浪し、各地で埋もれていた歌を採取しながら、厳しい環境に置かれた庶民の生活を歌にして「プロロテスト・ソングの父」とも呼ばれています。
晩年は精神を病み、永い闘病生活ののちにこの世を去った人ですが、ウディを敬慕するボブ・ディランが入院中のウディをしばしば見舞い、枕元で歌って励ましたという有名な逸話をもつフォークシンガー。
アメリカ第2の国家『我が祖国』の作者といえばイメージがわくでしょうか。
そのウディ・ガスリーの息子で、やはりフォークシンガーの道を歩んだのがアーロ・ガスリー。ヒット曲が何かあったかと問われればとんと思い出せないほどのシンガーですが、アーロ主演の自伝的映画があることは知っています。
1960年代、アーロとその仲間たちが、友人のアリスが経営するレストランを舞台に繰り広げるいわばロードムービー的映画で、初期ヒッピーの生態を描いたものとしてだいぶ有名になった作品でした。
じつはこのDVD、だいぶ前にネットオークションで手に入れたものの、輸入盤のためにプレイヤーの規格が合わず、観ないまま押し入れのガラクタ箱に仕舞っておいたもの。
以前紹介したバド・パウェルのDVDと同じくパソコンで再生を試みたらOK。
ベトナム戦争の徴兵忌避の動きが出始めた、(たぶん)アメリカ東海岸の小さな街で、どこからともなく現れた長髪の若者たちとどのようにつき合ったら良いのか戸惑う住人(たしかヒッピー側から見たら“スクエアー”といったかな?)には笑ってしまいます。
あいにく輸入盤のために字幕スーパーもなく、私の英語力では細かいニュアンスまで理解できないのがトホホで情けない。
↓
アーロが入院中の父(役者)を見舞いフォークシンガーのピート・シーガー(本物)と共に枕元でうたを歌うシーン。精神を病んだ父の症状は、息子や同士の顔を認識できないほど進行しているけれど、子供のように喜ぶ表情を見せています。
ボブ・ディランがアーロ・ガスリーを見舞ってうたを聞かせたときもこんな感じだったのかなと思える微笑ましいシーンでした。
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