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2007年3月31日 (土)

中山ラビを聴きに新宿URGAへ

このブログのアクセス解析をしてみると、「新宿ゴールデン街/キヨ/唯尼庵」というキーワードでアクセスしてくれる人がときどきいます。

“ゴールデン街の名物ママ”といわれたキヨさんが経営していたのが「唯尼庵」というバーで、そのキヨさんが亡くなったことを報せる週刊誌の記事をこのブログに書いたことがあったので、ヒットするワケです(それを読みたいというモノズキな人はこのサイト内を探して下され)。

もちろん私はゴールデン街のような魔窟で酒を飲んだこともなく、したがって「唯尼庵」も「キヨ」も個人的な付き合いがあったわけではありません。“新宿ブルースナイト”でたまたま隣り合わせの席になって、彼女がステージ上のミュージシャンに声を掛けたり、ウイスキーのボトルを差し入れするところなどを間近で見て、「あぁ、この女性が有名なキヨママなんだな」と気がついたという程度のかかわりあいしかありません。

“新宿ブルースナイト”自体が、キヨママのためにあるようなもので、「この女にならナニを言われても許す!」というような雰囲気が、ミュージシャンあるいは客席全体に漂っていたイベントでした。正に新宿ゴールデン街の“女番長”という感じ。

そんな“多生の縁”があったキヨママが交通事故が原因で亡くなったあと、唯尼庵の灯を守り続けているのが、キヨママのパートナーだった人らしい。

3月30日は「唯尼庵開店36周年」にあたり、その記念ライブに中山ラビとカルメン・マキという、キヨママ好みの女性シンガー2人が出演するからには、これは行かないテはありません。

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会場は歌舞伎町新宿職安の近く、コリアンタウンにある「URGA」というライブハウス。ふだんはどんな傾向の音楽イベントをやっているのか知らないけれど、「今でもこんな店が残っているんだなぁ」と思わせる投げやりな内装で、トイレの臭気が店にまで洩れてくる薄暗い店内。70年代のアングラ時代を思わせて、中山ラビ/カルメン・マキの組み合わせに違和感はありません。

オールスタンディングで70人くらいの客入りだったろうか。客筋はゴールデン街関係のイベントらしく、店の常連らしい業界風やらアウトロー風やら、ふだん中山ラビライブで見かけるメンツとは異なる雰囲気で平均年齢40半ばというところ。

今やトレードマークになりつつある、タンクトップに破れストッキングという経費節減スタイル中山ラビの「♪眠れない夜」の弾き語りでライブスタート。

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いつもそうだけどオープニングは緊張気味のラビさんも、その後ピアノの高橋誠一が参加したあたりから弾き語りのストレスから解放されたようにリラックスしていきます。

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おぼえてる アンタ 海辺のあのこと
陽が落ちて人がいなくなり
・・・・・

ふと、隣の女性を見ると、彼女は溢れ出る涙を拭こうともしないで、中山ラビに釘付け。

   「アタシには自分のことしか歌えないの」

それぞれがそれぞれに、中山ラビのうたに自分の思い出の断片重ね合わせての野辺送り。

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いつも歌い慣れている選曲で、特に冒険はしなかったけれど、いつ聴いても中山ラビのステージには圧倒されてしまう。そしていつも思う。「今夜の中山ラビは今までの最高だなッ!」と。

1時間半の中山ラビのステージの後に登場したのがカルメン・マキ。

早坂紗知(sax.)永田利樹(b)新澤健一郎(p)というジャズ畑のミュージシャンを従えて、今夜のカルメン・マキは表情からして嬉しそう。

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早坂紗知という女流サックスは、新宿ブルースナイトでの原田芳雄バンドで何度も聴いている人。自己のバンドではアイデア溢れるスピリチュアルな演奏を聴かせ、歌判での“泣きのフレーズ”には、ワタクシ何度も泣きました。こんな言いかたすると怒られるかも知れないけれど、正にオトコ勝り。

こんな素晴らしいバンドをバックに得てカルメン・マキも気持ち良さそう。

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「♪時には母のない子のように〜サマータイム」はもちろんのこと、ジャズ指向の曲を中心に、今まで見たこともない解放されたようなカルメン・マキのうたを聴きながら、「この人の音楽活動歴ではこのユニットがいちばん合ってるんじゃないかな?」と思っていたのです。

たぶん、カルメン・マキがNHK紅白歌合戦に出場した時代を知っていて、その後のカルメン・マキが辿った履歴の断片を知っているだろうその夜のお客にとっては、彼女が今もこうして変化していることに励まされたのではないでしょうか。

アンコールに応えて最後はカルメン・マキ、中山ラビ、早坂紗知の3人で「♪砂山」を歌っての着地。老眼姿のカルメン・マキが時代を感じさせます。

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カルメン・マキにしても
中山ラビにしても
それぞれ3−40年の音楽キャリアをもつミュージシャン。
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彼女らの人生は音楽歴と同じで
起伏の激しかったものと想像するけれど
うたを捨てずに歌い続けてきて
いまやっと
それぞれの平安を掴んだように感じた夜でした。
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そうそう
このライブの企画者である
唯尼庵(アンニュイの逆読み)のマスターが
最後にお礼の挨拶をしていたけれど
それによるとキヨママが生きていれば
今年がちょうど60歳なるのだそうです。

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2007年3月29日 (木)

アリスのレストラン/アーロ・ガスリー

ウディ・ガスリーというフォークシンガーがいました(1912-1967)。

大恐慌に見舞われていたアメリカ各地を末端労働者として放浪し、各地で埋もれていた歌を採取しながら、厳しい環境に置かれた庶民の生活を歌にして「プロロテスト・ソングの父」とも呼ばれています。

晩年は精神を病み、永い闘病生活ののちにこの世を去った人ですが、ウディを敬慕するボブ・ディランが入院中のウディをしばしば見舞い、枕元で歌って励ましたという有名な逸話をもつフォークシンガー。

アメリカ第2の国家『我が祖国』の作者といえばイメージがわくでしょうか。

そのウディ・ガスリーの息子で、やはりフォークシンガーの道を歩んだのがアーロ・ガスリー。ヒット曲が何かあったかと問われればとんと思い出せないほどのシンガーですが、アーロ主演の自伝的映画があることは知っています。

1960年代、アーロとその仲間たちが、友人のアリスが経営するレストランを舞台に繰り広げるいわばロードムービー的映画で、初期ヒッピーの生態を描いたものとしてだいぶ有名になった作品でした。

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じつはこのDVD、だいぶ前にネットオークションで手に入れたものの、輸入盤のためにプレイヤーの規格が合わず、観ないまま押し入れのガラクタ箱に仕舞っておいたもの。

以前紹介したバド・パウェルのDVDと同じくパソコンで再生を試みたらOK。

ベトナム戦争の徴兵忌避の動きが出始めた、(たぶん)アメリカ東海岸の小さな街で、どこからともなく現れた長髪の若者たちとどのようにつき合ったら良いのか戸惑う住人(たしかヒッピー側から見たら“スクエアー”といったかな?)には笑ってしまいます。

あいにく輸入盤のために字幕スーパーもなく、私の英語力では細かいニュアンスまで理解できないのがトホホで情けない。

この映画で一番気に入ったのがこのシーン。

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アーロが入院中の父(役者)を見舞いフォークシンガーのピート・シーガー(本物)と共に枕元でうたを歌うシーン。精神を病んだ父の症状は、息子や同士の顔を認識できないほど進行しているけれど、子供のように喜ぶ表情を見せています。

ボブ・ディランがアーロ・ガスリーを見舞ってうたを聞かせたときもこんな感じだったのかなと思える微笑ましいシーンでした。

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2007年3月25日 (日)

土曜の夜はオマワリWセッションだッ

桜のつぼみもだいぶ膨らんできて「もうすぐ花見だ」と思っていたら、今朝の大雨。『花に嵐のたとえもあるさ』とはよく言ったものです。

さて、いまはちょうど私の商売の方が忙しい季節で昨日は土曜出勤日。

善良なる一市民として勤労の義務を果たした帰り道、パソコンの小物を買いに新宿駅で途中下車したのが夜の6時半ごろ。西口地下広場をビックカメラに向かって歩いていると前方にオマワリが立っているが目に入ります。

オマワリを恐れなければならない理由はな〜んもないけれど、なぜか「職務質問されるな」という予感。そうしたら案の定オマワリに呼び止められた。

若いオマワリが言うには、

歌舞伎町で殺傷事件があって取り締まり警戒中である。カバンの中を見せて欲しい。

そこで、私は、、、、。

アッ!そう!あなたの名前と所属の部署は?あなたに身分確認するにはどこへ連絡すればいいの?

若いオマワリは、

新宿警察署※※課のTKZWと言います。電話は03-××××-××××です。

そんなことをカバンから取り出した手帳にメモしながら、ところで歌舞伎町の殺傷事件てぇのはいつのハナシなの?と再びメモとる素振りを見せた私。

・・・昨年です。

昨年て・・・あなた、TKZWさん!昨年の歌舞伎町事件の関係で、なんでいまごろただの通行人のオレを呼び止めて「カバンの中を見せろ!」と言わニャならんの?3ヶ月以上も経ってるじゃないの。

・・・広くたくさんの方のご協力をお願いしております。カッターナイフでも凶器になりますから。

あんたねぇ、TKZWさんだっけ?オレは向こうの改札口からここへ歩いて来ながら、あなたのことに気がついていたけれど、その間、あなたがほかの通行人に職務質問している気配は感じなかっぞッ!なんでオレを呼び止めたのかそれを教えてくれよ!挙動不審者と見えたのか?エッ!TKZWさんよう?

・・・ダンナさんにはそう言いますけれど、広く声をかけさせてもらってました。
ダンナさん、カバンは・・・イエ、もう結構ですから。

ナニを言うんや、オレだってこうしてせっかくカバン開けたんだから見ろよ!なぁ、TKZWさんよう。

・・・・それでは見させてもらいます。

これはカメラバックや!中のカメラを出すんだなッ!何が撮影してあるか見てみるか?

ダンナさん・・・イエ、それは・・・プラベートなことですから。
どうもありがとうございました。

そんな新宿警察TKZW巡査とのセッションを経て、ビックカメラに向かって再び歩いていると、またもやオマワリに声をかけられた。

ちょっと失礼します。最近ピッキング強盗などが多発しておりまして、乱暴にドアなどこじ開ける事件が起きています。ドライバーなどを持っていないかカバンの中を見せてもらってるんですが、ご協力をお願いいたします。

あなたは?お名前は?

・・・新宿警察署のTTBNと言います。

TTBNさんよう!アンタは※※課かい?

・・・そうです

ということはTKZWさんと同僚だな?

エッ!?そうですが・・・・。

いまそこでTKZWさんに声を掛けられてカバンを見せたよ!

アッ!そうですか?それは失礼いたしました!それでは結構です。

それが結構じゃないんだよ!アンタは“ピッキング強盗”の捜査でオレに声掛けたんだなッ?さっきのTKZWさんは“歌舞伎町の殺傷事件”の捜査だと言ってたぜッと。それも去年のなッ!

それは、、、横の連絡がワルくって大変失礼いたしました。

失礼だって?!そんな問題じゃないだろッ。ちょっとこっちに来いよ。

一回目のときはまぁ仕様がないかと思ったけれど

連続となると

ワシはムッとしてきて

TTBN巡査を連れて

さっきのTKZW巡査が立ってる場所へと戻ったワケです。

よう、TKZWさんだったなぁ!

あんたの仲間がまた声掛けてきたじゃねぇかよッ〜!

あんたは、歌舞伎町の殺傷事件だと言ったなぁ?

今度はピッキング強盗だってよ!

この場所からほんの数メートル!

歩いてわずか1・2分程度のところでだなぁ!

まったく別の事件で2回も警官に呼び止められたんだゼッ!

オレがそんなに怪しく見えるのか!!!

ダンナさん、ダンナさんがどうこうじゃなくって、ひろく声をかけてカバンを見せてもらっています。

あのなぁ、TKZWさんよう!
さっきから、そのダンナさんというのはやめろヨッ!
オレはさっきフルネームを名乗っただろ?!
“ダンナさん”というのはオレをバカにしているように聞こえるゼッ!

・・・えあじん・・・さんでしたね?失礼しました。

どうなんだ?
わずか数メートルにそれぞれ別の理由で2回も職務質問されるってのは、なんかオレの風体や持ってるリュックが犯人に似ているってことでもあるのかい?
説明してくれよ!不愉快じゃね〜か?

えあじんさん、、そんなことはありませんで大変失礼しました。

“歌舞伎町の殺傷事件”だとか“ピッキング強盗”だとか、、、そんなことはウソ八百だとダレでも分かることじゃないか?そんないい加減なことで市民の生活をジャマするんじゃね〜ぜッ!どうなんだよ〜!

・・・・・・・・

マッ!いいか!



というワケで、「ラブ&ピース」を標榜する私としては、このあたりで良いか?と最後に2人のオマワリと握手して別れたワケよ。

私と2人のオマワリとのこんなやりとりを近くで見ていた「辺野古基地反対」のプラカード持ったオバさんに声をかけられた。

(オバさん)何て言われたんですか?

(オレ)カバンの中を見せろって。

(オバさん)ねぇ、あんなの見せなくってもいいんですよッ。

(オレ)あなた、0さん(沖縄返還運動の活動家)知ってます?

    ボク、0さんの知り合いです。

(オバさん)あら〜、0さんのお知り合いだったんですか?

(オレ)そうなんですヨ、それじゃぁネ。サヨナラ。

そんなイキサツがあってビックカメラ買い物を済ませてから帰宅。

NHK教育テレビ/ETV特集の「あしたのジョー、あの時代」を観ながら、あしたのジョーのあの当時の時代背景として、『新宿フォークゲリラ』が出てくるぞと思っていたらやっぱり出てきやがった。

最近いわゆる「団塊の世代」とよばれる年齢層の話題が何かとメディアに取り上げられることが多くなりました。たとえば大量退職後の企業での人材確保とか技術継承、膨大な退職金の争奪戦、退職者の生き甲斐探し・・・などなど。

NHKでも団塊世代の取り込み目的のウケを狙ってるとしか思えないGSナツメロ特集などをよく見かけます。その典型的な番組が昨年の吉田拓郎つま恋コンサートであり、昨夜のあしたのジョー特集も下ゴコロはミエミエ。

団塊世代ならダレもが知っている、「新宿駅西口地下広場」が一夜にして「通路」になり、集会禁止になってしまった事件。「オカミというのはイザというときには何でもやるんだと思い知ったのがフォークゲリラ騒動でした。

新宿駅西口のフォーク集会の群衆の中に身を置いたことのある私は、30数年を経たその場所で数分の間に2回もオマワリの職務質問を受けるという栄誉を味わうことになったワケです。そして、家に帰ってから深夜に見たテレビでは、新宿駅西口フォークゲリラのザラザラした動画を見ていたという感動の土曜日だったのです。

2007.3.25NHK教育テレビ「あしたのジョー、あの時代」より

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マッ!
私にはこんな土曜日夜の新宿だったけれど
地道な職務質問で逃亡中の凶悪犯が捕まったり
バックの底に潜んでたヤクが発見されたり
ということもあるのでしょう。
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ということで
新宿署のTKZWさんTTBNさん
国民の公僕として今後も益々
職務に精励することを期待しています。
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オマワリの制服制帽を見ると
何かツケいるスキがないかと狙っている
団塊世代のダンナがここにもいるのです。
チャンチャン!

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2007年3月23日 (金)

1976年のアントニオ猪木/柳澤健

ひところあんなに話題になって、大通りのいたるところで見かけた駐車違反監視員の姿を最近とんと見ることができませんが、いったいどこに潜ったんでしょうか?。文句言われるバッカリでワリの合わない仕事のようで「大変だなぁ」と見ていたけれど、彼らの姿を見かけることが少なくなってから違法駐車のクルマが多くなったような気がする今日このごろです。

ということで、本日のモーニングコーヒーのお供はこんな本です。

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今でこそ「プロレスラーが最強」などと言うヤツはいないけれど、かつて、、、アントニオ猪木が現役の時代は「プロレスラーこそ最強」と思っていたものです。

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1976年にアントニオ猪木が戦った3回の「異種格闘技戦」。

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1976年のアントニオ猪木
柳澤健
文藝春秋
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その年、猪木は
柔道オリンピック金メダリスト[ルスカ戦]と
ボクシング世界ヘビー級チャンピオン[アリ戦]と
パキスタンの国民的英雄[ペールワン戦]と
私たちの世界観を変える試合をしたのだ!
全く新しいノンフィクションの誕生
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この本のハイライトは何といっても対モハメド・アリ戦で、世紀のスーパースターモハメド・アリがプロレスのリングに上げるについては、「これが真相!」とばかりに何度となく語られてきたアイコンだけど、別の視点から“ホント”の「真相」を鮮やかに甦えらせてくれます。

猪木がなぜ無謀とも思えるこれらの「異種格闘技戦」へ踏み込まなければならなかったのか?試合経過は?そして、戦った者たちの末路は?。あれから30年を経て、関係者への綿密な取材の結果あぶり出されたのはアントニオ猪木という異能のレスラーと、アントニオ猪木を産み、アントニオ猪木に狂喜した当時の世相です。

猪木ファンにとってはあまり受け入れたくない「真相」だけれども、それでもなお、アントニオ猪木の価値を貶めないのは、やはり、著者のアントニオ猪木に対する深い尊敬が基本にあるからです。

アントニオ猪木は毀誉褒貶入り乱れてバトルロイヤルしている存在だけれど、これまでのプロレス関係者の猪木暴露本とは一線を画す優れたドキュメンタリー作品と読みました。

私にとっては、今年度これまでのベストかな。


そんなワケで

久しぶりに

アントニオ猪木さんにご登場願って

闘魂を注入してもらいましょうかね〜。

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「inoki.wmv」をダウンロード
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「inoki.mov」をダウンロード
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2007年3月21日 (水)

押し入れからこんなDVD見〜つけた

新宿でパソコン用の小物を買った帰り我が家の近くでフト夜空を見上げると、ちょうど回教圏の国旗を思わせるような月と星が鮮やかに輝いていた。

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我が家のガスストーブは強中弱の3段階に火力を切り替えるようになっていて、例年だと火力・中や強で部屋を暖める日が何日もあったのに、結局今年は“弱”だけで済んだみたい。といっても油断大敵。昼はあんなに暖かいのに朝夕はまだまだ結構な冷え込みが続いています。

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最近『神話の力』のDVDの問い合わせがあり、資料探しで押し入れのガラクタ箱をヒックリ返したら、忘れていたDVDが出てきた。『BUD POWELL  IN  EUROPE』というこのDVDは、買ったものの輸入盤のためにプレイヤーの規格が合わないため再生できずに放っておいたものでした。

「パソコンだったら再生できるだろう」と試してみたら・・・OK!

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私がもっともジャズに憧れていた60年代から70年代。ジャズマンの映画というとルイ・アームストロングなどがコメディアン扱いで観れる程度。だか ら『真夏のジャズ』でセロニアス・モンクやエリック・ドルフィーが実際に動く映像を観れたことは事件でした。それほどジャズジマンの映像は少なかった時代 でした。

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BUD POWELL
IN
EUROPE

Paris 1959-Copenhagen 1962

まさか動くバド・パウエルなんて観ることはないだろうと思っていたのに、このDVDは60年代前後のヨーロッパツアーの様子を捉えた貴重な記録なのです。


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この当時からアメリカジャズメンは本国での差別と生活苦から逃れてヨーロッパに移住することが流行っていた時代でした。コンサートツアーでヨーロッパに出かけ、そのままパリで、コペンハーゲンで、ストックホルムで居着いてしまい、その地で生涯を終えたジャズマンも多数います。アメリカ本国ではマイナーなジャズをいち早く芸術として認めて受け入れたのがヨーロッパだったのです。

70年代になって、ヨーロッパ在住アメリカジャズメンのカムバック録音がヨーロッパのレーベルから発売されるようになったけれど、「ムカシの名前で出ています」的な音で失望したことも再々でした。アメリカにいた時はあんなに戦闘的だったのに、いつのまにかぬるま湯に慣れきったようにカドがとれてマルくなってしまったのです。

ジャズメンもボクサーと同じにハングリーでなくっちゃなどと生意気にも思ったワケです。

このDVDの62年ころのバド・パウェルだけど、ご多分に漏れずヤクにやられて、静養も兼ねてヨーロッパツアーに出かけたんじゃなかったかな。この当時のバド・パウェルはボロボロになってたというのが定説だけど、この映像を見る限りそのようには思えず、相変わらずの早弾き選手権とアイデアに満ちたフレーズには圧倒されます。

この数年後に死んでしまうワケだから、もしかすると最後のキラメキということになるのかな。いずれにしても天才バド・パウェルの動く姿、指使いが見れただけでもこのDVDは満点です。

こんなふうに、最近では、たとえばチャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーン、ウェス・モンゴメリーなどなど、夭折した憧れのジャズジャイアンツの映像が発掘されて、DVDとして発売される嬉しい時代となりました。

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2007年3月20日 (火)

池袋大勝軒閉店のニュース

にっぽんめんくい党としては、やはりこの記事をアップしておかにゃならんでしょう。

2007.3.20(火) 毎日新聞より

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池袋大勝軒は、ムカシ(20数年前のハナシ)外回りの営業をやっていたころにはよく行った店でした。いまは各地にラーメンの有名店があって、研究熱心な店主が楽しませてくれるけれど、ムカシは荻窪の丸福と春木家、恵比寿の香月、池袋大勝軒あたりが有名ドコロだったと思います。

この大勝軒はホントに狭くて小汚い店だったけれど、お客さん並んでいましたね〜。食べ終わったあと、こんな味でどうして繁盛するんだろうといつも思っていたほど普通の味でした。タオルをアタマに巻いたオヤジさんの人柄がお客を呼んだのでしょうかね。

このたび東池袋一帯の再開発を期に46年のノレンを収めることになったらしい。

  この数日、客が次々と訪れ、最長5時間待ち。

イヤハヤ、、、

ナンと言いましょうか

チャパティと言いましょうか

いくら閉店とはいえ

ラーメン一杯食べるのに

5時間待ちするヒトがいるというのですから

この人並みはずれた忍耐強さとモノズキさは賞賛にあたいします。

わがめんくい党としてはヒョウショージョーものです。

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2007年3月18日 (日)

大神島は神の島?

宮古島のナガレで書いてしまうけれど。

宮古島の北部に大神島という島があります。

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当時のガイドブックによれば、宮古本島の島尻港という集落から約4km。1日3便の定期船での航海は約10分という、島民49人の小さな島。そんな島に渡るべく乗ったときの客は、ちょうど平良市市長選挙の投票日とかで、選挙関係者が5人、釣り客2人、それに私という総勢8人。

私がどうしてこんな島に興味をもったかというと、この島は名前のごとく神の島と呼ばれ、御嶽(うたき)という神聖な場所があるという由緒に惹かれたもの。 

島のほとんどは岩山で平地はごくわずか。急な斜面にへばりつくように建てられた住宅に見える洗濯物から、人間の住んでる気配は感じるけれど人影はありません。たぶん宮古本島に移住しそびれたお年寄りだけがひっそりと住んでいるのでしょう。こんな島にもキレイに手入れされた学校はちゃんとあって、かつてはそれなりに児童生徒もいただろうことがしのばれます。

島の唯一の観光名所である展望台から360度の景観を楽しんだら、あとは何もすることがありません。たまたま学校に選挙準備を見に来たお年寄りに出会ったので、御嶽(うたき)のことを訊ねると、

神様は特別な場所だけにいるというものではありません

ここにも あそこにも

わたしの中にも あなたの中にもいるのです

という見事なお答え。

所在なくしばらく海を眺めて船着き場にもどりかけて見つけたのがこんな景色。

モンパの木ではちょうど羽化したチョウチョが乱舞しています。

まだ2月だというのに。

「oogami_jima.wmv」をダウンロード
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「oogami_jima.mov」をダウンロード
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モンパの木の向こうに見えるのが宮古島本島になります。

宮古本島に戻って、「大神島に行ってきた」とタクシーの運転手に話すと、「誰かに見張られてる気配はなかったか?ムカシの海賊が大神島に宝物を隠したというウワサがたって余所者が荒し回ったことがあり、それから、島民は余所者を極度に警戒してるのだ」とか、「島の道路工事の最中、原因不明の事故が多発してたために“神様のタタリ”だとして、工事が中断したままになっている」などと声を潜めるのでした。

大神島に限らず、

沖縄の人々の信仰のあつさは有名な話で、

御嶽(うたき)と呼ばれる神聖な場所がたくさんあって、

オ婆たちがよくお参りしていますよね。

こんなことを書いていたら
また宮古島に行きたくなってしまったのだ。
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2007年3月17日 (土)

そうだ鶴見に行こう!

宮古民謡の第一人者国吉源次さんの鶴見にまつわるハナシを書いていたら、急に鶴見に行って沖縄そばをい食べたくなってしまった。

JR鶴見駅といえばまず第一にあげなければならないのは鶴見総持寺本山。正確には曹洞宗大本山鶴見総持寺というらしい。我が家も曹洞宗だからまんざら縁のないお寺でもなく、仏ゴコロを出してまずは参拝しようと、巨大な敷地を本殿へと向かっていると可愛いネコのお出迎え。人間に物怖じしないところをみると飼い猫なのでしょう。

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本殿へ坂道の途中若いインド人カップルにカメラのシャッター押してくれと頼まれたので、「チーズ!」の代わりに「アープ カーキャ ナーム ヘー?」と声をかけたら「あなたはヒンディー語を話すのか?」と2人はビックリ顔。

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時期外れなのか本堂内に参拝客はなく床掃除を勤める若い坊さんのシュッシュッという足音だけが本堂に響いています。お賽銭をはずみ“世界人類平和であります〜ローカ サマスタ スキノ パバントゥ”とお祈りしてから鶴見駅に向かいJR鶴見線弁天橋駅へと向かう。

さて、

なぜ沖縄そばーーーーー→鶴見とつながるのかということを説明いたしましょう。

昭和の高度成長時代に日本経済を牽引したのが京浜工業地帯で、仕事を求めて沖縄県からも多数の労働者がこの地に移住してきました。その彼らが工場群のド真中JR鶴見線弁天橋駅周辺にコミュニティを作り、それがいわば沖縄街として発展し、現在でも仲通り商店街に沖縄食堂や沖縄物産店としてその名残りをとどめているのです。かつて、国吉源次さん屈辱のライブを行った「鶴見沖縄県人会会館」がこの地に存在しているのもそんな延長線上にあるワケです。

前の章で書いたように、国吉源次さんのライブで初めてこの街を訪れたときに食べた沖縄そばがずいぶん美味しかったことを思い出して、再び探検にきたもの。このように私はコマカなことに反応して執着してしまうのです。どんなときにあっても「にっぽんめんくい党」の仕事は忘れません。

記憶を頼りに仲通り商店街からちょっと奥に入ると、強力なダシの匂いが外まで洩れてきて目指す『うちな〜すば や〜じ小』食堂が近づいてきたことを気づかせます。このように何の変哲も無い外観の沖縄食堂だけど、関東の沖縄ファンには超有名な食堂で、休日には行列ができるほどの賑わいをみせるらしい。

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代わり映えしない外観と同じでどこにでもある内装の店内で、ひときわ目を引くのが壁に貼られたお品書き。沖縄料理の数々がウチナーファンの目を楽しませてくれ、旅ゴコロを駆り立てるのです。

私が食したのがコレ。
ソーキそば 700円也

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ちょっとモソモソ感のある沖縄そば独特の舌触りにスープは濃くもなく薄くもなく、トロトロになるまで煮込んだ骨付きアバラ肉は箸で簡単にほぐれ、チョコンと乗っかった紅ショウガが絶妙の陰影をつけてくれるのです。食べ終わった後、相席になった青年の食べているゴーヤチャンプルー定食も食べたくなった食い意地の張ったワタクシでした。

わざわざこの沖縄そばを食べるためだけに鶴見に来るという酔狂を満たして商店街を散策。神社があったので、ここでも賽銭をはずみ“世界人類平和でありますように〜ローカ サマスタ スキノ パバントゥ”とお参り。

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ラテン系の顔をした子供が、ひなたぼっこを楽しむクロネコヤマトにちょっかいを出しています。

かつて沖縄出身者が多く住んだこの街も、いまでは南米からの労働者が移り住むようになっています。スレ違った2人連れの話す言葉が異国の言葉だったことも珍しくなく、食堂の看板も「沖縄料理・ブラジル料理」の文字が見えるようになっています。

「格差社会」などと新現象のように言われるけれど
親会社が子会社を喰い
子会社は孫会社を喰い
孫会社は下請け会社を喰い
下請け会社は弱い立場の労働者が支える構図は
ムカシから変わらず存在しているのです。
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ウチナーそばを食べるショートトリップから
ガラにもなくこんなことを思いながら
鶴見駅へと戻ってきたのでした。
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2007年3月16日 (金)

月光仮面の続きでっせ

「♪おふくろさん」騒動もいつしかフェードアウトしそうで、外野席の野次馬としては物足りなさを感じているのです。

そこで、鈴木ヒロミツさんの追悼の意味をこめてモップスの歌った「♪月光仮面」をアップしちゃいましょう。

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このように川内康範作詞オリジナルの月光仮面を完璧にパロディにしているワケです。昨日も書いた通りこの改変度は森進一の「♪おふくろさん」の比ではありません。それでもモップス版「♪月光仮面」に対して作詞家として抗議したというハナシを聞いたことがないということは・・・・・・。


今回の「♪おふくろさん」騒動
川内康範 
対 
森進一
表に出ない出せない
他の理由があったりして。

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マッ
どうでも
いいけんどもよ〜。
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2007年3月15日 (木)

身につまされるなぁ

最近話題の♪おふくろさん事件。ワシにとってはあんな歌どうでも良いけれど、他人のゴタゴタは面白いものです。このごろダーティなイメージに染まりかけてきた森進一も今回の事件ではマイナスイメージからプラスに変換させて株を上げたんじゃない。

どうも両者とも手打ちをするタイミングを失したようで、、、このままズルズルいきますね〜。あの作詞家先生は著名な作詞家という肩書きの他にも脚本家としての肩書きも持っていて、「月光仮面」の作者というのは有名なハナシです。

まぁ、いまどき「月光仮面」といっても知らない世代が多いでしょうが、ワシらにとっては「ハリマオ」などとともにテレビのヒーローでした。

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ワシらの子供時代に夢を与えてくれた「月光仮面」の作者としての顔と、背後霊のようにつきまとうサイドストーリーとがどうも馴染まないんですが。そのあたり、今回の騒動を報じるメディアが、森進一サイドには土足で踏み込んでいっても、川内康範サイドには腰が引けてるところからも察せられます。

森さん!そんなアヤのついた歌あきらめて、

作詞家先生のところへ突っ返したらいいじゃない?。

さて、今朝の新聞記事。

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未だに王長島に頼らなければならない野球界やメディアというのも寂しいものです。1番にしたって3番にしたって、このヤツレた表情を見てみなさいよ!。こんなところに引っぱり出して金儲けしようなんてサモしい根性起こさないでユックリ休養させようよ。

左側の石材店の広告が何かを象徴してるみたい。

と思ったら、右側には、、、、、。

鈴木ヒロミツさんが亡くなったんですね。60歳というから、これからなのに、身につまされるなぁ。鈴木ヒロミツさんといえば、役者さんの姿しか知らない世代が多いでしょうが、昔は「モップス」というグループサウンズで活躍してたこともあったんですね。

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その「モップス」には『月光仮面』という歌があって、この曲はテレビ版『月光仮面』主題歌のカバーで作詞はもちろん原作者の川内康範。GSと『月光仮面』という意外性が受けたのか結構話題になったこともありました。

モップス版『月光仮面』は間奏にオリジナル歌詞とはまったく関係ない、言葉遊びを入れてコミックソングに変えてしまいました。もちろんモップスの連中はテレビの『月光仮面』を観て育った世代で、『月光仮面』に対する一種のオマージュですが、その改変度は今回の「♪おふくろさん」の比ではありません。

私の記憶では、その茶化し度に対して作詞家の川内先生がイカって、歌唱差し止めにしたというハナシを聞いたことないし、もちろん同一性保持権ナンタラカンタラ騒動も記憶ないなぁ。

とすると、、、、、、。


自分の作詞した『♪月光仮面』を
モップスがグジャグジャにしたのは構わないけれど、
『♪おふくろさん』に
森進一がミョーな歌詞を付け加えたのは
許せない!

ということなのかな?
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それを考えると
きょういちにち仕事も手につかなかったし
今夜は眠れそうにありません。
テガッ
!!!!!

マッ
好きなようにやってくれ
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2007年3月12日 (月)

バブルの肖像/都築響一

北日本にお住まいの方にはワルイけれど、関東地方のきょうは昨日の雨が大気中の汚れを洗い流したかのような爽やかな一日でした。 

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こんな素晴らしい日のモーニングコーヒーのお供はコレ。


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バブルの肖像
都築響一
アスペクト
日本中が夢におぼれ、欲に踊った遠い日々を振り返る、
初のグラフィック・ヒストリー。
『週刊朝日』の人気連載、待望の単行本化!
バブるアホウに見るアホウ、おなじアホならバブらにゃソンソン♪

日本中がバブルに浮かれて“ソレ行け!ヤレ行け!”と阿波踊りに興じていた期間は10年ぐらいあったのかと思っていたら、この本によれば「日本全国がバブルに狂乱したのは86年秋から89年暮れまでの3年間あまりしかなかったのだが」だそうだ。

あの当時、ICとやらで社名がカタカナ名にするのが大流行りで、地球をを買い占めるかの勢いで貪り続けたも、バブルが弾けてみれば結局最後にはユダヤ人あたりにカモにされたのだから笑ってしまいます。

思いがけずも、持ちなれない金を手に入れてしまった黄色いサルどもが、躁状態で乱痴気騒ぎした残りカスを20年後のいま拾いだして「あのバブルってヤツは何だったろう?」と私たちにさらしてくれたのがこの本。

千昌夫の章(千昌夫ってダレ?千昌夫とバブルとナニか関係あんの?と言われそうだが)。

(千昌夫に無謀な金を貸し続けた銀行は最後に公的機関に救済を求めたけれど
千昌夫は「歌で借金をお返しするしかない、絶対に逃げない、オレには歌しかない」と言って、いまも活動を続けている。(略)
歌のイメージどおりのポジティブなエネルギーを舞台に振りまいているのは、頼もしいかぎり。はっきり言って、銀行マンなんかより百倍男らしい。

筆者は全編こういう切り口で、要領よく逃げおおせたヤツらには秘かな怒りをこめ、はからずも流れの中で踊ることになったかつてのピエロたちには優しい眼差しを注いでいるのです。

さて、あのバブルの時代。

私などドンチャン騒ぎの中に入ることもなく、何の恩恵も受けることはなかったけれど、もし、これからあんな時代が再来したなら、今度は上手く立ち回るゾッと手ぐすねひいて待ち構えているのだが、、、、。

たぶんあんな時代が来ることはないでしょうね。

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2007年3月11日 (日)

国吉源次の伊良部トーガニー

宮古島の西海岸に砂山ビーチという美しい海岸があります。海岸自体はそれほど広くないけれど、白い砂浜での日光浴やシュノーケリングなどの磯遊びには最適。また、永年にわたる波の浸食で岩山がトンネル状にくり抜かれて奇観を見せていることでも有名な海岸です。駐車場から印象的な狭道小(いばんつがま)を登りきると目の前に開ける景色は感動的美しさです。

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そんな美しい砂山ビーチの狭道小(いばんつがま)で撮影した映像がテレビで流れていましたね。説明は無かったけれど確かに宮古島砂山ビーチにいたる狭道小だと思います。

2007年3月7日(水)
NHKTV23:00~

ゆるなび 
宮古島でステキな笑顔に出会う
市川実和子

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砂山ビーチで足を海水に濡らしたり、さとうキビ畑の中の小さな喫茶店でザワワ〜ザワワ〜ザワワ〜と揺れるさとうキビを眺めながらコーヒーを飲んだり。平良の街を歩いてるとどこからか歌声が流れてきて、その歌声を辿って古いビルの屋上に出れば、そこには若いカップルがいて、市川嬢はジャンベなどを叩きながら友好を深めると・・・・。

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要は南の島を訪れた若い女性が、美しい自然と優しい笑顔の島人と出会って癒されるというようなよくありがちな番組。

市川嬢がどういうヒトなのかよく知らないし、彼女に責任はないと思うけれど、“仕込み〜演出”だと誰でも分かる番組作りは、これって「ヤラセ」ということで、最近話題の「あるある・・・」問題と同次元のことじゃないのかねぇ。

マッ!
好きな宮古島の映像だったから
お父ツァン!それは言わないヤクソクでしょ!
ということでOKかッ
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さて、

宮古島といえば下地勇をプッシュプッシュとなるけれど、勇さんはちょっとワキに置いといて、今日は宮古民謡の第一人者国吉源次の動画を紹介いたしましょう。

数年前国吉さんが沖縄県文化功労賞を受賞したとき、関東在住宮古島出身者有志で“祝う会”を開催するからという案内を知人からもらって、会場の鶴見沖縄県人会会館に行ったことがありました。

このときの国吉さん、前夜ホテルのクーラーがききすぎてノドをやられたとかで声が出ず、歌は弟子に任せて自分は終始憮然とした顔で三線を弾いていました。弟子は弟子でしかなく、師匠の代役ができるわけもなく惨憺たるライブで終わったことは、歌に命をかける国吉さんにはさぞかし屈辱的なことだったでしょう。

今日の埋め合わせにもう一回ここで無料ライブをやるから是非来てほしい。また、自分のライブのビデオを送るから許してほしい。

こんなイキサツがあって送られてきたビデオから
国吉源次/伊良部トーガニー
を聴いてください。
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「kuniyosi_genji3.wmv」をダウンロード
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「kuniyosi_genji3.mov」をダウンロード

伊良部島の女性と宮古本島の男性をテーマにした宮古の恋歌「伊良部トーガニー」は、国吉源次の持ち歌と知られ、この歌を歌う前は必ずこの歌への愛情をひとくさり語るというほどの思い入れ深い歌。

沖縄民謡というと派手な歌ばかりがもてはやされるけれど、

こんな地味な歌と誠心誠意向き合っている

無骨な歌手もいるのです。

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2007年3月10日 (土)

きょうの大道商人はガングロだった

このところ日中は暖かいけれど、朝夕は冬らしい冷え込みが続きます。油断したせいかちょっと風邪気味。昨夜は生ネギとおろし生姜をタップリ入れたみそ汁飲んでから首にバスタオル巻いて早目の就寝。深夜目が覚めたときには汗びっしょりになっていて、シャツを取り替えてから再び暴睡すれば朝には気分爽快という段取り。とにかく、風邪はこじらせずひき始めのうちに治せ!というのが我が家の家訓なのです。

午後から銀座アップルストアーへ。

途中日比谷で食したのがコレ。おはちの「カレイあんかけ定食」¥780也。下に見えるのは晴海通り。向かいは旧日活ビルがあったところで現在高層ホテルを建築中。

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「大戸屋」とか、この「おはち」のような和食専門の店が成功しているのは嬉しいことです。日本人はハンバーガーなんていうジャンク食品は止めて、やはり和食が一番です。もっとも、和食のチェーン店はどこかの工場でレトルトパックしたものを店では温めて出すだけじゃないか?とワタシは疑っているけどね。

この写真はアップル銀座の4階から銀座通りを見下ろしたもの。


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人の輪がナニを見てるかというと、大道商人が売っているものに興味を示しているのです。大道商人といってもガマの油を売ってるわけでなく、現代の大道商人はハイテクアイデア商品を売っているのです。

人形の絵が書かれた5×15センチほどの薄い紙が、「立て!」とか「寝ろ!」という命令に起き上がったり寝たりバック転するという、マコトにもって不思議な反応を示すのを覗き込んでいるもの。英語でもOKということで、外人さんも買いたくて買いたくて財布を取り出してスタンバッています。1セット¥1000也で羨ましいような売れ行き。

売人は今どきの若者らしく日焼けサロンで焼いた黒い顔で、この青年は新宿駅西口路上でも商売しているのを私は知っている。

さて、

本日アップルストアーへの用事は、ここで開かれるCSCD(大阪大学コミュニケーションデザイン・センター)のイベントを覗きにきたもの。アップルではこのように各種催しに会場を提供してブランドイメージを浸透させようという戦略なのでしょう。

本日の内容は霊長類の研究で名高い山極寿一京大教授に劇作家の平田オリザさんがが話を聞くという内容。

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サル社会と人間社会の共通点・相違点などの話を聞いているうちに、さっき食べた「カレイあんかけ定食」が効いてきて眠くて眠くて辛抱タマラン。対談も夢の中でやり過ごしてしまったのがお恥ずかしい。

眠気覚ましに外の空気を吸おうと
アップルストアーの外に出れば
大道商人の青年の姿はそこに無く
平和な街の平和な人々が
幸せそうに銀ブラを楽しんでいました。
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2007年3月 9日 (金)

クワタを聴け!を読む!

私にとっての冬の必需品といえば当然湯たんぽ。

ストーブでいくら部屋を暖めても、湯たんぽでほどよく温もった布団には敵いません。こんな布団の中で本を読むひと時がとても嬉しいのです。

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無銭優雅
山田詠美
幻冬社
「心中する前の日の気持ちで、
つき合って行かないか?」
人生の後半に始めたオトコイ(大人の恋!?)に勤しむ、42歳の慈雨と栄。
二人は今、死という代物に、世界で一番身勝手な価値を与えている----------.
恋は中央線でしろ!
大人になりそこねた男と女は、
名作に導かれて、世にも真摯な三文小説を織り上げる。

45歳の塾講師と、生花店を友人と共同経営する42歳の女性。それぞれに「そりゃぁイロイロあったわよ〜」という過去をもつ2人が、

「おれらの出会いって、絶対、運命、運命だよ、運命!
 運命運命運命、ぜーったい!」

と、ダッ!ダッ!ダッ!ダーン!!!と言おうか、“割れ鍋に綴じ蓋”と言おうか、互いに最高だと思える相手に出会える物語。

自分の感情のおもむくまま、生きたいように生きるわヨッ!という、かつての万年発情的詠美世界のイメージでフリーズしていたら、まぁ、なんと言いましょうか?詠美さんもすっかりアクが抜けちゃって、NHK朝の連続ドラマにピッタリのようなテーマを見つけたようです。

『無銭優雅』が、“オトコイ(オトナの恋)”を描いた詠美さんの作品なら、かつての“ワカコイ(若者の恋)”を歌で描き続けてきたのがサザンオールスターズの桑田佳祐。

そんなクワタのデビューから現在までの全曲を徹底的に試聴し分析した、まさに「怒濤の全曲批評!!」の本が発売されました。

中山康樹の『聴け!!』シリーズには「ディランを聴け!!』『マイルスを聴け!!」などがあって、そのどれもが、惚れたミュージシャンの作品をとことん聴き倒し5段階評価をつけるというもの。私はこれらの本を読んで、それまで気がつかなかった曲の価値を教えられて改めて聴き直したということも再々ありました。とにかく、著者のミュージシャンに対しての尋常でない感情移入に圧倒される思いがするのです。

そんな中山康樹の最新作は、これまでの洋楽関係から一転して桑田佳祐/サザンオールスターズへの偏愛的全曲試聴評価をモノした本がコレなのです。

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クワタを聴け!
中山康樹
集英社新書
怒濤の全曲批評!!
サザンオールスターズ、
クワタバンド、ソロシングルB面・・・・・。
天才・桑田佳祐の魅力に迫る。

著者中山康樹のサザン初体験は、フジテレビの『夜のヒットスタジオ』だったといいます。おおかたの(ムカシからのある程度トシがいった)サザンファンならだいたいそうだと思うのだが、私もまたこの番組でサザンを知ったクチなのです。

鉄格子の檻の中でドライアイスのケムリに包まれてジョギングパンツ姿で喚き立てるクワタが私のサザン初体験で、「コレ!ナニ?!」と、あっけにとられて見たことを覚えています。その曲が『♪勝手にシンドバット』だと知ったのはそれから後のこと。

同じ番組を見ていても、ただあっけにとられただけの私に対して、

「桑田は、洋楽と邦楽の新しい調合法を発見した。だがそれは桑田が優れた感覚と才能をもったミュージシャンだったが故に発見できたということですまされるものではない。桑田とは、優れたミュージシャンである以前に優れた聴き手であり、その聴き手としての経験と驚異的な吸収力が、調合発見へとつながる最初の扉を開く鍵となった」

と看破するあたりからも音楽評論家としての著者の並々ならぬ才能が伺えるのです。

この本は最初から通しで読まなくともOK!自分が好きなクワタ・サザンの曲の時代的背景は?パクリ元は?著者の楽曲評価は?などなど、拾い読みして大いに楽しめます。

ところで、

サザンが『夜のヒットスタジオ』に出演したときにはジョギングパンツ姿でした。当時のアメリカ西海岸ファッションを取り入れたのだと思ったら、メンバー全員が耐乏生活中でテレビ用衣装を買えなかったからだということを後で知りました。

あれから幾星霜。

いまの桑田佳祐はこんなCMに出ても全く違和感がないほどにリッチなイメージを確率させました。

2007年3月9日(金)毎日新聞より

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2007年3月 6日 (火)

にっぽんツルツルめんくい党

もし盛り上がりに欠けるようだったら、わが「にっぽんめんくい党」としては、“泡沫”と揶揄されようと“売名”と石ツブテ投げられようと、候補者擁立する方針固めていたけれど、とりあえず旗は降ろしましょう。

2007.03.06
NHKテレビより

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というワケで本来の「めんくい党」の広報活動に戻るべくハードディスクの奥から“麺画像”引っ張りだしてきましたのでとにかくごらんくだされ。

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1)これは以前党勢拡大のためチベットにオルグに行ったときラサの中華飯屋で食べた麺。洗面器風ボールで出されるのがいかにも中国。味は日本そばに近い感じで、つけ麺風に食べる。

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2)新宿駅西口小田急ハルク地下1階「スパッソ」のスパゲティ。
このブログでも何回か紹介したけれど、サイズがM・L・LLとあってどのサイズも一律¥609也。飲み物とセットでも¥750-ととても庶民的。イタリア麺といえど世界は麺のもとに連帯している。

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3)神田駿河台交差点近くのそば屋『錦』ののりゴマそば。店内は照明を落とし、BGMはジャズという、いまどきのジャズバー風日本そば屋のニューウェイブ。冷水でさらしたそばは生麺かと思うくらいの固さで、この固さが好きかどうかで評価は分かれそうです。

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4)店名は忘れたけれど浅草言問橋近くのラーメン屋(もしかすると弁慶という名前だったかも)。待乳山聖天に参拝した帰りに時々立ち寄るラーメン屋の味噌ラーメン。ムカシながらの小汚い店と普通の味の割にはケッコー繁盛している。

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5)野方ホープのネギラーメン。原宿明治通り沿いにあるこの店は店名からしてホープ軒の友好的のれん分けというより、イワクツキの分派だと思われる。そのために店名をこんなふうにしているのでしょう。近くにある千駄ヶ谷ホープ軒とは異なって店は清潔で店員の応対も気持ち良い。ゆで卵半ライスサービスがあったりして美味しい。ネギラーメン¥800なり。

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6)これは秋葉原「じゃんがら」の豚骨ラーメン。関東での博多ラーメンの草分け的な店だったと思います。いつ行っても繁盛しています。

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7)店名忘れ。

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8)これも店名忘れ。

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9)神田小川町交差点近く本郷通りの『SPIGA』のたらこスパゲティ。普通盛りも大盛りも¥500-というのがウレシー!

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10)これは東京で讃岐うどんの名を広めた有名店『はなまるうどん』。この店の成功以来東京では讃岐うどんの出店が相次ぐことになります。

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11)讃岐うどんついでにもう一麺。これは西新宿小滝橋通りにある麺通団のうどん。入り口が製麺コーナーになっていて、麺ができあがる行程が見れるようになっている。いつもながら店員のキビキビした動きが気持ち良い。ツユは壁にしつらえた蛇口からのセルフサービスで、熱〜いいりこダシが絶品。開店当時から知っているけれど、ずいぶんとお客を掴んで新宿に地盤を築いたようです。

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父ちゃん元気にヅ〜ルヅル
母ちゃんしとやかツ〜ルツル
子どもはまだまだチ〜ロチロ
おソバにラーメンスパゲティ
呼び名それぞれ違っても
麺に変わりがあるじゃなし
地球は丸くどんぶりまるく
ひとのこころもまんまるく
いちにち一麺
めんくい党
にっぽんツルツル
めんくい党
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2007年3月 3日 (土)

ひなまつりの夜

1月にアップした『神話の力』イントロ集にクイックタイムファイルが抜けてたのが気になっいて、きょうはその全6回分を作って貼り付けて、先ずは安心。

あとは『砂漠のフェスティバル』のDVDを観ながら終日ゆっくりの日。

このDVDは2003年1月にサハラ砂漠のど真ん中トゥンブクツで行われた催しがドキュメンタリタッチで描かれている。アフリカ音楽には疎いから、ティナリウェン以外の予備知識はまったくなし。

欧米のバンドの計算され尽くした音作りとは無縁の荒々しいサウンドは、これぞまさしくサハラ砂漠の劣悪な環境が作り上げた音楽だと思う。鈍いアタマでは1回観ただけでは理解度中途半端だから、これからもう数回観そうな気がする。

説明力欠如なところは

そのDVDからパクった短い動画貼り付けましたから

それで、匂いを感じてみてください

と逃げといて、、、、、、。

「tinariwen3.wmv」をダウンロード
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「tinariwen3.mov」をダウンロード
このDVDやアフリカ音楽に関心をもった方はこちらへどうぞ。
(有)オフィス・サンビーニャ

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サハラ砂漠で見る月も
東京のハズレで見る月も
月にかわりがあるじゃなし
ウサギが餅をついている
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かくしてひな祭りの
夜はふける
これからBSで『ゴッドファーザー』見なくっちゃ。
あ〜
コリャコリャ
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少しは晴れたひなまつり

東宝日曜大工センターでS端子を買った後、東宝撮影所の社員食堂にもぐりこんで昼飯を食べていると、鶴瓶師匠がケータイかけていたし、山田監督がラーメン食べていました。

私はそんな様子を観察しながら「イワシ立田揚げ定食」500円也なんぞを食べていたのです。

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こんなひなまつりの午後でした。
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うす曇りのひなまつり

都知事選候補もだいたい出そろったようで、

これで面白くなりそうな予感がします。

選挙に行く楽しみが増しました。

あの傲慢さはなんとかしなくっちゃいけません。

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「・・・・・失礼します」

「宗教かい?セールスかい?」

「イエ、宗教でもセールスでもございませんで・・・・」

「アッ そう。それじゃナニ?」

「社会教育団体でして、よろしかったらパンフレットごらんいただいきたいと思いまして・・・」

「ヨロシクないんですヨ」

「・・・・・・・・・」

たまに家にいたら
こんな来訪者があった
ひなまつりの朝
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2007年3月 2日 (金)

BIGBOYはJBLだった

「今朝はパソコンが3人並びましたね〜」

いつものファミレスのレジで顔なじみのウエイトレスがこんなことを言う。

たしかに、さっきモーニングコーヒー飲みながらブログの下書きをしていたら、私の左手にいる男性がパソコンを開き難しそうな顔をしながら棒グラフを眺めているし、右手に座った若い男性もまた報告書のようなものを作成し始めた。もちろん両側はウインドウズマシーンで、間に挟まれた私はマックという絵柄。

これって、ウィンドウズはビジネス向けでマックはオアソビという、パソコンの差別化を強調するアップル社のCMと同じだと思っていたのだ。

さて、

このところ温かい陽気で外歩きも楽しい毎日。ブラブラと神保町界隈を歩きながら立ち寄った交差点傍のdiskUNION2階で懐かしいアルバム発見。迷わずゲット!1470円なり。

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LIVE IN TOKYO
THAD JONES
MEL LEWIS

&
THE JAZZ ORCHESTRA
Recorded March  1974

1974年のサドメル来日時はこのライブ盤以外にディディー・ブリッジウォーターのヴォーカル盤と、ローランド・ハナ(p)ジョージ・ムラーツ(b)のデュオ盤が制作されて、どれもが質の高い作品にしあがっていました。ジャズがどんどん難しくなってきた現在、職人技の応酬でヒートアップしていく演奏が懐かしく思えるのです。

懐かしのCDゲットした後はdiskUNION裏側にあるジャズ喫茶BIGBOYへ。

そう、ジャズ喫茶なんて滅びゆくだけと思っていたら、なんとこんな新規店が出現したのです。

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店内はカウンターとテーブルで15席くらいの空間。ムカシのジャズ喫茶の暗いイメージとは異なり、大きな窓からさしこむ陽が店内の隅々まで行き渡る明るい雰囲気。マスターもまた人あたり良さそうな感じでかつてのジャズ喫茶とは大違い。

ドアを開けてすぐに目に入るのはカウンターから客席に向けられた巨大なスピーカーで銘機の誉れ高いJBL4343。道路にまで音漏れしていたのはコイツが原因。アナログレコードとCDの2種で50-60年代のメインストリームジャズが中心の様子。いわゆる「会話お断り!」というジャズ喫茶とは違うようだけれどかなりの音量だから、会話を楽しむ場としてはちょっと不向きかも。

それと、コーヒー650円となると、なかなか気軽に顔出すワケにもいかなんかな?という感じ(夜にはお酒タイムということらしい)。

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神保町交差点裏のこの一帯には、例えば大盛りチャーハンの徳萬殿、カツカレーのキッチン南海を東西の横綱にして安い飯屋が目白押しですから、そういったところでお腹を満たした後にぜひBIGBOYへもお立ちよりください。ジャズがもっともジャズらしかった時代のジャズを楽しむことができます。

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家に帰ってみれば注文していたDVDが到着。

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砂漠のフェスティバル
アフリカ
砂漠の祭典がついに映像で体験できる!!
ライス・レコード

このDVDはアフリカのマリで2003年に開催された『砂漠のフェスティバル』の映像集。新聞記事で知った“砂漠のブルース”/ティナリウェンが出演しているというので興味を持ち注文しておいたもの。

明日はユックリこのDVDを楽しむことにしましょう。

このように私は何でも喰いつくダボハゼ体質音楽ファンなのです。

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2007年3月 1日 (木)

ビリー・ホリディの名前はこんな映画で知ったのだ

昔ムカシ、、、、私は五木寛之さんの熱狂的なファンでした。

その名残りがいまでもこんな本を大事に保管しているところからもわかります。

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いま、五木寛之
面白半分7月臨時増刊号
昭和54年7月25日発行

いつの頃からか五木作品を忘れていて、気がついたら五木さんは仏教界のヒトになってしまって、「ジャズとさすらいの旅」で私たち若者を導いた筆も、今では仏の教えを説くことで先行きに不安を感ずる人たちの足下を照らしてるようです。

毎日新聞 2007.02.24(土)より

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じつは私が不出世の歌手ビリー・ホリディの名前を知ったのは、五木さんのデビュー作『さらばモスクワ愚連隊』によってでした。コモドア盤の『奇妙な果実』を分かったような顔して聴き、『さらばモスクワ愚連隊』が映画化されるというニュースに封切りを心待ちしたこともありました。

社会主義国ソ連の不良連中を題材にしてるから、モスクワロケの許可が下りなかったとかで、スタジオのセットを訪れた五木さんが「赤の広場とおんなじだ!」と感動したなどという雑誌記事に心おどらせ、封切りと同時に映画館に行ったことをついこのあいだのように思い出します。映画館は日比谷宝塚の向かい側でした。

元ジャズピアニストで今はプロモーターをしている北見は、日ソ文化交流の一環という名目の官側の仕事を受け、日本人ジャズバンドをソ連に送る交渉のためモスクワを訪れる。ソ連側窓口になる高級官僚ダンチェンコは、ジャズを娯楽のための音楽と決めつけ、ジャズのもつ芸術性を認めようとしない。

北見:ひとつだけお伺いしてよろしいでしょうか?

ダンチェンコ:どうぞ

:どんなジャズを日本からお呼びになりたいのですか?
  ジャズは1890年頃ニューオルリンズで生まれ
  それからほぼ1世紀・・・・

:「ジャズはジャズ」それだけのことだ

:「ジャズはジャズ」しかし・・・・

:何も考えることはありません
  まともな音楽でも呼ぼうというなら別ですがね

:ジャズはまともな音楽じゃないと?

:簡単に云うと娯楽の一種だということです

:それはほんとのジャズを知らない人間が、、、、
  ソ連ではサーカスや軽演劇の人を人民芸術家
  と呼ぶじゃありませんか?

:その通り!あれは明日への労働意欲を高めるものです
  でも娯楽の一種です
  交響楽団や国立バレエとは別世界のものです
  ジャズは娯楽音楽であって芸術音楽とは
  全くべつのものです

:芸術的音楽とは ナニを云うのです
  説明していただけますか?

:よろしい!

元ジャズピアニストの日本人と、ソビエト連邦の官僚との芸術をめぐる論戦は、いつしか日ソピアノ合戦へと発展して行くことになります。

ということで、このシーンをご覧下さい。
(昭和43年度東宝作品『さらばモスクワ愚連隊』より)

「gurentai.wmv」をダウンロード 
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「gurentai.mov」をダウンロード

思いがけずもこのロシア官僚はその図体に似合わず、クラシックピアノの名手だったのです。

北見はこのシロクマが弾くピアノにクラシック音楽の歴史と伝統を感じたし、シロクマはシロクマで、イエローモンキーの弾くいままで聴いたこともないピアノの旋律に心を動かされ不覚にも涙ぐんでしまうという、、、この映画前半のクライマックスシーン。

北見がここで弾いたのがビリー・ホリディの『奇妙な果実』でした。

原作では、啓示を受けたかのように指が自然に奏でる『奇妙な果実』に、北見のいまだに消すことの出来ない朝鮮半島からの引き揚げ船体験がオーバーラップされる大事なシーンだったけれど、この映画では同じく五木作品の『GIブルース』に出てくる、ベトナム送りになった白人ピアニスト、ジェームズの顔が浮き上がってきます。

映画は現地で知り合ったミーシャというトランペット吹きの青年が収容所に送られ、ジャズバンド招聘は日本の有力政治家の死で頓挫して北見はモスクワを去るという、五木作品の決して満貫成就にならない空しさを残したままの結末。

私は、世の中を少しナナメに見るようになった性格の北見にあこがれ、反体制の匂いのするジャズにのめり込んでしまったように、この時代から現在に至るまでミーハー度は変わらずにきたようです。

ジャズが娯楽なのか芸術なのかといわれれば私には両方の面をもってるとしかいえないけれど、こういう映画でジャズの楽しみを知ったのです。

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