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2007年1月31日 (水)

as time goes by

1974年、私はこのカサブランカに遊んでいたことがあった。

インド中近東を経てイタリアのシシリー・パレルモから、チュニジアに渡りアルジェリア経由でカサブランカに入るという、当初の計画からは想像もできなかったような、流れ流されての気ままなバックパッカー。

あれから30数年がたち、私はそのカサブランカをパックツアーの一員として訪れて、かつてのバックパッカーの身分では寄り付きもしなかったような豪華ホテルに宿をとっていた。

そのホテルのロビーで、ボーッとしながらテレビを見ていた私は、ハッとしてデジカメを動画モードにしてテレビ画面を撮影した。

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そのフランス語放送に映し出されているのはサダム・フセインの処刑シーン。誰がどういう意図で撮影したものか分からないけれど、こういう動画が一般に流されてしまうんだなぁ。

振り返れば私が気ままなバックパッカーだった30数年前、世界は「米・ソ」枠組みにがんじがらめに縛られて、良きにつけ悪しきにつけヤジロベー状態でバランスがとれてい時代でした。私たちのような若者がリュックサック背負ってヒッチハイクしながらどこへでも出没していた時代でした。私たちのような貧乏旅行者への寛容さがまだまだ残っていたと思います。

カトマンズ、ゴアビーチ、クタビーチ、声に出すだけで胸が高鳴る思いがする地名だけど、あのころ、バックパッカーにとって3大聖地といわれたこれらの地も、いまでは安穏としていられず、ましてやアラブ圏にいたっては、被害者の身でありながら、自己責任追求される危険地帯となってしまいました。つまり、個人旅行者が国際政治の駆け引きに利用されてしまうこともあるのです。

そんなアラブ圏にありながら、ここモロッコは目立ったテロ事件も起きず、空港のセキュリティもユルユルでノンビリしたもの。このあたりは王制からくる余裕なのかもしれません。そんなことを思いながらテレビを見ていると、フランス語放送はフセイン死刑に抗議するらしい群衆の姿を映した後、欧州サッカー情報へと変わったので、私はホテルのロビーをから街へ出たのでした。

30数年前の印象はとっくに消え失せていてファイルの断片を取り出すこともできず、ただ街を歩く。広場でボールを蹴る子供たちの姿を見て、バラックのCD屋でモロッコのヒット曲だというCDを2枚購入。一枚20ディラハム(260円)なり。屋台の茹で豆屋を見てると、一見してホームレスという服装の爺さんが屋台の青年になにか言うと、青年はスプーン一杯の茹で豆を爺さんの手のひらに乗せてやる。爺さんはもう一回お代わりをして、茹で豆食べながら何事も無かったような顔して立ち去って行った。そんなヤリトリを見ている私に気がついた青年はニヤリと笑いかけやがった。あの笑いにどんな意味があったのか。

時計台の傍からメディナ(旧市街)に入って行くと、路上にまで雑貨の店が並び、屋台からはカバブの煙がたちこめる典型的なアラブ街。薄暗い中に男たちが屯している異様な世界だけど不思議と危険さは感じません。店を冷やかしながらヤミクモに歩いているとちょっとした広場に出て、その一角にこんな看板を発見。

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極真カラテはこんなアフリカの地にまで進出してきてるんだなぁ。

なにか同胞に出あったような嬉しい気分になって隣のカフェで一休み。男たちがカードをしたりして夜のひと時を楽しんでいます。後ろのテーブルから流れてくるタバコの煙の中に、明らかに市販されていないタバコの煙の匂い。さりげなく観察すると、指を焦がさんばかりに小さくなったジョイントをくゆらしてる男がいやがる。ここだけのハナシだけど、そのあたりになるとワタシャ詳しいよ。

今さら危険を犯す気はないから、自然に流れてくるケムリを“お流れ頂戴”で味わっていて、フトこの広場のこの景色に記憶があることを思い出した。

向かいのあの建物はユースホステルじゃないか!

そうだよ!ムカシ、こんなふうにこのカフェの椅子にすわってタバコ喫ってたんだよ。

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やっぱりそうだ!

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ドキドキしながら中に入るとロビーの2台のパソコンが今の時代を感じさせる。

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毛色の変わった旅行者が来たと思ったのだろう。

管理人が「泊まるのか?」と訊くから「オレ、1974年にこのユースホステルに泊まってたんだよ!それで懐かしくって来てみたの。あの頃と同じ建物だよね〜」

「壁を塗り替えただけで建物は同じだよ。今日は日本人も3人泊まっているよ」

「ここは宿泊料はいくらなの?」

管理人はペーパーを見せてくれたけれど見えやしない。

「今じゃ、こんな文字も眼鏡がないと見えなくなったよう」

自嘲気味に笑うと管理人もつられて笑ってくれた。

ムカシだったら泊まったであろう一番安いドミトリーのベッドで45ディラハム。ということは5-600円か。あのころは幾らだったのかなぁ。

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管理人が再び「泊まるのか?」と訊くから「今はリボリホテルに泊まってるんだ」。

「高いホテルだね。モロッコはビジネスか?」

イヤ
観光だよ
9日間でモロッコ一周というグループツアーで来てるんだ
この思い出の場所を発見できて良かったな〜
センチメンタルジャーニーだね

管理人も納得した様子。

かくして、モロッコ最終日の夜は更けていく。

翌日には東京へ向けて、来るときは夕日を追いかける形で西へ西へと向かってきたわけだけれど、今度は東へ東へ朝日を迎えるフライトになります。

若いときのように無茶な旅もできなくなったけれど、年齢や体力に合った旅のやりかたがあり、こうして旅ができることを嬉しく思ったモロッコツアーでした。

ということで、

僅か9日間の旅行をネタにここまで引っ張ってきたけれど、

ひとまずモロッコネタはこれで終わりとなります。

ご購読ありがとうございました。

感謝を込めてこの動画を見ながらサヨナラサヨナラサヨナラ。

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2007年1月30日 (火)

フェズからカサブランカへ

ウインドウズビスタの発売を気にかけながら、体中を胃袋にして飯を食い、およそバックパッカーには似つかわしくないような高級ホテルで目をさますと、そのまんまバスに乗り込んでフェズのメディナ(旧市街)の探検へと出かける。

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フェズについてガイドブックから引用するとこういうことになる。

フェズは、モロッコ最初のイスラム王朝の都であった。イスラム教の祖であるムハンマドの婿、アーリーの子孫にあたるムーレイ・イドリス1世は8世紀末にバグダッドのイスラム王朝アッバース朝に反乱を企てるが、激しい迫害に遭い中央モロッコに亡命する。才能に恵まれ勇敢だったイドリス1世は、古くから住むベルベル人に絶大な信頼を得て、この地にイスラム王朝を興す。そして808年、その息子であるムーレイ・イドリス2世は、フェズ川の西岸に新しい都を建設。このとき、チュニジアのカイルアンやスペインのコルドバからの移住者も受け入れた。『地球の歩き方・モロッコ/21p』

見晴らしの良い丘に上り古都フェズの街を見下ろすと、ここでも見事な「茶色の世界」が広がっています。あの土の固まりのような景色の中に人々の生活が1000年以上も続いているんだなぁ。

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王宮:モロッコ国王のフェズ滞在に使用されるらしい。
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ブー・ジュルード門:メディナの入り口にあるフェズ最大の門。
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ブー・ジュルード門をくぐるとすぐにこんな迷路が一本一本張り巡らされた1000年の古都の世界へと入り込むことになります。

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よくこんな道を迷うことなく通れるものだと思える異次元の世界に遊びます。

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「CYBER」の看板があるところを見ると、こんな迷路の中にもインターネット・カフェがあるらしい。正にインターなネットです。

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ツアーにはおヤクソクの土産物店案内は、金銀細工の店。先祖代々人間国宝級職人(らしい)の作になる飾り皿など見せられても、私にはサラサラ興味無し。買い物好きの日本人だから、旅行の記念に欲しい!というお客もいるワケで、結構な成果があったみたい。私は商売のジャマにならないようにただ店の片隅で商品を眺めているだけ。

次のおヤクソクの土産物店は革製品のお店。店に入るとミントの葉を渡され、これをどうするのかというと、匂い消しのために鼻の穴に突っ込むというワケ。確かに生革加工の異様な臭気が鼻をつく。皆「バガボンのパパの鼻毛」状態の顔して店内巡り屋上に渡れば眼下になめし革工場の景色。たぶん何百年も親子代々受け継がれている作業工程なんでしょう。臭気の源はここにあったみたい。

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店内に戻ればセールス攻勢が始まるけれど、私には寄り付きもしない。「こんなカバンだったらフリーマーケットで300円だなぁ」などと値踏みしながらただルックルックだけ。

革屋の店員でもなさそうな、客でもなさそうな、正体不明のエラク愛想の良い若い男の写真を撮ってやる。

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この二人は革屋の下働きの女性二人。(写真を送ってくれと店の名刺をくれたので、もちろん帰国後プリントアウトした写真を送って日モ友好を計ったけれど、ちゃんと着いたかな)

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それぞれに欲しい人は買い、欲しくない人はルックルックだけで店を出て再びメディナの小路を歩けば、路上小物売りの青年。「写真撮って良いか?」と訊けばポーズをとりやがった。「アナタの名前は?」と訊けば「ワタシのナマエはムハンマッドで〜す」と日本語での返事。「オー!やはりそうであったか」

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モロッコには猫が多い。どこの村町にも猫がゴロゴロ。いじめる人もいないらしくみな人懐っこく寄ってくる。ここフェズでもアッチコッチで猫会議に出くわす。インドの牛のように宗教と関係してるのかな?毛並みの良い猫がいたので「写真撮って良いか?」と訊けば「ご勝手に・・・」の返事。

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ロバさんがいたので「写真撮って良いか?」と訊けば「アラッ?!ワタクシなんぞでヨロシーかしら?ホホホホホッ」の返事

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犬が死んだフリしているから「写真撮って良いか?」と訊けば「ウルセーナー!放っといてクレヨッ!」という返事。

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メディナの中で1000年も続く生活があって子供たちも育っていきます。これはメディナの小学校。

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紙に書いた教科書というようなものもないようで、先生の言葉を復唱しながら覚えていくらしい。日本の学校ではイジメ問題続出だけど、ここではそんなイジメとか子供の自殺とは無縁みたい。

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メディナの中にはバックパッカー相手の安宿もあるようで、いずれ退職して有り余る時間を得たらこんな街に長期滞在したいものだと思いながら、バスは首都ラバトへと向かう。

フェズ→ラバトは約300km。道路状況は非常に良く、緑も多くなって見える。

首都ラバトにはめぼしい観光ポイントはないのかな。フランスからの独立を勝ち取った国王ムハンマッド5世の霊廟とハッサンの塔を見学。1195年に着手されたモスク建設は、王様の死亡により柱だけが残されたまま中断され現代に至ってるのだといいます。高さ44mの未完の塔の向こうに見える色鮮やかな大西洋が、茶色の世界沁み込んだ目ん玉には眩しい。

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門の脇の木陰に猫様が涼んでいたので「写真撮って良いか?」と訊けば、「良きに計らえ!」の返事。「ところであなた様のお名前は?」と再び質問すれば「ヤマトと申す」というおヤクソクの返事。「オー!、やはりそうであったか!」

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こんなツマラナイこと書いて石を投げられないうちにバスに乗り込んで、出発点カサブランカへと向かう。

カサブランカから始まりカサブランカへ戻る今回のツアーは、同じバスでの移動で全1600kmの大周遊。モロッコの魅力を堪能できるように、整備された移動環境で、計算され尽くしたツアーに身を任せ、個人旅行とは異なる効率の良さ。このあたりに日本人観光客増加の原因があるのだろう。

十分にディープだったけれど、更にディープモロッコに接するために再び来たい!

ラバト→カサブランカ100kmは、首都と商都を結ぶ主要幹線道路らしく快適なドライブコースで、夕闇に包まれた哀愁のカサブランカにバスは戻ってきたのだ。

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2007年1月29日 (月)

ウインドウズ・ビスタの発売

そのムカシ、ウインドウズ '95が発売された当時、西新宿のカメラ屋に入る客の殆どはウインドウズマシーンを注文して帰ったといわれます。

マスメディアがこぞって取り上げるウインドウズ礼賛記事に、皆、「よく分からないけれど、パソコンとやらはこれからの時代を変えてしまう」という予感を持ったものです。ウインドウズ発売は家電業界に大きな利益を与え、私が末端で関わっている出版業界にも潤いを与えたのです。

何しろ、それまではただのオタクグッズだと思ってナナメに見ていたパソコンが、これからは必要不可欠なアイテムとして「マスターしないことには時代に取り残されてしまう」という強迫に煽られ、必死になってハウツー本を揃えたものです。

本を買ってはみたものの理解できず、あげくの果てに『猿でも分かるウインドウズ '95』などというタイトルの本の発刊に、「ワシは猿にも劣るのか!!!」と自己嫌悪に陥り、更にマニュアル本を買い集めるという、その結果、大型店のパソコン売り場はパソコン関連書籍売り場と併設されるという形が確率されていくのです。

「立ち上がってますか? ウインドウズに何が見えます?」
「隣の家の屋根が見えます」

パソコンメーカーの電話サポートセンターではサポート嬢とこんなヤリトリがあったという笑い話も残っている時代のことです。

そんな、'95が何度かバージョンアップされていき、最初は必死になって買い替えて追いかけたユーザーにもだんだん疲れが見えたようで、やがて熱気も失せて、メーカーの宣伝にも簡単に乗らなくなったように感じていました。その傾向は書籍の売り上げにも表れていきます。

こんな雰囲気の中での、ウインドウズXP以来5年ぶりになるという「ビスタ」の発売。パソコンメーカーも、販売店も、関連出版社も久しぶりの商機到来とばかりに張り切っている気配は感じられるけれど、、、、、どうも火がつかない感じがします。

ユーザーも賢くなって様子見の雰囲気が充満しているようです。

私にしても、ウインドウズXPマシーンを持っているけれど、これは以前発信していたホームページのファイルが入っているから仕方なく残しているようなもので、このブログ作成も含め、実際に使っているのはほとんどがマック。したがって「ビスタもいずれ買うんだろうけれど、いま慌てて買わなくてもイイヤ」というところなのです。

もはやパソコンは私たちの生活に欠かせないツールとなってしまって、私なんぞは、携帯電話は不携帯だけれどパソコンが無くなると寂しいだろうなというほどのパソコンファンになって、パソコンにドップリ浸かった生活サイクルになってしまいました。機械オンチだと思っていた私でさえこのテイタラクです。

モロッコに行く途中、飛行機乗り換えで立ち寄ったカタール/ドバイの空港にはSAMSUNGのこんなインターネットブースがあって、順番を待っている人が列を作っています。

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中を覗いてみると10台くらいのサムスン・マシーンがあって、それぞれホームページを見たり、メールをチェックしたりの真剣な表情。印象深かったのは、 真っ黒なベールを頭からスッポリ被った中東女性の典型的服装(呼び方は忘れた)の娘さんが猛烈な勢いで長文メールを打っている姿でした。宗教の戒律にがんじがら めの服装とブラインドタッチの早打ちは奇妙な調和を保ち違和感無い姿に見えたのです。

モロッコのどんな辺鄙な田舎町にすら、CYBER BOTIQUEと呼ばれるインターネットの店は普及していて、そんな店お看板はバスの中からしょっちゅう見ることができます。モロッコでは、どうやらインターネット・カフェと公衆電話が併設されているようで、個人レベルでパソコンや電話を所有するまで豊かではないけれど、こんな形で普及しているみたい。

これは、アトラス山脈の向こう側、アイト・ベン・ハッドゥという
世界遺産の村で見かけたインターネットの店。

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カサブランカのメディナ(旧市街)を歩いていると、iPod状の携帯音楽プレイヤーを手に何やら話している少年がいます。器械を見せてもらうと、確かにアップルのロゴマークは付いているけれど、見たこともない機種で多分海賊版だな。それでもちゃんとイヤフォン通して音楽は聞こえます。

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こういうプレイヤーはもちろん日本にもあるよ。ところでだなぁ、この音楽をダウンロードするコンピュータはどこにあるんだ?オマエは家に持ってるのか?

こっちの質問の意味がやっと理解できたようで、「こっちだ!」という彼に連れていかれたのが、CYBER BOUTIQUE。中では7台のウインドウズマシーンが作動していて、文書を作ってる青年やら、音楽のダウンロードしている青年やら、白人女性のヌードを研究しているヤツやら、思い思いにインターネットを楽しんでいたのです。

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ところで、偽物iPodを持ってる青年は、iPodがAppleというメーカーの商品だという認識はないようで、ましてやAppleというコンピューターの会社があることには興味がない模様。サハラ砂漠の入り口ワルザザードのCYBERBOUTIQUEで出会った教師をしてるという青年も、コンピューターといえばWINDOWSのことで、それ以外にAPPLEとかマッキントッシュあるいはマックと呼ばれるコンピューターが地球上に存在することなどには無関心。

APPLEのサイトでアフリカ大陸のアップル社直営店を検索すると、南アフリカにただ1店あるのみで、このようにアフリカにおけるAPPLEの普及度は絶望的。マッ!ウインドウズのシェアが9割超を占めるというなかで、アフリカの現況は仕方ないかと、判官贔屓というか、にわかマックファンの私としては、こんなマック・イン・アフリカの状況を憂えていると、、、、、、。

メルズーカのホテルのロビーでのこと。

白人男性のテーブルに鎮座ましますアップルマークのコンピュータ。「アフリカで初めてのマックだなぁ」と嬉しくなって観察していると、男性はマックに向かってなにか話している様子。喋るのが終わったころを見計らって話しかけてみました。

「やぁ! アフリカで初めてマックを見たよ。ボクも家ではマックを使ってるヨ」

「確かにアフリカでは全部ウインドウズだね。ボクのはiBookの古いモデルだよ」

「あなたはモロッコで何をしてるんですか?」

「スエーデンから映画の撮影に来てて、6週間滞在してるよ」

「ところで、さっき見てたらマックと何か話してたようだけど」

「そう、ストックホルムの家族と話してたんだ」

「エッ?このマックで無線でストックホルムと話ができるの」

「そうだよ、マックでなくともウインドウズでも大丈夫だよ」

「そうなの?知らなかったな〜」

「いいかい?SKYPEと言うんだ。このサイトから無料ダウンロードすればOKで、通話だってモチロン無料だよ。ただし、話すためには相手のマシーンもこのSKYPEが入ってることが条件だよ

「写真撮っていいかい?」

「いいさ」


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「これはヨーロッパではポピュラーなものなの?」

「そうだよ、日本でも大丈夫だと思うよ」

「これだったらどこにいても話しが出来るんだなぁ。良いことを知ったよ。日本に帰ったら調べてみるよ。ところで、マックファン同士としてあなたの写真を撮っても良いかな?」

「ハハハハ・・・良いよ」

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慣れない英語の会話で気がつかなかったけれど、あとで写真を見てみると、スエーデンから来てるという映画人のバックには、モロッコの国王(皇太子だったか?)の巨大写真パネル。

ウインドウズにしろ、マックにしろ、私のようなトーシロには同じようなもで、私が実際に使っているのはそのマシーンの1−2割程度の機能しかないのかも知れません。それでも、最近富みにマックに感心持ってる身としては、思いがけずもアフリカの砂漠のホテルで遭遇したアップルマークに、さらにグググっと引き込まれたような思いがしたのです。

5年ぶりのウインドウズOS/ビスタは1月30日(火)の発売。
ということは、
本日1月29日(月)深夜0時!
ボンジョレヌーボ並みに
カウントダウンの後に一斉発売されるんだな。
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新宿のビックカメラも準備が進んでいました。
果たして火がつくのやら。
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チョッと待てよ?
1月30日火曜日
何かキリの悪い、中途半端な発売日じゃないか?
気になってカレンダーを見ると

ナッ!ナンと
2007年1月30日 (火)は
大安
だぁぁぁぁぁ〜
!!!!!


産業革命以来の革命とも言われ
ITの象徴とも言うべきウインドウズにしても
その発売日を暦に託したのかな。
そんなことないか。
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2007年1月28日 (日)

モロッコでこんなものを喰っていた

フェズのメディナを彷徨う前にこの旅行中にどんなものを喰ってたのか?を書くのを忘れていることを思い出した。私は元々「食べれたということだけに感謝!感謝!」というタイプの人間で、食べ物の不平不満は口に出さないようにしているけれど、画像ファイルの中から食べ物画像拾いだして見ましょう。

これは、羽田出発前に食べた昼飯の鳥重弁当。
たしか 850円

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関空から飛び立ったカタール航空の機内食。
こんな食事を南海も何回も喰うハメになって体ボロボロ

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カサブランカ郊外での昼ご飯。
パンが齧りかけなのは「写真を撮らなけりゃ」と途中で思い出した。

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上記カサブランカレストランの昼ご飯。
海沿いのお洒落なレストラン。

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カサブランカ市内を歩き疲れてカフェで一服。
フランス人の残したカフェテラス文化が残っていて、コーヒーも安いのが嬉しい。
テーブル上の「地球の歩き方・モロッコ」はガイドに言わせると

「地球の迷い方・モロッコ」だとして評判が悪かった。
つまり、現地の変化に改訂作業が追いつかないのだ。
ちなみに、グループ内で持参したガイドブックは全て
この「地球の歩き方・モロッコ」だった。
それほどモロッコ関連のガイドブックは少ない。

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どこかのホテルで食べた朝飯。
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どこかのホテルで食べた夕飯。
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マラケシュ郊外の民族芸能館レストランでの夕食。
羊肉の肉団子とタマゴ目玉焼き。

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モロッコ名物「クスクス」
小麦粉で作る粒々パスタを蒸したものらしい。
トンガリ三角帽子状のフタをのせて供されるのが、、、旅情!

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モロッコと言えばもうひとつミントティー。
中国緑茶にミントの葉それに大量の砂糖を入れて甘くしている。
砂漠で生きるにはこの甘さが必要なんだろうが、甘過ぎ!

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どこかのホテルで食べた朝飯。
毎朝大量の朝飯を食べて太りそう。

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アトラス山脈を越えてから、山の中腹にあるレストランで昼飯。
シシカバブにポテト、それにモロッコ風オムレツがあった。

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ワルザザードからエルフードに向かうカスバ街道を
ちょっと横に入ったトドラ峡谷断崖絶壁の底にあるレストラン。
ストーブに暖まりながらの昼飯。
ポテトの下には蒸しチキンが足を広げている。

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エルフードから古都フェズに向かっている途中の街ミデルトでの昼飯。
川魚料理。

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古都フェズを出て首都ラバトに向かっている途中、古都メクネスでの昼食。
イカの中にご飯が入っている“モロッコ風イカめし”。
イカはカサブランカあたりから毎日直送されるらしい。
私たちが日本でふだん食べている魚の数々は、
西アフリカ南アフリカ沖の漁場で獲られたモノだとは案外知られていない。
だからモロッコにイカめしがあっても不思議ではないのだ。

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そんなこんなで、
カサブランカから飛行機に乗り日本へと向かう機内食。
例によって寄港のたびに出される機内食も
旅の最終日あたりにノドをやられて体調を崩し食欲無し。
お茶だけで済ませてあとは死んだまま帰国。

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カサブランカから苦痛の30時間を経て無事帰国。
体調回復するに1週間もかかってしまった。
本来の「にほんめんくい党」総裁の公務に戻り今年の初麺はコレ。
神保町・ラーメン二郎「小豚ニンニク野菜増しマシ」

700円也

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ウマク落とせたかどうか疑問のカデンツァだけれど
次回は再びモロッコ・フェズに戻りましょう。

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2007年1月27日 (土)

ジャパーン!ナカータ!ナッカムーラ!

モロッコをバスで走っていると、どんな小さな集落のはずれにも整地されたサッカー場があるのに気がつく。そこでは数人の子供たちがボールを蹴っているし、30人くらいの子供たちがひと固まりになってボールを追いかけているスゴイ場面を見たことがある。

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日本の子供のサッカーは、ウエアーやシューズのブランドにこだわることから始まって、あくまでも塾通いの息抜きという感じに見えるけれど、モロッコの子供たちのサッカーはすでに男の誇りを賭けた戦いになっている。

カフェに入ればTVの衛生放送は欧州サッカーを放送していて、男たちが真剣な顔をして見ている。

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ドライブインのレストランでは、青年が「ジャパーン!ナッカータ!ナッカムーラ!フォト!フォト!」と写真をせがむ。

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というワケで、奇岩怪石茶色い世界と溶け合ったバスはまだまだ走り続ける。

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朝夕は5−10℃と冷え込む1月の気候も、昼は結構な暑さでこのワンちゃんもダウンした様子。人間がチョッカイ出しても「もう、どうにでもして!」という感じで動こうともしない。

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こんな写真ばっかりで、パソコンも砂を吹き出しそう。

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わずかの草を求める羊の群れと、子羊を愛おしそうに抱いた羊飼いの少年。

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メルズーカの大砂丘でアラビアのロレンスの気分を味わい、エルフードのホテルに戻りチェックアウト。バスは東へ430kmの世界遺産の古都フェズへと向かう。

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何度も何度も言うけれど、茶色の世界をバスは走り続け、フェズのホテルに着いた夕方にはボディ・アンド・ソウルまッ茶ッ茶!。元バックパッカーには相応しくないようなこんな豪華な部屋に荷物を置くと、いつもの病気で即市内探検。

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フェズは1000年以上前に作られた道が迷路のように入り組んだ旧市街が世界遺産として登録されているけれど、ホテルのある一帯はいわゆる新市街。フランス人によって整備された町並みはパリを思わせる(行ったことないけど)整然としたもの。この写真を見ただけではこれがモロッコとはとても思えない。オープンカフェに座って往来を眺めていると、オー トレビア〜ン!でもちょっと寒い。

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底冷えのする中ヤシの葉影から覗くお月様を写真に撮っていると、、、。
すれ違うプジョーからは、又しても「ナカータ!!!ヒューヒュー!!!」

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30年前のバックパッカーだったころ、日本人と見れば「クラータ(倉田保昭)」「ブルース・リー」「セイコー」が相場だったけれど、今では欧州リーグに参加する日本人サッカー選手にとって替わったらしい。

旅の日程は、今夜はこのままフェズに一泊
明朝はメディナ(旧市街)を観光した後
メクネスから首都ラバトを経由してカサブランカ一泊
早朝日本へ強制送還の飛行機に乗る
大詰めとなってきた。
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2007年1月26日 (金)

ベルベル族の男は突如ショクナイに励む

日本人にとって想像もできないような地形でも、数日間目にししていると慣れてしまって当たり前の風景に思えてくるから不思議なものだ。日本ならさしずめ一大観光地として観光バス大行列になるのだろうが、モロッコ人にとってはたぶん「ジャパニはこんなところのどこが面白いの?」ということだろう。モロッコ人の観光客なんて見かけない。

ワルザザードからエルフード へ向かう途中。
山肌の文字は
「西サハラはモロッコのものだ」
というアピールが書いてあるあらしい。
そういえば、西サハラの領有権をモリタニアと争っているのだ。
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とにかくこんな風景ばかりで頭の中は茶色に染まりそう。
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アメリカのグランドキャニオンも驚く風景がそのまま残っている。
もちろんサラ金の立て看板も自動販売機もない。
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これもワルザザードとエルフード間にあるトドラ峡谷。
海底の隆起でできたのだろう、見上げるほどの岸壁だ。
日本だったら“国立公園”などに指定して保護される景勝地だろうけれど、
ここでは、ヨーロッパ人がロッククライミングの練習をしている。
さすがにレストランでは暖房を入れてるほどの寒さだった。
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遥か中国からイランを経て続く地下水脈の跡らしい。
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ドヤッ?こんな写真の連続であなたのアタマの中も茶色になってきませんか?

さて、お次ぎは、モロッコ旅行のメーンイベントともいうべき砂漠ツアーでもっと茶色になってもらいましょうか。

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サハラ砂漠への前線基地ともいうべきワルザザードの街から、カスバ街道を東へ410kmエルフードに到着。ホテル1泊の早朝5時に4WDに分乗して大砂丘地に向かい朝日を拝もうという趣向。エルフードの街から20分くらい走ると舗装道路は途切れて、その後は轍の跡と運転手のカンだけで砂漠地帯へと向かうことになる。約1時間ほどでベルベル族のテント到着。このあたりの足下は完全に砂丘地帯で、ラクダに揺られて約20分で見晴らしの良い場所へ到着。もちろんラクダライディングはオプション(300ディラハム)で、見晴らし場までを歩いても構わない。

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ベルベル族のラクダ使いが敷いてくれたシートに座り朝日を待つ。

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ご来光に柏手を打ち「富士山じゃないんだから!」とセルフツッコミ。

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ひとくちに砂漠といっても、映画「アラビアのロレンス」に出てくるような大砂丘は、砂漠の中の20%くらい程度だそうで、だいたいは砂礫というような乾燥地帯らしい。そんな珍しい砂漠が残っているのがこのメルズーカの砂漠。唱歌「月の砂漠」そのままに大砂丘と月のコントラストが美しい。

明るくなった砂丘ではラクダ使いのベルベル族がショクナイに変身するのだった。そういえば、ラクダ使いは皆、肩から不似合いな合成皮革のバッグを下げてると思ったら、その中にはローズ・ド・サハラやアンモナイト、三葉虫の化石が入っていたのだ。

「マドモアゼル&ムッシュ!」。あなたがたはラッキーだ!。このアンモナイトは、ジャパニに見せても良いと今日初めて村の長老から許可が出たものだ。もしあなたにその気があるのなら、、、トモダチとして、、、売ることもヤブサカではないが、、、。日本に行けば博物館入り間違いなしの逸品で、、、。エッ?ノー?。

それじゃ、この「サバクのバ〜ラ」は、これほどの大きなものは世に2つとありません・・・・ノ〜タカイ!マダ〜ム!コンビアン?ノ〜タカイ!!! OKハウマッチ?

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買いそうな客は顔を見れば分かるんだろう。ベルベル族は私なんかに見向きもしない。「Made in Chinaのステッカー貼ってある“サバクのバラ”じゃないか?」とニヤニヤしながら、誇り高き砂漠の民ベルベル族と好奇心旺盛なジャパン・マダムのセッションを眺めていた私でした。

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ツアーとしてはこの後、ベルベル族のテントを訪れてお茶をご馳走になるというコースもあるらしいけれど、私たちは再び4WDに分乗してエルフードのホテルへ向かったのでした。

あぁ、上温湯隆さんはあんな景色の中を、猜疑心の固まりのような目をしたラクダと一緒に旅して、そして、最後には砂と溶け合ってしまったんだなぁ。私のポケットには、さっきお土産代わりにユニクロの袋に詰めたサハラ砂漠の砂がミョーに重さを感じさせるのです。

もしかすると、
この砂を持ち帰るためにモロッコまで来たのかな。
4WDに揺られながらそんなことを考えていたのです。
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2007年1月25日 (木)

ワルザザードの夜は更ける

「ピレネーを越えるとアフリカだ」という言葉があるけれど、ピレネー山脈を越え、地中海を越え、アフリカ大陸に辿り着いても、まだまだ越えなければならないのは、アトラス山脈の万年雪と行く手を塞ぐサハラ砂漠の乾燥地帯。ここでやっとブラックアフリカへと辿り着くことになるのだ。

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午前中マラケシュ市街を少し観光して、バスはいよいよアトラス山脈を越えて、サハラ砂漠の入り口ワルザザードへと向かう。

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日本なら、頑丈なガードレール張り巡らされて、「警笛鳴らせ」「徐行しろ」「対向車注意」の標識満艦飾になるだろう険しい山道に信号標識などいっさいなく、自己責任で勝手にしろというところか。これで脱輪でもしようものなら、我モロッコに死す!と、運転手の運に我が身を預けるしかありません。バスのガラス窓を経て入り込む日差しは強く、ツラの皮突っ張ったようで日焼けしたみたい。道路のすぐ傍まで万年雪迫り、谷底の川は豊かに水をたたえ流れは急だ。アトラスのこれだけの水源をもってしてもサハラは乾き続けるんだなぁ。

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現在のサハラ砂漠がまだ海底だった何万年前か?何億年前か?。地殻変動によって完成した風景は、およそ箱庭のようなチマチマした景色しか知らない日本人にとって驚異のひとこと。

モロッコは世界各国からの映画撮影隊の為にスタジオまで作って便宜を図っているのだといいます。

ガイドブックを読むと、ハリウッド製の「カサブランカ」「モロッコ」は別として、「アラビアのロレンス」「ナイルの宝石」などなど、モロッコでロケが行われた名作がリストアップされています。確かに、電柱もココカコーラの立て看板もない、手つかずの自然そのままの荒涼とした土地に、テンガロンハットの男を立たせれば西部劇になるし、SF映画にもなってしまうのだ。

世界文化遺産のアイト・ベン・ハッドウ(要塞化された村)
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そんなこんなで、クルマすれ違うたびにヒヤヒヤしながらも、アトラスの雪解け水に流されることもなく、あぁ、かつて「サハラ砂漠への入り口の街」として何度か耳にしたことのある憧れのワルザザードに遂に足を踏み入れることができた。

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こんな立派なスーパーマーケット(現地風にいえば“スーパーマルシェ”)もあって、電気製品やら日用品は何でも手に入る。砂漠の寂れた街との勝手なイメージに反して整備された街に拍子抜け。それも仕方ないか、ワルザザードの名前を初めて聞いたのは30年も前のことだもの。

人通りの少ないメーンストリートを歩いていくと、アレッ?これはインターネットカフェかな?店内に入り見回すと6台のウインドウズマシーン。「いくら?」と訊けば「1時間4ディラハム(約50円)」の返事。

席に座り、隣のパソコンに目をやると象のセックスシーンを真剣な顔で見てるヤツがいやがる。

サハラの入り口で我が「空気人的身辺雑記」を見るのも一興とURLを打ち込もうとしても、キーボードがフランス式らしくアルファベットを探すのに一苦労。おまけに「@」の場所がわからない。店の青年に「@マークはどこだ?」と訊いても通じない。モロッコでは「アットマーク」と言わずに「アルバスク」とか言うらしい。それも2つのキーボードを押すことでやっと「@」が表示されたのだ。

我がブログを見ていると「@」を教えてくれた青年が興味深そうに寄ってきたので「これはオレが作ってるブログだよ!」と言えば「オマエはプログラマーなのか?」と尊敬の眼差し。

「AIREGINを逆に読むとNIGERIAだろ?このサハラを越えるとナイジェリアになるじゃね〜か」。そのどこが面白いの?というような青年の表情。どうやら「ブログ」とか「ウェブログ」という考え方はないらしい。

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それでも好奇心旺盛の青年で勝手にスクロールしながら、日本語は右から左へ読むのか?とか、待乳山聖天の写真に興味を持ったようで仏教のことを訊いてきたりの回教仏教の友好親善を計ったりしたワケよ。

サイモン&ガーファンクルのCDを見て「これは何だ?」というから、サイモン&ガーファンクルを知らないか?と「♪明日に架ける橋」の一節歌ってあげても通じない。そこでYouTubeへジャンプして「♪BOXER」を聞かせると、納得したような顔してたけれど、ヤツはきっと分かってないな。

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この青年は学校の先生をしているそうで、インターネットカフェ(モロッコではサイバー・ブティックと呼ぶようだ)は二人の弟がやっているのだといいます。

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エッ?!
あんたがた3人は兄弟なの?!
顔が全然似てないジャン!!!

口に出したあと「マズイこと言ってしまったかな?」と一瞬思ったけれど、皆大笑いでまずは安心。

「日本にもこんなサイバー・ブティックがあるのか?」

「もちろんあるよ」

「日本では1時間いくらだ?」

「そうだな〜・・・1時間4ドルだよ」

「エッ?4ドル?!1時間? ここだったら10時間使えるよ!」

「たしかにそうだ」

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思いがけずも辺境の地で
我が「空気人的身辺雑記」を中心にコミュニケーション成立し
愉快な気分で外に出れば
道には人もクルマもなく手が届きそうな星たち
足下から冷気が立ち上るのを感じながら深呼吸すれば
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OH!砂漠の味がする
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かくしてワルザザードの夜も更ける。
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2007年1月24日 (水)

マラケシュはアッというまに燃え上がる

モロッコを色で表すと茶・青・白の三色になる。

茶は建物と乾いた大地の色。

青はもちろんどこまでも続く空の色。

白は、、、行くてを塞ぐアトラス山脈の雪。

モロッコの観光は、カサブランカを出発点として時計回りに周遊してカサブランカに戻るルートと、カサブランカから反時計回りに周遊してカサブランカに戻る2通りのルートがある。どのルートも立寄先はだいたい同じで、私が参加したツアーはカサブランカに一泊した早朝にバスでマラケシュへと一挙に駆け抜ける反時計回りルート。

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道路状況は意外にも整備されていて快適なドライブ。同じバスで全行程を周遊することになるのだが、後進国・・・こういうとどこかからクレームがくるかもしれないから、発展途上国と言い直すけれど、、、。クルマの能力の差がハッキリわかっているのに、追い抜こうとするクルマに道を絶対に譲ろうとせず、対向車が迫ってきてドキッとすることがしょっちゅうあります。そんな運ちゃんのチキンレースにつきあって命を落としたくない一旅行者としては罵倒するしかないけれど、モロッコではこんなことでヒヤリとすることがなかったのに感心。こんなところにも国民の民度の高さが表れているのです。

カサブランカ→マラケシュ250kmを5時間で走破。
マラケシュはフェズに次ぐ2番目に古い街だといいます。観光客を引きつけるのはメディナと呼ばれる旧市街と、かつては公開処刑場だったというジャマ・エル・フナ広場で夜毎繰り広げられる大道芸人の大セッション。

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迷路のように小路が張り巡らされた旧市街をガイド付きで散策するうち、人の影が長くなり、やがてシシカバブの煙立ち上り薄暗くなっていきます。

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人混みの中をスリとカッパライがカモを狙っているのは万国共通。貴重品はフトコロの奥深くに仕舞い込んで目ん玉ランランと輝かせて徘徊すれば、ヘビ使いのオヤジはまだまだやる気なし。そんなオヤジの気配察したヘビだってトグロ巻いたまんまノンビリしたもの。

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ワケの分からぬガラク並べて所在なげにアクビするオヤジの隣でタロット占いの老婆妖しく笑いかけ、入れ墨師の女は色見本を示して「カモン!カモン!ジャパ二」。私も負けずに「サバ!サバ!ミソニ!シメサバ!」と何十年変わらぬギャグカマシてスリぬける。

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オメー遅いんじゃね〜か?良い場所取られちゃったじゃね〜か!そう言ってるのかどうか?時間にルーズなのはバンドマンの常。大目に見ようじゃありませんか。

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既にノリノリ二人組は楽器弾きながらの掛け合い漫才風。何が面白いのか周囲の客ドッと笑い声。金歯が夕日を受けて状に光る。軽業師のガキは逆立ちしながらミエを切れば集金係走り回る。定番コンテンツのガマの油売り口上がなり立てながら自らの腕に切り傷を作る。ヘソ踊りの女はマネー!マネー!と観光客追い回し、水売りのオヤジもフォト!フォト!と金メッキのコップを鳴らし誘うけれど、紅毛碧眼慣れたものでシカト決め込む。

暗くなっていくごとに、どこから湧いてきたかと思えるほどの男女爺婆ガキ猫犬。シシカバブの煙と匂い広場を包めば祭りは絶好調。

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暗くなった広場を仕切るのは火の輪くぐりと火吹き男の一団。彼らこそ、この広場のスターだ。ボー!ボー!!!火の玉ふくれるたびに客の列は下がり又もどる。黄色の炎のメラメラはお客の顔を鏡にして映し出す。

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夜毎繰り広げられる盆と正月結婚式セッション。過去にどんな文化の往来あったのか?万国共通の大道芸をゲップがでるほど楽しんで、ふと、見上げる空に誰が歌うのか子守唄ならぬコーランの響き。

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アッ サ ラ マ レ コ ン

ア レ コ ン サ ラ ー ム

ア ッ ラ ー ア ク バ ル

かくして、マラケシュの夜は更ける。

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2007年1月22日 (月)

カサブランカは哀愁だった

日出ずる国ジパングから、日沈む国はモロッコのカサブランカへ、夕日を追いかけるフライトはいつまでたっても夜が明けません。

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昼12時に羽田を飛び立ち、関空でカタール航空に乗り換え13時間ほどの飛行でカタール・ドバイ到着。カタールなんて、古くは「ドーハの悲劇→中山ゴン崩れ落ち事件」、最近では「ドーハ・アジア大会開会式→皇太子聖火馬グラッ!事件」程度の印象しかなかったけれど、初体験の航空会社のサービスには満足。なぜか全乗客40人程度のガラ空きで、これじゃ燃料代にもならんだろうと気の毒な顔をしつつも、4人がけ座席を一人で占領してのファーストクラス並みのスペースを享受。さすが産油国の航空会社は太っ腹。

サービスに満足しつつも、羽田→関空→カタール→カサブランカのフライトは、夜食なのか昼飯なのか?本睡眠なのか昼寝なのか?何がなんだかワケがわからないままバイオリズムガタガタに狂わされてのカサブランカ到着は霧のかかった朝6時過ぎ。

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結局東京→カサブランカは30時間ほど要したことになります。

「なぜモロッコ?」
などと訊かれても自分でも明快な理由などあるわけもなく、言えるのは、1974年にモロッコを旅したことがあったことと、『遠い太鼓/村上春樹』の中の、「映画“シェルタリング・スカイ”を観たらモロッコに行きたくなった」という一節がミョーに引っかかって、それ以来「オレもモロッコ行きたい!」と執着していたもの。 

30数年前の気ままなバックパッカー時代とは異なり、今はどのように休暇を取るかということも気にしなければならない会社員の身。正月のパックツアーに目標定めパンフレットなどチェックすると、現代ではモロッコなど“秘境”でもナンでもチャパティでもないようで、全日程9~10日のポピュラーなツアーコースらしい(事実、旅の途中で日本人6グループとスレ違ったくらい)。

カサブランカへはパリ経由で入るのが一般的だと思っていたら、それだとフライト時間が短い分料金も高めの設定で、なおかつ年末の出発だとかなり高くなってしまう。そこで選んだのが、年明け出発の南回りという一番安いコースで、これくらいの有給休暇なら、まぁ、周囲に言い訳もたつだろうし、予算的にもグッドと一人でナットク。

こんな経過があって14人のグループの一員としてカタール航空の客となったワケだ。

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“モロッコといえばカサブランカ”“カサブランカといえばモロッコ”というようにカサブランカの響きは旅ゴコロをかき立てるには十分なモノがあり、その源泉をたどると、やはり映画『カサブランカ』に行き当たります。

ナチスの迫害から逃れ、アメリカ亡命を求める人々が中継点としたという、映画の中のカサブランカは史実なのか知らないけれど、現代のカサブランカに、“イルザとリックの恋物語”の残像を求めるにはムリがあるみたい。首都ラバトが政治の中心なら、カサブランカは商業の街として大都会へと発展し、旅行者にとってはモロッコ各地へ向かう基点の役目でしかありません。

そんなカサブランカのランドマークとなっているのが、大西洋岸に建つ、全敷地に8万人は収容可能というハッサンⅡ世モスクの偉容。

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モロッコのモスクはアラブ圏のドーム型モスクと異なりミナレット(塔)形式らしく、このモスクも高さ200メートルのミナレットを持っています。ミナレットから流れるコーランの朗誦がカサブランカの街を包むとき、異邦人にとっては「あぁ、回教圏に来たなぁ」ということを実感させてくれるのです。

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国の威信を賭けて建立された豪華なモスクの中で、計算され尽くした「光と影のコントラスト」を楽しんでいると、こんな子供たちを発見。

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この子供たちの、こんな穏やかな顔を見てると「モロッコは平和だよ〜」と思えてくるのです。

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モスクの裏側は大西洋で、このように乗馬を楽しむグループもいます。夏のシーズンにはヨーロッパのサーファーが多数訪れる有名ポイントにもなってるらしい。コーランとサーフィン、、、、良いですね〜。

テなこと言いながら、ドサクサにまぎれてナンパを仕掛けたりして、、、。

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このハッサンⅡ世モスクの道路を挟んだ山側の一帯はカサブランカのお金持ちの居留区としても発展してきたようで、ちょっと中に入ると、これはもう、、、よく手入れされた庭を持つ典型的な屋敷街。それぞれに巨大な衛星アンテナが天を仰ぐ邸宅の門番の表情もユッタリしたものです。

再び言います。短期旅行者の身勝手な印象だけれど、モロッコは平和です。
今回はグループツアーの団体行動だったけれど、老いたりといえども生涯バックパッカーのつもりだから、単独行動で夜遅くあるいは朝早くメディナ(旧市街)のアッチコッチをフラついたけれど危険なメに遭うこともなく“エキゾチックMOROCCO”を楽しむことができたのです。

およそ過激さばかりが喧伝される回教だけど、モロッコからは王制からくる余裕が感じられます。そんな安全度の高さが日本人旅行者を呼ぶ原因なのかもしれません。

 

ところで、
以前、
“エンディングテーマの女王”中島みゆきさまが歌う
『♪永遠の嘘をついてくれ』
を紹介したけれど、
私にとって、
“永遠の嘘”をついてほしかったのは、、、。

映画『カサブランカ』は
ハリウッドのスタジオなんかじゃなくって
あくまでもカサブランカで撮影したものだということ。
その方が夢があるじゃないですか
いつまでも種明かしして、、、欲しくなかったなぁ、、、。


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その
RIC'S CAFE AMERICAN

最近までHYATT REGENCY HOTELの一階に存在していたそうな。
しかし、ここしばらく休業中で
このまま閉店になるのではないか、、、、。
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現地ツアーガイドは別に面白くもなさそうな表情でのたまうのでした。
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残念だなぁ、
リックになりきって
トレンチコートと
止めてたタバコまで準備していったのに!
そして、誰かが
♪As Time Goes By
をリクエストしたら
「サム!その曲は弾くなと言っただろ!」
とキメルつもりだったのヨッ!!!!
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2007年1月21日 (日)

翼よ、、、あれがカサブランカの灯だ

カサブランカへ行ってきた。

とりあえずこんな動画をご覧になってください。

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「casablanca5.mov」をダウンロード

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2007年1月20日 (土)

神話の力Vol.6

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神話の力 Vol.6
永遠の仮面 Masks of Eternity
(NHKTVより)
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「sinwa_6.mov」をダウンロード
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2007年1月19日 (金)

神話の力Vol.5

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神話の力 Vol.5
愛の女神 Love & Goddess
(NHKTVより)
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2007年1月18日 (木)

神話の力Vol.4

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神話の力 Vol.4
Sacrifice and Bliss(死と再生) 英語オリジナル
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Words of Chief Seattle
1852
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ワシントンの大統領が
我々の土地を買いたいと言ってきた
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しかし
土地を売り買いするなどということができるだろうか
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我々にとって 大地は隅々まで神聖なものだ
砂浜も 草地も 森を包む霧も
松葉の一本一本も 聖なるものなのだ
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我々は大地の一部であり
大地は我々の一部だ
花々は我々の姉妹で
熊や鹿や鷲は我々の兄弟だ
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湖の澄んだ水に映る影は
我々の思い出を語る
.
せせらぎの音は 祖父の声であり
川は我々の兄弟だ
.
川はカヌーを運び
子どもたちに食べものを与えてくれる
.
大気は尊いものであり
あらゆる生き物と魂を共有している
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我々の祖父に最初に与えた風は
また 彼の最後の息を受け取る
.
大地が人に属するのではない
人が大地に属するのだ
.
あらゆるものはつながりあっている
.
命の綱を編んだのは人間でなく
人間は その中の一本の縄にすぎない
.
もし
バッファローが皆殺しにされてしまったらどうなるだろう
森の奥の奥まで人間の匂いがあふれ 
緑ゆたかな丘の景色が電線で損なわれたら どうなるだろう
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それは生きることの終わりだ
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我々インディアンが 原野とともに消えてしまったとき
この岸辺や森は まだここにあるだろうか
私の一族の魂が少しでもここに残っているだろうか
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我々はこの土地を愛している
赤子が 母の胸の鼓動を愛するように
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もしも
我々があなたがたに土地を売るようなことになっても
我々と同じように それを愛し慈しんでほしい
子どもたちのために土地を守り愛してほしい
神が我々すべてを愛するように
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神はただ一つであり
インディアンであれ 白人であれ
我々はすべて兄弟なのだ
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2007年1月17日 (水)

神話の力Vol.3

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神話の力 Vol.3 
intro
古代の語り部 Message of Myth
(NHKTVより)
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「shinwa.vol.3.wmv」をダウンロード
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「sinwa_3.mov」をダウンロード
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2007年1月16日 (火)

神話の力Vol.2

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神話の力 Vol.2 
intro
神と人間 First Storytallers
(NHKTVより
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「shinwa.vol.2.wmv」をダウンロード
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「sinwa_2.mov」をダウンロード
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2007年1月15日 (月)

神話の力Vol.1

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神話の力 Vol.1 
intro
英雄伝説 Hero's Adventure
(NHKTVより)
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「shinwa.vol.1.wmv」をダウンロード
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「sinwa_1.mov」をダウンロード
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2007年1月14日 (日)

「神話の力」前説

旅行から戻ってきて、今年最初の更新になります。

帰国後にアップするつもりで年末に作っておいた動画がありますのでご覧下さい。

「神話の力/ジョーゼフ・キャンベル&ビル・モイヤーズ/早川書房」と、その本の元となったNHKテレビの番組については他のサイトで何回か紹介いたしました。ムカシからのつながりでここまでつきあってくれてる人には「あぁ、またあのハナシか〜」と、知ってる人は知ってるネタで、知らなくっても、それはそれで大いにケッコー。もし興味があれば『神話の力』をキーワードに、検索サイトで探し出してくれと突き放しておいて、、、、。

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神話の力
The Power of Myth
ジョーゼフ・キャンベル+ビル・モイヤーズ
Joseph Campbell&Bill Moyers
早川書房(1992年初版)
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世界のあらゆる民族は独自の神話体系を持っている。
それは、現代に生きるわれわれに何を語ろうとしているのか?
こうした疑問に答えるべく、神話学の世界的権威キャンベルが、
古代から現代にいたるさまざまな事柄を取上げ、
神話と人間のかかわりを探っていく。
世界各地の、一見無関係に見える神話・伝説の中に、
共通の要素が数多く見られるのはなぜか?
1ドル紙幣のデザインには、
なぜ秘密結社フリーメーソンのシンボルが用いられているのか?
ジョン・レノンの死が、社会全体を揺るがすほどの衝撃をもたらした理由は?
Sikiri_55
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というワケで、
約10年前NHK放送の『神話の力』60分番組
全6回シリーズのイントロ部分(数分間)
だけをピックアップして編集したものをアップしていきます。
以前NHKに問い合わせたところ、
この番組自体がアーカイブスとしても保存されていないという返事で、
貴重な記録と自負しているものです。
今年度の最初の企画として
6回連続でアップしていきますので楽しんでくれたら幸いです。
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