下地勇のATARAKA(アタラカ)
下地勇の新しいCDが出ていたのでアルバムとシングルを買ってきた。
私が下地勇の名前を知ったのは2002年。沖縄市(旧コザ市)で開催される『トラ・トラ・トラ2002』という催しに出演する中山ラビを追いかけて沖縄に行ったときのこと。
那覇の国際通りをブラブラしていると、中古レコード屋の看板を見つけ、レコード屋と本屋を見れば入らないと気が済まないという病気持ちだから(特に旅先では)、全国共通カビ臭い店内でチェックしていました。さっきから何か気持ちよい音楽が流れていて、その気持ちよさは東南アジア系と思われる言葉の柔らかさからきてるようです。目は手元の中古レコードのジャケットに、耳は流れている音楽に向けていると、歌詞の中にときどき日本語の単語が聞き取れます。「どこの国の歌手だろう?」と気にしていると、曲はさだまさしの『関白宣言』が国籍不明の言葉で歌われだしたのです。
そこで、ついに辛抱たまらず、誰が歌ってるのか?と店の人間に訊くと、返ってきたのが下地勇という名前だったのです。東南アジア系だと思った言葉は宮古島の言葉で、下地勇はポップスを宮古方言で歌っているというワケです。“冗談音楽”にしては上手にできているし、沖縄土産にちょうど良いと買ったのが下地勇とのファーストタッチだったのです。
“冗談音楽”と思ったCDだったけれど、聴けば聴くほど味が出てきて、身体全体を優しく包みこんでくれる音楽で、通勤時はCDウォークマンにセットして毎日聴いていた時期もありました。沖縄出身といっても、琉球音階を離れて、あくまでも西洋風ポップスにこだわった歌で、やはり、宮古言葉の柔らかさと腕達者なバックミュージシャン、それに、レゲー、フォルクローレ、シャンソンなどなど、エゲツないほどパクリまくった曲調がとても聴きやすかったこともあります。
そんなこんなで、そのファーストアルバム『天』というアルバム一発でファンになって、関東でのライブがあると聴きに行き、新人とは思えないパフォーマンスに圧倒されて、「宮古のプレスリー」と名づけては面白がっていたのです。
あとで聞いたところでは、父親の誕生日に、E・クラプトンの『サンフランシスコ・ベイ・ブルース』に、宮古言葉の歌詞をつけた弾き語りカセットテープをプレゼントしたら、そのテープが密かに出回って評判を呼んだとのこと。だから、その『天』を発表した当時は、沖縄のサーフィン用具を扱う店のサラリーマンだったそうで、ライブがあるたびに有給休暇とっては音楽活動という二股生活だとのこと。(現在は音楽活動1本でやってるんだろうか)
新しいタイプの沖縄出身ミューシャンの出現に、そのうち大ブレークするぞッと、新譜が出るたびに買っては応援しているけれど、一般への浸透度はまだまだのようで、一部の沖縄ファンの間でとどまっているのは残念。彼のような人がもっと注目集めても良いのにと思っているのです。
それで、今回のニューアルバムだけれど。
やはり、明るく楽しく健やかに!難しいことはよう言わん!日本語離れしたミヤコフツ(宮古言葉)の世界に遊びました。
そして、下地勇の実際のライブはこのCDの何倍も楽しく、ライブ情報見かけたらぜひお出かけください。きっと、明日へのエネルギーを注入された思いがすることを請け合うことを言っときましょう。
そんな下地勇のライブ動画がありますから、“文化の日記念”にアップしておきましょう。関東在住の宮古島出身者のお祭り『アララガマフェスタ・2004』に出演したときのもので、ファーストアルバム『天』から『♪捨てぃうかでぃな』という曲です。
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