from えあじん
《from えあじん》
コメント多謝。たいへん光栄です。
たしかに、森山良子さんはあなたのいうように“国民的歌手”になりました。ワシにいわせると「大運天中殺から抜け出した」ように一挙に花開いてしまった感じです。おまけに息子までも。
40年くらい前ですかね~。森山良子さんが「和製ジョーン・バエズ」としてデビューしたころ、そのバエズと初共演したときのステージをワシは見てます。新宿厚生年金会館だったと思います。黒色のコットンパンツはいて、ギターが身体より大きく見えました。デビュー曲の「この広い野原・・・」を歌ったのかどうか覚えていませんが、レコード会社のプロモーションで「和製ジョーン・バエズ」にさせられ、挙句の果てにバエズと共演させられることには違和感あったんじゃないでしょうか。
そんなプレッシャーを背負わされたデビューから、イロイロありましたが、現在にいたるまで、こうして確かな存在感のある歌手でこれたのは、やはり歌に対する真摯な姿勢と、それと、育ちの良さがあったんではないかとワシは見ています。
その森山良子さんとあなたが同級生だったとは初耳でした。
ブロードサイド・フォーですが、たまに「懐かしのフォークソング」というような番組で顔をみることがありますが、やはり老けましたネ~。彼らも還暦すぎてるワケですから。彼らの若いときのステージも何回となく見て、その後、何十年か芸能活動を止めていて、急に「ナツメロフォーク」で対面するワケですから、その落差は大きいものがあります。
自分のことはさておいて、、、、、、。
さて、
あなたは興味ないかもしれませんが亀田親子がタイヘンです。
亀田父醜態
亀田親子窮地 TBS逃げる
次男の試合後に観客のヤジにイカッたパパが観客席に突進しそうになり、周囲に制止させられたということのようです。TBSのことですから、ヤジグループ自体が“仕込み”じゃないか?というような意見もあるみたいですが、パパもすっかりヒールになってしまいました。
新聞スタンドのポスターからは、他局の騒動にツッコミいれて引っ掻き回し、ハナシを大きくしようというタクラミも感じられます。まぁ、どうでもいいけんどよ~。
そんな新聞の見出しチラリチラリと眺めながら「♪きょうの仕事はツラかった~」などと岡林になりきって帰宅。
成城駅の駅ビルですが、
明日オープンかと思っていたら、
本日、プレ・オープンというんですか、オープンしていました。
ずいぶんオシャレなお店で、ワシなんかには敷居が高い店ばっかり。以前の小田急OXも、かつての「どこにでもあるスーパー」から「ちょっと“鼻の高い”スーパー」に変身して、作業服姿では入りにくい店になってしまいました。
ワシに関係あるとすれば、山野楽器と三省堂書店くらいなもんです。
こんな駅ビル(そうそう、名前は成城コルティといいます)の誕生で、名門“成城石井”も明日から店内大改造だそうで、在庫一掃バーゲンやっていました。成城大戦争が始まりそう。
まぁ、どうでもいいけんどよ~。
このように、かつて、あなたが、ホームの柱に隠れるようにダレかさんを見送ったかもしれない成城駅も、全くあたらしい駅に生まれ変わり、昔の面影などどこにもありません。黒澤明監督、三船敏郎さん、石原裕次郎さんも草葉の陰からあきれてるんじゃないですか。
というわけで、懐かしの画像をプレゼントいたしましょう。
コレクションひっくりかえしたら2枚ありました。
あなたの“成城グラフィティ”をたのしみにしております。
ワシのような百姓育ちとちがって、
さぞかし華やかな「マイ・バック・ページ」になるだろうと興味深々です。
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コメント
わーーーーーっ!みんな、若い・・・ということは当時のワタクシも若かったんですね。
高校時代の彼らは、まだ「キミの行く道は~♪」でメジャーになる前で、文化祭ではおもにカントリーを歌っていました。アンコールは「グンナイ、アイリーン」で、今でもあの曲を耳にすると、日々ときめいていた10代を思い出します。
良子さんはシャイで、舞台のカーテンのかげに半分かくれるようにして、ギターを弾いてました。歌をやっているので、英語の発音は抜群でしたが、漢文など苦手で、「アナタの指輪、貸して。テストができるおまじない」などと、古文・漢文の試験の前にいわれたものです。
成城グラフティ・・・まず、当時の流行歌から調べないと。えあじんさんの助けをお借りするかもです。その時はなにぶん宜しくお願いします。
投稿: さとうまきこ | 2006年9月29日 (金) 午前 04時51分