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2006年8月30日 (水)

横浜・吉村家のラーメンを喰う

横浜に行ったからには中華街でメシを喰おうか?と言いたいところだけれど、夏休みの中華街はどうせ大晦日のアメ横並みだろうとアキラメて、横浜駅西口の超有名ラーメン屋『吉村家』へ。12時近くにいくと店内は満席で外には30人ほどの人が列を作っている。私も最後尾につけ客の行動パターンを見てると、店内で食券を買ってから外で並ぶというのがだいたいのルールらしいことがわかり、私もその例にならう。30人の行列でも回転は速く20分ほどで店内へ。

店内はカウンターのスタンド椅子が主体で30人ちょっとの客席。30席のうち、食べ終わった15人を退席させて次の15人を入れるという方式で、あらかじめオーダーをとっておいた15人分の麺をまとめて茹で、盛り付けるから回転も速いとみた。

ということで、当日食したのが
チャーシュー麺+野菜で
700円+40円=740円也
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ラーメン業界立志伝中の社長は今日は不在らしい。

私がこの店のことを知ったのは10年くらい前のテレビのラーメン特集でのこと。

ラーメン長者に成り上がった吉村社長の七転び八起き人生をひとしきり見せられたあと、社長の味にかける探究心と取引業者との信頼関係が盛業の秘密だとかで、年初めの吉村家の儀式に潜入と、社長と業者の顔合わせのシーン。

今年度の売り上げ目標を申告する卑屈顔の業者に、「ほなら、コレぐらいやな!」と横柄な態度の社長はレンガ状の札束を無造作にほうり投げるのだ。つまり、仕入れ代金1年分を現金前払いすることで、業者は安心して取り引きができるし、店もコストを下げられるということを言いたいらしい。

これほどの繁盛店だから将来の独立を夢見て修行したいという若者ひきもきらず。

その中に東大卒でラーメン屋を目指すという30半ばの青年がいて、番組にとっては格好のネタ。「体力的にも厳しい商売だから奥さんも一緒に働け!」という社長の一言で、東大卒と結婚して、まさかこんな仕事をするハメになるとは、、、、というトホホ顔の奥さんはけなげにも洗い場の下働き。東大卒亭主は客の面前で「アホだ!マヌケだ!」と連日社長に怒鳴られっぱなし。

見かねた客が「ウルさくって喰った気がしね~じゃね~か!そんなことは客の見えないところでやってくれ!!!」と社長に真っ当な苦情を言えば、この社長。「テメ~!オレ様に何を言いやがる!!!!」という表情で、

「イヤなら金はイラネーから出ていってくれ!

コイツはだな~!東大出てるんだ!!

れで、

この歳でラーメン屋になりたいってんでここで修行しているんだ!!!

オレはコイツを一人前に仕上げなきゃならね~んだッ!!!

オマエたち(お客)の中で東大出てるヤツはいるか?!エッ!!!」

(あいまいな笑顔をみせる東大卒のアップ、、、、、と、、、、、、)

番組のナガレからいえばここが最大のヤマ場ですよオキャクサン

そして、どうにかこうにかモノになりそうなまでに仕込まれた東大卒夫婦と、もう1組の修行中夫婦に共同経営で1軒の店を持たせようという社長の試み。(2組の共同経営のラーメン屋なんてうまく行くわけナイダロ!というのが私のツッコミ)

2組夫婦のための物件探しに奔走する社長→開店準備を手伝う社長→開店後は2組夫婦のことが心配で密かに様子を見に行く社長。

てなもんで、

この社長は厳しいときはメチャクチャ厳しいけれど、

ホントは人一倍人情味に溢れたお方だよ。

だからラーメン屋で大成功を収めたんだよ

という余韻を残してエンディングテーマが流れて、「次週は、、、、」というありきたりの終わり方。そうそう、「たかがラーメン、、、されどラーメン、、、」という常套句も使われていましたね~。

10何年前のテレビ番組を今でもこんなふうに覚えているヤツがここにいるほどですから番組としては良くできていたと思います。まぁ、テレビのヤラセドキュメンタリーみたいなもんだからハナシ半分でちょうど良いくらいだろうけれど、主役の社長の個性は私に強烈に印象付けられていたのです。もちろんイヤなヤツとして。

その番組を見た後、ラーメン成金のご尊顔を一度拝みたいものだと、横浜に仕事で行った折寄ってみたけれど、定休日でご引見賜らずだったから、10年後の今回が『吉村家』初体験。

『吉村家』を経験して、『○×家』というような『家』のつく店名のラーメン屋を開業する者も多く、そんなラーメン屋はファンの間では「家系(いえけい)」と尊称されるほどのステータスを築いているらしい。それほどこの『吉村家』が細胞分裂しラーメン業界にはびこっているということ。もっとも、『家系』と呼ばれるラーメン屋のすべてが、社長公認の円満独立ノレンわけということでもなそうで、なかなか複雑な麺模様がありそう。

さて、そのご本家初体験の味は、、、、

評判ほどのモノじゃありませんでしたね。

この程度の味だったらザラにあります。

もっとも、この店が初代の味で、他店がこの味を盗んだという言い方もあるけどね。

まぁ、行列が行列を呼び、思いがけない膨らみを産んだという感じ。

それでも、一度は経験するのも悪くはありません、ハナシのタネに。

そんなごく普通のラーメンだったけれど、食べ終わって外に出れば、店前の行列はやはり3-40人できあがっていて、道路の向こうでは一人の若者がジ~ッとこっちの店の様子を観察しています。なるほどなるほど、右手にはカウンターマシン握っているところを見ると、これからラーメン屋を開業しようという目的でリサーチしてるんだな。顔を見れば、、、、偏見かもしれないけれど、いかにもラーメン屋向きの顔。

次のラーメン成金を狙ってるというワケだな。

ガンバレヨッ!!!

それから、言っておくけれど、

客の前で従業員を罵倒する店なんか信用するなというラーメンファンが

ここに1匹いることを知っててくれよ。

これが、横浜西口の超有名ラーメン店『吉村家』真夏の初体験でした。

ところで、

あの東大卒青年は今でも元気でラーメン屋やってるんだろうか。

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2006年8月27日 (日)

横浜でこんなCDを買ったのだ

今日も“横浜シリーズ”の続きになってしまうけれど・・・・。

インドカレー屋のポップな看板の中に団丸団発見してニヤリとした横浜馬車道。

その向かい側にあったのが中古レコード・CD屋のディスクユニオン。

古本屋とか中古レコード屋をみかけると、中に入ってかび臭い匂いを嗅がないと落ち着かないという病気持ちの私だからチェックを入れましたよ。まぁ、どこにもあるディスクユニオンの品揃えで、特に目ぼしい掘り出し物もなかったけれど、ジャズのバーゲンコーナーで見つけて買ったCDがコレ。

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BLUE NOTE AT THE HIBIKI
ジャズ喫茶は不滅です。
神田神保町「響」大木俊之助のブルーノート
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以前神田神保町の交差点近くに「響」というジャズ喫茶があって、そこのマスターが思い入れの強いブルーノート レーベルから12人のジャズジャイアンツの12曲を選曲したコンピレーションアルバムがこのCD。

デクスター・ゴードン、バド・パウエル、デューク・ピアソン、ジミー・スミス、マッコイ・タイナー、ソニー・ロリンズ、リー・モーガン、ルー、ドナルドソン、ジャッキー・マクリーン、ホレス・シルバー、アート・ブレイキー、アイク・ケベック。

これらの50・60年代のジャズグレートの名盤から、ダレでも知っている超有名曲を外し、ちょっとヒネリを効かせた選曲はいかにもジャズ喫茶の店主らしい。また、店主自身によるライナー・ノーツは、ジャズへ、あるいはジャズファンへの愛情が溢れていてほのぼのとさせてくれます。このCDは1990年(平成2年)に発売されたことになっているから、その時には『響』も健在だったことになります。でも、この『響』も、いつ閉店したのか知りませんが現在はありません。何百円かのコーヒー一杯で2時間3時間居座る儲けの薄い客を相手に、よくもまぁ、これほどのレコードコレクションを充実させられるものだと感心する膨大なレコード量でしたが、やはり経営的には厳しいものがあったんでしょう。

私自身純然たる昔ながらのジャズ喫茶には20年くらい行ったことがないけれど、ジャズ喫茶という商売もどんどん消えてしまって、今でも残っているのはほんの数軒らしいというハナシ。ワシントン条約で保護されるとか、世界文化遺産に登録されるというような冗談が出そうな日本特有の商形態であったことは確かです。今さらながら、こういうジャズ喫茶の経営者が日本のジャズシーンの一角を支えていたんだなぁと実感したのが、神保町『響』のマスター選曲のCDを聴き、解説を読んでの感想です。

ふと、思ったんだけれど、昔のほとんどのジャズ喫茶はA面、B面の単位でレコードを交換していたわけだけれど、その後のレコードからCDへという変遷の中で、現在のジャズ喫茶はどんなルールで曲をかけてるんだろうか。CD1枚70分ほどの単位で盤を交換してるんだろうか?

そんなことが気になって、20年ぶりにジャズ喫茶探訪にでかけようかと思ったけれど、さて、どこに行けばジャズ喫茶があるのか分からないほどになりました。愛する街神保町の安い定食屋などはいくらでも思いつくけれど、現存するジャズ喫茶は思いつかないなぁ。

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私の知り合いに、
学校での授業時間より、
『響』での授業時間の方が長かったというヤツがいるので、
ジャケットからスキャンした懐かしの『響』の外観写真をサービスしておきましょう。
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その彼によると、
エルビン・ジョーンズが日本滞在を余儀なくされたのは、
他のタイコの身代わりになったのだとか。
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分かるヒトには分かるという
日本ジャズ界の大事件でしたが、
情報源は、
来日ジャズマンとの交流も深かったらしい
『響』のマスターのウラ情報だったかな。
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<チャンチャン!!!>
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2006年8月26日 (土)

忘れてないぞ団丸団

かつての横浜税関の倉庫は赤レンガ倉庫としてショッピングセンターや多目的ホールを備えた施設として見事に再生し、今や横浜の新名所として賑わっています。

五大路子さんのひとり芝居『横浜ローザ』を観終り赤レンガ倉庫を出たのが午後4時ころだったろうか。モダンな建物が乱立するのと比例するように濁ってしまった海の中に潮の香を求めてもただドブ匂いがするだけ。そんなスペースを後にして、帰宅すべく馬車道を関内駅向かいながら、たしかメリーさんが椅子で寝起きし、エレベーターガールのようなことをして、チップを貰ってたGMビルはこのあたりじゃなかったかな?と、キョロキョロしながら歩いていると、、、、、、、。

こんな看板を発見。

手描きらしい、随分ポップな感じを出していて、ソソルナ~!

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イイ味の看板にツバを飲み込みながら見とれていると、、、、。

    OH!団丸団!!!

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「団丸団ってナニッ?!」

と、いう方もいるだろうけれど、いちいち説明するのもメンドクサイから、勝手にYAHOO!ででも調べて!ということで。

以前、ふと街で見かけたオームマークをサイトにアップしたら、次から次へとオームが目の前に現れ始め、何者かがオレの行く先々にオームアイコンを残しながら歩いてるようでニヤリとしたことがありました。

「どうして、オマエはそんなにオームを目にするんだ?

  ボクなんか毎日外を出歩いていても見たことがないヨッ」

かつては、知人からこんなことを言われ笑われたほど出現したオームアイコンも、今では目の前から失せてしまいました。商店のシャッターのオームは塗り替えられたり、ビル壁などに描かれていたオームも、ビルそのもが取り壊されてしまい確認することもできません。これもまた「オマエにオームを突きつける役目は終わった!」と、何者かが言ってるようでオモシロイものがありました。

オーム団丸団から離れていた期間が続き、たまたま観た映画をネタに『ヨコハマメリーはラーダ妃か』などという章を何章かデッチあげて、仕上げに横浜で『横浜ローザ』の芝居を観たその帰り、ホントに久しぶりにオームマークとご対面してしまったのだ。

ヨコハマメリーラーダー妃

横浜ローザラーダー妃

ラーダー妃オーム

オーム団丸団

帰りの電車の中で、

こんな図式を書いてはニヤリとした8月15日の横浜の一日でした。

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2006年8月24日 (木)

横浜ローザはラーダー妃か

 from えあじん

このマークに気がついてくれたようですね。
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これは、
ブラジルのTatiana Cardelという女性が、
イスラエルによるレバノン侵攻に対する抗議の意思表示として、
自分のブログに貼り付けた黒いリボンです。
たった一人の女性が始めた
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Mondo Uno
(世界はひとつ)
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という運動は世界中に広がり、
自分のブログにこのアイコンを貼り付けることで、
イスラエルへの抗議と
地球上のあらゆる戦争への反対を表明しているのです。
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そんな話を聞いた私も
勝手連的立場から、
パクッたアイコンを貼り付けました。
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Mond Uno
One World
One Future
For the Children
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いったいこの戦争が誰にプラスになるのかさっぱり分からず、このままでは戦争のドロ沼に沈むだけだと誰もが思ったでしょう。一応の停戦協定が成立したけれど、それでもまだまだ和平への道は遠そうです。

8月15日(火)

テレビをつけるとどこのチャンネルも朝から小泉首相の靖国参拝番組。

「心の問題」というけれど、その個人の「心の問題」が、日本にアジアにこれほど波風を立てている現実があるのだから、そのことに対してはどのように答えるのだろう。

小泉さんが予定通り9月に退陣することで世間にはホッとした空気が流れるんじゃないかな。

こんなテレビの大騒ぎの画面を横目に横浜へ。

今日は横浜に「五大路子ひとり芝居/横浜ローザ」を観にいくのだ。

やり直しがきくものなら
もう一度あの日に・・・。
あの忌まわしい
八月の暑い夜・・・。
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【杉山義法ドラマコレクション】
五大路子 ひとり芝居
横浜ローザ
赤い靴の娼婦の伝説
会場:横浜赤レンガ倉庫1号館3階ホール

緑の公衆電話と簡易ソファーだけの舞台。

救急車のサイレンがだんだんと近づいてきて停まったらしい。

ソファーの膨らみが崩れ、毛布から姿を現した老婆が救急隊員らしき男と話している。

ハイハイ!どなたですか?  これはまぁ救急車の方じゃありませんか?

エッ?心臓発作のお婆さん? イイエ~・・・ワタクシじゃありませんよ~

どこか別のビルじゃありませんか?

「また、あのババァだよ!」

という救急隊員の舌打ちが聞こえてきそうな沈黙のあとサイレンが遠ざかり、寂しさのあまりイタズラ電話を繰り返すこの老婆の独白によって、私たちはこの老婆の素性を知ることになります。

映画『ヨコハマメリー/中村高寛監督』に、ヨコハマメリーと呼ばれた実在の老娼婦を題材にして『横浜ローザ』というひとり芝居を演じた五大路子さんが、舞台を終えた後のそのままの衣装と化粧で横浜の街に流れるシーンがあります。その時実在のメリーさんは既にこの世に亡くなっていたけれど、腰が曲がりショッピングカートを引く白塗り老婆の“ヨコハマローザ”が彷徨う姿に、道歩く人々の「メリーさんだ」というささやき声がかぶさるようで、ヨコハマメリーがいかに横浜の街に馴染んでいたかが理解できる印象的なシーンでした。

髪を結い上げ、白いドレスに身を包み、まぶたの上には歌舞伎の隈取を少しチャーミングにしたような黒々としたアイライン。靴は低めながらもヒール。口紅は赤とエンジをミックスしたような色。でも、そこから放たれた、計り知れない高貴ともいえる雰囲気が異彩を放つ。(「白い顔の伝説を求めて/五大路子/壮神社」)

五大路子さんは街で見かけたヨコハマメリーの姿に衝撃を受け、それ以来、ヨコハマメリーの周辺取材を始めます。もちろん「これは芝居になる!」という“役者のカン”のような計算もあったでしょうが、それよりも、メリーさんを通じて自分自身の内面に分け入る旅に出たのです。

その結果が『五大路子ひとり芝居/横浜ローザ』として結実し、1996年4月の初演以来現在まで公演を重ねているもの。

もちろんヨコハマメリーの自伝的物語ではなく、戦後の横浜にどこからともなく現れ、夜な夜な街角に立って客の袖を引き、老残を隠す白塗りになってまでも苦界から抜けられなかったヨコハマメリーの姿を借りて、戦後の日本社会をあぶり出そうという故・杉山義法さんが作り出したのが横浜ローザ

舞台の圧巻はなんといっても、腰の曲がった横浜ローザが白塗りに隈取した顔で、左手にショッピングバッグ、右手に一輪の真っ赤なバラを捧げ場内を一周する場面。

「ここまで落ちられるか!!!」

正に鬼気迫る迫る横浜ローザと目が合ってしまい、私の小賢しい日常が見透かされたようで身がすくんでしまいます。

今回の「五大路子ひとり芝居/横浜ローザ/於:横浜赤レンガ倉庫」

の舞台は8月12、13、14、15の4日間に渡って開催されたもので、

私が行ったのは楽日の15日。

何十回目かの終戦記念日に、

戦後の横浜と一体になった街娼をモチーフにした舞台を横浜で観るのもハナシのネタかと、

軽~い気持ちで行ったのだけれど、

故人となった作家と、白塗りの街娼が憑依したかのような女優の執念が

錐もみ状態で私の胸に突き刺さった舞台でした。

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(横浜赤レンガ倉庫)
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白い顔の伝説を求めて
ヨコハマメリーから横浜ローザへの伝言

五大路子
写真 森日出夫

壮神社(そうじんしゃ)
tel. 048-287-1588

髪を結い上げ、白いドレスに身を包み、まぶたの上には歌舞伎の隈取を少しチャーミングにしたような黒々とした太いアイライン。靴は低めながらもヒール。口紅は赤とエンジをミックスしたような色。でも、そこから放たれた、計り知れない高貴、ともいえる雰囲気が異彩を放つ。どうして、彼女はあんな格好でこの街を歩いているの。なぜ、あんな白塗りをしているの。彼女のあの凛とした瞳から私に向けられたメッセージは何なの。 

彼女を見かけたその日その瞬間から、
私のメリーさん探しが始まった。

五大路子

..

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2006年8月20日 (日)

夏休みも今日で終わり

さてさて、連続9日間の夏休みも今日で終わり。

もっと早くから連続9日間の休暇がとれることがわかってたらそれなりの予定を立てたんだけれど、急に休めることになったので、「それもまた良し!」と特に遠出もしないで近場でウロチョロ。というワケで、改めて書き記すこともない、例によって例のごとし、普段どおりの日常的身辺雑記网頁。

8/12(土) 『優雅な秘密』を観に恵比寿ガーデンホールに行く。

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「朗読劇らしいけれど興味ありますか? 行くんだったら切符手配しておきます」

のメールで、“なんでも喰いつくダボハゼ体質”の私としては、“内容についてはまったくの予備知識もなく行ってみたら、これがまぁ、なんと上品な集まりで、、、、。お客さんは、私なぞがいつも顔を出しているライブハウスなどで見かける方々とは着ているモノからしてまるで違いますざま~す。

「星の王子さま」のサン=テグジュペリにインスパイアーされた売野雅勇の書き下ろし作品を、歌舞伎役者3人が朗読して物語展開する趣向らしく、ステージは椅子が3脚並んでいるだけの簡単なもの。なるほどなるほど、この歌舞伎役者3人をとり巻く連中が会場に一種独特の雰囲気を醸していたということらしい。そういえば、芸能ゴシップ欄を読むと、自己欲求実現に歌舞伎役者をナニして、玉の輿に乗るというか、、、腰のタマに乗るのを狙うようなことも珍しいことではなさそなハナシ。

ところで、肝心の舞台だけれど、、、、。
主人公が、現在・過去・未来をアッチ行き、コッチ行き、アチラで誰かと出会い、コチラで誰かと別れたりしながらの体験を経て人間的成長するという物語だなッ!という筋書きを予想したあたりから・・・眠ってしまってた。

     ブチッ!

こんな小さな音で眼がさめ、薄暗くなっている会場に、アレ??これも演出効果かな?と思ったら、これがアナタ!停電ですよ!!!天井の常夜灯(?)が数個灯るだけで、照明は無し、PAは無し、効果音も無し!

「ナニゴト?」とザワザワする会場に、かすかに聞こえる歌舞伎役者3人の朗読セリフと右往左往するスタッフの気配。私は眠気も一挙に吹っ飛び「この先どうなるんだろう?!」と、そんなことに興味深々で、ストーリー展開よりもソッチの方がオモシロイ!

周囲のお客もどういう反応を示したらよいか分からない時間が20分ほど続いたところでちょうど1部終了。拍手するべきか?しないべきか?お客の戸惑いの中、役者が何事もなかったかのようにステージをシズシズと下りると、入れ替わるように関係者がステージ袖に現れ、

「恵比寿ガーデンに落雷がありまして、、、、

まもなく復旧するかと思いますのでしばらくお待ちください」

と状況説明を兼ねたごあいさつ。これが午後3時ころのハナシ。

休憩時間だからロビーへ出てると、間もなく停電は復旧したらしく周囲の億ションにも明かりが灯り、恵比寿ガーデンはいつものように華やかなムードを演出しています。

いやはや、停電とは、、、、面白いこともあるもんだなぁ。

1部を観て停電も体験したし、2部の方はもういいか?と帰途につくべく恵比寿から渋谷に向かう山手線に乗ったら、まばらな客が乗った車両は動く気配ありません。車内放送を聞けば、落雷による停電で山手線は動かない、新宿方面は埼京線をご利用ください!お急ぎのところまことにスミマセン。

事情が分からず不安顔している向かいの席のアセアン系3人連れに、ドコ行くアルカ?と声をかければ、彼らは「イーケブクロ!」の返事。「コノ電車、ダメ、カムカム!」と埼京線ホームに移動し、タイミングよく入ってきた電車に乗り込み、「カミナリだよ!サンダー!、、、、バーン!」頭の上で爆発するマネをするとアセアン3人組もやっと事情が飲み込めたらしい。

 (まさかあの3人、原爆!が落ちたとは思わなかっただろうな!)。

この電車は池袋へ行くから心配するな!ワシはここで降りるから!と渋谷駅ホームに出たはよいけれど、不通の山手線から移って来た乗客でホーム上は満員状態。その上エスカレーターは動いてお客を運び続けるから、ホーム上はギューギュー詰めになっていき危険この上なし。コリャ、、、ヤバイ!!と察知してとにかく外に出なければと自動改札機を無視してやっとこさ渋谷駅をエクソダス!

それにしても、さっきの舞台は小規模な朗読劇というプログラムで、お客も大人しかったからとりあえず事なきを得たようだけれど、これがもし、大規模なロックコンサートで客も若い衆だったりしたら暴動モンだったなぁ。

ロックだパンクだとナンダカンダ一丁前のこと言っても、電気がなかったらただのアホなんだよなッ!そんなこんなで、『優雅な秘密』はステージの内容そのものより停電のドタバタで上書きされてしまったのだ。

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8月14日(月)の新聞夕刊を見ると

 「首都で大停電 139万戸に影響 クレーン船が高圧線接触」

の大見出し。

最初この見出しを読んだとき、私が恵比寿で土曜日に体験した停電の記事だと思ったから、「なんで土曜の停電が月曜夕刊の記事になるんだ?」と不思議だったけど、どうやら恵比寿停電とは別の大規模停電が14日(月)朝にあったのだ。停電被害のエリアに私の居住区も入っていたけれど、全然気がつかなかった。私のところは辛うじて被害を免れたのかな。

こういう事故があるといつも言われるけれど、電気なんていつもあるもんだと注意も払わないし、そんな電気に私たちの生活が支えられていることを不思議にも思わないのが文明人。突然の停電でパソコンの大事なデータを消失させてしまい顔を青くしたり、その他、大小の被害を受けたヒトには気の毒だけど、たまにはこんな事故に遭遇して文明のありがたさを感じさせるのも良いかな。

冬は寒く夏は暑いのが自然の摂理で、寒い季節に暑かったり、暑い季節に寒かったりしたら、商売もナニもあらゆることが狂うけれど、今年の夏は異常に暑いかな。それに、朝はカンカン照りだからと安心して布団を干しておいたら急に雨が降る気配にあわてて布団とりこんだり、去年の夏のことは忘れたけれど、今年はとにかく天候不順の陽気が続きます。それも世界各地がそうみたい。

大規模停電の原因はクレーン車の高圧線切断と分かっていても、
世界各地で起きる異常気象の被害と結びつけ、
これらの現象のすべては
来るべき大規模災害への警告じゃないかと思ったりして、
ミネラルウオーター買いだめたりした夏でした。
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2006年8月11日 (金)

明日から夏休み

Mundo_uno_2 こんな暑い夏を避けて、海でも山でもどこでも良いから涼しいところで、、、と思うけれど、相変わらず、必要な物にはちょっと手を伸ばせば届いてしまうという狭い我が家で汗ダクの暮らしです。

8月6日(日)付け毎日新聞朝刊、「時代の風」というコラムのテーマは世界の「村上春樹現象」のタイトルで、執筆者は早大アジア研究機構教授という肩書きの青木保さん。

これまで、世界の日本に対するイメージは工業製品ばかりが注目を集めてきたけれど、最近はアニメやゲームソフトをはじめ文化面での発信も目立つようになってきた。そんな中、日本文学への注目度は著しく、特に吉本ばなな、村上春樹の人気が高い。

こんな導入部のあと、村上春樹にスポットを当て、36の国と地域で翻訳されて“村上春樹現象”とも呼べる現象を巻き起こしている理由について、各国の村上春樹翻訳者による分析が興味深い。

村上作品がそれほど読まれていることは、かつての日本人作家が、「日本文学」というあくまでも地方区の枠内を出れなかったのに対して、村上作品のテーマは日本という小さな枠にとどまらず、いわば世界区の普遍的テーマを描いていることが魅力だと私は理解した。

そして、このコラムの最後は「あくまで私の好みからの選択」との注釈つきで、筆者は「この夏まだ村上作品に接したことのない中高年にお勧め」として次の村上3作品を紹介しています。

長編「海辺のカフカ」

短編「トニー滝谷」

旅行記「遠い太鼓」

そういえば、

私も村上春樹作品は『アフターダーク』以来しばらく読んでいないし、

青木保さんお勧めのこの3作品は未読だったことに気がつき

遅まきながら買い揃えたところです。

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そして、
ネットショップに注文していた
こんな2枚組DVDも
タイミングよく到着!!!
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というワケで、
明日からの夏休みは、
しばらくパソコンに触らず、
プールで身体を鍛え、
村上春樹作品とスエーデンの古~い映画で
感性を磨きたいと思っているのです。
それでは皆さん、
良い休暇をお楽しみください。
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2006年8月 7日 (月)

ユッスー・ンドゥール/エジプトを聴きながら

亀田問題はTBS以外のメディアには格好のネタになってるようで、TBSには抗議の電話が6万件超えたとか超えるとか、外野席のこちらとしてはモットヤレ!と大喜び。

日曜日昼の10チャンネル(黒鉄ひろし、テリー・伊藤がコメンティーターをしている番組)では元チャンプ・渡嘉敷勝男が生出演して、亀田1点差勝利の立場で喋り、やはり元チャンプ・ガッツ石松は電話出演で亀田大差負けの立場で激論。

バラエティ番組の常連でツッコマレ役専門だったトガちゃんは、神妙な顔で理路整然と論陣を張るのを見て、ベシャリもいけるヒトだったんだと感心すれば、対するガッツさんは、段々と興奮してきて、「ヒット アンド ウェイというの、、、ヒット アンド ウエイだっけ?」とガッツ・ウォッチャーにとって嬉しいネタを披露したりという按配。

結局勝負はどっち着かずで、司会者預かりのまま次の話題へ移るというよくありがちなパターン。テレ朝も他局の火事に結構はしゃいでいる様子がありありと見て取れました。

それにしてもTBSもイロイロスキャンダルが続いていますね~。

そうそう、TBSといえば、オーム事件に絡み、「報道姿勢に問題あり」ということで批判の対象になり、ニューヨークあたりの支局にズラカッた(たしか)東大卒アナウンサー(名前は忘れた)が、ホトボリ冷めたと思ったか、何かの番組で復帰してもっともらしいこと喋っていましたね~。

いずれにしても、TBSは要注意です。

他のメディアも、モロに信じたりしてはいけません。

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Mundo_uno_1 今日の通勤の友にCDプレイヤーにセットしたのは、

先日のユッスーコンサート会場で買ってきたCD。

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エジプト
ユッスー・ンドゥール
WPCS 11955
.
ALLAH 神よ
SHUKRAN BAMBA バンバありがとう
MAHDIYU LAYE 救世主ライ
TIJANIYYA ティジャーニア
BAAY NIASSE  バーイ・ニャス
BAMBA THE POET 詩人バンバ
CHEIKA IBARA FALL シェイク・イブラ・ファール
TOUBAーDARU SALAAM トゥーバー平和の街
.
  2003年、アメリカ合衆国のイラク問題への姿勢に反対し、アメリカ国内38
都市で予定されていたコンサートツアーを中止。そして、南アフリカで行われた
AIDSチャリティ・イベント「4664」に参加。常に社会で起きている出来事に目を
向け音楽活動を行うユッスーの新作は、真摯なメッセージが込められた重要な
作品となっている。ノンサッチからの第3弾アルバム。      (2004年作品)

ユッスー・ンドゥールという人は、セネガルのミュージシャンという枠を跳び越えて、歌を通じて、あるいは行動を通じて社会に対して数々のメッセージを発している人。その一つの表れがCDの裏ジャケットに書いてあるような、アメリカのイラク攻撃に対して全米ツアーキャンセルという抗議の意思表示。

そんなユッスーの新作『エジプト』はこのアルバムがエジプトでエジプトのミュージシャンを中心に録音されたとことに因んだらしい。

歌詞(アラビヤ語?)の日本語訳を読むと、これすべてアラー賛歌ムハンマド賛美の内容。

モスレムが決して好戦的ではなく、

むしろ平和を望んでいるのだ

と、美しいメロディで謳い上げているのです。

モスレム対キリストという図式で、争いの耐えない世界の中で、モスレムであるユッスーが同胞に対する愛を歌ったようでもあり、他宗教の人々に対して、真のモスレムの姿を知って欲しいと訴えているようでもあります。

昭和女子大でのコンサートが

ノリノリのドンチャン騒ぎで楽しかったから

そんな音楽の再現を期待してCDを買っただけに、

あまりにも格調高いユッスーにちょっと肩透かしの感じ。

通勤の地下鉄の中、

ムハンマッド サラーム アレコンサラーム

私の知っている僅かの単語を求めて

ズ~ッと目を瞑って耳を傾けていたのでした。

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2006年8月 6日 (日)

ユッスー・ンドゥールへ行ってきた

Mundo_uno 8月5日(土)セネガルのスーパースター、

ユッスー・ンドゥール YOUSSOU N'DOURのコンサートへ行ってきた。

会場は三軒茶屋の昭和女子大人見記念講堂という小規模のホール。

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第22回<東京の夏>音楽祭2006
大地の歌・街角の音楽
<東京の夏>でしか見られない
2夜限りのステージ!
しかも、ファン待望、久々の単独公演
アフリカン・ポップスを革新し、
世界へのメッセージを放ちつづけるユッスーの、
スーパー・アフロ・グルーヴ・サウンド!

もう、会場に入る前から、今日の客はヤケにローク度の高いコンサートだと分かる雰囲気。それもアメリカの世慣れしたロークも腰が引けるネィティブアフリカンの匂いがムンムン。日本人より股下が30センチ高いところでケツをユラユラさせて、すでに気分はリトルセネガル。連れてるポン人オンナもこの暑いのに厚化粧で「アタイのカレシはアフリカンよ!」と、セッ!セッ!セッ!セセッ!、セッ!セッ!セッ!セセッ!。

コンサートが始まる前からコレだから、

始まってしまえば、アトは野とナレ山となれ。

リズム隊の打ち出す強烈なビートと合体して前後左右天地に弾け飛ぶ。

こんな場面を見せつけられてワシは思うのだ!

こんなリズム感を遺伝子にもつ連中とサッカーの試合をしたって

勝てるワケないだろッ、、、、、、と。

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今回のこの企画は第22回<東京の夏>音楽祭2006というプログラムの一環。他にも日本における知名度が薄い、第3世界のミュージシャンが数組招待されているようで、芸術監督:江戸京子、協賛:超有力企業各社というメンツを見れば、この音楽祭のグレードが分かろうというもの。ひところ、“企業メセナ”などというフレ込みで企業が文化芸術活動を支援するという名目の、その実体はただのゼニ儲けというようなコンサートなどが随分横行したけれど、今回のような、商業ベースに乗りそうもない企画にもどんどんお金を出して支援して欲しいものです。

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まだまだ知らない音楽がいっぱいあることを実感した、

そんなコンサートの熱気を伝える短い動画がありますからチョッと見てもらいましょうか。

会場内はもちろん撮影禁止の厳戒警備のなか銃殺覚悟で撮った動画です、、、。

というのはウソで、、、、

コンサートが始まると黄も黒も白もドッとステージ前に押しかけて踊ったり写真撮ったり、

ステージに上がってミュージシャンに直接チップを手渡すヤツがいたりの乱暴狼藉。

いちおう場内整理係りはいたんだろうけれど一瞬で成立した治外法権状態に手も出ません。

そんなドサクサにまぎれて撮ったものです。

あなたが18歳以上で、口が固かったらどうぞクリックしてください。
「60806_7youssou_0001.wmv」をダウンロード
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2006年8月 5日 (土)

ヨコハマメリーはラーダー妃か 4

昨夜は買ってきたばかりの『バングラディシュ コンサート/ジョージ・ハリスン』を観ていた。

バングラディシュという国がどこにあるかをおさらいするとこうなります。かつてインド亜大陸を植民地にしていたイギリスは、1947年、インドを真ん中にして、回教徒の多い地域を西パキスタン、ヒンズー教徒の多い地域を東パキスタンとして放っぱらかしてインド亜大陸の統治から手を引きます。

その結果、経済的に優位に立っていた西パキスタンが、インドを挟んだ東パキスタンを支配することになり、東パキスタンの人々はイギリスから開放されたと思ったら、こんどは西パキスタンからの差別と圧制に苦しむことになります。

西パキスタンから独立して「バングラディシュ」としての国家成立を目指す運動は高まり、内戦状態に陥った東パキスタンからは、隣国インドを目指す多数の難民が生まれました。もともと東パキスタンは宗教的にも、民族的にも、言語的にもインド文化圏に属していたわけです。

難民救済に音楽家としてできることはないか?

世界的に有名なシタール奏者ラビ・シャンカールが友人の元ビートルズ、ジョージ・ハリスンに相談を持ちかけたことが、このバングラディシュコンサートへの成立へとつながっていくことになるのです。ラビはカルカッタ生まれのベンガル人として、同じベンガル人が多数を占める東パキスタン(バングラディシュ)の状況が他人事ではなかったのです。

このコンサートの収益金の遣われかたには、不透明な部分も囁かれたようですが、いずれにしても、ジョージとラビのこの動機は、その後の『ウイ・アー・ザ・ワールド』になり、ミュージシャンが、自分たちのネームバリューと才能を社会に還元するためのチャリティ参加へと道筋をつけた、“世紀のイベント”だったことは間違いありません。

1971年か。この当時のビートルズは解散宣言したんだったろうか?活動休止という状態だったろうか?

ビートルズというグループの中では抑えられていた印象のジョージ・ハリスンのこの時期は、その秘めていた才能を一挙に開花させたように話題作ヒット曲を発表した時代でした。その、ジョージ・ハリスンも今は亡く、陽気に跳びはねているビリー・プレストンの死亡記事を読んだのも数ヶ月前のことでした。

それにしてもこの映画の出演者の汚いことはどうだ?

皆ステージ上でやみくもにタバコを喫い、こんなふうに小汚い格好でいることが社会に対する抵抗の意思表示だったのか。

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映画『ヨコハマメリー』を観て以来探していた森日出夫さんの写真集をやっと手に入れた。
広尾の都立図書館に蔵書してあるのは分かっていたけれどいつも貸し出し中で、
自分の順番に回らなかった本がやっと重版で発売されたのだ。
たぶん初版本とは若干の相違があるのかも知れないけれど、
オリジナル版を見ることができない現状ではこれがベストかな。
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PASS
MORI HIDEO PHOTOGRAPHS “MEMORY”2006 
♯2
森の観測
記憶へⅣ.
森日出夫写真集“ハマのメリーさん”
発売元 壮神社
2006年6月10日 初版第1刷
¥2,940
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かつて、ひとりの娼婦がいた。
彼女の名前は“ハマのメリー”
歌舞伎役者のように顔を白く塗り、貴族のようなドレス
身を包んだ老婆が、ひっそりと横浜の街角に立っていた。
本名も年齢すらも明かさず、戦後50年間、娼婦としての
生き方を貫いたひとりの女。かつて絶世の美人娼婦として
名を馳せた、その人の気品ある立ち振る舞いは、いつしか
横浜の街の風景の一部ともなっていた。、、、、、、、、、
“ハマのメリーさん”人々は彼女をそう呼んだ。
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この写真集を見て、
人間はこうまでしても、生きることができるのだと思う。
そして、
こういう人間を受け入れることのできる
横浜という街のフトコロの深さに、
恐れさえ抱いてしまうのだ。
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本のカバーを外すと現れた本体の表紙がこれ。
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メリーさんの白粉を落とすとこんな顔が現れ、
さらに、お白粉を落としても落としても別の顔が現れ、
決して素顔を見せることのない
メリーさんのようです。
これって、
私たちの立ち入ることのできない
人間の本性のようです。
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2006年8月 4日 (金)

ジョージ・ハリスンとボブ・ディランのDVD

7月初旬に受けた健康診断時、食道にポリープが見えるというようなハナシで、胃カメラ飲んで精密検査した結果「問題なし」の判定。たぶん大丈夫だろうとは思いつつも、キヨシローの件もあるし、結果が出るまではやはり心の中にヒッカカリを感じていた1ヶ月でした。いままで大きな病気をしたこともなかったから、これを機会にと、万が一のために泥縄式に入院保険に入ったりもしたけれど、でも、まぁ、とりあえずひと安心。

アタマの中のモヤも晴れたところで、診療所の帰りにディスクユニオンに寄ってみたらこんなDVDがあったので即ゲット!!!

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コンサート・フォー・バングラディシュ
ジョージ・ハリスン&フレンズ
(映画版1971年作品)
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ジョージ・ハリスン、ラヴィ・シャンカール、ボブ・ディラン、
エリック・クラプトン、リンゴ・スター、レオン・ラッセル、
ビリー・プレストンなどが出演した歴史的チャリティ・コンサートが
ドキュメンタリーや未発表映像などを加えた2枚組仕様でDVD化。

調子に乗ってこれもゲット!!!

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NO DIRECTION HOME
BOB DYLAN
(2005年作品)
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わたしたちと同時代に生きるボブ・ディランは、
強烈な影響力を持つ、多大なインスピレーションを
与えてくれる、そしてつねに新しい世界を切り開き
続ける、偉大なミュージシャンです。いまここに、
アカデミー賞ノミネート監督(『グッドフェローズ』1990年)の
マーティン・スコセッシが故郷ミネソタでの少年時代から
グリニッジ・ヴィレッジのコーヒーハウスで歌っていた初期の日々、
そして1966年に嵐のようにポップスターの座に上り詰めるまでに、
至ったディランの驚くべき人生を、ドキュメントに再現しました。

バングラディシュ・コンサートは映画公開時にも観たしLDもレコードも持っています。ムカシ、何かのレコード評に、ジョージも良いし、ディランも、クラプトンも良い、しかし、ラビ・シャンカールがチョッと・・・・というよな、ラビ・シャンカールをキワモノ扱いしたような文章があったけれど、私にとって、この映画のラビ・シャンカールが、インドに興味を持つキッカケを作ったような大切な作品です。

ディラン作品は、昨年の秋NHK・BSで放送されたときの録画ビデオを持っているけれど、このDVDには未公開映像もボーナスとして収録というようなセリフを見て、永久保存用に揃えておこうと買ったもの。

この2本のDVDを観るには6時間くらいかかるはずだけれど、

この休みはガンバッて観よ~ッと。

それにしても私の嗜好は偏っているとツクヅク思うのです。

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2006年8月 2日 (水)

今夜はサマータイムを

8月になり学生さんが夏休みに入ったせいか、朝の通勤電車の混雑具合もいつもの7割程度でイイ按配。今日あたりの日中はそれほど暑いこともなく過ごしやすい一日だと思ったら、夜になったらやはり蒸し暑い。亀田のボクシングは、アナウンサーの盛り上げよう盛り上げようと煽りがウルサく、ますます蒸し暑くなるから音声は消してパソコンに向かっている。

こんな夜のBGMは何が良いか?となると、やはり「♪サマータイム」がベスト。

サマータイム
坊や、、、生きていくのはワケないわ
魚は跳びはね、綿の木は高く高く育っている
オマエのパパは金持ちで
ママはとってもキレイ
だから
泣かないで 泣かないで 
泣かないで ベイビー

まず1曲目に選んだのがジャニス・ジョプリンの「♪サマー・タイム」だ。

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CBCS6010

この、CHEAP THRILLSの唯一の聴きものが「♪サマー・タイム」。

このアルバムはジャニス・ジョプリンの初リーダー・アルバムということになっているけれど、実際はBIG BROTHER AND THE HOLDING COMPANYというバンドのリードボーカルという扱いだったはず。レコーディングデータを読むと、この曲は1968年3月の録音となっているから、ジャニス・ジョプリンのボーカルのお陰でこのバンドが注目を集め始めた時期だったろうか。

ジャニスのふり絞るような「♪サマー・タイム」は、子守唄というよりむしろ苦痛の叫びで、この歌1曲にジャニスの全生涯が凝縮されているように聞こえてきます。

次の「♪サマー・タイム」はこれ。知る人ぞ知る、アルバート・アイラーの「♪サマー・タイム」です。

「マイ ネーム イズ アルバート・アイラー、、、、」という自己紹介のあと、すぐに「♪バイ・バイ・ブラックバード」が始まってしまうという、あまりにも有名なフリー・ジャズの名盤。

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TKCB-71262

収録曲はジャズのスタンダードばかりで、そのスタンダード曲をアイラーがズタズタに引き裂いて聴かせてくれます。

録音は1963年1月となっているから、ジャニスよりも5年ほど早い録音だけど、私が実際にこのレコードを知ったのはジャニスの後。いったい何のウラミがあって「♪サマー・タイム」をこんなにしなければならないのだっ?!。ジャニスの「♪サマー・タイム」にはまだまだ、この曲に対する尊敬の念を感じられたけれど、アイラーの「♪サマー・タイム」は既製の権威をすべて否定しようとするかのようで、テナー・サックスのその暴力的な音は正に臓腑を抉るというヤツ。

それでも、それでも、、、ときどき、聴きたくなるアイラーの音なのです。

壊すことに関してはアメリカ軍にヒケをとらない日本人がいることを忘れてはなりません。ジャニスより凶暴で、アイラーよりもっと過激に「♪サマー・タイム」をブチ壊す男。その男の前ではジャニスもアイラーもおしとやかに聴こえたりすることもあるのです。

その男こそ青森県北津軽郡東京村出身の三上寛!!!

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三上寛/吉沢元治/灰野敬二
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side A
1.海 2.BANG!3.なかなか~なんてひどい唄なんだ
Side B
1.きちがい~サマータイム 2.あなたもスターになれる

三上寛にとってはスタンダードも名曲も、目につくものを手当たりしだいに掴まえてはグジャグジャにすることこそが“男の本懐”。さらにベースの吉沢元治にギターの灰野敬二が絡んでしまうと、これがホントの破壊の無制限1本勝負になってしまうのだ。

それでも、それだからこそというべきか、私は70年代から変わらずに三上寛信者。

三上寛がいてこその日本のフォーク、日本のロックだと私は思っているのです。

さて、

7時30分に放送が始まった亀田TBSで実際に試合が放送されたのは9時。

オイオイ、あまりにも引っ張り過ぎじゃね~かい。

「♪サマータイム」聴きながら、音声を消したテレビをチラチラ見つめれば、横綱と、元チャンプと、あの長髪は伝説の呼び屋か?それに江守徹、マザコン狂言師ばかりが目につきます。それだけならまだしも、デブの森、小池渡り鳥上手の組み合わせはナンジャ?コリャ。

そのあげくに亀田の勝利を見せつけられたんじゃなぁ?

いったいどういう基準をもってすれば亀田が勝つんじゃい?

TBSルールか?

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TBSもアセッてるなぁ!
こんどは、
レコード大賞を30日にもってきて空いた31日大晦日は
亀田の初防衛戦という段取りかい?
そんなミエミエなことしてると
世間から哂われまっせ!!!
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あまりにも過激な「♪サマー・タイム」によって、
自分の中のネガティブな要素が排泄されていくような感情を味わったけれど
TBS亀田の茶番劇見せられて一挙に気分ワル~。
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感情の調節を図るためにはマヘリア・ジャクソンの
「♪サマー・タイム」を聴いてみようか。

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控えめなピアノのイントロに乗せて、
Summertime~Sometimes I Feel Like A Motherless Child
~Summertime
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私のマヘリアは夢見心地へと誘ってくれるのです。

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