サッカー終わっちゃいましたね~
けっきょくKAMIKAZEは起きなかったネ。
韓国もダメだったんですね~。
あのパワーで韓国だけは決勝トーナメント進出してほしいと期待してたんだけど。
イヤハヤ、、、、、、、。
カル~く決勝に進めるようなメディアの煽りにのって、
日本国中その気になっていただけに、落胆の度合いもケッコーなモンでしょう。
日本列島がひとまわり萎んだような気がします。
選手の美奈さん、、、イヤイヤ皆さん、これからがタイヘンですよ。
髪が赤いの、ニヤニヤしてるの、ガムをクチャクチャだの、オンナをどうしたこうした、
戦犯デッチあげられてバッシングが始まるんですネ。
さしずめ、高原・柳沢・宮本あたりがターゲットで、
様子を見ながら次にジーコに飛び火するという図式かな。
「そんなこと言うなら、オマエがやってみろッ!!!」
と言いたくなるような騒動も2週間ほど終わります。
そして、
1年後には『ジーコかく語りき』などとジーコ回想録に何億だかの金が動き、
ホンのチョッピリ話題を集めるだろうけれど、
ジェンキンスさんの例を見るまでもなく、
日本人はそれほど義理堅くないから
「ジーコって誰?」などといって、
ワールドカップのことなんてキレイに忘れ去りますよ。
野次馬としてはそのあたり楽しみにしていましょう。
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さて、画像がないのもチョッピリ寂しいので、
先日行った武相荘の画像一枚アップしときましょう。
左の建物が白洲次郎・正子夫妻関連のグッズを扱うお店になっていて、夫妻愛用の食器などが展示即売され、2階のホールでは、以前NHKで放送された『その時歴史が動いた・白洲次郎』編が常時放送されている。
正面の門の右手建物の1階は農機具置き場になっていて、外国から輸入し実際に使用していた機械類を見ることができ、その2階は展示室で吉田茂側近として力を発揮した次郎の外交資料が展示してあった。さらに右奥の建物は喫茶室で、予約制で食事もできるらしい。
そして、築何十年(百何十年?)だかの萱葺きの母屋があり、その母屋の奥にはこんもりとした山になって、小道の散策もできるのです。
戦前、この地に移り住み百姓を目指していた白洲次郎は、戦後吉田茂に請われて終戦処理の仕事をしながらも、この鶴川の家を離れず、英国式カントリージェントルマンを貫き、この家を終生の住みかとして愛することになります。ただし田畑については、後年、台風の影響で作物が全滅したのをきっかけとして手放すことになったらしい。
いま、この旧白洲邸・武相荘周辺は宅地として造成され、見える範囲はすべて住宅となっています。たぶん、白洲次郎が耕した田畑にもサラリーマン向けの建売住宅となっているのでしょう。
かつての
ケタ外れの富裕階級に育った白洲次郎と、
貴族階級に育った正子という
特権階級の夫妻が愛したこの地は、
今では庶民階級のベットタウンとなっているのも
時代の変化です。
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