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2006年3月 6日 (月)

猫のシッポ

ときどき、ミョーな飾りを首に巻いた“えりまき犬”を見かけることがあって気になっていた。

バンダナ巻いた(巻かされた)ヤツだとか、ベスト状のモノを着た(着せられた)ヤツはよく見かけるから、
そんなタグイの“飼い主自己満足・お犬さまグッズ”なのかな?と思って、

「犬にこんなことしてオモシロイんだな~」

と、その飼い主の顔を見ては、内心「ケッ!」などと言ってたワケですヨ。

そうしたら、このあいだ、下北沢の商店街を歩いてて、
その“えりまきトカゲ状態”の犬とすれ違ったので思いきって訊いてみた。

  「あの~、この巻いてるものはナニか意味があるんでしょうか?」

エッ?犬に訊いたのかって?
もちろん、ヒモ握ってる60歳半ばの女性にですヨ。

去勢手術を施した傷跡をワンちゃんが気にして舐めて悪化するのを防ぐため、
顔が届かないようにする器具
だとのこと。
なるほどなるほど、飼い主の趣味グッズではないというお答えにナットク。

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キンヌキされちゃったのかい?
と改めてお顔を見れば、たぶん、それなりに高価なワンちゃんだろうだけど、
ちょっと、哀愁漂わせた風情のお顔でした。

「イヌ派」か「ネコ派」か。

「犬は、その時にエサをくれる誰でもに媚を売るようでイヤだ」とか
「あの、高慢チキな顔の猫が鼻持ちならない」とか
ペットの趣味によってその人の性格などを分析する方法もあるらしい。

「オマエはどっち?」と質問されたら(そんなこと、ワシに訊くヤツはいないけれど)
「ワシは犬も猫もどっちも好き」と答える。

賃貸アパート暮らしではどちらも飼うことができないけれど、街を歩いていて、猫を見れば近寄って手を出しノドとかワキの下をくすぐってやりたいし、散歩中の犬を見ては、その犬と飼い主の顔を見比べ、ソックリ度を採点しては、ニヤリとするワケです。

と、マクラ振ったところで、

この人はどうやら完全にネコ派らしい。
なにしろ、この世界中でただ一人猫語を理解できると自称するお方です。

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猫のシッポ
安部譲二

講談社

府中刑務所には、
なんと10匹以上のゴロニャンが
棲んでいました。

なぜか女房気取りだった猫、
人間と同じ避妊手術をした猫、
バンカーをトイレ代わりにする猫、
何も言わず去っていった猫・・・・・・。

猫語を喋る安部譲二が語る
「愛しのゴロニャン」

よくぞこれまで生きてこられたものとアキレル波乱万丈の人生、その折々に身近にいた猫と女性に対する愛情に溢れた本です。

そして、かつて、リンクしたことのある有名人の素顔などもサラリと語られていて、特に、三島由紀夫の在りし日の姿などは、この作者でなければ絶対に書けないエピソードでしょう。

30年くらい前だけど、ワシがジャズのライブなどを企画していたころのこと。

あるピアニストとのハナシがまとまり、ギャラを前払いしようということになって、そのピアニストが出演している「青山・ロブロイ」というジャズ・クラブを訪ねたことがありました。気難しいことで知られたピアニストは「彼は今度の主催者で、遠くからわざわざギャラ持ってきてくれたの」などと上機嫌でママに紹介してくれました。ママも気をつかったようで、こちらの食事代も受け取らなかったのでそのまんま帰ってきたワケです。その何年か後、安部譲二さんが『塀の中の懲りない面々』でデビューし、その作品とアバンギャルドな経歴が評判になったとき、あの「ロブロイ」は安部譲二さん経営のクラブで、ママは奥様だったことを知ることになります。

たった一回ポッキリ行っただけのジャズ・クラブだったけれど、田舎の小さな町にいたワシには、あのセピア色の店は結構強力に刷り込まれているのです。ワシが「ロブロイ」に行った当時、もしかすると安部譲二さんはオツトメの塀の中で、塀の内外を自由に出入りできるゴロニャンを眺めては、シャバに残した店で夜ごと繰り広げられていたセッションを思出してた時期だったのかな。

元妻といえども、今でも“一飯の恩義”は忘れないから

せめて

その当時のダンナさんだった安部譲二さんの本はときどき読んで

ニヤリとしているのです。

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