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2006年2月28日 (火)

りんご追分はアフロブルーと溶け合った

  2005/02/26(日)

女流サックス奏者・早坂紗知を聴きに西武池袋線江古田駅前『Buddy』へ。

6時30分の開場を待ち『Buddy』の前に並んでいると、さっき江古田駅前で牛のカブリ物を着て「牛シャブ食べ放題!」と通行人に宣伝していた青年が現れた。そのとき、『Buddy』の外では100人ほどが開場待ちしていたから、たぶん、この青年はバイトのチラシ配りをしている傍で、どんどん長くなっていく行列を見て「何があるんだろう?」と気になって確認にきたのでしょう。

   「エッ!マジかよ!スんゲーッ!

    ・・・・・何時までやるのかなぁ、、、、、、」

店の前に張り出された今夜の出演者案内ポスターを読んでいた青年が低く呟いた言葉を私は聞き逃しませんでした。

 「ねぇ、ねぇ、『スんゲーッ!』てのは誰のこと言ったの?」

商売っ気起こして行列にティッシュペーパー配り始めた青年に私は訊きました。

すると青年は「原田芳雄さんですよ!聴きたいなぁ!」と答えたのです

今夜のライブに原田芳雄がゲスト出演するという告知を見て、牛カブリ物青年は驚いたわけです。

早坂紗知と原田芳雄のつながりは、毎年恒例の『新宿ブルースナイト』に原田芳雄が出演するときに早坂紗知がゲスト出演するというところから始まっているらしい。

私が早坂紗知を知ったのはこの『新宿ブルースナイト』が初めてで、芳雄親分の歌にしとやかに寄り添っていたかと思うと、ソロパートではフリージャズの暴れっぷりで自己主張し、再び芳雄親分の歌に絡んでいくという見事なパフォーマンスぶりに、いつかこの人のグループの演奏を聴かなければ!と思っていたから今夜のライブを心待ちにしていました。

そして、当夜のピアノが山下洋輔というのにも注目。
山下洋輔と早坂紗知の組み合わせは、山下グループに早坂紗知が加わったこともあり、いわば“師弟関係”のようなもの。巨匠・山下洋輔のおメガネにかなったサックス奏者だけあって、あのフリージャズへのアプローチも納得できます。

2月26日は早坂紗知の何十回目かの誕生日で、そのバースディコンサートも数えること今年で20回目。オマケに山下洋輔も同じ誕生日という奇縁でゲスト出演も15回目に当たるといいます。それに、もう一人のゲストが原田芳雄ですから、芳雄親分の歌に山下洋輔がどんな伴奏をつけるのか?
こんな異色のセッションを見逃すテはありません。

sikiri
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早坂紗知(sax) 川嶋哲郎(ts) 永田俊樹(b) 大儀見元(perc.)ウィンチェスター・ニー・テテ(perc.) コスマス・カピッツァ(perc.)
                      
山下洋輔(p)  ゲスト:原田芳雄(vo.)

Buddy』は約300人ほどの超満員。
早坂紗知のファンクラブが主催してのライブだそうでアットホームな雰囲気が満ちていまて、そんな、いわば内輪ともいえる会場で紗知さんもリラックスした演奏を聴かせてくれます。

早坂紗知の音楽は、民俗音楽にインスパイアーされたワールドミュージックになったり、ときにはロックになったり歌謡曲になったりと、ジャンル分けが無意味に思えるほどヒュージョンしているけれど、ベースはもちろんジャズ。山下洋輔とのデュオで演奏した『♪My Favorite Things』や、原田芳雄の歌う『♪りんご追分』から『♪Afro Blue』につないだソプラノサックスはまるでジョン・コルトレーンを彷彿とさせるものがありました。

それにしても、華奢な身体のどこにこんなパワーの源泉を秘めているのでしょう。
音だけを聴いていたなら女流とはとても思えないほどのパワフルさです。そして、久しぶりに聴く山下洋輔は歌伴に回っても名人芸を披露してくれて、改めて巨匠の技を堪能したのです。

私はムカシはジャズ一辺倒だったけれど、この数年は、若いときに欠けていた音楽体験を補足するような気持ちで、“70年代フォーク”系のミュージシャンのライブを中心に聴いてきて、同世代のフォークミュージシャンがいまなお貪欲に音楽と戦い進化している姿に感動し励まされてきました。

やはり、音楽は作る方も聴く側も、その人それぞれの生き方を表しているものです。

「音楽にジャンル分けは無意味!」

とわかりつつも、

「今夜はジャズを聴いたなぁ」

と思わせてくれたライブでした。

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2006年2月25日 (土)

広島の静香と荒川の静香

今日のテレビはどこの局も朝から静香さんとホリエメールの2点セット。

テレビ局が感動を強調すればするだけその演技クササが鼻につき、シラケっ放しのトリノオリンピックだったけれど、静香さんの金メダルでようやくホッとした雰囲気がどの番組からも伝わってきました。

それにしても、日本は終盤になって初メダルだったけれど、今韓国勢の活躍は素晴らしいですネ~。アテネオリンピック、日本選手が序盤で金メダルラッシュしたときの日本国内での騒動は記憶に新しいですが、今オリンピックの韓国国内での盛り上がりは凄まじいものがあるでしょう。

韓国ガラミの冬季オリンピックといえば、前回のソルトレーク大会スピードスケートで、優勝したかに思われた韓国選手が、進路妨害したという理由で失格になり米国選手が繰上げ優勝し、韓国中が“反米”一色になってしまった事件を思い出します。

このスケート因縁は、同年6月に開催された日韓共催サッカーワールドカップ・韓米戦まで引きずり、米国にリードされていた韓国チームが同点ゴールを上げたとき、韓国選手がスケート滑走を真似たパフォーマンスを行い喝采浴びたことがありました。韓国というのはアソコまでやってしまう面白い国でなんですネ~。

シドニーオリンピックの柔道無差別級。
金メダル確実と期待された篠原選手はフランスの選手と対戦します。テレビ解説者は「篠原勝った勝った!」叫ぶから、日本人は皆が篠原が勝ったと思いバンザイすると、判定は逆で篠原の負け。解説者は主審(ニュージーランド人だったか?)の未熟ゆえの誤診だと繰り返し、現地の山下監督も猛烈に抗議すれども判定は覆らず。日本人は皆主審を呪い罵倒しました。でも、一晩寝たら「チョッとみっともなかったかな?」というバネが働いて、昨夜の怒りはどこへ行ったかスンナリと判定を受け入れたのです。そして主審のことなどもスッカリ忘れ去ってしまいました。

所詮、日本人の怒りの持続度なんてこの程度のもの。

韓国内であのパフォーマンスを見て大いに喜んだ韓国国民が、
  「あんなことまでして喜んで良かったのだろうか?」
と振り返る時間を持つことができたのでしょうか?
昂揚したまま醒めることなく、溜飲下げっ放しだったのでしょうか。
サッカー選手をたしなめるような意見があったのでしょうか?
それとも全面肯定だったのでしょうか。
これほど恨みを持続できる源泉はどこにあるのだろうか?

日韓ワールドカップもムカシ話になった今頃、ワシはこんなこと思い出したのです。

冬季オリンピックとワールドカップは同年開催のスケジュールですから、オリンピックが終わればワールドカップがすぐに始まります。今年のワールドカップではどんなコリアンパフォーマンスが見れるか楽しみです。

いずれにしても、やはりスポーツは国別対抗戦が一番盛り上がります。

sikiri

2006年2月22日(水)付け毎日新聞にこんな広告が掲載されていました。

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なるほどなるほど“2005年隠れたベストセラー”といわれる問題書『嫌韓流/山野車輪/晋遊舎』の続編が発売されるらしい。

1作目の発売には内容の過激さゆえどこの大新聞も広告掲載を拒否したとか、ベストセラーになっても書評欄で取り上げてくれなかったなどの仕打ちが「メディアの韓国おもねり」ととられ、かえって評判を高めたというような側面もあったけれど、今回の続編は晴れて全国紙への広告デビューが叶ったわけだ。(ちなみに、昼飯時にソバ屋の朝日新聞をチェックしたら朝日には広告が載っていなかった。これは、もともと朝日には広告依頼しなかったのか、出版社の依頼を朝日が拒否したものなのかはわからない)

広告を見てしまったからには、即本屋で買ってきましたヨ。

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2.

マンガ 嫌韓流 2
山野車輪

晋遊舎
¥1000

米『ニューヨーク・タイムズ』紙韓国主要メディア
などで報道され、世界中が注目!
「嫌韓流現象」を巻き起こし
45万部のベストセラーとなった問題作、
待望の第2弾!

もう韓国には騙されない

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2

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マンガ 嫌韓流
公式ガイドブック

晋遊舎
¥600


賛成 反対 僕たちはこう読んだ
『マンガ嫌韓流』
読者の声

これまで言えなかった「あのこと」を語る
山野車輪ロングインタビュー

昨年あたりから類書をだいぶ読んできて、この内容を全て受け入れようなどとも思わないけれど、ナガレとしてはそうズレていないのではないかと思っています。そして、これらの本を読んでいつも感じるのは、いったいメディアは日韓の真の姿を伝えているのだろうか?ということ。ナニかあれば「妄言だ!!!」として誰彼構わず執拗な抗議活動をしかける彼の国のヤリクチを恐れるあまり、使命を放棄したメディアの伝えるものは眉にツバしてかからなければなりません。メディアのこんな姿勢も日本外交の“及び腰”を反映してのものなんだろうと侘びしさを感じているのです。

ことさらに荒げることはないけれど、

結局、

「自分の在任中に騒ぎにならなければ良い」と

全てに対してウヤムヤにしてきた役人根性のツケを

支払わせられるのは常に国民なんだから。

sikiri

そうこうしているとこんな本が到着した

2
定本
ディープ・コリア
<韓国旅行記>
DEEP KOREA
著者  幻の名盤解放同盟(構成・編集・思想)
主画根本 敬
主文湯浅 学
主撮船橋秀雄
青林堂
1994年10月20日 初版発行

1994年発行のこの本は、

“対韓国・幻の名著”として評価の高いもの。

たまたま、ネットオークションに出品されていたので

即決で落札したものが今日届いたというわけ。

ということで、

  荒川静香のイナバウアーとやらを真似て背中反らしたり

  ホリエメール騒動を見ては広島の静香を思い出したり

  『ディープ・コリア』を飛ばし読みしては

  日本人ごときの容量には収まりきれないのが韓国なんだろうと

  ニヤニヤしながら休日を過ごしていたのです。

  コリアウオッチはまだまだ続きそうです。

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2006年2月24日 (金)

NTTからの電話

仕事中にNTTから電話だというので訝しく思いながら受話器を取って話していたら思い出した。

昨年の12月に大家から「今度NTTがインターネット用の回線工事をしたから、、、」という連絡があり、その後すぐにNTTの下請け会社のセールスマンが現れて光ファイバーへの勧誘をされたのだった。「ワシはすでに独自でプロバイダー系の“光”に加入しているから」と断ると、「こっちの方が月々数千円安くなって断然お得です。詳しい説明は後日NTTから連絡があるから、それで納得したら正式に加入してくれ。もちろんそのとき断るならそれでも仕方がない」と熱心に頼まれたのだ。

いかにも、数日前までニートでしたという匂いプンプンのセールス青年に訊くと、彼は戸別訪問して脈のある客の名前と電話番号を収集する係りで、名簿1件につきいくら、もし、その客が加入したらいくらというような歩合制で動いているらしい。それならば、契約するしないはNTTから連絡があったときに決めるということで、ムカシ飛込みセールスマンの経験があるワシとしては、青年の社会復帰に少しでも役立てればという気持ちもあって、仮契約のような感じで名前と連絡先を登録しておいたのだった。

スッカリ忘れていたことを思い出したのが、今日のNTTからの電話でした。

NTTの係員に、回線を乗り換えた場合の有利な点を説明され、ワシもついついその気になって、「それじゃぁ!加入しましょう!」てんで、工事の日程を相談する段になってハッと気がついた。

これまで、プロバイダーの“光”加入特典で、ホームページ容量を無料範囲内の約120メガバイトを使用していて、もし、ここで回線を乗り換えたとすると、無料特典の権利が消滅して全て自前の負担になってしまうことになるのではないか?過去のホームページの引越しだとか、現在のこの『空気人的身辺雑記网頁』の引越しをするとなると、かえって面倒な手間がかかってしまいそうだなぁ。

そんなワケでワシの回線乗り換えのハナシは、電話の向こうのNTT社員も、「一件成約!!!」と思っただろうに、「もう少し考えたいことがあるから」と断ってしまった。

数年前、ヤフーが工事費無料などのサービスを謳って、大々的に街頭“光”キャンペーンを展開したときには、「これほどの経費をかけて勝算があるのだろうか?」と驚いたものだけど、現在ではNTTは勿論のこと、ブロードバンドとは無関係だと思われた他業種からもインターネット業界に参入して会員確保にシノギを削っている状況です。

なるほどなるほど、、、、。
各社とも「回線工事費無料・何ヶ月間は無料」などと、サービス合戦を展開しているけれど、いったん入会させれば、ワシの例をみるまでもなく、“縛り”がかかって他社への乗り換えるケースは少なく、安定した収益を見込めるということなのかな。

それにしても、セールスマンは最後の最後まで気が抜けません。
電話口で断られる程度ならまだしも、ワシなど、契約書に署名捺印させ小躍りしながら会社に戻ってみるとキャンセルの電話が入ってて恨めしい想いをしたなどということは何度も経験しているのです。

まぁ、ムカシのハナシだけどネ。

sikiri

NTTつながりでこの画像をご覧ください。

日曜日、映画『ミュンヘン』を観て、パソコン屋で小物を買い、通りかかった新宿駅西口地下通路8:20pmの風景。
20数台公衆電話が並んでいるけれど通話中は一台もなし。
この節はケータイばっかりで、設置された公衆電話を利用する人は少ないことを実感します。

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ワシなんぞはケータイ持つ気のないヘンクツオヤジで、
公衆電話が減っていくのは困るけれども、
「利用客のない公衆電話にこれだけのスペースを確保しておくのもモッターないなぁ」
などと思ったワケです。

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2006年2月19日 (日)

スーパーサイズ・ミー

前章「かもめ食堂」のサチエさんは、ヘルシンキの人々に代表的日本食・オニギリを認知させるのに苦労しているようです。現地の人にとっては海苔が理解できなくて、「この黒い紙はナニ?」ということになってるようです。

昨日チケットショップを通りかかったら、映画「かもめ食堂」の前売り券を売ってたので即ゲット。

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映画の公開は3月になるらしい。

その国の食を知ることは、
その国の文化に興味をもつことだとか。

嫌韓本が愛読書という屈折した韓国ファンである私なども、

「キムチはどんなふうに料理してもキムチはキムチ。
他の素材を決して引き立たせることなく自己主張ばっかり!

などと、豚キムチ炒め食べながら思ったりするのです。

さて、

マクドナルドのハンバーガーが日本上陸してから40年近くなりますか。

私は、マック1号店開店時には食べに行った世代ですよ、銀座三越へ。

店員のキビキビした接客とコスチュームはショックでした。

「これがアメリカなんだ!!!」

「アメリカ人は毎日こんな美味しいモノを食べてるんだなぁ!!!」

などと羨ましく思ったものです。

「毎日ハンバーガーを食べている」などという社長の藤田田さんのインタビュー記事も覚えています。

今でも「銀座のマック」へ行くことはあるけれど、

それはアップルコンピューターの銀座マックのことで、

三越のマックハンバーガーはとっくに消えています。

そのマックをネタにした面白いビデオ「スーパーサイズ・ミー」には大爆笑。

                               sikiri

もしマック製品を30日間食べ続けたら?

肥満米国人への道をまっしぐら?

著しく危険か?

試そう 実権台は僕だ!

“僕を特大にしよう”

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「マックを食べて健康を害した」と訴えた少女に、

裁判所は「少女たちはマックが有害だと証明できなかった」

という理由で提訴を棄却した。

それならばボクがマックを食べ続けて身体への影響を確かめよう。

こんなことを思いつくオトコがいたんですね。

用意周到に事前に受けた健康診断では特に異常なし。

もし、サイズを訊かれたら、「スーパーサイズ」をオーダーするルールも決めて、

1日3食マックを食べ続けるワケですよ。

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記念すべきひと口目。
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この先どうなるかも知らないでまだまだ余裕があります。
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2週間くらい経過して、
息苦しいとか、倦怠感だとか、
すでに体調の変化を自覚しはじめ,
医師にも止められるけれど
もう、ヤケクソ。
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カノジョにはこんなことをバラされる始末。
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私が上なの でないと すぐ疲れてしまう。

このオトコのスゴイところは自分を実験台のピエロにしながら、

現代の子供たちが、学校給食を通じていかに偏った食生活に慣らされていくかを告発し、

食品業界がアメリカ政府への圧力団体となっている実態を暴き出していきます。

結局、嘔吐感を抑えながらもマックを食べ続けること30日間の初志貫徹。

その結果、

11キロの体重増と栄養過多による内臓疾患。

マック前の体調に戻すのに数ヶ月を要することになります。

その勲章かどうか?

このドキュメンタリー映画が公開されてしばらくすると、

マックから“スーパーサイズ”のアイテムが消えたそうな。

ただし、

「“スーパーサイズ”のメニューがなくなったのは、映画とは関係ありません」

のマック側コメントつきで。

                         sikiri

このビデオを観た後、ファストフードの怖さを充分に認識しつつ、近くのマックへ行ってみました。

       ゲッ!!!

休日の午後のマックは家族連れで大賑わい。

映画にもあった円筒型すべり台や、ショーモナイおもちゃ用意してガキどもの歓心を買っています。

なるほどなるほど、こんなふうにしてガキをファストフード中毒へと育てあげていくワケだ。

せっかくマックにきて「いらっしゃいませ~!」というアイサツ受けたからには、

一応の義理を果たそうとオーダーしたのがこのチーズバーガー、1ヶ100円也。

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このチーズもどきのハミ出し具合がけっこうワイセツ。

マニュアルどおりの接客に慣らされ、エラクなったような気になって、

あげくにこんなモノ喰わされ、

図体とドタマだけがイビツに大きく育ったガキが、

自分の意思でやれることは、、、キレルことだけよ。

  アッハッハッハッハハー!!!

お父さんお母さん、

家族団らんの思い出がハンバーガーとポテトチップスだとしたらちょっとさびしいなぁ。

    

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2006年2月14日 (火)

かもめ食堂

トリノオリンピックもだいたい実力がバレちゃったようですネ。

それにしても、

世間知らずで生意気なだけのガキの泣きワメキパフォーマンス見せられて

感動するワケにもいかないのヨ。

ガキはガキらしくしてればよいのに。

甘やかしおだてるだけじゃなくて、誰かキッチリと教えてやれヨッ!!!

sikiri

こんな本はどうですか。

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かもめ食堂
群ようこ

幻冬舎

ハラゴシラエして歩くのだ。
映画「かもめ食堂」原作

毎日ふつうで、おいしくて、
小さいけれど堂々としていました。

ヘルシンキの街角にある「かもめ食堂」。日本人女性のサチエが店主をつとめるその食堂の看板メニューは、彼女が心をこめて握る「おにぎり」。けれども、お客といえば、日本おたくの青年トンミただひとり。そんな「かもめ食堂」に、ミドリとマサコというわけあり気な日本人女性がやってきて。

人生すべて修行」をモットーとする、古武道師範のお父さんに厳しく育てられたサチエさんの夢は、いつか、自分が納得のいくものだけを食べさせるお店を持ちたいということ。そんな夢を胸に秘めたサチエさんは、日ごろからコツコツと貯金に励み、料理の腕も磨きながらチャンスを待ちます。そして、宝くじがあたる幸運にも恵まれて、ついにフィンランドのヘルシンキに“かもめ食堂”という名前のお店を開店することになります。

なぜ、ヘルシンキなのか?
ヘルシンキはかつてお父さんの武術指導のお供で一度訪れたことのあった所で、そのとき触れた人々のユッタリとした生き方に惚れこんでいたもの。

お父さんのお弟子だったフィンランド人の協力を得てお店を開いてはみたものの、ウインドウ越しに「ナニゴトか?」と店内を覗き見するひとばかりで客の入りはサッパリ。開店と同時に長ッ尻の日本アニメオタクのトンミ青年がひとり居座るだけ。それでも、とくに慌てることのないサチエさんもまた、「ナニが何でも!」というようなところの希薄なオットリとしたところがあるお嬢さんです。お嬢さんといっても38歳。

そんな「かもめ食堂」に旅行者としてフラッと現れたのがミドリさん41歳で、次に現れたのがマサコさん50歳。ヘルシンキの街角、店主サチエさんを中心に、ミドリさん、マサコさんという中年から初老になろうとする女性3人と、トンミ青年の奇妙な交流が始まります。

映画の原作として群ようこさんが書き下ろした作品は惚れたハレタがあるわけでなし、事件といえばサチエさんが得意の武術で強盗をヤッツケたくらいなもの。舞台をわざわざヘルシンキに設定しなくても、八ヶ岳でも小浜島でも良かったような気がするけれども、映画化ということで異国の土地を選んだのかな。タイトルと装丁が全てを物語っているように、ストーリー展開はサチエさんの性格そのものでオットリとしていて、そのオットリ感が好きです。

なにか、映画の予告編を見たようで、本編の公開が楽しみです。

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2006年2月12日 (日)

外交を喧嘩にした男

北朝鮮が日本に対してなにか楽しくなることをしてくれたことがあっただろうか?と探していたら気がついた。

「そうだ!力道山は北朝鮮だった!!!」

私には不思議でならないことがあります。
それは、かつて、アメリカ国民を恐怖のどん底に落としいれ、アルカイーダへの憎悪を駆り立て、アフガン→イラク攻撃へとやみくもに突き進むキッカケになった、あの炭疽菌はいったいどうなったんだろうということ。

「生物化学兵器を持っていなかったし、作るだけの能力もない」ことは承知してたのに、それでもイラクを攻撃したアメリカですから、炭疽菌事件というのも、もしかすると、さるスジの自作自演で、最初から犯人探しをしようなどという気はなかったんではないだろうかと疑ってしまいます。

そんなアメリカの尻馬に乗り、国際貢献の名の下に、オチャラケた国会答弁で自衛隊まで派遣することになった小泉首相の外交姿勢を検証したのがこの本。

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外交を喧嘩にした男
小泉外交2000日の真実

読売新聞政治部

新潮社

『小泉劇場』、
世界の檜舞台へ!
戦争に負けても外交で勝つ歴史はある
外交の勝者は喧嘩の要諦を心得る者である。

   第1章 日朝外交 極秘交渉の真相

   第2章 日米外交 戦後最良のとき

   第3章 日中外交 大いなる蹉跌

もし、小泉さんが首相になっていなかったら、「靖国参拝」は“一政治家の身分”だから中国との軋轢にもならなかったことだし、イラク問題にしても「派兵反対!」で反米の立場を明確に主張して国民の人気を集めただろうと私は見ているのです。そんな小泉さんの外交姿勢を検証したこの本に“えあじん的”に面白いエピソードがあったので紹介しておきましょう。

それは、小泉首相の第一印象を語ったパウエル国務長官の次の言葉。

 「コイズミは本当に面白い。私に会った途端『I want you, I need you, I love you』と口ずさみ出したのだから」
小泉は、誕生日が同じ1月8日のプレスリーの大ファンで、この年の8月には、自ら選曲したプレスリーのCDが発売されたほど。プレスリーが1958年に米陸軍に一時入隊した時の上官がパウエルだったことを意識した上での周到な発言だった。

なるほどなるほど、、、、、。
紺色のシャツ着てブッシュ大統領との初会談に臨んだ小泉首相は、『真昼の決闘』 で大統領の心を掴み、国務長官にはプレスリーで攻めたワケだ。
やるもんだねぇ、、、、、。

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Junichiro Koizumi
Presents

My Favorite Elvis Songs

BMGファンハウス

この企画に小泉さんがどの程度参加したのかよく分からないけれど、じつに良くできたCDでプレスリーのエッセンスが詰まっています。

あのころは、「今までにないタイプの指導者が現れた」と思えて、もしかすると明るい道筋をつけてくれるかもしれないと期待もしたけれど、いったん握った権力の座を維持するためには結局誰でも同じになってしまって、薄い唇から吐き出されるその場しのぎの言葉に目くらましされている間に、なにかトンデモない方向へ誘導されてしまったような気がします。

芸術に造詣の深いなんてことウリモノにする政治家なんて信用したらダメなのかな?

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2006年2月11日 (土)

U2のボノ

朝、テレビをつけるとトリノオリンピック開会式ダイジェストの放送をやっていて、いきなり白いコートにサングラスのオノ・ヨーコの姿が飛び込んできた。どうやら開会式で「♪イマジン」の合唱があったらしいということでナットク。日本あたりだと“神降ろし的儀式”でどうにか荘厳さを演出したくなるところだけれど、そこはイタリア。ラテン系のド派手な演出で楽しさが爆発しそう。

新聞を読んでいるとこんな記事を見つけました。

2006.02.10 毎日新聞より
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貧困との戦いに勝つまで
オレたちは歌い続ける
グラミー賞5部門制覇
U2のリードボーカル
ボノさん
アイルランド・ダブリン生まれ。
76年にU2結成。貧困撲滅活動
が評価され、昨年のノーベル
平和賞候補に。 45歳

 85年、エチオピア飢餓救援コンサートに参加した後、同国の孤児院で6週間、夫婦でボランティアをした。このとき、自分の知名度と影響力をアフリカの貧困撲滅のために使おうと決意した。
 有言実行タイプ。ジョン・レノンの死から25年となる昨年12月
レノンの歌で一番嫌いなのはイマジン。こうなるといいな、と頭で考えているだけではだめだ」(タイム誌)と言い放った。

なるほどなるほど、、、、。
若くして聖者になってしまったジョン・レノンの「♪イマジン」をバッサリと切り捨てられるのも、デビュー以来イギリスのアイルランド政策を初め、社会の不平等に対してプロテストしてきて、今でもロックしているボノゆえのこと。説得力あります。

嬉しいからこんなCDをアップしておきましょう。グラミー賞受賞作です。

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U2//HOW TO DISMANTLE AN ATOMIC BOMB

さらに今夜は久しぶりにこのビデオも見ることにしましょう。

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世界は問題をいっぱい抱えているけれど、

せめてオリンピックだけは平穏でありたいもの。

そして、いつの日か、、、、、。

世界中がオリンピックのお祭りを楽しめるときが来ることを

イメージすることしかできません。

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2006年2月 9日 (木)

日本怪死人列伝

日本では大きな事件が起きると誰かが不審な死に方をして、それで最後はウヤムヤのまま幕引きになってしまうことが珍しくありません。

かつての事件で、不審な死に方をした「当事者」、あるいは「周辺にいた人」の当時の資料をもとに、特異な情報網を持つ阿部譲二が大胆な推論”を立てて事件の真相をあぶりだしたのが、この『日本怪死人列伝/安部譲二/扶桑社文庫』。

取り上げられた事件は、背後に不気味な組織の存在を匂わせるもの、事件性はなくて人間の弱さゆえの死だったと思わせるものなどなど。私は“下山事件”と“帝銀事件”以外はリアルタイムでニュースに接してきた世代だから事件のことは生々しく記憶しています。

第 1章 朝日新聞阪神支局襲撃事件
第 2章 新井将敬
第 3章 下山事件
第 4章 永野一男 豊田商事会長
第 5章 尾崎 豊
第 6章 田宮二郎
第 7章 力道山
第 8章 村井秀夫 オウム真理教幹部
第 9章 帝銀事件
第10章 元大鳴門親方
第11章 ロッキード事件 田中総理運転手・笠原政則
第12章 御巣鷹山の520人

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日本怪死人列伝

安部譲二

扶桑社文庫

「死人に口なしだが、証拠は残る。」「決定的な死因、最重要な死因はひとつなのだ。それを私は、懸命に探し出す。新たに得られた証言と、事実の片鱗を示唆している証拠、それに自分自身の経験と知識から私はこの12の事件の真相を推論することにした。」力道山からオウム・村井秀夫、新井将敬、尾崎豊まで、多くの謎を秘めた12の怪死事件に、「名探偵」安部譲二の推論が鋭く迫る。“テレビ・新聞が報じ得なかった”戦後の深淵にも果敢に挑む快書。

なにしろ中学生にして渡世の道に入り、前科41犯(だったか?)、元日航パーサーにして現在作家という尋常でない履歴をもつ安部譲二さんのリンク先は、元首相からヤクの売人までこれまた尋常ではありません。

例えば力道山の章はこんなことになります。

    私の前刑は府中刑務所で、渡世人ばかり集めた北部第4工場に配属されたら、

   なんと、懐かしい村田勝志がいて、同じ雑居房で丸一年間一緒にいた。

   優しくて茶目っ気がある好人物だということを、一緒に務めて私は思い知る。

力道山夫人百田敬子さんとは日航の同期で、「力道山刺殺犯」とされた人物とは府中刑務所で同房だったというようなことをサラッと語れる作者だからこその情報を加味し、それぞれの事件の背後にあったかもしれないを大胆に推論していきます。ちなみにこの力道山死亡事件の真相は治療にあたった病院の麻酔ミスによって死に至ったと安部譲二さんは推論しています。

もちろんこれらの事件は公式には既に解決済みということになるけれど、一件落着の報道になんとなく腑に落ちなかった感覚を思い出した私は、「なるほど、こんな側面があったかもしれない」と興味深く読んだワケです。

この本全体に流れるのは、お役所発表だけを取り上げるばかりで自分で調べて記事にしようとしないメディアに対する憤りです。

安部譲二さんは、そのうち、ホリエモン関連で、沖縄のカプセルホテルで亡くなった元ホリエモン側近の事件もネタにしてくれそうな気がします。

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2006年2月 3日 (金)

嫌韓から強壮剤

もし、小泉さんが靖国神社内に住所を移し、毎日、靖国神社境内から出勤~帰宅したら、それでも彼の国の政府は抗議するのでしょうか、、、、、。

イヤ、、、ナニ、、、フと、そんなことを思いついただけで、そう深い意味はありません。

最近たて続けに“嫌韓本”を読んだ。

06

『私たちは朝鮮半島に対する一方的加害者であり、日本の繁栄は彼の国の犠牲の上に成り立ったのかもしれない』
という思いは多くの日本人が抱く感情だと思う。

私だって、ナニかあれば“妄言だ!!!”として騒ぎ立てる彼の国のヤリクチを鬱陶しく思い、こと彼の国になると、腰が引けてしまう日本政府とメディアには舌打ちしながらも、「かつて、日本人は向こうで悪いことをしたのだから、少々のことは仕方ないか、、、、」と口ごもってしまうところもあるのです。

でも、
 「日本人は卑屈になることはない!
 何故なら日本はワルいことしていない!!!
 むしろ、彼の国の発展に寄与したのだ!!!
 だから、彼の国こそ日本に感謝すべきだ!!!!

こんな論調で溢れているのがこれらの本。

これらの本によれば、
 『日本は韓国側からの要請で、
 イヤイヤ、韓国を統合したのであって、
 ヨーロッパ型搾取目的の植民地にしたのではない』

という、このスタート点の双方のズレから論じ、日本に対して「正しい歴史認識をしていない」と居丈高に叫ぶ彼の国こそ、いかに歴史を歪曲してきたかを懇切丁寧に解説してくれます。「なるほど、そうだったのか!」と得心いった部分もあれば、「それでも一時期彼の国に進出していたのは事実だし・・・」という想いがオセロゲームのように陣地取りしてしまいます。

『嫌韓本』から浮かび上がってくるのは、「ナニが何でもイルボンが悪い」としたい彼の国の異常さと、「何とかコトを荒立てたくない」と今まできた日本の異常さ。日本では、「韓流ブーム」と呼ばれる現象の影で、これだけ「嫌韓本」が書店に並び話題になっている内容が、彼の国でどのように伝えられているのでしょうか。ぜひ、彼の国側からの反論本に期待したいと思っているのです。何故なら、双方がどこでどうズレているのかを検証して対比することが、相互理解の一歩だと思うから。

もっとも、私自身は、彼の国には「日本と冷静に対話しあえるセンスはない」ということに気がついていたし、これら嫌韓本もそんなナガレだけどね。

sikiri

ちょっと、ササクレ立った気持ちを穏やかにするためにはこんな本はどうだろう。

06

窓際OL
会社はいつも
てんやわんや

斎藤由香

新潮社

ご存知“窓際OL”がさらにパワーアップ!
疲れたオジサンと凹んだOLに贈る、
“爆笑エッセイ”集。

著者はサントリーの「マカ」という強壮剤の販促に携わっている自称“窓際OL”。
“窓際OL”といっても、父がドクトルマンボウ、叔父が斎藤茂吉ですから、“スーパー窓際OL”ということになります。

会社では、ナントカ大学の主席卒業だとか、華麗なる家系をもつとか、TOEIC900何点だとかという先輩同僚社員に可愛がられ、家に帰れば、これまたキラ星のごとく輝く人脈につながるという羨ましいキャラクター。どこで身につけたか“ジジコロガシ”の才能もあるようで、「ドクトルマンボウさんのムスメ」にイジラレてヤニ下がっている爺連中の顔が浮かんできて苦笑する場面も大いにあります。

ワシも、育ちの良いお嬢さんのホノボノとした文章に釣られて、薬局に行って「サントリーのマカ」なるモノを探したら、店頭には並んでなくて、サントリーのネットショップ取り扱いの商品らしい。

効能を訊けば、
どうやら
ワシにはまだまだ必要のないモノのようだ。

この本を読んだことによって、将来必要になるだろうモノの名前だけはすっかり刷り込まれたみたい。

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